« 競走馬のエサとトレーニングⅠ(炭水化物と脂肪) | メイン | 競走馬のエサとトレーニングⅡ(タンパク質) »

2020年5月14日 (木)

競走馬のエサとトレーニングⅠ(炭水化物と脂肪2)

No.150 (2016年7月1日号)

 

  

 

摂取飼料の違いが運動中の炭水化物および脂肪がエネルギー源として利用される割合に影響するのか? 

 前号掲載の内容を予備知識として、本題に入りたいと思います。競走馬が穀類を主体とした飼料または植物油や植物繊維を主体とした飼料を摂取したとき、運動中のエネルギー源として利用される炭水化物と脂肪の割合に影響を及ぼすのでしょうか? ヒトの場合では、自転車で時速30km程度の軽い運動を行ったときには、普段から脂肪の摂取量が多いヒトの方が運動中の脂肪の利用割合が高かったことなど、炭水化物と脂肪の摂取割合の違いが運動中のエネルギー利用割合に影響することが知られています。しかし、草食動物であるウマにおいて、雑食動物である人間のように給与飼料内容の違いにより運動中の炭水化物および脂肪のエネルギー利用割合に影響があるのでしょうか? また、時速70㎞以上で走破する競輪に近い全力疾走の競馬の場合でも、時速30kmの自転車走と同じようなエネルギー利用割合になるでしょうか?

 デンプンを主体に給与したウマと、油(脂肪)と植物繊維を主体に給与したウマで、運動時に脂肪がどれぐらいの割合でエネルギー源として利用されているかについて実験を行いました。炭水化物も脂肪も体内の組織で使われるだけでなく、組織から血液中に出てくることもあります。そこで、安定同位体で標識した脂肪を食べさせて、組織への脂肪の取込速度を調べました(図1)。組織への脂肪の取込速度は、おおむね脂肪がエネルギー源として利用される程度を表しています。

 グラフの縦軸は組織への脂肪の取り込み速度、横軸は時間経過を示しています。横軸に、赤字で“W・T・C・G”とあるのは、英語のウォーク(Walk:常歩)・トロット(Trot:速歩)・キャンター(Canter:駈歩)・ギャロップ(Gallop:襲歩)を意味し、全体の運動内容は図に示すとおりです。運動前の“-60、-45・・・”は、運動開始を0分として、運動何分前であるかをマイナスで示しています。-60は運動開始60分前を表します。“高デンプン”飼料のグループには、トウモロコシのデンプンを主体とした配合飼料を約1ヵ月間、毎日4㎏給与しました。グラフでは黄色の○で示しています。“高脂肪・繊維”飼料のグループには、植物油や植物繊維が豊富なビートパルプを主体とした配合飼料を同様に給与しました。グラフではピンク色の○で示しました。

 運動前においては、高デンプン飼料を与えたウマと高脂肪・繊維飼料を与えたウマの間で、脂肪のエネルギー利用に差はありませんでした。運動中をみてみると、速歩(T)においては高脂肪・繊維飼料給与グループの脂肪の利用割合は高くなりましたが、よりスピードの速い駈歩(C)や襲歩(G)においては飼料間の差はありませんでした。どちらの飼料グループにおいても、運動中よりも運動後の方が脂肪の利用割合は大きくなりますが、飼料間の差はありませんでした。

 今回はお示ししませんが、炭水化物(グルコース)の運動中の利用割合にも飼料間に違いはありませんでした。速歩のような遅いスピードでは、脂肪(もしくは脂肪源)を多く摂取していたウマで、脂肪の利用割合は高まるようですが、それより速いスピードのときは、給与飼料中の炭水化物と脂肪の量は運動中の両者のエネルギー利用割合に影響しないようです。1_3(図1) 高デンプン飼料もしくは高脂肪・繊維飼料を摂取した馬の運動前・中・後の脂肪の取込速度変化

 

有酸素性エネルギー供給と無酸素性エネルギー供給

 運動するためのエネルギーの生成には、筋肉内のアデノシン三リン酸(ATP)という物質が必要なのですが、ATPの蓄えはあまり多くありません。そこで、運動を持続するためには、常にATPを再合成していかなければなりません。ATPの合成方法にはいくつかの種類があり、炭水化物もしくは脂肪を材料とし(少ないがタンパク質も一部使われる)、酸素を利用するATPの合成過程は「有酸素性エネルギー生成」とよばれます(図2)。一方、酸素を必用としないATPの合成過程もあり、このときは「無酸素性エネルギー生成」とよびます。無酸素性エネルギーの生成過程では、脂肪は使われず、材料は炭水化物(筋肉中のグリコーゲン)のみです。無酸素性エネルギー生成は有酸素性エネルギー生成に比べてATPの合成量は少ないですが、すばやく供給できるため、運動強度が強くなるにしたがって、エネルギー需要のうち無酸素性に生成されるエネルギーが占める割合は高くなります。

 軽い運動のときは、炭水化物または脂肪の普段の摂取量は、有酸素性のエネルギー生成を炭水化物あるいは脂肪のどちらに依存するかということに影響を与えるようです。しかし、競馬のような強い運動が負荷されたときは、エネルギー生成は、炭水化物を材料とした無酸素性のエネルギー生成にかたよります。そのため、先の試験において、炭水化物または脂肪の摂取量の違いが、強い運動負荷時の脂肪のエネルギー利用割合に影響しなかったのであろうと考えています。

 それでは、競走馬には炭水化物を多量に給与すべきなのでしょうか? 競走馬もアスリートなので、ある程度は炭水化物を重点的に摂取すべきです。しかし、炭水化物を過剰に摂取しても意味は無く、どこかのCMのセリフのように「今でしょ」というときに必要なものであり、そのために適正なタイミングが摂取することが重要です。このことに関する解説は、また別の機会に紹介したいと思います。2_2(図2) 有酸素性および無酸素性のエネルギー生成過程


   

(日高育成牧場 研究役 松井 朗)

コメント

この記事へのコメントは終了しました。