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2021年1月

2021年1月22日 (金)

子馬を帯同しない種付け

出産後の母馬を交配のために種馬場につれて行く場合、日本では子馬も連れていくことが一般的です。しかし、欧米、特に米国の馬産地ケンタッキーでは、子馬を帯同させずに母馬のみを種馬場につれて行くことが一般的のようです。

子馬を帯同させずに母馬を種馬場につれて行くことの主なメリットとして、感染症に罹患しやすい子馬の感染症予防、そして馬運車内での事故防止が上げられます。また、牧場の繁忙期に1名のスタッフで輸送できるという業務効率化もその1つかもしれません。一方、一時的であっても母子を引き離すことによる母馬および子馬のストレス、そのストレスによる子馬の健康・成長への影響、そして、子馬の馬房内での事故なども懸念されます。

これらの問題点を検討するために、日高育成牧場で実験を行いました。供試馬は当場の母子8組で、子馬を連れて行った4組と、連れて行かなかった4組にわけました。後者は、当場からJBBA静内種馬場への往復で4時間、母子を離すことになりました。

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結果ですが、馬房に残された子馬は、母馬から離れて1~2時間経過した時点で、種馬場に連れていった子馬と比較して「血中コルチゾル」というストレスの指標を示す数値が有意に高い、すなわちストレスを強く感じていることが確認されました(図2)。ただし、母馬の帰厩後は連れて行った子馬と差はありませんでした。また、母馬については子馬の有無でストレスに変化は認められませんでした。なお、馬体重の変化については、母子いずれも特筆すべき変化は認められませんでした。

2_6(図2)

それでは、実際に馬房に残された子馬の様子はどうだったのでしょうか?

多くの子馬は馬房内を歩き回ったり、いなないたりしながら、立ちつくしていて、横になることはありませんでした。一方、壁のよじ登りや転倒などの危険行動はなく、事故・怪我・疾患発症などは認められませんでした。

ただし、母馬の帰厩時には注意が必要です。多くの母馬は乳房が張っているため、最初の哺乳時に子馬が勢いよく吸い付きに行くと嫌がる場合があります。なかには、哺乳時の痛みからパニックを起こして、子馬に危害を加えそうになる母馬もいるため、気を付けて様子を観察する必要があります。もちろん、母馬の性格によっては、子馬を帯同するという選択肢もあって良いかもしれません。また、当場では初回発情での種付けを実施していませんが、もし、そのようなケースで子馬を残す際には、出産間もないことから母馬がナーバスになり易いかもしれませんので、ご注意ください。

なお、子馬を馬房に残す際には、馬房扉を完全に閉めること、馬栓棒は使用しないこと、馬房内の飼桶や水桶などの突起物を可能な限り撤去することをお忘れなく。

日高育成牧場 業務課長

冨成雅尚

運動後の栄養摂取のタイミング

皆さんは、『アスリートの栄養』という言葉から何を連想されますか? 運動能力が高まるような特別な栄養を連想される方もいらっしゃるかもしれません。昔のアニメーションで、主人公であるポパイという名のひ弱な青年が、ほうれん草の缶詰を食べると、たちまち筋肉隆々になり、悪党をやっつけるという痛快活劇がありました。もし、そのような夢の食べ物があれば、一度は口にしてみたいものです。

ミサイル・ニュートリション(栄養)
もちろん、現実の世界に”ポパイのほうれん草”は存在しません。アスリートといえども、必要となる栄養の種類は、基本的に私たちと変わりありません。ただし、ある栄養の摂取方法がアスリートのパフォーマンス向上に有効であり、実際に取り入れられています。この栄養処方は、日本の著名な運動生理学者であるS先生により、『ミサイル・ニュートリション(栄養)』と名付けられています(図1)。運動後のあるタイミングで食事することで、運動によってもたらされる機能向上の効果を、栄養が相乗的にさらに高めてくれるというものです。理想のタイミングで、摂取した栄養をピンポイントで組織に送り届けるイメージから、”ミサイル”という言葉が選ばれたそうです。

1_8(図1)

筋肉の超回復
運動を負荷することによって、筋肉のタンパク質(筋タンパク質)は壊されます。壊れた筋タンパク質は、その後、時間をかけて修復(合成)されていきます。筋タンパク質が壊れた量より合成される量が多ければ、運動前に比べて筋肉が肥大することになります。このような一連の筋肥大の事を、『超回復』といいます(図2)。筋力の維持のためは、日々トレーニングを継続するべきですが、筋肉の修復が十分済んでいないうちに次の運動が負荷されると、筋肉量は減少していき、パフォーマンスにとってはマイナスになります。『超回復』を期待するうえでも、運動後の筋タンパク質の修復は速やかであることが望まれます。

2_7(図2)

筋タンパク質合成のゴールデンタイム
運動の直後は、運動の物理的刺激により、筋肉のホルモンに対する感受性が非常に高まります。成長ホルモンは、筋タンパク質の合成を高めてくれるホルモンです。運動中からその直後にかけて、成長ホルモンの分泌が活発になります。筋肉にとって、ホルモンに対する感受性が高まり、筋タンパク質の合成を亢進するホルモン分泌が高まる運動直後は、壊れた組織の修復に格好の時間帯となります。この時間帯は、筋タンパク質の修復にとって”ゴールデンタイム”であり、これは運動の直後から約2時間後まで続くとされています(図3)。

3_5(図3)

運動後の栄養摂取による筋タンパク質合成促進の効果
ゴールデンタイムに栄養を摂取することで、壊れた筋タンパク質の修復が促進されることが知られています。その栄養の一つは、筋タンパク質の材料となる分岐鎖アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)です。分岐鎖アミノ酸の略称はBCAAであり、こちらの名前の方が馴染みがあるかもしれません。もう一つの栄養は炭水化物です。私たちの食生活では、砂糖やご飯であり、馬の飼料では、燕麦などの穀類がこれにあたります。穀類に含まれる炭水化物は、主にデンプンと呼ばれるものです。馬の小腸内で、デンプンは糖に分解され吸収されるため、急速に血糖値が上昇します。血糖値が上がると、すい臓からインスリンと呼ばれるホルモンが分泌されます。このインスリンは、血液中の糖を組織に取り込ませ、血糖値を下げる役割をします。それ以外に、インスリンは成長ホルモンと同様に、筋タンパク質の合成を促進する働きがあります。このように、ゴールデンタイムに、筋タンパク質の材料であるBCAAと合成促進効果のあるインスリンの分泌量を高めることで、速やかな筋タンパク質の修復が期待できます。
 
競走馬へのミサイル・ニュートリションの効果
このような栄養処方は競走馬にも効果があるのでしょうか? サラブレッド成馬を馬用トレッドミル上で追切りに近い強度で運動させた後、4種類の栄養溶剤を投与し、大腿部の筋タンパク質の合成速度を調べました。用いた栄養溶剤は、①生理食塩水(対照)、②10%アミノ酸(BCAAを主体としたもの)、③10%グルコース、④10%のアミノ酸と10%グルコースの混合液の4種類いでり、それぞれ頸静脈から補液しました。その結果、10%のアミノ酸と10%グルコースの混合液を投与した時、最も筋タンパク質の合成速度が高くなりました(図4)。このことから、サラブレッドの場合も、運動後にアミノ酸(BCAA)とグルコース(血糖値が上昇する炭水化物)を摂取させることで、筋タンパク質の修復が早まることが期待できることが分かりました。

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(図4)

試験では栄養溶剤を用いましたが、この実験で投与されたアミノ酸およびグルコースの量は、脱脂大豆0.5kgと燕麦0.5kgに含まれる量と同等となります。これらの飼料でなくても、市販のスィートフィードなどの配合飼料1kgで、この量のアミノ酸とグルコースの給与は可能でしょう。調教後、あわてて飼料を食べさせなくても、クーリングダウンを十分おこなって、厩舎に戻ってから与えてもゴールデンタイムには間に合うと思われます。

日高育成牧場 生産育成研究室
主任研究役 松井 朗

運動前の栄養給与のタイミング

“腹が減っては戦ができぬ”ということわざがあります。前回の連載では、運動後の栄養給与のタイミングについて解説しましたので、今回は運動前の給与タイミングについて考えてみたいと思います。

デンプンと植物繊維の消化吸収
本題に入る前に、飼料の消化について簡単に説明します。ウマの飼料は、乾草や放牧草などの粗飼料と燕麦やフスマなどの濃厚飼料の2種類に大きく分けることができます。どちらの飼料も、ウマにとってはエネルギーの供給源ですが、その基となる物質が違います。粗飼料のエネルギーの基となる主な物質は植物繊維であるのに対し、濃厚飼料の場合は主なエネルギー源となる物質はデンプンです。
食餌が通過する消化管の順序を大雑把に並べると、胃→小腸→大腸となります(図1)。胃は、胃酸によって食塊を物理的に細かく砕き、後に続く消化器官で消化しやすくするのが主な役割です。胃から小腸に入った植物繊維は、小腸では消化吸収されず、そのまま大腸に入っていきます。1_9(図1)



ウマの大腸(盲腸と結腸)には、植物繊維を分解するバクテリアが多数存在し、バクテリアによる分解後に生成された脂肪酸が、大腸において吸収されます。一方、デンプンの場合、小腸においてアミラーゼと呼ばれる酵素で分解され、糖(グルコース)として小腸で吸収されます。大腸で脂肪酸が吸収されても血中のグルコース濃度はあまり変化しませんが、小腸で糖が吸収されると血中のグルコース濃度が高くなります。血中のグルコース濃度は一般には血糖値と言われています。

運動前の血中インスリン濃度が上昇することの影響
飼料を摂取し、血中グルコース濃度が上昇すると、それを抑えるために、すい臓からインスリンと呼ばれるホルモンが分泌されます。インスリンは筋肉や肝臓などの組織に、“糖を取り込みなさい”と指示し、組織がそれに答えて糖を取り込むため、血中グルコース濃度は減少します。組織に取り込まれたグルコースはグリコーゲンとして貯蔵されます。すなわち、インスリンはグルコースを使うよりも蓄えようとする方向に作用します。本来、運動の最中は、グルコースはエネルギー源として積極的に使いたいのですが、分泌されたインスリンがそれと真逆の作用をするため、エネルギー源として効果的に利用できません。特に、脳の唯一のエネルギー源は血液中のグルコースなので、運動中に血中グルコース濃度が低下すると、中枢性の疲労(疲労感)になりやすくなります。このような理由により、かつて(・・・)は、私たちが運動する直前に血中グルコース濃度が上昇するような食事は避けるべきとされてきました。
ウマにおいても、運動直前に血中グルコース濃度が上昇する飼料を摂取すべきでないという意見もあります。海外の研究で、運動の3時間前に濃厚飼料を摂取したときに、運動中に血中グルコース濃度が著しく低下したことが報告されています(図2)。2_8(図2)



『闘争と逃走』を司るホルモンと血中グルコースの関係
私たちが、運動前に燕麦を給与し、追切りや競馬と同じくらいの強度の運動を負荷する実験を行った時、海外の報告(図2)にあるような血中グルコース濃度の極端な低下はみられませんでした(図3)。その理由は以下のように考えられます。高強度運動を負荷した時、カテコールアミンと呼ばれるホルモンが分泌されます。カテコールアミンとは総称であり、その中でもアドレナリンおよびノルアドレナリンが運動に関連して分泌量が増加します。アドレナリンおよびノルアドレナリンは、『闘争と逃走』を司る物質とも呼ばれています(図4)。アドレナリンおよびノルアドレナリンは、恐怖、緊張や怒りの状況で分泌され、神経に作用します。この作用により心臓の働きや呼吸が活性化され、運動(戦うか逃げるかどちらの行動をとるにしても)の継続が可能となります。これらのホルモンには、心肺機能の活性化以外に、グルコースの集合体であるグリコーゲンを元の形態(グルコース)に分解して、エネルギーとして使えるようにする働きもあります。インスリンはグリコーゲンを合成し、血中のグルコースを減少させますが、アドレナリンおよびノルアドレナリンは、これと相反する作用があるわけです。競馬程度の高強度運動において分泌されるアドレナリンおよびノルアドレナリンは、インスリンの作用をいくらか相殺すると考えられます。図3の試験結果程度の、運動中の血中グルコース濃度の低下は、パフォーマンスへの影響は無いであろうと考えています。
ヒトの運動生理学分野でも、”運動前にインスリンの分泌を促進するような食事を摂取すべきではない”という考えは、過去のものになりつつあります。むしろ、絶食して運動することのほうが、問題であるとされているようです。

3_6(図3)

4_4(図4)

おわりに
競馬の前に飼料を摂取するということは、消化管内容物を増やすことにもなり、競走馬にとって本当に利益があるかどうかはよくわかりません。しかし、普段の調教であれば、運動の3~4時間前に飼料を摂取することに大きな不利益はなく、筋肉や肝臓のグリコーゲンを温存しやすいことから、コンディション維持には良いかもしれません。

日高育成牧場 生産育成研究室
主任研究役 松井朗

JRA育成馬のゲート馴致について

JRA育成馬は、日高・宮崎の両育成牧場で競走馬を目指したトレーニングを受けた後、JRAブリーズアップセールで売却されます。これらの馬が日々のトレーニングと並行して必ず行うのがゲート練習で、育成馬は毎日ルーティンとしてゲート通過を実施します。競走馬として能力を発揮するために「ゲート」と上手につきあうことは必須です。高い走能力をもっていても、ゲート難があると十分なパフォーマンスを発揮できなくなってしまいます。今回は、JRA育成馬が育成牧場に在厩している間に行うゲート練習について紹介させていただきます。

 

練習用ゲート

日高・宮崎育成牧場にはそれぞれ練習用ゲートがあります。ご存知の方も多いと思いますが、練習用ゲートは枠幅が異なります。1枠と2枠は競走用ゲートと同じ幅ですが、3枠と4枠はこれより幅が広く、4枠の幅は1枠の約2倍あります(写真1)。通過する際に馬体が触れない枠幅がある4枠から慣らし、徐々に狭い枠に入れるように工夫・設計されています。

1_15 写真1

 

この練習用ゲートは毎日の運動で利用する身近な場所(日高:屋内角馬場、宮崎:500mトラック馬場内)に設置しています。普段使う場所に設置することで、若馬にゲートが「特別な場所」ではないことを刷り込む目的です。通過することを日課にしている育成馬にとって、ゲート通過は外を歩くのと同じくらい当たり前のことになっています。

 

ゲート馴致の開始時期

JRA育成馬は騎乗馴致より早くゲート馴致を開始します。最初は引き馬でゲートを見せ、慣れたら大人しい馬の後について通過します。騎乗馴致の過程では、ドライビングでのゲート通過に十分な時間を割きます。狭いゲートのドライビング通過は一見難しそうですが、人馬の信頼関係が構築されていればさほど難しくありません(写真2)。ゲートに限った事ではありませんが、馴致は馬にあわせて納得させながら進めていくことが大切です。

2_13写真2

 

騎乗前の段階でゲート馴致をはじめる理由は多くの時間をかけたいから、というだけではありません。騎乗後のゲート練習開始は騎乗者の微妙な心理状況(心配・恐怖)が馬に余計な不安感を与えるため、適切ではないと考えます。経験豊かな騎乗者が行うときでも、ドライビングでのゲート馴致ができていればより安心・安全に進める事ができます。

 

育成期のゲート目標

JRA育成馬には牧場在籍中の達成目標があります。レース用のゲート(写真1の1枠)で、①前扉の閉まったゲートに常歩で入り、②後扉を閉め、大人しく10秒程駐立し、③前扉を開け、騎乗者の扶助により常歩で発進する、というものです(写真3)。ここで重要視しているのは、「騎乗者の扶助」による発進です。騎乗者の指示を待たずに馬が勝手に出た場合や、指示を出しても発進できない場合には目標達成と認めていません。

3_7 写真3

 

目標の達成状況は年2回(1歳の12月と2歳の3月)確認します。この時に限らず、騎乗者は鐙を短く詰めて履いて必ずネックストラップをもちます。若馬の場合、普段は問題ない馬でも一瞬の油断でゲートを怖がってしまう場合があるため、常に細心の注意を払い実施することが必要です。

 

「ジャンプアウト」の実施

JRAでは育成段階にゲートが開いたら駆歩で発進する、いわゆる「ジャンプアウト」を実施しません。これは育成場にいる期間はゲートを「落ち着いて通過する場所」と理解させたいことと、ジャンプアウトで悪癖がつくと修正に時間がかかることが理由です。ジャンプアウトは競馬が近くなってから騎手に教えてもらいたい、と考えています。

さて、育成段階にジャンプアウトを教えないと競走馬デビューが遅れるのでは?と聞かれることもあるので、JRA育成馬のゲート試験合格状況(過去5年)を調査しました。調査対象は2歳JRA育成馬のうち、メイクデビュー競走開幕直前(6月1週目)の金曜日に両トレセンに在厩していた馬です。この馬たちのゲート試験受験頭数と合格頭数の調査結果が表1です(表1)。これを見ると、受験馬の概ね9割が競馬開幕週までに合格していることがわかります。2016年売却馬の成績を掘り下げてみると、1回目のゲート試験で合格した馬は49頭中37頭、2回以上の受験で合格した馬は8頭、未合格の馬が4頭です(この4頭もその後間もなく合格しています)。不合格となった理由で多かったのは「出遅れ」で、次が「ダッシュ不足」でした。全馬合格ではないため何とも言えませんが、育成段階のジャンプアウトが絶対条件ではないという考え方はご理解いただけると思います。

4_5 表1

 

おわりに

ここまでJRA育成馬のゲート馴致について紹介させていただきました。ゲート馴致に限らず、若馬の馴致・調教のプロセスは人によって考え方が違い、やり方も様々です。私が大切だと思うことは、①時間をかけて馬に納得させながら進めること、②焦らず段階的に教えること、③常に細心の注意を払い実施すること、の3点です。今回ご紹介した内容が少しでもお役に立てば幸いです。

 

馬事部生産育成対策室 専門役  秋山健太郎

ロドコッカス肺炎

 本稿では、昨年改訂された「子馬のロドコッカス感染症(中央畜産会出版)」より主なポイントを抜粋してご紹介いたします。なお同誌は軽種馬防疫協議会のサイトで無料ダウンロードできますので、是非ご一読ください。

発症馬と不顕性感染馬
本感染症の発生時期は毎年4月下旬から9月上旬で30~50日齢の頃に発症、50~70日齢の頃に死亡することが多いようです。諸外国においては、罹患率5~17%・致死率40~80%などと報告されていますが、日高地方においては、罹患率は5%以下、致死率は約8%と推定されています。近年でも毎年20頭前後の子馬が死亡あるいは淘汰されていることが伺えます。また、感染しても(体内に菌が入っても)ほとんど症状を示さない不顕性感染例が多いことも本感染症の大きな特徴です。

菌の感染経路
本感染症の原因菌であるロドコッカス菌は馬の飼育環境中の土壌に生息し、子馬の口や鼻から感染します(経口感染)。肺に入った菌は喉まで押し上げられ、嚥下により消化管を介して多量の菌を含む糞便が排出されます。これによって土壌や厩舎環境が汚染されるため、子馬の糞便は重要な汚染源と言えます。前述の不顕性感染子馬も糞便に多くの菌を排出します。また、厩舎内の空気中からも分離されており、土壌のみならず閉鎖環境における気道感染の可能性も示唆されています。

診断方法
 ロドコッカス菌は一般的な抗生物質が効きづらいため、子馬が肺炎に罹った際にはロドコッカス感染か否かを診断することが重要になります。直接、菌の存在を確かめるためには鼻腔ぬぐい液ではなく、気管洗浄液を採取しなければなりません。ただ、確定診断には時間と手間がかかるため、簡便な診断方法として血液検査による抗体価の測定や胸部エコー検査により間接的に推定することも一般的です。疫学情報も極めて重要な判断材料です。毎年発生するような高度汚染牧場やすでに何頭も発生している場合には、確定診断をするまでもなく、本症を疑った治療が選択されます。近年、JRA総研においてLAMP法を用いた診断法が報告されました。これはわずか1時間程度でロドコッカス遺伝子の有無を直接判定できます。特殊な機器を必要としないため、臨床現場における迅速診断法として期待される検査法です(写真1)。

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治療法

 ロドコッカス感染症の治療は世界的にもマクロライド系抗生物質(日本では主にアジスロマイシン)とリファンピシンの併用がゴールドスタンダードとなっています。ただ、近年海外ではこれらが効かないロドコッカス菌が報告されており、このような耐性菌による感染は予後が悪いと言われています。今のところ日本で耐性菌は確認されていませんが、常に頭の片隅に入れておかなければいけません。

予防法
飼育密度の低減、血漿製剤の投与、胸部エコー検査によるモニタリング、抗生物質の予防的投与など海外ではさまざまな予防管理法が報告されています。残念ながら、飼育密度の低減や日本では市販されていない血漿製剤の投与は現実的ではありません。胸部エコー検査は発熱するよりも早い段階で診断できることもあり有効な検査法ですが、治療を必要としない不顕性感染例まで検出されるため、手間と費用が膨れる可能性があります。抗生物質の予防的投与はコストがかかることに加えて、前述の耐性菌を生み出すリスクがあり推奨できません。ロドコッカス感染症については、昔から数多くの研究が行われているにもかかわらず、未だに有効な対処法がないというのが実情です。成書にも「残念ながら効率的な予防管理法はない」と明記されています。

さいごに
日本における致死率は近年大きく低下しました。これは獣医療の発展というよりも牧場スタッフの意識向上、特に細やかな検温による早期発見によるところが大きいと思われます。牧草作業が始まり、牧場では相変わらず忙しい時期が続くと思われますが、子馬が疾病に罹り易い時期でもありますので、引き続き十分な健康管理を心がけましょう。


日高育成牧場 生産育成研究室・主査 村瀬晴崇

育成後期のV200と競走成績との関連性について

競走馬を育成している牧場では、自分たちが管理している育成馬について「トレーニングが順調に進んでいるのか」「将来この馬たちは活躍するのか」など気になる点が少なくないと思います。それは日高育成牧場でも同じで、JRA育成馬に1つでも多く勝って欲しいと願いながら、さまざまな調査を行っています。今回は、2007~2015年の9年間にブリーズアップセールに上場した日高育成馬のうちJRAレースへの出走暦がある236頭について、育成後期に測定したV200とその後の競走成績との関連性を調査したので紹介します。

V200とは?
以前も紹介したので簡単に記述しますが、V200とは調教中の心拍数と走行速度との関係から心拍数が200拍/分となる時の速度を計算したものです(図1)。V200は有酸素性運動能力の指標である最大酸素摂取量(VO2max)と相関関係があることが報告されており、競走馬の運動能力指標の1つとして知られています。

競走成績がいい育成馬はV200が高いのか?
V200が競走馬の運動能力指標と聞くと「競走成績がいい育成馬はV200が高いんじゃないの?」と考えられますが、実際にはどうなのでしょうか?JRA育成馬236頭を競走成績で4群(A:2勝以上、B:1勝、C:未勝利・入着あり、D:未勝利・入着なし)に分けて、群ごとにV200を調査しました(図2)。すると、2勝以上したA群では他の群よりもV200が高いという結果が得られました。ここで興味深いのが、A群以外の3群でV200に大きな差が見られなかったことです。平均すると1勝馬のB群で未勝利馬のC・D群より若干高い値を示したのですが、統計的な差はありませんでした。

V200が高い育成馬は競走成績がいいのか?
先ほどとは逆に「V200が高い馬は走るんじゃないの?」と考えられますが、実際はどうなのでしょうか?調査した9年間で各年度V200の値が上位20%の馬と下位20%の馬を各47頭抽出し、その競走成績を調査しました(図3)。すると、V200が上位20%だった馬は下位20%の馬に比べて2勝以上したA群の頭数が多く、入着なしのD群の頭数が少ないという結果が得られました。一方、B群(1勝馬)とC群(入着あり)の頭数はともにV200上位馬の方が多いものの、群間に大きな差はありませんでした。

これらの成績から考えられること
これらの成績から考えられることとして、2勝以上した馬は育成後期のV200が高く、V200が高い馬は2勝以上する割合が大きかったことから、トレーニング途上である育成後期にV200が高い馬は競走期に勝ち上がって2勝以上する可能性が高いと言えるでしょう。しかし、1勝馬と未勝利馬には大きな差が見られなかったことから、育成馬が勝ち上がるかどうかは育成後期のV200だけで決まるものではなく、馬の性格や競走期までの成長などさまざまな要因に影響されると考えられます。また、V200が下位20%だったとしても11頭(23%)が勝ち上がりその内1頭は2勝以上していることから、育成後期にV200が低く運動能力が目立っていなくてもその後の経過はしっかり見守っていく必要がありそうです。ちなみに、今回の成績は牡馬よりも牝馬で顕著に見られたことから、育成後期の運動能力の成長には雌雄差があると考えられます。

おわりに
調教時の心拍数を解析すれば、V200だけではなく調教後の“息の入り”や常歩中の精神状態などさまざまな情報を知ることができます。それらについてはいずれ本誌にて紹介させていただきますので、乞うご期待ください。

1_13 図1 V200の計算方法
走行速度と心拍数の関係から算出した回帰直線において心拍数が200拍/分となる速度を計算。

2_11 図2 競走成績ごとのV200の比較
A:2勝以上、B:1勝、C:未勝利・入着(3着以内)あり、D:未勝利・入着なし
(※ 2歳新馬戦開始時から3歳未勝利戦終了時までのJRAおよび地方交流競走成績から集計)

3_8 図3 V200が上位20%と下位20%の馬の競走成績の比較
2007年から2015年にブリーズアップセールに上場した育成馬において各年度V200が上位20%と下位20%の馬を抽出し、それぞれの競走成績を比較(各47頭)。
(※ 競走成績の群分けは図2の説明を参照)

(日高育成牧場 生産育成研究室長 羽田哲朗)