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2019年2月20日 (水)

JRA育成馬の調教方法

No.45 (2011年12月1日号)

 これまで、JRA育成馬の放牧管理、引き馬、飼料、ライトコントロール法等の飼養管理方法や、騎乗馴致方法について日高育成牧場の担当者が連載してきました。今回は、当場で現在行っている調教方法やその考え方について紹介します。

初期の騎乗
 騎乗馴致を終了した馬は、リードホースを先頭に800m屋内トラック(以下屋内トラック)での調教を開始します。騎乗調教開始初期は、馬自身が人を乗せて走るためのバランスや人を乗せて動くための筋力の会得に重点をおきます。そのため、初期段階では、人が馬の口を必要以上に引っ張らないよう、拳を下げてネックストラップを保持し、リズムよくゆっくりした速歩を行います。速歩では馬の頭頚の動きが安定しているので、馬自身が人を乗せて動くバランスを会得しやすいというのがその理由です。筋力がつき速歩のリズムが安定した後、騎乗者を乗せてゆっくりしたキャンターを行うことができるようになります。

角馬場での準備運動
 メイン調教場に行く前の準備運動として、角馬場(73m×40m)で速歩を2周ずつ両方の手前を実施しています。ここでの目的は、馬体のリラックスと調教監督者による歩様確認です。騎乗者は、馬をリラックスさせ手前に合わせた正しい軽速歩をとることが大切です。地道ですが、このことによって左右の筋肉の均等な発育を促し、ひいては走行バランスがいい馬につながるものと考えています。そのような考え方から、駆歩を実施する主運動コースである屋内トラックにおいても、基本的に両手前を実施します。競馬においては、最後の直線で手前変換が適切に実施できるかどうかが鼻差の勝負を制します。したがって、左右均等に良好な筋肉の発育を促すことが重要と考えています。

1_5 角馬場での速歩

1600mトラックや屋内坂路の活用
 屋内トラック以外の調教コースとして、日高育成牧場総合調教施設内の1600mトラックと1000m屋内坂路(以下屋内坂路)も活用しています。
 11月上旬から1600mトラックでのキャンター調教(走行距離1600m程度)を行います。ここでは、ある程度のスピードにのって(F23~20程度)まっすぐに走ることを教えます。
 1600mトラックがクローズになった後(12月)、屋内坂路の使用(週2~3回)を開始します。坂路調教のメリットは、平地よりも遅いスピードで心肺に負荷をかけることができること、トップラインを伸ばし後肢の筋肉を鍛えることができると考えています。さらに、私たちが屋内坂路を使用するそれ以外の理由として、①厩舎から調教場が遠いこと、②坂路を下る際に後肢をより深く踏み込んで歩くことで後躯の可動域を増加させる、という2点を考えています。①については、物理的に運動前後の常歩を多く行うことができるため、常歩を速く大きく歩かせることで馬の全身の筋肉を使ったバイタルウォークを促します。 また、②については、坂路を下る際は馬の後肢の関節可動域が大きくなります。特に若馬は柔軟なので、骨盤全体を大きく踏み込んで歩くフォームを覚えます。こうした運動により、通常は意識して鍛えることが困難な腹筋や斜角筋などのいわゆるアンダーラインの筋肉をトレーニングすることができるのではないかと期待しています。これらの筋肉が鍛えられると、坂路を上がる際に骨盤全体を使って後肢が踏み込むことが可能になり、また、肩の動きも大きくなります。結果として、頭頚が起きるとともにその位置が安定し、騎乗者がコントロールしやすいフォームで走行することが可能になるものと考えています。
 坂路調教初期のキャンターはリードホースの後ろを一列で走行し、列からはみ出して遊ばないようにどんどん前に出しまっすぐ走ることを教えています。
 また、これまでの育成研究の成果から、年内にある程度の負荷をかけてトレーニングを行っておくことで、育成後期のV200の値も高くなることが分かっています。どの程度の負荷が最適かは、今後も継続して調査を継続していかなければなりませんが、現在は、12月末までに屋内坂路で3Fを60秒程度の安定したスピードで、隊列を整えて走行することができることを目標にしています。

2_5屋内坂路での調教

隊列を組んだ集団調教の考え方
 競馬において多頭数で走行する際に求められる走りの要素をシンプルに分解した縦列での隊列を組んだ調教を応用しています。もっともシンプルな隊列は前の馬との距離を2馬身程度あけた「一列」での調教です。これは、前の馬についていくことでまっすぐ走ることを覚える、推進力をためた走りを覚えさせる、行きたがる馬を後ろで我慢させる、および、競馬において前の馬のキックバックによって砂をかぶることに慣れさせるなどが目的です。このような調教を積み重ねることで、馬の前進気勢をためて騎乗することが可能になり、後躯の筋肉により負荷をかけることができます。
 縦列調教の応用として、「二列縦隊」での調教や「3頭ずつに区切った一列調教」も行っています。二列縦隊での調教は前後左右の馬に慣れさせ、馬群の中でコントロールした状態でリラックスして騎乗できるようにすることを目的としています。したがって、屋内トラックでゆっくりした(F22程度)スピードで実施します。馬に体力がつき、坂路等でステディなスピード(F20-18程度)で一列の調教を実施する際には、隊列がバラけないよう、3頭単位で前の馬と距離をあけずに(テイルトゥノーズ)実施しています。馬に走るための行く気を喚起する効果があります。

3_3 縦列調教(屋内トラック)

4_3 二列縦隊での調教(屋内トラック)

5_2 3頭単位での縦列調教(屋内坂路)

1週間の調教
 調教に対するモチベーションを若馬に与えるためには、調教のオンとオフを馬に理解させる必要があります。そのため、1週間の中で強弱を明確につけた調教をパターン化して実施しています。2月中旬の調教の一例を示します。
 月曜日は、休日明けなので馬の張りをとり無駄な力を抜くため、屋内トラックで速歩を半周(400m)した後、2周半(2000m)の連続したキャンターを一列の隊列で実施します。
 火曜日と金曜日は週の中でも強めの調教を実施しています。まず、屋内トラックで一列の隊列で約2周キャンターを実施(1400m程度:F22秒程度)した後、屋内坂路へと移動し、3頭単位の一列隊列で坂路を2本(1000m×2:1本目3F60秒、2本目3F54秒程度)実施します。このときの最大心拍数と乳酸値は、1本目、2本目ともに心拍数が210-230回/分程度、乳酸値が6-12ミリモル/ミリリットル程度となり、有酸素能力を高めることができる値になっています(心拍数200以上、乳酸値4ミリモル/ミリリットル以上の負荷をかけた運動で有酸素能力を鍛えることができるとされています)。
 水曜日と土曜日は坂路調教の翌日なので、馬の精神面・肉体面のリフレッシュを図ることを目的に、屋内トラックを一列でゆっくり1周した後、手前を変えて二列縦隊で、リラックスしたキャンター(F23)を行います。
 木曜日は、スタミナをつけることを目的に、1本目は一列で2周(1600m:F25-22)したのち、2本目は手前を変えて二列縦隊で2周(1600m F22-20)行います。

スピード調教
 3月下旬までは、スピード調教は週2回屋内坂路で行います。屋内トラックでF22-20秒程度のキャンターを1400m行った後、屋内坂路で2本のキャンターを実施します。1本目は4頭単位で一列のキャンター3F54秒程度で実施した後、2頭併走で3F48秒を目安とした少し強めの調教を行います。このとき、併走馬同士をできるだけ近づけ走りたい気持ちを喚起しますが、人が鞭で叩いて追うということは行いません。逆に手綱をしっかりと保持し「走りたい気持ちを我慢させる」ことで走る気持ちを強くするように教えています。
 4月に1600mトラックが開場になったら、併走で3F45秒程度のキャンター調教を週2回行うとともに、セールに向けた単走の練習を行います。単走の練習は縦列調教の延長で教えます。最初は、馬と馬の間の距離を7馬身あけ、徐々にその距離を開け前の馬を目標に走る中で単走でも走ることができるように教えます。ブリーズアップセールでは2F13秒-13秒を目安に走行しますが、基本的な考え方は、6月の競馬デビューを見据え、そこから逆算して無理せず馬を鍛えていくようにしています。したがって、成長の遅い晩成型の馬は、馬の将来を考え、無理してスピードを出しすぎないように注意しています。

6 併走での調教(1600mトラック)

  (日高育成牧場 業務課長 石丸睦樹)

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