坂路トレーニングの効果(1)
No.48 (2012年2月1日号)
坂路コースは北海道においても数多くみられるようになりました(図1)。坂路トレーニングは文字通り、上り坂を利用したトレーニングです。走路の傾斜がきつくなれば、それだけ呼吸循環機能にかかる負荷が増えることは容易に想像できますが、走路の傾斜の違いによって呼吸循環機能にかかる負荷の程度がどのくらい違うのかを、野外の坂路コースを使って評価するのはそれほど簡単ではありません。
傾斜の異なる上り坂を走っているときの呼吸循環機能を評価するためには、傾斜の設定を簡単に行なうことのできるトレッドミルが大変役に立ちます(図2)。今回は、トレッドミルを用いて、走路面の傾斜の違いが走行中のサラブレッドの呼吸循環機能におよぼす影響を調べた結果について簡単に紹介したいと思います。
トレッドミルは傾斜の設定が簡単に出来るので、傾斜の違いが呼吸循環機能におよぼす影響を調べるのに有用である
傾斜の変化と呼吸循環機能
トレッドミルを用いた実験では、酸素摂取量(1分あたり、体重1kgあたりの量ミリリットル)をはじめとして、1分間当たりに肺に取り込まれる空気量である分時換気量、1回の呼吸で肺に取り込まれる空気の量である1回換気量、1分間当たりの呼吸数、心拍数などを測定しました。
酸素摂取量は、走行スピードが速くなるのに比例して増加しました(図3)。傾斜が0%でも、3%でも、6%でも、10%でも、いずれの場合でも、スピードが速くなると、それに比例して右肩上がりに酸素摂取量が増加しているのがわかります。一方、傾斜が0%から3%→6%→10%ときつくなるにつれて、酸素摂取量も増加しているのが分かります。たとえば、秒速10mで走っている場合で比べると、0%では約90ml/kg/minであった酸素摂取量が、3%では約120ml/kg/min、10%では約160ml/kg/minとなっています。いうまでもなく、運動がきつくなればそれだけエネルギーが多く必要になるので、それに伴ってエネルギー生成のための燃料である酸素の要求量も増えるというわけです。
図3:酸素摂取量は、走行スピードが速くなるとそれに比例して増加する。傾斜が0%でも、3%でも、6%でも、10%でもいずれの場合でも、走行スピードが速くなると、それに比例して酸素摂取量は右肩上がりに増加しているのが分かる。一方、傾斜が0%から3%→6%→10%へと増加するにつれて、酸素摂取量も増加している。
傾斜の変化と換気
酸素摂取量が増えるということは、肺における空気の取り入れ、すなわち換気が亢進していることを意味しています。1回換気量に1分間あたりの呼吸数を掛け算すると、1分間当たりに体内に取り込まれる空気の量、すなわち分時換気量が求められます(分時換気量=1分間当たりの呼吸数×1回換気量)。分時換気量は、秒速10mで0%傾斜上を走っているときには、およそ1200リットルでしたが、10%傾斜上を走っているときには約1700リットルにまで増加していました。
馬がギャロップで走っているときの呼吸は1回のストライドに1回になっています。1分間あたりの呼吸数は、0%傾斜上を走っているときと10%傾斜上を走っているときとを比較するとほとんど変わりませんでした。前述のように、分時換気量は1回換気量と1分間当たりの呼吸数の掛け算で求められます。呼吸数は傾斜が変化してもほとんど変わらなかったので、傾斜が0%から10%になったときに分時換気量が増加したのは、主に1回換気量が増加したことによることがわかります。つまり、傾斜のきつい上り坂を走っているときには、同じスピードであっても1回の呼吸量が増えていることになります。
傾斜の変化と心拍数
心拍数は走行スピードが速くなるのに比例して増加しているのがわかります(図4)。傾斜が0%でも、3%でも、6%でも、10%でもいずれの場合でも、スピードが速くなると、それに比例して右肩上がりに心拍数が直線的に増加しています。一方、傾斜が0%から10%へと増加すると、それにつれて心拍数も増加しています。
図4:傾斜が0%でも、3%でも、6%でも、10%でもいずれの場合でも、スピードが速くなると、それに比例して右肩上がりに心拍数が直線的に増加している。一方、傾斜が0%から10%へと増加すると、それにつれて、心拍数も増加しているのが分かる。
この実験で求められた傾斜および走行スピードと心拍数との関係からV200(心拍数が200拍/分になるスピード)を計算すると、0%傾斜におけるV200は秒速11.2mになります。同様に、3%傾斜におけるV200は秒速10.0m、4%傾斜におけるV200は秒速9.7mとなります。これをハロンタイムに直すと、0%傾斜はハロン17.9秒、3%傾斜はハロン20秒、4%傾斜はハロン20.7秒 くらいになります。つまり、3~4%傾斜では平坦(0%傾斜)にくらべて、ハロンタイムで2~3秒くらい遅いスピードで負荷が同じになることがわかります。
トレッドミルを用いた実験によると、傾斜が1%増えると、走行中の心拍数は大まかにいって、4~6拍/分くらい増えるようです。つまり、同じスピードで走っていれば、平坦(0%傾斜)に比較して3~4%傾斜では、心拍数は10~25拍/分前後多くなる計算です。もちろん、心拍数は無限には増えないので、坂路コースでも最大心拍数である220~230拍/分が上限であることはいうまでもありません。
(日高育成牧場 副場長 平賀 敦)
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