ホームブレッド Feed

2019年5月27日 (月)

日高育成牧場からのメッセージ

No.78 (2013年5月15日号)

来場者を魅了するセリ市場に

 3月1日付けの定期人事異動で日高育成牧場の場長として、4年ぶりに日高に戻って来ました。今後ともどうぞよろしくお願いします。
 低迷していた日本経済は、自民党の安部政権が掲げるアベノミクス効果により、円安や株価上昇など少しずつですが回復の兆しが見えて来ました。一方、JRAブリーズアップセールはプライベートセールではありますが、年度初めの育成馬セールであり、当該年のセリ市場の動向を占うセールとして注目されています。
 本年度の成績は売却率こそ100%を達成しましたが、売却総額は6億7千万円(対前年比93%)、平均価格は880万円(対前年比93%)、来場購買者数は166名(対前年比95%)と、景気回復を肌で実感できるという結果までには至りませんでした。
 また、JRAはブリーズアップセールを新規馬主(登録後3年までを新規馬主と定義)の入門編のセールと位置付けており、新規馬主の来場者数は48名、実際に購買された者は24名で購買頭数は26頭といずれも過去最高を記録しました。新規馬主の方が本セールで購買を経験することや調教師との接点をもつことで、次のステップとして民間のセリ市場に参加してくれることを期待しています。
さて、セリ市場の成績の中で、購買登録者数は皆さんにとって馴染みが少ないのではないでしょうか。

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 図は、北海道市場主催の1歳市場の過去5年間における購買登録者数の推移です。特にサマーセールとオータムセールで顕著ですが、購買登録者数は3市場とも増加しており、市場主催者による振興策の成果といえます。セリ市場の振興で最も重要なことは、複数の方が上場馬にビッドするよう、一人でも多くのお客様を市場に誘導することです。そのためには購買したくなる資質の高い馬を上場すること、来場しやすい市場日程や開催場所および楽しめる雰囲気を目指した運営などがあげられます。JRAでは現在改築中の札幌競馬場のスタンド内でセリを開催できるよう工事を進めており、完成後はぜひ活用していただきたいと思います。このようにセリ市場の振興に向けて、市場主催者や上場者を始めとして競馬サークル全体で取組んでいければと考えています。


日高育成牧場 
場長 山野辺啓

『JRAホームブレッドの役割』

 3月1日付けで日高育成牧場の副場長を拝命しました横田貞夫です。栗東トレーニングセンター 競走馬診療所長から異動して参りました。東西のトレーニングセンター競走馬診療所やJRA本部馬事部の防疫課・獣医課での勤務経験はあるものの、生産現場での勤務は初めてとなりますので、生産地の皆様よろしくお願いいたします。
 さて、第9回目となりましたJRAブリーズアップセールも先日、無事に終了いたしました。関係各所の皆様方にはこの場をお借りして御礼申しあげます。私自身、今までも何度かブリーズアップセールは見てきましたが、今年は上場馬を送り出す日高育成牧場の立場から見ることとなりました。
 今年上場されたJRAホームブレッド8頭については、他の育成馬たちと同じ目で見守ってきましたが、日高育成牧場に着任してから続々と誕生してくるJRAホームブレッド達を見ていると、2年後のJRAブリーズアップセールにJRAホームブレッドが上場されるときには生産地の皆様方と同じ気持ちで送りだすことになるものと考えています。
 日高育成牧場で生産したホームブレッドは、一昨年の第7回よりブリーズアップセールに上場していますが、サラブレッドを生産する過程で、生産地で問題となっている不受胎や早期胚死滅、流産などの経済的損耗の高い疾病について、交配に関わる要因の調査、妊娠に関わる馬臨床繁殖学および生殖内分泌学の研究を実施し、その対応策について検討しています。
 また、生産地において初期育成段階に発現する発育期整形外科疾患(DOD)は、育成の様々な段階で問題となっていますが、DOD発生の実態を探るため、JRAホームブレッドが生れてから離乳に至るまでの肢勢調査を継続的に行い、実態の把握、病態改善のための管理方法について、周辺の獣医師団体と協力して調査しており、これら調査研究で得られた成果については、学術集会、生産地におけるシンポジウムや講習会での報告などを通じて、生産育成現場への還元、普及に努めています。
 現役競走馬を管理するトレーニングセンターにおいても、生産地で話題となっているOCD(離断性骨軟骨症)をはじめとするDODの評価について相談を受けることが多々あり、臨床症状と併せ診て判断をしているところですが、ホームブレッドを用いた生産からの調査研究の成果は競走馬における診断の一助にもなるものと考えております。
 今後もホームブレッドを含めた育成馬を用いて生産育成に関する研究を多角的に行い、生産育成技術の開発の成果を広く広めていきたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。

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 今年のJRAホームブレッド第1号は、3月11日に誕生したビューティコマンダの13(牡:父ヨハネスブルグ)でした。出生時の体重は64kgで、骨量豊富なしっかりした子馬です。本年は8頭の産駒誕生を予定していますが、2年後の「2015JRAブリーズアップセール」に、誕生した8頭すべてが無事に上場できることを願っています。

日高育成牧場  
副場長 横田貞夫

2019年4月24日 (水)

非分娩馬(空胎馬)を乳母として利用する方法

No.70 (2013年1月1・15日合併号)

はじめに
 軽種馬の生産をしていると分娩事故によって母馬が死亡したり、母馬が育子を放棄したりする場面に遭遇するかもしれません。10頭未満の生産規模である日高育成牧場でも育子拒否を経験しています。その際には人工哺乳か乳母の導入か判断しなくてはなりません。諸外国では大手牧場が輸血用の供血馬(ユニバーサルドナー)と乳母を兼ねて繋養し、自場での使用のみならず周辺牧場へレンタルしたりもします。一方、国内では、重種あるいは中半血種の乳母をレンタルすることが多いようです。乳母の導入は、子馬の健やかな発育のためには非常に利点が大きい反面、レンタル費用が高額であるというデメリットがあります。一方、乳母を導入せずに人工哺乳のみでも成長させることができます。この方法はコストを抑えられる反面、昼夜を問わない頻回授乳のための労働負担、またヒトに慣れ過ぎるといったデメリットが考えられます。このように、乳母と人工哺乳は一長一短であると言えます。今回は新たな選択肢として、その年に出産していない非分娩馬(空胎馬)を乳母として利用する画期的な方法をご紹介します。

育子拒否
 サラブレッド種の育子拒否率は1%未満と言われていますが、海外の教科書にはfoal rejectionという項目が設けられているように、決して珍しい問題ではないようです。
犬では経膣分娩に比べ、帝王切開で育子拒否率が高いことが知られています。出産の際に産道は時間をかけて徐々に広がりますが、この「産みの痛み」に伴って分泌されるオキシトシンというホルモンが母性の惹起に重要と言われています。実際、軽種馬において前肢の牽引による介助分娩を控えることにより、育子拒否率が低下したという報告もあります。このような点からも、盲目的に子馬の肢を牽引せず、問題がなければ「自然分娩」を見守ることが推奨されます。
育子拒否は大きく以下の3つに大別されます。①子馬を容認しない、②授乳を拒絶する、③子馬を攻撃する。また、育子拒否は初産で多いことが知られています。日高育成牧場で経験した例も初産でした。当場の例では、出産直後には特に問題なく授乳を許容していましたが、徐々に授乳を拒むようになりました。これは初産のために乳量が不足しているにも関わらず子馬が執拗に吸飲することが、苦痛あるいは疼痛の原因になったものと考えられました。この育子拒否に際し、空胎馬に泌乳を誘発して乳母として導入するという新たな手法を試み、成功しました。その手法は以下のとおりです。

泌乳誘発の方法
 黄体ホルモン製剤、エストラジオール製剤、PGF2α製剤、プロラクチン分泌を促進するドパミン作動薬を継続投与し、翌日から搾乳刺激を与えます。図1に示すとおり、乳量は経時的に増加しました。馬によって異なりますが、早ければ投与開始から概ね1週間で乳母として導入できるだけの乳量が得られます。また、この手法にはその馬自身の卵巣が活動している必要があるため、1月や2月といった時期に泌乳誘発処置を実施するためには、ライトコントロールによって卵巣活動を促す必要があります。

1 図1 泌乳誘発の投薬方法と搾乳量

乳母付け
 乳母付けとは実際子馬と乳母を対面させ、実子として容認させることです。一般的には乳母の臭いをつけたり実子の臭いをつけたりする、メントールのような軟膏を乳母馬の鼻に塗って嗅覚を麻痺させる、数日間馬房に張り続ける、子馬を空腹にする、分娩時の刺激を擬似的に与える子宮頚管刺激法などが提案されています。しかし、乳母付けの成功を左右する最大の要因は乳母の性格です。温厚で母性に満ちており、さらに乳量が期待できる馬を選択することが重要です。我々は6日間を要しましたが、放牧地において他の繁殖牝馬から子馬を守ったことが決め手となり、以後完全な母性が芽生えました(図2)。非分娩馬の場合は、実際に出産を経験していないため、一般の乳母よりも導入が困難であり、馬の選択がより重要です。

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図2 放牧地で他馬から守ることで、完全に母性が定着

ホルモン処置後の受胎
 ホルモン処置終了後から卵胞が成長し、概ね1週間で排卵しました。さらに排卵前の交配によって受胎することも確認できました。非分娩馬を乳母として活用しながら、その馬自身もそのシーズンに受胎することが可能であることから、実際の牧場現場においても、十分応用可能であると考えられます。また、導入された子馬はその後順調に発育しました。ホルモン処置と聞くと、生体に悪影響があるのではないかと想像する方もいるかもしれませんが、この処置は分娩前後の母馬のホルモン動態を模倣しているだけであり、不自然な状態ではありません。

まとめ
 今回ご紹介した非分娩馬に泌乳を誘発して乳母として利用する方法は、高額な乳母のレンタルに対して安価である点、自分の牧場の空胎馬を利用できる点、乳母として利用しながら交配できる点などのメリットがあります(図3)。育子放棄を受けた子馬を育てる際の新たな選択肢として検討してみてはいかがでしょうか。興味がある方は、直接日高育成牧場もしくは担当の獣医師に相談してください。

3 図3 各手法の長所と短所

(日高育成牧場 生産育成研究室  村瀬晴崇)

2019年4月10日 (水)

マダニ媒介性感染症

No.64 (2012年10月1日号)

 日高地方の放牧地では、シカを始めとするキツネやウサギなどの野生動物が放牧中のサラブレッドと共存!?している姿をよく見かけます(写真1)。実は、これら野生動物の体には、様々な種類のマダニが多数寄生していることをご存知でしょうか?(写真2)。こうした「共存」は、本来、クマ笹や草むらの中に潜んでいるマダニが野生動物とともに放牧地に侵入し、サラブレッドと接触する機会を増やす可能性があります。特にマダニの活動が活発になる春と秋には、ウマの頚や胸に吸血して丸々と太ったマダニを発見することが多くなります(写真3)。

1_9 (写真1)夕暮れとともに放牧地に侵入するエゾシカの群れ

2_10 (写真2)シカの耳に寄生しているマダニ

3_7 (写真3)馬に寄生しているマダニ。
胸から頚部、頭部に寄生していることが多い(左)。当歳馬1頭から採取したダニ(右)。

病原体
 マダニの消化管には「ライム病」の原因となるボレリア(Borrelia burgdorferi)と呼ばれるらせん状の細菌や「アナプラズマ症」の原因となるアナプラズマ属(Anaplasma)のグラム陰性細菌が感染していることが疑われています(写真4)。帯広畜産大学の調査によれば、十勝地方の牛放牧地で採取されたマダニから「エールリヒア症」の原因となるリケッチア属(Ehrlichia)が高確率に検出されています。これらの病原菌は感染野生動物の血液を吸血することによりマダニの腸管内で増殖することが知られています。そのため、マダニを駆除する際にはマダニの腸管液を馬の体内に押し込まないように、注意しなければなりません。そこで、役に立つのがマダニ取り専用のピンセットです(写真5)。このマダニ取り用ピンセットの先はスプーン状になっていて、マダニの頭部だけを挟んで引っ張り抜くことができる優れ物です。これにより、マダニの腹部を押して消化管内容物がウマの体に逆流することも、頭部が皮膚の中に残ってしまうことも予防できます。

4_5 (写真4)ボレリア菌の顕微鏡像 (Microbe libraryより)

5 (写真5)ダニ取り専用のピンセット

症状と治療法
 大抵のウマは、これらの病原菌に感染しても顕著な症状を示すことは少ないようですが、ライム病の流行地域として知られる北アメリカの中部大西洋地域からニューイングランドまでの東部諸州、中西部の五大湖地域およびカリフォルニア州では、罹患すると歩様の変化が見られることが報告されています。さらに一般的な臨床症状としては、項部硬直、慢性的な四肢の中軽度の跛行、筋や神経の疼痛、緩慢な動作などの行動の変化、体重の減少、肌の知覚過敏、ブドウ膜炎、関節の腫脹などが知られています。アナプラズマ症との類症鑑別は、発熱や貧血、血小板の減少、筋肉の削痩、または運動障害といった違いがあります。血清学的診断やPCR診断により検査可能ですが、確定診断は難しく、他の疑われる疾患が否定されて始めて診断されます。治療にはテトラサイクリン系抗生物質を5-7.5mg/kgを1日1回で28日間静脈内投与が推奨されています。

日高管内における感染状況の調査
 日本のウマにおける節足動物が媒介する疾病に関しては、まだあまり調べられていないのが現状です。しかし、日高地方のウマの放牧地ではエゾシカを始めとする多くの野生動物が混在していることから、マダニを代表とする節足動物が野生動物とウマとの間で少なからず病原体を伝播していることが容易に推測されます。JRA日高育成牧場に繋養されていたサラブレッド繁殖牝馬13頭(2~20歳)、子馬9頭(当歳)、育成馬65頭(1歳)から末梢血を採取し、アナプラズマ、ボレリア、リケッチアに対する抗体陽性率を調べた結果、それぞれ3.4%、92.0%、98.9%の陽性率となり、これらの病原菌に高率に感染が起こっていることが確認されました。育成馬は日高管内で生産され1歳の夏に日高育成牧場に入厩してきたウマ達であることから、感染は生産牧場ですでに成立していたものと考えられました。また、高齢の繁殖牝馬ほど抗体価が高い傾向が認められ、病原体への暴露は毎年、繰返し起っている可能性が考えられました。

マダニ刺咬性中毒
 オーストラリアの東沿岸では、マダニの刺咬性中毒によるウマの死亡例が報告されています。マダニは吸着後、神経毒を含む唾液を刺咬部に注入します。この神経毒を含む唾液により麻痺症状を発生させたり、起立不能を呈したりする疾患です。マダニの寄生数が多い程、さらに体重100kg以下の子馬での死亡率が高いと報告されていることから、新生子馬のマダニの寄生には注意を払う必要があるかもしれません。

最後に
 アナプラズマ、ボレリア、リケッチアはヒトへも感染する「人獣共通感染症」という代物です。たかが「ダニ」と侮ってはいけません。予防にはこまめなマダニの除去が推奨されています。日頃の手入れの時にはマダニの寄生にも注意を払ってみてはいかがでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年3月29日 (金)

当歳馬の種子骨骨折について

No.59 (2012年7月15日号)

 出産から種付けにいたる繁殖に関わる仕事もひと段落したかと思えば、乾草収穫や1歳馬のせりが始まり、あわただしいイベントが続く時期となりました。今回は、日高育成牧場の生産馬(以下ホームブレッド)を使って調査している「当歳馬の近位種子骨骨折の発症に関する調査」の概要について紹介いたします。

当歳馬の近位種子骨発症状況
 日高育成牧場では、生産馬を活用して、発育に伴う各所見の変化が競走期でのパフォーマンスに及ぼす影響等について調査しています。そのなかで、クラブフット等のDOD(発育期整形外科的疾患)の原因を調査するため、X線による肢軸の定期検査を行っていたところ(写真1)、生後4週齢前後の子馬に、しばしば臨床症状を伴わずに前肢の近位種子骨の骨折が発症していることを発見しました。そこで、子馬におけるこのような近位種子骨々折の発症状況について明らかにするため、飼養環境の異なる複数の生産牧場における本疾患の発症率およびその治癒経過について調査しました。また、ホームブレッドについては、発症時期を特定するため、X線検査の結果を詳細に分析しました。
 まず、日高育成牧場および日高管内の4件の生産牧場の当歳馬42頭を対象として、両前肢の近位種子骨のX線検査を実施し、骨折の発症率、発症部位および発症時期について解析しました。骨折を発症していた馬については、治癒を確認するまで追跡調査を実施しました。次に、ホームブレッド8頭については、両前肢のX線肢軸検査を生後1日目から4週齢までは毎週、その後は隔週実施し、近位種子骨々折の発症時期について検討しました。

1_4 写真1 当歳馬のレントゲン撮影風景

種子骨骨折の発症率と特徴
 調査の結果、近位種子骨々折の発症は35.7%の当歳馬(15/42)に認められました。全てApical型と呼ばれる尖端部の骨折でした(写真2)。骨折の発症部位については、左右差は認められませんでした。また、近位種子骨は内側と外側に2つありますが、外側の種子骨に発症が多い傾向がありました。しかし、統計学的な有意差は認められませんでした。
/ 世界的に見ても、当歳馬の近位種子骨々折に関する過去の報告は非常に少なく、5週齢までの子馬に臨床症状を伴わない近位種子骨々折が高率に発症していることが今回の調査で初めて明らかとなりました。また、今回の調査では、全てApical型と呼ばれる尖端部の骨折でした。成馬においてもApical型の骨折が最も多く、繋靱帯脚から過剰な負荷を受けることによって骨の上部に障害が生じることが原因とされています。我々は別の調査で、生後5ヶ月までの子馬の腱および靱帯は成馬とは異なるバランスであることを見出しました。現在のところ、この子馬特有の腱および靱帯のバランスが種子骨尖端部のみに力がかかりやすい状態なのではないかと考えています。

2_5 写真2 5週齢の子馬に認められた近位種子骨骨折(左:正面から、右:横から、丸印が骨折部位)

発症と放牧地との関連
 牧場別の発症率は、0%(0/6)から71.4%(5/7)と大きく異なっていました(表1)。興味深いことに、放牧地が「傾斜地」の牧場では発症がありませんでした。また、発症時期については、発症馬の約8割は5週齢までに骨折が確認されました。ホームブレッドの骨折発症馬3頭についてX線検査の結果の詳細な解析を行ったところ、骨折は3~4週齢で発症していました。
 牧場ごとに発症率が大きく異なっており、特に放牧地が「傾斜地」の牧場では発症がなかったこと、また、ホームブレッド3頭の骨折発症時期は、広い放牧地への放牧を開始した時期と重なっており、この時期、母馬に追随して走り回っている様子が観察されたことから、子馬の近位種子骨々折の発症には、子馬の走り回る行動が要因となっていると考えられました。今後は、特に3ヶ月齢未満の新生子馬の放牧管理をどのようにするのがベストかを検討していきたいと思います。

3_4表1 牧場別の発症率

予後
 ほとんどの症例は骨折の発症を確認してから4週間後の追跡調査で骨折線の消失を確認できました。しかし、運動制限を実施していない場合は治癒が遅れる傾向があり、種子骨辺縁の粗造感が残存する例や、別の部位で骨折を発症する例も認められました。
 今回の調査では、全ての症例で骨折の癒合が確認でき予後は良かったと言えますが、疼痛による負重の変化も考えられるため、今後は、クラブフットなど他のDODとの関連について検討したいと思います。

まとめと今後の展開
 5週齢までの幼駒に臨床症状を伴わない尖端型の近位種子骨々折が高率に発症していることが今回初めて明らかになりました。広い放牧地で母馬に追随して走ることが発症要因のひとつとして考えられました。今後は、今回の調査で認められた骨折がなぜこのように高率に発症しているのか、成馬の病態と異なっているのかどうか、などを調べるため、さらに詳細な検査を実施するとともに、今回調査しなかった後肢についてもデータを集めていく予定です。

(日高育成牧場業務課 診療防疫係長 遠藤祥郎)

2019年2月15日 (金)

子馬の発育と屈腱および繋靭帯の成長について

No.43 (2011年11月1日号)

 日高地方では晩夏から早秋の風物詩ともなっている「離乳」の時期も終わりを迎えています。離乳直後の子馬が母馬を呼ぶ「いななき」を耳にすると、胸を締め付けられる思いになりますが、数日後には子馬同士が楽しくじゃれあう姿を見ることができます。その一人前になった姿を見ていると、出生直後には弱々しく映った子馬の成長を実感することができるのではないでしょうか?それもそのはずで、健康な子馬の出生時の体重は50~60kgですが、6ヶ月齢頃には約250kgにまで増加します。このように、生まれてから一般的に離乳が行われる6ヶ月齢までの子馬の成長速度は、それ以降と比較すると著しく速いために、骨、腱、靭帯および筋肉の成長のバランスが崩れることによって、発育期整形外科的疾患(DOD:Developmental Orthopaedic Disease)に代表される疾患が誘発されることも珍しくありません。特に3ヶ月齢頃までの肢勢の変化は著しく、この時期にはクラブフットや球節部骨端炎など下肢部の疾患の発症が多く認められます。さらに、この時期には繋が起ちやすく、この「繋の起ち」が経験的にクラブフットをはじめとする下肢部疾患に先立つ症状とも考えられています。
 今回は、当歳馬に認められる「繋の起ち」に着目し、日高育成牧場で実施している調査データを基に屈腱および繋靭帯の成長について触れてみたいと思います。


子馬の体重と体高の成長
 本題に入る前に、子馬の成長について少し触れてみたいと思います。前述のように子馬の成長速度は速く、成馬の体重を500kgと仮定すると、出生時には成馬の体重の約10%でしかないのに、わずか半年間で成馬の体重の約50%にまで急成長します。一方、子馬の出生時の体高は約100cmで、6ヶ月齢頃には約135cmに達します。成馬の体高を160cmと仮定すると、出生時に既に63%に達しており、6ヶ月齢時には84%にまで達します。この体重と体高の成長速度の相違(図1)は、骨の発達は胎子期にあたる出生3ヶ月前から盛んであるのに対して、筋肉の発達は生後2ヶ月齢以降から盛んになるという報告(図2)に一致しているように思われます。この各組織における発達時期の相違が様々な運動器疾患を誘発する原因である可能性も否定できません。

1_3図1.当歳馬の体高と体重の推移

2_3 図2.骨と筋肉の発達の盛んな時期の相違に関するグラフ

当歳馬の屈腱および繋靭帯の成長
 日高育成牧場ではJRAホームブレッド(生産馬)を用いて、生後翌日から屈腱部エコー検査を定期的に実施し、屈腱および繋靭帯の成長に関する調査を行っています。成馬では浅屈腱と繋靭帯の横断面積はほぼ同程度なのですが、当場での調査の結果、5ヶ月齢までは繋靭帯の方が浅屈腱より横断面積が大きく、特に2ヶ月齢までは1.3倍程度も大きいこと、一方、7ヶ月以降は浅屈腱の方が繋靭帯より横断面積が大きくなることが明らかとなりました(図3)。このように腱や靭帯の成長速度は異なっており、子馬と成馬の腱および靭帯の横断面積の比率は同じではないことが分かりました(図4)。

3 図3.当歳馬の屈腱および繋靭帯横断面積の変化

4図4.生後1日齢(左)と成馬(右)の屈腱部エコー検査画像の比較。生後1日齢では成馬と比較して繋靭帯(赤の破線)が浅屈腱(黒の破線)より大きいのが特徴です。

球節の機能
 「繋の起ち」に関係する球節の機能について触れてみます。「形態は機能に従う」という言葉があります。つまり形をよく観察すれば、その働きが解るという意味ですが、馬の体にもその言葉が当てはまる構造が少なくありません。馬の肢を横から見ると球節から蹄までが地面に対して45°程度の角度がついていること、また球節の後ろにある種子骨が2個存在していることは、まさに「形態は機能に従う」という言葉が当てはまります。馬は肉食動物から逃げることで生き残ってきた進化の歴史が示すとおり、ストライドを伸ばすために中指だけを長くし、一本指で走るという特異な骨格を獲得してきました。そのなかで、全力疾走した際に1本の肢にかかる1トンともいわれている衝撃を吸収するクッションの役割を担うために球節には角度がついていると考えられています。また、球節の後方にある種子骨は、球節の過度な沈下を防ぐ役割を果たしている腱や靭帯が球節後方を通過する際に生じる摩擦を緩和する働き、および種子骨が圧力の低い方向に僅かに移動することによって、球節の沈下時に生じる衝撃を直接腱や靭帯に伝えることなく、その衝撃を軽減する働きがあります。また、球節の形状が示すように、馬は速く走るために関節の内外への自由度を犠牲にして、前後方向の屈伸動作による衝撃を吸収させるように進化してきました。しかし、予期せぬ左右方向の衝撃を少しでも緩和するために種子骨は内外に2個並んで存在しています。このように球節の形状および種子骨の数には進化のための理由が存在しています。
 球節の角度を保ち、さらに過伸展を防ぐ構造は「懸垂器官(Suspensory Apparatus)」と呼ばれており、主に繋靭帯、近位種子骨(球節の後方にある種子骨)および種子骨靭帯により構成され、浅屈腱と深屈腱もその働きの一端を担っています。これらの腱や靭帯が「ハンモック」のように球節の角度を維持しています。

当歳馬の「繋の起ち」
 前述の調査において、特に2ヶ月齢までは成馬と異なり、繋靭帯の方が浅屈腱より横断面積が1.3倍程度も大きいという結果は、成馬と異なり球節後面をサポートする懸垂器官としての繋靭帯の役割が成馬のそれよりも大きいことを意味しているように推測されます。また、出生時には成馬の体重の約10%であること、および筋肉の発達は生後2ヶ月齢以降から盛んになるという報告(図2)からも、新生子は体重を軽量化するために筋肉を発達させず、さらに未発達な筋肉を補うために、強靭な結合組織で構成され、体重負荷という張力によって伸展および収縮するエネルギー効率の良い靭帯が担う役割を成馬よりも高めていることが推察されます。これらのことから、新生子は球節の動きを機能させるために、エネルギー効率に優れている繋靭帯が担う役割を成馬よりも高めているように思われます。3ヶ月齢までの子馬に種子骨々折が多く認められるという報告があるのも、繋靭帯と結合している種子骨にもストレスがかかりやすいためであると考えられます。
 それではなぜ「繋の起ち」が起こるのでしょうか?新生子が初めて起立した時には、初めて重力という負荷を支えるために、ほとんどが球節の過伸展した「繋がゆるい(ねている)」状態ですが、体重の負荷が繋靭帯にかかることによって、球節を牽引するように機能し始め、球節の過伸展を防ぎます。その後、繋靭帯は子馬の体重を支えるには十分すぎるほどの牽引力を獲得するために、「繋が起つ」状態へとなっていくのでしょう。「繋が起つ」状態に先立って、軽度の腕膝(腕節がカブッた状態)が認められることも少なくありませんが、おそらくこの状態は体重を支える負荷によって腱や靭帯の緊張が増加している状態であり、その後に「繋が起つ」状態へと向かっていくことが多いように思われます。自然界では「繋が臥している」状態では疾走することはできないので、球節を機能させるために繋靭帯が担う役割を高め、効率的に体重を支え、外敵から身を守るために疾走できるように進化してきた結果、4ヶ月齢頃までは「繋が起つ」状態になりやすいのではないかと推察されます。一方、体重が200kgを超える頃から「繋の起ち」が徐々に治まるようにも見受けられますが、これは体重の増加によって、重力と繋靭帯の強度とのバランスが適切な状態に近づいているためだと考えられます。また、「繋が起ち」やすい4ヶ月齢頃までは、ちょうど管骨遠位(球節部)の骨端板が成長する時期、すなわち球節部の骨端炎が起こりやすい時期と一致しているという点に着目し、「形態は機能に従う」という言葉を当てはめてみると、子馬は自ら成長するために、生理的に「繋を起てて」、骨端板にストレスがかからないようにしているのではないかとさえ考えられます(図5)。一方、「繋を起てる」ことによって蹄尖への体重を支える負荷が高まってしまい、蹄尖部が虚血状態に陥りやすくなる結果、この時期にはクラブフットも発症しやすいのではないかとも考えられます。これらの推測は、「自然現象には必ず理由が存在する」という前提にたったものです。筋肉の発達が盛んになる前の2~3ヶ月齢までの子馬は、体重こそ軽いものの骨や靭帯にかかる負担は成馬以上であると考えられるので、この時期の子馬の肢勢の変化や歩様の違和には注意を払わなければなりません。

5 図5.1ヶ月齢と6ヶ月齢時のX線画像による繋ぎの角度の比較。骨端板が成長している1ヶ月齢では「繋ぎが起ち」、骨端板が閉鎖した6ヶ月齢では「繋の起ち」が治まっています。

(日高育成牧場 専門役  頃末 憲治)








2019年1月23日 (水)

子馬の発育期整形外科疾患(DOD)

No.35 (2011年7月1日号)

成長期の骨や腱などにみられる病気
 サラブレッドが最も成長する時期は、誕生してから離乳するまでの期間です。健康な子馬の誕生時の体重は50~60kgですが、離乳が行われる6ヶ月齢頃には約250kgにまで増加します。成馬になったときの体重を仮に500kgとすると、出生時には成馬の体重の10%程度でしかないのに、わずか半年間で成馬の体重の50%にまで急成長することになるのです。このような急激な成長をみせるサラブレッドの子馬の骨や腱などに、この時期に特有の疾患を引き起こすことがあり、このような疾患を総じて発育期整形外科的疾患(DOD:Developmental Orthopaedic Disease)と呼んでいます。

DODには、どんな疾患があるの?
 DODの代表的な疾患には、離断性骨軟骨症(OCD)、骨軟骨症(骨嚢胞)、骨端炎、肢軸異常、ウォブラー症候群などがあります。これらの疾病の発症要因は、まだ十分に特定されていない部分も多いが、一般的に考えられているものとして遺伝的要因、急速な成長やバランスの悪い給餌(栄養)、解剖学的な構造特性、運動の過不足、放牧地の硬さなどが挙げられます。一方、近年の研究では、遺伝との関連が強く、競走能力向上のための遺伝的選抜はDOD発症率の低下と相反するものであるため、DOD発症率は増加傾向にあるばかりでなく、撲滅することは不可能であるとさえ考えられています。したがって、飼養管理方法を適切なものとし、発症した場合は軽度のうちに適切な処置を施すことが重要と考えられています。ここでは、DODの代表的な疾患である「骨端炎」と「離断性骨軟骨症」、さらに生産者を悩ますことの多い肢軸異常の中から「クラブフット」について、その病態と発生要因、対策などについて紹介します。

骨端炎
 子馬の骨のレントゲン写真をみると、骨の両端部分には隙間が写っているのが分かります(図1)。この隙間が骨端板と呼ばれる部分で、まさに骨が成長している場所になります。この骨端板は軟骨からできているため、ストレスに弱く、過度の負荷がかかると炎症が起きてしまいます。骨端板は馬の成長に伴い、肢の下の部分から閉鎖していきますが、生後2~4ヵ月齢の子馬が最も影響を受けやすいのが管骨遠位(球節の上)の骨端板になります。この部分の骨端板に炎症が生じると、球節はスクエア(四角)状になり、歩様も硬くなり、繋が起ってきてしまいます。次第に腱の拘縮が起こると、後述するクラブフット発症の要因になるとも考えられています。有効な治療法としては抗炎症剤の投与がありますが、根本的には痛みの原因となる要因を考え、取り除くことが重要になります。また、体重増加が大きい子馬に発症しやすいことが認められているため、母馬の飼料を食べていないかどうか、あるいは放牧地の硬さや放牧時間などをもう一度、見直してみる必要があります(図2)。

1_7 図1 球節の骨端板の位置(左写真:矢印)と骨端炎発症馬のスクエア状の球節(右写真)。
レントゲンで透けて見える骨端板は骨が盛んに成長している大事な部分であり、ストレスに弱い部分でもある。

2_5 図2 母馬について走り回る子馬
活発な母馬について走り回る子馬の運動量は母馬以上になり、骨端板に炎症を起こすこともある。

離断性骨軟骨症(OCD:Osteochondrosis Dissecans)
 OCDは関節軟骨の発育過程の異常で壊死した骨軟骨片が剥離するために生じる病変です。飛節や膝関節や肩甲関節、球節はこの疾患の好発部位となります(図3)。飛節部のOCDは軟腫や跛行の原因となることもあります。しかし、臨床症状がない場合は手術の必要はなく、大きな骨片は関節鏡手術により除去することで予後は良好です。大抵の馬は、その成長過程のある時期に、一つあるいは複数のOCDを持っている可能性があり、多くの場合は競走能力には影響がないといわれています。飼養者はOCDの存在部位や大きさ、調教や競走において問題につながる可能性があるのかどうかなどの情報を予め知っておくことが重要であると思われます。

3_3 図3 飛節関節内の脛骨中間稜に認めたOCD症例

12カ月齢の定期レントゲン検査で発見したOCD病変をCTスキャン検査で3次元解析すると、小さな骨片が関節内に遊離しかけている様子が確認できる。

クラブフット
 クラブフットとは、後天的に深屈腱が拘縮することによって蹄関節が屈曲した状態で、外見上ゴルフクラブのように見えることから、このような名称で呼ばれている肢軸異常の1つです。生後3ヶ月齢ころの子馬に多く発症し、特徴的な肢軸の前方破折、蹄冠部の膨隆、蹄尖部の凹湾、蹄輪幅の増大や正常蹄との蹄角度の差などの症状により4段階にグレード分けされています(図4)。

4_2 図4 クラブフットのグレード(Dr. Reddenの分類から)
グレード1…蹄角度は、正常な対側肢よりも3~5度高い。蹄冠部の特徴的な膨隆は冠骨と蹄骨の間の部分的な脱臼に起因する。
グレード2…蹄角度は、正常な対側肢よりも5~8度高い。蹄踵部に幅の広い蹄輪幅を認める。通常の削蹄により蹄踵が接地しなくなる。
グレード3…蹄尖部の凹湾。蹄輪幅は蹄踵部で2倍。レントゲン画像上、蹄骨辺縁のリッピングが認められる。
グレード4…蹄壁は重度に凹湾し、蹄角度は80度以上となる。蹄冠の位置は踵や蹄尖と同じとなり、蹄底の膨隆を認められる。レントゲン画像上、蹄骨は石灰化の進行により円形に変形し、ローテーションも起こる。


 原因としては「疼痛」が挙げられています。子馬は骨や筋肉が未発達なため、上腕、肩部、球節あるいは蹄などに痛みがあると、これを和らげるために筋肉を緊張させます。特に球節の骨端炎や蹄内部に疼痛がある場合、負重を避けるために関節を屈曲させ、その結果、深屈腱支持靭帯が弛緩します。この状態が一定期間続くと、深屈腱支持靭帯の伸展する機能が低下し、廃用萎縮の状態となり、疼痛が消失しても深屈腱支持靭帯の拘縮が残り、クラブフットを発症すると考えられています。
 一方で、必ずしも疼痛を伴わずにクラブフットを発症することもあることから、疼痛以外の原因もいくつか考えられます。たとえば、採食姿勢もそのひとつです。子馬の四肢は首の長さに比較して長いため、放牧地で牧草を食べる時には、極端に大きく前肢を前後に開く姿勢をとる様子が頻繁に認められます(図5)。この時、後ろに引いた蹄の重心は前方に移動することから、蹄尖部は加重により蹄がつぶれ、蹄踵部は加重が軽減することにより蹄が伸びやすくなり、これが蹄壁角度の増加を助長すると考えられます。どちらの肢を前に出すかは子馬ごとに癖があることが調査の結果分かってきました。1日の大半を放牧地で過ごす子馬の採草姿勢とクラブフット発症との関連性が解明されつつあります。

5 図5 子馬の採食姿勢
子馬の四肢は首の長さに比較して長いため、前後に大きく開いて採食する。どちらの肢を前に出すかは馬によって癖があり、常に後ろに引かれている蹄の重心は前方に移動し、蹄角度が増加する一要因になると考えられる。

軽種馬生産・育成技術の向上を目指して
 現在、JRA 日高育成牧場では、軽種馬生産や育成管理技術の向上を目指して、軽種馬生産者、獣医師、装蹄師、栄養管理者が情報交換しながらDODや肢勢異常に関する調査研究に取り組んでいます。これらから得られる成績は研修会などの場で紹介していきたいと思います。


(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2018年11月17日 (土)

JRAブリーズアップセールの取組み

No.7 (2010年4月15日号)

 来たる4月26日(月)、中山競馬場で2010 JRAブリーズアップセールを開催いたします。本年も多くの皆さまのご来場をお待ち申し上げております。今回は、JRAが実施する育成業務の役割とJRAブリーズアップセールの取組みについて紹介したいと思います。

JRA育成業務の役割
 JRAでは、各地で開催されるサラブレッド市場で購買した1歳馬を、日高・宮崎の両育成牧場で育成・調教したのち、2歳の春に売却しています。その目的は、「強い馬づくり」に資するため、これらのJRA育成馬を用い、1歳夏から2歳春の後期育成期の調査研究や技術開発を実施し、競走裡で検証して成果を普及することです。これまでの成果として、“昼夜放牧の普及”、“海外からの人馬に安全なブレーキング(騎乗馴致)技術の導入”および“若馬に対する早期からのトレーニング方法”などがあげられます。
 

 また、生産育成研究室では平成10年秋から生産に関する研究を実施していますが、生産から中期育成期には“早期胚死滅”や“DOD(発育期整形外科疾患)”など、多くの課題が残されていることから、昨年誕生した産駒からはJRA育成馬として、 “胎子期~1歳夏までの期間の適切な飼養管理”に関する研究を進めているところです。彼らは、離乳後は厳寒期を通して昼夜放牧で管理されており、今後、秋には騎乗馴致を行い、来年のブリーズアップセール上場を目指しています。

 さらに、BTC(軽種馬育成調教センター)生徒やJRA競馬学校騎手課程生徒に対する人材養成にもJRA育成馬を活用しています。この実践研修の一環として、騎手課程生徒は、多くの馬主や調教師の見守る中、JRAブリーズアップセールの調教供覧で騎乗することになっています。

JRAブリーズアップセールの取組み
 JRAでは、ブリーズアップセールを育成研究に用いたJRA育成馬の売却の場としてだけでなく、新規に免許を取得された馬主を始めとして、セリでの購買に慣れていない馬主の方が、本セールをきっかけに、他の多くの市場へ興味を拡げていただけるような“入門編のセール”と位置づけて、以下のような取り組みを実施しています。

① セリ情報の早期発信
 最近はどの市場でも普通に行われるようになりましたが、“インターネット上での馬体写真カタログ”、“調教VTR”や“個体情報”などのセリ情報をいち早く発信しています。また、ブリーズアップセールや他の市場で馬を購買した方が、預託調教師を選択する際の参考として役立つよう、「調教師プロフィール」を改定し、中央競馬全馬主の皆さまに送付いたしました。

② 徹底した情報開示
 近年、海外のみならず国内の一部市場においてもレポジトリールーム(医療情報開示室)で、四肢のX線写真や上気道(ノド)の内視鏡動画といった医療情報を見ることができるようになりました。JRAブリーズアップセールでは、わが国で最初に医療情報を開示するとともに、これまで10年以上にわたって、JRA育成馬における4肢X線写真や内視鏡所見と競走成績との関連について積み重ねてきた研究をもとに、JRAの考えるレポジトリーの見方についてまとめました。今後はせり主催者、販売者および購買者がレポジトリーの共通認識を持てるように、育成馬展示会やブリーズアップセール等を通じて、普及活動を実施していきたいと考えています。

 JRAブリーズアップセールでは、レポジトリー情報に加えて、個体別の調教履歴、馬体重の推移、疾病歴等の情報も公表しています。これは、馬主の皆さまが、公表事項を納得、安心して購買いただくとともに、預託を受けた調教師がトレセン入厩後に調教や管理の引継ぎをスムーズに行えることを目的としています。

 今後、OCD(離断性骨軟骨症)の発症や治療歴および育成期の屈腱の形状と競走成績の関連等の課題についても、JRA育成馬を用いて引き続き調査研究を行っていく予定です。

③ リーズナブルな価格設定と台付けの事前公表
 最終的な落札価格は、馬の資質と市場の雰囲気によって決定されるものですが、多くの皆さまにセリに参加していただき、気に入った馬に一声でも声をおかけいただきたいと願っています。JRAブリーズアップセールではそのような観点から、来場された購買者の皆さまが一声をかけやすいようリーズナブルな台付け価格を設定しています。また、ご予算に応じた購買馬の選定が容易となるように、事前(当日朝)に台付け価格を公表しています。


 このようにブリーズアップセールは、来場された皆さまがセリを楽しんでいただけるよう、皆さまの信頼を失わないようセリ運営に取組んでおります。また、5月から行われる民間の2歳トレーニングセールや夏の1歳市場の主催者ブースを設ける予定です。JRAはブリーズアップセールの来場をきっかけとして、一人でも多くのお客さまが“セリで馬を買おう”という雰囲気になっていただけることを願っています。

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

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