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2021年2月

2021年2月 1日 (月)

馬の跛行を見つけるポイント

跛行の定義とその原因

馬が歩様に異常をきたしている状態を「跛行」と言い、病名ではなく症状を指す言葉です。跛行している馬は、体のどこかに何らかの疼痛や機能障害を有しているため、正常な運歩ができない、あるいは運動を嫌っていると考えられ、様々なデメリットが生じることになります。例えば、跛行している馬が育成馬や競走馬であれば調教メニューの消化が困難に、繁殖牝馬であればストレスや運動不足から妊娠の維持や分娩に悪影響が出るほか、授乳中であれば母馬に連れられた子馬の運動量まで減少させてしまいます。また、骨格形成が未熟な子馬であれば、痛みのある肢をかばう不自然な姿勢が続くことにより肢勢異常などの発育障害につながる場合があります。その上、この肢勢異常が更なる跛行の原因になってしまいかねません。このように、馬のライフステージのほぼ全てに悪影響を与えてしまう跛行の原因として、骨折、関節炎、腱や靭帯の損傷、筋肉痛、蹄病、外傷および局所感染などが挙げられます(図1)。いずれの場合も早期に発見し、適切な治療を開始することが重要となります。

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図1:跛行の原因となる怪我や病気

当然ながら、跛行の原因を診断し、骨折や感染症などの原因に対する治療は獣医師が行うものですし、若馬の肢勢異常などに対する装蹄療法は装蹄師の範疇です。とはいえ、跛行に対しては前述したように早期発見が重要ですから、飼養者の皆さんによる愛馬のチェックが最も重要だと言えます。そこで今回は、跛行発見のチェックポイントをご紹介します。

 

跛行の分類

一口に跛行と言っても、獣医学的にはその肢の運びによって数種類に分類されています。肢に体重を乗せた際に疼痛を示すものを支柱肢跛行(支跛=シハ)、肢を挙げるとか前に振り出す際に疼痛を示すものを懸垂肢跛行(懸跛=ケンパ)、これら両方が混ざったものを混合跛行(混跛=コンパ)と呼んでいますが、今回は骨折や蹄病等の運動器疾患の発見に重要な支跛について解説します。

 

跛行の検査

馬は一定のリズムを刻みながら歩行しています。跛行している馬ではこのリズムが乱れることになります。自分(検査者)以外のもう一人の協力者(ハンドラー)に平地で馬を真っ直ぐに引いてもらい、その際の運歩を前後左右から見る、あるいは検査者を中心とする円弧を描くように歩かせてもらい、内側から見るのが基本となります。歩様は、4拍子でゆっくりと進む「常歩」(図2)、次に2拍子で進む「速歩」(図3)で馬を引いてもらいます。特に速歩では一本の肢にかかる負荷が大きくなるため左右のどちらの肢の跛行なのか判別しやすくなります。

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図2:常歩の特徴

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図3:速歩の特徴

 

しかし、訓練されていない検査者が目で見て馬の跛行を判断することはなかなか困難なものです。そこで、視覚だけでなく聴覚も使って検査することで跛行の検査が容易になることがあります。馬の歩行には必ず足音が伴いますが、この足音のリズムは正常な歩様の馬であれば一定のはずです。したがってこのリズムに集中し、その乱れを感じ取ることができれば跛行の有無やどの肢の跛行かを発見できることになります。

 

前肢と後肢の支跛のチェックポイント

前肢の支跛は、頭部の上下動に注目します。跛行している側の肢に負重した際に疼痛を伴って頭部を上げる動作を見せます(図4)。動画も参考にしてください。参考YouTube動画『馬の跛行(支跛)を簡単に見つけるポイント【前肢編】』

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図4:前肢の支跛

後肢の支跛は、腰部の上下動と球節の沈下具合に注目します。跛行している側の腰の上下動が大きくなるほか、負重している時間も短縮します。また、正常な側に負重する時間が延長するために正常な後肢の球節がより深く沈下します(図5)。動画も参考にしてください。参考YouTube動画『馬の跛行(支跛)を簡単に見つけるポイント【後肢編】』

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図5:後肢の支跛

今回は、跛行を発見する際のチェックポイントをごく一部だけご紹介させていただきました。しかし、皆さんがどの肢が跛行しているのかなどと、いきなり正確に見極める必要はありません。常日頃から愛馬の動きや仕草に注目し、「何か変だぞ?」と普段と異なる些細な変化に気づくことが重要なのです。また、些細な変化を獣医師や装蹄師にご相談いただくことも重要です(診断、治療や対処は、獣医師や装蹄師にお任せください)。

 

グリーンチャンネルの動画

今回一部をご紹介した跛行診断について、症例動画などを交えての解説をグリーンチャンネルの「馬学講座ホースアカデミー」で行っています(2018年1月)。こちらは、YouTubeでも視聴可能です。

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日高育成牧場 専門役 琴寄 泰光

飼養管理が馬の行動に及ぼす影響

いきなりですが、馬の飼養管理がその行動にまで影響を及ぼすということはご存知でしょうか? 馬は“不断食の動物”と呼ばれるように、1日24時間のうち14-16時間を採食に費やすのが生来の習性です。しかし、こうした馬の生来の生活リズムも家畜化されたことによって、管理する側であるヒトの影響を大きく受けることになります。このヒトの影響を受けた生活リズムと生来のものとのズレが大きいと、 “異常行動”が発現することになります。

 

さく癖について

さく癖とは馬が前歯を柵などの固定物に引っ掛けて頭頸部を屈曲させ、独特のうねり声を出しながら食道に空気を吸い込む悪癖(図)のことを言い、前述の異常行動の一つに分類されます。日本では一律にさく癖と表現されることが多い口に関する悪癖も、欧米ではさらに細かく“crib-bite(クリッブ・バイト)”、“wind- sucking(ウインド・サッキング)”および” wood-chewing(ウッド・チューイング)”と使い分けられ、それぞれ別の動作を表しています。簡単にその違いを紹介すると、クリッブ・バイトは物を支点に空気を嚥下する動作、ウインド・サッキングは支点とする物を必要としない空気の嚥下動作、ウッド・チューイングは空気の嚥下はしないで単に物を齧る動作を指すという違いだそうです。

さく癖が悪癖とされる理由の一つに、疝痛の原因になりやすいことが挙げられます。その理由は未だ明らかにされていませんが、消化器官に大量の空気が入り込むことが関連していると考えられています。

 

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(図) 

さく癖とストレスとの関係

前述の通り、さく癖行動の発現は馬の家畜化と深く関係しています。欧米では繋養馬のうちさく癖のある馬は全体の4-6%とされていますが、野生馬での報告はほとんどありません(唯一、捕縛された野生馬にさく癖行動がみられたとの報告があります)。また、繋養馬のさく癖行動に関する報告を調べると、牧草の給与量が少ない場合にさく癖行動が発現しやすいとされています。一方で濃厚飼料の多給もさく癖の発現要因の一つと言われていますが、これも実は牧草の給与量が少ないことの裏返し(全体の飼料摂取量が同じとすると濃厚飼料摂取量の増加分だけ牧草摂取量が減ることになります)と考えられます。また、動物種による多少の差はありますが、全ての動物には空腹感を合図とする食欲以外に、摂食するという行為自体への欲求もあることが知られています。牧草は嚥下するのに時間を要しますが、その給与量が減ると採食時間も短縮されることとなり、食欲は満たされても摂食欲は満たされないという状態になります。分かりやすく例えると、生命維持に必要な栄養を点滴で投与しても、実際に食塊を歯で噛み潰したり嚥下で喉を通過させる刺激がないと、広義の食欲は満たされないということです。日中の大部分を採食に費やすことが馬にとっての“生来の習性”であることから、このような採食時間(摂食行為)が不十分であることへのストレスを解消する手段としてさく癖を覚えるのだとされています。

一方、子馬については離乳によるストレスがさく癖を始める契機の一つとなることが知られており、さらに離乳方法によってもその発現に差があることが分かっています。馬房から母馬を連れ出して子馬だけを残す離乳方法は、放牧地で親子を離す方法に比べて子馬がさく癖を発現する割合が多くなりますが、これは前者の子馬にとってのストレスがより大きいためと考えられています。また離乳直前に哺乳回数の多い子馬ほど離乳後にさく癖を発現する場合が多いことも報告されており、成馬の摂食行為とさく癖との関係同様、哺乳行為への欲求が満たされないストレスが子馬のさく癖の発現契機になっているものと考えられています。

もっとも、さく癖についてはご存知のように他の馬を真似て始めることもありますから、一概にストレスが発現契機であるとも言えないところです。

 

易消化性炭水化物が馬の行動に及ぼす影響

 一方、摂取する飼料の違いが馬の行動にどのような影響を及ぼすかについて調べられた研究も多くみられ、そのほとんどは濃厚飼料に多く含まれるデンプンなどの消化しやすい炭水化物(易消化性炭水化物)を大量に摂取すると馬が興奮しやすくなるというものです。こうした理由で興奮しやすい馬に対しては、給与カロリーの総量を減らさずに濃厚飼料の一部を植物油や牧草に置き換えることで、馬が穏やかになるなどの効果が得られます。易消化性炭水化物が興奮作用を有することに関連し、そのような興奮作用を持たない植物油(脂肪)などは“クール・エナジー”(穏やかなエネルギー源)と呼ばれることもありますが、もちろんご存知の通り油に馬を穏やかにするような効果はなく、易消化炭水化物の摂取量を減らすことで馬本来の穏やかな気性が維持されるだけということになります。易消化性炭水化物が馬を興奮させる理由については未だ解明されていませんが、いくつかの仮説が唱えられています。易消化性炭水化物の摂取により脳の唯一のエネルギー源である血中グルコースが過度に上昇し、脳が覚醒されて感情が過敏になるのではないかという説や、易消化性炭水化物の摂取により消化器官(特に大腸内)のpHが下がることの不快感が馬をイラつかせて興奮させるという説などがその代表的なものです。

 

さいごに

本来であれば、野生の馬が決して感じることのないストレスを感じることや、口にする機会が少ない栄養への過剰摂取がさく癖のような馬の異常行動を発現させる契機となることがあります。これら異常行動は馬の健康を害するだけでなく、ハンドリングを難しくさせることにも繋がるため、管理する我々は馬の心と体にストレスを与えない飼養管理を目指さなければなりません。

 

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗

全国装蹄競技大会

毎年10月上旬に、宇都宮市の装蹄教育センターにおいて農林水産祭参加『全国装蹄競技大会』が開催されています。全国各地の厳しい予選を突破した装蹄師の精鋭たちによる技の祭典ですが、72回目を迎えた今年の出場選手は36名と過去最多となり、北海道地区からも6名の選手が出場を果たしました。出場選手の年齢も20歳から61歳までと幅広く、日本最大の競技会です。

審査は、『造鉄競技』『装蹄判断競技』『装蹄競技』の3種目について総合的に審査され、3位、優秀賞および最優秀賞と、各部門賞についての表彰が行われます。最初の種目である『造鉄競技』では、25分間の制限時間内に課題の蹄鉄を作製する技術を競います。今年の課題は1組の後肢用蹄鉄を作製することでしたが、この競技の上位16名のみに最後の『装蹄競技』に出場する権利が与えられることから、大会に参加する選手たちは普段の練習時間のほとんどをこの『造鉄競技』の練習に費やします。また、この競技では一つのミスが大きな減点となるため、どんなに熱心に日ごろの練習を積み重ねてきてもその成果を本番で発揮できなければ足切り対象となってしまい、キャリア数十年のベテラン装蹄師が最終種目まで進めないということも珍しくありません。

2番目の種目である『装蹄判断競技』は、主催者によって用意された1頭の馬について、立ち肢勢、歩様および疾病の有無を総合的に判断して適切な装蹄方針を組み立てることが要求される、記述式の種目です。「馬を総合的に見る目」は装蹄師の日常の仕事でも非常に重要な技術ですが、今年の厳しい予選を勝ちあがった出場選手の平均点は例年より高く、ハイレベルな争いとなりました。この種目の成績は最終的な合計得点には加算されないのですが、前述の『造鉄競技』同様に足切り的な役割を担っているために気を抜くことは許されません。と言うのも、最終種目の『装蹄競技』まで進んだ16名の選手のうち、最終的な総合順位の審査対象となれるのはこの『装蹄判断競技』の成績上位10名までに限られてしまうからです。したがって、『造鉄競技』と『装蹄競技』の合計得点は全体で一番だったにも関わらず、『装蹄判断競技』で上位10位以内に入れなかったため、総合順位の審査対象となれずに優勝を逃してしまうこともあり得るのです。

『造鉄競技』の成績上位16名で行われる最終種目の『装蹄競技』は、前肢1蹄の装蹄と課題の特殊蹄鉄1種の造鉄の双方を60分間の制限時間内に完了させ、その出来映えを競う競技です。審査は、前肢の装蹄については削蹄、装蹄用蹄鉄の造鉄および仕上げまでの一連の作業を、課題蹄鉄についてはその出来映えについて行われ、全570点満点中370点の配点と非常に大きな割合を占める種目です。したがって、選手たちが総合優勝を目指す上での一番の頑張りどころと言えるでしょう。もちろん、すべての競技に共通して機能美に秀でた製品を作ることが重要なのは当然ですが、この種目で高い評価を得るためにはコンテストならではの美しさも重要になります。競技のポイントで具体例を挙げると、削蹄における蹄叉や蹄底の削切時に凹凸を作らないことや、僅かな汚れのような部分の処理にまで細心の注意を払うということです。削蹄後も選手各自で蹄を採寸し、1本の棒状の鉄桿から採寸した蹄に合った蹄鉄を作製して装蹄するまでの一連の作業が求められます。この作業は、実は日ごろのサラブレッドの装蹄の仕事ではあまり行う機会がないため、これまでの経験だけでなく大会に向けた専用の練習も必要になります。仕上げにおいても釘節の位置、仕上がりの綺麗さや蹄鉄の適合具合などが厳正に審査されるため、些細な妥協も許されません。60分間という制限時間は意外に余裕がありそうに感じられるかもしれませんが、一連の装蹄作業と同時進行で課題の特殊蹄鉄の造鉄も行う必要があるため、かなり厳しい制限時間といえます。しかし、大会に参加する選手達は皆、制限時間をいっぱいに使ってより美しく、より精度の高い装蹄を目指して競い合うのです。

こうして丸一日を費やして開催される全国装蹄競技大会は『装蹄競技』を最後に本戦が終了しますが、競技終了後や合間を縫って本戦とは異なる内容で競う『エキシビションマッチ』や装蹄教育センター講習生による造鉄演技も行われます。また、海外の著名な装蹄師による特別演技やその外国人講師から各自が持ち込んだ蹄鉄についての審査が受けられる『ホームメイドシューコンテスト』も開催されます。近年、国内の装蹄師が海外の競技会に出場する機会も増えつつあり、このような外国人装蹄師との交流は我が国の今後の装蹄業界の発展にとっては必須といえます。

装蹄競技会と聞いてピンとくる人は少ないかもしれませんが、毎年、全国各地の装蹄師が自己研鑽のために競技会に参加しており、全国大会に出場できるのは厳しい予選を勝ち抜いたほんの一握りの装蹄師のみだというこということを知っていただけると幸いです。また、今回ご紹介した全国装蹄競技大会はどなたでも観戦していただくことが可能ですので、是非一度、足をお運びいただくことをお奨めします。文章では伝わらない、選手たちの熱気も感じていただけるはずです。

 

 

【本年の競技会成績】

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JRA日高育成牧場 業務課 装蹄師 吉川 誠人

米国の混合セリ

第223号でご紹介した米国の1歳セリ(Yearing Sale)に続き、今回は混合セリ(Mix Sale)についてご紹介します。

 繁殖牝馬、離乳後の当歳馬および現役競走馬を扱う混合セリは、日本のジェイエス繁殖馬セールにHBAオータムセールの当歳セッション(現在は1歳のみ)が合体したものをイメージしていただければ結構です。米国では5,000頭近くの馬が上場されるファシグティプトン社とキーンランド協会が主催するノベンバーセールが米国最大のセリとして有名ですが、一つのセリを異なる主催者がバトンタッチしながら開催するという面白いセリとしても知られています。例年、ブリーダーズカップの後にファシグティプトン社によって最初の1日が、その翌日から主催をキーンランド協会にバトンタッチし、約2週間にわたってセリが開催されます(表)。このような大規模なセリでは、1歳セリ同様に上場馬の血統や馬体が事前にセリ会社によって評価され、評価の高い馬から順にBook1からBook6までグループ分けされます。したがって、ファシグティプトン社とキーンランド協会のノベンバーセールBook1が米国の混合セリの2大頂点となります。

1_12 表.米国の主な混合セリ

 

 セールス・プレップ(セリ上場に向けた準備)やセリ会場での下見方法については、前回ご紹介した1歳セリと大差ありませんが(写真)、現役の競走馬が上場されることも珍しくなく(セリの後も競走馬として走ることも可能)、このような場合はセールス・プレップの時間がほぼないまま上場されます。上場馬の様子はというと、当歳馬はチフニー装着で跣蹄、繁殖牝馬と競走馬はチフニーかチェーンシャンクを装着して跣蹄あるいは両前のみの装蹄、現役競走馬はチフニーかチェーンシャンクを装着して四肢全肢の装蹄が施されていました。

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写真.下見の様子(キーンランド・ノベンバーセール)

レポジトリーについては、当歳馬は1歳馬と同様に内視鏡動画がない点以外は我が国とほぼ同じ、繁殖牝馬についても我が国同様にレントゲン画像はありません。現役競走馬についてはさらに3つにカテゴリー分けされており、Racing prospect(競走馬としての上場)あるいはRacing or broodmare prospect(競走継続でもあがり馬でもどちらの道も推奨)に分類されたものは1歳馬と同様のレントゲン提出が義務付けられていますが、Broodmare prospect(繁殖牝馬への転用を推奨)に関しては繁殖牝馬同様に提出義務はありません。また、1~2月に開催されるセリならではの事情として、妊娠馬がセリ会場の馬房で出産してしまうこともあります。このような場合、生まれた子馬は母馬の落札者に所有権が認められます。

さらに、日本では“ピンフッキング”と言えば1歳馬を購入して2歳時にトレーニング・セールで売るという選択肢しかありませんが(手頃な価格帯の当歳市場が存在しないため)、米国ではこの混合セリで当歳馬を購入して1歳まで育成し、翌年の同じセリで1歳馬として売却するということも行われています。当歳から1歳までの育成では放牧管理が基本となるため、放牧地と厩舎、あとは一通りの飼養管理知識さえあればピンフッキングを生業とすることができることになりますが、実際に良く聞く話には、夫婦二人で当歳から1歳のピンフッキングを始め、軌道に乗ってから本格的に生産牧場を始めたという生産者も少なくないそうです。

次回は2歳トレーニング・セールについてご紹介します。

 

 

 JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

若馬の昼夜放牧時の放牧草採食量について

サラブレッドの主要な飼料である放牧草には様々な栄養がバランスよく含まれており、草量が豊富な時期であれば濃厚飼料は必要ありません。しかし、放牧草には銅や亜鉛など馬の健康な成長に必要な一部のミネラルが不足していることから、これらの補給は不可欠です。

 

なぜ放牧草の採食量を知る必要があるのか?

 適切な栄養供給のための“栄養計算”は、もはや常識になりつつあります。しかし、飼養者が馬が摂取する全ての飼料の給与量を管理している場合はこの計算は難しくありませんが、自由採食下での放牧草の採食量を加味した栄養計算は非常に困難となります。また、放牧草で不足する栄養素はバランサーおよびサプリメント等で補給する必要がありますが、闇雲に給与すると一部の栄養素を過剰に摂取してしまう恐れがあります。この過剰摂取による他の栄養素の吸収阻害などの悪影響を避けるため、各栄養素の不足量を把握した上で飼料の給与量を決定する必要があります。したがって、馬が自由に採食する放牧草の量を知ることは重要ですが、これを調べるにはどうすればよいのでしょうか。この点について北海道大学の研究チームが昼夜放牧のサラブレッド若馬の放牧草採食量を調査した報告がありますので、その概要についてご紹介します。

 

放牧草の採食量はどのように調べたの?

 この研究チームは馬の糞中に排泄されるある物質に着目して、放牧草の採食量を算出しました。みなさんもよくご存知の通り、馬が摂取した牧草の繊維は大腸内の微生物によって分解されて吸収されます。しかし、“リグニン”と呼ばれる繊維については微生物が分解できず、そのまま糞中に排泄されています。したがって、放牧草から摂取するリグニン量と糞中に排泄されるリグニン量は全く同じということになります。このことから、馬が一日に排泄した全ての糞に含まれるリグニン量を調べることで、一日の放牧草の採食量を計算することができるというわけです。しかしこの方法では、馬が排泄する糞を漏れなく回収(写真1)する必要があるため、研究者が馬に24時間張り付いていなければなりません。

1_10(写真1)


 

若馬の成長に伴う放牧草採食量の変化

 調査には日高育成牧場のホームブレッドを用い、クリープフィード開始期(2ヵ月齢)、離乳直前(4ヵ月齢)、離乳直後(5ヵ月齢)、放牧地が雪で覆われる積雪期(10ヵ月齢)、騎乗調教開始前(15ヵ月齢)の各期における放牧草の採食量が調べられました。全ての試験期間を通じて昼夜放牧と濃厚飼料の給与(表)を実施し、積雪期のみ放牧地でルーサン乾草を自由に採食できるようにしています。

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 この調査で明らかとなった各試験期の放牧草の採食量(乾物量)をグラフに示しました(図)。図の下段は体重100㎏当たりの採食量(kg)です。哺乳中であるクリープフィード開始期および離乳直前の体重当たりの採食量は、それぞれ1.3%と1.4%でした。離乳直後の体重当たりの採食量は2.6%と離乳直前の約2倍となりましたが、これは離乳により絶たれた母乳を補うための増加と考えられました。また、騎乗調教開始前は2.7%であることとあわせ、草量が豊富な時期である離乳直後の採食量は、おおむね体重の2.6-2.7%程度と見積もってよいのではないかと考えています。一方で、積雪期の採食量はルーサン乾草を自由に採食できていたにもかかわらず1.3%と非常に少ない結果となりました。これはどういうことでしょう?

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(図)

なぜ積雪期の牧草採食量が少なかったか

積雪期の放牧地は冠雪によって放牧草が覆い隠されていましたが、実は馬は雪を掘り返して雪下の放牧草を食べていました(写真2)。この時期の放牧草は茶色く、栄養価が低いだけでなく美味しそうにも見えませんが、馬の食指は容易に食べられるルーサン乾草より雪下の放牧草に向いたようです。このようなルーサン乾草の嗜好性の低さ(ルーサン自体は一般的に嗜好性が高い草種とされています)が体重当たりの採食量の減少理由とも考えられますが、雪下の放牧草を食べるために時間を費やしていたであろうことも影響したかもしれません。この時期の放牧草は短くて一度に噛みちぎれる量が少ないこと、雪を掘り返す作業に時間を要することを考慮すると、単位時間当たりの採食量は極めて少なかったのではないでしょうか。生来、馬は一日のほとんどの時間を採食に費やすという行動特性から採食時間を増やす余地はないため、この単位時間当たりの採食量が極めて少なかったことが採食量の減少に大きく影響した可能性があります。したがって、積雪期にはボディーコンディションの極端な低下を防止するため、採食量の減少分を考慮して飼葉をより多く与える必要があると考えられます。

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(写真2)
 

 ご紹介した調査成績は日高育成牧場での成績であるため、どの牧場でも同じ成績になるとは言えません。また当然ながら馬の一日あたりの放牧草の採食量は、濃厚飼料の給与量や放牧時間にも影響されます。しかし少なくとも、この成績は若馬の一日当たりの放牧草の採食量を明らかにしたものであり、適切な栄養管理を行う上で一つの目安になるのではないでしょうか。

 

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗

引退競走馬のリトレーニングについて

・始めに

近年、動物福祉への関心が高まり、引退競走馬のアフターケアに関する取り組みは様々な角度から注目されています。これまでも乗馬への再調教(リトレーニング)が行われてきましたが、サラブレッドを一人前の乗馬へと育て上げるには、熟練の技術者を以ってしてもかなりの労力と時間を要します。また、ある程度調教が進むまでは経験の浅い人には扱えないため、技術者の負担が増えます。“乗馬への転用促進”のためには、リトレーニング技術の効率や汎用性の向上が課題です。JRAでは2年前から馬事公苑と日高育成牧場を拠点として、新たな『リトレーニングプログラム』の作成と実践検証に取り組んできました。今回は「引退競走馬のリトレーニングプログラム」に関するお話です。

JRAで作成したプログラムの目的は、乗馬へ転用するための基礎作りで、3つの重点項目があります(表1)。

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①心身ともにリフレッシュさせる。(所要期間:2~4週間)

引退したばかりの競走馬は、心身ともに張り詰めた状態です。中には疲れ切った馬や、運動器疾患を抱えた馬も多いと思います。乗馬転用のため、新しいことを学ぶためには余裕が必要です。広大な放牧地を有する日高育成牧場がリトレーニングの拠点となっているのは、馬をリフレッシュさせるために最適な施設だからです。例えば、運動器疾患などの理由により長期間の休養が必要な馬であっても、日高育成牧場では放牧地で昼夜放牧を行いながら適切な治療と休養を与えることができます。放牧によって落ち着く馬は多く、その後の調教をスムーズに行うために休養は欠かせません。

②人馬の良好な関係を構築する。(所要期間:2~4週間)

野生馬は群れで行動し、群れには必ず1頭の『リーダー』が存在します。また、草食動物である馬は、『安全で快適な場所』を好みます。そして、『リーダー』は捕食獣に襲われない様、群れ全体のスピードと方向をコントロールし、安全な場所に導きます。これを人間と馬の関係に置き換えると、人が馬のスピードと方向をコントロールすることで、『リーダー』になることができるともいえます。

そのことを教えるため、グラウンドワークと呼ばれる手法を用います。グラウンドワークによって人が『リーダー』であることと、人の隣は『安全で、快適な場所』であることを教えます。これらのことを理解すると馬は人を信頼し、人の指示に対して従順になります。また、安心できる人のそばでは、突然の物音などにも動じなくなります(写真1、2)。

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写真1:傘をかざしています

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写真2:釣竿に付けたビニール袋を揺らしています

 

③競走馬としての特殊な調教を初期化する。(所要期間:4~8週間)

競走馬は、『勝つための特殊な調教』により、全力で走り、他の馬より前に出ることを教え込まれていますが、乗馬には、落ち着いてライダーの求めるペースとバランスを維持することを求められます。乗馬としての調教を円滑に進めるには、『勝つための特殊な調教』を初期化する必要があります。

グラウンドワークによって人馬の良好な関係を構築した後は、軽いコンタクトのみを求める速歩騎乗を開始します。ゆったりとした一定のペースで速歩を続けると、焦って突進することがなくなります。また、競走馬特有の、やや前のめりのバランスが、馬本来の『ナチュラルなバランス』に変ります。休養中に落ちた筋力の回復も期待できます。

 

・最後に

 乗馬転用には様々なアプローチ方法があると思います。この手法では、馬の習性や特性を十分に理解し、馬とのコミュニケーションを深めることをポイントとしています。馬にリフレッシュなどの準備期間を与え、人馬の良好な関係を構築できれば、不要の混乱や事故を減らすことができます。そして、それが、引退競走馬の転用促進に繋がると考えています。

JRAでは、これまで実施したリトレーニングプログラムの実践検証を基に『リトレーニングの指針』作りに着手しているところです。その詳細については完成次第、ご紹介させていただきます。

 

 

馬事公苑 診療所長 宮田 健二

サラブレッドのハミ受け(後編)

公益財団法人 軽種馬育成調教センター(BTC)では関連団体と協力し、強い馬づくりの一環として全国各地の生産・育成地区で育成技術講演会を実施しています。今回は、過去に浦河で行われた講演会の内容から、育成馬に騎乗される方々にとって最も身近な問題である「サラブレッドのハミ受け」(後編)についてご紹介いたします。

 

ハミ受けと常歩

競走馬に携わる者であれば、1ハロンのタイムを25秒であるとか、2ハロンを15秒-15秒など、駈歩の速度を重要視されていると思います。では、常歩の速度についてはどうでしょうか?一般的に、競走馬の常歩での乗り運動における理想的な速度は1分間に110m(時速6.0~6.6km、人が早歩きする程度)といわれます。このくらいの速度の常歩は後躯の動きを活発にし、後躯を積極的に動かしてハミ方向に馬を押し出すことで“馬が丸くなる”形を作り、正しいハミ受けができるようになります。つまり、騎乗者が正確な速度感覚を身に付けてはじめて、頚と背中を大きく動かす、馬の全身を使った乗り運動が可能となるわけです。常歩は馬体の柔軟性を求めるにはとても良い運動ですが、ただダラダラ歩かせていては期待する効果は得られません。全身を使って活発に歩かせてはじめて馬体の緊張をほぐすことができ、そうすることで本当の意味でのハミ受け準備が整ったことになるのです。

 

頭頚の巻き込み

ハミが直接作用する部分は馬の口です。馬の口に刺激を与える直接的な扶助、例えば拳を左右、または上下に使うなど、馬の動きを無視した脚を使わない手だけの扶助でハミに刺激を与えると、馬は頚を巻き込むようになります。これとは逆に、頭頚が高くなるとキ甲が沈むことで頚や背中が反ってしまい、足先だけでしか歩けません。肩や後躯を使って大きく歩けていない状態ですが、特に後躯をダラダラと引きずった歩様となり、活発さがなくなってしまいます。

 

正しい馬具の使い方

馬が正しい姿勢をとり、頚や背中が丸くなって運動できていれば、走行に必要な筋肉を発達させることが期待できます。調教補助道具はこのような体勢作りのために有効ですが、使い方を誤るとかえって逆効果となってしまいます。道具だけに頼り過ぎることなく、最終的には道具を使用しなくても正しい姿勢を維持できるようにすることを念頭に、場面を限定して使用することが重要です。ここでは、一例として馬が頭を上げ過ぎることを防止するマルタンガール同様の効果が得られる折り返し手綱についてご紹介します。

折り返し手綱は、手綱とは別の手綱(布製または革製)の一端を腹帯に装着し、腹帯から前肢の間、ハミと通して手綱と一緒に拳で握って使用します。同時に2本の手綱を操作する必要があるため、その取扱いは難しくなります。また、馬の頭が上がり過ぎないように矯正するための道具ではあるものの、あまり短くし過ぎないように注意が必要です。短くし過ぎると頚を巻き込んでしまい、馬の推進力が頚から逃げてハミまで届かない状態になります。使用に際しては、頚と頭の角度を90度以上に曲げ過ぎないことが肝要です(図1・2)。

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図1 折り返し手綱の正しい例

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 図2 折り返し手綱の悪い例

不自然に頚が曲がりすぎると、推進力が逃げてしまって有効に作用しません。

正しい馬とのコンタクト

馬に正しいハミ受けを教えるきっかけとして、まずは常歩で1分間に110mの速度の円運動で活発に歩かせることから始めると良いかもしれません。この時、外手綱は壁を作り(外側の手綱をピンと張る)、内手綱は軽く開いておきます。馬の鼻先が上がったり、自分より遠い位置に出ていくなら(ハミに対して抵抗している)、両手綱を両手で強く握ります。馬がハミに対して譲ってくれたら(手綱が緩んだら)、それ以上手綱を強く握らない(引かない)ようにします。これを何度も繰り返しながら徐々に小さい円から大きな円に移行し、最終的には直線でも実施できるように調教します。さらに、速歩、駈歩でも同様に調教していきます。

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図3 ハミ受けのきっかけ作り

側方への屈撓時は、反転筋の一方が伸展します。

公益財団法人 軽種馬育成調教センター 業務部 次長 中込 治

米国の1歳セリ

今回から間隔を空けながら3回の予定で、米国のサラブレッドセリ市場について日本と比較しながらご紹介します。

まず国土の広い米国で馬を購買する手段については、購買者が牧場まで直接赴いて馬を購買する“庭先取引”が地理的に困難という理由から、人と馬が一堂に会するセリ、“市場取引”の方が一般的です。そのため、セリの上場頭数は膨大な頭数となります。昨年の数字では、米国最大の1歳セリであるキーンランド・セプテンバーセールのカタログ掲載頭数はなんと4,538頭、日本の生産頭数の3分の2にあたる頭数がたった1度のセリで取引されています。このように日本とはスケールが違う米国のセリですが、大きく分けると騎乗馴致前の1歳馬を扱う1歳セリ(Yearling Sale)、繁殖牝馬と離乳後の当歳馬を中心に扱う混合セリ(Mix Sale)、そして調教供覧を行う2歳トレーニングセール(2YO in Training Sale)に分類できます。第1回の今回は、まず1歳セリについてご紹介します。

米国の1歳セリは、日本で開催されているセレクトセール(1歳)、セレクションセール、サマーセールなどに相当します。米国では前述のセプテンバーセールのほか、かつて吉田照哉氏がノーザンテーストを購買したファシグティプトン・サラトガセールなどが有名です(表)。いくつか開催される1歳セリの中でも大規模なセリでは複数に分割して開催する必要があるため、セリ開設者による血統や馬体の評価に沿って評価の高い馬から順にBook1からBook6までといった具合に分割されています。このような状況もあり、米国ではセプテンバーセールのBook1およびサラトガセールが1歳セリの2大頂点として浸透しています。

Photo_2 表 米国の主な1歳セリ

まず大きく日本と異なる点は、米国では購買者の利便性を考慮してナイターセリが開催されていることです。表に示した主なセリの中ではサラトガセールがこれに該当し、夜7時から10時頃までかけてセリが開催されます。サラトガは米国有数の高級避暑地として知られていますが、日本に置き換えると軽井沢にサラブレッドのセリが開設されているイメージであり、随所で購買者目線の工夫が目に付きます。さらにこのセリのユニークなところは、セリに先立つ下見期間中に隣接するサラトガ競馬場で競馬開催が行われていることです。したがって、購買者は競馬とセリを同時に楽しむこともできます。

上場する馬たちはセリの2~3日前に輸送され、セリまでの間、購買者は下見をすることができます。下見の際、日本のように公式な比較展示は行われないため、購買者自らが会場内の厩舎地区を回って各コンサイナーに下見を申し込む必要があります。申し込みを受けたコンサイナーは依頼のあった馬を馬房から引き出してくれるため、購買者は希望の馬の立ち姿と歩様の確認ができます(図1)。上場頭数の多い大規模なセリでは、Book1のセリと同じ日に次に開催されるBook2の下見期間が設定されていることがあり、購買者はセリの合間に計画的に下見を行う必要があります。

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図1.厩舎地区での下見の様子(セプテンバーセール)

レポジトリーについいては概ね日本と同様ですが、上部気道内視鏡動画、いわゆるノドの動画についてはレポジトリーとして公開されていません。ノドの状態については、購買者が直接各コンサイナーに尋ねるか(コンサイナーは上場馬のノドの状態の検査結果を持っています)、獣医師に依頼して追加で内視鏡検査を行わなくてはなりません。しかしこの場合でも、米国の内視鏡検査装置はファイバースコープと呼ばれる、検査者本人しか映像を確認できないタイプが主流であるため、購買者が直接ノドの映像を見ることはできません。

セリは日本同様にステージ上で競られますが(図2)、落札後の流れについては日本と若干異なります。米国では、セリで落札した時点から管理責任が購買者(落札者)に移行するため、購買者はセリ翌日までに輸送業者を手配して馬を運び出す算段をつけなくてはなりません。

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図2.ステージ(サラトガセール)

次回は混合セリについてご紹介したいと思います(11月掲載予定)。

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

馬の飲水について

 動物にとっての水は、その摂取が絶たれたときの生命に及ぼす影響が大きい、つまりより短期間で生命維持を脅かす要素であるといえます。また、栄養素は比較的余裕をもって体内に蓄えることができます(例えばエネルギーなら体脂肪として)が、体水分量はおおむね一定(体成分の62-70%)に保たれており、水を余分に貯蔵することはできません。ボクシング選手にとって、減量時の水分制限は食事制限よりはるかに辛いそうです。したがって、管理する我々は馬が新鮮な水を常時摂取できるよう意識する必要があります。 

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馬が飲みたくなった時、いつでも飲めるように新鮮な水を用意して おく必要がある。

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ウォーターカップによって、馬はいつでも新鮮な水を飲むことができる。

飲水量に影響を及ぼす要因

成馬の1日の飲水量はおおむね体重100㎏当たり5リットル(体重500㎏とすると25リットル)とされていますが、気候環境、飼料、運動、成長ステージおよび個体差などに影響されることが知られています(表)。

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表 様々な環境下における馬の飲水量(NRC 2007)

 具体的には、気温や湿度が高い時などは見かけ上の発汗がなくても皮膚や気道から蒸散する水分(不感蒸泄)量が増えるため、飲水量は増加します。また、飼料の摂取量が多くなるに従って飲水量が増加することも知られています。この明確な理由は分かっていませんが、おそらく血中の総タンパク質濃度や血液の浸透圧の上昇が関係していると考えらえています。さらに、運動時の飲水量も発汗量に伴って増加しますし、泌乳期の飲水量も産乳で水分を消費することから妊娠期の1.5~2倍以上に増えるとされています。

 

飼料の成分や栄養素が飲水量に及ぼす影響

馬の飲水量は、摂取する飼料が粗飼料か濃厚飼料かによっても変化します。一般に、同じ量の飼料を摂取していても、飼料中の濃厚飼料の割合が高くなるほど飲水量は少なくなるとされていますが、この理由については次のように考えられています。馬が飼料を食べて飲み込むためには、食塊が食道を通過しやすくするために咀嚼によって唾液と混合する必要がありますが、粗飼料を飲み込むためには、濃厚飼料よりも多くの咀嚼と唾液が必要となります。この際、脳から飲水を促す指令(口渇感)は、唾液の分泌量が多いほど強くなり、結果的に飲水量が増加することになります。

 一方、栄養素の一つであるナトリウムと水分には密接な関係があり、体水分の調整にはお互いを切り離して考えることはできません。例えば、ナトリウム源である食塩を、体重1㎏あたり50㎎から100㎎(体重500㎏とすると25gから50g)に増やすと、飲水量が約1.5倍増加したことが報告されています。この理由については、生体が浸透圧を調節しようとするメカニズムによって説明がつきます。生体内では体液(細胞外液)のナトリウム濃度が高まった時、ナトリウムの濃度を元に戻そうとする機序が働きます。排尿量を減らして水分をなるべく外に出さないようにしたり、脳から飲水を指令(いわゆる喉の渇き)して体内の水分量を増加させ、高すぎるナトリウム濃度を希釈しようとする働きがこの機序にあたります。また、体内の水分が不足することによっても体液のナトリウム濃度が高くなるため、脳から口渇感の信号が出されて飲水行動がおこります。一方、ナトリウムが不足した場合はナトリウム源である塩分に対する摂取要求が発現します。飼養馬が鉱塩によってナトリウムを補うことができるのは、この生理的要求によって自発的な摂取が期待できるためです。

 その他に飲水量を増加させる要因として、タンパク質の摂取量が多い場合が挙げられますます。タンパク質はアミノ酸に分解されますが、生体内で使い終わったアミノ酸は尿素として尿中に排出されます。尿素の排泄量が増えれば、同時に尿として排泄する水分量も増えるため、その損失を補うべく飲水量が増加します。

 

気温や水温が飲水量に及ぼす影響

 一般に、気温が下がると飲水量も低下するとされており、気温が9℃から-8℃に下がることで、飲水量が減少したとの報告があります。

 また、ある研究グループによる水温が飲水量に及ぼす影響について調べた報告がありますので、ご紹介します。気温が-20℃から5℃の環境下において、外気で冷えたバケツに水を入れて給与した群(冷水群:平均水温 1℃)と、バケツ用のヒータで温めた水を給与した群(温水群: 平均水温19℃)の飲水量を比較したところ(図 ①)、温水群は冷水群より飲水量が約1.4倍に増加しました。このことから、冷水群の馬は、本来必要であった量の水を飲んでいなかった可能性があることが分かります。つまり、冷水群は水温が低いのを嫌って飲水量が減ったものと考えられました。同様の試験を15℃から29℃の暖かい気温でも実施したところ、冷水群(人工的に冷却)と温水群の飲水量に差はみられませんでした(図 ②)。両方の試験の結果から、馬は外気温が低い時にさらに体を冷やしてしまうような冷水の摂取を避けたものと結論付けられました。

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図 気温ならびに水温が馬の飲水量に及ぼす影響

①気温 -20から5°Cの気温下で、冷水(平均水温0°C)と温水(平均水温19°C)の水の飲水量を比較した。

②気温15から29°Cの気温下で、冷水(平均水温0~1°C)と温水(平均水温23°C)の水の飲水量を比較した。 気温が低いときに水温の低い水の飲水量が少なくなった。

 

 よく、冬期間の放牧地での給水について、飲水量が少ないようだが冬場はあまり水を飲みたくないのでしょうかと相談されることがありますが、このように判断するのは早計かもしれません。前述した通り、水分の不足は脱水症の発症などの懸念に繋がりますが、馬の場合は脱水以前に便秘疝を発症しやすくなります。放牧地に冬期も水が凍らない水桶を整備するにはコストがかかりますが、最低でも馬房内では馬が十分に飲水できるよう、気を配ることが重要です。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

サラブレッドのハミ受け(前編)

公益財団法人 軽種馬育成調教センター(BTC)では関連団体と協力し、強い馬づくりの一環として全国各地の生産・育成地区で育成技術講演会を実施しています。今回は、過去に浦河で行われた講演会の内容から、育成馬に騎乗される方々にとって最も身近な問題である「サラブレッドのハミ受け」(前編)についてご紹介いたします。

 

サラブレッドの調教とは何かを考える

サラブレッド競走馬や育成馬の騎乗者は、ハミ受け、バランス感覚およびペース判断などの習得、さらにそれらの技術向上が必要とされます。しかし、調教に対して無関心であれば馬に対して悪い影響を与えるだけでなく、自身の騎乗フォームをも悪化させることになります。したがって、騎乗者は向上心を忘れず、自分自身をチェックしながら日々の調教に取り組むことが大切です。

どのような調教にも明確な目的があるはずですが、騎乗者がこの目的を理解していなければ、いくら調教を行っても競馬で馬の能力を十分に発揮することはできません。正しい騎乗姿勢で馬体の筋肉を鍛錬すること、馬との信頼関係を確立して馬の精神力を強化することといった目的をしっかり意識して調教に臨むことが重要です。

また、馬の走行姿勢が悪ければ速く走ることができないのは当然ですが、そればかりか頚、背中や後躯の負担を増大させて馬体を痛めてしまう結果にもつながります。これでは必要な筋肉の鍛錬ができないばかりか馬の能力までも低下させてしまい、競馬で馬の全ての能力を引き出すことは到底できません。

一方、騎乗者が扶助によって馬に働きかけて正しい走行姿勢を理解させることができれば、馬と騎乗者の信頼関係が確立され、能力向上にもつながります。このように扶助を通じて正しく理解させるべき項目の一つにハミ受けがありますが、競馬で馬の能力を十分に発揮させるためには、この正しいハミ受けが重要とされます。正しいハミ受けは自由な馬のコントロールだけではなく、正しい姿勢を作って能力を最大限に発揮することにも不可欠なことなのです。

 

ハミ受け

ハミ受けでは、馬が丸くなる形が理想形となります。馬が丸いといっても太っているわけではなく、頚から背中、さらに腰へとつながるトップライン(馬体を横から見た時)が丸みを帯びている姿勢のことを指します(図1・2)。実は、強引にハミを引きつけて頚を曲げても、馬の後躯を積極的に動かして前方に推進力を送っても、外見上だけなら馬を丸くすることができます。しかし、正しいハミ受けに必要な丸い姿勢は、前者ではなく後躯を積極的に動かしてハミ方向に馬を押し出して作る姿勢なのです。ハミ受けの最終目標は、上から見た時に馬体が真っ直ぐの状態でハミ受けをしていることですが、最初のきっかけ作りとして、上から見た時に馬体が弧を描いた状態で扶助を与えると、正しい姿勢を理解させやすくなります。具体的な進め方として、初めは直径10mの小さな円に沿って馬体が弧を描いた状態から開始し、30m、50mと徐々に円を広げます。円が広がるのに伴って描く弧も直線に近づきますが、この際に徐々に馬体が真っ直ぐに近い状態でハミ受けできることをイメージすると良いでしょう。正しいハミ受け姿勢により馬の力を蓄積させることが可能となり、競馬の最後の直線での爆発的な力の解放につながります。(後編に続く)

 

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図1 正しいハミ受け

トップラインの丸さは後躯の進出を容易にします。

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図2 悪いハミ受け

頚の反転は後躯の進出を拒みます。

 

 

 

公益財団法人 軽種馬育成調教センター 業務部 次長 中込 治