2022年9月30日 (金)

JRAホームブレッドのまとめ

 JRAは2009年よりJRAホームブレッドとして自家生産馬を生産してまいりました。2022年までに通算で100頭を超えるサラブレッドを生産してきましたので、今回は生産を通じて得られた各種知見について、ご紹介していきたいと思います。

JRAホームブレッドの受胎率

 2022年現在までに100頭以上のJRAホームブレッドが生産されてきました。それらの受胎に関する詳細をまとめたのが表1となります。これまでに交配牝馬頭数は143頭にのぼり、それらの馬に対して198回の交配が行われました。受胎頭数は125頭であり、分娩頭数は108頭となっています。これらの数値を用いて受胎率や分娩率を算出しますが、受胎頭数を交配回数で割ったものが1交配当たりの受胎率、受胎頭数を交配牝馬頭数で割ったものを交配牝馬頭数当たり、つまり繁殖シーズン当たりの受胎率と呼んでいます。1交配当たりの受胎率は、交配適期を逃さずに交配できたことを示していると考えられ、適切な交配判断の指標になると思われます。また、繁殖シーズン当たりの受胎率については、繁殖シーズンを通して繁殖牝馬を受胎させる状態で管理できたことを示しており、適切な飼養管理ができていたかを示す指標になると思います。JRAホームブレッドの1交配当たりの受胎率と分娩率は、それぞれ63.1%と54.5%でした。一方、繁殖シーズン当たりの受胎率と分娩率は、それぞれ87.4%と75.5%という結果になっています。1997年から2017年までの日本で生産されたサラブレッドの分娩率についての報告によると、1交配当たりの分娩率は40~43%、繁殖シーズン当たりの分娩率は70~75%という結果が報告されています(Fawcett, 2021)。この結果と比較すると、JRAホームブレッドの分娩率は日本の平均と同等かそれ以上ということができると思われます。特に、1交配当たりの分娩率が平均を上回っていた点については、繁殖牝馬の年齢が若いことに加え、適切に交配判断ができていることが要因と考えられます。

表1 JRAホームブレッドの受胎率と分娩率

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受胎から出産まで

 先ほどの表1で示したように、受胎した馬がすべて無事に生まれてくるわけではありません。表2は、受胎してから出産までに胎子が失われた内訳を示しています。受胎馬は122頭であり、その中で、早期胚死滅や流産、死産が発生して出産まで至らなかった割合は11.5%でした。この胎子喪失率については、13.8%【イギリス】(Rose, 2018)、14.7%【日高地方】(Miyakoshi, 2012)などの報告があることから、JRAホームブレッドの胎子喪失率は平均より低く、その要因は繁殖牝馬の年齢構成と適切な飼養管理の結果と思われます。胎子損失の原因の中で、その半数が胎齢約40日以内の喪失として定義される早期胚死滅が占めていました。胎子の喪失の中で、胎齢39日までの発生が55%、胎齢49日までの発生が75%を占めるという報告もあります(Bain, 1969)。これらの事実からも、早期胚死滅を防ぐ管理を行っていくことが、胎子損失率を低下させるためには非常に重要であることが示唆されます。早期胚死滅の発生率は加齢と共に上昇することが知られています(Miyakoshi, 2012)。このことから、繁殖成績(産駒の競走成績)の芳しくない高齢の繁殖牝馬は、更新することを検討すべきかもしれません。

表2 胎子喪失の内訳

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子馬の出生時体重

 多くの生産者の方にとって、子馬の出生時体重は気になる要素であると思います。出生時体重が小さいと成長に不安が残りますし、逆に大きな産駒であっても難産の発生要因となる可能性があります。JRAホームブレッドの出生時平均体重は53.3±6.5kgであり、最大値は66kg、最小値は29kgでした。最小体重で生まれた子馬は、母馬が慢性的な蹄葉炎を患っていたために虚弱状態で生まれました。乳母により育てられることになりましたが、最終的には競走馬になっています。

 一般的に、初産の繁殖牝馬から生まれた子馬は小さいことが知られています。繁殖牝馬の産歴と子馬の出生時体重の関係を示したものが、表3となります。初産の平均出生時体重は45.8±5.4kgであり、全体の平均よりも小さい値になっていることに加え、2産目以降の平均出生時体重との比較でも有意に小さい値となっていました。このように初産の子馬が小さくなる要因としては、出産を経験していない繁殖牝馬では子宮が小さく、胎子が子宮内で発育するための領域が十分ではないためだと考えられています。一方で、競走馬となった時の体重は両親の体格といった遺伝的要因の影響も大きく受けますので、初産で小さく生まれた子馬に対しても増体を目的とした極端な管理は行わずに、適切な飼養管理を心掛けることが重要であると思われます。

表3 繁殖牝馬の産歴と出生時体重の関係

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ブリーズアップセール上場率

 表4は、2022年のブリーズアップセール(以下BUセール)で売却された世代までの受胎からBUセール上場までの内訳を示しています。これまで12世代で101頭の受胎馬がいましたが、BUセールに上場できたのは70頭であり、約30%がBUセールに上場できなかったことになります。欠場の理由は様々ですが、育成期に発症が多い深管骨瘤に代表される運動器疾患が大多数を占めています。

 BUセール欠場馬19頭のうち、北海道トレーニングセールにおいて6頭を売却しています。JRA育成馬という特性上、それ以降に売却する手段がないため、それ以外の馬については競走馬となることは叶いませんでした。その結果、JRAホームブレッドの出走割合は約75%にとどまっており、日本における生産馬に対する出走馬の割合の約90%と比較して低値になっています。今後はいかにBUセール上場時に調教を行える状態を維持できるかについて、さらなる調査・研究が望まれます。

表4 受胎からBUセール上場までの内訳

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終わりに

 JRAホームブレッドは、生産育成研究の対象として活用され、乳汁pHを用いた分娩予知法の開発や厳冬期の昼夜放牧管理方法の検討などに役立ってきました。今後も、生産地のみなさまに還元できるような知見を得るために、生産育成業務に励んでいきたいと思います。

日高育成牧場専門役(生産担当) 岩本洋平

1歳セリのレポジトリー検査について(内視鏡検査)

 前号では「レポジトリー検査」におけるX線検査画像についてご紹介しましたが、今号では喉(ノド)の状態の確認手段にあたる内視鏡検査についてご紹介いたします。レポジトリーにおける内視鏡動画は、個体照合のために検査馬の顔を映した後に鼻道内をすすみ、篩骨迷路と呼ばれるトンネル様の構造物の下方を通った後に咽喉頭部の所見を撮影するというのが一般的です。咽喉頭部に到達するまでの鼻腔内の粘膜は繊細で出血しやすく、安全な検査を実施するためには馬の保定が不可欠です。通常、鼻捻子を使用して検査を実施しますが、中には鼻捻子の使用を嫌って暴れてしまう馬もいます。このような場合でも、タテガミを捻じったり、肩をとったり、リップチェーンの様な馬具を使用することによって検査を許容することもあるため、個体に応じた保定法での検査が推奨されます。

 どうしても検査を許容しない馬に対しては、人馬の安全のために鎮静剤を投与して検査を実施することもありますが、鎮静剤の使用によって喉の披裂軟骨の動きが悪化する馬が散見されることがJRA育成馬を用いた過去の研究により報告されています(図1)。このように鎮静下では内視鏡動画所見を正確に判断できない可能性があり、購買に至る判断を迷わせる原因になりかねません。鎮静剤の使用がやむを得ない場合もあるかと思いますが、レポジトリー所見に誤解を生じさせないためにも、事前に鼻捻子の馴致を実施しておくことが有用かと思われます。

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図1:鎮静処置下の咽喉頭部内視鏡像(左図:鎮静前、右図:鎮静後)

鎮静処置により喉頭片麻痺グレードがⅡaからⅢaへと変化した症例。左側の披裂軟骨(向かって右側)の開きが悪化している。

 咽喉頭部の内視鏡動画を評価するにあたり、咽喉頭部の部位の名称やグレード評価、病名がとびかいますが、英語表記で略される場合もあり、少し分かりにくいという印象はありませんでしょうか?部位の名称およびレポジトリー検査時に注目すべき疾病に関して、簡単ではありますがご紹介させていただきます。咽喉頭部の部位を図で簡略表記したものが図2になります。

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図2:咽喉頭部(正面)の部位名称

・喉頭片麻痺(LH:Laryngeal Hemiplegia):「のどなり」、「喘鳴症」ともいわれ、運動時のヒューヒュー音を特徴とします。検査所見の評価ポイントは披裂軟骨と声帯ヒダの動きです。馬が息を吸い込む際、通常であれば披裂軟骨は左右外側に大きく開き、空気を取り込みやすくします。披裂軟骨が左右同調し、対称性を保って動くか、完全な外転を維持できるかを基準に片麻痺のグレードを評価します。水を噴霧するなどの嚥下を誘発する刺激後すぐに最大外転を認めるため、動画内の刺激直後の披裂軟骨の動きに注目する必要があります。安静時の内視鏡検査で披裂軟骨の最大外転が不可能、あるいは最大外転の維持が困難である場合は、より吸気圧の高まる運動時に披裂軟骨が内側に倒れ込み、気道を狭くする可能性が高まります。左側での発症がほとんどで反回神経障害(RLN:Recurrent laryngeal neuropathy)に起因するとされますが、近年RLN以外が原因で起こる咽頭の虚脱も認識されてきています(図3)。これらは軟骨疾患や形成異常に起因しており、RLNとの鑑別には超音波検査での喉頭構成軟骨・筋肉の評価や運動時内視鏡検査による咽喉頭部の虚脱部位の詳細な評価が必要になります。喉頭片麻痺に対する外科的治療として、披裂軟骨を外転させた状態で固定する喉頭形成術(Tie-back)が行われますが、RLNではない片麻痺に対するTie-backは望んだ効果が得られない可能性があります。まれなケースではありますが、治療選択前に可能な限りの原因究明が求められます。

Photo 図3:左喉頭片麻痺(左図:安静時内視鏡像、右図:喉頭部エコー検査像)披裂軟骨はわずかに動く程度で完全外転は不可。本症例はエコー検査で披裂軟骨の形成異常を認めた。

・軟口蓋背方変位(DDSP:Dorsal Displacement of the Soft Plate):呼吸時の喉頭蓋は通常、軟口蓋の背側に位置しています。食べ物を飲み込む際など嚥下のタイミングにおいて喉頭蓋は気管の蓋の役割を担い、軟口蓋は鼻腔側の蓋の役割を担います。嚥下後に元の状態に戻るタイミングが少しでもずれると、喉頭蓋が軟口蓋の下に潜り込んだDDSPの状態になります(図4)。なお、保定を行う際に鼻捻子を使用すると、若馬は頭の位置が高くなりがちになるため、一過性のDDSPを引き起こし易くなります。DDSP発症後、直ちに正常な状態に復するか否かがグレードの評価基準となります。また、若馬の喉頭蓋は成馬と比較して構造が虚弱であり、薄い、小さい、張りがないなどの所見を認めることがありますが、この様な喉頭蓋の形態異常(AE:Abnormalities of Epiglottis)を伴うとDDSPが発症しやすくなります。馬体の成長とともに喉頭蓋の形態も大きく堅固になるため、極端な場合を除きAEは競走能力に影響がないと考えられています。一方で、セール前の安静時内視鏡検査でDDSP所見を認めた馬は初出走までの期間が長くなることもわかっており、容易に発症し正常な状態に復しにくい馬に関しては馬体の成長を待ってからの出走が望まれます。

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図4:軟口蓋背方変位(DDSP):喉頭蓋が軟口蓋の下に潜り込んだ状態

・喉頭蓋エントラップメント(EE:Epiglottic entrapment):喉頭蓋をその基部にある披裂喉頭蓋ヒダが覆う病態です(図5)。安静時内視鏡検査で認める場合がありますが、診断されるときは持続性であることがほとんどです。喉頭蓋の輪郭の先端が十分に描写されない、また覆っているヒダの粘膜が肥厚している状態であれば、喉頭蓋下粘膜もしくは喉頭蓋の変形につながる可能性もあることから、速やかな治療が推奨されます。外科的に喉頭蓋を覆っている披裂喉頭蓋ヒダを専用の器具で縦切開することでEEは治癒します。予後は比較的良好とされていますが、披裂喉頭蓋ヒダおよび喉頭蓋自体の病態に左右されるとの報告もあり、内視鏡での病態の評価に基づいた治療計画が求められます。

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図5:喉頭蓋エントラップメント(EE):披裂喉頭蓋ヒダが喉頭蓋を覆った状態

 咽喉頭部の異常所見はレポジトリーに向けた安静時の内視鏡検査で初めて発覚することも多いかと思います。成長著しい若馬の咽喉頭部の形態や機能は発達途中で、一部の異常所見は一過性のものであったり、成長とともに良化します。レントゲン検査同様に、レポジトリー検査の機会を愛馬の現状把握に役立てていただければ幸いです。

JRA日高育成牧場 業務課 瀬川晶子

1歳セリのレポジトリー検査について(X線検査)

 1歳馬のセリシーズンを迎えるにあたり、「レポジトリー検査」に関して2号にわたりご紹介させていただきます。すでに広く浸透しておりますが、レポジトリーとは、馬のセリにおける上場馬の医療情報開示のことを示します。レポジトリーの活用により、外見上では判断できない情報、例えば骨・関節の状態をX線検査画像として、喉の状態を内視鏡動画として、それぞれ確認することが可能になります。

 今回は骨・関節の状態確認の手段にあたるX線検査についてご紹介いたします。X線検査は何気なく行っているような印象をもたれがちですが、質の高い画像を撮影するためには注意しなければならないポイントがございます。

ポイント1:撮影の角度(照射角度)

 レポジトリー画像撮影時に何度も撮り直す。そんな場面に遭遇したことはありませんか?剥離骨片を評価することの多い球節、軟骨疾患である離断性骨軟骨症(OCD)を評価することの多い飛節など、所見を正しく評価するためには関節面を重なりなく描出することが求められます(図1)。撮影器機の角度調整はもちろんですが、馬の駐立姿勢の微調整は質の高い画像撮影に不可欠です。馬の保定にご協力いただく際は、検査する肢がなるべく地面に対して垂直になるよう、また馬体が動かないように負重を促すなどサポートしていただけるとより円滑な撮影が可能になります。

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図1:関節面が重なっていない像(左)と重なっている像(右)(球節)

ポイント2:画像のブレ

 皆さんがX線検査を受ける身近な機会は、健康診断、はたまた歯科検診などでしょうか?「動かないでくださいね。」とはよく耳にするフレーズかと思います。X線画像検査において、馬のわずかな動きは検査画像の質を損なう原因となります。画像がブレてしまうと、軟骨疾患である骨嚢胞など白黒の階調の違いで評価する所見は途端に判別困難となります。後膝関節の屈曲外―内側像などは股の間にカセッテを差し込み、かつ検査肢を持ち上げて保定し、撮影を実施します。これらの部位は特に馬・カセット保持者・検査肢保定者の動きとブレやすくなる要素の多い撮影箇所であることから、息を合わせた撮影が求められます。馬の反応に合わせて、鎮静剤による化学的保定、鼻捻子による物理的保定を併用することで、人馬とも安全にかつブレの少ない撮影が可能となる場合があります。また、馬の呼吸のタイミングもわずかなブレにつながることもあり、撮影者はよくよく人馬の動きを観察して撮影を実施しています。

 X線検査画像の撮り直しはわずらわしいかと思いますが、検査所見を正しく評価するためには、質の高い検査画像が必要となります。購買者が正しく評価できるX線検査画像の提出のため、上記のポイントも念頭にご協力いただければ幸いです。

 レポジトリーに提出されるX線検査画像はどのように評価されているかご存じでしょうか?過去に実施した調査から、撮影部位によって好発しやすい所見が明らかにされており、その知見をもとに評価されています。画像を見る際は、好発部位の理解はもちろんですが、骨の輪郭をひとつずつなぞって確認することをおすすめします。剥離骨片などは比較的わかりやすく、関節面や骨の辺縁などに欠片のように描出されます(図2)。似たような所見として描出されるのが、骨の成熟する過程で生じる離断した骨軟骨片です(図3)。飛節、膝関節などの骨の辺縁、端を観察してみると所見が認められることがあります。これらの所見を保有していても症状を示さず、問題なく調教を進めることができる馬が多くいます。一方で、骨片・軟骨片保有部位の関節液が増加する、熱感を帯びるといった関節炎症状を示す場合には、跛行の原因となることもあります。レポジトリーでこれらの所見を認めた際は、実際の馬を見て、関節の腫れ・熱感や跛行などの症状の有無を確認するべきと思われます。欠片ではなく、X線透過領域(黒い色調)として描出されるのが、軟骨部の障害に起因する骨嚢胞です。辺縁でドーム状に認められるもの(図4)、関節面付近で丸く黒く抜けたように見えるもの(図5)があります。大腿骨内側顆は骨嚢胞の好発部位であり、嚢胞の大きさや位置により調教を進めていく過程での跛行のリスクが異なります。触診しづらい箇所でもあり、調教が始まるまでほとんど跛行しないため、レポジトリーでの検査所見の評価をあらかじめ実施しておくことで、歩様に違和感が生じた際の早期対応につながるかと思います。

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図2:第1指骨近位の剥離骨片(辺縁は丸く陳旧性と思われる)

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図3:大腿骨外側滑車稜の離断性骨軟骨片

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図4:大腿骨内側顆に認められたドーム状の骨嚢胞(黒い窪みとして描出)

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図5:球関節面に認められた球状の骨嚢胞

 レポジトリーに提出されるX線検査画像は、骨・関節の状態を確認することができる有用な情報です。撮影された画像に何かしらの所見を認めることも少なくありませんが、これらの所見は必ずしも将来の跛行につながるわけではなく、臨床所見を伴うものでなければ競走能力に大きく影響を及ぼすものではないと考えております。また、万が一症状を認めた場合でも、早期発見・早期治療で改善を見込める所見もありますので、常に馬の状態を観察することが重要です。最後になりますが、愛馬の状態を確認するひとつのツールとして、レポジトリーのX線検査の機会を有効に活用していただければと思います。

日高育成牧場 業務課 瀬川晶子

JRAブリーズアップセールを振り返って

 本年のJRAブリーズアップセール(以下、BUセール)は、他のセリ市場や競馬開催と同じく各種の新型コロナウイルス感染症(コロナ)予防対策を実施しながらの運営となりましたが、購買者をはじめ関係者のご理解とご協力のお陰で無事に終了することができました。各セリ市場においては、2年前より続くコロナの影響でオンラインビッドの併用が急速に普及するなどの変化が起きています。BUセールにおけるオンラインビッドの導入も昨年から開始しているところですが、本年も2割程度の取引を占めており、購買者のオンラインビッドへの慣れも感じられました(図1)。

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(図1:過去2年のBUセールにおけるビッド方式比率の推移)

 今回はBUセールの運営や本年度の育成馬調教方法の考察について、少しご紹介いたします。

新規馬主限定セッション

 「新規馬主限定セッション(中央馬主資格を取得してから3年以内の方のみが参加できるセリ)」は、セリ参加経験が浅い新規馬主の皆さまが安心して購買いただくことを目的として10年前の2012年に開始されました。本年は、新規馬主限定セッションに8頭の上場馬を予定していましたが、1頭は深管骨瘤による跛行のため欠場、さらにもう1頭も新規セッションから除外することになり、最終的には6頭での開催になりました。除外した1頭については、上場番号決定後に飛節に腫れを認めたため大事をとってスピードを出した騎乗供覧を控えたことによるものでした。このような対応は、さまざまな理由により騎乗供覧時にスピードを控えざるを得ないような、いわゆる「調教進度遅れの馬」を除外することで、新規馬主の皆さまに安心して馬を選んでいただくためのものです。もちろん、新規馬主限定セッションから除外した馬も「将来的に競走馬として問題ない馬」との判断をしたうえで上場順を変えて新規馬主も含めた参加者全員がビッドできる一般セッションに上場して売却に至っています。

 他の新規馬主に対する取り組みとしては「育成馬を知ろう会」を開催して、BUセール前の4月上旬に新規馬主向けの馬の見方に関する勉強会や調教師と懇談する場を提供しています。また、BUセール当日も「セリに役立つ勉強会」を開催して、馬のセリや体のつくりなどを理解していただけるような講義も実施しています。

 これらの取り組みの成果として、昨年までの10年間に新規馬主限定セッションで取引された馬70頭のうち、競走馬としてデビューした馬は69頭(うち地方競馬デビュー2頭)で、中央競馬での勝ち上がり率は31%と比較的高い数字です。なかには、重賞勝ち馬のエイティーンガール(6歳)や先日引退したヨシオ(9歳)などの活躍馬もいます。さらに、新規限定セッションに参加していただいた方には、その後の馬主活動を長く続けておられる方も多く、北海道市場などそのほかのセールにも参加していただいているようです。

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(図2:本年の新規限定セッションの結果)

BUセール欠場馬のその後

 売却率100%が注目されるBUセールではありますが、毎年10頭前後の欠場馬も存在します。欠場は育成担当者として残念な思いもありますが、セリのクオリティを維持するためには仕方がありません。ただ、全ての欠場馬が競走馬として不適なわけではなく、一時的な跛行や疾病によりBUセールに上場することが叶わなかった馬も、競走馬として問題ないと判断した場合は、適切な立ち上げを行いその後のセール等に上場して競走馬になる道を探します。(もちろん、残念ながら競走馬として不適との判断を下す馬も何頭かおります)

 昨年は、オンラインビッドの導入とともに初めて実施したコンソレーションセール(コンソレーションとは慰めや敗者復活の意。以下CSセール)においてオンラインでの売却を行いましたが、本年はBUセールから1か月後に開催された北海道トレーニングセールに上場しました。北海道トレーニングセール終了時点で売却可能な馬がいた場合にはCSセール開催を予定していましたが、北海道トレーニングセールで上場馬全頭が売却できたこともあり、本年のCSセールについては開催することなく育成馬の売却を終えました。

 一方、残念ながら売却することなく欠場となった馬は、十分な休養期間を経て本会の乗用馬や繁殖牝馬、BTC(軽種馬育成調教センター)で実施している騎乗者養成事業用の教育用馬等に転用することになります。なかには再調教後に競技馬として全国レベルの成績を収める馬もいます。競走馬としてデビューできなかった馬たちにも、何らかの形で競馬を支えてもらっています。

本年の育成馬の調教について

 近年は競走馬の早期デビューの流れも活発となっており、皆さまの育成牧場でも様々な取り組みを行っていることと思います。JRA育成馬も早期デビューが可能な馬を目指して調整していますが、なかには晩成な体質の馬もいます。また、どの育成牧場でも課題や目標をもって取り組んでいることと思いますが、JRAの育成牧場でも毎年育成馬の調整方法について振り返りと反省を行い、馴致・調教方法を少しずつ変更しながら取り組んでいます。近年ではトレッドミルによる強調教の効果について検証してきましたが、馬体の成長面に対する影響への懸念もみられたことから、本年はトレッドミルを利用した調教の頻度や強度を減らして調整するなどの変更を試みました。そのほか、馬混みやキックバックに慣らすための隊列を組んだ調教など本会職員の騎乗技術を生かした調教も行いました。馬の個体差も大きいことから、育成期の馬に対する適正な運動負荷の設定や調教方法の評価は難しい面もありますが、これらの取り組みの成果が競走馬としての成績にどのように表れるのか競走成績や調教師への聞き取りを通してこれから検証していければと考えています。

日高育成牧場業務課長  立野大樹

繁殖牝馬の蹄管理の重要性

はじめに

  装蹄や削蹄はなぜ行うのでしょうか?野生の馬は削蹄や装蹄といった蹄管理が行われていません。なぜ大丈夫なのか不思議ですよね!?それは馬が一日中自由に動き回っているため、蹄の伸びる量と摩滅する量のバランスが釣り合っているからです。一方、競走馬や乗用馬など人によって管理されている場合は、自由に動き回ることはできず、さらに人為的に運動を課せられるため、蹄の伸びる量と摩滅する量のバランスが崩れてしまいます。そのため削蹄によってバランスを整えたり、蹄鉄で蹄を保護する必要があります。蹄をケアすることは馬の肢勢や運動パフォーマンス、運動器疾患といった様々なところにも関連してきます。「蹄なくして馬なし」という言葉がありますが、まさに的を射た表現だと思います。

繁殖牝馬の蹄管理がなぜ重要なのか?

  繁殖牝馬は、仔馬や育成馬、競走馬と比べると体重が重いため、蹄にかかる荷重も増加します。また、繁殖牝馬のほとんどが跣蹄(はだし)での放牧管理中心のため、蹄の状態は気候や放牧地の地面の影響を強く受けます。その結果、荷重に耐えられなくなった蹄は徐々に変形していきます。蹄壁が反り返る状態のことを凹弯といいます。(写真1、写真2)

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写真1:正常(凹弯のない)蹄

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写真2:凹弯した蹄

 

 写真2のように凹弯した蹄の状態が長期に及ぶと、蹄壁にかかる負荷がより大きくなり、蹄壁欠損や裂蹄といった蹄疾患にもなりやすくなります。軽度の蹄壁欠損であれば処置も簡単で問題なく経過することが多いですが、裂蹄が生じると痛みが強いばかりでなく処置するのにも完治するのにも多くの時間を要してしまいます。また、蹄の生え際である蹄冠部まで達してしまうような裂蹄(写真3)の場合、蹄冠の組織が損傷している恐れがあります。その場合、蹄冠の一部が変形してしまうことから、その後の蹄冠からの蹄角質の成長に変化が生じてしまいます。そうなると蹄の一部が根本から歪んだまま伸びることになるため、同じ部位に裂蹄が生じやすいという負の連鎖に陥ってしまいます。さらに、蹄葉炎といった重度の蹄疾患を続発させてしまうこともあることから、重症化する前の早期の対処が望ましいと言えます。

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写真3:蹄冠部まで達する裂蹄

 

 護蹄管理は、蹄の問題解決の手段だけのように感じるかも知れませんが、その効果は蹄だけにとどまりません。適切に整えられた蹄であれば、馬も快適に動き回ることができるため、放牧地での運動量も自然と多くなり、ストレスの軽減にも繋がります。また、哺乳期には仔馬の運動量にもかかわってくるため、仔馬の発育にも影響を及ぼします。そのほかにも、蹄疾患によって痛みが続いた場合には、疼痛によるストレスで受胎率が低下してしまう恐れもあります。蹄疾患の予防だけでなく、仔馬の健康な発育や生産のためにも繁殖牝馬に対する定期的な削蹄をはじめとした蹄管理や日頃からの観察は重要といえます。

 ちなみに、日高育成牧場では繁殖牝馬の削蹄は4週間に一度の間隔で行っています。仔馬や育成馬、競走馬の肢蹄管理の方に目が行きがちですが、これを機に繁殖牝馬の蹄管理にも少しは着目して頂けると幸いです。(写真4)

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写真4:健康な繁殖牝馬の蹄

日高育成牧場 業務課 佐々木 裕

2022年9月 9日 (金)

IFHA(国際競馬統括機関連盟)馬の生産の福祉に関するミニマムスタンダード

1.IFHA(国際競馬統括機関連盟)とは

 IFHAと聞くと多くの方は、世界の競走馬の格付けである「ロンジンワールドベストレースホースランキング」を発表する団体を想像するものと思われます。2014年のランキングではドバイデューティフリー(G1)を6馬身1/4差で圧勝したジャスタウェイが130ポンドで1位、ジャパンカップ(G1)を4馬身差で圧勝したエピファネイアが129ポイントで2位となっています。

 IFHAの起源は、1961年に「競馬の公正確保と生産の質の向上のために競走を行うこと」を目標にアメリカ、イギリス、フランスおよびアイルランドの4カ国が協調したこととされており、1967年に第1回国際競馬会議が9か国14名の代表者によってパリで行われ、同会議は、1993年には50か国から110名の代表者が出席する大きな国際会議となり、この努力を結晶化するため、IFHAが発足しました。現在のIFHA正会員は60カ国にも及んでいます。その後も、毎年10月の凱旋門賞週にはパリで国際競馬会議が開催され、この会議は通称「パリ会議」と呼ばれています(2020年、2021年はコロナウイルス感染症拡大の影響によりオンラインでの実施)。2021年9月にはJRA後藤理事長が副会長に選出され、また、JRAは2021年からIFHAが主催するパリ会議のオフィシャルパートナーを務めています。

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写真1.IFHAホームページ(https://www.ifhaonline.org/)

2.IFHAの目的と活動内容

 IFHA憲章の中で、IFHAの目的は「グローバルスポーツであるサラブレッド競馬のあらゆる側面を推進し、馬と人間アスリートの福祉を守り、現代、将来世代のために社会的・経済的意義を守り、発展させることを目指す」と記されています。具体的には、「競馬と生産及び賭事に関する国際協約(パリ協約)の制定と改正」、「馬と騎手の福祉と安全に関する方針の策定」、「ブラックタイプ競走の格付けと質的管理」、「ワールドランキング」、「馬の禁止物質や禁止行為に関する対策」、「競馬のグローバルな商業的発展の促進」、「IFHAリファレンスラボラトリーの指定」などが挙げられ、各国の競馬統括機関などが相互に連携を進めています。

3.各諮問委員会

 IFHAでは「馬の禁止物質と行為に関する諮問委員会(ACPSP)」、「技術諮問委員会(TAC)」、「馬の福祉委員会(HWC)」、「競馬ルールの国際調和委員会(IHRRC)」、「国際格付番組企画諮問委員会(IRPAC)」、「騎手の健康、安全そして福祉のための国際会議(ICHSWJ)」、「馬の国際間移動に関する委員会(IMHC)」などの委員会が設置されており、国際競馬に関連する様々な課題について、議論や検討が行われています。そこで取りまとめられた事項は最終的に執行協議会に意見具申、提案および助言等が行われます。

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写真2.IFHA組織図

4.馬の福祉委員会

 これらの諮問委員会のうち生産地と関連するのは「馬の福祉委員会」であり、生産から引退後までにわたる馬の保護、健康、安全、そして福祉に関する指針について執行協議会に助言を行う役割を担っています。この「馬の福祉委員会」は2020年12月に馬の生涯の様々なステージにおける「馬の福祉に関するミニマムスタンダード(IFHA Minimum Horse Welfare Standards)」を発表しています。このガイダンスは、ニュージーランドのマッセイ大学の動物福祉科学・生命倫理センターの財団ディレクターであるデイビッド・メラー名誉教授の援助を受けてニュージーランド・サラブレッド・レーシング(NZTR)が作成した「サラブレッド福祉評価ガイドライン」をもとに作成されています。 

5.馬の生産の福祉に関するミニマムスタンダード

 この「馬の福祉に関するミニマムスタンダード」は馬全般に関する総論に過ぎないことから、IFHA執行協議会は「馬の福祉委員会」に「馬の生産の福祉に関するミニマムスタンダード」作成のためのワーキンググループを設立することを指示し、現在、議論が重ねられています。私もワーキンググループの一員でありますが、議長は国際血統書委員会(ISBC)副会長のサイモン・クーパー氏が務めており、メンバーにはディープインパクト産駒のスタディオブマンの繋養先であるランウェイズスタッドのオーナーでもありITBF(国際サラブレッド生産者連盟)の会長も務めているカーステン・ロージング氏も含まれています。

 このワーキンググループの議論の中で、メンバー全員が口を揃えて、「サラブレッドの繁殖牝馬および子馬は広い放牧地で細心の注意を払って管理されており、人と関わる家畜およびペットの中で最も自然に近い状態で管理されている」という自負を抱いているのが印象的でした。ガイドラインの内容に関しては、日本の生産牧場で行われている管理は概ねこの基準を満たしている状況です。一方、母馬の死や育児放棄等により孤児となった場合に乳母導入する際の議論において、乳母自身の子馬が90日齢に達するまでは、乳母の用途に使用すべきではないとの提案がなされ、サラブレッドの子馬のみならず乳母自身の子馬にまで福祉を考えなければならない時代であることを痛感しています。余談ですが、乳母のレンタル料金はイギリスでは1,000ポンド(約15万円)で、ヨーロッパ各国もほぼ同様の価格でありました。最も安価であったのはニュージーランドの500NZドル(約4万円)で、さらに一部の地域では無償で貸与されていることも紹介され、日本での乳母レンタル料金は各国と比較しても高額であることを実感いたしました。

 なお、この「馬の生産の福祉に関するミニマムスタンダード」は本年10月にはIFHA執行協議会に提出される予定です。

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写真3.サラブレッド孤児の乳母として導入される直前の乗用馬の母馬と口カゴを装着された子馬(海外研修時に愛国にて撮影):馬の生産の福祉においては乳母自身の子馬の福祉についても議論されています。

日高育成牧場副場長 頃末 憲治

2022年8月 5日 (金)

ファームコンサルタント養成研修(栄養管理技術指導者養成研修)より

 JBBAは「競走馬生産振興事業」における「軽種馬経営高度化指導研修事業」のひとつとして、2年間に及ぶ研修を通して栄養管理技術者としての能力を身につけることを目的とする「ファームコンサルタント養成研修事業」を2015年から開催しています。これまでに第1期生9名および第2期生2名を生産地に送り出しています。なお、第2期からは牧場に勤務する者を対象とした「担い手飼養管理研修」も同時に実施しており、現在実施中の第3期はファームコンサルタント養成研修生3名、担い手飼養管理研修生15名の18名が受講しています。研修は通常「講義」、「実習」、「課題発表」の3部構成で行っていますが、3月に開催された研修会はコロナ禍ということを考慮し、ウェブを利用しての「講義」および「課題発表」のみとなりました。本稿ではこの「課題発表」の内容を紹介いたします。

 

1.今回の課題は「繁殖牝馬の栄養管理」

 今回の課題となった文献の一つはThe Horse(Web版)に掲載されたケンタッキー大学Lawrence博士による「Broodmare Nutrition: Preparing for Fall and Winter」でした。要約は以下のとおりです。 

〇ボディコンディションスコア(BCS

 定期的なBCSの測定は繁殖牝馬を管理するうえで非常に重要であり、BCSが5未満であれば分娩後の受胎率は低下し、前年の不受胎馬や未供用馬では良好なBCSを維持することによって、早期に正常な発情周期の確立が可能となり受胎率も向上する。一方、BCSが7を超えた場合には、繁殖成績に悪影響は認められないが、蹄葉炎を含む蹄疾患や下肢部疾患のリスクが高くなる点に注意すべきである。また、特に離乳後の母馬や未供用馬では初秋にBCSが5 未満になる場合も少なくなく、この場合には秋にBCSを上昇させておく必要がある。

〇牧草と乾草

 ケンタッキー州では晩秋に牧草の質および量が低下するため、放牧地で乾草を給与する場合がある。これはBCSを維持する目的以外に、過放牧による来春の牧草の活力低下に伴う雑草の侵入を防止する目的もある。放牧地で乾草を給与しても馬が乾草を食さない場合には、放牧草のみによってエネルギー要求量は満たされていることが示唆される。一方、乾草を完食する場合には、放牧草の質が明らかに低下していることが示唆される。また、米国南東部におけるトールフェスクは妊娠後期の牝馬に悪影響を及ぼすエンドファイト(植物内に共生する微生物)に汚染している可能性があることから、給与する際には注意が必要である。

 ルーサンやクローバーなどのマメ科乾草の多くは、チモシーやオーチャードなどのイネ科乾草よりも栄養素が豊富であり、妊娠中期および後期の妊娠馬は良質のルーサンを十分に摂取することによってタンパク質要求量を満たすことが可能である。さらに良質のルーサンを給与する場合には、チモシー乾草を給与する場合よりも濃厚飼料の給餌量を減じることが可能である。一方、チモシー乾草のみを給与された妊娠馬は、妊娠後期にタンパク質要求量を満たすことは困難であった。

 英国の研究では、体重 100 ポンド(45kg)ごとに約 2〜2.25 ポンド(0.9〜1.0kg)の乾草を摂取する必要があり、一般的なサラブレッドの牝馬(1,250 ポンド:562kg)の場合には、1日あたり約 25〜28 ポンド(11.25〜12.6kg)の乾草の摂取が必要である。(参考までにこの研究では少量の濃厚飼料しか給与されておらず、より多くの濃厚飼料を与えられた牝馬は乾草の摂取量を減じることが可能であると言及している。)

〇濃厚飼料とサプリメント

 通常、繁殖牝馬は放牧草および乾草の補助飼料として濃厚飼料あるいはサプリメントを給与される。一般的に粗飼料の給与によって十分なカロリーを得られない場合に濃厚飼料を給与するが、ほとんどのサラブレッド妊娠馬に対しては、妊娠後期に5〜10 ポンド(2.25〜4.5kg)の濃厚飼料を摂取させる必要がある。サプリメントはビタミン、ミネラル、さらにはタンパク質の補完的な飼料であり、放牧草または乾草のみによってエネルギー要求量が満たされ、BCS 6を維持できる場合でさえも、少量(1 日あたり 1〜2 ポンド:0.45〜1kg)のサプリメントの給与は必要である。一方、市販の妊娠馬用濃厚飼料を少なくとも 4 ポンド(2kg)摂取している妊娠馬に対しては、サプリメントは不要である。市販のオールインワン飼料を給与せずにえん麦などの穀物のみでエネルギー要求量を調整している場合には、サプリメントは非常に有効な飼料である。

2.質疑応答

これらの文献の内容に関して行われた講師陣との質疑応答は以下のとおりでした。

(クリックすると拡大されます)

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 質疑応答では飼料の価格高騰という現在の切迫する問題を踏まえた対応策やカビに関しても教科書的には全て廃棄すべきと結論付けることに対しても率直に意見交換が行われ、少人数制のメリットを存分に生かした研修となりました。研修に参加した方々が研修終了後もこのように意見交換ができる関係を維持することは、「強い馬づくり」に役立つものと実感いたしました。今後も本研修において有益な議論が行われた際には、この誌面で報告させていただきたいと思います。

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写真1.今回の課題となったThe Horse(Web版)に掲載された文献(QRコードでHPにアクセスできます)

 

日高育成牧場 頃末憲治

2022年7月22日 (金)

発酵牧草の給与について

 今回は、馬における発酵牧草の利用についての話題ですが、読者の皆様には“発酵牧草”より“サイレージ”のほうが馴染みあると思います。しかし、正確にはサイレージは発酵牧草のひとつに分類されます。

はじめに

 国内で馬に給与される粗飼料は、放牧草を除き、ほとんどは乾草です。古来より乾草は、草が生えない時期や場所での貯蔵牧草としてつくられてきました。牧草の貯蔵中にカビや微生物が増殖すると腐敗、栄養低下および嗜好性低下の原因となりますが、乾草は水分が少ないことでこれらの有害物の増加や活動を防ぐことができます。しかし、世界中には天候不順や多湿により乾草づくりに不向きな地域があり、そのような地方では、乾草の代わりに発酵牧草がつくられるようになりました。発酵牧草では、牧草養分を発酵させる菌の活動に適当な水分が不可欠なため、乾草ほど天日乾燥させる必要がありません。発酵牧草では発酵により生成される有機酸の作用により、有害物の増殖を防ぎ、牧草の鮮度や栄養価を長期間維持することが可能となっています。

発酵牧草の区分(サイレージとヘイレージ)

 発酵牧草は、サイレージ以外に、“ヘイレージ”と分類される区分があります。情報源によりその区分の基準は多少異なりますが、発酵牧草は水分含量が15%以上であり、さらに水分含量が50%以上のものがサイレージ、50%未満であればヘイレージと区分されます。水分含量が15%未満の牧草が、乾草ということになります。しかし、生産現場においてサイレージとヘイレージをつくり分ける理念がないことから、この区分にはあまり意味がないと考えています。生産現場ではフィルム包装されたロール牧草は、総じて“ラップ乾草”(写真)と呼ばれることが多いですが、正確には水分含量に応じて“ラップサイレージ”、“ラップヘイレージ”、“ラップ乾草”と呼び分けなければなりません。しかし、この区分も意味がないので、本文中では“ラップ牧草”で統一させていただきます。

2写真 ラップ牧草

生産現場における発酵牧草(ラップ牧草)の利用

 国内の生産現場において、給餌する粗飼料は乾草が主体ですが、一部の牧場では、ラップ牧草がつくられています。現在、ラップ牧草を利用している牧場数についての正確な情報はありませんが、一時に比べてその利用件数は少なくなった印象があります。また、利用している牧場でも、天候により十分に牧草を乾かせないため、非常手段としてラップ牧草をつくることがほとんどのようです。

 日高地方では、その年の牧草収穫期における天候不順により、刈り倒しの遅れや、乾燥に日数を要することで、良質な乾草が収穫できないことがあります。良質な牧草を馬に供給するためには、時にはラップ牧草による収穫も視野にいれるべきですが、積極的には利用されていません。このように生産現場で発酵牧草が、普及しない理由には、馬用飼料としての有用性や健康に無害であるかの情報不足もあるのではないかと考えています。

 いずし(北海度の郷土料理で野菜とともに魚を乳酸発酵させた食品)のような発酵食品は、かつては保存のためのものでしたが、冷蔵庫などが普及した現在でも需要があるのは、味覚の嗜好や健康面での期待があるためです。ヒトの発酵食品のように、発酵牧草は馬の飼料として保存性以外に何か利点があるのでしょうか?

発酵牧草と乾草の栄養および嗜好性の違い

 発酵牧草と乾草に含まれる栄養には、何か違いがあるのでしょうか? 発酵牧草の水分含量が高いことは確かですが、タンパク質をはじめとする栄養成分には、ほとんど差はありません(表)。発酵牧草に含まれる易消化性炭水物(糖など)や植物繊維の一部は、微生物によって分解されていることでやや少なくなっていることや、その微生物の発酵によって乳酸などの有機酸が多くなっています。しかし、これらの発酵による成分変化は、腸内細菌によるものと比較して微量であり、最終的な栄養の取り込みでみると、発酵牧草と乾草の栄養価はほとんど同じであるといえます。

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 発酵牧草と乾草では栄養面の差はほとんどないようですが、その嗜好性が高いことは知られています。海外の研究で、乾草、ヘイレージ(高水分と低水分)およびサイレージに対する馬の嗜好行動が報告されています。草種や収穫期による嗜好性の差がないようそれぞれの試験牧草は、チモシーが主体の同一の採草地から収穫したものです。馬がそれぞれの牧草を同時に食べられるようにしたとき、サイレージは完食された回数が最も多くなりました(図 ①)。また、臭いをかぐ、もしくは、短時間採食した後、他の牧草を食べるために移動した回数は、サイレージが0回で、一度サイレージを食べ始めた馬は、満足して食べ続けることがわかります(図 ②)。さらに、サイレージから食べ始める回数が最も多く(図 ③)、その特有の香りに馬は誘われるのかもしれません。この試験の結果、サイレージの次に、水分含量が高いヘイレージ、水分含量が低いヘイレージの順に、馬の嗜好性が高いことが分かりました。このように発酵牧草の嗜好性が高くなる要因のひとつとして、水分含量の影響が考えられます。

ラップ牧草におけるカビの発生

 ラップ牧草において、度々カビの発生が問題とされることがあります。ラップ牧草に限らず、あらゆる飼料においてカビが発生することが好ましくないのは当然ですが、特にカビが生産するカビ毒(マイコトキシン)は、その種類によって蕁麻疹、消化器障害および繁殖障害などの原因となることが知られています。

 通常、発酵牧草では嫌気性菌により乳酸などの有機酸が生成されることによってpHが低下し、カビの生育が抑制されます。ラップ牧草はフィルムを巻いて空気を遮断しますが、ラップ内に空気が入ると嫌気性菌の活動が弱まり、pHが低下せず、カビが生育しやすくなります。また、酸素の存在によって好気性の微生物の活動が活発になり、栄養価の損耗や腐敗の原因となります。そのため、フィルムで厳重に包装し、ラップ牧草内に空気が入らないようすることが重要となります。また、嫌気性菌による発酵は水分が多いほうが活発であるため、包装する牧草の水分含量が高い方が、貯蔵中にカビが発生しにくくなります。しかし逆に、ラップ牧草を開包した後は、水分含量が高い方が、カビが発生しやすく腐敗しやすくなります。馬産では酪農などに比べて繋養頭数が少なく、開包後のラップ牧草の消費に時間がかかり、牧草を劣化させやすいこともラップ牧草が不評となる原因のひとつのようです。

おわりに

 天候不順などによって良質な乾草が収穫できなかった場合、栄養価が保証された貯蔵牧草を収穫するには発酵牧草(ラップ牧草)は有用です。しかし、栄養価と衛生を維持するためには、ラップ牧草の収穫時に水分含量をはじめとし適切な調整が不可欠です。発酵牧草の調整が不適切な場合、乾草よりも嗜好性が劣る場合があるとされています。

 現状において、馬のためのラップ牧草の調整方法については、まだまだ情報が不足していると考えています。残念ながら、日高育成牧場でもラップ牧草は収穫していませんが、機会があれば、大学等の研究機関や普及機関と協力し、ラップ牧草の適正な収穫・調整技術について情報収集し、皆様にお伝えできればと考えています。

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日高育成牧場 松井 朗

2022年4月29日 (金)

日高育成牧場で実施している研究テーマについて

 日高育成牧場生育成研究室では、強い馬づくりに必要な科学的根拠にもとづいた生産、飼養管理、疾病予防、育成調教技術についての研究を行っています。研究成果は学会や論文で公表しているほか、地域の講習会等を通じてみなさまのお役に立てるよう努めています。今回は、私たちの研究テーマの一部をご紹介したいと思います。

妊娠馬の血中代謝物の解析

 代謝物とは生体反応の結果生成される物質のことです。妊娠馬の血液中に検出されるあらゆる代謝物を測定し、その変動を調べることで妊娠馬の体内で何が起きているのか推定できるのではないか、という研究です。日高育成牧場の妊娠馬を定期的に採血して分析しています(写真1)。妊娠中や分娩前に特異的に変動する代謝物が見つかれば、流産予防や分娩予測の新しい指標となるかもしれません。

流産予防薬の再評価に関する研究

 生産地では流産予防の目的でホルモン剤(プロゲステロン製剤)が用いられることがありますが、馬用として日本国内で安定的に入手できるものばかりではなく、日本の製品でも投与量などに課題があるものが多いのが実情です。そこで、日高育成牧場の研究馬を用いて改めてその効果を検証します。

消化管内寄生虫の実態調査

 日高家畜衛生防疫推進協議会の「生産地疾病等調査研究」の一環として実施する調査です。馬の代表的な寄生虫である円虫、回虫、条虫の日高地区における寄生状況と、駆虫薬の使用状況を把握し、より適切な駆虫薬の使用法を検討するための調査です。世界的に駆虫薬が効かない寄生虫が増えてきたと言われていますが、日高地区では実際どうなのだろうか、ということも調査します。みなさまのかかりつけ獣医師にも協力していただき、駆虫薬投与前後の糞便検査とアンケート調査、さらに条虫が検出された場合には血液検査のための採血を行いますのでご理解とご協力をお願いします。

放牧地のクローバーに関する研究

 放牧地は経年変化でクローバーが増えますが、クローバーは馬の嗜好性が高く、タンパク質およびカルシウム含量が多いため、過剰に摂取すると骨代謝やミネラル代謝異常の原因となる可能性があると考えられます。そこで、放牧地でクローバーがどの程度まで増えても問題ないのかを確かめるため、日高育成牧場の研究馬をあえてクローバーの多い放牧地で採食させて発育への影響を調べます(写真2)。いっぽう、放牧地のクローバーの割合がそのままクローバーの採食量を左右するのか、つまり、多ければたくさん食べて、少なければ食べる量も少ないのか、あるいは少ない放牧地でもクローバーばかり選んで食べてしまうのかを調べるため、クローバーの草生割合が異なるさまざまな放牧地で馬の糞を採取して、クローバーをどれくらい食べているかを分析します。こちらはたくさんの放牧地が必要なため、民間牧場のみなさまのご協力をいただき、みなさまの馬をいつもどおりに放牧したうえで、我々が糞を拾わせていただこうと考えています。

その他の検査や調査

 研究室で行っている業務は、予め決められた研究テーマに沿ったものばかりではなく、日頃のデータ収集や、牧場や獣医師のみなさまの日頃の疑問や困りごとにお応えするための検査や調査なども行っています。そのような活動を通じて少しでもみなさまのお力になりたいと考えていますし、特に重要と思われる項目については独立したテーマとして本格的に研究を開始することもあります。みなさまからの情報が貴重な研究資源となりますので、何かありましたらどうぞ遠慮なくお寄せください。よろしくお願いいたします。

日高育成牧場 生産育成研究室長 関 一洋

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写真1 妊娠馬の血液分析

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写真2 クローバーの採食量調査にご協力ください

輸入した繫殖牝馬の管理

 JRAでは、2009年生まれの産駒から自家生産馬をJRAホームブレッドと名付け、生産から一貫した研究業務を行っています。今まで母馬として用いてきたのは基本的にブリーズアップセールを疾患により欠場した未出走の牝馬ばかりでしたが、このたび競走実績のある馬を導入するため、海外から繁殖牝馬を購買することとしました。具体的には、2018年および2019年に米国キーンランド協会のノベンバーセールにて各年2頭、計4頭の繁殖牝馬を購買し、輸入しました。今回は、輸入した繁殖牝馬に対し当時行った管理についてご紹介したいと思います。

・着地検査

 農林水産省動物検疫所(動検)で実施される輸入検疫が終了し、解放された後、各都道府県が主導で行う検査のことです。牧場到着時から3ヵ月、牧場内に元からいる馬とは隔離しなくてはなりません。JRA日高育成牧場では、飼付厩舎と呼んでいる主に7月のセリで購買した1歳馬を昼夜放牧している際に使用している厩舎を用いて着地検査を行いました(図1)。

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図1. 着地検査を行った場所

 牧場到着時には家畜防疫員に指定されている獣医師の検査を受けます。検査の内容は、臨床検査(検温や聴診など)、馬インフルエンザの簡易検査、採血です。馬インフルエンザ検査は鼻腔スワブを採材しクイックチェイサーという簡易キットを用いますが、15℃未満の低温環境で使用するとA型陽性の線が出ることがわかっており、冬の北海道では屋外で検査しないなどの注意が必要です(図2)。採血は10mlのプレーン管1本を採取し、家畜保健衛生所(家保)で馬伝染性貧血、馬パラチフス、馬ウイルス性動脈炎、馬鼻肺炎の検査が行われます。この血液と、動検から送付されてくる輸入検疫証明書、そして家畜防疫員が記載した輸入馬着地検査名簿を家保に提出します。到着1ヶ月後にも同様の検査が必要ですが、馬インフルエンザの簡易検査および輸入検疫証明書の提出は不要になります。また、これとは別に繁殖牝馬の場合は種付けを行う前に伝染性子宮炎の検査が必要です。陰核スワブを競走馬理化学研究所に送り、検査してもらいます。到着1ヶ月後の検査の結果が全て陰性であれば、着地検査中でも種付けは可能です。

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図2 15℃未満の低温環境ではA型陽性の線(矢印)が出るので注意

・発情誘起と繁殖成績(1年目)

 2018年のノベンバーセールでは、アーツィハーツ号(父Candy Ride、2015年生まれ、1勝2着4回3着1回)およびブレシッドサイレンス号(父Siyouni、2013年生まれ、3勝2着3回3着2回)の2頭を購買しました。この2頭は動検成田支所で輸入検疫を受けた後、12月26日に当場に到着し、直ちにライトコントロールを開始しました(図3)。アーツィハーツ号については、翌年3月27日にシーズン初回排卵が観察され、4月12日に種付けし、受胎が確認されました。しかしながら、ブレシッドサイレンス号は、3月13日にシーズン初回排卵が確認できたにもかかわらず、3月30日、4月14日、5月1日の3回種付けしたものの、不受胎に終わりました。この時は、プロスタグランジン(PG)製剤を使用しなかったにもかかわらず、通常3週間の発情周期が2週間になるなど不安定な性周期となる現象が見られました。これは、一般的にシーズン初期の「春季繁殖移行期」に認められる現象であり、ホルモンの分泌異常が関連していると思われました。

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図3 牧場到着後直ちにライトコントロールを開始

・発情誘起と繁殖成績(2年目)

 2019年のノベンバーセールでは、ラキュストル号(父Dansili、2015年生まれ、1勝2着2回3着2回)およびミスミズ号(父Mizzen Mast、2016年生まれ、3勝2着1回3着1回)の2頭を購買しました。この2頭は動検胆振分室で輸入検疫を受けたのですが、動検と事前調整し許可を得た上で輸入検疫中の12月6日からライトマスク(EquilumeTM)を着用し(図4)、ライトコントロールを開始させてもらいました。このマスクは右目のブリンカーにブルーライトが付いている構造で、1日7時間点灯するように設定することができます。我々は16時から23時まで点灯するように設定し使用しました。その結果、ラキュストル号は2月19日にシーズン初回排卵が観察され、3月25日に種付けを行い受胎。ミスミズ号は3月11日に排卵が観察され、3月24日に種付けし受胎が確認されました。

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図4 ライトマスクを着用した馬

・最後に

 早期にライトコントロールを開始したことが繁殖成績を向上させた一因になったと考えられました。当場では以前1月に入厩した繁殖牝馬で3月下旬になっても発情が認められず、ブセレリンという排卵誘発剤を少量ずつ筋肉内投与する方法で発情誘起を行ったこともありました。2020年5月発行の馬事通信886号(強い馬づくり最前線238回)に詳細を記載しておりますので、興味のある方はご一読いただけましたら幸いです。

 今回の記事が、皆さんの愛馬の管理に少しでも参考になりましたら幸いです。

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎