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2019年3月 8日 (金)

米国のサラブレッド生産の現状について -Dr. LeBlancの日本ウマ科学会基調招待講演より-

No.51 (2012年3月15日号)

 2011年11月29日(火)、東京大学で行われた第24回日本ウマ科学会において、「最近の馬生産の現状を知ろう!」と題したシンポジウムが行われました。このシンポジウムでは、フロリダ大学で2002年まで馬繁殖学教授として教鞭をとったのち、サラブレッド生産の本場ケンタッキー州レキシントンにあるルード&リドル馬診療所に仕事の中心を移したミッシェル・レブランク先生(写真)が基調講演演者として招聘されました。米国のサラブレッド生産の現状について貴重な講演がなされたので、その内容について紙面上で紹介したいと思います。

1 レブランク教授(ケンタッキー ルード&リドル馬診療所繁殖セクションチーフ)、ジャパンカップ観戦の様子

米国サラブレッド生産ベスト4州と経済不況
 米国のサラブレッド生産の中心といえば、全体の43%を占めるケンタッキー州が有名ですが、次いでフロリダ、カリフォルニア、ルイジアナも主要な生産地として知られています。しかし、近年の経済不況により、ここ5年連続で生産頭数が減少し、生産が45%も縮小しました。同様に種牡馬の数も全国的に減少しています。この傾向は今後も続く見込みであり、米国サラブレッド生産が大きな危機に瀕してします。また、不況になる前の高い交配料金によって生産された子馬が、ここ数年の不況で交配料金以上の価格で売れないという現象に陥っており、多くの牧場が閉鎖する事態になっています。

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フロリダにおけるサラブレッド生産の特徴
 温暖な気候をもつフロリダは、競走馬の育成地としてよく知られています。ケンタッキーに本拠地を持つ牧場がフロリダで分場を所有することがあり、盛んに生産も行われています。気候の特徴として、9月から翌年の5月までは温暖で非常に快適な時期が続きますが、夏は蒸し暑く、毎日のように雨が降り、時々ハリケーンに襲われることがあります。ケンタッキーの夏と比較すると、蚊や昆虫が多く発生し、ロドコッカスによる子馬の肺炎が多くみられます。春と夏はケンタッキーで過ごし、秋と冬にフロリダで育成されるという流れが理想的ですが、フロリダは経済不況の影響を大きく受けた地域であり、特に育成産業が大きな打撃をうけ、育成馬頭数が激減しました。生産についても同様で、フロリダで交配された雌馬の頭数はここ5年で約60%も減少し、全米ワースト1となっています。また、フロリダには、一流の種牡馬よりは交配料が安いものの、将来的に産駒が活躍し、ケンタッキー州の種馬場に移動されることを期待する、いわば予備軍の種牡馬が多数飼養されていますが、この数年の不況で、種牡馬頭数の減少が55%とこちらもワースト1となっています。

ケンタッキーにおけるサラブレッド生産の特徴
 ケンタッキーは米国を代表する世界一の生産地として知られており、整備された大規模の牧場が並んでいます。ケンタッキーは、夏にそれほど暑くならないという利点がありますが、冬は0℃以下に下がり、放牧地が凍りつくこともあり、様々な蹄の問題が多発します。ケンタッキー州では、放牧地の草のタンパク含量が高く、これが仇となり、肥満やメタボリックシンドロームを発症することがあります。ケンタッキーに多い病気として、子馬の下痢、とくにロタウイスル下痢症が多く発生し、子馬が死に至ることもあります。また、2001年、毛虫の大発生が原因となった「繁殖牝馬流産症候群(MRLS)」が大問題となりました。これは毛虫の毛の毒素によるものと考えられ、約3000頭の胎子が失われました。胎齢40日以上の馬で流産することから、胎盤の形成と毒素の伝達の関連性が疑われており、現在でも調査が続けられ、常に警戒されています。

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その他の問題
 多くの馬が昼夜放牧されているなかで、イノシシやコヨーテなどの野生動物は子馬を襲い深刻な問題となっています。そのため、牧場のフェンスは、それぞれの地域で工夫され、丈夫に作られています。また、駆虫剤に対して耐性を持った寄生虫が増加しており、(世界で最も多く使われている)イベルメクチンが薬剤耐性で使えない状況になっています。そこで駆虫の前に糞便検査をしてから、それに適した駆虫薬を選択するようになっています。
 経済の悪化は非常に大きな問題ですが、交配料が低下したことは、より広く交配の可能性が広がったことにつながり、オーナーにとっては利点といえます。Fasig-TiptonやKeenlandのセリでは、販売価格が上昇したというニュースは一筋の光でした。

おわりに
 レブランク先生は、世界馬獣医学会より世界で最も優れている獣医学研究者に贈られる、2001年度ライフタイムアチーブメント賞を受賞されました。馬の繁殖に関する研究者として長きにわたり第一線級の仕事を継続されながらも、サラブレッド生産の2大州であるケンタッキーとフロリダでサラブレッド生産牧場への往診や病院での診療業務などを続けられ、現在においても現場での仕事を大切にされています。本講演では、単なる1学者としてではなく、生産現場をよく理解されたホースマンとして、米国のサラブレッド産業の現状を紹介していただきました。お忙しい中、来日していただき、米国の状況が十分理解できる講演をしていただいたことに感謝の意を表したいと思います。

(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保泰雄)

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