2019年11月20日 (水)

冬期の昼夜放牧

No.114(2014年12月1日号)

 近年、生産地では昼夜放牧の有用性が注目されるようになり、夏期の昼夜放牧については多くの牧場で取り入れられるようになってきました(図1)。しかし、冬期の昼夜放牧に関しては、まだ一部の牧場での実施に限られ、その効果についてもよく分かっていないが現状です。本稿では、若馬における冬期の昼夜放牧の応用性について考えてみたいと思います。

1_7 図1 JRA育成馬の入厩時「昼夜放牧」に関するアンケートより
夏期における若馬の昼夜放牧は年々増加している様子が窺える


運動の量と質
 放牧に伴う自発的な運動は筋肉や骨、心肺機能の発育・発達にとって重要な役割を果たすことが知られています。しかし、北海道の馬産地である日高地方では、12月から翌年4月の最低気温は氷点下となり、放牧地は氷と雪で覆われます(図2)。そのため、昼夜放牧(10:00~翌8:00)を継続した馬達の放牧地における移動距離は、気温の低下とともに減少する様子がみられます(図3)。一方、昼放牧(8:00~15:00)に変更した馬達の1日の平均移動距離は5km程度となり、昼夜放牧の馬達の平均移動距離8kmと比較して少ないものの、単位時間当たりの運動量は昼間放牧の馬達が平均0.8kmのところ、昼夜放牧を継続している馬達の運動量は平均0.4kmとなり、昼間放牧の馬たちの方が活発な運動を行っていることが分かっています。

2_6 図2 北海道の生産地の放牧地は、冬期の間、雪と氷に覆われる

3_6 図3 当歳子馬の昼夜(22時間)放牧における移動距離と気温、日長時間との関係


 冬期の放牧地においては、寒さに耐えてじっとしている馬の姿を見かけます。ただ放牧を継続するだけでは、運動の質を確保できないのかも知れません。現在、我々は、「昼夜放牧にウォーキングマシーンによる運動負荷を加えることで健全な成長を促すことが可能か」について検討しているところです(図4)。

4_5 図4 運動の量と質の確保のためのウォーキングマシーンの活用

昼夜放牧のメリットとデメリット
 昼夜放牧のメリットは、馬が放牧地で過ごす時間が増えることです。放牧地で群れを作って行動し、厳しい冬期の環境に順応する様子は馬本来の自然な姿に近く、狭い馬房で多くの時間を過ごすよりも肉体的にも精神的にもタフで健康な成長が期待されます。また、人的なメリットとして、馬房滞在時間の短縮による寝藁代や人件費の経費削減なども考えられます。実際に、寝藁の交換は1週に一度程度で良くなるため、その使用量は1/7程度となり、空いた時間を馬の馴致や放牧地の管理に充てることが可能となります。
 一方でデメリットも幾つか考えられます。放牧地に滞在する時間が多く、特に夜間は目が行き届かないため、事故やケガを起こす可能性が増加します。また、1日1度は馬房に収牧し、飼付を行い、個体のチェックをする必要がありますが、短い馬房の滞在時間では1度に栄養要求量を十分摂取させることができないため、放牧地で飼付けするなどの飼料給与方法の工夫が必要になります。また、放牧地で給餌する場合は、各個体が摂取する量を管理しづらいなどの難点があります。さらに、広い放牧地(2ha以上)の確保や牧柵の整備、いつでも自由に飲める水飲み場(図5)、雨風を防げるシェルターや壁などの設置も必要かもしれません。特に、厳冬期に昼夜放牧を実施する場合には、脱水症状に陥らないために水飲み場の確保は必須となります。また、放牧地は牧草の摂取や踏圧により疲弊し荒廃するため、草地の管理は重要な課題となります。

5_3 図5 冬期の放牧地に設置した凍らない水飲み場

最後に
 冬期の昼夜放牧の実施に関しては、まだ試行錯誤の段階です。実施にあたっては、夏期からの昼夜放牧に対する馴致が必要なことは言うまでもありません。馬も人も無理をせず少しずつできることから行うことがポイントかもしれません。日高地方は、世界でも類を見ない寒冷地の馬産地です。昼夜放牧を始めとした新しい技術を上手に取り入れながら、世界に通ずる強い馬づくりを目指して行きたいものです。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年11月18日 (月)

妊娠後期の超音波(エコー)検査

No.113(2014年11月15日号)

流産率と好発時期
 過去の日高地区の調査では、妊娠5週目に受胎確認された馬のうち約9%が流産、早産に到ると報告されています。また、日高家畜保健衛生所の報告によると、家保に搬入された流産胎子の93%が妊娠後期(6ヶ月齢以降)に発生したものでした。8月から9月に妊娠確認を行うことが多いと思われますが、実はその後も流産するリスクが高いと言えます。

早期診断としてのホルモン検査
 陰部からの滲出液や乳房の早期腫脹といった外見上の流産徴候が認められる頃には、子宮内の異常はすでに進行しており、治療しても手遅れとなるケースが多いようです。そこで、より早期に流産徴候を把握するためホルモン検査が推奨されています(詳細については、バックナンバーをご参照下さい。2014年2月1日号、No.94)。しかしながら、ホルモン検査では胎盤や胎子が実際にどのような状態なのか知ることはできません。

エコーで何が分かるのか
 エコーを用いることで、胎盤や胎子の状態を知ることができます。感染性胎盤炎の指標として子宮胎盤厚(CTUP)があります。胎盤炎に罹患すると胎盤が肥厚するためCTUPが上昇します(図1)。また、胎子の状態を把握する指標の一つに心拍数が挙げられます。胎子も成馬と同様、刺激やストレスによって心拍数が上がったり下がったりするのですが、特に心拍数の低下は胎子の危機的な状態を表していると言われています(図2)。また、流産に至る過程でさまざまな要因により子宮内発育遅延Intrauterine Growth Restriction(IUGR)を来たすことがありますが、エコーでは胎子の頭や眼球、腹部、大動脈といった指標を計測することで胎子の大きさを推定することができます(図3)。

1_6 図1 胎盤炎の指標であるCTUP。胎盤炎に罹患すると厚くなる。

2_5 図2 胎子心拍数。正常では10週齢ころをピークに漸減する。

3_5 図3 胎子の大きさを推定するための各種指標。

胎子検査の実際
 一般の直検で用いられるリニア型探触子は鮮明な画像を描出できる半面、描出領域は深さ10cm、幅数cmと限りがある上に、下側しか観察できません。一方、コンベックス型と言われる扇形の探触子は画像が粗くなるものの、深さ30cm、視野角60度と描出領域が広い上に、直腸内において下側だけでなく前方向も描出できるため、リニア型に比べて広い範囲を観察することができます(図4)。また妊娠後半には、妊婦検査と同様にお腹から検査することによって胎子を観察することができます(図5)。コンベックス型探触子は新しい機械ではありませんが、馬繁殖分野ではリニア型ほど普及していませんので、現在のところ往診している獣医師の誰でも検査できる状況にはありません。

4_3 図4 探触子の種類。リニア型では妊娠後期の胎子を十分に観察することは難しい。

5_2 図5 2通りのアプローチ。妊娠後期には妊婦と同様にお腹から観察する。

普及の可能性
 胎子のエコー検査については以前から報告されていましたが、単体での意義はそれほど大きくなく、臨床応用には至りませんでした。しかしながら、近年はホルモン検査との併用により、エコー検査の対象を絞ることができるようになったことに加えて、エコーの高画質化、低価格化により機械の普及がより一層進むことが期待されることから、ヒトの妊婦検診のように実用性が高まってくるかもしれません。

まとめ
 一口にエコー検査と言ってもさまざまな検査項目があることがお分かりいただけたでしょうか。全ての妊娠馬に対して全ての項目を定期的に検査することが理想ですが、当然コストや手間もかかりますので現実的ではありません。そのため、「ホルモン値が異常の馬」「流産しやすい馬」「高額な種馬と交配した馬」など、気になる妊娠馬がいた際に検査してみてはいかがでしょうか。
 残念ながら、ホルモン検査やエコー検査で全ての流産を早期診断できるわけではありません。特に馬鼻肺炎ウイルス感染症のように流産までの転機が早い疾病に対しては未だ有効な検査法は確立していません。
 流産率を少しでも下げるため、日高育成牧場では流産予防に関する調査研究を行っています。妊娠馬の検査についてご興味がありましたらお気軽にお問い合わせ下さい。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬 晴崇)

2019年11月15日 (金)

育成馬のウォーミングアップとウォーキングマシンの活用

No.112(2014年11月1日号)

 育成馬の調教に運動器疾患はつきものですが、これらを少しでも減らし、効果的な調教を行うためにウォーミングアップは大切です。ウォーミングアップには「体温を上げる」、「関節や筋肉の柔軟性を高める」、「心肺機能の準備をする」、「集中力を高める」、「コンディションを把握する」などの効果があります。一方で、必要以上のウォーミングアップを行うことは疲労の蓄積につながります。また精神的なフレッシュさが失われ、調教の十分な効果が得られません。ウォーミングアップには引き運動、調馬索運動、騎乗運動などさまざまな方法がありますが、JRA日高育成牧場ではウォーキングマシンを活用したウォーミングアップを実施しています。今回は当場で実施しているウォーミングアップについて紹介します。

ウォーミングアップ
 当場では、最初にウォーキングマシンで約20分間の常歩、そして騎乗しての速歩を角馬場(約40m×70m)で両手前2周ずつ行っています。ウォーキングマシンを用いて、ヴァイタルウォークを行うことで、体温を上げ、柔軟性を高め、心肺機能の準備をしています。角馬場では、速歩を実施することで若馬の緊張を緩和し、また、両手前の運動を実施することで若馬の左右均等な筋肉の発育を促します。また、監督者が馬体のコンディションを把握するだけでなく、獣医職員による歩様チェックを常に行うことで、重篤な運動器疾患の発症を未然に防止するようにしています(写真1)。
 また、調教が進んで坂路調教を行う際には、上記に加え800mトラックでF22秒程度のキャンターを1.5週程度行います。若馬にとって坂路調教は肉体的に負荷の大きいトレーニングですが、ウォーミングアップのキャンターを行うことによって、本調教時の乳酸上昇を抑え、筋肉のダメージを抑えることが可能となります。

1_5 写真1 角馬場運動での獣医職員による歩様チェック
 
ウォーキングマシンの活用
 ウォーキングマシンはウォーミングアップだけでなく、クーリングダウン、リハビリテーションなどさまざまな利用方法があります。労働力を節約でき、スピードと時間の調整により、規定運動を負荷できることがメリットです。一方、単調な運動になるため馬が飽きやすい、馬を強制的に動かす機械であるためアクシデントにより怪我をするといったデメリットがあります。アクシデントによる怪我を防ぐため、ウォーキングマシンの利用にも馴致が必要です。マシン内の環境に慣らすために、数日間は引き馬でマシン内を歩き、初めて馬を単独で歩かせる際には、引き馬で1周回ってから放します。マシン内で立ち止まってしまうような馬は経験馬と一緒に実施することも有効です。慣れないうちはアクシデントが起こることが多いため、必ず監視下で実施します(写真2)。これらの馴致を行っても過度に敏感な馬についてはさらに時間をかけて慣らします。
 運動時間は利用の目的により異なりますが、ウォーミングアップ、クーリングダウンでは15~30分程度が目安です。また、1~2歳馬であれば速度は時速5.5km~6.5km程度であり、日により手前を変えて実施します。

2_4 写真2 ウォーキングマシンに慣れるまでは監視下で実施

最後に
 今回はウォーミングアップとウォーキングマシンの活用の1例として、当場で実施している方法を紹介させていただきましたが、皆様が普段利用されている調教施設とは異なると思います。それぞれの調教施設に適した方法を考える際の参考にしていただければよいと考えています。適切なウォーミングアップにより、育成馬の運動器疾患を予防し、効果的に調教を進めましょう。

(日高育成牧場 業務課 大塚 健史)

2019年11月13日 (水)

ローソニア感染症

No.111(2014年10月15日号)

国内での広がり
 もはや生産地の馬関係者でローソニア感染症を知らない人はいないのではないでしょうか。国内では2009年から発症が報告されており、特にここ4,5年の間に生産界に広く発症が認められるようになりました。まだ経験したことがない方にとっては対岸の火事のように思われるかもしれませんが、他人事ではなく身近な疾病という認識をもってお読みいただければ幸いです。

秋から冬の当歳に注意
 ローソニア感染症は当歳馬で離乳や寒冷といったストレスがきっかけとなって発症すると考えられているため、特にこれからの時期に警戒しなければなりません。感染しても発症しない馬もいますが、疫学調査の結果から発症馬のいる馬群ではみるみる感染が広がることが分かっています。
 日高育成牧場で発症した当歳馬は食欲廃絶、下痢を呈し、330kgあった体重が1ヶ月で290kgまで低下してしました(図1)。何頭もの子馬がみるみる削痩する様子を目の当たりにすると本疾病の恐ろしさを痛感します。一般には下痢の病気として知られていますが、発症しても下痢を示さない馬も少なくなく、初診時に感冒と間違われることもあります。微熱を呈したり元気がなかったりした際には、是非本疾病を頭の片隅に置きながら対処して下さい。

1_4 図1 当歳の発症馬。元気消失し、3週間にわたって体重が減少し続けた。

ローソニアの問題点
 原因細菌のローソニアイントラセルラリスは馬の腸粘膜細胞の中に寄生するという特徴をもつため、血液検査や糞便検査での確定診断が難しく、薬が届きにくいという点がやっかいです。また、実験室での細菌培養が難しいことから有効な抗生物質を確かめることができないため、獣医師はさまざまな治療経験を蓄積、共有して対応しています。

育成馬でも発症!
 ローソニア感染症は基本的には当歳馬の疾病ですが、1歳馬や成馬が発症することもあり、育成牧場の関係者にとっても他人事ではありません。当歳馬に比べて発症率は低いものの、発症した際には当歳馬よりも重篤化することが多いようです。当場で重篤化した1歳馬は食欲が廃絶し、2週間もの長期に渡り一日の大半を横臥した状態で過ごし、体重が100kgも落ちてしまいました(図2、3)。幸いその後は順調に調教に復帰できましたが、廃用となる例もありますので注意が必要です。

2_3 図2 1歳の発症馬。食欲は著しく低下し、横臥時間が延長した。

3_4 図3 1歳の発症馬。著しい削痩を呈した。

どこから来たの?
 ローソニア細菌の由来については、昔からブタが原因ではないかと言われていました。しかしながら、最近の国内の研究でウマから分離された細菌遺伝子がブタ由来のものとは異なることから、ブタ由来説は否定的のようです。野生動物が媒介している可能性もありますが、当然我々人間が媒介している可能性もありますので、他所の牧場へお邪魔する際にはそのような点に注意を払う必要があるでしょう。

予防に向けて
 近年、ブタ用ワクチンの有用性についてわが国を含め世界中で調査が行われており、既に有効性を示す結果も報告されています(図4)。しかしながら、使用書には「ブタ以外には投与しないこと」と明記されているとおり、副作用を含む安全性の懸念もあり、現時点ではまだ積極的に推奨できる段階ではありませんのでご注意下さい。

4_2 図4 ブタ用ワクチンの有効性が期待される。

 近年は冬期も昼夜放牧を継続する牧場が増えてきました。昼夜放牧は心身の鍛錬が期待できる一方で、馬の観察が疎かになってしまいます。特に冬期にはその寒冷ストレスによって体力や免疫力が低下すると考えられますので、健康状態の把握がより一層重要となります。言うまでもないことですが、細やかな観察と治療に対する早期判断はローソニア感染症に限らずどの病気についても重要です。感染してしまうのはある程度仕方がないとしても、せめて発見が遅れるということはないようにしたいものです。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬晴崇)

2019年11月11日 (月)

馴致に使用する様々な馬具

No.110(2014年10月1日号)

 今回はJRAの両育成牧場で実施している騎乗馴致について紹介させていただきます。騎乗馴致は、それまで放牧地で伸び伸びと生活していた馬に鞍を乗せ、騎乗するまでの一連の作業です。大人しく人を騎乗させるために、馬は人の重さや馬具による締めつけなどの様々な刺激に慣れる必要があります。同時に、発進や停止など、人の指示も理解しなければなりません。JRA育成牧場では、一日ごとの馴致計画を作成し、段階的にステップを経て馬に教えることで、安全かつスムーズな騎乗馴致ができるように心掛けています。

騎乗馴致の流れ
 まず、馴致に先立ち、馬房内で後ろ向きに1本のタイチェーンでつないで、ブラッシングなどの手入れができるよう教えます。全身をくまなく撫でることで、馬具や人が馬体に触れることに慣らします。騎乗馴致の1週間前からは、プレ馴致として、タオルをリズムよく大きく振りながら背中やお尻などに触るタオルパッティングを実施します(写真1)。また、ローラー(腹帯)をスムーズに受け入れることを目的として、ストラップ(写真2・図1)を使用して胸部を締めることに慣らします。タオルパッティングやストラップ馴致は、馬房内を大きく回転しながら実施します。ここまでが事前の準備です。以降の騎乗馴致にいたる1週間ごとのスケジュールは以下のとおりです。

3_3 写真1 タオルパッティング

4 写真2 左からストラップ、サイドレーン、ローラー

1_3 図1 ストラップを用いて腹帯を締める時と同じ方向に圧迫します

 第1週目は、ラウンドペン(円形馬場)でランジング(調馬索運動)を行います。ランジングでは、最初1本のレーン(調馬索)を使用し、音声コマンド(声の合図)によって動くこと(常歩や止まれ)を教えます。次に、ローラー(写真2)を装着して鞍つけの馴致を行います。また、騎乗した際の頭頚の位置を教えるため、最初の口とのコンタクトとなるサイドレーン(写真2)を装着します。さらに、ダブルレーン(2本の調馬索)によるランジングも実施します。

 第2週目は、ドライビングを始めます。ドライビングは調馬索を2本使用し、人は馬の後ろから指示を出します。騎乗者が馬を後方から動かすことを教えると同時に、手綱操作を教えます。ドライビングはラウンドペンだけでなく屋外でも行い、騎乗する環境への馴致も兼ねています(写真3)。ドライビングが自由自在に出来るようになったら、騎乗する際の人の動きや背中に荷重することに慣らすため、馬房内で馬の横に立ってジャンプしたり、横乗りの形で馬に乗り、体重をかけます。
第3週目に騎乗します。最初は馬房で騎乗し、落ち着いたらラウンドペンで騎乗運動を行います。以上が騎乗馴致の大まかな流れです。

5 写真3 野外でのドライビング風景

馴致に使用する馬具
 馴致の流れに沿って使用する馬具をまとめます。
・ストラップ 
腹帯による圧迫に慣れさせることを目的として使用します。ストラップを締めたり緩めたりしながら馬房内をゆっくりと回転し、腹帯を締める時と同じ方向に圧迫します(図1)。
・キャブソン    
馬の口は敏感なので、いきなり調馬索をハミからとらず、最初はキャブソンの鼻革にある環に調馬索等を繋ぎます。ラウンドペン(丸馬場)内で調馬索による円運動を教え、ハミそのものを馬に受け入れさせるまでの期間使用します(写真4)。

6 写真4  キャブソン

・ハミ 
 騎乗馴致には枝と舌遊び(キー)の付いた「ブレーキングビット」を使用します。枝によってまっすぐ歩くことを教え、キーで遊ぶことで、舌の上でハミを受けることを教えます。キーには、唾液の分泌を促進する効果もあります。なお、馴致終了後から真っ直ぐに走ることを覚えるまでは「Dバミ」、それ以降は「ノーマルビット(ルーズリングビット)を用います(写真5)。

7 写真5 上からブレーキングビット、Dバミ、ノーマルビット

・ローラー 
 ランジングの際、停止・発進・常歩・速歩の各音声コマンドを理解したら、次のステップとしてローラーを装着します(写真6)。騎乗馴致において馬のリアクションが最も大きくなることから、特に慎重に進めるステップです。最初は必ずラウンドペンでローラーを装着します。装着後、馬がローラーの圧迫を感じて反抗する場合は、瞬時に追いムチや声によって馬を前進させます。馬は前方に動くことによりローラーの圧迫に慣れ、落ち着いたランジングが可能となります。このことにより、馬は何かあった時には、真っ直ぐ前方に出ることを学びます。

8 写真6  ローラー装着風景

・サイドレーン 
 ランジングやドライビングの際、頭頚の位置を安定させることを目的として使用します。装着の際、キ甲部でクロスさせるのがポイントです(図2)。この方法は、アンチグレイジングレーンと呼ばれています(グレイジングは「牧草を食べる」との意味)。屋外でドライビングを実施する際に、頭を下げて草を食べることなどのいたずら防止にも役立ちます。

最後に
 馴致とは「馴らして目標にいたらしめる」ことであり、馬を屈服させることではありません。馬に納得させ、人と一緒にいることで安心できる関係を作らなければなりません。一つ一つのステップを着実に消化し、馬と一緒に様々な経験を積み重ねれば、馬は人の指示・思いを十分に理解します。相互理解を深め、人馬の信頼関係を構築することが、安全かつ無事に馬を目標に導くために最も重要なことだと考えています。

(日高育成牧場 業務課 宮田健二)

2019年11月 9日 (土)

当歳馬の肢勢変化

No.109(2014年9月15日号)

 前々回の本記事において、下肢部のコンフォメーションについて紹介しましたが、関連記事として今回は、当歳馬の肢勢の変化について紹介します。

 日高育成牧場では、生産馬「JRAホームブレッド」を対象として毎月日高育成牧場の複数の獣医師と装蹄師により、発育状況、肢勢の変化や跛行の有無などを検査しています。その検査結果から、JRAホームブレッド15頭(2013年:7頭、2014年:8頭)の2年間に渡る検査結果を基にして、当歳馬の成長に伴う肢勢の変化について紹介します。コンフォメーション異常に関する説明や写真は、前々回の記事(8月15日号)を参考にしながらお読みいただければ幸いです。

1ヶ月齢まで
 出生直後から1ヶ月齢までのコンフォメーション検査結果から、前肢については外向肢勢が6頭、X状肢勢が3頭、内向肢勢が2頭、弯膝が3頭に認められました(重複あり)。また、後肢については球節以下の内反が4頭、浮尖(写真1)が4頭、川流れ(飛節以下が左右同方向に反ったもの)が1頭に認められました。さらに四肢もしくは前後肢どちらかの起繋が10頭に認められました。これらのコンフォメーション異常の多くは、先天的あるいは母体内の体勢が影響したものと考えられます。頭数を列記するとずいぶん多く感じますが、これらはいずれも症状が軽かったので、外科的治療や装蹄療法を必要とした馬はいませんでした。産まれて間もないこの時期の子馬は、体のバランスが悪く歩様も安定しないため、正確に肢勢を判断することは難しいのですが、日々の肢勢の変化には注意を払う必要があります。

1 写真1 矢印が示す3肢が浮尖の症状を示している。蹄尖が浮き、蹄球が地面についてしまっている。

2~3ヶ月齢
 その後、2~3ヶ月齢になると放牧地での運動量が増えることで筋肉や腱が成長し、歩様もしっかりしてきます。この時期の骨や腱の発達は旺盛であり、放牧地からの物理的な過度の刺激や痛みに対する反応などの影響によっては、クラブフット(写真2)の発症が認められる時期でもあります。今回の調査では2頭がクラブフットの症状を示しました。この2頭は早期に発見できたため速やかに対処したところ、1頭は削蹄のみで、もう1頭は装蹄寮法(ヒールアップによる疼痛緩和)と運動制限を施すことで良化しました。また、先に述べた誕生から1ヶ月齢の肢勢異常について、川流れ(1頭)と浮尖(4頭)は成長とともに自然に治癒し、消失していました。また、その他の肢勢異常はこの時期に大きく変化することはありませんでした。

2 写真2 蹄冠部(矢印部分)が前方に破折し、蹄尖で立つような姿勢となっており、クラブフットの典型的な症状を示している。

4~6ヶ月齢
 この時期、各馬の肢勢に大きな変化はないものの、球節部の骨端炎を発症する馬が散見されるようになりました。これらの馬の中で、内反や外反(写真3)を起こした馬に対しては成長板にかかる圧力を均等化するなどの適切な削蹄を施したことにより、骨端炎を原因とした極度の支軸破折を起こすことはありませんでした。

3 写真3 右前の球節以下内反、左前の球節以下外反の症状を示している。

7ヶ月齢以降
 7~10ヶ月齢の検査では、軽度の後肢球節の沈下不良などはみられたものの、肢勢は殆ど変化しませんでした。

 以上の調査結果から、当歳馬の肢勢が大きく変化する時期は出生直後から3ヶ月齢までの早い段階であるように感じられます。また、発見してすぐに処置を行った多くの馬が重症化せずに改善したことから、肢勢矯正を行う時期はできるだけ早いほうがよいと言えそうです。
 肢勢異常の中には子馬が成長するにつれて自然に良化する場合があり、矯正を行う必要性を判断するのは非常に難しいと思います。この判断を行うのは生産者と獣医師、装蹄師であり、3者の経験に委ねられます。その馬の競走馬としての未来を切り拓くためには、3者の相互理解と協力が必要不可欠だと言えるのではないでしょうか。

                     (日高育成牧場 業務課 福藤 豪)

2019年10月 2日 (水)

離乳

No.108(2014年9月1日号)

 9月に入り、多くの牧場では、本年生まれた子馬たちの離乳が行われている頃ではないでしょうか。離乳は、生まれてから母馬とともに過ごしてきた子馬たちにとって、「初期育成」から「中期育成」への区切りとなる大きなイベントになります。
 今回は、離乳に関する基本の確認と、JRA日高育成牧場で実施している方法についてご紹介します。

離乳とは
 そもそも、なぜ馬は離乳する必要があるのでしょうか?
その答えは、母馬が次の出産に備えるためです。次に生まれる子馬に十分量の母乳を与えるためには、出産前に少なくとも1ヶ月の「泌乳器の休養」が必要となります。このため、野生環境におかれた馬では、出産の1~2ヶ月前になると、子馬の方から自然に哺乳しなくなり、徐々に母子が離れていきます。
サラブレッド生産における離乳の実施時期は、概ね5~6ヶ月齢というのが一般的になっていますが、牧場によっては7~8ヶ月齢と遅い場合もあるようです。一方、急速な発育などに起因するDOD(成長期整形外科疾患)の予防として、重種馬を乳母として利用している際の母乳摂取抑制あるいは母馬の飼料盗食を回避することを目的とした早期離乳も実施されています。
 通常、離乳の実施時期を考慮するうえで、「栄養面の離乳」と「精神面の離乳」の2つを念頭に置く必要があります。

栄養面の離乳、精神面の離乳
 母馬がいなくなった場合に、それまで母乳から摂取していた栄養を牧草や固形飼料で代替することができるようになっていること、すなわち、1~1.5kgの固形飼料を食べられることが、ポイントになります。
 クリープフィードの給餌を離乳直前に開始しても、食べ慣れるまでに時間がかかるうえ、離乳ストレスによる食欲低下も念頭に置かなくてはなりません。このため、クリープフィードの開始時期は、一般的には、母乳の量が低下し始める2ヶ月齢が目安になります。もちろん、過剰摂取による過肥、骨端炎および胃潰瘍には十分注意する必要がありますので、子馬の体重、増体量、ボディコンディションスコア、放牧地の草の状態などの観察が重要になります。
 精神面からも、離乳の実施時期を考慮するポイントを得ることができます。放牧地で母馬と一定の距離があること、また、他の子馬との距離が近づいていることが、離乳後のストレス軽減を判断する指標になります(図1)。
 これら「栄養面」および「精神面」の両者が概ね達成される時期が、概ね生後3~4ヶ月ですので、必然的にこれ以降が適切な離乳時期といえるのかもしれません。
 1_3 (図1)3ヶ月齢を過ぎると、母子間距離が長くなり、子馬間距離が短くなる。

リスク回避の方法
 離乳を実施するうえで、考慮しなくてはならないリスクには「成長停滞」「悪癖の発現」「疾患発症(ローソニア感染症など)」「事故」などがあげられます。これらのリスクをゼロにすることはできませんが、予防策として、「離乳前に固形飼料を一定量食べさせておくこと」「ストレスを可能な限り抑制すること」を念頭におくことにより、リスクを最小限に抑制できます。
 このため、時期や環境に注意を払う必要があります。著しい暑さ、激しい降雨、アブなどの吸血昆虫などのストレス要因を回避することに加え、栄養豊富な青草が生い茂っている時期に実施することも重要です。また、隣接する放牧地に他の馬がいる場合には、母馬を探し求める子馬が柵を飛越するリスクがあるため、牧柵および周辺環境を含めた放牧地の選択や、離乳後における数時間程度の監視も重要です。
 昨年、日高育成牧場で実施した離乳方法は以下のとおりです。
 最初に、同じ放牧地で管理している7組の母子のうち2頭を離乳するとともに、穏やかな性格の牝馬(当該年の出産なし)をコンパニオンとして導入し(図2)、その後、2~3週間かけて段階的に2、3頭ずつ離乳していき、最終的に子馬7頭とコンパニオンの計8頭の群で管理しました(図3)。

2_3 (図2)最初の離乳時に、穏やかな性格の牝馬(子無し)をコンパニオンとして導入

3_3 (図3)子馬7頭とコンパニオンの8頭の群で管理

 この方法の利点は、同じ群の多くの馬が落ち着いていることです。離乳直後は、放牧地を走り回りますが、周りの馬が落ちついているため、われに帰って、群の中に溶け込みます。離乳後、数時間の監視をしていますが、大きな事故につながるような行動はありませんでした。どのような方法であっても、母馬がいなくなった子馬のストレスを完全に回避することは困難ですが、このような段階的な離乳により、可能な限りストレスを緩和することができると思います。

4_3 (図4)コンパニオンとして導入した繁殖牝馬を中心に落ち着いた様子をみせる離乳直後の当歳馬たち

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年9月30日 (月)

下肢部のコンフォメーション

No.107(2014年8月15日号)

はじめに

 8月25日から4日間にわたり、上場頭数では国内最大規模のサマーセールが開催されます。今回は、セリで馬を検査する際に注目される下肢部のコンフォメーションについて紹介いたします。

 コンフォメーションとは、馬の外貌から判別することができる骨格構造、身体パーツの長さ、大きさ、形状やバランスのことをいいます。コンフォメーションがよい、すなわち力学的に無駄がない骨格構造をしている馬は、効率よくスムーズに走ることが可能です。したがって、強い運動時における関節等への負担や筋肉疲労も少ないものと考えられます。

 前肢

 馬は体重の約65%を前肢で負重するとされることから、前肢のコンフォメーションはとりわけ重要です。

 筋肉が発達し十分な長さがある前腕と、比較的短い管は、大きなストライドを得るうえで大切です。腕節や球節は十分な巾と大きさが必要で、また、腱や靭帯が外貌から明瞭に見える管は丈夫で健康です。

 凹膝(おうしつ)と呼ばれる反った腕節は、屈腱や腕節に対する負担が大きく、屈腱炎や剥離骨折を発症しやすいといわれます。腕節が前方に屈曲した弯膝(わんしつ)は繋靭帯や屈腱に負担がかかりますが、軽度の弯膝は凹膝ほど問題になりません。腕節の直下がしぼれて狭くなっているものは、窄膝(さくしつ)と呼ばれ、腱の発育が不良で好まれません。

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 標準的な繋の角度は概ね45~50度とされています。繋が標準よりも長くて緩い臥繋(ねつなぎ)は腱に対する負担が大きく、逆に、短く立った起繋(たちつなぎ)は骨に対する衝撃が大きくなります。また、側面から見た蹄の角度(背側および掌側)は繋の角度と平行であることが標準です。

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 正面から見て、肩端、腕節、球節および蹄が直線状にあることが標準です。両方の腕節が内側に寄ったX脚は、腕節の内側に負担がかかるとともに外側の靭帯にも負荷がかかります。また、前腕と管骨のラインがずれたオフセットニーは内管骨瘤や腕節の剥離骨折などの問題を起こしやすいといわれています。

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 繋と蹄が外に向くものを外向、内に向くものを内向とよびます。外向は腕節や球節の内側に負荷がかかり、球節の剥離骨折などを発症しやすいといわれています。通常、外向は外弧歩様(がいこほよう)になりますので、交突にも注意が必要です。一方、内向は内弧歩様(ないこほよう)となり、内向は腕節や球節の外側に負荷がかかります。内弧歩様は動きに無駄が多く、疲労しやすくなります。

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後肢

 後肢からの力強い推進を得るためには、良好なコンフォメーションが必要です。側望では、臀端から地面におろした垂線が管の後面に接するのが標準とされます。また、繋の角度は前肢よりも大きく、50~55度が標準です。

 飛節は十分な幅と大きさが必要です。十分な幅のない飛節や、飛節から管に移る部位が急にしぼれて細くなっている窄飛(さくひ)は弱いので好ましくありません。標準とされるものよりも飛節の角度が小さい曲飛(きょくひ)は、飛節後面に負荷がかかり飛節後腫を発症しやすいといわれています。また、脛骨が長く、臀端から下ろした垂線よりも後踏み肢勢をとる折れの深い飛節は曲飛ほど弱くありませんが、動きに無駄が多いので疲労しやすいといわれています。直飛は飛節の角度の大きいもので、飛節構成骨に負荷がかかりやすく、膝蓋骨の上方固定を発症しやすいといわれています。

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 側望からみた後肢の肢軸は、臀端から地面にまっすぐ垂線をおろして評価をします。垂線が飛端から管の後面を通過するものを標準肢勢としています。後肢のX状肢勢は、飛節の内側に負荷がかかり、外向肢勢を伴うことが多いので交突にも注意が必要です。一方、O状肢勢は飛節の外側に負荷がかかるとともに疲れやすく、狭踏肢勢をともなうと十分に踏み込むことができません。両者ともに飛節内腫、軟腫および後腫等の発症に注意が必要です。 

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歩様

歩様は、肢勢と立ち方に規定されます。

胸が狭く肢を広く踏む広踏または外向蹄では外弧歩様、胸が広く肢を狭く踏む狭踏または内向蹄では内弧歩様を示します。立ち馬では肢軸を評価しづらい場合もありますが、実際に歩かせてみると肢軸のコンフォメーションは比較的容易に判別できます。 

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最後に

コンフォメーションは馬の個性の一つと考えるとよいと思います。これからの馬体成長を見込んで評価することも大切です。また、欠点よりも長所を探すことを忘れてはなりません。

 (日高育成牧場 副場長 石丸 睦樹)

2019年9月29日 (日)

セリに向けた馴致

No.106(2014年8月1日号)

 8月5日に八戸市場、8月25日にサマーセールを控え、コンサイナーをはじめ生産牧場の皆様は忙しい日々を過ごしていることと思います。今回は、セリに向けた馴致に関する話題をいくつか紹介いたします。

1歳馬品評会
 まず、三石・平取両地区で実施された1歳馬品評会の取組みを紹介します。
 三石地区(6月11日実施)では「ベストターンドアウト賞」が新設されました。審査基準として「最も美しく管理・手入れされていると同時に、人馬の信頼関係が感じ取れ、躾が行き届いている馬を総合的に判断する」とし、事前に審査のポイント(本誌7月1日号参照)が各牧場に周知されました。
平取地区(6月20日実施)では、品評会の3週間前に当場職員が講師として「セリ馬の手入れの仕方と飼養管理について」というテーマで講義と実習を行いました。実習は同地区会員の牧場の1歳馬3頭を用いて、参加者が積極的に手入れやたてがみ等のトリミングを行いました。
 これらの取組みの結果、両品評会においては、これまで以上に各牧場の1歳馬の飼養管理技術の向上を感じました。また、上場馬自身が多くの方に見られる経験をしたことによって精神的にも成長し、セリ会場においても堂々とした展示を見せてくれることでしょう。また、このことが販売成績にも結びつくと期待されます。

セリ馴致
 こうしたセリ馴致の実態は年々変化しているものと考えられます。そこで、JRAでは購買した育成馬に対し、毎年「セリに向けた飼養管理」についてアンケート調査を実施しています。ここでは、2012年に購買した74頭(内訳は、コンサイナー預託48頭(65%)、コンサイナー以外26頭(35%))から得られた回答のうち、セリ馴致に関する項目について紹介します。


1. 引き運動
セリ馴致で最も重要と考えられるのが『引き運動』です。多くの牧場が引き運動を実施していましたが、その実施期間は、「30日以上~60日未満」が最も多く、74牧場中32牧場(43.2%、平均36.8日)でした(図1)。また、その時間は「30分以上45分未満」が最も多く、35牧場(47.3%、平均27.7分)でした(図2)。

1図1

2 図2

2. ウォーキングマシン
 効率的に馬の運動量を確保するうえで『ウォーキングマシン』は有効です。ウォーキングマシンを活用しているのは、52牧場(70.3%)でした。その実施期間は、「30日以上~60日未満」が最も多く、27牧場(36.5%、平均36.7日)でした(図3)。また、その時間は「30分以上45分未満」が最も多く、29牧場(39.2%、平均38.6分)でした(図4)。

3 図3

4 図4


3. ランジング(調馬索運動)
馬体の太い馬をフィットさせる目的で『ランジング』を行うこともあります。ランジングを実施していたのは31牧場(41.9%)でした(図5)。また、その平均時間は14.7分でした。

5 図5


4. 放牧時間の変更
 セリ前の放牧管理については、悩まれている牧場も多いと思います。最も多いのが「放牧時間を短縮しパドックに変更」で、37牧場(50%)でした(図6)。また、パドック放牧時間の平均は4.1時間でした。一方、「昼夜放牧を継続」も6牧場(8.1%)ありました。

6 図6


5. 飼料内容や量の変更
 最も多かったのが「変更しない」で、32牧場(43.2%)でした(図7)。一方で、コンサイナーに預託し、セリ馴致開始とともに飼料内容や量を変更する牧場も多いと考えられます。なお、燕麦やスイートフィード等の濃厚飼料の日量については、20牧場(27%)が「6kg以上給与」していました(平均5.1kg)(図8)。

7 図7

8 図8

 上記結果から、セリ馴致の大まかな実態が把握できたものと思います。セリにむけて馬を仕上げるためには2ヶ月以上かかるという意見もあることから、全体的に、やや馴致期間が短いようにも感じられます。また、6kg以上の濃厚飼料を給与する牧場も散見されることから、全体としてセリに向けて急仕上げ(飼料給与量増加によるボディコンディションスコアの調整)の馬が多いのかもしれません。1歳春から夏にかけての気候のいい時期に昼夜放牧ができないことも、馬の将来を考えると、改善の余地があるかもしれません。そのように考えると、セリ馴致は、三石・平取の品評会の例のように適切な放牧管理を行いながら生産牧場でも取組める可能性があります。

札幌競馬グランドオープン
 最後に札幌競馬場の話題です。札幌競馬場がリニューアルされて7月26日(土)にグランドオープンしました。競馬の盛り上がりに期待したいと思います。さて、この札幌競馬場のもうひとつの特色は、スタンド内にセリを開催できる施設を新設したことです(図9)。セリを成功させるためには、良質の馬を集め、多数の購買者を集めることが不可欠です。札幌の地の利を活かし、今後の市場としての活用も期待したいところです。

9 図9

(日高育成牧場 副場長 石丸睦樹)

2019年9月18日 (水)

日高と馬の関わり:サラブレッド生産に至るまで

No.105(2014年7月15日号)

 今回は、科学に関する話題から離れて日高のサラブレッド生産の歴史について紹介したいと思います。「箸休め」としてお読みいただければ幸いです。

 明治以前の「日高と馬」

 日高地方に住んでいる方にとって「日高と馬の関わり」ということであるならば、多くの方は様似等澍院(写真1)の住職「馬追い上人」を思い浮かべられるのではないでしょうか。この住職、滋真が牧場創始の建白をしたのは安政4年(1857年)であり、翌年の幕府による調査の結果、「浦川牧」(元浦河地区、即ち現在の荻伏に存在:当時は浦川牧と称した)が開設されました。これ以前にも、有珠・虻田などの地区にも1800年代初頭から牧場があり、馬市も開かれていたようです。浦河に縁の深い「赤心社」の報告(明治16年)には「古来日高は名馬の産地で馬持ちが多い」と記されています。「浦川牧」には一時500頭あまりの馬が飼養されていたようですが、明治元年に廃止され一部の馬は近隣に払い下げられたとのことです。これらの馬が日高地区での馬産の基礎になったと考えられます。

 1_4 写真1 現在の様似等澍院

明治前期の「馬匹改良」

 明治政府は、農業近代化政策のひとつとして北海道に開拓使を置くとともに、明治5年には道産馬改良のために新冠御料牧場の前身である「新冠牧馬場」を開設します。さらに、農畜産技術指導者であり獣医師でもあったエドウィン・ダンの提案を受け入れ、明治10年、北海道の馬産の拠点を新冠に集約し、西洋式牧場として整備しました。これにより優秀な種牡馬と進んだ管理技術が日高に導入され、北海道の馬産の基礎が築かれたといえます。最盛期には千数百頭もの馬が飼育され、すでに始まっていた横浜根岸での洋式競馬にも勝ち馬を送っていたとのことです。日高管内各町村史によれば、明治20年前後からは経営規模の大きな牧場が管内に現れてきたと記載されています。また、明治40年には日高種馬牧場(旧日高種畜牧場)が設立されました。両牧場ともサラブレッド種牡馬を繋養し、北海道における本格的なサラ系馬の生産が始まりました。

 サラブレッド牝馬のまとまった数の輸入は、まず日本レース・クラブが明治30年代に豪州産馬を輸入しています。これらの多くは競走後に繁殖に供されました。例えば有名なミラは新冠御料牧場に繋養され、その血はワカタカ、ヒカルイマイ、ランドプリンス等々に引き継がれていきました。これに続く動きとしては、日露戦争のため豪州から多頭数(一万頭など諸説あり)の馬が輸入されました。日清戦争あるいは北清事変においては、日本産馬の軍馬としての資質の低さが問題でしたが、日露戦争では長期化に伴う資源不足が憂慮され、当時同盟国であった英国の仲介により輸入されたとのことです。この血統的内訳は不明ですがサラブレッドも多く含まれていたことが想像できます。この中の牝馬約3,500頭を民間に貸し付け、このうち397頭が北海道に分配されました。この豪州牝馬を基礎とする馬種の改良は大きな成果があったと「日本馬政史」に記されています。軍馬補充目的で輸入されたのですが、その後のサラブレッド生産にも大きな影響を及ぼしたと考えられます。

 明治後期の「サラブレッド生産」

「日高種畜牧場50年の歩み」には、明治41年にサラブレッド種牡馬ブレイアモーア(写真2)を含む種牡馬7頭を民間馬114頭に交配したとあります。これに呼応する記述として、浦河の「鎌田家」の歴史を記した「大地とともに」では明治40年、鎌田九平氏がサラブレッド繁殖牝馬数頭を持って牧場を始めたとされており、「西舎開村記念誌:拓地百年」には、この牝馬に国有種馬牧場の同種の馬を配したと記されています(写真3)。そして購買者には、競馬関係書によく名前の出てくるアイザックス氏も出ています。この時期から日高地区の民間におけるサラブレッド生産が加速されたと考えられます。以降、馬券禁止後一時下火になったものの、大正12年に馬券が復活するとサラブレッド生産が著しく高まったと「日高支庁100年記念誌」に記載されています。このころに活躍した日高種馬牧場のサラブレッド種牡馬には、帝室御賞典競走勝馬を始め優秀な産駒を多数輩出し1924(大正13年)~1929年(昭和4年)のリーディングサイアーとなったイボア(写真4)が有名です。

2_3 写真2 日高種馬牧場開設当初にイギリスから導入されたブレイアモーア(写真には、ブレアーモアーと表記されている 浦河町立郷土博物館所蔵)

3_3写真3 「大地とともに」(右:日東牧場(浦河町)所蔵)と「西舎開村記念誌:拓地百年」(左:日高育成牧場所蔵)

4_2 写真4 イギリスから導入されたイボア(1905年生まれ)
イボアは1910年(明治43年)十勝に導入され、産駒成績が優秀であったためその後1917年(大正6年)に日高種馬牧場に移管された。写真は、旧日高種畜牧場メモリアルホール(日高育成牧場内)に展示されている。

 本来洋種馬の輸入目的は、畜耕および輸送手段である在来馬の大型化であったので、国費によるサラブレッド種牡馬の購入もそのためでなければ名分が立たなかったと思われます。「日本馬政史」にも「民間にサラブレッド純粋種を繁殖させる主旨ではない」と言い訳がましく書かれています。一方、後段では明治40年頃の競馬興隆時には、時代の要求によりその供用が急伸したとも書かれています。昭和12年に発行された「日高種馬牧場要覧」にも競馬隆昌時に日高地方は有力なサラブレッド生産地であったことが示唆されています。

 (軽種馬育成調教センター 日高事業所長 高松勝憲)