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2022年12月 2日 (金)

日高育成牧場における育成調教 ①ブレーキング

 サラブレッド競走馬は1歳秋に「ブレーキング」とよばれる騎乗馴致を開始します。JRA日高育成牧場で実施している騎乗馴致に対する考え方について、今号と次号にわたってご紹介させていただきます。

 

1.調教のステージ

 サラブレッドは競走馬としての活躍を期待されてこの世に生を受けますが、本来、臆病であり人を乗せて走るまでには様々なステップを経なければなりません。そのため、育成期のステージは騎乗するまでの「初期調教期」、基礎体力を養成する「基礎トレーニング期」、競馬に求められる走行速度や走法などの走力の要素を向上させる「競走トレーニング期」の3期に分けて、段階を踏んで調教を実施しなければなりません。

 

2.初期調教期

 初期調教期は馬に人を乗せることを許容させることを目的に実施します。馬は運動する際にバランスが崩れると不安に陥ります。騎乗を許容させるには、騎乗者は馬上でバランスを崩さずに馬の動きに同調、つまり騎乗者自身の重心と馬の重心とを一致させなければなりません。直線運動時には騎乗者は比較的容易に重心を一致させることができますが、回転運動時に人馬の重心を一致させることは容易ではありません。その理由は、人は回転運動の際には、自転車で回転する時のように進行方向に腰を回転しますが、馬は頭頚を外側上方に向けて馬体を内側に倒して回転する習性があるためです。つまり、回転時に人と馬は本能的に相反する態勢をとることが原因となります。

 
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写真1.馬の自然な回転と内方姿勢での回転

 

 回転時に人馬の重心を一致させるためには、騎乗者が自転車を操作する時のような姿勢での回転が可能となるように、馬に内方姿勢と呼ばれる体勢を取らせて回転させることを教える必要があります(写真1)。そのためには、ランジングやドライビング調教が非常に有効であり、これらのプロセスを総じてブレーキンと呼んでいます。なお、ブレーキングとは騎乗時に手綱を引いて馬が止まるブレーキ(brake)を馬に教えることではなく、それまで群れでの放牧によって培われてきた馬社会の約束事を壊す(break)ことであり、新たに人と馬との約束事を構築することを意味します。ブレーキングは、決して人が力任せに馬を屈服させることではなく「馴らして目標とする状態に至らしめること」であり、馬に人の要求を強要させるのではなく、馬が人の要求を自ら行うように仕向ける姿勢が重要です。その原理原則は、人が馬に対して何かを要求する指示(プレッシャー)を与え、そのプレッシャーから馬が逃げる方向が、人が要求するものと一致するよう馬を導くことです。人の要求が達成された際には、持続して与えていたプレッシャーを即座に解放(オフ)してあげることで、馬は楽になれることを理解します。つまり「プレッシャーオフ」とは馬が要求に応じた際、即座に声をかけたり愛撫をしたりして褒めることともいえます。馬は草食動物であるので、危険あるいは不快なもの(プレッシャー)からは回避すると同時に、同じ場所にとどまって草を食べる安住の場所(プレッシャーオフ)を求めています。ブレーキングでは、この習性を利用することが非常に重要となります。

1)遠心運動を利用したランジング調教

 ランジングにおける円運動では遠心力が生じるため、馬はバランスを維持しようとして、手綱が連結した内側のハミを支点として頭頚を少し内側に向けて馬体を湾曲させます。これこそが騎乗者が回転時に人馬の重心を一致させやすくなる体勢であり、円運動を行う最大の利点は、馬にこの内方姿勢に近い状態でのバランス維持を習得させることが可能となる点といえます(写真2)。

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写真2. 遠心力を利用したランジング

2)ドライビング調教

 ドライビング調教とはハミに連結した2本の長い手綱を馬の後方で馬車のように操作して、騎乗する前に開き手綱による回転やハミと口角との間に遊びのスペースを設けてハミに頼ることなく馬自身によるバランスで運動することを教える調教方法です(写真3)。前述のランジングで教えた内方姿勢での左右両側の回転のみならず、前進や停止など騎乗時と同様の合図を騎乗することなく習得させることを目的にドライビングを実施します。つまり、騎乗時と同一の扶助で馬を操作し、騎乗後にも一貫した扶助で馬を操作することによって馬に混乱を生じさせないことが安全な騎乗へとつながります。

 開き手綱の理解や重心移動の習得を目的に、ドライビングによるスラロームや8の字運動などで手前変換を行う際には、前進気勢と馬自身によるバランスを維持した体勢(セルフキャリッジ)の維持に留意しなければなりません。特に、前進気勢の重要性はどれほど強調してもし過ぎることはありません。例えるなら、止まっている自転車のハンドルをいくら動かしても曲がれないのと同様で、ドライビングにおける馬の前進気勢は絶対条件となります。そのためにも前進気勢が維持しやすく、さらに、重心のブレが少ない速歩の方が常歩よりも容易に実施できます。

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写真3. ドライビングによる左右の内方姿勢

 

3.基礎トレーニング期

 基礎トレーニング期は騎乗による基礎体力の養成を目的に、キャンターでの調教に多くの時間を費やさなければなりません。しかし、初期調教を終えたばかりの馬は、未だ騎乗者の荷重に慣れておらず、バランスの維持が困難な状態にあります。そのため、キャンターでの調教を実施する前に、騎乗した状態で放牧地における馬自身によるバランスを維持した体勢を習得させる必要があります。

 キャンターでのセルフキャリッジを習得させるためには、人馬の重心の一致を図ることを目的として、騎乗者には馬の重心に近い鐙上にバランスを維持する技術が求められます(写真4)。また、セルフキャリッジは馬の重心の移動や頭頚の動きが少ない速歩でより習得しやすいことから、速歩調教を繰り返し実施した後にキャンターでの調教に移行することが非常に重要です。また、この時期には競馬の要素として不可欠な群れでの走行に慣らすことも重要となります。

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写真4. 馬の重心と鐙の位置の関係

参考動画
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日高育成牧場 副場長 頃末 憲治

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