非分娩馬(空胎馬)を乳母として利用する方法
No.70 (2013年1月1・15日合併号)
はじめに
軽種馬の生産をしていると分娩事故によって母馬が死亡したり、母馬が育子を放棄したりする場面に遭遇するかもしれません。10頭未満の生産規模である日高育成牧場でも育子拒否を経験しています。その際には人工哺乳か乳母の導入か判断しなくてはなりません。諸外国では大手牧場が輸血用の供血馬(ユニバーサルドナー)と乳母を兼ねて繋養し、自場での使用のみならず周辺牧場へレンタルしたりもします。一方、国内では、重種あるいは中半血種の乳母をレンタルすることが多いようです。乳母の導入は、子馬の健やかな発育のためには非常に利点が大きい反面、レンタル費用が高額であるというデメリットがあります。一方、乳母を導入せずに人工哺乳のみでも成長させることができます。この方法はコストを抑えられる反面、昼夜を問わない頻回授乳のための労働負担、またヒトに慣れ過ぎるといったデメリットが考えられます。このように、乳母と人工哺乳は一長一短であると言えます。今回は新たな選択肢として、その年に出産していない非分娩馬(空胎馬)を乳母として利用する画期的な方法をご紹介します。
育子拒否
サラブレッド種の育子拒否率は1%未満と言われていますが、海外の教科書にはfoal rejectionという項目が設けられているように、決して珍しい問題ではないようです。
犬では経膣分娩に比べ、帝王切開で育子拒否率が高いことが知られています。出産の際に産道は時間をかけて徐々に広がりますが、この「産みの痛み」に伴って分泌されるオキシトシンというホルモンが母性の惹起に重要と言われています。実際、軽種馬において前肢の牽引による介助分娩を控えることにより、育子拒否率が低下したという報告もあります。このような点からも、盲目的に子馬の肢を牽引せず、問題がなければ「自然分娩」を見守ることが推奨されます。
育子拒否は大きく以下の3つに大別されます。①子馬を容認しない、②授乳を拒絶する、③子馬を攻撃する。また、育子拒否は初産で多いことが知られています。日高育成牧場で経験した例も初産でした。当場の例では、出産直後には特に問題なく授乳を許容していましたが、徐々に授乳を拒むようになりました。これは初産のために乳量が不足しているにも関わらず子馬が執拗に吸飲することが、苦痛あるいは疼痛の原因になったものと考えられました。この育子拒否に際し、空胎馬に泌乳を誘発して乳母として導入するという新たな手法を試み、成功しました。その手法は以下のとおりです。
泌乳誘発の方法
黄体ホルモン製剤、エストラジオール製剤、PGF2α製剤、プロラクチン分泌を促進するドパミン作動薬を継続投与し、翌日から搾乳刺激を与えます。図1に示すとおり、乳量は経時的に増加しました。馬によって異なりますが、早ければ投与開始から概ね1週間で乳母として導入できるだけの乳量が得られます。また、この手法にはその馬自身の卵巣が活動している必要があるため、1月や2月といった時期に泌乳誘発処置を実施するためには、ライトコントロールによって卵巣活動を促す必要があります。
乳母付け
乳母付けとは実際子馬と乳母を対面させ、実子として容認させることです。一般的には乳母の臭いをつけたり実子の臭いをつけたりする、メントールのような軟膏を乳母馬の鼻に塗って嗅覚を麻痺させる、数日間馬房に張り続ける、子馬を空腹にする、分娩時の刺激を擬似的に与える子宮頚管刺激法などが提案されています。しかし、乳母付けの成功を左右する最大の要因は乳母の性格です。温厚で母性に満ちており、さらに乳量が期待できる馬を選択することが重要です。我々は6日間を要しましたが、放牧地において他の繁殖牝馬から子馬を守ったことが決め手となり、以後完全な母性が芽生えました(図2)。非分娩馬の場合は、実際に出産を経験していないため、一般の乳母よりも導入が困難であり、馬の選択がより重要です。
図2 放牧地で他馬から守ることで、完全に母性が定着
ホルモン処置後の受胎
ホルモン処置終了後から卵胞が成長し、概ね1週間で排卵しました。さらに排卵前の交配によって受胎することも確認できました。非分娩馬を乳母として活用しながら、その馬自身もそのシーズンに受胎することが可能であることから、実際の牧場現場においても、十分応用可能であると考えられます。また、導入された子馬はその後順調に発育しました。ホルモン処置と聞くと、生体に悪影響があるのではないかと想像する方もいるかもしれませんが、この処置は分娩前後の母馬のホルモン動態を模倣しているだけであり、不自然な状態ではありません。
まとめ
今回ご紹介した非分娩馬に泌乳を誘発して乳母として利用する方法は、高額な乳母のレンタルに対して安価である点、自分の牧場の空胎馬を利用できる点、乳母として利用しながら交配できる点などのメリットがあります(図3)。育子放棄を受けた子馬を育てる際の新たな選択肢として検討してみてはいかがでしょうか。興味がある方は、直接日高育成牧場もしくは担当の獣医師に相談してください。
(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)
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