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2019年4月22日 (月)

育成馬のV200の変化

No.69 (2012年12月15日号)

 日高育成牧場では、トレーニング効果の指標である“V200”を毎年2月と4月に測定しています。そもそも“V200”とは1980年代にスウェーデンのパーソン教授によって提唱された馬の持久力(有酸素能力)の指標であり、“心拍数が200 拍/分に達した時のスピード”を意味します。これはスピードが上がれば心拍数も上昇するという生理学的な関係を利用したものです。ヒトの持久力の評価には、トレッドミルや自転車アルゴメーターで大型のマスクを装着して測定する最大酸素摂取量を指標としていますが、この測定には特殊機器を必要とするので、馬での測定は大きな研究施設でなければ困難です。そのために競走馬では、 “V200”や“VHRmax(最大心拍数に達した時のスピード)”を測定することによって持久力の評価が行われています。
 このような馬の運動生理の研究に関して、日本のみならず世界の中心となっているのがJRA競走馬総合研究所であり、ここでの研究成果を育成調教に応用しているのがJRA育成牧場であります。

競走能力との関係
 馬が運動する際には、酸素を利用し多くのエネルギーを得る方法(有酸素的運動)と、短時間に限定されるものの酸素を利用せずにエネルギーを得る方法(無酸素的運動)があります。競走中のサラブレッドは1,000mのレースでさえエネルギーの70%が有酸素的に供給される(図1)ということからも、“持久力(有酸素能力)が高い馬”≒“競馬を有利に運ぶことができる”と考えられています。

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図1:競走馬が距離別に必要とするエネルギーの割合(Eatonら)。短距離レースでもエネルギーの70%が、長距離レースではエネルギーの86%が有酸素的に供給されています。

 そのために、育成馬や競走馬に対しては、調教中の心拍数とその時のスピードから持久力が推定できる“VHRmax”や“V200”の測定による方法が応用されています。“VHRmax”や“V200”も基本的には同じ考えに基づく指標ですが、“V200”は“追切り”のような最大強度を負荷する必要がないので育成馬に応用しやすいという利点があります。一方、出走に向けて“追い切り”を行っているような競走馬であれば“VHRmax”の方が応用しやすくなります。
 このように述べると “VHRmax”や“V200”の測定値によって、その馬の走能力を予測できるのではないかとも考えられます。実際、現役競走馬での測定データでは、オープン馬は条件馬よりも高い傾向が認められたという試験結果(図2)もあります。

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図2:現役競走馬における競走条件別のVHRmaxおよびV200の測定値(塩瀬ら)。両測定値ともに競走条件が上がるにつれて上昇しているのが分かります。

V200の評価方法
 しかしながら、“VHRmax”や“V200”は異なる個体間での能力を比較するよりは、同じ馬のトレーニング効果を検証するのにより適した指標と考えられています。その理由は、馬の最大心拍数には個体差があるためであり、特に“V200”に関しては、最大心拍数が210拍/分の馬と230拍/分の馬では、同じ心拍数200 拍/分で走行した場合の相対的な負担度は若干異なる状態での比較となってしまうためです。また、競馬の勝敗は持久力以外の要因も左右するために、“V200”の測定値のみによって競走成績を予測できる訳ではないことはいうまでもありません。
 これらの理由のために、育成期における“V200”の測定値を評価する時には、以下の点について注意する必要があります。

1)“V200”測定時において騎手のコントロール下でのスピード規定が難しいこと。
2)“V200”測定値は馬の情動や騎乗者の体重あるいは技術の影響を受けること。
3)出走前の競走馬に対するトレーニング強度と異なり、育成期に行われているトレーニング強度では、“V200”は調教が順調に進みさえすれば、ほとんどの馬がある程度の測定値にまで達すること(図3)。

このように“V200”の個々の測定値のみを評価することはあまり意味がありません。

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図3:トレーニングと運動中の心拍数の関係:“V200”はトレーニング強度が上がればある程度の測定値にまで上昇します。鍛えれば当然、同じスピードでも低い心拍数で走れるようになります。

育成馬への応用
 それでは、どのように“V200”の測定値をJRA育成牧場において利用しているかといいますと、日高育成牧場では、過去12年間に渡って毎年2月と4月のほぼ同時期に“V200”を測定しています。同時期に、同じ馬場で“V200”を測定するということは、年度毎の調教効果を比較検討する手段のひとつとなり得ることを意味しています。個体毎に適切な調教方法というのは当然異なりますが、“調教群”として捕らえた場合には、「2月の時点までにある程度の調教負荷をかけて“V200”測定値を上昇させておいた方が良いのか」、それとも「2月から4月の“V200”測定値の上昇率が高い方が良いのか」、あるいは「こうした効果は牡と牝で異なるのか」などについての調査研究を実施しています。つまり、その年の“V200”測定値と調教時の運動器疾患の発生率や、その世代の競走成績との関連性を調査することによって、“More than Best”となる調教を目指して次年度の調教計画立案に役立てています。

 下のグラフは、過去10年間の日高育成牧場で調教された育成馬(牡牝混合)のV200の平均値です。大きな変化は認められませんが、近5年は4月のV200値が高い傾向があります。これは、ブリーズアップセールが始まったことや、新馬戦の時期が早まるなど2歳の早期からの活躍が望まれていることから、育成馬においても以前より2月以降の調教負荷が上がっているということをデータは裏付けています。ただし、2歳終了時(12年は11月末時点)の勝ち上がり頭数とV200の関連は特にみられず、V200が高いからその世代から多数勝ち上がっているかというとそういうわけではないようです。また、先ほど述べたように個々の馬の値に関しても同様です。表1は、日高育成牧場で調教した最近の活躍馬のV200の値です。彼らは特に世代の中で飛び抜けていたわけではなく、平均程度の値です。ただし、4頭とも2月から4月にかけて数値が順調に上昇していたので、調教がしっかりと身になっていたということはいえるかもしれません。今後もJRA育成馬での測定データを蓄積し、競走成績と照らし合わせることで検証し、皆様方に還元できればと考えています。

(グラフ1)

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(表1)

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(日高育成牧場 業務課 大村昂也)

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