セレン過剰症について
セレンについて
セレン(Se)というミネラルをご存じでしょうか。おそらく一度は配合飼料の成分表に書かれているのをご覧になったこともあるでしょう。このミネラルは馬には必須の微量ミネラルで、グルタチオンペルオキシダーゼの主要な構成成分としてビタミンEとともに細胞の抗酸化作用などに重要な役割を果たしています。その欠乏症は「白筋症」として知られ、栄養的な筋障害を引き起こすことが知られています。一方、過剰症の急性症状としては、視力低下、発汗、疝痛、下痢などがあり、「アルカリ病」として知られる慢性症状では、たてがみや尾の脱毛、蹄の変形や裂蹄などが認められ、いずれも重症の場合には死に至ることもあります。
国内で初めての過剰症の発生
よく管理された競走馬においては中毒など起こりえないと考えがちですが、数年前に国内の競走馬おいて、セレン過剰症を原因とする蹄疾患(全周性の亀裂:写真1)が続発し、数十頭の馬が罹患したことがありました。ほとんどの症例で蹄葉炎に類似した症状が共通していましたが、消炎剤の投与や蹄の支持療法等の通常の蹄葉炎に対する治療への反応も乏しく、疼痛のコントロールができないまま多くの競走馬が予後不良となりました。これまで経験のない症状であったため診断に苦慮しましたが、発症馬の血液から正常値を上回るセレンと蹄の病変部やたてがみからも高濃度のセレンが検出されたことなどから、セレン過剰症と診断できました。しかしながら、通常獣医師が行う血液検査における一般的な測定項目ではないことから診断がつきにくいことに加え、その治療にも限界があることなどもあり、治療よりも発症させないことのほうが重要といえます。
海外での報告例
海外の報告をみると、馬のセレン過剰症はセレンを多量に含んだ植物の摂取やアメリカ中西部などの土壌中のセレン濃度が高い地域で栽培された飼料の摂取により起こることが一般的な原因とされています。また、サプリメントや注射により発生したケースも報告されており、2009年に米国で開催されたポロ競技大会では、不適切な調合のセレン入りのビタミン剤が投与され、投与を受けた21頭全頭が投与後3~24時間の間に急性中毒で死亡したという報告もあります。
現在国内で利用されている牧草の多くが、セレン濃度が低い土壌の国内産やアメリカ北西部からの輸入牧草がほとんどですので、牧草由来のセレンについてはそれほど心配しなくてもよいかもしれません。しかしながら、近年では栄養の強化された様々な種類の配合飼料やサプリメントが利用されていますので、配合飼料の使用にあたっては、エネルギーや蛋白質量といった項目だけでなく、セレンをはじめとした微量元素についても確認をする必要があるといえるでしょう。
適切な摂取を
セレンの詳細な体内動態や明確な要求量は明らかにされていません。一般的に成馬のセレンの最大許容量は20 mg/日(乾物飼料1kgあたり2mg)で、これを超えると中毒症状が起きる可能性があるとされています。通常、1~2mg/日の摂取が目安とされており、FDA(アメリカ食品医薬品局)でも「一般的な成馬」での摂取量が3mg/日を超えないようにと注意を促しています。運動強度の高い馬においては、抗酸化作用を期待してそれ以上の摂取が必要だという意見もあるようです。いずれにせよ、要求量と中毒量が近く安全域の狭いミネラルであるということも忘れずに、適正な摂取量となるよう心掛けていただければ幸いです。
写真1:国内で発生したセレン過剰症の馬の蹄
写真2:同じ馬の蹄X線画像
日高育成牧場業務課長 立野大樹
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