繁殖 Feed

2021年2月 1日 (月)

馬の放牧地における電気牧柵の利活用

はじめに

昨今、ハンターの減少や高齢化に伴ってシカの個体数の増加を実感できるようになりましたが、シカによる放牧地や採草地の食害に悩まされている方々も少なくないのではないかと思います。放牧地へのシカの侵入は放牧草の食害だけでなく、放牧中の馬がシカに驚いて狂奔したり雄シカの角に突かれたりした際に負傷する原因になることも珍しくはありません。また、シカによって持ち込まれた病原菌やダニなどが馬の感染ルートになることもあるため、シカの侵入に対して何らかの対抗措置をとる必要があります。

シカの放牧地への侵入防除には、ワイヤーメッシュ等の物理的な柵の設置が最も有効です。一定以上の面積を有する放牧地や採草地を整備する場合には、必要経費の一部についての助成事業「軽種馬生産基盤整備対策事業(放牧地整備事業)」を利用する方法もありますが、もう少し手軽に電気牧柵を利用するという方法もあります。今回は、JRA日高育成牧場における電気牧柵の利活用についてご紹介します。

 

シカ対策

一般的な電気牧柵は、物理的に動物の侵入・脱柵を防除できるような堅牢な構造ではなく、電気ショックを与えて対象動物を心理的バリアによってコントロールすることを目的としています。この電気牧柵装置には様々な種類がありますが、一般的なの動物防除用としては9,000Vのものが選択されます。電源はバッテリーから供給されますが、昼間のうちにソーラーパネルから充電されるため、電池切れの心配はありません。JRA日高育成牧場では、通常の牧柵の下方の間隙に電気牧柵を設置することで、シカの侵入防除効果を上げています(図1)

また、この電気牧柵は放牧地をぐるりと一周にわたって囲む必要は無く、一部のみの敷設(開始端と終止端を繋いで輪にする必要がない)でも有効です。シカなどの害獣が電気牧柵に触れることで、電流が高圧線から生体を伝って地中のアースに向かって流れる仕組みですが、高電圧でも電流は一瞬だけ微量が流れる仕組みなので、パチンと軽い痛みを感じるだけで感電することはありません。シカは、放牧地に侵入する際に(通常、牧柵の下の隙間を潜って侵入します)この電気牧柵に触れて痛みを覚えますが、何度か繰り返すうちに「柵に触れると痛い」ということを学習し、遂には放牧地に侵入しないようになるという訳です。

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(図1)シカ対策として設置している電気牧柵

 

生後間もない子馬の放牧地順化

広い放牧地で生後間もない子馬が勢いよく走る母馬の後を一生懸命追いかける姿は、生産地ではよく見かける微笑ましい光景です(図2)。しかし、最近の研究では、生後間もない子馬の骨軟骨は幼弱で激しい運動には耐えることができず、症状に表れないような軽微な軟骨損傷を発症している例もあることが明らかとなりました。(図3)。このような子馬の軟骨損傷を予防するためには、子馬が過度に走れないように小さな放牧地から徐々に大きな放牧地へと慣らしていくことが有効と考えられますが、JRA日高育成牧場では放牧地内の「間仕切り」に電気牧柵を利用することで、実際に子馬の種子骨損傷を予防できるかについて検証しました(図3)。

その結果、生後直ぐに広い放牧地へ放牧した子馬に比較し、電気牧柵を利用して段階的に放牧地の広さを制限した子馬では、この軟骨損傷の発症頻度が大幅に減少することが確認できました(表1)。

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(図2)広い放牧地で一生懸命母馬の後を追う生後間もない子馬

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(図3)生後1か月齢の子馬に認められた種子骨の離断骨片

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(図4)電気牧柵で仕切られた放牧地

乾電池式の電源装置と視認性が高い幅4cmの帯状の柵を使用

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(表1)治癒までに10週間以上を要した軟骨損傷の発生状況

 

おわりに

電気牧柵の利点は、通常の牧柵より安価で移設も容易という点です。したがって、子馬の成長に応じて放牧地のサイズを何度でも仕切り直すことが可能です。また、設置によるメリットはシカによる食害を防止して施肥効果を高めるだけに留まらず、シカが持ち込んでいたと思われるダニの寄生も減少させることもできました。 生後間もない子馬の種子骨損傷の予防は電気牧柵の活用法の一例ですが、その他の関節に発生する離断性骨軟骨症の原因となる過度の運動刺激についても同様に防ぐこともできそうです。実際に電気牧柵を運用するには、出産前の母馬を予め電気牧柵を敷設した放牧地に馴致しておくなどの工夫も必要ですが、電気牧柵自体には通常の柵のように物理的に馬の突進に耐える強度がないため、狂奔状態に陥った馬が電気牧柵を突破することは十分に考えられます。したがって、電気牧柵は、あくまでも放牧地内の「間仕切り」としての使用に限定すべきです。

 電気牧柵が有効に、安全に機能するには、適切に資材や機器を設置することだけでなく、漏電を予防するための下草の定期的な刈り取りなど、設置後の環境整備も必要となります。電気牧柵の詳細については、取り扱い販売店にお問い合わせの上、適切にご使用していただきますようお願いします。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 室長 佐藤文夫

2021年1月27日 (水)

哺乳期子馬のクリープフィード

はじめに

 子馬が生まれて初めて摂取する食餌は母乳であると同時に、母乳は唯一の栄養源でもあります。やがて、子馬は母馬を真似て放牧草や乾草を食べるようになりますが、哺乳期の子馬の消化器官や腸内細菌は、まだ粗飼料を栄養源として利用できません。競走馬として育種改良されてきたサラブレッドの哺乳期子馬に対しては、生来供給される母乳や粗飼料以外にも必要な栄養を確実に給与することが望まれます。

 

クリープフィードとは?

 哺乳期の子馬だけが食べられる方法で与える飼葉を“クリープフィード”と呼びますが、これは飼葉の中身を示すのではなく給与の目的を示す言葉です。例えば、同じ燕麦でも子馬だけが食べられる方法で給与すれば、その燕麦はクリープフィードであると言えます。一般的なクリープフィードは、子馬だけが這ってくぐり抜けられる高さの柵や壁の向こう側に置かれることから、“這う”(creep)が語源とされています(図1)。

 

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図1 クリープフィードの語源は、英語の“這う”(creep)であると言われている。

哺乳期の子馬にクリープフィードを与える必要性

 哺乳期の子馬にクリープフィードを給与する目的は、母乳や牧草のみでは不足する栄養素を補い、子馬が離乳後の固形飼料に馴れさせることにあります。

一般に動物は、摂取するエネルギーが不足している場合に食欲を示します。したがって、哺乳期の子馬はエネルギーの需要に応じて母乳や牧草を自発的に摂取できます。しかし、動物は塩分以外のミネラルおよびビタミンの不足に対してはこの摂取欲求が無いものと考えられています。例えば、ある子馬の体内のカルシウムが不足していたとしても、特にその子馬が放牧草の中からカルシウムを多く含むクローバーを優先的に食べるようなことはありません。一方で、母乳中のミネラルやビタミン濃度は分娩後から徐々に減少しており、子馬が牧草からこれら不足するミネラルやビタミンを摂取できているかどうかは分からないということになります。ここでクリープフィードの出番となるわけですが、このクリープフィードは通常の飼葉のようにエネルギーを給与するのではなく、ミネラルやビタミンを補うことを目的として給与されます。

 

母乳および牧草からのミネラル摂取

 カルシウムとリンは、どちらも骨の発育にとって重要なミネラルですが、前述のとおり母乳中の両者の濃度は分娩後の時間経過とともに減少していきます(図2)。一方、軟骨形成に重要な亜鉛と銅の母乳中の濃度は初乳を除いて大きく変化しません。しかし、子馬の母乳摂取量は成長に伴って減少するため(図3)、子馬が摂取する両者の絶対量も徐々に減少することとなります。

これとは逆に、子馬における放牧草の摂取量は増加しますが、放牧草は優良なミネラル供給源である一方、その含量は草種、土壌および時期など様々な要因に影響されるため、安定した供給源とは言えません。銅と亜鉛の摂取不足は、骨軟骨症(OCD)など成長期における骨疾患の発症に繋がりますから、決して軽視することはできない問題です。

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図2 分娩後からの母乳中カルシウムおよびリン濃度の変化

 分娩3日~1週後をピークに母乳中カルシウムおよびリン濃度は経時的に減少する。

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図3 出生後からの子馬の哺乳量の変化

 1週齢をピークに哺乳量は子馬の成長とともに減少する。


 

養分要求量を満たすためのミネラルの給与

 養分要求量とは、馬が健康かつ最低限のパフォーマンスを維持するための栄養摂取の基準量です。全米研究評議会(NRC)が刊行した『馬養分要求量』(我々はこの冊子もNRCと呼んでいますが)には、4ヵ月齢の若馬のカルシウム、リン、亜鉛および銅の養分要求量が記載されていますが、母乳および牧草由来の摂取量と比較してみるとNRCの要求量を下回っていることがわかります(図4)。このような場合、クリープフィードからこれらのミネラルを補充してやる必要がでてくるわけです。

 近年、バランサーと呼ばれる飼料が多くの牧場で利用されるようになってきました。バランサーは、炭水化物や脂肪などのエネルギーの基質を供給するのではなく、アミノ酸、ビタミンおよびミネラルを高濃度に含んだ飼料です。例えば、図4で示す4ヵ月齢の若馬におけるカルシウム、リン、銅および亜鉛の要求量に対する不足については、表1のバランサー500gを給与することにより解消できます(図5)。これらのミネラルの要求量は2ヵ月齢頃から母乳および牧草からのみの摂取では不足するため、この時期からクリープフィードを開始することが推奨されます。

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図4  4ヵ月齢(哺乳期)子馬のミネラル要求量と摂取量の比較

    NRC(2007年版)における4ヵ月齢子馬のa)カルシウム、b)リン、c)亜鉛およびd) 銅の要求量と母乳および放牧草由来の各ミネラル摂取量を比較したところ、全てのミネラルにおいて摂取量が要求量を下回っていた。

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図5  4ヵ月齢(哺乳期)子馬にクリープフィードを給与したときのミネラル要求量と摂取量の比較

 4ヵ月齢子馬にクリープフィードとして表1のバランサーXを500g給与したところ、a)カルシウム、b)リン、c)亜鉛およびd) 銅の摂取量は要求量を概ね満たした。

さいごに

 クリープフィードには、離乳後を見据えて予め固形飼料に馴らしておくという目的もありますが、子馬によってはなかなかクリープフィードを食べてくれないこともあります。このような場合は、手で少量ずつ子馬の口に運んでやったり、母馬と同じ飼葉桶から一緒に食べさせる方法が効果的です。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

繁殖牝馬のクッシング病(PPID)

はじめに

現在、国内におけるサラブレッド生産現場には、約1万頭の繁殖牝馬が繋養されています。その多くは年齢とともに受胎率が低下することが分かっていて、高齢繁殖牝馬は更新することが推奨されています。しかし、高齢繁殖牝馬の中にも血統的・経済的に価値の高い馬が存在することもあり、高齢馬における繁殖能力の維持・向上も求められているのも現状です。

高齢繁殖牝馬の受胎率低下の要因として、子宮や膣の加齢性変化や子宮内膜炎などの感染性疾患、分娩時の産道の物理的損傷などが考えられます。しかし、それらの根本的な原因として加齢に伴う視床下部-下垂体-副腎軸の異常が直接的あるいは間接的に関与していることが考えられています。この内分泌異常の代表的なものが「馬クッシング病」です。

 

馬クッシング病

臨床症状は多毛、多飲、多尿、多汗、体重や筋肉量の減少、蹄葉炎、免疫能低下による呼吸器及び泌尿器感染症(易感染)、創傷治癒の遅延、繁殖障害(不発情回帰、長期不妊)などとなります。特に換毛不良による巻毛、腹部の筋緊張低下による腹部下垂の体型が典型的な特徴所見となり、牡にも牝にも発症する疾患ですが、生産地では高齢の繁殖牝馬に多く認められることになります(図1)。

 

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図1 特徴的な換毛異常と筋肉量の減少

 

発症原因

馬クッシング病は、他の動物とは発症原因が異なり、脳下垂体中葉を支配する神経からのドーパミン分泌低下による中葉細胞の異常増殖により引き起こされる下垂体の疾患です(図2、3)。そのため、馬クッシング病は下垂体中葉機能障害(PPID:Pituitary pars intermedia dysfunction)と呼ばれています。中葉の過形成に伴い過剰分泌されるα-MSHやニューロペプチドはプロラクチンの過剰分泌や関連する代謝異常を引き起こします。さらに視床下部の物理的圧迫はPPIDの多様な症状を発現する原因となることが知られています。繁殖牝馬では、これら内分泌異常による繁殖障害に陥ると考えられています。

 

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図2 脳における下垂体の位置

 

 

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図3 PPID発症馬の下垂体断面

中葉の過形成により大部分を占める(日獣会誌2012)

 

 

診断方法

PPIDの診断方法の一つに、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)測定試験があります。正常馬においても血中ACTH濃度には季節周期性が認められ、夏から秋(8月~10月)にかけて比較的高値を示すことが知られていますが、PPID発症馬では1年を通じて正常馬よりも高値を示します(図4)。そのため11月中旬から7月中旬にかけては40pg/ml(ng/l)以上で陽性、それ以外の時期は100pg/ml以上で陽性と診断が可能とされています。

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図4 ACTH血中濃度の季節変動

Equine Vet. Educ. 2014)

 

治療方法

内科的療法としてドーパミン作動薬(Pergolide)が対症療法として用いられています。低濃度薬量の投与から開始して、臨床症状の改善度合いと副作用発現(食欲不振、疝痛、下痢など)などを監視しながら、必要に応じて薬容量の増加を行う指針が示されています。

 

発症予防

発症予防には、若い頃からの飼養管理が重要と考えられています。繁殖馬の多くは加齢性にインシュリン抵抗性が増すことで、馬メタボリック症候群(EMS)に罹患することが近年問題となっていますが、EMSはPPIDと併発することが多く、胎盤炎や蹄葉炎などの炎症性疾患を助長する要因になっていると考えられています。EMSを予防することがPPIDの予防に繋がるのかも知れません。

 

最後に

これまで、本邦のサラブレッド繁殖牝馬におけるPPIDに関する調査報告は少なく、その現状や対処方法について分かっていないのが現状です。そこで現在、我々が取り組んでいる生産地疾病等調査研究では、サラブレッド繁殖牝馬のPPID罹患状況について血中ACTH濃度測定法によりサーベイし、その受胎成績に与える影響を検証することを計画しています。これによりPPIDの病態や予防、治療方法が解明されることで繁殖牝馬の生産性の向上に貢献できればと考えています。どうか調査にご協力いただければ幸いです。

日高育成牧場生産育成研究室 室長 佐藤文夫

新生子馬の疾病に関する講習会について

2018年11月28日・29日、静内エクリプスホテルにおいて、カリフォルニア大学デイビス校のJohn Madigan博士を講師に招き、出産時における子馬の一般的な疾患に対する予防と迅速な治療のための管理法に関する講習会が開催されました。本稿では、その中のトピックとして近年注目されている新生子適応障害症候群(NMS)についてご紹介いたします。

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John Madigan博士(カリフォルニア大学デイビス校)

新生子適応障害症候群(NMS)について

NMSとは、出生直後の子馬が呈する一連の異常行動の総称であり、代表的な症状として“母馬を認識できない”、“乳房の位置を把握できない”、“目的もなく彷徨う”などが挙げられ、これまで「ダミーフォール」などと呼ばれてきました。発症のメカニズムは不明な点が多いものの、帝王切開、難産、早期胎盤離脱(レッドバッグ)、胎子期の成熟異常あるいは子宮内感染などによって、脳が低酸素状態になることが原因だと考えられてきましたが、根本的な治療方法は存在せず、まず確実に初乳を給与することに加えて、起立補助、酸素の吸入、ボトルを用いた人工授乳、輸液などの対症療法のみが実施されています。

一方Madigan博士は、発症メカニズムとして“胎子期に分泌されているホルモン(抑制ホルモン)”が関与しているのではないかという極めて興味深い説を提唱しています。

 

胎子期のホルモンが発症に関与?

Madigan博士らの研究によると、NMSの子馬から“胎子期に分泌されているホルモン(抑制ホルモン)”が高い濃度で検出されていることがわかりました。このホルモンは直接脳に作用し、新生子を子宮内にいた頃の睡眠状態に戻す効果があるようです。

本来は出生時における産道での胸部圧迫(軽度の低酸素状態)が引き金となり、出生後に分泌が低下します。しかし、一部の子馬では胸郭圧迫による刺激が少ないことなどが原因で分泌の低下が起こらないようです。

この場合、子馬は生まれているにもかかわらず母馬の子宮内にいる時のようにあまり動かず、呼吸やお腹の動きも最小限に抑制されることに加え、母馬を認識できず、乳房の位置も把握できない状態に陥ります。

つまりこれがNMSの発症メカニズムではないかというのが、Madigan博士の仮説です。

 

ロープスクイーズ法とは?

Madigan博士らはこのホルモン分泌異常に対して、ロープスクイーズ法(胸部圧迫)という新しい処置法を提唱しています(写真1)。

この方法は、新生子馬の胸部をロープで圧迫することにより、産道の通過を再現する方法で、抑制ホルモンの分泌低下を目的に実施されます。胸部圧迫により、子馬は再び眠った状態になり、呼吸数、心拍数の減少や外部刺激への反応の低下などが認められます。20分間の圧迫後にロープを外すと子馬の運動性は活発になり、反応の良い馬ではたった1度の処置で正常な行動を示すようになるとのことです。また、1度で正常に戻らない場合でも4時間おきに1日4回まで実施することができ、治るまで数日間継続して実施することができます。

本法の治癒率は、従来の対症療法と変わらず約90%ですが、1時間以内の治癒率が37%(従来:4%)、24時間以内の治癒率が69%(従来:35%)と回復までの時間短縮が見込めるようです。ただし、ロープスクイーズ法を実施する際には子馬の全身状態や肋骨の骨折の有無を確認する必要があるので注意が必要です。

本法の実施方法は以下のURLにてご確認いただけますが、もしNMSの子馬に対して本法を行う場合には、獣医師とご相談の上実施することをおすすめします。

 

http://vetmed.ucdavis.edu/compneuro/local_resources/pdfs/mfsm_instructions.pdf

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写真1:ロープスクイーズ法

 日高育成牧場業務課 福田一平

2021年1月25日 (月)

ファームコンサルタント養成研修

「コンサルタント」と聞いて皆さんが最初に思い浮かべるのは、いわゆる「企業コンサルタント」ではないでしょうか。その業務内容は多岐に亘るようですが、一般的にはクライアント企業の経営的な課題を抽出し、それを改善するための助言を与えて業績を向上させる職業というイメージをお持ちかと思います。

本稿で紹介する「ファームコンサルタント」は、「クライアント企業=軽種馬の生産もしくは育成牧場」であり、主に馬の栄養管理に関する課題の抽出およびそれらを改善するためにアドバイスをする「馬の栄養管理技術者」を指しています。

 

ファームコンサルタントの役割

馬の栄養管理技術者であるファームコンサルタントは、その名から想像できるように、個々の馬に対する給餌を中心とした飼養管理に関するアドバイスの提供が主な役割になります。そのためには、馬の栄養学や草地学はもちろんのこと、外科学や繁殖学など馬の栄養状態と関連する幅広い分野に造詣が深いことが求められます。

具体的には、与えている飼料の種類や量、放牧時間、繁殖成績や疾病発症などの課題をクライアントから直接聞き取ったうえで、BCS(ボディコンディションスコア)や馬体重の測定、栄養が関連する子馬のDOD(成長期外科的疾患)の有無などを確認することで個々の馬の栄養状態を把握するとともに、放牧地の状態なども観察します。これらによって牧場全体を俯瞰的かつ客観的に評価したうえで、クライアントと相談しながら課題の解決に導いていきます。

 

ファームコンサルタント養成研修(栄養管理技術指導者養成研修)

JBBA日本軽種馬協会はファームコンサルタントの更なる普及を目的として、平成27年から「ファームコンサルタント養成研修(栄養管理技術指導者養成研修)」を立ち上げました。2年間に亘ってJRA日高育成牧場で行われた「第1期ファームコンサルタント養成研修」では、総合農協、軽種馬農協、飼料会社等の職員が参加しました。

毎月1回、計24回行われた本研修は「実技・講義・ディスカッション」の3本柱で構成されており、実技では「BCSの測定や疾病の有無の確認を目的とした子馬や繁殖牝馬の馬体検査」、講義では「栄養学、各ステージの馬の飼養管理、草地学など幅広い知識の付与」、ディスカッションでは「毎回参加者に与えられた英語の論文要約や馬体検査レポート作成などの提出課題について参加者全員での意見交換」が行われました。第1期ファームコンサルタント研修では9名が修了し、修了者はそれぞれの立場から研修での「学び」を活かして個々の業務に役立てているようです。

本年9月からは、新たなメンバーによる第2期ファームコンサルタント養成研修が開始されており、前回の参加団体・企業に加えて、牧場関係者も参加者に名を連ねています。このように様々な立場から軽種馬生産育成に携わるホースマンが、2年間の長期間に及ぶ研修を通して栄養管理技術者としての能力を身に着けることで、馬産地全体における飼養管理技術の底上げに繋がるのではないかと感じています。

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日高育成牧場業務課長 冨成雅尚

米国における1歳馬のセールス・プレップ

今回は米国における1歳馬の飼養管理について紹介します。わが国では主に育成牧場でセリに向けての準備(セールス・プレップ)が行われていますが、ケンタッキーでは生産牧場でセールス・プレップが行われていました。

 

セリに上場する馬としない馬の違い

ケンタッキーにはライムストーンと呼ばれる石灰岩の層の上にアルカリ性の土壌が広がっており、ケンタッキーブルーグラスを中心とした青草から天然のミネラル分が補給される恵まれた環境にあります。また、新潟市と同じくらいの緯度にあり、夏は暑過ぎず冬は寒過ぎない快適な気候を有しています。ですので、セリに上場しない馬は悪天候時などの例外を除き、基本的には24時間放牧が行われており、馬体のチェックを兼ねて朝夕2回放牧地で飼付されます。一方、1歳セリは7~10月の夏季に開催されるため、24時間放牧しているとたてがみや体毛が日焼けしてしまいます(図1)。これは馬の成長には全く影響しませんが見栄えが悪くなるため、セリに上場する馬は昼間の日光の強い時間を馬房内で過ごして、夜間放牧(19時から翌朝7時まで)されています(図2)。

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図1.セリに上場しない馬は24時間放牧され日焼けしている

 

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図2.セリに上場する馬は日焼けを防ぐため夜間放牧に切り替えられる

 

放牧地

セリに上場しない馬は20エーカー(約8ヘクタール)程度の大きな放牧地に集団で放牧します。一方、セリに上場する馬は、牝馬に関しては放牧時間が短縮(24時間から12時間)されるだけで、同じく大きな放牧地に集団で放牧されます。牡馬に関しては、ケンカして咬みつくなどして外傷を負う恐れがあるため、1頭ずつ小パドックに放牧します。放牧地の広さを決める際の目安に“1 acre, 1 horse(ワンエーカー、ワンホース)”という言葉が使われています。これは馬1頭当たり1エーカー(約0.4ヘクタール)以上の広さが必要という意味です。

 

飼料

 セリに上場する馬は、BCSの調整のため馬房内で個別に濃厚飼料が与えられます。私が研修したダービーダンファームでは、大粒のペレットが1日2回与えられていました。1回の量は太っている馬で1.5kg、痩せている馬で2.0kgでした。ダービーダンファームは“Honesty(正直、誠実)”をスローガンにしており、BCSが5.0前後の自然な馬体を目指していました。

 

ウォーキングマシンの使い方

セリに上場する1歳馬の管理は、ウォーキングマシンを使った運動および馬体洗浄をする日と、後述するグルーミングをする日に一日おきに分かれています。

ウォーキングマシンによる運動は、常歩のストライドを伸ばしてセリの下見時に活発な印象を与えることを目的として行われています。具体的には、常歩ではついて行けず半分程度は速歩になってしまう速度でウォーキングマシンを回して、徐々に馬が体の使い方を覚えて大きく常歩で歩けるようになったらさらに速度を上げる方法を繰り返します。理想を言えば人が引いて馬の常歩の速度をコントロールするのがベストでしょうが、少ない人手で活発に歩ける馬を作るのには有効な方法だと感じました。

 

グルーミング(手入れ)

ウォーキングマシンによる運動が行われない日は、念入りなグルーミング(手入れ)が行われます。中でも最も熱心に行われていたのが、ゴムブラシで全身を強く擦ることで、古い体毛をできるだけ抜き、皮膚の血行を促します。最初の1週間は変化に気づかないレベルでしたが、2~3週間続けていると明らかに新陳代謝が良くなり、自然な艶が出てきます。そのほか、セリの直前にはトリミングを行い、たてがみをきれいに整え、耳毛や距毛を短くカットします。

 

 

 

JRA日高育成牧場業務課診療防疫係長 遠藤祥郎

妊娠のメカニズム(後半)

 前稿では、交配から受精、卵割、妊娠鑑定、妊娠認識といったイベントを解説しました。本稿ではその後のイベントを順に解説していきます。

 

固着と着床、胚と胎子

 「固着fixation」は排卵16日目頃に起こるウマ特有現象で、胚胞が子宮と接着することを指します。双子が隣接して固着した場合には一方のみを処置することが難しいため、固着する前に双胎の確認をしなくてはなりません。一般の哺乳類では、胚胞と子宮が接着するとすぐに着床implantationが起こります。着床とは胎子側の組織と母体側の組織(子宮)が互いに反応して胎盤形成を開始することを意味しますが、ウマでは着床に先駆けて固着が起こるため、着床は排卵後40日頃と遅いのが特徴です。この母子の組織的な交わりを境に、胚embryoは胎子fetusと呼ばれるようになります。つまり、40日齢までが胚であり、それまでに消失するものが胚死滅と言われます。

 

子宮内膜杯・二次黄体

 着床が起こると、胎子組織の一部が子宮組織に入り込み子宮内膜杯endometrium cupを形成します。この子宮内膜杯がeCGというホルモンを分泌し、卵巣に二次黄体の形成を促します。この頃には一次黄体が退行しかかっていますので、二次黄体の形成は黄体ホルモンのブースト作用として妊娠に必須な現象です。胚死滅予防のため黄体ホルモン剤を投与する場合には、この二次黄体が形成されるタイミング(6-7週目)が投与終了の一つの目安となります(図1)。子宮内膜杯はもう一つ臨床上重要な意味があります。一旦子宮内膜杯が形成されると、仮に胎子が死亡してしまった場合にも子宮内膜杯が遺残し、eCGを分泌し続けるため発情が回帰しません。同シーズン中に再交配できないことから、通常の妊娠確認は6週目の胚死滅が起こらなかったことをもって検査終了されます。7週目移行は安定期だから検査しないわけではないことにご留意下さい。

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図1 妊娠馬の血中プロゲステロン濃度の推移

 

胎盤形成

 胎盤placentaはあらゆる胎生哺乳類において形成され、基本的な機能は共通するものの、その形態は動物種によってかなり異なります。例えば、ヒトの胎盤は文字通り盤状をしていますが、イヌ・ネコでは帯状、ウシでは丘阜状、そしてウマは散在性と言われています(図2)。散在性胎盤の組織構造は母子血管の距離が離れているためガス・栄養交換の効率が悪いのですが、子宮全体に広く広がることで効率の悪さを補っています。また、子宮上皮細胞層が残っていることは分娩時子宮の損傷が小さいことを意味し、分娩後わずか10日で迎える初回発情での受胎性に貢献しています。

 ウマの胎盤は妊娠維持自体にも大きく寄与しています。前述の通り、黄体ホルモンは一次黄体から二次黄体に引き継がれますが、その後分泌源はさらに胎盤に移行します(図1)。胎盤由来の黄体ホルモン類(厳密には黄体ホルモンそのものではない)が子宮平滑筋を弛緩させる一方頸管をギュッと閉じ、妊娠維持に寄与します。

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図2 動物種による胎盤の違い

 

前置胎盤?早期胎盤剥離?

 これまで述べてきたように、ウマとヒトでは妊娠メカニズムが異なります。これを踏まえない誤解の例を一つお示しします。分娩時のレッドバックは前置胎盤や早期胎盤剥離と呼ばれてきました。しかし、これらはいずれもヒト産科で用いられている用語であり、必ずしも適当な訳語ではありません。前置胎盤とは厚い盤状胎盤が子宮口に形成されたため、正常な破水・娩出が起こらず問題となります。しかし、そもそもウマ胎盤は子宮口を含む子宮全体に裏打ちされていますので、同一の病態でないことは明らかです(図3)。ヒトの胎盤早期剥離は分娩予定日よりも早期に胎盤が剥がれることを指しますが、レッドバックの起こる時期は基本的に予定日前後です。英語でpremature placental separationと言うこともあるため必ずしも誤訳とは言えませんが、ヒト医療で言われているソウハクとは明らかに異なる病態です。レッドバックの実態は、胎盤炎によって肥厚した胎盤が破れずに娩出されることと言われており、残念ながらこれに合致するヒト医療用語はありません。筆者個人の考えですが、無理にヒト用語を当てはめるとかえって混乱を招きかねませんので、この例では「レッドバック」と言うのが適当ではないでしょうか。

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図3 ヒトとウマの胎盤の違い

   

日高育成牧場生産育成研究室 村瀬晴崇

妊娠のメカニズム(前半)

「交配翌日に子宮洗浄して大丈夫なの?」「ウマの妊娠の安定期は?」といった疑問を抱いたことはないでしょうか?本稿、次稿と2回に分けてウマの妊娠メカニズムを簡単に解説いたします。哺乳類は全て妊娠、出産、哺乳しますが、種によって異なる点も多くあります。獣医師の処置を理解したり、より良い繁殖管理について考察したりするためには、ウマ特有の妊娠メカニズムを十分理解する必要があります。

 

交配・射精

1回の発情に1回しか交配機会のないサラブレッド種において、交配は排卵に先駆けて行われます。一般に卵の寿命は12時間と精子の48時間より短いため、あらかじめ精子が卵管内(受精の場)で卵の到着を待つタイミングを狙います。また、ウマの交配では、陰茎が子宮頚管を通り、子宮内に直接射精されます。1回の精液量は30~100mlほどで、その中に1~10億ほどの精子が含まれています。射出された精液は子宮平滑筋の運動により子宮内で攪拌され、4時間後には受精するために十分な精子が卵管内に入ります。そのため交配6時間後以降に子宮洗浄やオキシトシン投与をしても受胎性に問題はありません。

 

受精

卵管内に入った精子は自らの遊泳運動によって卵管内を上って行きます。一方、排卵された卵は卵管を下っていき、両者は卵管膨大部で受精します。受精卵は2細胞、4細胞、8細胞、桑実胚、胚盤胞と順に細胞分裂(卵割と言います)しながら、約1週間かけて卵管を下ります(図1)。ここで、しばしば卵管閉塞が問題となります。卵管腔は垢や細胞屑、炎症の影響などで塞がる場合があり、このような場合には極小さな精子は通過できるものの、直径0.5mmほどにもなる胚盤胞は通過できないことが起こりえます。このような卵管閉塞には卵管疎通試験が有用です。これは子宮内視鏡で卵管口にカテーテルをあて、水を通すことで通過障害があるか確認すると同時に塞栓している場合には治療にもなります。もし該当しそうな繋養馬がいましたら、獣医師にご相談下さい。

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図1 卵管内における卵割の様子

 

妊娠鑑定

胚盤胞は受精後10日目前後に卵管から子宮腔に入ります。この頃にはエコー検査で確認できますが、直径わずか2~4mm程度ととても小さく見落としやすいこと、正確な受精時間は分からないことなどから通常は十分余裕をもって交配14日以降に鑑定されます。この時期、エコーで描出されるものは「胚胞embryonic vesicle」と言い、鶏卵に例えると黄身の部分になります(白身に該当する部分はありません)。3週目になるとエコー上でも「胚embryo」が識別できるようになり、その後も週齢に応じた典型的なエコー像を示します(図2)。もし、胚胞のエコー像が週齢より遅れている場合には、すでに死滅しているかもしれません。胚胞を確認するだけでなく、心拍を確認することが重要です。

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図2 妊娠初期の胚胞エコー像

 

妊娠認識

通常、排卵からおよそ14日後に子宮体からPGF2αというホルモンが分泌され、その作用により黄体が退行します。一方、子宮が妊娠したと判断した場合(妊娠認識と言います)には、PGF2αが分泌されないため、黄体退行が起こらず、妊娠が継続されます。興味深いことに、この妊娠認識シグナルは動物種によって異なります。ウマのシグナル物質は未だに分かっていませんが、胚胞が子宮内を遊走することが関与していると言われています。この胚胞の遊走は胚胞が蛋白質の殻で覆われているからこそできるウマ特有の現象です。子宮内膜シストが問題となるのはこの場面で、この胚胞の遊走がシストによって阻害されると妊娠認識が起こらず、不受胎になると考えられています。

  

日高育成牧場生産育成研究室 村瀬晴崇

ケンタッキーの馬産

私はJRAの海外生産育成調教実践研修の研修生として2015年6月から2017年2月までの1年9ヶ月間米国ケンタッキー州およびフロリダ州でサラブレッド競走馬のマネジメントを学んできました。誌面をお借りしてその内容をご紹介したいと思います。まず今回は米国ケンタッキー州での馬産についてお話します。

 

・最大の馬産地ケンタッキー

米国では毎年約2万頭のサラブレッドが生産されていますが、中でもケンタッキー州は最大の馬産地であり、約12,000頭が生産されています。この地にはライムストーンと呼ばれる石灰岩の地層が存在し、土壌中にカルシウム分が供給され、牧草中のミネラル分が豊富になり、馬の骨が丈夫になると言われています。また、ケンタッキーブルーグラスという馬の放牧地に適した牧草が自生していたことも有名です(図1)。さらに、夏は暑くなり過ぎず、冬は寒くなり過ぎない、馬に適した気候となっています。

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図1.ケンタッキーブルーグラスが中心の放牧地

 

・馬産全体の違い

 日本の生産牧場では牧場が繁殖牝馬を所有する自己所有馬の割合が多いのに対し、米国では馬主が生産牧場に預託料を支払って繁殖牝馬を預ける預託馬の割合が多かったです。私が研修したダービーダンファームでは、約8割の馬が預託馬でした。また、日本の生産牧場では採草地を有し、そこで作った自家製の乾草を馬の食用に使用しているのが一般的ですが、米国では採草地がなく牧場の土地を目一杯使って広い放牧地として利用し、そこで作られた乾草は食用としては使用せず敷料として使用し、麦稈代を節約していました。また、日本の牧場の従業員はほとんどが日本人ですが、米国ではヒスパニックと呼ばれる中南米からの移民がほとんどでした。

 

・繁殖牝馬の飼養管理の違い

分娩前の管理について、日本では分娩前にウォーキングマシンもしくは引き馬による運動を課す牧場が多いのに対し、米国ではそのような特別な運動は課されていませんでした。また、近年日本では分娩時に子馬を引っ張らない“自然分娩”が普及しつつありますが、米国では子馬を引っ張りかつ母馬に鎮痛剤を投与するなど、積極的な分娩介助がなされていました。ヒトの医療で出産する際に“無痛分娩”が普及していることが背景にあるのではないかと考えられました。種付けの際には、日本では牧場のスタッフが母子両方を馬運車に載せて種馬場まで連れて行くのが一般的であるのに対し、米国では牧場のスタッフは立ち会わず、輸送業者が種馬場まで母馬を連れて行く、その際子馬は馬房内に置いて行くというスタイルが普及していました。そのほか、日本では陰部のコンフォメーションが悪い場合など必要な馬のみ陰部縫合いわゆるキャスリックが行われていますが、米国では伝統的に牝馬全頭に対し陰部縫合が行われていました。

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図2.積極的な分娩介助

 

当歳馬の飼養管理の違い

 米国では免疫を高めるため子馬に血漿製剤を、牧場によっては全頭に対し出生翌日に投与していました。この血漿製剤は日本では市販されていないものです。また、日本の日高地方では、特に1~2月は寒いので子馬に馬服を着せるのが一般的で、牧場によってはインドアパドックが利用されていますが、ケンタッキーでは暖かいので子馬に馬服を着せる必要がありませんでした。同様の理由で、日本では2ヵ月齢前後まで大きくなってから、親子での昼夜放牧が開始されるのが一般的ですが、ケンタッキーでは2週齢前後から早くも昼夜放牧が開始されていました。さらに、親子を一人で引く方法が日本と米国では異なり、日本では人が真ん中になり、子馬が右、母馬が左という引き方が一般的ですが、米国では人が1番左に位置し、子馬が真ん中、母馬が右という引き方をしていました。

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図3.新生子馬に対する血漿製剤の投与

 

JRA日高育成牧場業務課診療防疫係長 遠藤祥郎

【海外学術情報】 第63回アメリカ馬臨床獣医師学会(AAEP)

はじめ

AAEPは、馬に関する調査研究や臨床教育、最新の医療機器や飼料などの展示も行われる世界で最も大きな学会です。2017年はテキサス州サンアントニオで開催されました(図1)。日本からは、私の他に数名の日高で顔なじみの獣医師達も参加しました。今回は、この学会の中から興味を引いた「子馬のロドコッカス感染症の免疫療法」に関する演題について紹介したいと思います。

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(図1)テキサス州サンアントニオで行われた学会会場内の運河で遊覧する人達

 

ロドコッカス感染症とは

ロドコッカス感染症は、土壌菌であるロドコッカス・エクイ(R. equi)の中で、病原性強毒株の感染によって起こる子馬の疾患です。病原菌のR. equiは、雪解けが進んだ4月下旬頃に土壌中で大増殖します。そのため、丁度その時期に移行免疫が低下する1~3ヵ月齢の子馬に好発することになるのです。罹患した子馬は、まず40℃近い発熱のあと、発咳などの呼吸器症状を示すようになります。診断方法は、気管洗浄液の細菌培養(図2)やPCR検査、胸部のエコー検査やX線検査が主なものとなります。治療は、高価な抗生剤(クラリスロマイシンとリファンピシンの併用)の継続投与となります。発見と治療が遅れ、重度な化膿性肺炎を発症した子馬は、死亡する場合も多く、難治性で経済的損失の大きな疾患といえます。

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(図2)シリコンチューブによるロドコッカス罹患馬の気管洗浄液の回収と選択培地(NANAT培地)による菌分離

 

ロドコッカス菌の特徴

病原菌のR. equiは、好気性・非運動性のグラム陽性球桿菌で、細胞壁の外側に莢膜を持つ細菌です。本菌は、白血球に貪食された後も死滅せず、小胞体内で生存し、増殖することができる細胞内寄生性細菌です。そのため、ワクチン抗体による免疫効果は、あまり期待できないとされ、免疫血清や死菌ワクチンの開発も実用化されていないのが現状でした。

 

新たな免疫療法に関する報告

子馬は、誕生後すぐに母馬の初乳を飲むことで移行免疫を獲得します。子馬の抗体産生能は低く、生後3ヵ月齢ごろまでは、自分で抗体を作ることが出来ません。そのため初乳から移行免疫を獲得することがとても重要です。

ハーバード大学医学部のコレット博士らは、細菌の細胞壁の構成因子であるPNAG(β-1-6-linked polymer of N-acetyl glucosamine)に注目し、これを抗原になり易いように加工し、妊娠繁殖牝馬に分娩6週前と3週前にワクチン接種を行うことで、子馬へ初乳を通したPNAG抗体を移行させることが出来ること、PNAGの移行抗体を獲得した子馬はR. equiに感染しないことを実験的に証明しました(図3)。また、PNAGに対する母馬の高免疫血漿を子馬に輸血することでもR. equiへの感染防御効果があることも実験的に示めされました。これらの報告は、これまでR. equi感染に対して免疫療法が効を奏さないとされていた定説を覆す、画期的なものです。

また、このPNAGはR. equiだけでなく、その他多くの細菌や真菌などの細胞壁の主要な構成要素であるため、様々な感染症への免疫療法に応用できる可能性もあり、今後も注目していきたいと思っています。

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(図3PNAG移行抗体による子馬のロドコッカス感染予防

 分娩6週前および3週前の2回、繁殖牝馬にPNAGをワクチン接種することで、子馬へ初乳を通した移行抗体が期待できる。このPNAGの抗体を得た子馬は、ロドコッカス感染実験による肺膿瘍形成が起こりづらくなることが報告された。

 

最後に

海外の学会に参加することで、最新の様々な情報を得ることができます。一方で、近年は日高発の調査研究や獣医診療技術が紹介される機会も増えて来ています。ちなみに、今回のAAEPでは、イノウエ・ホースクリニックの井上裕二先生とJRA競走馬総合研究所の黒田泰輔先生の2人が日本から発表しました。海外の研究成果や飼養管理技術を学び、応用可能なものを導入していくことと同時に、日高発の研究成果を海外の国際学会の場で積極的に発信していくことも日本の馬産業が世界で同等に関わり続けていく上でとても大切なことと思います。今後も日高育成牧場で行う調査研究へのご理解とご協力を宜しくお願い申し上げます。

 

日高育成牧場生産育成研究室 研究役 佐藤文夫