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2019年7月

2019年7月31日 (水)

春季繁殖移行期について

No.93(2014年1月1・15日合併号)

春季繁殖移行期とは?

 春先の交配で、このような牝馬に悩むことはありませんか?「大きい卵胞はあるが、なかなか排卵しない」「発情が長期間持続する、もしくは、発情が不規則」。これらは「春季繁殖移行期」に認められる現象です。この耳慣れない言葉「春季繁殖移行期」とは何でしょうか?

 4つの繁殖ステージ

 サラブレッドを含む馬は、1年間をとおした4つの繁殖ステージ、すなわち『年間繁殖リズム』を有しています(図1)。

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図1 馬の年間繁殖リズム

 4月から9月の『繁殖期』では、メス馬は発情徴候を示し、排卵が認められます。このため、野生環境におかれた馬は、通常この時期に交配を行います。

 そして、9月を過ぎて日が短くなると、『秋季繁殖移行期』に入ります。この時期、発情徴候や排卵は徐々に認められなくなります。冬になり、さらに日が短くなると、『非繁殖期』に入ります。この時期、発情と卵胞発育は全く認められず、繁殖機能が完全に停止します。

 そして、年が明けて、日が長くなると、『春季繁殖移行期』に入ります。この時期、停止していた繁殖機能が徐々に回復していきますが、完全ではありません。発情徴候は認められますが、不規則なことが多く、また、卵胞はある程度まで大きく成長するものの、排卵が認められません。このため、通常であれば、この時期に交配・受胎することは極めて困難です。

 サラブレッド産業における交配時期は、北半球においてはどこの国においても、概ね2月中旬から6月までが一般的ですが、4月から9月にかけての『繁殖期』とのギャップ、すなわち、2月から4月にかけての『春季繁殖移行期』における交配が生産者を悩ましています(図2)。この時期においては、前述した不規則な発情以外に、「早期胚死滅」に陥るケースが増えるとも言われています。

 

2 図2 サラブレッド産業の交配時期

春季繁殖移行期に良好な交配をするために

 それでは、この『春季繁殖移行期』にあたる2月から4月に交配を行い、良好な結果を得るためには、どうすればよいのでしょうか?

 非繁殖期から春季繁殖移行期、そして繁殖期にいたる過程においては、『日長時間の延長』『気温の上昇』『栄養摂取量の増加』『オス馬の存在』が、メス馬の脳に刺激を与えることにより、ホルモン分泌が盛んになり、正常な発情周期に至ります(図3)。わが国を含めた世界中のサラブレッド生産現場においては、『早期発情誘起』とよばれるいくつかの手法を用いて、繁殖期の開始を早めることで、2月からの交配を可能にしています。

3 図3 非繁殖期から繁殖期への移行

 一般的に実施されている早期発情誘起の方法は『ライトコントロール』『馬体の保温』『飼料の増量』『試情(あて馬)』『ホルモン療法』などです。このうち、ライトコントロールは多くの方が実践されていることと思いますが、より効果的に実施するためには、それ以外の方法、例えば、馬服の着用や、フラッシングとよばれる飼料増量、あて馬との継続的な接触なども取り入れる必要があります(図4)。北海道という寒冷地においてサラブレッドに早期発情誘起を行うためには、ライトコントロール以外の要素も軽視できない可能性があります。日高育成牧場では、これらの効果的な方法について、今後も調査研究を継続していく予定です。

4 図4 アイルランドでは、継続的な「あて馬」による早期発情誘起が実施されている。

(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)

2019年7月29日 (月)

最新の繁殖体系 ―妊娠鑑定のタイミング 欧米との違い―

No.92(2013年12月15日号)

日本では5週目妊娠鑑定が一般的
 サラブレッド生産では、繁殖シーズンに妊娠するまで複数回交配を実施し、最終的に85%程度の受胎を目指すことに力を注いています。しかしながら、日高地方では、最終的な不受胎の率(15%)と同じくらいの割合で、妊娠期の早期胚死滅や流産、死産が起こることが近年の調査研究で明らかとなりました。一度妊娠が確認された牝馬が分娩に至らないという状況は古くから知られており、馬の生産において妊娠鑑定は複数回実施されるのが一般的です。日高地方で最も定着した妊娠鑑定のスケジュールとしては、交配日を1日と数え、17日目に超音波検査を実施する第一回目の妊娠鑑定と、交配後30-35日目に実施する、いわゆる「5週目の妊娠鑑定」が広く取り入れられています。その後、妊娠診断書の発行を必要とする場合、9月末頃に触診で妊娠鑑定が実施されることがあります。

欧米では4週&7週目鑑定が推奨
 ところが、ケンタッキーやアイルランドにおけるサラブレッド生産では、5週目の妊娠鑑定を4週目に実施し、その後6-7週に再度行うというスケジュールが一般的になっています。現行の日本での「5週目の妊娠鑑定」は、子宮の膨らみがはっきりして胚の本体と位置が触診のみでも比較的容易に検出される時期であることや、もし双子が発見された場合でも簡単な堕胎処置を実施してすぐに発情を誘起し、再交配を実施することができるという利点があり、欧米の馬生産でも5週目での妊娠鑑定を実施する場面は多々あるものです。それでは、なぜ欧米のサラブレッド生産では4週目に検査を行うのでしょうか?

馬の胚死滅は、妊娠16―25日に集中
 馬の繁殖学では、一度受胎を確認したのち妊娠35日以内(40日と定義する場合あり)にそれらの胚が消失あるいは死亡が確認されるものを早期胚死滅と定義しています。早期胚死滅の多くは、妊娠16日を過ぎて、胚が子宮に固着した後の早い段階で起こることが考えられ、妊娠25日までに起こるとする報告もあります(Young YJ. J. Vet. Med. Sci. 2007) 。4週目の鑑定が欧米で定着した理由として、少しでも早く胚死滅が起こった、あるいは起こりそうな状況を見極め、再交配やホルモン治療などの時期を逃さないように1週間早く妊娠検査を実施しているものと考えられます。

超音波(エコー)検査の発達
 従来のポータブルエコーの解像度では、妊娠5週でようやく胚の心拍を確認することができましたが、最近では機器が軽量化され、かつ描出精度が上がり、4週胚の心拍が確認できるようになりました。また、正常妊娠像とともに、異常妊娠時や胚死滅が起こりやすそうな状態の画像診断研究が進み、1週間早い妊娠4週での検査で遜色ない妊娠鑑定が可能となりました。
 日本においても、飼養管理技術の高い生産牧場では、すでに4週での妊娠鑑定を実施していることと察します。早期胚死滅の予防や対策には、栄養管理や初回発情での交配の見送りなどに加えて、エコー検査で早期胚死滅を早く見つけて再度交配することが生産性の向上に有効であると考えられます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保 泰雄)

1_4 図 妊娠4週(28日)における胚のエコー像と同時期の発生過程 技術の進歩により、4週胚の心拍が確認できるまで解像度が向上している。

2_4 図 ポータブルエコーを用いて直腸壁から子宮の妊娠鑑定をしている様子。

2019年7月26日 (金)

競走馬の性格とパフォーマンス

No.91(2013年12月1日号)

 競馬は、勝利した馬のみが賞賛される非常に厳しいスポーツです。競馬では18頭中1頭しか勝利することが出来ず、当たり前ですが、その他の17頭が負けることになります。勝てない理由を考えてみると、単に、「相手が強かった」、「距離や馬場が合わなかった」、「体調や調整が不十分だった」のみならず、馬の精神的な要因もかなりの部分を占めていると考えられます。新聞紙面からレース後のジョッキーのコメントを抜粋してみると、『途中から走る気をなくしてしまい・・・』、『真面目すぎて一生懸命走ってしまう・・・』『馬込みを気にしてズブイところがあった・・・』『ゲートは五分に出たのだが、直後に怖がって内のほうに逃げてしまって・・・』等、性格や精神面の問題によって騎乗者の指示に従わず能力を十分に発揮できていないことが多いように感じられます。したがって、競走馬における育成調教の課題のひとつは、『もっている能力を発揮させるための精神面のトレーニング』といえるかもしれません。今回は、パフォーマンスに影響を与えると考えられる育成馬の性格について紹介します。

騎乗馴致時のリアクションに注目
 馬の性格を人間のように表現するのは難しいですが、馬を観察していると、『積極的で前向きな馬』、『消極的で慎重な馬』、『怖がりで緊張しやすい馬』等、様々な性格があると感じています。また、性格とは少し異なりますが、草食動物である馬は、基本的に捕獲者からの逃避反応としてのすばやいリアクションをもっています。これは速く走る上で大切な資質ともいえます。しかし、リアクションにおいて「走る」のではなく「逃げる」が強い場合は、「反抗」として競走馬としての能力発揮を阻害すると考えられます。
 JRAが1歳市場で購買した育成馬は、おもに夏(7~8月)に入厩します。最初は昼夜放牧を行いながら馬体の成長を待ち、秋(9~11月)に騎乗馴致、そして冬から翌年の春(12~4月)にかけて計画的なトレーニングを行い、4月にブリーズアップセールを経て、やがて競走馬としてデビューします。この課程は、1歳馬にとって初めての経験の連続であり、新しい経験の都度、様々な反応を見せます。特に、ハミや鞍などの馬具を装着し人が騎乗することを教える騎乗馴致においては、様々なリアクションが見られます。最初は大きなリアクションを示した馬も、危害を加えられることではないことを理解すると、徐々に人の指示を受け入れます。その受け入れ方には馬ごとに個体差があるようです。そこで、このような『リアクションとその後の理解』を指標にした馬の性格について調査を実施しました。

馴致難易度の調査
 2011~2012年に日高育成牧場で育成した育成馬121頭(牡60頭、牝61頭)について、騎乗馴致等、初めて経験する時の反応を調査しました。入厩してブリーズアップセールで売却されるまでの間に、1.入厩時(3項目)、2.騎乗馴致時(8項目)、3.騎乗馴致後セールまでの期間(3項目)における反応を、「おとなしく従順である(1点)」、「ややリアクションが大きいが早期に受け入れる(2点)」、「リアクションが大きく慣らすのに時間がかかり難しい(3点)」の3段階とし、スコアをつけました。また、4.育成期間を通した馴致の総合印象(繊細さ、自立度、反抗度)について評価しました。これら1.~3.の項目と4.の総合印象を合計したポイントを5.馴致難易度とし、馬のリアクションの大きさを基にした個性を数値で評価しました【表1】。ポイントが高いほど騎乗馴致や調教が難しい馬ということになります。

【表1】調査項目

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 そこで、この馴致難易度と先天的要因(血統や性別等)、後天的要因(入厩時に実施しているアンケート調査から得られた繋養牧場におけるセリ馴致や飼養管理の方法)との関連を調査しました。

メスはオスより馴致が難しい?!
 馴致難易度と先天的要因・後天的要因との関連についてそれぞれ調べましたが、性別のみ差が認められました。
 馴致難易度を性別で比較すると、オス22.7点、メス25.1点で、メスはオスよりも高い値を示しました。時期別にみると、入厩時は難易度に差がありませんでした(オス4.2点、メス4.3点)が、騎乗馴致時ならびに騎乗馴致後では差が見られました。しかし、総合印象では、メスはオスよりも高い値を示し(オス3.7、メス5.1)【図1】、これを構成する「繊細さ」「自立度」「反抗度」のいずれにも性差が認められました【図2】。

1_3 【図1】入厩後の時期別にみた項目別ポイント(※は差あり)

2_2 【図2】総合印象の項目別ポイント(※は差あり)

 騎乗馴致時においてメスのポイントが高かった項目は、ダブルレーン(オス1.3、メス1.7)とドライビング(オス1.3、メス1.6)でした【写真1、図3】。なお、競走成績との関連については、現在データ集積中であり、興味深い成績が得られれば、本紙面等で紹介したいと思います。

3_2 図3】騎乗馴致時の項目別ポイント(※は差あり)

4_2 写真1 ドライビング風景

馴致をうまく行うには?
 今回の調査では、メスはオスよりも騎乗馴致が難しいという結果が得られました。特に、「ダブルレーン」と「ドライビング」において、メスはオスよりも難しいといえます。その理由として、総合印象における「繊細さ」や「反抗度」のポイントの高さと関連があると推察しています。私たちの経験からも、メスはダブルレーンが後肢に触れると、「蹴る」、「突進する」などの行動が見られやすいと感じています。したがって、騎乗馴致においてダブルレーンをスムーズに教えるためには、後躯等の体に触ることに慣らし鈍化させること(desensitization)が有効と考えられます。具体的には、馴致前にタオルなどでリズミカルに身体に触るパッティングや、ダブルレーンを行う前にローラーからヒップロープを装着して事前に後肢にロープが飛節に触ることに慣らすことによって、馴致をスムーズに行うことが可能になります。
 馴致後の調査項目においては、性差がみられませんでした。この理由として、ダブルレーンやドライビングで拒否反応を示したメスも、人の指示を受け入れることを覚えた結果、騎乗者の指示に対して従順になったことが考えられます。なお、性差はありませんでした(オス1.2、メス1.3)が、ゲート馴致においては、メスの方が繊細な傾向がありますので、慎重にゲートに慣らす必要があると考えています。また、メスは自立度が低い特性もあるので、初期の騎乗調教において馬を安心させて実施するためには、集団での調教は有効と思います。
 今回、馴致難易度と入厩前の飼養管理(当歳時昼夜放牧、1歳時昼夜放牧、コンサイナー預託、検温、洗い場馴致、引き運動、ウォーキングマシン、ランジング等の実施の有無)との間に関連が見られませんでしたが、その理由は明らかではありません。セリに上場される馬の躾のレベルは、一昔前に比べると明らかに向上しており、入厩後の取り扱いや馴致が容易になっていると感じています。しかし、騎乗馴致ではじめて経験する一連の過程は、馬の本能の部分である新規刺激に対する反応、つまり性格がより抽出された結果になっているものであるからと考えています。

遺伝子にも注目
 近年、馬の性格や行動に対する遺伝子の影響も報告されています。例えば、好奇心や警戒心と関連のある「ドパミン受容体D4遺伝子」、子馬に対する養育行動や社会行動と関連する「オキシトシン受容体遺伝子」、攻撃性と関連がある「アンドロゲン受容体遺伝子」などが性格と関連のある遺伝子として知られています。今後は、今回実施した行動調査と行動遺伝子との関係についても調査を進め、また、競走成績との関連も調査していく予定です。これからも皆様のお役に立てるデータを提供して参りたいと考えています。

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年7月24日 (水)

育成馬における歯の管理

No.90(2013年11月15日号)

 秋が深まってきた今日この頃ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。多くの育成牧場同様、日高育成牧場では騎乗馴致が始まっており、早い組では隊列を組んで集団で駈歩調教を行っています。さて、JRA日高育成牧場では騎乗馴致を始める前に歯の処置を行っています。歯の状態によってハミ受けや飼い食いへ影響することがあるため、近年馬の歯に対する注目が集まってきております。そこで今回は育成馬における歯の処置についてご紹介したいと思います。

斜歯と狼歯の処置
 育成馬における歯の処置は主に斜歯の整形と狼歯(ろうし、やせば)の抜歯です。斜歯というのは上の歯の外側と下の歯の内側にできる尖った部分のことで、草食動物特有の上顎と下顎の幅が違うことが原因です(図1)。その尖った部分を鑢で削って整形します(図2)。多くの馬において、奥の頬の内側の粘膜には斜歯による傷が認められますので、上顎の外側の奥の部分は確実に削ることが重要です。馬の歯列は上から見ると、奥側が少し内側に入っているものもあり、真っ直ぐな歯鑢(しろ)では届かない場合があります(図3)。このような場合には先の少し曲がった歯鑢を用いることで、内側に入った部分を削ることができます(図4)。また、臼歯列の一番手前に位置する第2前臼歯はハミの収まりを良くするために先端を丸くしてやります。これをビットシート(図5)と呼びます。

1_2 図1 口の中を正面から見た模式図(赤丸で示す斜歯を整形する必要がある)

2 図2 開口器と歯鑢を用いて歯を削る

3 図3 先端が真っ直ぐな歯鑢(奥の歯の表面にヤスリ部分が届かない)

4 図4 先端が曲がった歯鑢(奥の歯の表面にヤスリ部分が届く)

5 図5 ビットシート(臼歯の最前列を丸く整形する)

 狼歯は進化の過程で退化した歯で、ちょうどハミが収まるところに生えてきます(図6)。痛みを伴い、口向きが悪くなる原因になることがあるので抜く必要があります。抜歯をする際は鎮静剤を用います。狼歯には根の太いものや曲がったもの、横に向いて生えているもの、先端が出てきていないものなど様々なバリエーションがありますが、先端が半円形や円形の道具(図7)を用いて、比較的容易に抜歯することができます。先端が出てきておらず、粘膜が盛り上がって見える埋没狼歯(blind wolf teeth)(図8)と呼ばれるものは、見落としがちである上にハミへの影響が大きいとされているため、注意深く触ってチェックする必要があります。狼歯を抜歯した直後は、馬が痛みや違和を感じることがあるため、基本的には休馬の前日に抜歯をするようにしています。

6 図6 上顎の臼歯最前列に認められる狼歯

7 図7 狼歯を抜く道具

8 図8 埋没狼歯(ハミがあたると痛い)

日常の歯の管理
 若い馬の歯はある程度年齢を重ねた馬の歯に比べると非常にやわらかく、その分擦り減るスピードも速いため、尖りも出てきやすいと言えます。また、生え変わりが起こる2歳の夏~5歳もトラブルが発生しやすい時期ですので、育成期~競走期にかけては最低でも6ヶ月毎の処置が必要です。
 歯は外からは見えないので、蹄の管理や跛行や疝痛等の疾病などはっきりと見た目にわかるものに比べると、普段の管理では意識することが少なく、処置が後回しにされがちです。しかし、歯が悪いことで、ハミ受けや飼い食いが悪くなるだけではなく、二次的に跛行や疝痛等を引き起こすこともあるので、馬本来のパフォーマンスを発揮し、価値を損なわないようにするためにはしっかりと処置をする必要があります。本記事が少しでもみなさんの歯に対する意識を高めることができれば幸いです。

(日高育成牧場 業務課 中井 健司)