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2019年8月

2019年8月21日 (水)

ブリーズアップセール生誕10年

No.102(2014年6月1日号)

JRAブリーズアップセール(BUセール)は、お蔭様で今年節目の10年目を迎えることができました。これは皆様が当セールを支援してくださった賜物であり、当紙面をお借りして厚く御礼申し上げます。本稿では、改めて10年の歴史を振り返ってみたいと思います。

BUセールの誕生
 BUセールは、生産育成研究業務の一環として、JRAが1歳市場で購買した馬および生産馬(JRAホームブレッド)であるJRA育成馬を、競走裡で生産育成方法を検証するために売却するプライベートセールです。売却方法をセリ方式に変更するに当たっては、市場振興に寄与することを念頭に、二つの基本理念を設定しました。
 一つは「安心して参加できるセール」です。上場馬は今後の調教や出走に耐えうると判断した馬に厳選し、個体毎にセールまでの病歴や調教状況等の履歴を記載(図1)するとともに、関節部のX線画像やノドの内視鏡動画等の医療情報を開示しました(レポジトリー)。また、レポジトリーの活用方法を冊子や講習会等で普及したことにより、多くの民間セリ市場でレポジトリー情報は開示されるようになりました。

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図1)個体冊子の例 

 もう一つは「早期の競馬デビューにつながる調教供覧」です。トレーングセールはタイムが速い馬が高くなる傾向にありますが、若馬の時期に過度の負荷をかけ過ぎることで、本来、即戦力と期待されているトレーニングセール取引馬のデビューが遅れてしまう危険性が指摘されていました。そこで、2歳早期に出走できることを目標として、スピードを求めるのではなく、馬の自然な動きをみていただくことをポリシーとしました(図2)。BUセールという名称には、極端に速いスピードを求めない英国のブリーズアップセールを範とする、JRAの決意が込められています。

2_3 図2)2歳競馬開幕から8週までのJRA育成馬出走状況:30~40頭の
JRA育成馬が出走し、全出走馬の6~7%を占める。

JRAホームブレッド上場
 JRAでは生産から初期・中期育成期の課題解決を目的として、2008年から繁殖牝馬に交配し、生産から育成までの一貫した研究業務を開始しました。そして、2011年第7回BUセールにJRAホームブレッドの第1期生5頭を初めて上場し、4頭が売却されました、その中の1頭であるマロンクンは、JRAホームブレッドの中央競馬勝利第1号となりました。

ファイナルステージ創設
 欧米の多くのセリ市場では、市場外取引を規制し、売却率を向上させるため、セリ市場前後の一定期間において売買された場合、市場取引とみなすアウトサイドセールが導入されています。2011年第7回BUセールから、わが国におけるアウトサイドセールのニーズを検証するため、主取馬を翌日にFAXでビッドできる「ファイナルステージ」を創設し、主取馬3頭のうち2頭が売却されました。翌年以降は全頭がセール当日に売却されたため、ファイナスルテージは実施されていませんが、今後も検討していきたいと考えています。

新規馬主限定セッション創設 
 新規馬主の方がセリ市場へ参加しやすい環境づくりの一環として、2012年第8回BUセールから、JRAホームブレッドを中心に「新規馬主限定セッション」を創設しました。また、それに併せて、日高・宮崎両育成牧場では「育成馬を知ろう会」を開始しました。本取組みが、新規馬主の方がセリ市場に足を運び、馬選びから始まる競走馬を持つことを楽しんでいただく入口になればと期待しています(図3)。

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図3)新規馬主の来場・購買状況

近年、新規馬主の方の来場や購買が増加している。

 さらに、BUセール前日の「前日展示会」の開催や民間セリ主催者ブースの設置等、市場振興に寄与するため、様々な企画を実施しています。今後ともBUセールの取組みに対して、皆様のご理解ご支援をよろしくお願いします。 

(日高育成牧場 場長 山野辺 啓)

2019年8月19日 (月)

繁殖牝馬の肥満と予防

No.101(2014年5月15日号)

繁殖牝馬の肥満

 繁殖牝馬の適切な栄養管理は、受胎率の向上、長期間にわたる繁殖生活、そして何より健康な子馬を産み育てるためには欠かすことができません。草食動物の馬にとって、良質な草地での放牧管理を中心とした飼養管理が最適であることに異論はないと思いますが、その場合であっても、問題となるのが「繁殖牝馬の肥満」です。アスリートではない繁殖牝馬の身体を極端にフィットさせる必要はありませんが、一方で極度に脂肪が蓄積する肥満症になった場合、蹄葉炎や発情周期異常などのリスクが高まることが知られています。このようなリスクを有する肥満症は、内分泌異常が原因の1つと考えられており、「馬メタボリック・シンドローム」と呼ばれています。

 馬メタボリック・シンドローム

 馬メタボリック・シンドローム(Equine Metabolic Syndrome以下EMS)は「遺伝」と「飼養環境」の2つの要因が複合することにより発症すると考えられています。すなわち、特定の遺伝子を持った馬が、青草が豊富に生い茂った放牧地で飼われている、もしくは濃厚飼料を多給されているなど、栄養過多の管理が施された場合に発症しやすくなります。欧米では、このような素因を有した馬のことを「イージー・キーパー」(少量もしくは栄養価が低い牧草や飼料でも体重維持が容易な馬)と呼んでいます。野生環境の痩せた土地においても、生存してきた特定の馬の遺伝子が、今も一部の馬に残っているものと考えられています。EMSの発症年齢は5~15 歳であり、高齢馬にはあまり認められず、外見上は肥満体型、もしくは頸などにおける部分的な脂肪蓄積(図1)などを認める場合が多いようです。なお、過肥の馬のすべてがEMSというわけではありません。

1_3 図1 頸部の脂肪蓄積はクレスティ・ネックと呼ばれる

EMSの危険性

 ヒトのいわゆる「メタボリック・シンドローム」は、心臓病、脳卒中もしくは糖尿病のリスクを高めますが、EMSは蹄葉炎のリスクを高めることで知られています。EMSを発症した馬は、「インスリン抵抗性」と呼ばれる血糖を筋肉などに取り込むインスリンの働きが弱い、すなわちインスリンが効きにくい体質になっているといえます。このような状態に陥った場合、「蹄の角化細胞への糖の取り込み不足」や「蹄内部の血流阻害」が生じて、蹄葉炎が引き起こされると考えられています。

 また、繁殖牝馬にとって問題となるのは、発情周期の異常です。ある研究によると、インスリン抵抗性を有した牝馬は、正常な牝馬と比較して、黄体期が長く、発情から次の発情までの周期が長いことが確認されており、正常な交配にも影響を及ぼすおそれがあります。

予防法と治療法

 予防法は、飼養管理法の改善が中心になります。穀類や糖蜜などを含んだ濃厚飼料の不必要な多給を避けることはもちろん、ミネラルバランス、特に細胞内におけるインスリンの機能を低下させるマグネシウム欠乏に留意することなどが提唱されています。

 放牧地管理としては、放牧草に含まれる「フラクタン」と呼ばれる糖の摂取をいかに減らすかが鍵になります。フラクタンは、インスリン抵抗性に関連性が深く、秋から冬、そして春先にかけて放牧草の中に多く蓄積するなどの季節性変化がある一方で、夏の午後や夜間冷え込んだ秋の早朝にも多く蓄積するなどの日内変動もあるようです。このため、放牧時間の設定が重要となりそうです。また、窒素欠乏にある草地で生育した牧草はフラクタン濃度が高いことがわかっています。したがって、窒素を含む適切な施肥は牧草中のフラクタン濃度の上昇を抑制する効果があると考えられています。

 もちろん、可能であればウォーキングマシンやランジングを利用した運動負荷も適切な体重を維持するうえで効果的です。また、体重やボディコンディショニングスコアの計測などの定期的な馬体のモニタリングを行うことは、大きな手助けになると思います(図2)。

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図2 定期的な体重とBCSの測定は肥満予防の第一歩

(日高育成牧場では繁殖牝馬の体重は週1回、BCSは月1回測定しています)

 すでにEMSになってしまった場合の治療法として、蹄葉炎を発症している場合には、装蹄療法や消炎鎮痛剤の投与による疼痛管理、そして、砂パドックなどを利用した放牧制限や粗飼料による低カロリー給餌が中心となります。乾草を与える場合には、糖分(のうちの水溶性成分)を除去するために一定時間、水に浸漬することも良いかもしれません(図3)。

3_2  図3 浸漬による乾草からの糖分除去

さいごに

 放牧草の栄養状態の季節的な変化、さらには遺伝による個体差など種々の要因により、繁殖牝馬の馬体を年間を通して適切に推移させることは容易ではありませんが、今回お伝えしたことが少しでも多くの繁殖牝馬の健康にお役に立てば幸いです。

 (日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)

2019年8月16日 (金)

日高育成牧場が実践する人材育成

No.100(2014年5月1日号)

 平成22年1月に始まった本連載も今回の記事でちょうど第100回を数えることとなりました。今後とも読者の「強い馬づくり」に役立つよう連載を続けて生きたいと考えていますので、ご支援よろしくお願いいたします。本稿では、日高育成牧場ならではの活動ともいえる教育支援や人材養成について紹介いたします。

 馬を学びたい学生のために

 今年最初の子馬が誕生した3月末、日高育成牧場では将来の獣医師の卵6名を対象に「スプリングキャンプ」なるものが開催されていました。これは全国の獣医学部の学生を対象に広く参加者を募り、馬の分娩や種付けを経験してもらいながら、サラブレッドの生産や飼養管理について学び、馬に対する興味と知識を深めてもらうための研修です。日本の大学は、欧米に比べて産業動物の臨床実習をするための環境や施設が整っていないのが現状です。特に馬に関しては教えることができる教員も多くはありません。しかし、全国には、馬に携わる仕事がしたい、実習などを通じて馬と触れ合ってみたいという学生は結構いるものです。日高育成牧場では数年前から、そのような獣医畜産系の大学生を対象に夏休み期間を利用して「日高サマースクール」と称した研修を実施しています。更に今年度は、「春休み期間を利用して分娩が見たい!」という多くの学生の声を反映して、この「スプリングキャンプ」を企画・実施しました。実習では、まず馬を引くことから始め、手入れや収放牧を通じて馬に触れ、寝藁上げ作業を手伝うことで現場の雰囲気を学び、馬の繁殖学、栄養学、画像診断などの専門知識についても講義と実習で学びます。さらに、昼は種馬場で種付けを見学し、夜は分娩が近い繁殖牝馬の監視をすることで、実際の交配や分娩を体験します(写真1)。研修終了後、学生たちは大学では学べないサラブレッドの生産について少なからず理解し、貴重な体験をして帰途に付きました。今までに多くの研修生が日高育成牧場での実習、研修をとおして学びましたが、すでに、日高育成牧場で研修を受けた研修生の中から馬関係の仕事に携わる獣医師が大勢、誕生してきています。今回のスプリングキャンプの受講生の中からも、また日高に戻って来てくる者がいるかもしれません。

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(写真1)日高育成牧場スプリングキャンプ

子馬の誕生に感動する獣医大学の学生

育成馬の騎乗から観光客向け展示まで

 日高育成牧場では、JRA育成馬を用いた調教技術・騎乗者養成に関する研修(写真2)や生産育成技術者研修などの専門的な研修も行っています。また、一時、凍結されていた本会新人職員の日高での研修も再開されました(写真3)。さらに、馬に触れたこともない小・中・高等学校生に対して「乗馬教室」、「職場体験学習」、「馬文化出前教室」や「日高の自然授業」などの馬に関する授業を担当したり(写真4)、幼稚園の見学を積極的に受け入れたりしています。また、一般の観光客向けの「場内バスツアー」を企画し、馬に親しんでもらう機会を設けています(写真5)。この様な研修を実施することで、日高育成牧場で実践している新しい飼養管理方法や調教技術の公開、調査研究成果の普及に努め、将来馬に携わる人材を育成しています(表1)。

 世界に通用する強い馬づくりを目指すには、広く馬に関心を持つ人を増やすこと、さらに馬に携わる人の意識と生産育成技術の向上が不可欠です。すなわち「強い馬づくりは人づくりから」と言えるのではないでしょうか。

 2 (写真2)育成調教技術者養成研修(BTC研修生)

JRA育成馬を用いて、ブレーキングから高度な騎乗技術まで習得する

 3 (写真3)新人一般職二次研修(JRA職員)

雑草抜きもしながらサラブレッドの生産について学ぶ

 4 (写真4)「馬文化出前教室」への講師派遣

日高振興局の要請により随時、小学校へ出向く(えりも町立笛舞小学校:2011年12月)

5 (写真5)日高育成牧場バスツアー

馬の親子とのふれあいの様子

6 表1. 日高育成牧場で実施している主な研修

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤 文夫)

2019年8月14日 (水)

JRAブリーズアップセールで開示される個体情報

No.99(2014年4月15日号)

 JRAブリーズアップセール(BUセール)では、購買者の皆様が安心してセリに参加していただくために、病歴、体測値、飼養管理および調教内容等の個体情報を公開しています。今回はこれら個体情報のうち、病歴とレポジトリー検査所見について紹介いたします。なお、関連した内容の記事が本紙面(平成24年6月15日号No57、平成23年4月15日号No30)にも掲載されていますので、併せてご参考ください。

検査所見をもとにした上場馬選定
 JRA育成馬をBUセールに上場する過程では、怪我や運動器疾患の発症等、順調に行かないことも多いものです。また、調教中の異常呼吸音で悩まされることも少なくありません。私たちは、このような悩みを解決するため、抽選馬の時代から下肢部X線所見や上気道内視鏡所見と競走成績や疾病発症との関連について調査・研究を継続しています。これらの成績をもとに、JRAではセール前の3月に実施した上気道内視鏡検査や下肢部レントゲン検査等のレポジトリー検査所見を評価し、セール売却後の調教および出走に差し支えないと判断した馬を上場することとしています。

上気道内視鏡検査
 上気道内視鏡検査では喉頭片麻痺(LH)、軟口蓋背方変位(DDSP)、喉頭蓋の異常(AE)について、4~5段階のグレード分けをしています。特に、LHのグレード(Ⅰ~Ⅳの4段階)が高い馬では走能力に影響を及ぼす可能性があります。ⅠおよびⅡでは競走パフォーマンスとの関連はありませんが、Ⅲ~Ⅳの馬では競走能力に影響を及ぼすこともあり、手術が必要となる場合もあります(図1)。一方、ⅠおよびⅡについても喘鳴音を聴取することがあり、トレッドミル運動時の内視鏡による評価が必要な場合もあります。

1_8 図1 喉頭片麻痺(LH)のグレード分類(写真はグレードⅠ)

Ⅰ:左右の披裂軟骨の動きが常に同調かつ対称であり、完全外転が獲得・維持されうる

Ⅱ:披裂軟骨の動きが非同調でかつ喉頭が左右不対称な状態を示すこともあるが、披裂軟骨の完全外転は獲得・維持されうる

Ⅲ:披裂軟骨の動きが非同調で、喉頭が左右不対称である。披裂軟骨の完全外転は獲得・維持されない

Ⅳ:披裂軟骨と声帯ヒダは動かない

下肢部レントゲン検査
 レントゲン検査では、両前肢の近位種子骨の評価、腕節の骨端線、その他疾患の画像を提示しています。近位種子骨の画像検査では、骨の形状の不整や線状陰影の本数などからグレード0~3の4段階に分類し評価しています(図2)。これまでの調査結果から、グレードが高くなるにつれて繋靭帯炎の発症率が高くなることがわかっています。また、2歳春においては、腕節の骨端線の状態から化骨の状態がわかります。標準的なサラブレッドでは25ヶ月齢で骨端線が完全に閉鎖するとされており、これを基準に馬体の成長度合いを知ることができます。その他育成期に発見されたOCD(離断性骨軟骨症)や陳旧性骨折などの存在についても全て記載していますが、腫脹や跛行等の臨床症状がない場合、競走成績に影響を及ぼしません。

2_8 図2 種子骨(前肢)のグレード分け(図中の各数値はJRA育成馬310頭中の発症割合を示す)
G0:正常、G1:線状の陰影(赤矢印)が1~2本、G2:線状の陰影が3本以上、G3:線状陰影が多数あり骨の輪郭が不整(黒矢印)もしくは骨嚢胞がある

 BUセールでは、購買者の皆様が情報開示室(レポジトリールーム)においてこれら所見を閲覧することが可能です。また、情報開示室には獣医職員を配置していますので、画像の見方や獣医学的判断についてご相談いただくことができます(図3)。
 私たちは、購買者の皆様にとって「わかりやすく透明性のあるセリ」を目指して参りたいと考えています。
 4月29日(火)、中山競馬場で開催されるJRAブリーズアップセールは、今年で10周年を迎えます。皆様のご来場を心からお待ちしています。

3_5 図3 個体情報開示室で説明する獣医職員

(日高育成牧場 業務課 竹部直矢)

2019年8月12日 (月)

卵巣腫瘍の新しい検査方法

No.98(2014年4月1日号)

馬の卵巣腫瘍
 馬の卵巣腫瘍と言っても、多くの生産者は聞いたことが無いかもしれません。しかしながら、繁殖牝馬ではしばしば生じる疾病であり、発情サイクルが止まってしまう場合もあるため重要な疾病です。
簡単に腫瘍とは何かを説明いたします。腫瘍とは「組織が過剰に増殖した結果できた組織塊」であり、○○癌や○○肉腫と言われる悪性(転移する)のものと○○腫と言われる良性(転移しない)のものを総称した言葉です。また腫瘍ではないものの、卵巣が大きくなって腫瘍と区別がつけにくい卵巣血腫や卵巣嚢腫といったものもあります(図1)。直検でこのような大きな卵巣が分かった場合に重要なことは、発情や排卵がくるのかどうかということです。正確な診断には卵巣の組織を調べる必要がありますが、実際にはそこまでできませんので、大きさ、触感、超音波画像、反対側の卵巣の状態、発情の具合などから推定することになります(図2)。しかしながらこのような珍しい症例は、個々の獣医師が経験できる数も限られる上に、正確な診断ができないこともあり、獣医師によって診断が異なってしまう場合もあります。

1_7 図1 腫瘤の分類

2_7 図2 卵巣のエコー画像(左:正常な卵巣、右:顆粒膜細胞腫)

卵巣摘出後の発情は?
 卵巣腫瘍は直接死に至るわけではありませんが、発情が止まる場合もあるため、繁殖牝馬にとっては致命的な病気とも言えます。馬の卵巣腫瘍のうち最も頻度が高いものは顆粒膜細胞腫と言われる良性腫瘍です。良性ではありますが、顆粒膜細胞はホルモン産生を行う細胞であるため、これらのホルモンが異常産生され、卵巣静止や持続発情といった徴候を示し、交配不能となります。このような場合には手術で卵巣摘出しなくてはなりません。顆粒膜細胞腫は片側性であるため、その卵巣を摘出しても反対側の卵巣が正常に機能し、発情は問題なく行われますので心配ありません。しかしながら、ある報告によると、手術後に発情が戻るまで平均7ヶ月かかると言われており、1シーズンでも早く交配するためには早期の診断、そして早期に手術をすることが重要となります。

類似症例にご注意!
 そこで問題となるのが、「本当に卵巣を摘出しなければいけない顆粒膜細胞腫なのか、一時的に大きいだけの卵巣血腫や嚢腫ではないのか」という鑑別です。これらの鑑別には残念ながらエコー検査だけでは不十分です。さらに詳しい検査としてテストステロンやエストラジオール、インヒビンといったホルモン測定が行われることもありますが、このようなホルモンは特別な検査施設へ依頼する必要がありますし、個体差が大きいため正常と異常の境界が曖昧であるため、なかなか現実的な検査方法ではありません。

いつでもご相談を
 近年、日高育成牧場ではAMH(抗ミューラー管ホルモン)と言われるホルモンに着目し、1度の血液検査によって正確に顆粒膜細胞腫の診断を行えることをさまざまな学会で報告してきました。AMHは顆粒層細胞からのみ分泌されるため、正常な牝馬では低値であるのに対して、顆粒膜細胞腫では明らかに高い値を示します(図3)。また、比較的簡単な検査であるため、最も頻度の高い顆粒膜細胞腫に対する科学的な診断根拠として非常に有効な検査方法と言えます。
 日高育成牧場ではAMHの調査研究を実施していますので、疑わしい症例がありましたら担当獣医師を通してお声かけ下さい。

3_4 図3 繁殖牝馬における血中AMH濃度

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

2019年8月 9日 (金)

繁殖牝馬の護蹄管理

No.97(2014年3月15日号)

 馬の跛行の70%以上は蹄が原因であるといわれています。繁殖牝馬においても蹄の管理は健康維持と子馬の正常な発育確保の観点から非常に重要となります。本稿では、繁殖牝馬の護蹄に関する基本について紹介します。

蹄管理の重要性
 蹄の伸びは1ヶ月で約1cmであり、健全な成馬であれば約1年で蹄全体が更新されます。しかし、蹄は体重を支えるために地面と接したり、歩行や運動するために地面を蹴ったりすることで常に磨耗します。そのため、蹄の伸びが磨耗より大きければ蹄が伸びた分をそのまま削切することで健常な状態にできますが、磨耗が激しければ蹄鉄を装着して保護しなければなりません。削蹄を行わずに放っておくと蹄が伸びすぎて歩きにくくなるため、繁殖牝馬では放牧地での運動量が阻害され、それにともなって子馬の運動量も不足します。したがって、健康状態維持と子馬の正常な発育ためには、繁殖牝馬においても定期的な削蹄は必要です。また、蹄は水分やアルカリに弱い性質があるため、過剰な水分や糞尿は蹄角質を脆くしてしまいます。脆くなった蹄は、細菌などに侵食されやすく、蹄の変形を招く原因となります。

繁殖牝馬と競走馬、乗用馬の削蹄の違い
 繁殖牝馬は競走馬や乗用馬のように人が乗ることはありませんし、速く走ることや障害飛越等を行うこともありません。従って、蹄の磨耗に関しては競走馬や乗用馬よりも少なくなります。一方で、繁殖牝馬は体重が競走馬より重く放牧地での運動により磨耗が進むことに加え、出産を繰り返すことによる蹄への荷重変化が大きいため蹄の変形(しゃくれ状態となる凹湾(おうわん)や二枚蹄、裂蹄(れってい)など)が発生しやすいので、削蹄についての考え方も少し違ってきます。競走馬や乗用馬では運動による蹄の磨耗対策として蹄鉄を装着しますが、繁殖牝馬では放牧地の状態や放牧時間に左右される磨耗の程度を判断しながら変形を矯正する削蹄が必要となります。

繁殖牝馬への装蹄-メリットとデメリット-
 一般に蹄鉄を装着するメリットとしては、大きく3つの理由があります。
① 過剰な摩滅から蹄を保護する
② グリップ力を高める
③ 装蹄療法に用いる
 これらのうち、繁殖牝馬においては蹄の変形やそれに起因する蹄葉炎に対処するための「③装蹄療法」が最も大きな目的となります。
 一方、蹄鉄を装着することで考えられるデメリットとしては、
① 放牧地での他馬への影響
② 落鉄時の対応困難(放牧地での蹄鉄の捜索や再装着の対応等)
③ 蹄鉄の装着状況の確認や対処に技術が必要
④ 蹄底に雪が詰まり「下駄を履いた」状態となることがある(捻挫等の心配)
⑤ 経済的負担
などがあげられます。このように蹄鉄を装着するメリットとデメリットをトータルで考えあわせると、一般的には跣蹄(はだし)のほうが管理しやすいといえます。

蹄鉄を装着した方がよい場合
 一方、蹄病ならびに蹄の極端な磨耗や変形(削蹄だけでは改善できない場合や極端な鑢削をした場合)がある場合には蹄鉄を装着して改善を図ったほうがよい場合があります。とくに、蹄底が薄く挫跖(肉底に発症する内出血)を繰り返しやすい蹄や、白線裂や裂蹄などの蹄病を発症している蹄においては、蹄鉄を装着することが非常に有効であると考えられます。また、凹湾した蹄を矯正するために蹄壁を極端に鑢削してしまったことで負重に耐えられなくなった場合では、キャスト(ギプス)による装蹄(図1)も有効となります。これは、鑢削によって薄くなった蹄壁の代わりにキャストに釘付けを行う方法です。

1_6 図1 キャストによる装蹄            
蹄壁の代わりにキャストに釘付けする方法

最後に
 削蹄は蹄の角質を削切するためだけのものではありません。蹄の健康診断も兼ねており、蹄病や変形を早期に発見し対応することで悪化を防ぐことができます。従って、月に1度は装蹄師に削蹄を依頼し、蹄の状況を把握しておくことはとても大切なことであると言えます。また、軽度な蹄壁の欠損などは早期に発見すればご自分で処置することもでき、悪化を防ぐことができます。
 JBBA主催の生産者向けの削蹄講習会が年に1回開催されています(図2)ので、牧場の皆様も実際に削蹄を体験してみてはいかがですか?

2_6 図2 JBBA削蹄講習会
今年は1月15日にJRA日高育成牧場で開催され、
生産牧場から11名の参加者が受講した。

(日高育成牧場 専門役 下村英次)

2019年8月 7日 (水)

Dr.Whiteによる生産者向け講習会

No.96(2014年3月1日号)

 昨年11月29日金曜日、静内エクリプスホテルにおいて疝痛の講演会が行われました。講師であるホワイト先生(写真1)は馬の疝痛の権威であり、40年前に出版された著著「馬の急性腹症」は今でも世界中の馬獣医師にとってバイブルとされています。当日は予想をはるかに上回る376名もの参加者が来場し、駐車場は大混雑、用意していた席が足りず、追加で用意するほどの大盛況でした(写真2)。この講習会は日本軽種馬協会が主催、日本ウマ科学会馬臨床獣医師ワーキンググループの共催として毎年同時期に開催されているもので、一昨年はダイソン先生による跛行診断、その前年はレブランク先生による繁殖管理と、海外の著名な方々を招聘し、生産者向けに講演いただいています。今回はこの講習会の内容について簡単にご紹介させていただきます。

1_5 写真1 講演に招いたホワイト先生

2_4 写真2 予想をはるかに上回る参加者が来場した講演会

疝痛に関する疫学情報
 まずは疝痛に関するさまざまな統計情報が紹介されました。そもそも、疝痛とは身近な疾病でありながら、死亡原因の28%も占める重要な疾患です(バージニア大学による報告)。現場ではひとくくりに「疝痛」でまとめられがちですが、実際にはさまざまなタイプに分けることが出来ます。これらの実態について膨大なデータを元に解説されました。発症率は1年間で100頭あたり4~10頭であり、発症が10頭以上の牧場は飼養管理に問題があることが示唆されます。疝痛の85%が一過性の単純疝痛であり、手術が必要な馬は2%程度です。疝痛の危険因子として「濃厚飼料の多給や不適切な給与」「厩舎飼育(非放牧環境)」「乾草や飼料の急激な変化」などが挙げられます(図1)。このことから、放牧せずに濃厚飼料が給与されている厩舎飼養は馬にとって不自然な状況であるということを改めて認識させられました。また、馬にとって給餌内容を変化させることが思いのほか消化管ストレスを与えており、疝痛に至らなくても採食量の低下、吸収率の低下といった気づきにくい影響も及ぼしているかもしれないということでした。

3_3図1

牧場現場における適切な管理
 牧場現場において対処できる予防策として「飼料の変更には10~14日以上かける」「気候の変わる時期は管理方法を変えない」「出来るだけ放牧する」「寄生虫を抑えるため、定期的な糞便検査をする」「リスクの高い馬には特に気をつける」などが提案されました。いずれも一手間かかることで、現場では「分かっているけど・・・」という基本的なことです。しかしながら、疝痛の発症を抑えるためには馬という動物を理解し、その消化生理に基づいた飼養管理が重要だと再認識させられました。
もちろん、「競走馬」「経済動物」であるため100%自然な飼養管理はできませんが、そのことに甘んじて「競走馬だから仕方ない」と思わずにより良い飼養管理を工夫したいものです。

獣医師向けの講習会
 翌日には日本軽種馬協会の研修センターにて、獣医師を対象とした講義、意見交換がなされました。疝痛、開腹手術についてはなかなか科学的な研究がされにくい分野ではあり、そのため獣医師によって解釈が異なる場合もあります。しかしながら、膨大な経験を踏まえたホワイト先生の言葉には重みがあり、これは獣医師個々人の理解を深めただけではなく、組織を越えて生産地の獣医師の間で共通認識を得ることができたことは大きな収穫だと思われました。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)


2019年8月 5日 (月)

子馬の感染症予防

No.95(2014年2月15日号)

子馬は感染症にかかりやすい
 生まれたばかりの子馬は、成馬と比較して感染症にかかる可能性が高く、生後30日以内の子馬の8%、すなわち12頭に1頭が何らかの感染症にかかるといわれています。また、出産後10日以内に死亡した子馬のうち4頭に1頭は、感染症によるものといわれています(図1)。

1_4 図1 生後間もない子馬は感染症にかかりやすい

 子馬が感染症にかかりやすい理由は、免疫機能すなわち、体内に侵入してきた病原体に対する防御機能が未発達であるためです。子馬の防御機能において、大きな役割を担っているのは抗体です(図2)。しかし、生まれてきたばかりの子馬が抗体を自らの体内で作る能力は極めて低く、その多くが体内で作られるようになるまでには、早くても生後2ヶ月、種類によっては1歳になるまで待たなくてはなりません。

2_3 図2 抗体の役割

初乳の重要性
 このため、子馬は母馬からの抗体を受け取ることにより、病原体から身を守ります。人間の場合、抗体の受け渡しは、赤ちゃんがお腹の中にいるときに胎盤を通して行われます。しかし、馬の場合、胎盤を通した抗体の受け渡しができないため、母馬は初乳の中に抗体を多く含ませることによって、子馬への受け渡しをしているのです(図3)。つまり、出産直後に初乳を飲ませることは、極めて重要なのです。なお、子馬が腸から抗体を吸収する能力は、出産後に徐々に低下していき、22時間後には50分の1になります。このため、遅くても12時間以内の摂取が推奨されています。

3_2 図3 初乳による抗体の受渡し

良質な初乳の準備
 以上のことから、子馬に対して確実に初乳を飲ませることが、子馬の感染症予防の第一歩といえます。しかし、子馬に与える初乳は抗体を豊富に含んだ良質なものでなくてはいけません。このため、分娩前の母馬に対しては、馬ロタウイルス、インフルエンザ、破傷風などのワクチン接種に加え、子馬が生まれ育つ環境である馬房や放牧地などへの早めの導入により、様々な細菌やウィルスなどの病原体に対する抗体を母馬の体内に準備しておくことも重要です。

移行免疫不全症
 移行免疫不全症とは、母馬からの抗体の受取り不足、すなわち、子馬の体内における抗体の量が不十分な状態を表しており、子馬の感染リスクが高まることが知られています。移行免疫不全症の原因の1つは、初乳内における抗体の不足にあります。分娩前の漏乳や母馬の加齢により、分娩直後であっても初乳中の抗体濃度が低い場合があります。この場合、確実に哺乳した場合であっても、子馬の血中の抗体濃度は低い値となります。このため、子馬が哺乳する前に初乳の抗体濃度を計測することが重要となります。この時点で濃度が低い場合には、母馬の初乳を飲む前に、子馬に良質な保存初乳を投与します。
 また、NMS(Neonatal maladjustment syndrome子馬の適応障害症候群)と呼ばれる出産後の低酸素脳症などの様々な原因により、分娩から時間が経過しても子馬が十分量の初乳を飲んでいない場合もあります。
 移行免疫不全症は、子馬の血液に含まれる抗体の1つであるIgGの濃度により診断します。初乳を正常に飲んだ子馬の血中IgG濃度は、通常は800mg/dl以上ですが、移行免疫不全症の場合、400mg/dl以下となります。この診断は生後8時間以降から実施可能であり、IgG濃度が400mg/dl以下の場合には、保存初乳の経口投与、もしくは血漿輸液による治療を実施します。
 出産シーズンはすでに始まっていますが、感染症を可能な限り予防し、元気で健康な子馬を育てましょう!

4_2 図4 子馬の感染症予防のまとめ

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年8月 2日 (金)

ホルモン検査によるサラブレッドの流産・早産兆候の診断

No.94(2014年2月1日号)

はじめに
 日高地方の繁殖牝馬は、妊娠5週以降分娩までに8.7%で流産、早産が起こることが大規模調査で判明しています。流産の中には、細菌感染による胎盤の炎症や、胎盤の機能不全あるいは奇形などの理由により胎子のストレスが徐々に増した結果、流産に至るケースも少なくありません。このような場合、生産者や獣医師は、外陰部に悪露が付着する、あるいは分娩1ヶ月以上前から乳房が腫脹すること(図1)により異常に気が付きますが、外部に兆候が現れた頃には手遅れになっていることも少なくありません。妊娠後期における胎子の健康や胎盤状態は、海外では超音波検査が広く実施されています。本稿では、母体血中プロジェステロンおよびエストラジオール濃度の測定を実施することによって流産が起こりやい状態を見極める新しい診断の有用性について紹介いたします。

1_2 図1:流産早産前の典型的な兆候として、外陰部の悪露付着(左)や分娩1ヶ月以上前からの乳房腫脹、漏乳(右)が知られている。

早期の診断が鍵
 分娩予定日よりも2週間以上前に分娩した母馬は、翌年以降も同様の経過をたどることがあり、健康で丈夫な子馬の生産を願うオーナーにとって非常に大きな不安材料となります。このような馬は、胎盤の感染や形成不全を伴うことが多く、できるだけ早期に異常を発見して流産予防のための投薬を実施する必要がありますが、これまでの生産管理では、妊娠経過をモニターして万全を図るというヒト医療のような十分な経過観察体制にないのが現状です。その理由のひとつに有効な検査方法が確立されていなかったことが挙げられます。

血液でわかる流産早産前の状態 
 平成22-24年にJRAと日高家畜衛生防疫推進協議会が協力して「繁殖牝馬の胎子診断および流産予知に関する研究」が実施されました。これまで日本のサラブレッド生産に導入されていなかった超音波検査やホルモン検査について検討し、妊娠異常の診断や流産の予知判定への有用性を明らかにして参りました。とくにホルモン検査は、世界に先駆けて研究されたオリジナリティの高い研究となり、ニュージーランドで行われる国際ウマ繁殖シンポジウムでの口頭発表演題として認められました。その研究の結果から、図2に示すように、流産、早産、虚弱などの理由により子馬が得られなかった損耗群では、妊娠後期(240日~)の血中のプロジェステロンおよびエストラジオール濃度が、正常(生存群)と比較してそれぞれ有意に高い値、低い値となることが明らかとなりました。このような値の違いは、外部の流産兆候よりも早く出現することから、早期治療が可能となります。

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図2:妊娠後期における生存群と損耗群の母体血中プロジェステロン値(左)とエストラジオール値(右)の動態(※は統計的な有意差を示すp<0.001)

 これら調査研究の成果の詳細は、第41回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム講演抄録http://keibokyo.com/wp-content/themes/keibokyo/images/learning/rally/symposium41.pdfをご覧下さい。

まずは獣医師に相談を!
 理想的には、大切な繁殖牝馬は妊娠240日以降1ヶ月に1度、流産早産の履歴のある馬は2週間に1度、血液検査を受けることをお薦めします。血中プロジェステロンおよびエストラジオール値による流産早産の予知に関する研究成果は、これまで流産により日の目を見なかった子馬たちの損耗を減少させ、生産性を向上させる有用なツールとなります。この成果を受けて、ホルモン検査は日高育成牧場生産育成研究室での調査研究から競走馬理化学研究所での検査業務に移行しました。競走馬理化学研究所ホームページ内の妊娠馬ホルモン検査http://www.lrc.or.jp/hormone1.phpから検査依頼様式をダウンロードして検体とともに送付すると到着後5日以内に測定結果が得られます(有料)ので、ぜひ掛かり付けの獣医さんにご相談ください。大切な愛馬が無事に分娩を迎えることができるよう、妊娠馬の血液ホルモン検査が推奨されます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保泰雄)