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2024年12月 9日 (月)

ビタミンDについて

はじめに

 ビタミンは5大栄養素(その他は炭水化物、脂肪、タンパク質、ミネラル)のひとつであり、体の機能を調整するために不可欠な栄養素です。生体内で必要となるビタミンの量は微量ですが、体内でほとんど合成できないため食事から採る必要があります。ビタミンやその機能について知られるようになってからの歴史は浅く、そのことを示すものとして明治期海軍の逸話が有名です。明治時代に海軍で脚気に苦しむ兵隊が急増し、その原因が不明であったことから大きな問題となりました。当時はビタミンの存在やその役割が十分に認識されていなかったのですが、後に脚気はビタミンB1の不足によるものであり、海軍ではビタミンB1をほとんど含まない白米ばかり食べていたことが原因であると判明しました。

ヒトにおけるビタミンの機能・役割について現在までにかなり知られるようになっているものの、全てが解明されているわけではありません。一般的にヒトに比べ馬の栄養に関する研究は遅れてしまいますが、馬におけるビタミンの機能・役割について不明な部分は非常に多いとされています。

 

馬におけるビタミン栄養

 生体内で必要なビタミンは13種類あり、そのうちビタミンA,D、EおよびKが脂溶性ビタミン、ビタミンB群に属する8つのビタミンとビタミンCが水溶性ビタミンに分類されます(図1)。馬栄養の分野では、繁殖能力や蹄の健康に影響を及ぼすビタミンAや抗酸化作用のあるビタミンEについての関心が高く、インターネットなどでもそれらの情報は比較的多くみられます。一方でビタミンDに関する情報は少ないのですが、今回の話題はビタミンDについてです。

 馬においてビタミンDが必要な栄養素であることは間違いありませんが、牧草に多量に含まれており不足しにくいとされています。しかし、近年に発表された論文で、ビタミンDに関して興味深い成績が報告されています。香港の競走馬と英国の競走馬の血中ビタミンD濃度を比較したとき、香港の競走馬でその値が低かったことが報告されています。この研究成績で注目すべきは、競走馬に要求量を満たすビタミンDを給与しても不足する可能性があるということが示されていることです。

 

ビタミンDの機能と供給源

ビタミンDの生体内における主な機能として、カルシウムやリンの代謝を調整し骨を健全に維持させることが知られています。それ以外に近年、ヒトでビタミンD摂取により運動後の筋機能回復が早まることが報告されており、ビタミンDの筋機能に及ぼす影響が注目されています。

ビタミンDには、ビタミンD2およびビタミンD3と2つの形態があります。ビタミンD2は燕麦などにはほとんど含まれませんが、牧草には含まれており、乾草作りの際に紫外線に曝されることでその含有量はさらに増加します。ビタミンD3は、皮膚が紫外線に曝されることで合成されるとされ、ヒトや他の家畜ではこれがビタミンDの有用な供給源になるとされています。しかし、馬の皮膚で紫外線暴露により合成されるビタミンD3は極めて少ないことが分かっています。また、サプリメントや配合飼料に人工的に加えられるのはビタミンD2とD3ですが、海外ではビタミンD3を使用することが多いようです。

 

競走馬のビタミンDに関する研究

 ビタミンDが生体内で活性されるとその形体は変化し、ビタミンDとDはそれぞれ25-ヒドロキシビタミンD2(25OHD2)および25-ヒドロキシビタミンD3(25OHD3)となります。そして25OHD2と25OHD3の血中濃度の合計が、ビタミンDの栄養状態の指標になるとされています。以降で25-ヒドロキシビタミンD(25OHD)はビタミンDと表記します。

図2に香港競走馬(香港)と英国競走馬(英国)の血中ビタミンD濃度を示しました。ビタミンD2ならびにD2とDの総計の血中濃度は、香港が英国に比べて有意に低い結果でした。ビタミンD3は香港と英国で差はありませんでしたが、このD3は主に配合飼料由来によりものと考えられています。香港と英国で血中のビタミンD2濃度に差があったのは、英国では1時間放牧し放牧草を摂取していた影響であると考察されています。しかし、一般的には競走馬を放牧できる環境で繋養しているほうが希少であり、日本も含め一般的な競走馬のビタミンDに関する栄養状態は香港と同様であると言えるかもしれません。

香港の血中ビタミンD濃度は低かったのですが、重要なことはビタミンDに不足は無かったのかということです。そもそも馬の血中ビタミンD濃度は低いことが分かっていますが、ビタミンDが不足していると判断できる血中の閾値濃度は分かっていません。血中ビタミンD濃度の平均は英国と香港でそれぞれ16.7と13.4nmol/Lでしたが、香港の最低値は4.3nmol/Lであり、このような低値の馬にはビタミンDを補給すべきであろうと考察されています。NRC飼養標準によると競走馬のビタミンD要求量は体重1kg当たり6.6IU / day とされていますが、香港ではビタミンDとして全ての馬は体重1㎏当たり10IU / day以上が給与されていました。すなわち、要求量を満たすビタミンDを給与していたにもかかわらず、ビタミンDの補給が必要な場合があることになります。一方でビタミンDの過剰摂取により軟骨組織の石灰化などが報告されていることから、限度量は体重1kg当たり44IU / dayまでとされています。そのため、闇雲にビタミンDを補給することは好ましくないと考えられ、研究者らは血液検査により著しく血中ビタミンD濃度が低い馬に対してビタミンDを補給することを推奨しています。また、ビタミンDに比べて過剰症のリスクがより少ないDの補給を推奨しています。

 

現行の競走馬におけるビタミンD要求量はもしかすると少ないのかもしれませんが、それを調べるにはさらなる研究が必要でしょう。今回は競走馬についての話でしたが、生産地での飼養管理は放牧が中心であり、ビタミンDを多く含む牧草を摂取している繁殖牝馬や育成馬でビタミンDが不足する可能性はほとんどないと考えられます。

日高育成牧場 首席調査役 松井朗