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2021年1月25日 (月)

食道閉塞(のどつまり)

食道「閉塞(へいそく)」?「梗塞(こうそく)」?

食道閉塞は、食道が食塊や異物によりふさがってしまう病気で、よく「のどつまり」といわれています。古くから「食道梗塞」という病名が慣例的に使われていますが、本来「梗塞」とは脳梗塞など血液循環障害により生じる虚血性壊死のことをいいます。ですので、「のどつまり」のような病気に用いるのは本来ふさわしくありません。そのため、本稿では海外でも使用されている「食道閉塞(esophageal obstruction)」という病名を用いています。

 

診断と治療

流涎(よだれを垂れ流す)、水および摂食物の逆流、咳などが特徴的な症状です(図1)。診断はこれらの症状、経鼻食道(鼻から食道への)カテーテルの挿入、内視鏡検査により行われます。内視鏡検査では閉塞物、閉塞部位および食道内の異常を確認することができます(図2)。多くは内科療法により治癒可能で、経鼻食道カテーテルを用いて食道に適量の水を注入したり、頚をマッサージしたりして、閉塞物を外側から揉みほぐすことで閉塞の解除を促します。また、内視鏡専用の鉗子を用いて閉塞物をほぐすこともあります。これらの治療を行う際は、鎮静剤の投与により馬の頭を下げさせ、誤嚥を防ぐことが重要です。鎮静剤にはその他に食道の収縮を軽減させる効果もあります。外科療法としては食道切開術がありますが、様々な合併症(食道の裂開・狭窄、電解質平衡異常、頚動脈破裂など)を引き起こす可能性があり、対象は内科療法を繰り返しても良化しない症例に限られます。

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閉塞物除去後の管理

食道閉塞は閉塞物除去後の管理が非常に重要で、それが適切に行われないと再発を繰り返し、死に至る可能性もあります。管理手順について図3にまとめました。閉塞すると閉塞物により食道粘膜の損傷が生じ、狭窄を伴うことがあります(図2)。すぐに通常の給餌を行うと再発のリスクが高くなるため、粘膜の損傷が良化するまで流動食(水分を多く含んだ軟らかい飼料)を与えます。牧草(切り草やキューブを含む)は再発の原因となるため、食道粘膜の修復期間中は与えるべきではありません。また、敷料(麦稈やシェービング)を食したことにより再発するケースも多くありますので、注意が必要です。再発すると食道粘膜の状態を悪化させるため、再び絶食からやり直しとなります。再発を繰り返すと治療期間が長引くだけでなく、食道が正常に機能しなくなり予後不良と診断されることもあります。そうならないためにも内視鏡検査を定期的に行い、食道粘膜の修復(7~21日かかるとされる)を確認してから通常の給餌を再開します。

 

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重要な合併症:誤嚥性肺炎

誤嚥性肺炎は、食道閉塞時に食道から逆流した飼料や唾液が気管内に流入することで生じます(図4)。発症から解除後数時間以内では、多くの馬の気管内に中等度から重度の汚染が生じています。このような状態は誤嚥性肺炎を引き起こすリスクが高くなります。また、肺炎の発症と気管内の汚染度合いとは相関がないという報告もあるので、たとえ診察時に気管内の汚染が軽度であっても油断してはいけません。以上のことから軽種馬育成調教センター(BTC)では多くの場合、誤嚥性肺炎の予防的措置として抗菌薬を投与しています。

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予防

不十分な咀嚼は食道閉塞の発症リスクを高めます。定期的に歯科検診を実施し、馬がしっかりと咀嚼できる状態をキープしてあげましょう。早食いの馬も発症しやすいと考えられるので、そのような馬に対しては一度に多量の飼料を与えるのではなく、なるべく小分けにして与えるようにしましょう。飼葉桶に障害物(大きな石など)を入れておいたり、乾草ネットを使用したりすることも有効です。

 

最後に

先にも述べましたが、食道閉塞は重篤化すると命にかかわる疾患です。しかし、その認識は薄く軽視されがちなのか何度か再発を繰り返してから、診療を依頼されることがあります。今回の記事により一人でも多くの方が食道閉塞の理解を深めるとともに、治療や管理の一助にしていただければ幸いです。

軽種馬育成調教センター軽種馬診療所 日高修平

後期育成馬における深管骨瘤

【はじめに】

深管骨瘤は、様々な用途の馬で跛行を引き起こす原因として古くから知られており、競走前の後期育成馬においても発生の多い疾患の一つです。その病態は名前の通り、管近位後面の深部(図1)に骨瘤を形成する疾患とされています。この部位は周囲を副管骨、浅屈腱、深屈腱、深屈腱の支持靭帯および繋靭帯といった構造物に囲まれた深い場所に位置します。そのことから、患部の熱感、腫脹、触診痛といった症状が表在化しづらい傾向があります。それゆえ、最初に観察される症状が跛行であることがほとんどで、跛行以外の症状が認められないことも珍しくありません。跛行の程度は速歩でしか認められない軽度なものから、常歩ではっきりと観察されるような重度のものまで様々です。

1_9 図1.深管骨瘤が発生する管近位後面


 

【深管骨瘤の病態】

深管骨瘤は大きく二つの病態に分けられます。一つは繋靭帯と管骨の付着部で起こる靭帯付着部症で、もう一つは繋靭帯と関係なく骨単独で起こるストレス骨折です。

靭帯付着部症は、繰り返しの運動負荷により管骨が繋靭帯に引っ張られることで、その付着部である管骨近位後面で傷害が起こります。損傷の程度や発症年齢により骨膜炎、剥離骨折、繋靭帯炎などを発症します。後期育成馬のような若い馬では、骨膜炎や剥離骨折が多くみられます(図2)。その一方、競走馬や乗用馬などのより高齢の馬において発生が多いとされる付着部近くでの繋靭帯炎はあまりみられません。これには年齢の若い育成馬特有の理由があります。腱や靭帯といった組織は年齢とともに強度や弾力性が低下しますが、年齢の若い育成期では柔軟性に富み、高い強度を持っています。それに対して、成長期の骨は軟骨部分が多く未熟であり、腱や靭帯と比較して強度が低いことから、強い負荷がかかった際には物理的な強度の低い靭帯付着部の骨に傷害が起こりやすいのです。そのため、繋靭帯炎は少なく、骨膜炎や剥離骨折の発症が多いと考えられています。

2_8 図2.管骨近位後面のレントゲン画像(左:骨膜炎、右:剥離骨折)

ストレス骨折についても、繰り返しの運動負荷が原因で起こります。管骨の近位後面に圧縮力がかかることで発症するとされており、重度の症例では同部の皮質骨(骨の表面にある硬い部分)に骨折線が観察され、その周囲では骨硬化像(骨が硬くなりレントゲン検査でより白く映る)が認められます(図3)。

3_8 図3.ストレス骨折を発生した管骨近位後面のレントゲン画像
 

【難しい診断】

深管骨瘤は周囲を様々な構造物に囲まれていることから症状が表在化しづらく、診断することが難しい疾患です。触診では異常が確認されないケースでも、診断的麻酔法(患部に分布する神経やその患部へ直接局所麻酔薬を注入することで、跛行の原因箇所を特定する診断方法)を実施することで本疾患が判明することも珍しくありません。触診で問題がなかったとしても、跛行の原因の一つとして除外せずに考えておく必要があります。

 

【予後】

後期育成馬における深管骨瘤の予後は、その症状に応じてしっかりとした休養、リハビリ期間を設けられれば、運動を再開して競走馬デビューすることは難しくありません。しかし、休養やリハビリが適正でなかった場合、運動により再発を繰り返し難治化する恐れもあるため、発症後の管理には十分な注意が必要です。

軽種馬育成調教センター軽種馬診療所 安藤邦英

頸椎圧迫性脊髄症(CVCM)

はじめに

頸椎圧迫性脊髄症(CVCM)とは、いわゆる「腰フラ」や「腰痿(ようい)」と呼ばれる後躯を主とした運動失調あるいは不全麻痺などの神経症状を呈する病態のことです。一般的には「ウォブラー症候群」と呼ばれている病気になります。発症馬の競走馬としての予後は悪く、生産地においては経済的にも大きな問題となっている病気の一つです(図1)。


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病態

サラブレッドの発症率は1.3~2.0%との報告があります。現在、国内でのサラブレッド生産頭数が約7,000頭余りであることから、年間100頭近くの発症馬がいると推測されます。

NOSAI日高(現NOSAIみなみ)でCVCMと診断されたサラブレッド245頭の内訳を解析すると、生後4~8ヶ月齢と14~18ヶ月齢の牡の若馬に好発していることが分かります(図2)。

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原因

原因は、頸椎の亜脱臼による「配列の不整」あるいは頚椎関節面の離断骨片・骨棘・肥大などの「関節面の不整」による脊柱管の狭小化が起こることで、脊髄神経が静的あるいは動的に圧迫され変性するためです。頸椎の「配列の不整」は頭側の第3-4頸椎に見られ、離乳前後の当歳馬に発症するものの主な原因となります(TypeⅠ型)。一方、頸椎の「関節面の不整」は比較的尾側の第5-7頸椎に見られ、1歳の秋ごろから発症するものの主な原因になります(TypeⅡ型)(図3)。

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馬の頸椎は、他の哺乳類と同じく7個の椎体から構成されています(図4)。構造上、可動範囲は狭く、横方向や上下方向への大きな動作は第5-7頸椎を支点とした動きとなります。そのため、セリで購買した正常な1歳馬の頸椎X線検査を実施した結果、約30%近くの馬に頸椎の配列不整や関節面の骨片・肥大などのX線所見が認められることが明らかになってきました。さらに、このような所見がいつ発生するのかを調べるために、誕生から1ヶ月間隔で生産馬の頸椎X線検査を行った結果、生後2~6ヵ月齢の子馬に頸椎関節面の骨片所見の発生が認められ、それらの所見は治癒過程で関節面の肥大として残存することも明らかになってきました(図5)。これらの馬は神経症状を発症することはありませんでしたが、離乳前後のまだ幼弱な子馬の頸椎に突発的な横方向や上下方向への負担が加わることで、亜脱臼や関節面の損傷を引き起こし、脊髄圧迫の原因となる可能性が考えられました。

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治療

サラブレッドのCVCMに対する有効な治療方法は、今のところありません。脊髄の狭窄部位に対する外科的手術は、競走馬を目指すサラブレッドにとっては現実的ではなく、痛みや狭窄の進行を抑えるための対症療法を実施し様子を見るだけなのが現状です。CVCM原因部位を確実に診断すること、その程度や臨床症状から予後を判定するが重要になります。

 

最後に

サラブレッドのCVCMの発生には、様々な要因が関わっていますが、その中で大きな要因を占めているのが、栄養や放牧(運動)といった日常の飼養管理です。特に、離乳までの幼駒の飼養管理は、非常に重要となります。子馬の正常な発育パターン、必要な栄養要求量、様々な関節に発生する骨軟骨症の病理学的解明、診断と治療処置方法に関する詳細は、まだよく分かっていなことが多いのが現状です。サラブレッドの生産性の向上、世界に通用する強い馬作りを目指して、今後も我が国の気候風土に適した飼養管理方法や疾病に関する調査研究を実施していく必要があります。

日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤 文夫

2021年1月22日 (金)

上気道疾患その2:検査法について

 前回は、競走馬のパフォーマンスに大きな影響をおよぼす上気道疾患である喉頭片麻痺やDDSPなどを紹介しました。今回は、安静時に行われる通常の内視鏡検査以外の上気道疾患検査法について簡単に紹介します。

トレッドミル内視鏡検査
 安静時内視鏡検査では、運動時におこる障害の全てを正確に診断することは出来ません。そこで、運動時の上気道の状態を調べるためにトレッドミルを用いた運動時の内視鏡検査が行われるようになりました。このトレッドミル内視鏡検査は、走行速度や距離などの検査条件を統一して行うことができるのが利点ですが、騎乗者の負担や手綱による操作などがないため、野外における全力疾走中におこる障害が反映されていないことがあります。また、トレッドミルに対する馴致が必要でもあり、トレッドミル内視鏡検査の実施にあたっては細心の注意を払う必要があります。

野外運動時内視鏡検査(オーバーグラウンド内視鏡検査)
 オーバーグラウンド内視鏡検査は、近年用いられるようになってきた検査方法です。内視鏡のバッテリーやポンプ部分などを専用の鞍下ゼッケンに収納し、スコープ部分を頭絡に固定するポータブルタイプの内視鏡を使用します(写真1)。内視鏡の映像だけではなく、マイクを頭絡に装着することで呼吸音も同時に録音できることが特徴です。異常が発生する時の状況を再現して検査を行うことが出来るため(写真2)、安静時では喉頭片麻痺の異常所見が認められなかった競走馬も、オーバーグラウンド内視鏡検査を実施することで、披裂軟骨の内転や不完全外転などの所見を認めることがあります。さらにDDSPや声帯虚脱、咽頭虚脱などの所見が複合的に起こってくることも分かってきました。
 このように、オーバーグラウンド内視鏡検査は野外運動時の上気道の病態把握に非常に有用であり、検査は思ったよりも簡単に行うことができますが、検査実施にあたっては、人馬の安全のために細心の注意が必要なことは言うまでもありません。

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写真1 オーバーグラウンド内視鏡(DRS:Optomed社製運動時内視鏡)

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写真2 オーバーグラウンド内視鏡を装着して運動する馬

咽喉頭部超音波検査
 近年、喉頭片麻痺には喉頭筋の外側輪状披裂筋(CAL)と背側輪状披裂筋(CAD)の変性が起こることが明らかとなり、超音波検査を用いた喉頭筋の評価が喉頭片麻痺の診断指標となることが報告されました。特に安静時で喉頭片麻痺グレードⅢ以上の競走馬の90%では外側輪状披裂筋(CAL)に筋肉の変性・萎縮などの異常が認められたとのデータもあります。筋肉の変性や萎縮が起こっている場合、写真3で示す上記2つの筋肉の厚さや輝度が変化してきます。

おわりに
 オーバーグラウンド内視鏡検査の普及で、競走馬の上気道疾患について様々な所見が分かってきました。運動時内視鏡検査を行わなければ診断できない上気道異常は前回ご紹介した疾患以外にも多く存在しています。咽喉頭部の超音波検査よって診断された外側輪状披裂筋(CAL)の異常所見と運動時の喉頭片麻痺の程度には関連性があることがわかってきましたが、このことは超音波検査によって運動時の披裂軟骨の動きがある程度推測できることを示唆しています。現在、JRAでも競走馬や育成馬における運動時の喉頭機能と喉頭筋の超音波検査所見の関連性についての研究を行っているところです。

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写真3 咽喉頭部のエコー画像
(背側輪状披裂筋:CAL)
(外側輪状披裂筋:CAD)

日高育成牧場業務課 水上寛健

上気道疾患その1

はじめに
 ご存知の方も多いと思いますが、ウマは口で呼吸することが出来ません。それはヒトと咽喉頭部の構造が異なっているからです。ヒトでは軟口蓋が短く喉頭蓋と接していないため、口腔と鼻腔のどちらからでも空気を取り込める形になっています。一方、ウマは軟口蓋の後縁が喉頭蓋に接しているため、物を飲み込むとき以外は常に鼻腔と口腔が隔てられています(図1)。そのため、通常は鼻からしか呼吸が出来ないことになります。

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図1 咽喉頭部の解剖図


ヒトでは、安静時の1分間の呼吸数は12~18回、1回あたりの換気量(1回換気量)は0.45~0.5リットルです。ウマでは安静時の呼吸数はヒトとほぼ同じかやや少ない10~12回程度で、1回換気量は5~6リットルです。そのため、安静時でも1分間に50~60リットルの空気が肺に出入りしています。さらに全力疾走時には呼吸数はストライドと同じ1分間に120~150回になり、1回換気量も12~15リットルとなるため、1分間あたりでは、1,500~2,000リットルもの空気が肺に出入りしていることになります。
 ヒトでもウマでも筋肉を動かすときには、エネルギーを必要とします。そのエネルギーを作り出すときには呼吸によって取り込まれた酸素を使うため、競走馬が全力疾走するときには非常に多くの酸素を取り込む必要があります。上気道に様々な疾患があった場合、十分な換気が行えず競走のパフォーマンスに悪影響を与えます。今回はその上気道の疾患についてご紹介します。

喉頭片麻痺(喘鳴症、のど鳴り)
反回神経の異常が原因で、披裂軟骨の外転に必要な背側輪状披裂筋(CAD)と内転に必要な外側輪状披裂筋(CAL)に萎縮・変性が起こることで発症します(図2)。運動時に喘鳴音(ヒューヒューという高い音)が聞こえ、パフォーマンスが非常に低下するのが特徴です。さらに病状は進行性で、披裂軟骨の外転不全による部分的な上気道の閉塞が起こり、吸気性の呼吸困難に陥ることがあります。確定診断は安静時での内視鏡検査で行います。さらに最近では運動時内視鏡検査を実施し、より詳細な検査が行われています。治療として、喉頭形成術(Tie-back)と呼ばれる披裂軟骨を外転させ固定する外科手術を行います。さらに声帯切除術も合わせて実施することもあります。

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図2 喉頭片麻痺

DDSP(軟口蓋背方変位)
軟口蓋が喉頭蓋の背方(上方)へ変位する疾病です(図3)。変位によって、一時的な閉塞が起こったり咽喉頭部での乱気流が作り出されたりするため、パフォーマンスが大きく低下します。調教時に「ゴロゴロ」という呼吸音が聞こえるのが特徴です。安静時の内視鏡検査では、喉頭蓋が薄い以外ではほとんど異常所見がみられないことが多いようです。多くは運動時に症状が出るため、運動時内視鏡検査によって診断を行います。また、舌縛りや8の字鼻革の使用により、症状が解消することがあります。さらに喉頭蓋が非常に薄い場合もDDSPを発症しやすくなりますが、年齢とともに喉頭蓋が成長して症状を見せなくなります。治療は軟口蓋をレーザーで焼絡する方法や、Tie-forwardと呼ばれる甲状軟骨を底舌骨へ縫合する方法があります。

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図3 DDSP(軟口蓋背方変位)

EE(喉頭蓋エントラップメント) 
 披裂喉頭蓋ヒダが喉頭蓋の背側(上方)を包み込む疾患です(図4)。この疾患は、軽症例ではほとんど問題を生じません。原因は先天的な喉頭蓋の形成不全と考えられています。治療は内視鏡下で先端の曲がったメスやレーザーを使用した切開術を実施します。

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図4 EE(喉頭蓋エントラップメント)

おわりに
 競走馬にとって喉頭片麻痺をはじめとした呼吸器の疾患は、最高のパフォーマンスを出すのに非常に密接に関わってきます。次回はこれら上部気道疾患に対する最近の検査方法についてご紹介します。

日高育成牧場業務課 水上寛健

【海外学術情報】 第62回アメリカ馬臨床獣医師学会(AAEP)

はじめに

AAEPは、馬に関する調査研究や臨床教育、最新の医療機器や飼料などの展示も行われる学会です。2016年はフロリダのオーランドで12月3~7日に開催され、世界各国から約2,300人の馬臨床獣医師が参加しました(図1)。日本からは、私の他にも数名の日高で顔なじみの臨床獣医師さん達が参加しました。今回はこの学会の中から興味を持った演題について3つ紹介したいと思います。

 

  • 大腿骨内側顆のX線異常所見の発生とその変化について

北米では11月の当歳セリに向けて、離乳直後の時期にX線スクリーニング検査が行われるのが一般的で、その結果をもって売却方針や治療方針が決められています。その後も、当歳・1歳・2歳とセリに出る度にレポジトリー資料用のX線検査が何度か行われます。Dr. Spike-Pierce(Rood and Riddle Equine Hospital)は、そのX線資料を解析し、離乳後の当歳馬の約5.3%(76/1,444頭)の大腿骨内側顆にすでにX線異常所見が認められることを報告しました。このことから本疾病の発生時期も他の部位に発生する骨嚢胞や離断性骨軟骨症と同様に、成長盛んな離乳前後であることが分かります。さらに、異常所見の経過を解析したところ、その約6割は1歳セリまでに良化していました。一方で、関節面に1.5㎝以上のX線透過像を有する場合やシスト像の所見を有する場合は、改善しない割合が高くなりました。骨嚢胞を有する場合、運動制限は有効な対処法の1つであり、当歳馬のX線スクリーニング検査は、所見の早期発見・早期治療に有用であると考えられます。また、大腿骨内側顆の軟骨下骨嚢胞はセリでの馬の価格を下げる要因となってしまいますが、僅かなX線所見(図2)の場合は良化することも多く、競走パフォーマンス下げる要因では無いことも強調していました。

 

  • ヘパリン投与による馬ヘルペス脊髄脳症(EHM)の発症防御

EHMは、馬ヘルペスウィルス1型(EHV-1)感染による重篤な症状の1つです。EHV-1感染症は馬鼻肺炎とも呼ばれ、生産地では若馬の呼吸器病や妊娠馬の流産・死産を引き起こすことから、気を付けなくてはならない病気です。講演では最近発表されたトピック論文としてDr. Walter J.(Zurich大学)の研究が紹介されました。EHV-1感染では2峰性の発熱が起こることが知られていますが、最初の発熱(38℃以上)が認められた時点で抗凝血薬であるヘパリン製剤(25,000単位・1日2回)を3日間投与することで、非投与群に比べて発熱期間およびEHMの発症が有意に抑えられたというものです。また、非投与群の発症馬の中には流産の発生が6頭含まれていましたが、投与群の中に流産の発生馬はいませんでした。EHMの発症は、ウイルスが感染する際に脳や脊髄の血管に血栓による障害が起こることで発症することが知られています。ヘパリンは血栓の発生を抑えるとともにウイルスの細胞への侵入を抑制する作用も考えられていますが、まだ発症防御メカニズムの詳細に関しては解明されていません。現在、EHV-1による妊娠後期の流産予防にはワクチン接種や消毒の徹底が有効とされていますが、発症の拡散防止にヘパリンによる治療も有効となれば素晴らしい発見です。今後の更なる研究が期待されます。

 

  • リハビリテーション管理における関節可動領域の改善処置

リハビリテーションの目標は、健全な機能をなるべく短期間の内に元の状態に戻すことです。馬でも腱靭帯炎や骨折や関節疾患により長期間運動を制限されることで関節可動域が減少してしまう場合があります。Dr. Adair S.(Tennessee大学)は、超音波やレーザー治療、加温や冷却療法、スイミングプールやウォータートレッドミルなどを使用したリハビリテーション管理を紹介する中で、慢性期におけるプログラムとして横木(おうぼく)障害の利用について紹介していました。横木を馬が跨ぐことにより、関節の可動域を広げることが可能になるだけでなく、末梢神経を介した運動感覚機能も改善されるというものです。横木の高さや配置を変えることで関節の可動域を調節することも可能になります。この横木を利用した運動は、健常な中期・後期の育成馬にも応用可能であると思われます。普段の飼養管理や調教の一部にアレンジして取り入れてみるのも良いと思いました。

 

最後に

海外の学会に参加することで、最新の様々な情報を得ることができます。一方で、近年は日高発の調査研究や獣医診療技術が紹介される機会も増えてきていると実感します。海外の研究成果や飼養管理技術を学び、応用可能なものを導入していくことはもちろん有用ですが、今後は日高発の研究成果を海外の国際学会の場で積極的に発信していくことが日本の馬産業が世界で同等に関わり続けていく上でとても大切なことと思われます。今後も日高育成牧場で行う調査研究へのご理解とご協力を宜しくお願い申し上げます。

 

1_4 (図1)AAEPメイン会場での講演の様子

 

2_4 (図2)大腿骨内側顆の関節面に認められる僅かなX線透過像

当歳の離乳時期に発生することが多いが、1歳時までに良化するものが多い。

 

3_3 (図3)横木を跨ぐ様子

横木などの障害を利用することで関節の可動範囲を広げることができる。

生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

2020年5月14日 (木)

大腿骨遠位内側顆ボーンシストに対する治療法について

No.154 (2016年9月1日号)

 

 

 

 2016年度の各種セリが開催され、売却成績は過去最高となるなど市場取引が盛況に行われています。第153回では大腿骨内側顆のボーンシストの概論について説明がありました。国内の一部のセリでは、レポジトリで膝蓋部X線画像の提出が任意で可能となり、生産者や購買者の皆様も、大腿骨遠位内側顆にできるボーンシストには注目されていることかと思います。今回はその治療方法について説明いたします。

 ボーンシストの治療法には大きく分けて3つの種類があります。まず初めに内科的保存療法である病変部位内へのステロイド投薬、2つ目は外科的治療法である関節鏡手術による病変部位の掻爬術、そして3つ目に比較的新しい治療法である螺子でシストを固定する方法です。

 

①内科的治療

 跛行が認められず大腿骨ボーンシストの直径が小さいものに関しては、そのまま陳旧化することもあり、無症状の場合は様子を見るのが一般的です。跛行を呈するものでは、休養期間中に過剰なエネルギー摂取をやめ、ミネラルの給与を適切に行うことで、より早い回復が期待できると言われています。跛行が顕著な場合には、運動や放牧を中止し、半年程の長期休養で跛行が改善すると言われていますが、調教再開と共に再び跛行を呈することがあります。そこでより積極的な内科的治療法として、コルチコステロイド製剤をシスト内に直接注入する治療法も行われています(図1)。この方法では、エコー機器やX線画像を用いて、もしくは関節鏡下で針の挿入部位を確認しながら薬剤を正確に注入することが求められます。1_7 図1 関節鏡下でのステロイドの注入(Diagnostic and surgical arthroscopy in the horseより抜粋)
  

②外科的治療

 重度の跛行が認められ、ボーンシストの直径が大きく深い症例では関節鏡手術による病巣部位の掻爬という方法も行われています(図2)。シスト内の変性した軟骨は自然には除去されないため、取り除くことで健常な軟骨下骨および関節軟骨の再生を促します。この方法は、予後は非常に良好ですが、関節面への侵襲も大きいため術後、半年程の長期の休養を要します。その後のリハビリにも関節疾患の併発を考慮する必要があり、ヒアルロン酸などを関節内に投与することもあります。

2_7図2 関節鏡下での掻爬術

 

③新しい治療法

 ボーンシストは、内科的、外科的治療によっても完治までに時間が掛かる疾患です。完治までの時間を短縮することを念頭に新たな治療法として提唱されているのが、シストに貫通するように螺子を挿入して、固定・補強するという治療法があります(図3)。この方法であれば、体重を支える関節面への侵襲がなく、関節炎への続発を予防出来ると考えられています。この螺子での固定によって、8割以上の馬で歩様の改善が報告されて手術から4ヶ月ほどで調教に復帰できると言われています。日高育成牧場でも、騎乗馴致の時期に跛行を呈する大腿骨ボーンシストの症例に遭遇し、螺子による内固定術を行いました。術後3ヶ月から、トレッドミルを用いてのリハビリを行うことができ、約半年後にはトレーニングセールに上場することができ、その後、同馬は中央競馬でデビューすることができています。3_4 図3 螺子固定挿入前、挿入後

 

最後に

 ボーンシストの発症率は海外の報告で1~3%と低く、調教を実施する前の若齢馬では、シストを保有していても跛行がみられないなど、頻繁に目にする病気ではありません。しかし、内科的および外科的治療でも難治性を示す場合も多く、約半年にもわたる休養を要するなど、経済的損失が大きい疾患のひとつに挙げられます。今後、これらの治療法を積極的に臨床応用し、効果を検討していくことが重要です。現在、日本国内における、大腿骨ボーンシストの発症率を生産地疾病のテーマとして調査中です。今回お伝えした情報も数年後には新たな情報に置き換わるかもしれません。そのような状況ですので、今後発信される情報についても引き続きご注目ください。

 

 

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係 山﨑 洋祐)

大腿骨内側顆のボーンシストについて

No.153 (2016年8月15日号)

 

 

サラブレッドのボーンシストとは?

 ボーンシストとは、関節の軟骨の下にある骨が発育不良を起こし発生する骨病変です。レントゲン検査では関節面に接したドーム状のX線透過像として認めることができます(図1)。病変は、栄養摂取や成長速度のアンバランスなどの素因がある子馬において、関節内の骨の一部に過度の物理的ストレスが加わることで発生すると考えられています。そのため好発部位は、前肢の球節や繋の指骨間関節、肩関節、後肢の膝関節といった走行時に大きな力がかかる関節面の骨となります。特に、膝関節を構成する大腿骨の内側顆(図2)はボーンシストの好発部位となりますが、この部位に大きなボーンシストが認められる馬は、調教開始とともに難治性の跛行を呈することが多いことが知られています。1_6【図1】球節(中手骨遠位)のボーンシスト X線透過像(破線)と関節面への開口部(矢印)

2_6 【図2】左後枝の膝関節を斜め後方から見たCT像 丸囲み部分が大腿骨内側顆。ボーンシストの多発部位となる。
   

大腿骨内側顆のボーンシスト

 現在、北海道の全てのサラブレッド市場では、レポジトリーに後膝のレントゲン資料が、上場者の任意で提出できる様になりました。大腿骨内側顆のボーンシストが発生するのは、1歳の春から秋にかけてです。この時期の、まだ調教が始まっていない若馬では、跛行が認められることは少なく、セリに向けたレントゲン検査で初めて所見が発見されることになります。

 レポジトリーに提出される後膝のレントゲン写真は、図3に示した4方向になります。この中で、内側顆のボーンシストを発見し易いのは、図3-Dの屈曲 外-内側像です(図4)。その他の方向から撮影したレントゲン像では、シストの大きさや関節面の状態を確認することが出来ます。3_3【図3】レポジトリーにおける後膝のレントゲン資料(4方向)

A:尾-頭側像、B:尾外-頭内側像、

C:外-内側像、D:屈曲 外-内側像

4_2【図4】大腿骨内側顆のボーンシスト所見

左:大きなボーンシスト所見

右:小さな軟骨下骨の欠損(ディフェクト)所見

 

治療と予後

 シストには炎症産物が含まれており、物理的な刺激が加わり続けることにより病巣が広がってしまいます。跛行が認められない場合は、そのまま陳旧化する場合も多いのですが、跛行が認められる場合は、運動や放牧を中止し、しっかり症状が消えるまで休養させることが重要です。跛行の程度が重い場合には、全身麻酔下でシスト内にステロイド剤(抗炎症剤)の患部への直接投与やシストの掻披術を実施し、治癒を促します。いずれにしても、休養期間は3ヶ月から6ヵ月以上要することが多く、競走馬としてのデビューは遅れてしまうことになります。近年、新たな治療方法としてシストを跨ぐ様にスクリューを1本挿入する治療法が試みられるようになり(図5)、調教への復帰も早くなることが期待されています(詳細については次号で紹介する予定です)。5

【図5】内側顆のボーンシストへのスクリュー挿入術 ラグスクリューによりシストの安定化を図り、疼痛や炎症を緩和する試みが行われている。

 

最後に

 大腿骨内側顆のボーンシストは、発症すると予後が悪く、経済的な負担も大きな疾患です。現在、日高地区の獣医師で総力を挙げて、ボーンシストの発症要因や治療法の改良に取り組んでいるところです。生産者の皆様には調査へのご協力への理解と今後の調査結果にご期待いただければ幸いです。

 

 

(日高育成牧場生産育成研究室 研究役 佐藤 文夫)

2020年5月13日 (水)

電気牧柵を用いた放牧方法

No.148 (2016年6月1日号)

                          

  

 アイルランドなど海外の馬産国では、電気牧柵を効果的に利用した放牧方法が一般的に普及されています。わが国でも、放牧地への鹿の侵入防止用として設置されている牧場も多いのではないでしょうか。日高育成牧場では、出産後の母子の放牧地において、子馬の事故予防を目的として電気牧柵を設置していますので、本稿で概要を説明します。

   

子馬の種子骨傷害

 電気牧柵の話を始める前に、生後まもない子馬における種子骨傷害について説明します。これまで当場で実施した調査では、生後1~2ヶ月齢の子馬の近位種子骨のX線検査において、前肢で45.2%、後肢で9.5%に骨折様の陰影が認められました(図1)。これらの所見は種子骨の先端部に認められる小さなもの(図1左)から、中位の大きな離解を伴うもの(図1右)まで様々でしたが、有所見馬には跛行や腫脹などの臨床症状は見られず、発見から1ヶ月以内に消失するものがほとんどでした。発生原因は、広い放牧地で母馬に付いて激走することにあると考えられています。生後間もない子馬の種子骨は、まだ激しい運動に耐えられません。このため、いきなり広い放牧地に放された場合に、骨傷害を発生するのではないかと推察されます。

 所見を有した場合であっても、多くの馬に症状が認められないことから、臨床上の重要性が低い印象を受けます。しかし、場合によっては骨片が大きく離れるような重度の骨折を発症するリスクもはらんでいるため、発症リスクを低くするような飼養管理方法が求められます。1_11 図1.生後間もない子馬に認められる種子骨傷害

電気牧柵を利用した段階的な放牧

 2012~14年の3年間、当場において、広い放牧地(2ヘクタール以上)に生後10日齢以内に放した子馬の種子骨のX線検査をしたところ、中央部に陰影を認める離断骨片が大きい所見(図1右)が33%(12頭中4頭)に認められました。日高育成牧場で母子が利用可能な放牧地は、小パドック(1アール以下)を除くと、2haおよび4haの比較的広い放牧地のみであり、小パドックと大型放牧地の中間にあたる1ha以下の中型放牧地の設置が課題でした。

 そこで2015年は、2haの放牧地を電気牧柵で間仕切りすることにより、1ha以下の中型放牧地を設置し、段階的な放牧方法を実施しました。これにより、生後1週齢までは小パドック、その後1ヶ月齢までは間仕切りした中型放牧地、1ヶ月齢以降は4ha以上の広い放牧地を使用しました(図2)。この方法を用いたことにより、過去3年間で33%に認められた種子骨中央部の骨傷害が、2015年には13%(8頭中1頭)に減少しました。

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図2.電気牧柵を利用した段階的な放牧

 

電気牧柵の設置・使用方法

 具体的な電気牧柵の設置方法について説明します。馬用の放牧地の場合、視認性確保のため、ワイヤー状の細い電線ではなく、帯状の幅が広いタイプ、また、ポールは安全性を考慮したプラスチック製のものが推奨されます。馬によっては、電気牧柵に対する馴致が必要となる場合があります。最初に引き馬をしながら、電気牧柵に馬を近づけて、しっかり見せてから放牧した方がよいでしょう。もちろん、何かに驚いて急に走りだした場合には、突破されるリスクもありますので、外柵としてではなく、あくまで放牧地内部の間仕切りとしての使用に限定した方がよさそうです。なお、人畜両者に対する危険防止のため、電源については出力電流が制限される「電気柵用電源装置」の使用が法律で義務付けられていますので、ご注意ください。

3_7 図3.プラスチック製ポールと視認性の良い帯状の電線(左)と移動が容易な乾電池式の電源(右)

 

  

  (日高育成牧場・専門役 冨成 雅尚)

育成期の屈腱腫脹

No.145 (2016年4月15日号)

 

 

 

 育成調教期の若馬で「ウラがもやっ・・・として、すっきりしない」「触わって腱が太く感じる」と表現するような、屈腱部のわずかな腫脹や帯熱を認めることはありませんか?我々、JRA日高育成牧場の育成馬においても、このような症状は珍しくなく、いずれも一過性の現象であることを経験しています。このような若馬に対して超音波検査を行った場合、浅屈腱が成馬と比較して太い、もしくは反対の正常肢と比較して太い所見が認められます。しかし、腱損傷を示す所見は認められません(図1)。

 成馬においては、このような屈腱部の腫脹や帯熱は、浅屈腱炎すなわち「エビ」の症状もしくは前兆と理解されています。このため、若馬でこのような所見を認めた場合、育成調教の妨げとなるばかりではなく、市場価値の低下を招くことが懸念されます。では、このような若馬の屈腱の腫脹や帯熱は、本当に屈腱炎の前兆なのでしょうか?競走期のパフォーマンスや屈腱炎発症に影響を及ぼすのでしょうか?

1_7 図1.育成馬では浅屈腱が成馬より太い、もしくは反対肢と比較して太い所見が認められる。

  

育成期の屈腱に関する調査

 JRA日高育成牧場では、3年間に亘ってJRA育成馬165頭の屈腱部の超音波検査を実施し、若馬の屈腱部に関する調査を行いました。調査は「育成調教開始前の1歳9月」および「ブリーズアップセール前の2歳4月」の2回、屈腱部を6つの部位に分けて、浅屈腱の断面積を測定し、左右で比較しました(図2)。

 結果を見ると、いずれの部位でも浅屈腱の断面積は、1歳9月の方が大きく、2歳4月にかけて小さくなる傾向にありました。また、いずれの時期も、以前にトレセンで調査した成馬の値を上回っていました。すなわち、育成期の若馬の浅屈腱は成馬より太く、育成調教を行う過程において、徐々に成馬の値に近づくことがわかりました。

2_5 図2.育成馬と成馬との浅屈腱断面積の比較

  

育成期の屈腱の左右差

 また、屈腱を3つの部位に分けて、左右の太さ、すなわち断面積を比較してみました。すると、左右で断面積の差が20%以上あった馬は、1歳9月および2歳4月のいずれの時期においても、育成馬全体の20%近くに達しました(図3)。成馬においては、浅屈腱断面積に左右差が20%以上認められた場合、浅屈腱炎の前兆と考えられていますが、育成馬では、5頭中1頭にそのような所見を認めたのですなお、このような所見を有した育成馬であっても、超音波検査で腱損傷所見が認められない場合には、通常どおりの調教が実施されました。それでは、このような左右差が認められた馬は、他の馬と比較して、競走成績は劣っていたのでしょうか?競走期に屈腱炎を発症したのでしょうか?

 調査馬のうち、中央競馬に登録した143頭について調査したところ、出走回数、入着回数、および浅屈腱炎の発症率に有意差はありませんでした(図4)。すなわち、育成期に通常より太い、もしくは太さが左右で異なる屈腱であっても、競走期のパフォーマンスに及ぼすような病的な状態ではなく、調教運動を通して改善されていく所見であることが分かりました。

 ではなぜ、若馬の腱は一時的に太くなるのでしょうか?今回の調査で解明することはできませんでしたが、運動や骨成長などにより、未成熟な腱が負荷を受けた際に認められる生理的反応の1つと考えられました。この調査は、我々が育成馬を調教していく過程で遭遇した「若馬の屈腱腫脹」について、それが病的なものか否かを解明する目的で実施したものです。

 JRA日高育成牧場では、生産者、育成関係者、そして市場購買者の皆様が日頃から疑問に思っていることについて、今後とも育成馬を用いた科学的な調査を行っていきます。3_5 図3.育成馬の5頭に1頭は浅屈腱断面積の左右差が20%以上であった。

4_3 図4.左右差20%以上の馬と他の馬の出走回数・入着回数に有意差は認められなかった。

 

 

(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)