日本ウマ科学会シンポジウム -「最近の馬生産の現状を知ろう!」-
No.52 (2012年4月1日号)
シンポジウム開催の狙い
2011年11月29日(火)、東京大学で行われた第24回日本ウマ科学会において、「最近の馬生産の現状を知ろう!」と題し、我が国の馬生産の最近の知見・情報についてシンポジウム形式で講演会が開催されました。畜産学の世界では「馬は、牛のように一年を通して繁殖可能な動物ではなく、限られた時期にしか生産することができない。また、豚のように4か月程度で一度に10頭近い子を産むこともなく、妊娠期間は一年近い個体もあることから、繁殖効率の低い動物である」と言われています。一方で、馬の生産性が低いということは、「飼養管理や検査方法の改善によって生産性が向上する」というチャンスも含んでいるということになります。シンポジウムでは、前号で紹介したミッシェル・レブランク先生の基調講演に続き、日本の馬の生産に関する4名の専門家を招き、それぞれの分野における生産技術の変遷と今後の課題等について紹介がありました。本稿では、それぞれの講演について簡単に紹介したいと思います。
栄養管理指導と生産性の向上を目指して(朝井洋)
生産性を向上するための栄養管理を行うためには、専門家に飼料設計や飼養管理方法について相談し、正常値とどのくらい違っているのかを知ることが重要である。本発表では、演者らが中心となって大学や専門機関との共同により初版刊行(1998年)した「軽種馬飼養標準」の作成が日本の生産界に客観的指標を理解させるうえで貢献したこと、現在では中国語に訳されて海を渡るに至っていることを紹介した。当時、生産地にない概念であった「ボディコンディションスコア」は、大手から中小の多数の牧場で利用されるほど一般的なものとなっている。また、日本軽種馬協会(JBBA)が主体となって実施してきた栄養指導者の養成事業について、海外の優れた栄養指導者を定期的に招聘し、民間牧場への巡回指導を通じて、国内の技術指導者、栄養コンサルタントを養成する事業を展開し、現在に至っている。日本の生産界に対してケンタッキーの専門機関から指摘されている「当歳馬からの運動、昼夜放牧を」「1歳セリ前に筋肉質感のあるBCS6に」「冬季に入る前に繁殖牝馬をBCS6に」「草地管理にエアレーターやチェーンハローを」等の提言は、今すぐにでも改善を目指すことができる実質的で具体的なメッセージとなり、きわめて有用な講演であった。
サラブレッド生産における種牡馬の変遷(中西信吾)
競馬を発展させる上で、種牡馬の果たす役割は大きい。JBBAは、セリ市場の活性化など日本の軽種馬生産育成に関わる一連の事業を担う団体であり、全国4箇所の種馬場で19頭の種牡馬を繋養し、種付事業を行うことにより日本の競馬産業の発展と向上に寄与してきた。国内のリーディングサイアトップ10を見ると、1974年には内国産馬はシンザンの一頭のみであったが、2011年現在ではすべて内国産馬であることを紹介し、サンデーサイレンスが大きな影響を及ぼしていることを示唆した。国内の種牡馬登録頭数は、1989年の621頭から2011年の289頭と減少し、1シーズンに200頭以上の雌馬と交配する種牡馬数も見られるようになったことを示した。その他、普段は知られていない森林逍遥馬を利用した種牡馬の運動方法の紹介や、1997年より日本でも開始されたシャトルスタリオンの現状について言及し、2002年以降オーストラリアでのシャトルスタリオン頭数は徐々に減少しているものの、2010年度に種牡馬のハイチャパレルはアイルランドで218頭、オーストラリアで235頭と、両半球で合計453頭の雌馬と交配されたという驚異的な種牡馬産業の一面を紹介した。発表は、学術関係者が普段知ることのできない種牡馬産業の変遷を知る良い機会となり、興味深いものであった。
重輓馬の歴史と生産(石井三都夫)
日本では、明治以来150万頭を数えた馬は、戦争で50万頭を失い、さらに戦後10年間で10分の1以下にまで激減した。その中で、重輓馬は、農耕などの力仕事を目的に改良され、軍馬としても活用された。1947年には北海道ばんえい競馬が始まり、地域の祭典輓馬で力を競った馬たちに活躍の場が与えられた。近年、重輓馬の生産は年間2000頭を切るまで減少したが、その90%が北海道、特に道東地域において生産されている。その一部はばんえい競馬に供用されるが、多くは九州にて肥育し馬肉として消費されているが、国内自給率は40%程度と低い。改良に改良を重ねて育種された日本輓系種は現在世界で最も大きな馬として登録されるに至った。重輓馬たちは日本独特の馬および人文化を背負い脈々と生きている。この様な重輓馬の生産事情は世界でも希少であり、後世にわたり日本独特の文化として大切に残したい。馬の臨床教育の充実に力をいれる演者の講演は、学会関係者に重輓馬の生産の重要性を理解させるに十分説得力のあるものであった。
我が国におけるサラブレッド生産の現状と展望(南保泰雄)
日本は、サラブレッドの生産頭数においては世界第5位の生産頭数を誇っている。生産性を向上させるために、その実態を調査し、予防措置を講ずることが重要である。JRAでは1982年から、生産地で発生する馬の伝染病や子馬の病気を解決するために、日高軽種馬防疫推進協議会と協力して「生産地疾病等調査研究」を実施し、その対策を図ってきた。2004年から演者が担当となり、馬の繁殖に関する研究を開始し、分娩後初回発情での交配の是非、早期胚死滅の実態とその対策、繁殖牝馬の流産予知の胎子診断に関する研究などを実施し、現在に至っている。早期胚死滅については、1)加齢、2)繁殖牝馬の低栄養状態、3)分娩後初回発情での交配、が主な早期胚死滅に直結する要因であることを明らかにし、これらの予防について講演会等を通じて普及啓蒙している。また、流産経験のある繁殖牝馬について、積極的に妊娠中に定期的にエコー検査を実施し、子宮胎盤の炎症の度合いを検査することが推奨される。近年では3Dエコー検査診断技術が開発され、新しい胎子検査法として国内外から注目を集めている。これらの研究で得られた成果や情報は、生産地で行われる講習会等で発表し、生産性の向上に結び付けることが重要である。
(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保泰雄)
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