放牧草の採食量と問題点
No.82 (2013年7月15日号)
はじめに
今春は例年に比べて気温の上がりにくい気候でしたが、皆さんはいつ頃から昼夜放牧を開始されたでしょうか?放牧時間の延長に伴って牧草の採食量が増えるため、放牧時間や放牧地の植生によっては飼い葉を調整する必要があります。この時に多くの方が、「そういえば、馬は放牧地でどれだけの草を食べているのだろう?」と疑問を持たれているのではないでしょうか。また、「放牧草だけでも問題ないのではないだろうか?」と思う方もいるでしょう。今回は、昼夜放牧時の放牧草摂取量増加に伴う問題点とその対策について紹介します。
昼夜放牧のメリットと採食量
欧米で古くから行われていた昼夜放牧は、日本においては近年広く行われるようになりました。昼夜放牧を行うことにより運動の促進、十分な青草の摂取、馬同士の社会性の構築といった利点が望めます。確かに、昼間のみの短時間放牧(換言すると馬房内で長時間を過ごす)という管理方法は、本来馬にとっては不自然な環境であり、生理的な欲求(常に草を採食、群での生活)を阻害する上に、将来アスリートになる幼少期に1日の半分もの時間を馬房に閉じ込めていていいものなのか?といった疑問の声も聞こえます。また、近年では冬季にも昼夜放牧を行う牧場があることからも、強い馬づくりのためにいかに「昼夜放牧」が期待されているか伺えます。
過去のJRAの研究では、植生が良好な放牧地で昼夜放牧された1歳馬は昼放牧群の約2倍である9~10kg(乾物:水分0%としたときの換算値)の放牧草を採食しました。青草の水分含量を80%とすると、青草を45~50kgも摂取している計算になります。軽種馬飼養標準では放牧地の草量に応じて、草量が十分な場合9~10kg(昼間放牧時5kg)、やや不足している放牧地7~8kg(同3~4kg)、不足した放牧地3~4kg(同1~2kg)と3区分で採食量を示しています。
昼夜放牧の注意点(採食のコントロール~過肥の防止)
昼夜放牧には多くのメリットがある一方で、飼養管理上気をつけなければならない点もあります。草量が多い草地では肥満になりやすく、成長期の子馬にも妊娠を控えた繁殖牝馬にも好ましくありません。栄養状態の把握は毎日接しているからと言って漫然と行っていると気づかないものです。そのため、体重やボディコンディションスコアを定期的に記録して客観的に評価することが重要です。過肥傾向にある牧場では、頻回の掃除刈り(15cm程度維持)、放牧地のマメ科率の低減、放牧時間の調整、運動負荷などの対策を講じる必要があります。
放牧草からのミネラル摂取量
放牧地は運動場であると同時に栄養供給の場でもあります。とくにミネラルについては興味があっても、あまりにも種類が多く挫折した方も多いのではないでしょうか。しかしながら、ミネラルはウマの飼養管理においては子馬や胎子の健やかな成長、DODの発症率に関係することが知られており、子馬の適切な発育・発達にとって非常に重要な栄養素です。
表1は日高地区の牧草成分の平均値です。草量が十分な放牧地であれば牧草だけで要求量以上のエネルギーを摂取可能ですが、残念ながら一部のミネラルにおいては発育期の子馬の要求量を満たせません。本稿では特に重要であるカルシウム(Ca)とリン(P)、銅(Cu)と亜鉛(Zn)に注目してお話しいたします。
CaとPは筋骨格の発達に必要不可欠なミネラルです。両者は体内に吸収する過程で拮抗関係があり、効率よく吸収するために飼料中のCa/P比が1.5~2であることが推奨されています。エンバクやフスマといった穀類はPの割合が高いことから、馬の飼い葉には伝統的に「炭カル」「ビタカル」と言われるようなカルシウム添加剤が加えられていました。一方、放牧草中心の飼養環境下では放牧草中のCa/P比に留意する必要があります。2008年の日高地区の調査によると、放牧草の平均Ca/P比は1.07と低く(イネ科牧草の目標値は1.3程度)、このような草地で放牧されている馬には補正を行う必要があります。その対策として、カルシウム剤を給与することの他に、牧草にCa比率の高いマメ科牧草を混播すること、雑草を除去すること(雑草にはカルシウム吸収を阻害するシュウ酸含量が高い)、Caが豊富なルーサン(アルファルファ)乾草を給与することなどが挙げられます。
CuとZnは生体におけるさまざまな代謝反応に関与しており、その重要性については近年再認識されています。ケンタッキー馬研究所Kentucky Equine Researchの推奨する1日要求量は離乳子馬(6ヶ月齢、246kg)でCu 168mg、Zn 504mgと、NRC(2007)要求量の54.9mg、219.7mgと比較しても非常に高値です。適切な摂取比率はZn:Cu=3:1~4:1が推奨されています。とくにCuは放牧草中の含量が低く、放牧環境下では十分量を摂取しにくいことから、微量元素の補給にはまず銅の給餌量を確認し亜鉛とのバランスを補正するように心がけましょう。
図1. 日高地区の放牧草の成分値(乾物あたり、2008年平均値)
土壌の酸度矯正
牧草中のミネラル含量については地域や土壌、草種によって異なりますが、管理方法によっても大きく影響を受けます。その草地管理で何より優先すべきは土壌酸度(pH)です。土壌pHを6.0~6.5程度にすることで、根からの土壌中ミネラル分の活発な吸収が促されます。また、土壌pHの低下は近年問題になっているマメ科率の上昇にもつながります。日高の草地土壌は5未満から7程度まで広く分布していますが、多くは6.0以下であるため、主に石灰資材を用いてpHを上げる管理が重要になります(図2)。
水溶性炭水化物
近年、世界的に注目されている問題の一つにフラクタンに代表される水溶性炭水化物(WSC)が挙げられます。WSCは馬では消化酵素の分泌が十分ではないため、多量に摂取すると大腸に未消化のままオーバーフローし、濃厚飼料と同じように大腸内で腸内細菌の異常発酵を招き、その結果pHバランスを崩すことで、蹄葉炎に代表されるさまざまな代謝疾患のリスクを高めます。WSCは乾草よりも青草で高く、青草では草丈の高い部分で高く、タンポポやオオバコ、アザミといった雑草(図3)には高く含まれます。日光の照射により合成されるため、日中に上昇、夜間に低下し、ストレス環境下(乾燥、低温、窒素不足など)ではさらに合成が促進されます。また、春と秋に高いという季節変化があることが知られています。
このような点から、草量が豊かな草地で放牧されている過肥傾向の馬では牧草が急激に発育する春や秋には掃除刈りにより草高を抑える、日中の放牧を控えるといった工夫が必要となります。
まとめ
「強い馬づくり」のため昼夜放牧の有用性が広く認識されていますが、決して放牧だけしていれば良いというものではありません。そこで摂取エネルギーだけではなく放牧草から摂取する栄養素まで幅広く意識し、きめ細かい管理をすることで、心身の健全な発育ひいては順調な育成期を迎えるための土台作りができるものと考えます。
(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬 晴崇)
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