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2021年1月

2021年1月22日 (金)

上気道疾患その1

はじめに
 ご存知の方も多いと思いますが、ウマは口で呼吸することが出来ません。それはヒトと咽喉頭部の構造が異なっているからです。ヒトでは軟口蓋が短く喉頭蓋と接していないため、口腔と鼻腔のどちらからでも空気を取り込める形になっています。一方、ウマは軟口蓋の後縁が喉頭蓋に接しているため、物を飲み込むとき以外は常に鼻腔と口腔が隔てられています(図1)。そのため、通常は鼻からしか呼吸が出来ないことになります。

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図1 咽喉頭部の解剖図


ヒトでは、安静時の1分間の呼吸数は12~18回、1回あたりの換気量(1回換気量)は0.45~0.5リットルです。ウマでは安静時の呼吸数はヒトとほぼ同じかやや少ない10~12回程度で、1回換気量は5~6リットルです。そのため、安静時でも1分間に50~60リットルの空気が肺に出入りしています。さらに全力疾走時には呼吸数はストライドと同じ1分間に120~150回になり、1回換気量も12~15リットルとなるため、1分間あたりでは、1,500~2,000リットルもの空気が肺に出入りしていることになります。
 ヒトでもウマでも筋肉を動かすときには、エネルギーを必要とします。そのエネルギーを作り出すときには呼吸によって取り込まれた酸素を使うため、競走馬が全力疾走するときには非常に多くの酸素を取り込む必要があります。上気道に様々な疾患があった場合、十分な換気が行えず競走のパフォーマンスに悪影響を与えます。今回はその上気道の疾患についてご紹介します。

喉頭片麻痺(喘鳴症、のど鳴り)
反回神経の異常が原因で、披裂軟骨の外転に必要な背側輪状披裂筋(CAD)と内転に必要な外側輪状披裂筋(CAL)に萎縮・変性が起こることで発症します(図2)。運動時に喘鳴音(ヒューヒューという高い音)が聞こえ、パフォーマンスが非常に低下するのが特徴です。さらに病状は進行性で、披裂軟骨の外転不全による部分的な上気道の閉塞が起こり、吸気性の呼吸困難に陥ることがあります。確定診断は安静時での内視鏡検査で行います。さらに最近では運動時内視鏡検査を実施し、より詳細な検査が行われています。治療として、喉頭形成術(Tie-back)と呼ばれる披裂軟骨を外転させ固定する外科手術を行います。さらに声帯切除術も合わせて実施することもあります。

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図2 喉頭片麻痺

DDSP(軟口蓋背方変位)
軟口蓋が喉頭蓋の背方(上方)へ変位する疾病です(図3)。変位によって、一時的な閉塞が起こったり咽喉頭部での乱気流が作り出されたりするため、パフォーマンスが大きく低下します。調教時に「ゴロゴロ」という呼吸音が聞こえるのが特徴です。安静時の内視鏡検査では、喉頭蓋が薄い以外ではほとんど異常所見がみられないことが多いようです。多くは運動時に症状が出るため、運動時内視鏡検査によって診断を行います。また、舌縛りや8の字鼻革の使用により、症状が解消することがあります。さらに喉頭蓋が非常に薄い場合もDDSPを発症しやすくなりますが、年齢とともに喉頭蓋が成長して症状を見せなくなります。治療は軟口蓋をレーザーで焼絡する方法や、Tie-forwardと呼ばれる甲状軟骨を底舌骨へ縫合する方法があります。

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図3 DDSP(軟口蓋背方変位)

EE(喉頭蓋エントラップメント) 
 披裂喉頭蓋ヒダが喉頭蓋の背側(上方)を包み込む疾患です(図4)。この疾患は、軽症例ではほとんど問題を生じません。原因は先天的な喉頭蓋の形成不全と考えられています。治療は内視鏡下で先端の曲がったメスやレーザーを使用した切開術を実施します。

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図4 EE(喉頭蓋エントラップメント)

おわりに
 競走馬にとって喉頭片麻痺をはじめとした呼吸器の疾患は、最高のパフォーマンスを出すのに非常に密接に関わってきます。次回はこれら上部気道疾患に対する最近の検査方法についてご紹介します。

日高育成牧場業務課 水上寛健

前肢における著しいコンフォメーション異常が市場および競走成績等に及ぼす影響

はじめに
コンフォメーションとは、馬の外貌から判断できる骨格構造、パーツの形状や大きさ、バランス、角度等のことをいいます。コンフォメーションに異常のない馬はスムーズに走行できると考えられます。一方、オフセットニーやクラブフットなどのコンフォメーション異常(Abnormal Conformation:以下AC)は競走成績に悪影響を及ぼすと考えられており、市場では敬遠される場合があります。しかし、わが国のサラブレッドにおけるACに関する報告はなく、市場成績や競走成績に及ぼすACの影響は明らかにされていません。
今回は、サラブレッド1歳市場における馬体検査で著しいACを認めた馬について、市場成績や競走成績、競走期の運動器疾患発症率に関する調査を実施しましたのでご紹介させていただきます。


調査方法
調査対象馬は2009~2013年に開催されたサラブレッド1歳市場(セレクトセール・セレクションセール・サマーセール)の上場馬6,768頭としました。2名以上のJRA獣医師およびJRA装蹄師が馬の外貌や歩様を確認して、一般的な購買者が忌避するような、程度の著しいACを認めた馬(AC群)のみを抽出し、それ以外を対照群としました。ACの抽出項目は全て前肢におけるもので、オフセットニー、凹膝、起繋、X脚、外向、クラブフットの6項目(図1)としました。各群における市場成績(売却率および中間価格)と競走成績(3歳末までの出走率および初出走までに要した日数)を調査しました。また、最初の競走馬登録が中央競馬であった4,574頭を対象として、ACを認めた肢の競走期における浅屈腱炎、繋靭帯炎、前肢骨折、腕節構成骨々折の発症率を調査しました。

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(図1)

結果
調査の結果、200頭がAC群として抽出されました。その内訳は、オフセットニー102頭(1.49%)、凹膝40頭(0.58%)、起繋16頭(0.23%)、X脚16頭(0.23%)、外向15頭(0.22%)、クラブフット11頭(0.16%)でした。市場成績に関して、サマーセールでは対照群と比較してAC群の売却率が有意に低く(グラフ1)、項目別ではオフセットニーの売却率が有意に低くなりました(グラフ2)。競走成績に関して、対照群と比較してAC群の出走率、初出走までに要した日数(グラフ3)および運動器疾患発症率(グラフ4)には有意差を認めませんでした。項目別では、クラブフットの出走率が対照群と比較して有意に低かったものの、初出走までに要した日数および運動器疾患発症率について有意な差はありませんでした。その他のAC項目については、出走率、初出走までに要した日数および運動器疾患発症率について有意な差はありませんでした。

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(グラフ1)

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(グラフ2)

4_8(グラフ3)

5_2(グラフ4)

最後に
本調査では、ACの影響をより明確にするために著しい異常のみを抽出したため、軽度の異常まで抽出した過去の報告(オフセットニー:12.9%、凹膝:4.2%、〔Love 2006〕)と比較してACの出現率が低かったものと思われます。市場成績調査の結果から、ACは馬の市場評価に負の影響を及ぼすことが示されました。しかし競走成績調査の結果をみると、対照群と比較して有意な差を認めた項目はクラブフットの出走率のみであり、他にはACの影響は認められませんでした。
これらのことから、ACが競走期の下肢部に及ぼす影響は、我々関係者が認識しているほど重大ではなく限定的であると考えられました。ただし、本調査においては抽出頭数が少なく統計学的結論が得られなかった項目も複数認められており、更なるデータ蓄積が必要であると考えられました。

馬事公苑・専門役 宮田健二(前・日高育成牧場業務課)

陰睾について

陰睾とは
 睾丸(精巣)は胎子期にはおなかの中に位置し、生後数日のうちに陰嚢内に下降します(精巣下降)。この精巣下降がうまくいかず、精巣がおなかの中に留まったものを陰睾(正式には潜在精巣)と言います。おなかの中に留まった精巣(潜在精巣)は造精能がなく、また男性ホルモン(テストステロン)の分泌能も低くなります。

誤った去勢
 去勢とは、両方の睾丸を摘出することを指します。陰睾馬を去勢する際には潜在精巣も摘出しなければいけません。実際、片側の精巣のみが下降している片側性陰睾で、下降している精巣のみを摘出し、潜在精巣を残してしまうと、雄性行動が残ってしまうため去勢の意味がありません。ところが、しばしば片側性陰睾において潜在精巣を摘出せず、下降している一方のみを摘出して「セン馬」としてしまうことがあります(図1)。特に乗用馬では獣医師でない者が去勢することもあるようで、しばしば「セン馬のはずなのにメスに反応する」という相談を受けます。

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図1 片側性陰睾で片方のみ摘出した馬。同馬は潜在精巣があるためオスだが、外見上セン馬と区別がつかない。

セン馬?オス馬?
 セン馬は日本ダービーをはじめとする一部のレースに出走できませんし、性別は勝馬投票券の検討要因としてお客様に開示していますので、牡馬とセン馬とを明確に区別する必要があります。乗馬においては、競技上の大きな問題はないかもしれませんが、競馬よりも初級者が取り扱う場面が多く、牝馬と混合飼養している厩舎で事故を招くリスクにもなります。
陰睾のほとんどが片側性であり(いわゆる片金)、この場合にはもう一方の精巣が陰嚢内に存在しますので鑑別は容易です。しかし両側性の場合には外見上オスかセン馬か判断ができずに問題となります。日本では競走馬の去勢はそれほど多くありませんが、ウマにおける陰睾の発生率は5~8%と他の動物より高いこと、若馬は興奮時睾丸が挙上しやすいことなどから、陰睾馬とセン馬の鑑別に悩むシーンは決して珍しくありません。
 
従来の鑑別法
 では、外見上判断が難しい陰睾馬とセン馬はどのように鑑別するのでしょうか?従来の検査法を表1にまとめました。手術痕の確認、健康手帳の去勢手術証明は簡便ではありますが、手術痕は次第に小さくなりますし、獣医師でない方が手術する場合には証明を記載しないこともあるようで、確実とはいえません。
エコー検査で潜在精巣を確認することができますが、これも経験のある獣医師でなければ「ない」ことを証明するのは難しいものです。テストステロン検査においては、テストステロンが精巣以外の副腎からも分泌されていること、ウマは季節性があり冬季には牡馬であっても著しく低下することなどから確実ではありません。そこで、hCG負荷試験が推奨されています。hCGは牝馬に排卵を誘発する薬剤ですが、オスに投与すると男性ホルモン産生を促します。つまり、hCGを投与して男性ホルモンが上昇すれば精巣があるオス(陰睾)、上昇しなければセン馬ということです。ただし、これも性成熟していない1歳未満や冬季はオスであっても反応性が低く、判断できないこともあります。また、本検査法は二日にわたる複数回の採血が必要であること、競走馬において人為的にテストステロン産生を促すことはドーピング上好ましくなく、手軽に実施しづらいというデメリットがあります。

新たな診断方法
 上述のように、意外と厄介な鑑別検査ですが、当研究室で測定しているAMHというホルモンを測定することで簡単に鑑別できることが分かりました。AMHは精巣から分泌されるホルモンで、陰睾馬はオスと同程度の血中濃度を示す一方、セン馬はゼロとなります(図2)。AMHがテストステロンと違う点は、精巣のみから分泌されることに加えて季節性がなく、幼少期も十分に分泌されているという点です。AMHをこのような目的で利用することは人間界ではなく、ウマ特有の利用法と言えるでしょう。

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表1 オス馬・陰睾馬・セン馬の鑑別検査法

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図2 牡馬と陰睾馬でAMHが検出されるのに対し、セン馬では検出されない

日高育成牧場・生産育成研究室 村瀬晴崇

馬の創傷(キズ)治療

馬を放牧から上げてみたら、キズだらけ・・・。この様な馬のキズは、どのように処置するのが良いのでしょうか?今回は、馬のキズを治療する際のポイントについて考えてみたいと思います。

キズを観察する
まず、キズの周囲や中の汚れを水道水でしっかりと洗い流し、出血を布やガーゼで押さえて止血をしてから、キズを良く観てみましょう。どの様なキズか観察することがキズを治す最初のポイントとなります。
キズの種類には、擦りキズ、切りキズ、裂きキズ、刺しキズなどがあります。その大きさや深さ、部位によって対処の仕方は少し異なりますが、キズが治っていく共通の過程を理解することで、キズを早く治すことができます。

キズが治る過程を知る
キズが治っていく過程は、大きく分けて4段階に分けられます(表1)。①傷害された部位からの出血が、血液凝固によって止まる。②炎症反応により、キズの中に入り込んだ異物やバイ菌、死んだ組織が除去され、同時に、組織の修復を誘導する生体反応が起こる。③失われた組織を埋める肉芽(にくが)組織が増殖する。この肉芽組織には細胞増殖に必要な毛細血管や組織の構造となるコラーゲン線維が豊富に含まれています。④肉芽組織がコラーゲン繊維の収縮により次第に縮小し瘢痕化する。

1_16 (表1) 創傷治癒過程
① 血液凝固期 血を止める →かさぶた形成
② 炎症期 異物やバイ菌、壊死組織の除去 →キズ腫れ
③ 増殖期 肉芽の増殖 →ジュクジュク滲出液
④ 成熟期 肉芽の収縮 →キズあと

一次癒合と二次癒合
異物や感染などが無く、受傷後間もないキズは、縫合することで炎症期と増殖期を短縮させ早期に治癒することが可能になります(一次癒合)。一方、異物や汚れ、感染の可能性があるキズ、組織の大きな欠損や関節部などの可動部位で縫合ができないキズは、開放創として二次癒合させることになります。キズを治すには、一次癒合でも二次癒合でも創傷治癒過程が順調に進むようにすることが重要なポイントとなります(図1)。

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(図1) 球節部の裂きキズの治癒過程
1:受傷後3日目;縫合不可なため二次癒合を期待し治療を開始。 2:受傷後21日目;欠損部は良好な肉芽組織で埋り収縮、包帯終了。 3:受傷後24日目;肉芽の上部は「かさぶた」となり中の肉芽はさらに収縮し瘢痕化。

湿潤療法の応用
通常、キズは血液凝固期に「かさぶた」が作られ、その表面が覆われます。キズは、この「かさぶた」に守られ炎症期・増殖期を経て修復されます。しかし、大きなキズでは「かさぶた」が剥がれたり、出血や腫脹を繰り返したりして、良好な肉芽組織が増殖できず、キズの治りが遅れてしまうことがあります。そこで、新しいキズ治療の概念である「湿潤療法」の馬への応用を試みました。この湿潤療法とは、「かさぶた」の代わりに被覆材を用いてキズを覆ってしまうことで、キズの治癒環境を整え、より早い治癒を期待するものです。図2には、代表的な医療用の被覆材を示しました。人医療では、被覆材の種類はキズからの滲出液の量によって使い分けられます。しかし、馬ではキズからの滲出液の量が人とは比較にならないほど多く、また皮膚は毛で覆われているため、これらの被覆材をキズの上に直接貼り付ける方法は現実的ではありません。そこで、被覆材をコットンバンテージの方にスリット状に貼り間接的に巻き付ける方法を考案し(図3)、試したところ、滲出液のコントロールが上手くいき、適度な湿潤環境が保たれ、キズの治りも早くなることが確かめられました(図4)。

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(図3) 馬への湿潤療法の応用
A:コットンバンテージなどの包帯にポリウレタンフィルム被覆材(OPSITE FLEXIFIX 5cm)をスリット状に貼り、患部に巻き付ける。B:余分な滲出液は吸い取られ、適度な湿潤環境が保たれる。初期の頃は、毎日交換する必要があるが、状態をみながら交換期間を延ばすこともできる。ポリウレタンフィルム被覆材は安価なのも利点(3円/cm程度)。

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(図4) 管骨背面に作成した皮膚欠損創に対する湿潤療法の効果
A上段:メロリンガーゼ包帯使用。
B下段:ポリウレタンフィルム被覆材(OPSITE FLEXIFIX)貼り付け包帯使用。
左列:キズ作成3日目。右列:キズ作成14日目。
ポリウレタンフィルム被覆材をコットンバンテージにスリット状に貼り付けた包帯は、巻き替え時にキズを傷つけることもなく、良好な肉芽形成が期待でき、治癒も早いことが確かめられた。

最後に
馬の臨床現場では、感染や外部からの物理的刺激が多く、炎症期や増殖期がだらだらと持続し、不整肉芽が増殖する慢性創になってしまうキズがしばしば見受けられます。特に下肢部の皮下に筋組織の無い部位や関節部のキズは、治りが遅いキズと言えます。キズから飛び出した不整肉芽はキズの治りを遅らせてしまいます(図5)。キズの修復過程を見極めながら、上手く組織欠損部に肉芽を導いてあげることがキズを治す最大のコツと云えます。たかがキズと侮ると取り返しの付かないことにも成り兼ねません。信頼のおける獣医師に相談しながら、キズの早期治癒を目指しましょう。

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(図5) 飛節下部(1)および後肢の球節上部(2)の不整肉芽隆

生産育成研究室 研究役・佐藤文夫

競走馬の初出走体重

中央競馬の北海道開催も始まり、2歳馬たちが競馬にデビューしています。国内で行われる競馬では、一般の競馬ファンの方々を対象として、出走時の体重が必ず公表されます。競走馬の体重の軽重そのものが、競走能力に優劣をつけるものではありませんが、ファンの方々は、以前の出走時体重との比較から、馬のコンディションを判定し、馬券推理の参考にされているのではないでしょうか。その意味において、比較する対象のない初出走時の体重には、その馬のコンディションを知るための情報は含まれていないといえます。
 サラブレッドの成長期間は、5歳秋頃までであるといわれています。したがって、競走馬がデビューする2歳もしくは3歳時は、まだ成長の途中にあります。つまり、初出走時の体重は成長途中の体重であるといえます。今回、この初出走時の体重を様々な角度から検証してみたいと思います。

初出走時の体重とそれ以降の出走時の体重
 1985年から2014年の間に生まれた中央競馬所属の競走馬126,183頭について調べると、初出走時の平均体重は、牡473kg・牝439kgでした。一方、年齢別に出走時体重の平均をみると、2歳から5歳時にかけては、年齢が増えるとともに出走時体重が増加していること、そして5歳以降はほぼ変化していないことがわかります(図1)。この2歳から5歳にかけての体重の増加は “成長分”といえるのではないでしょうか。

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図1:年齢ごとの平均出走時体重の変化
1985年から2014年に生まれた中央競馬所属の競走馬について、年齢ごとの出走時体重の平均値を性別に示した。5歳までは年齢が増えるごとに出走時体重の増加がみられたが、5歳以降は、牡・牝ともに変化はほとんどみられなかった

生年度別の初出走時体重の変化
 近年、“競走馬は大きくなっているだろうか?”という、話題をたまに聞きます。1985年から2014年生まれの初出走時体重の平均を、年度ごとにグラフで示しました(図2)。牡・牝ともに、1989年から2000年代前半にかけて、初出走時体重には増加の傾向がみられ、1989年頃に比較すると約10kgの増加が認められます。そして、その後はほぼ同じ程度の体重で推移しているのがわかります。一方、育成後期のトレーニング量増加や競馬番組の変化などもあり、初出走時の月齢は年々低下していることがわかります。(図3)。この傾向は特に2000年代になって顕著になっているようです。これらのことは、初出走時の年齢は若年齢化しているのにもかかわらず、初出走時体重は増加していることを示しており、競走馬は近年大型化しているのではないかといえそうです。

2_12図2 出生年度における初出走体重の変化
 牡(上図)と牝(下図)の両者において、1989年から2000年代前半にかけて、その年の産駒の初出走時体重は右肩上がりに上昇する傾向がみられた。1989年生まれと1999年生まれの初出走時体重の平均を比較すると、牡・牝ともに約10kgの増加がみられた。

3_9 図3 出生年度における初出走時の月齢の変化

出生時体重が初出走体重に与える影響
 “三つ子の魂百まで”とは、幼い頃の性質は、大人になっても変わらないことを意味する故事ですが、馬の体重についても同じことがいえるでしょうか。日高育成牧場で生産されたホームブレッドの出生時体重と初出走時の体重との関係を調べました(図4)。両者の関係は科学的には “相関関係がある”といえますが、出生時の体重が将来の競走馬時期の体重を決定してしまうといえるほど、その関連性が強いともいえません。出生時の体重には、両親からの遺伝だけでなく、母馬の産次や出産時期の気候などの環境要因、あるいは妊娠期間なども影響すると考えられます。さらに、出生してから競走馬になるまでの期間の飼養環境ならびに飼養管理も競走馬時期の体重にもたらす影響は少なくないともいえるでしょう。

4_6 図4 出生時体重と初出走体重の関係
 出生時体重と初出走体重の相関関係を調べたところ、両者には有意な相関がみられた(p < 0.01)。

最後に
まだまだ、今回の解析だけでは、初出走時の体重についていえることは多くありません。育成期の発育をグラフで描くことでイメージすると、到達点が初出走時といってもよいかもしれません。初出走体重というものを理解することは、育成期の若馬の理想的な発育を知る一助になるのではないかと考えています。

日高育成牧場生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

ローソニア感染症(馬増殖性腸症)について

 今回は2009年に国内で初めて発症馬が確認されて以来、すさまじい速さで生産地に広がっているローソニア感染症の原因・症状・診断と治療・予防対策についてご紹介させていただきます。

原因
 ローソニア感染症は、Lawsonia intracellularis (Li)が腸の粘膜細胞に寄生し、粘膜を著しく肥厚(増殖)させることから、増殖性腸症と呼ばれています。Liに感染した馬の多くは症状を示さない不顕性感染ですが、発症しない場合でも大量の菌が糞中に排出されます。Liは、糞と一緒に排出されてから2週間程度は生き続けます。その間に他の馬が口から菌を摂取してしまうと、新たな感染馬となってしまいます。感染馬が糞中に菌を排出する期間は非常に長く、半年以上に亘ることもあります。症状を全く示さない馬が長く菌を排出し、また発症馬の潜伏期間も2~3週間と長いため、Liの侵入を防ぐのは容易なことではありません。

症状
 ローソニア感染症は、当歳馬の離乳時期や寒さが厳しくなる冬など、ストレスにより免疫力が低下する時期に多く発症します。症状は、下痢や疝痛、発熱など様々ですが、最も特徴的且つ厄介なのは、低タンパク血症です。低タンパク血症は、Liに寄生された腸の粘膜細胞が病的に増殖するため、タンパク質などの栄養を腸で吸収できなくなることにより引き起こされます。食物を摂取しても栄養が吸収できないため発症馬の体重は著しく減少し(図1)、重篤なものでは死亡することもあります。

診断と治療
診断には、低タンパク血症がカギとなります。発熱や下痢、疝痛等の症状がある馬で、血液中のタンパク質量が極端に減少している馬はローソニア感染症が強く疑われます。重篤化してしまったものでは、腹部超音波検査で通常の倍近くまで肥厚した小腸が観察されることもありますが、そこまで症状が進行してしまった場合は治療が長びくことが予想されます。治療は、抗生物質(オキシテトラサイクリンやドキシサイクリン)が効果的ですが、治療が遅れると回復に長い時間を要するため、早期診断と早期治療が非常に重要です。

予防対策
Liは、パコマ(250倍希釈液)や、ビルコン(100倍希釈液)などの消毒薬を使用することで消毒できます。しかし、最近実施された疫学調査では、発症馬と同居していた馬の60%以上、多い所では100%の馬が感染していました。不顕性感染が多いことを考慮すると、発症馬が確認された時には既にLiが畜舎に蔓延している可能性が高いと言えます。そのため、発症馬を一時的に隔離しても効果は期待できません。そこで最近注目されているのは、豚用ワクチン(図2)の投与です。ワクチン30mlを口もしくは肛門から、30日間隔で2回投与します。あくまでも豚用のワクチンではありますが、一定の効果は期待できるようです。しかし、感染が確認されてから慌ててワクチンを投与しても効果はありません。ストレスが増える時期を予測して、予め投与しておく必要があります。
最後に、どんな病気に対しても言えることですが、予防対策は日々の健康観察を確実に行ことが大切です。体温や飼食い、便の状態などに異常を認めたら、できるだけ早く獣医師に相談することをお勧めします。感染してしまうのはある程度仕方がありませんが、早期に発見して適切な治療をすれば、重症化することは少ないようです。一年で最も気温が下がるこれからの時期には特に注意してください。

1 図1:1歳の発症馬。2週間程で体重が100kg減少し、回復に3ヶ月を要した。

2 図2:市販されている豚用ワクチン。

(文責 日高育成牧場 業務課 宮田健二)

若馬の昼夜放牧管理について:その1

はじめに
サラブレッドは約2世紀に渡る歴史の中で、速く走るための育種改良が行われてきました。したがって、血統的に優れた馬の子孫は走る確率は高く、競走馬の生産において交配理論が重要であるのは否めない事実です。一方、国内の生産現場においては、イギリスやアイルランド、フランス、アメリカ、カナダなどの競馬先進国から競走馬の生産・育成技術を導入し、飼養管理技術の向上を図ることで、競走馬の質が大きく向上してきました。この飼養管理技術の向上による競走馬の資質の向上とは、サラブレッドが本来持っている遺伝的な潜在能力を環境要因により上手く引き出した結果であると云っても過言ではありません。競走馬の生産において、誕生から競走馬としてデビューするまでの育成期における飼養管理や馴致、調教などの重要性が益々見直されるようになってきているのが現状です。
そこで今回は、育成期の若馬の健全な発育に最も重要である放牧管理の中で、最近、多くの牧場で行われるようになってきた昼夜放牧について検討して行きたいと思います。

放牧の重要性
競走馬の一生の中で、最も馬体の成長が著しい時期は、誕生からブレーキングの行われる1歳の秋までの初期から中期育成の時期となります。この時期の若馬にとって大事なことは、大きく分けて、ブレーキングや調教(後期育成)に繋がる「基本的な馴致」と「健康な体づくり」となります。ここでは「健康な体づくり」について話を進めていきたいと思います。
若馬の「健康な体づくり」とは、具体的に云うと、腱靭帯・骨・筋肉・心肺機能・神経、内分泌・免疫などの健全な発育を促すこととなります。この健全な発育に欠かすことのできない要因の1つが放牧となるのです。サラブレッドの子馬は、早ければ生まれた翌日から母親と伴に放牧が開始されます。放牧時に行う自発的な運動は筋肉や骨、心肺機能の発育にとって重要な役割を果たすことが知られています。また、放牧地に生えている牧草は発育に重要な栄養素を提供してくれる飼料であり、天気の良い日には寝たりリラックスしたりできる休息場所でもあるのです。さらに、同年代の若馬と同じ放牧地に放牧されることにより、競走馬として必要不可欠な群れへの順応性の確立にも役立つと思われます(写真1)。

 

1_2 写真1 放牧地は「運動」、「栄養補給」、「休息」、「社会性」を提供してくれる場所となる


放牧の馬体に及ぼす効果
骨の発育にはカルシウムを多く摂取するだけでは十分ではありません。適度な運動をすることにより骨芽細胞が活発化し、骨形成のための効率良いカルシウムの利用が行なわれます。若馬において放牧時間が長い程、骨密度が増加するとの報告もあります(図1)。さらに、実験的に当歳馬に毎日トレッドミルによる常歩運動を加えると、小パドックで1日4時間のみ放牧されている馬に比べて腱の発育が早かったことが報告されています(図2)。これらのことから、放牧による運動は若馬の骨や腱の健全な発育にとって不可欠だと考えられます。
 

2_2 図1 放牧が骨密度に及ぼす影響 (Bell R. A. et al. 2001 改変)

3 図2 子馬における浅屈腱横断面積の変化 (Kasashima et al. 2002 改変) 

昼夜放牧
国内の生産地では、生後3ヶ月齢を過ぎると、母馬と一緒に昼夜放牧を行う子馬の姿が認められるようになります。放牧中の移動距離をGPSで測定すると、2ヶ月齢までの昼放牧を行っている期間は1日平均8kmであるのに対して、3ヵ月齢以降に昼夜放牧を開始すると、その移動距離は2倍以上に増加している様子が観察されました(図3)。また、1歳馬の昼夜放牧中の食草行動に関する報告では、16時から0時までの食草行動比率は82.7%と高く、夕方から夜間にかけての食草が活発なことが窺えます。群れの中で草原の草を1日中食べながら生活しているのが馬という動物の本来の姿であるとすると、放牧地にいることは馬にとって健康的であると思われます。成長期の若馬にとっても、運動と栄養、精神面や社会性の獲得など様々な観点から昼夜放牧の有効性が注目されているのです。

4(図3)昼夜放牧時の移動距離 


JRA日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

若馬の昼夜放牧管理について:その2

 前回は放牧の重要性や放牧が馬体に及ぼす影響について、簡単に解説し、現在広く普及してきた昼夜放牧の特性について解説しました。今回は、さらに昼夜放牧について解説することにします。

 

厳冬期の昼夜放牧管理

馬産地である日高地方の12月から4月の最低気温は氷点下となり、放牧地は氷と雪で覆われます(写真3)。この厳冬期に昼夜放牧を行った時の当歳子馬の放牧地における移動距離は、最低気温の低下とともに減少し、日長時間の増加と気温の上昇とともに増加する様子が確認されます(図3)。また、この時期の体重増加は停滞し、4月以降に急激に増加する(リバウンド)現象が認めらます(図5)。一般にサラブレッドは、1歳の春に起こる春季発動に合わせて、性ホルモンや成長ホルモンの分泌が盛んになり、増体量が増える現象が認められます。しかし、厳冬期に停滞した状態からの急激なリバウンドは発育期整形外科的疾患(DOD)の発症要因となるため、望ましいものではありません。厳冬期における昼夜放牧管理については、適切な運動量と栄養状態を確保しながら、緩やかな成長を促す放牧管理方法の検討が必要になるのです。

 

1_3 写真3 厳冬期の放牧風景

雪に覆われた放牧地では、風除けや餌場からあまり動かないことも多い。

2_3 図4 当歳子馬の昼夜(22時間)放牧における移動距離と気温、日長時間との関係

昼夜放牧により運動量の増加が認められる。

3_2 図5 昼夜放牧実施子馬の成長曲線(体重)

厳冬期に増体が停滞し、4月以降のリバウンドが認められる。

 

 

昼夜放牧のメリットとデメリット

昼夜放牧のメリットとデメリットについて、思い付くものを表1に挙げてみました。

メリットについては、前述の運動量の増加に伴う成長の促進の他に、馬房滞在時間の短縮による寝藁代や人件費の経費削減なども考えられます。実際に、寝藁の交換は1週に一度程度で良くなるため、その使用量は節約され、空いた時間を馬の馴致や放牧地の管理に充てることが可能となります。一方でデメリットも幾つか存在します。特に夜間は目が行き届かないため、事故やケガを起こす可能性が増加します。1日一度は馬房に収牧し、飼付を行い、個体のチェックをする必要がありますが、短い馬房の滞在時間では一度に栄養要求量を十分摂取させることができないため、放牧地で飼付けするなどの飼料管理方法の工夫が必要になります。さらに、初めて昼夜放牧を実施する場合には、広い放牧地(2ha以上)の確保や牧柵、ヒート式水飲み場、雨風を防げるシェルターなどの整備が必要となります。放牧地は疲弊し荒廃するため、草地管理も重要な課題となります。


4_2 表1 昼夜放牧のメリット・デメリット

最後に

競走馬を生産する上で、どのような馬づくりを目標とするかは牧場により様々です。例えば、オーナーブリーダーとして自分で競馬に走らせ、賞金を稼ぐような走る馬をつくるのか、マーケットブリーダーとしてリスクを少しでも回避する方法を取りながら、市場で高く売れる馬をつくるのか、その経営方針によって飼養管理方法は大きく異なってきます。しかし、何れにしても若馬の飼養管理においては、丈夫で健康な体づくりは重要な要素となります。丈夫な体を作る上で、放牧は欠かせない要素となりますが、日本の気候風土に特有の放牧管理については、まだまだ改良の余地がある部分です。若馬の飼養管理方法の改良が、サラブレッドの持つ優れた競走能力を益々引き出す要因であることは間違いありません。

 

JRA日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

【海外学術情報】 第62回アメリカ馬臨床獣医師学会(AAEP)

はじめに

AAEPは、馬に関する調査研究や臨床教育、最新の医療機器や飼料などの展示も行われる学会です。2016年はフロリダのオーランドで12月3~7日に開催され、世界各国から約2,300人の馬臨床獣医師が参加しました(図1)。日本からは、私の他にも数名の日高で顔なじみの臨床獣医師さん達が参加しました。今回はこの学会の中から興味を持った演題について3つ紹介したいと思います。

 

  • 大腿骨内側顆のX線異常所見の発生とその変化について

北米では11月の当歳セリに向けて、離乳直後の時期にX線スクリーニング検査が行われるのが一般的で、その結果をもって売却方針や治療方針が決められています。その後も、当歳・1歳・2歳とセリに出る度にレポジトリー資料用のX線検査が何度か行われます。Dr. Spike-Pierce(Rood and Riddle Equine Hospital)は、そのX線資料を解析し、離乳後の当歳馬の約5.3%(76/1,444頭)の大腿骨内側顆にすでにX線異常所見が認められることを報告しました。このことから本疾病の発生時期も他の部位に発生する骨嚢胞や離断性骨軟骨症と同様に、成長盛んな離乳前後であることが分かります。さらに、異常所見の経過を解析したところ、その約6割は1歳セリまでに良化していました。一方で、関節面に1.5㎝以上のX線透過像を有する場合やシスト像の所見を有する場合は、改善しない割合が高くなりました。骨嚢胞を有する場合、運動制限は有効な対処法の1つであり、当歳馬のX線スクリーニング検査は、所見の早期発見・早期治療に有用であると考えられます。また、大腿骨内側顆の軟骨下骨嚢胞はセリでの馬の価格を下げる要因となってしまいますが、僅かなX線所見(図2)の場合は良化することも多く、競走パフォーマンス下げる要因では無いことも強調していました。

 

  • ヘパリン投与による馬ヘルペス脊髄脳症(EHM)の発症防御

EHMは、馬ヘルペスウィルス1型(EHV-1)感染による重篤な症状の1つです。EHV-1感染症は馬鼻肺炎とも呼ばれ、生産地では若馬の呼吸器病や妊娠馬の流産・死産を引き起こすことから、気を付けなくてはならない病気です。講演では最近発表されたトピック論文としてDr. Walter J.(Zurich大学)の研究が紹介されました。EHV-1感染では2峰性の発熱が起こることが知られていますが、最初の発熱(38℃以上)が認められた時点で抗凝血薬であるヘパリン製剤(25,000単位・1日2回)を3日間投与することで、非投与群に比べて発熱期間およびEHMの発症が有意に抑えられたというものです。また、非投与群の発症馬の中には流産の発生が6頭含まれていましたが、投与群の中に流産の発生馬はいませんでした。EHMの発症は、ウイルスが感染する際に脳や脊髄の血管に血栓による障害が起こることで発症することが知られています。ヘパリンは血栓の発生を抑えるとともにウイルスの細胞への侵入を抑制する作用も考えられていますが、まだ発症防御メカニズムの詳細に関しては解明されていません。現在、EHV-1による妊娠後期の流産予防にはワクチン接種や消毒の徹底が有効とされていますが、発症の拡散防止にヘパリンによる治療も有効となれば素晴らしい発見です。今後の更なる研究が期待されます。

 

  • リハビリテーション管理における関節可動領域の改善処置

リハビリテーションの目標は、健全な機能をなるべく短期間の内に元の状態に戻すことです。馬でも腱靭帯炎や骨折や関節疾患により長期間運動を制限されることで関節可動域が減少してしまう場合があります。Dr. Adair S.(Tennessee大学)は、超音波やレーザー治療、加温や冷却療法、スイミングプールやウォータートレッドミルなどを使用したリハビリテーション管理を紹介する中で、慢性期におけるプログラムとして横木(おうぼく)障害の利用について紹介していました。横木を馬が跨ぐことにより、関節の可動域を広げることが可能になるだけでなく、末梢神経を介した運動感覚機能も改善されるというものです。横木の高さや配置を変えることで関節の可動域を調節することも可能になります。この横木を利用した運動は、健常な中期・後期の育成馬にも応用可能であると思われます。普段の飼養管理や調教の一部にアレンジして取り入れてみるのも良いと思いました。

 

最後に

海外の学会に参加することで、最新の様々な情報を得ることができます。一方で、近年は日高発の調査研究や獣医診療技術が紹介される機会も増えてきていると実感します。海外の研究成果や飼養管理技術を学び、応用可能なものを導入していくことはもちろん有用ですが、今後は日高発の研究成果を海外の国際学会の場で積極的に発信していくことが日本の馬産業が世界で同等に関わり続けていく上でとても大切なことと思われます。今後も日高育成牧場で行う調査研究へのご理解とご協力を宜しくお願い申し上げます。

 

1_4 (図1)AAEPメイン会場での講演の様子

 

2_4 (図2)大腿骨内側顆の関節面に認められる僅かなX線透過像

当歳の離乳時期に発生することが多いが、1歳時までに良化するものが多い。

 

3_3 (図3)横木を跨ぐ様子

横木などの障害を利用することで関節の可動範囲を広げることができる。

生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

正常分娩と難産の見極め

出産シーズンの生産牧場において、子馬が無事に産まれてくることが何よりであることは言うまでもありません。しかし、人為的介助を必要としない正常分娩はおよそ9割と言われており、残りの1割は何らかの対応や処置が必要となります。

特に分娩時の胎子の異常に起因する難産に対しては、正確かつ迅速な判断が求められます。なかでも最も重要なジャッジは「病院への輸送」です。ここでいう病院とは、「二次診療施設」、すなわち全身麻酔下での整復および帝王切開が可能な病院を指します。

病院に連れていく判断、つまり「牧場現場での整復が不可能であると判断」するうえで重要なことは「正常分娩との違い」を見極めることです。

正常分娩では、①陣痛症状の発現→②破水→③足胞(羊膜に包まれた胎子の蹄)の出現→④娩出がスムーズに進みます(図1)。これに反して、①から④の進行がスムーズではなく、いずれかのポイントで停滞した場合には、何らかの異常が疑われるため、獣医師による整復や病院への輸送を考慮すべきです。

1_5 分娩に際しては、時間経過の把握も極めて重要です。

一般的には、②破水から③足胞の出現までは5分以内、②破水から④娩出までの時間は20~30分程度ですが、いずれも個体差がみられます。特に娩出までの時間は、経産馬では出産を重ねる毎に時間が短縮される傾向がみられ、5分間程度で終了する場合もある一方、初産馬は時間を要することが多いようです。

なお、破水から40分を経過しても胎子が娩出されない場合は、胎子の生死に関わる異常の可能性があります。獣医師の到着や病院への輸送時間を逆算して、できるだけ早い段階で異常兆候を把握して、正確な判断を下す必要があります。

以上のことから、正常分娩で認められる①陣痛→②破水→③足胞出現→④娩出までの進行にスムーズさを欠き、経過時間の著しい延長が認められた場合には、病院への輸送を決断するべきです。

正常分娩の進行

では、正常分娩の進行について具体的に説明します。

①陣痛症状の発現

陣痛は疼痛程度や持続時間に個体差があり、分娩の数日前から兆候が断続的に認められることや、数日間の間隔が空くことも珍しくありません。しかし、著しい疼痛や不穏な状態が、長時間にわたり持続するにも関わらず破水が認められない場合には、何らかの異常があると考えるべきです。

②破水

正常分娩と難産を見極めるうえでの重要なポイントは破水です。破水とは、胎子を包んでいる二重の膜の外側である尿膜絨毛膜の破裂にともなう尿膜水の排出です。

前述したように明瞭な陣痛症状が長時間継続しているにも関わらず破水が認められない場合、破水から5分を経過しても足胞が出現しない場合にも何らかの異常があると考えられます。なお、破水後には膣内の胎子の状態を確認します。正常であれば、触知によって蹄底を下向きに伸展した両前肢と鼻端を確認することができます(図2)。

2_5 なお、陣痛発現から破水まで、子宮内の胎子は図Ⅰから図Ⅳのように母馬の背中に対して仰向けの状態から回転しながら膣外口に向かいます(図3)。多くの場合、図Ⅳの姿勢で破水を迎えますが、まれに図Ⅱや図Ⅲの状態で破水することがあります。これらの場合、蹄底が上向きもしくは横向きの状態で触知されることがありますが、心配いりません。母馬の起立と横臥の繰り替えしや、馬房内での常歩運動により自然に正常な姿勢に至ります。

3_4 ③足胞の出現

破水から5分以内に足胞が出現します。正常な羊膜は白っぽく、滑らかで光沢があり、羊膜中の羊水は透明です。

以下の場合は異常ですので注意してください。

・破水から5分以内に足胞が認められない。

・羊膜内に胎子の蹄が認められない。

・羊膜が肥厚している。

・羊水が緑~茶色に混濁している。

・羊膜ではなく尿膜絨毛膜の赤い胎盤(レッドバック)が認められる。

④娩出

娩出の際、頻繁に寝返りを打ったり、横臥と起立を繰り返したりすることも少なくありませんが、著しい場合は何らかの異常が発生している可能性があります。

日高育成牧場 業務課長

冨成雅尚