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2021年10月

2021年10月29日 (金)

これからの寄生虫対策

 馬を管理する上で、消化管寄生虫対策は必要不可欠なもののひとつです。古くから寄生虫対策といえば駆虫薬を投与すればよい、くらいにしか考えられてきませんでしたが、近年、駆虫薬耐性虫の出現が世界的に報告されるようになり、従来の寄生虫対策が見直されるようになってきました。今回は、最新の対策法として海外の獣医師団体(米国馬臨床獣医師協会:AAEP)により提言されている寄生虫対策の概要を紹介します。

駆虫薬耐性虫とは

 駆虫薬耐性虫とは、駆虫薬が効かない虫、ということになりますが、最近話題のウイルスの変異と同じ理屈で遺伝子の変化が起き、実は昔からときどき出現していた可能性があるのですが、少数すぎて寄生虫同士の生き残り競争に敗れ、増えることができない状況にありました。ところが、この寄生虫群に同じ駆虫薬を繰り返し投与し続けると耐性虫だけが生き残るようになり、耐性虫同士の交配が増加し、結果的に耐性虫が多数を占めるようになったと言われています(図1)。

 同じ駆虫薬が繰り返し使われてきた理由としては、使用できる駆虫薬が数種類しかないうえ、新しい駆虫薬の開発がうまくいっていない、という事情があります。その理由として、ウイルスや細菌に比べて寄生虫は高等な生き物であるため、その分対応が難しいというのがまずありますが、開発にかかるコストと需要のバランスなど、製薬会社側の都合も複雑に絡むのでなんとも説明ができません。

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図1:耐性虫の出現

寄生虫対策

 このような状況を受けて、従来の駆虫薬を使用しつつ耐性虫を増やさないための対策が進んできています。その最終的な目標は、①栄養失調や消化管の閉塞など寄生虫感染によるリスクを最小限にする、②虫卵排出を減少させる、③駆虫薬耐性虫の出現を抑えて有効な駆虫薬を後世に残すこととされており、耐性虫を全滅させることは諦めた、ということになります。①と②は、従来の寄生虫対策とほとんど同じで常識となりつつあるので詳しい説明は省きますが、寄生虫感染の影響が大きい若馬を中心に計画的に駆虫を実施して馬の体から寄生虫を減らしつつ、ボロ拾いや拾ったボロの確実な堆肥化・放牧地のローテーションやハローがけといった寄生虫にとって生きにくい環境の維持に努めることを提言しています。そして③の部分が、近年特に変わってきた部分です。

耐性虫出現を最小限に

 耐性虫をできるだけ出現させないために提言されているのが、計画的な駆虫プログラムにおいて「使用する駆虫薬に同じものばかり使用しないこと」と、「耐性虫の出現をいち早く検知すること」です。前者は、図1で説明した通りです。一方、耐性虫の出現をいち早く検知するには、これまでの寄生虫卵検査を応用することで可能となります。簡単にいうと、これまでは感染している寄生虫の「種類」と糞便中に排出される虫卵が「多いか少ないか」ということが分かる程度でしたが、駆虫薬投与前後に虫卵数をカウントする「糞便虫卵数減少試験」により、虫卵の減少率を調べることで耐性虫の存在を確認することができます(図2)。また、ある駆虫薬を投与してから毎週虫卵検査を実施する「虫卵再出現期間」により当該駆虫薬の有効期間を確認することで、耐性虫の出現をいち早く把握できると言われています(図3)。

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図2:糞便虫卵数減少試験

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図3:虫卵再出現期間

 わが国においても、今回ご紹介したような寄生虫対策を進める必要があるのですが、解説したように現状を把握していなければ、最適な対抗手段をとることができません。今後、JRAも参加している「生産地疾病等調査研究」において牧場それぞれの寄生虫対策や駆虫状況を調査・分析し、結果およびそれに適した対策をフィードバックしたいと考えておりますので、その際は調査にご協力くださいますようお願いします。

日高育成牧場 生産育成研究室  琴寄泰光

2021年10月 5日 (火)

JRAホームブレッドの馴致

 今回は、日高育成牧場でJRAホームブレッドに対して行っている馴致について、中でも特に1歳秋にブレーキングを行う前までの当歳から1歳夏にかけての馴致の内容についてご紹介したいと思います。

母子の引き馬

 引き馬の躾は生後翌日から開始します。日高育成牧場では一人で母子を保持するやり方を行っています。将来的に「子馬を左側から引く」ことを教えるため、位置関係は「人の左に母馬、右に子馬」としています(図1)。左手で母馬のリード(引き綱)を保持し、右手で子馬の左側から頚をかかえるようにします。このようにして子馬の左肩の位置に人がいる「引き馬の位置関係」を教えます。特に生後2ヶ月までの間は、頚部へのダメージを防止するため、子馬にはリードを使用しません。

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図1. 人の左に母馬、右に子馬の位置で母子を引く

駐立の練習

 将来的に検査者の前で馬の左側を向けた左表(ひだりおもて)で四肢が重ならないように立たせることができるように、写真撮影などの機会を通して駐立の練習を行っています(図2)。最初は前後に人が立ち、プレッシャーとその解除により前進後退を行いながら、馬を人に集中させます。まず軸肢(左前肢と右後肢)の位置を決めます。左前管部を地面に対して垂直にし、軸を動かさないまま馬を前後に動かして右前肢と左後肢の位置を決めます。馬の立ち位置が決まったら保持者は後退し、リードを緩めます。馬の接近および前傾姿勢を回避するため、後退する前に人馬の距離を保持するためのプレッシャーをかけます。周囲に人がいない状況できちんと駐立できるようになったら、場内見学バスツアーなどの機会を通して人に囲まれている場面でも同じことができるように慣らしていきます。

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図2 写真撮影を通して駐立の練習をする

離乳後の馴致

 離乳後は母馬の存在がなくなるため、子馬が精神的に不安定になります。人間が子馬のリーダーであることを再認識させるとともに、人馬の1対1の関係を強化する上で大切な時期となります。集放牧の際に前の馬と一定の距離をとって歩かせることで、周囲に他の馬の姿が見えなくなっても鳴かない馬を作ることができます。また、ビニールシートを通過させるなどの機会を設け、人が課題(ビニールシートの通過)を与えてプレッシャー・オンの状態にし(リードを引く)、それに従えばプレッシャーはオフになる(リードは緩められる)ということを繰り返すことで人の指示に従うことを教え(図3)、人馬の1対1の関係を強化することができます。

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図3 ビニールシートを通過させることで人の指示に従うことを教える

“インディペンデント”な馬を作る

 馴致を通して、騎乗せずに「人が馬のリーダーとなること」や「人馬の信頼関係」を教えることが可能です。このため、集放牧を躾の機会と捉えて、普段からこれらを意識した引き馬を繰り返し実施することが重要です。子馬の引き馬で重要なことは、「人の指示に従って歩くこと」と「子馬自身のバランスで歩くこと」の2点です。「自身のバランス」とは、子馬が歩く際に「引っ張られたり、押されたりしない」状態であり、人間の指示に従った上で馬自らが意思を持って歩くということです。言わば“インディペンデント(独立した、他に頼らない)”な馬を作るということで、このことができていればブレーキングが始まった後、非常にスムーズに調教を進めることができます。

 日高育成牧場では、以上のような点を心掛けて日々ホームブレッドの馴致を行っています。今回の記事が、皆さんの愛馬の管理に少しでも参考になりましたら幸いです。

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎