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2021年1月27日 (水)

若馬に見られる頸椎X線所見

はじめに

育成期の若馬にしばしば発症するウォブラー症候群(腰痿)は、主に後躯の運動失調や不全麻痺などの神経症状を呈する疾患です。近年、その病態から頸椎狭窄性脊髄症(CSM:Cervical Stenotic Myelopathy)という病名が相応しいとされています。発症要因から大きく分けて2つのタイプがあることが知られています。すなわち、Type I型は第3-4頸椎の配列の変位による脊髄神経の圧迫変性、Type II型は第5-7頸椎関節面の離断性骨軟骨症(OCD)による脊髄神経の圧迫変性です。しかし、このような所見について発症馬に関する報告は多く認めるものの、健常馬に関する報告は殆ど無いのが現状です。そこで生産育成研究室では、健常1歳馬における頸椎Ⅹ線検査所見の保有状況について明らかにするとともに、そこで認められる所見の発生時期と変化についても調査してきましたので、その一部分を紹介したいと思います。

 

健常馬における保有状況

国内で開催されたサラブレッド1歳市場で購買された健常馬合計240頭(牡122頭、牝118頭)を用いて10月の時点(15-20カ月齢)で頸椎X線検査を実施し、頸椎配列の変位および頸椎関節突起の離断骨片、肥大所見の保有状況について解析しました。その結果、頸椎配列の変位は4.2%(牡9、牝1)の馬にみられ、その所見は全て第3-4頸椎間に見られました。関節面の離断骨片は17.1%(牡27、牝14)の馬にみられ、主に第5-6-7頸椎間に見られました。関節面の肥大は9.1%(牡8、牝5)の馬にみられ、全て第5-6-7頸椎間に見られました(表1、図1)。これらの馬は、翌年4月までの6カ月間、馴致および騎乗調教が実施されましたが、その間に不全麻痺などの神経症状を発症する個体はいませんでした。

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(表1)頸椎X線所見の保有状況

(240頭:牡122頭、牝118頭)

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(図1)供試馬に認められた頸椎X線所見の例

A:頸椎配列の変位

B:頸椎関節面の離断骨片

C:頸椎関節面の肥大



 

発生時期とその経時的変化

サラブレッド20頭(牡12頭、牝8頭)の誕生から15か月齢まで1ヶ月置きに頸椎X線検査を実施し、頸椎X線所見について解析しました。その結果、生後2~6ヶ月齢の6頭(牡5頭、牝1頭)の頸椎突起関節面にOCD様所見の発生が認められました。これらのOCD様所見のうち3頭の所見は次第に治癒する様子が認められましたが、残りの3頭に認められた所見は関節面の離断骨片から肥大所見へと変化し残存しました(図2)。

 

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(図2)第5-6頸椎間関節突起に認められたOCD様X線所見の変化

2ヶ月齢および5か月齢で認められたOCD様所見。次第に癒合したが、関節面は肥大化した。

考察

健常1歳馬の頸椎にも脊髄神経を圧迫する要因となりうるX線所見が多くみられることが明らかになりました。理由は知られていませんが、ウォブラー症候群の発症は牡馬に多いことが知られています。今回の調査において、頸椎X線所見が牡馬に多く認められたことは、これまでの報告を裏付けるものかもしれません。

今回の頸椎X線検査の有所見馬は、すべてが発症には至ることは無かったことから、これらの所見は四肢関節に多く認められるDOD所見と同様にありふれた所見であり、多くの所見は問題とはなり得ないものと思われます。しかしながら、認められた所見は発症馬の頸椎には必ずといってもよい程に認められる所見であり、脊髄神経の変性を引き起こす原因の一つとなることが知られていることから、その部位と程度、飼養環境、新たな診断方法などについて、これからも検討が必要であると思われます。

頸椎X線所見の発生時期は、離乳前のまだ幼弱で成長段階にある頸椎関節に起こる骨軟骨病変であることも明らかになり、この時期の飼養管理が重要であることが分かります。

今後も症例を増やして調査していくことで、ウォブラー症候群発症の予防や発症馬の予後判断に活用できる知見になると思われます。

 

 

日高育成牧場生産育成研究室 室長 佐藤文夫

2021年1月25日 (月)

大腿骨遠位内側顆における軟骨下骨嚢胞について

軟骨下骨嚢胞(subchondral bone cyst、いわゆる「ボーンシスト」、以下SBC)は関節軟骨の下の骨が骨化不良を起こし発生する病変であり、遺伝、栄養や増体率などの要因により、1~2歳の若馬の様々な骨に生じます。このうち競走馬の育成に問題となるものとして、大腿骨遠位内側顆のSBCがあげられます。日高・宮崎両育成牧場では研究の一環として、毎年秋と春に育成馬の膝関節のX線検査を行い、この病変の発生状況を調査しています。

馬の膝関節は図1の骨標本に示す位置にあり、SBCはX線写真では透亮像(黒く抜けた所見)として認められます(図1)。

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図1.馬の膝関節の位置

 

 

この病変は図2のとおり大きさと形状によって4つのグレードに分けられます。

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図2.SBCグレードごとの形状と大きさ(出典:Santschi et.al, 2015, Veterinary surgery, 44(3), pp281-8

グレード1: 極わずかな軟骨下骨の窪み

グレード2: ドーム状の軟骨下骨の窪み

グレード3: ドーム状のX線透過部位を有する嚢胞

グレード4: 円形・釣鐘状のX線透過部位を有する嚢胞

 

  SBCグレードは数値が高くなるに従い、予後が悪くなる傾向にありますが、X線検査で大型(直径10mm以上)のSBCが確認された1歳馬において、跛行を示したのは2割以下であり、SBCを確認した馬が必ずしも跛行を呈するわけではないとの報告もあります(妙中ら, 2017, 北獣会誌, 61, 207-211)。

症状を伴わない場合は治療を行う必要はなく、調教を進めることができますが、跛行が続く場合には治療が必要となる場合もあります。治療の方法にはいくつか選択肢がありますが、近年では螺子挿入術による治療法が特に注目されています。螺子挿入術とはSBCを跨ぐようにして螺子を挿入することで周囲の骨を固定・補強する治療法です。この治療法では2ヶ月の休養が必要とされますが、3ヵ月後には多くの馬が通常運動を行えるようになるまで回復すると報告されています(Santschi et al, 2015, Veterinary surgery, 44(3), pp281-288 )。

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図3.螺子挿入術

 

しかしながら、SBC自体には未解明の部分が多いため、確実な方法としては確立している治療法はありません。そのため、日高・宮崎両育成牧場では、発症時期、原因、跛行との関連性および病変と競走成績の関連性を明らかにするとともに、治療を含めた管理方法の確立を目指して研究を継続します。

日高育成牧場 業務課 胡田悠作

育成期の運動器疾患(軟骨下骨嚢胞)

例年より降雪が遅いものの日々の最低気温が氷点下に届きはじめ、日高育成牧場にも冬が到来しつつあります。騎乗馴致も終わり、1歳馬たちの調教も来年の競走馬デビューに向けて徐々に本格化する時期でもあります。とはいえ、この時期の1歳馬たちは未だ成長途上にあり、運動強度が増すにつれさまざまな運動器疾患が認められるようになります。今回は、それらの疾患のうち「軟骨下骨嚢胞」について紹介します。

 

馬の大腿骨内側顆軟骨下骨嚢胞

ボーンシストとも呼ばれ、栄養摂取や成長速度のアンバランスなどの素因や関節内の骨の一部に過度のストレスがかかることが一因となって関節の軟骨の下にある骨の発育不良がおこることにより発生するとされています。X線検査でのドーム状の透過像(黒っぽくみえる領域)が特徴で(図1)、大腿骨の内側顆が好発部位です(図2)。発生時期も1歳春から秋まで様々で、調教が始まるまで殆ど跛行しないため、セリのレポジトリー(上場馬の医療情報)用のX線検査で初めて発見されることもあります。

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              図1

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              図2

嚢胞があったら長期休養または手術?

この嚢胞には炎症産物が含まれており、運動を継続すると病巣が広がってしまうため、一度跛行が認められたら運動や放牧を中止し休養させなければいけません。調教への復帰を早めるため手術(嚢胞部分の掻爬や螺子挿入)されることもありますが100%改善するとは限りません(図3)。しかし、この病気の発症馬43頭とその「きょうだい」207頭を比較した調査では、①発症・発見が早いほど出走率は高く、②平均出走回数は「きょうだい」と発症馬との間に差がなく、③手術した14頭の出走率は71%、しなかった29頭は52頭であったことが報告されており、早期診断・適切な治療・管理をすれば競走馬としての可能性が十分に期待できることがわかっています。

※出展:馬大腿骨遠位内側顆軟骨下骨嚢胞罹患馬の追跡調査(NOSAI加藤ら)

 

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          図3

また、掻爬による手術を実施した150頭の軟骨下骨嚢胞発症馬に関する調査では、①損傷していた関節表面の大きさが15mm以下であれば出走率が70%、②対して損傷部が15mm以上であれば出走率が30%、③たとえ症状を示していない1歳馬でも嚢胞の直径が15mm以上のものは高い確率で後々跛行することが報告されています。従って、関節表面損傷部の大きさを指標に発症馬の予後判定ができます。

※出展:馬獣医のよもやま話46「後膝におけるボーンシストについて」(HBA柴田ら)

一方、まだ跛行していない1歳馬1,203頭が大腿骨内側顆軟骨下嚢胞を持っていた確率と、それらの馬のうちどの程度が跛行したのかに関する調査では、①10mm未満の嚢胞を持っていたのは84頭(7%)、②10mm以上の嚢胞を持っていたのは33頭(2.7%)、③後に跛行したのは嚢胞を持っていなかった馬のうちの1頭と10mm以上の嚢胞を認めた馬のうちの6頭だったことが報告されています。このことから、比較的大きな嚢胞が認められた馬の殆どが後に症状無く出走することが可能だということがわかります。

※出展:サラブレッド1歳馬の大腿骨遠位内側顆X線スクリーニング検査における有所見率とその後の跛行発症との相関(ノーザンF妙中ら)

 

最後に

 いずれにしても重要なのは症状を悪化させないための早期発見・早期治療です。そのためには、普段からのチェックやケアの徹底により愛馬の状態を確認しておくことはもちろん、「歩様(騎乗した感じ)がいつもと違う」などの前兆を見逃さないことが重要となります。今回の内容について不明なことなどありましたら、是非日高育成牧場までお問い合わせいただければ幸いです。

日高育成牧場 専門役 琴寄泰光

食道閉塞(のどつまり)

食道「閉塞(へいそく)」?「梗塞(こうそく)」?

食道閉塞は、食道が食塊や異物によりふさがってしまう病気で、よく「のどつまり」といわれています。古くから「食道梗塞」という病名が慣例的に使われていますが、本来「梗塞」とは脳梗塞など血液循環障害により生じる虚血性壊死のことをいいます。ですので、「のどつまり」のような病気に用いるのは本来ふさわしくありません。そのため、本稿では海外でも使用されている「食道閉塞(esophageal obstruction)」という病名を用いています。

 

診断と治療

流涎(よだれを垂れ流す)、水および摂食物の逆流、咳などが特徴的な症状です(図1)。診断はこれらの症状、経鼻食道(鼻から食道への)カテーテルの挿入、内視鏡検査により行われます。内視鏡検査では閉塞物、閉塞部位および食道内の異常を確認することができます(図2)。多くは内科療法により治癒可能で、経鼻食道カテーテルを用いて食道に適量の水を注入したり、頚をマッサージしたりして、閉塞物を外側から揉みほぐすことで閉塞の解除を促します。また、内視鏡専用の鉗子を用いて閉塞物をほぐすこともあります。これらの治療を行う際は、鎮静剤の投与により馬の頭を下げさせ、誤嚥を防ぐことが重要です。鎮静剤にはその他に食道の収縮を軽減させる効果もあります。外科療法としては食道切開術がありますが、様々な合併症(食道の裂開・狭窄、電解質平衡異常、頚動脈破裂など)を引き起こす可能性があり、対象は内科療法を繰り返しても良化しない症例に限られます。

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閉塞物除去後の管理

食道閉塞は閉塞物除去後の管理が非常に重要で、それが適切に行われないと再発を繰り返し、死に至る可能性もあります。管理手順について図3にまとめました。閉塞すると閉塞物により食道粘膜の損傷が生じ、狭窄を伴うことがあります(図2)。すぐに通常の給餌を行うと再発のリスクが高くなるため、粘膜の損傷が良化するまで流動食(水分を多く含んだ軟らかい飼料)を与えます。牧草(切り草やキューブを含む)は再発の原因となるため、食道粘膜の修復期間中は与えるべきではありません。また、敷料(麦稈やシェービング)を食したことにより再発するケースも多くありますので、注意が必要です。再発すると食道粘膜の状態を悪化させるため、再び絶食からやり直しとなります。再発を繰り返すと治療期間が長引くだけでなく、食道が正常に機能しなくなり予後不良と診断されることもあります。そうならないためにも内視鏡検査を定期的に行い、食道粘膜の修復(7~21日かかるとされる)を確認してから通常の給餌を再開します。

 

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重要な合併症:誤嚥性肺炎

誤嚥性肺炎は、食道閉塞時に食道から逆流した飼料や唾液が気管内に流入することで生じます(図4)。発症から解除後数時間以内では、多くの馬の気管内に中等度から重度の汚染が生じています。このような状態は誤嚥性肺炎を引き起こすリスクが高くなります。また、肺炎の発症と気管内の汚染度合いとは相関がないという報告もあるので、たとえ診察時に気管内の汚染が軽度であっても油断してはいけません。以上のことから軽種馬育成調教センター(BTC)では多くの場合、誤嚥性肺炎の予防的措置として抗菌薬を投与しています。

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予防

不十分な咀嚼は食道閉塞の発症リスクを高めます。定期的に歯科検診を実施し、馬がしっかりと咀嚼できる状態をキープしてあげましょう。早食いの馬も発症しやすいと考えられるので、そのような馬に対しては一度に多量の飼料を与えるのではなく、なるべく小分けにして与えるようにしましょう。飼葉桶に障害物(大きな石など)を入れておいたり、乾草ネットを使用したりすることも有効です。

 

最後に

先にも述べましたが、食道閉塞は重篤化すると命にかかわる疾患です。しかし、その認識は薄く軽視されがちなのか何度か再発を繰り返してから、診療を依頼されることがあります。今回の記事により一人でも多くの方が食道閉塞の理解を深めるとともに、治療や管理の一助にしていただければ幸いです。

軽種馬育成調教センター軽種馬診療所 日高修平

後期育成馬における深管骨瘤

【はじめに】

深管骨瘤は、様々な用途の馬で跛行を引き起こす原因として古くから知られており、競走前の後期育成馬においても発生の多い疾患の一つです。その病態は名前の通り、管近位後面の深部(図1)に骨瘤を形成する疾患とされています。この部位は周囲を副管骨、浅屈腱、深屈腱、深屈腱の支持靭帯および繋靭帯といった構造物に囲まれた深い場所に位置します。そのことから、患部の熱感、腫脹、触診痛といった症状が表在化しづらい傾向があります。それゆえ、最初に観察される症状が跛行であることがほとんどで、跛行以外の症状が認められないことも珍しくありません。跛行の程度は速歩でしか認められない軽度なものから、常歩ではっきりと観察されるような重度のものまで様々です。

1_9 図1.深管骨瘤が発生する管近位後面


 

【深管骨瘤の病態】

深管骨瘤は大きく二つの病態に分けられます。一つは繋靭帯と管骨の付着部で起こる靭帯付着部症で、もう一つは繋靭帯と関係なく骨単独で起こるストレス骨折です。

靭帯付着部症は、繰り返しの運動負荷により管骨が繋靭帯に引っ張られることで、その付着部である管骨近位後面で傷害が起こります。損傷の程度や発症年齢により骨膜炎、剥離骨折、繋靭帯炎などを発症します。後期育成馬のような若い馬では、骨膜炎や剥離骨折が多くみられます(図2)。その一方、競走馬や乗用馬などのより高齢の馬において発生が多いとされる付着部近くでの繋靭帯炎はあまりみられません。これには年齢の若い育成馬特有の理由があります。腱や靭帯といった組織は年齢とともに強度や弾力性が低下しますが、年齢の若い育成期では柔軟性に富み、高い強度を持っています。それに対して、成長期の骨は軟骨部分が多く未熟であり、腱や靭帯と比較して強度が低いことから、強い負荷がかかった際には物理的な強度の低い靭帯付着部の骨に傷害が起こりやすいのです。そのため、繋靭帯炎は少なく、骨膜炎や剥離骨折の発症が多いと考えられています。

2_8 図2.管骨近位後面のレントゲン画像(左:骨膜炎、右:剥離骨折)

ストレス骨折についても、繰り返しの運動負荷が原因で起こります。管骨の近位後面に圧縮力がかかることで発症するとされており、重度の症例では同部の皮質骨(骨の表面にある硬い部分)に骨折線が観察され、その周囲では骨硬化像(骨が硬くなりレントゲン検査でより白く映る)が認められます(図3)。

3_8 図3.ストレス骨折を発生した管骨近位後面のレントゲン画像
 

【難しい診断】

深管骨瘤は周囲を様々な構造物に囲まれていることから症状が表在化しづらく、診断することが難しい疾患です。触診では異常が確認されないケースでも、診断的麻酔法(患部に分布する神経やその患部へ直接局所麻酔薬を注入することで、跛行の原因箇所を特定する診断方法)を実施することで本疾患が判明することも珍しくありません。触診で問題がなかったとしても、跛行の原因の一つとして除外せずに考えておく必要があります。

 

【予後】

後期育成馬における深管骨瘤の予後は、その症状に応じてしっかりとした休養、リハビリ期間を設けられれば、運動を再開して競走馬デビューすることは難しくありません。しかし、休養やリハビリが適正でなかった場合、運動により再発を繰り返し難治化する恐れもあるため、発症後の管理には十分な注意が必要です。

軽種馬育成調教センター軽種馬診療所 安藤邦英

頸椎圧迫性脊髄症(CVCM)

はじめに

頸椎圧迫性脊髄症(CVCM)とは、いわゆる「腰フラ」や「腰痿(ようい)」と呼ばれる後躯を主とした運動失調あるいは不全麻痺などの神経症状を呈する病態のことです。一般的には「ウォブラー症候群」と呼ばれている病気になります。発症馬の競走馬としての予後は悪く、生産地においては経済的にも大きな問題となっている病気の一つです(図1)。


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病態

サラブレッドの発症率は1.3~2.0%との報告があります。現在、国内でのサラブレッド生産頭数が約7,000頭余りであることから、年間100頭近くの発症馬がいると推測されます。

NOSAI日高(現NOSAIみなみ)でCVCMと診断されたサラブレッド245頭の内訳を解析すると、生後4~8ヶ月齢と14~18ヶ月齢の牡の若馬に好発していることが分かります(図2)。

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原因

原因は、頸椎の亜脱臼による「配列の不整」あるいは頚椎関節面の離断骨片・骨棘・肥大などの「関節面の不整」による脊柱管の狭小化が起こることで、脊髄神経が静的あるいは動的に圧迫され変性するためです。頸椎の「配列の不整」は頭側の第3-4頸椎に見られ、離乳前後の当歳馬に発症するものの主な原因となります(TypeⅠ型)。一方、頸椎の「関節面の不整」は比較的尾側の第5-7頸椎に見られ、1歳の秋ごろから発症するものの主な原因になります(TypeⅡ型)(図3)。

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馬の頸椎は、他の哺乳類と同じく7個の椎体から構成されています(図4)。構造上、可動範囲は狭く、横方向や上下方向への大きな動作は第5-7頸椎を支点とした動きとなります。そのため、セリで購買した正常な1歳馬の頸椎X線検査を実施した結果、約30%近くの馬に頸椎の配列不整や関節面の骨片・肥大などのX線所見が認められることが明らかになってきました。さらに、このような所見がいつ発生するのかを調べるために、誕生から1ヶ月間隔で生産馬の頸椎X線検査を行った結果、生後2~6ヵ月齢の子馬に頸椎関節面の骨片所見の発生が認められ、それらの所見は治癒過程で関節面の肥大として残存することも明らかになってきました(図5)。これらの馬は神経症状を発症することはありませんでしたが、離乳前後のまだ幼弱な子馬の頸椎に突発的な横方向や上下方向への負担が加わることで、亜脱臼や関節面の損傷を引き起こし、脊髄圧迫の原因となる可能性が考えられました。

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治療

サラブレッドのCVCMに対する有効な治療方法は、今のところありません。脊髄の狭窄部位に対する外科的手術は、競走馬を目指すサラブレッドにとっては現実的ではなく、痛みや狭窄の進行を抑えるための対症療法を実施し様子を見るだけなのが現状です。CVCM原因部位を確実に診断すること、その程度や臨床症状から予後を判定するが重要になります。

 

最後に

サラブレッドのCVCMの発生には、様々な要因が関わっていますが、その中で大きな要因を占めているのが、栄養や放牧(運動)といった日常の飼養管理です。特に、離乳までの幼駒の飼養管理は、非常に重要となります。子馬の正常な発育パターン、必要な栄養要求量、様々な関節に発生する骨軟骨症の病理学的解明、診断と治療処置方法に関する詳細は、まだよく分かっていなことが多いのが現状です。サラブレッドの生産性の向上、世界に通用する強い馬作りを目指して、今後も我が国の気候風土に適した飼養管理方法や疾病に関する調査研究を実施していく必要があります。

日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤 文夫

2021年1月22日 (金)

上気道疾患その2:検査法について

 前回は、競走馬のパフォーマンスに大きな影響をおよぼす上気道疾患である喉頭片麻痺やDDSPなどを紹介しました。今回は、安静時に行われる通常の内視鏡検査以外の上気道疾患検査法について簡単に紹介します。

トレッドミル内視鏡検査
 安静時内視鏡検査では、運動時におこる障害の全てを正確に診断することは出来ません。そこで、運動時の上気道の状態を調べるためにトレッドミルを用いた運動時の内視鏡検査が行われるようになりました。このトレッドミル内視鏡検査は、走行速度や距離などの検査条件を統一して行うことができるのが利点ですが、騎乗者の負担や手綱による操作などがないため、野外における全力疾走中におこる障害が反映されていないことがあります。また、トレッドミルに対する馴致が必要でもあり、トレッドミル内視鏡検査の実施にあたっては細心の注意を払う必要があります。

野外運動時内視鏡検査(オーバーグラウンド内視鏡検査)
 オーバーグラウンド内視鏡検査は、近年用いられるようになってきた検査方法です。内視鏡のバッテリーやポンプ部分などを専用の鞍下ゼッケンに収納し、スコープ部分を頭絡に固定するポータブルタイプの内視鏡を使用します(写真1)。内視鏡の映像だけではなく、マイクを頭絡に装着することで呼吸音も同時に録音できることが特徴です。異常が発生する時の状況を再現して検査を行うことが出来るため(写真2)、安静時では喉頭片麻痺の異常所見が認められなかった競走馬も、オーバーグラウンド内視鏡検査を実施することで、披裂軟骨の内転や不完全外転などの所見を認めることがあります。さらにDDSPや声帯虚脱、咽頭虚脱などの所見が複合的に起こってくることも分かってきました。
 このように、オーバーグラウンド内視鏡検査は野外運動時の上気道の病態把握に非常に有用であり、検査は思ったよりも簡単に行うことができますが、検査実施にあたっては、人馬の安全のために細心の注意が必要なことは言うまでもありません。

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写真1 オーバーグラウンド内視鏡(DRS:Optomed社製運動時内視鏡)

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写真2 オーバーグラウンド内視鏡を装着して運動する馬

咽喉頭部超音波検査
 近年、喉頭片麻痺には喉頭筋の外側輪状披裂筋(CAL)と背側輪状披裂筋(CAD)の変性が起こることが明らかとなり、超音波検査を用いた喉頭筋の評価が喉頭片麻痺の診断指標となることが報告されました。特に安静時で喉頭片麻痺グレードⅢ以上の競走馬の90%では外側輪状披裂筋(CAL)に筋肉の変性・萎縮などの異常が認められたとのデータもあります。筋肉の変性や萎縮が起こっている場合、写真3で示す上記2つの筋肉の厚さや輝度が変化してきます。

おわりに
 オーバーグラウンド内視鏡検査の普及で、競走馬の上気道疾患について様々な所見が分かってきました。運動時内視鏡検査を行わなければ診断できない上気道異常は前回ご紹介した疾患以外にも多く存在しています。咽喉頭部の超音波検査よって診断された外側輪状披裂筋(CAL)の異常所見と運動時の喉頭片麻痺の程度には関連性があることがわかってきましたが、このことは超音波検査によって運動時の披裂軟骨の動きがある程度推測できることを示唆しています。現在、JRAでも競走馬や育成馬における運動時の喉頭機能と喉頭筋の超音波検査所見の関連性についての研究を行っているところです。

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写真3 咽喉頭部のエコー画像
(背側輪状披裂筋:CAL)
(外側輪状披裂筋:CAD)

日高育成牧場業務課 水上寛健

上気道疾患その1

はじめに
 ご存知の方も多いと思いますが、ウマは口で呼吸することが出来ません。それはヒトと咽喉頭部の構造が異なっているからです。ヒトでは軟口蓋が短く喉頭蓋と接していないため、口腔と鼻腔のどちらからでも空気を取り込める形になっています。一方、ウマは軟口蓋の後縁が喉頭蓋に接しているため、物を飲み込むとき以外は常に鼻腔と口腔が隔てられています(図1)。そのため、通常は鼻からしか呼吸が出来ないことになります。

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図1 咽喉頭部の解剖図


ヒトでは、安静時の1分間の呼吸数は12~18回、1回あたりの換気量(1回換気量)は0.45~0.5リットルです。ウマでは安静時の呼吸数はヒトとほぼ同じかやや少ない10~12回程度で、1回換気量は5~6リットルです。そのため、安静時でも1分間に50~60リットルの空気が肺に出入りしています。さらに全力疾走時には呼吸数はストライドと同じ1分間に120~150回になり、1回換気量も12~15リットルとなるため、1分間あたりでは、1,500~2,000リットルもの空気が肺に出入りしていることになります。
 ヒトでもウマでも筋肉を動かすときには、エネルギーを必要とします。そのエネルギーを作り出すときには呼吸によって取り込まれた酸素を使うため、競走馬が全力疾走するときには非常に多くの酸素を取り込む必要があります。上気道に様々な疾患があった場合、十分な換気が行えず競走のパフォーマンスに悪影響を与えます。今回はその上気道の疾患についてご紹介します。

喉頭片麻痺(喘鳴症、のど鳴り)
反回神経の異常が原因で、披裂軟骨の外転に必要な背側輪状披裂筋(CAD)と内転に必要な外側輪状披裂筋(CAL)に萎縮・変性が起こることで発症します(図2)。運動時に喘鳴音(ヒューヒューという高い音)が聞こえ、パフォーマンスが非常に低下するのが特徴です。さらに病状は進行性で、披裂軟骨の外転不全による部分的な上気道の閉塞が起こり、吸気性の呼吸困難に陥ることがあります。確定診断は安静時での内視鏡検査で行います。さらに最近では運動時内視鏡検査を実施し、より詳細な検査が行われています。治療として、喉頭形成術(Tie-back)と呼ばれる披裂軟骨を外転させ固定する外科手術を行います。さらに声帯切除術も合わせて実施することもあります。

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図2 喉頭片麻痺

DDSP(軟口蓋背方変位)
軟口蓋が喉頭蓋の背方(上方)へ変位する疾病です(図3)。変位によって、一時的な閉塞が起こったり咽喉頭部での乱気流が作り出されたりするため、パフォーマンスが大きく低下します。調教時に「ゴロゴロ」という呼吸音が聞こえるのが特徴です。安静時の内視鏡検査では、喉頭蓋が薄い以外ではほとんど異常所見がみられないことが多いようです。多くは運動時に症状が出るため、運動時内視鏡検査によって診断を行います。また、舌縛りや8の字鼻革の使用により、症状が解消することがあります。さらに喉頭蓋が非常に薄い場合もDDSPを発症しやすくなりますが、年齢とともに喉頭蓋が成長して症状を見せなくなります。治療は軟口蓋をレーザーで焼絡する方法や、Tie-forwardと呼ばれる甲状軟骨を底舌骨へ縫合する方法があります。

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図3 DDSP(軟口蓋背方変位)

EE(喉頭蓋エントラップメント) 
 披裂喉頭蓋ヒダが喉頭蓋の背側(上方)を包み込む疾患です(図4)。この疾患は、軽症例ではほとんど問題を生じません。原因は先天的な喉頭蓋の形成不全と考えられています。治療は内視鏡下で先端の曲がったメスやレーザーを使用した切開術を実施します。

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図4 EE(喉頭蓋エントラップメント)

おわりに
 競走馬にとって喉頭片麻痺をはじめとした呼吸器の疾患は、最高のパフォーマンスを出すのに非常に密接に関わってきます。次回はこれら上部気道疾患に対する最近の検査方法についてご紹介します。

日高育成牧場業務課 水上寛健

【海外学術情報】 第62回アメリカ馬臨床獣医師学会(AAEP)

はじめに

AAEPは、馬に関する調査研究や臨床教育、最新の医療機器や飼料などの展示も行われる学会です。2016年はフロリダのオーランドで12月3~7日に開催され、世界各国から約2,300人の馬臨床獣医師が参加しました(図1)。日本からは、私の他にも数名の日高で顔なじみの臨床獣医師さん達が参加しました。今回はこの学会の中から興味を持った演題について3つ紹介したいと思います。

 

  • 大腿骨内側顆のX線異常所見の発生とその変化について

北米では11月の当歳セリに向けて、離乳直後の時期にX線スクリーニング検査が行われるのが一般的で、その結果をもって売却方針や治療方針が決められています。その後も、当歳・1歳・2歳とセリに出る度にレポジトリー資料用のX線検査が何度か行われます。Dr. Spike-Pierce(Rood and Riddle Equine Hospital)は、そのX線資料を解析し、離乳後の当歳馬の約5.3%(76/1,444頭)の大腿骨内側顆にすでにX線異常所見が認められることを報告しました。このことから本疾病の発生時期も他の部位に発生する骨嚢胞や離断性骨軟骨症と同様に、成長盛んな離乳前後であることが分かります。さらに、異常所見の経過を解析したところ、その約6割は1歳セリまでに良化していました。一方で、関節面に1.5㎝以上のX線透過像を有する場合やシスト像の所見を有する場合は、改善しない割合が高くなりました。骨嚢胞を有する場合、運動制限は有効な対処法の1つであり、当歳馬のX線スクリーニング検査は、所見の早期発見・早期治療に有用であると考えられます。また、大腿骨内側顆の軟骨下骨嚢胞はセリでの馬の価格を下げる要因となってしまいますが、僅かなX線所見(図2)の場合は良化することも多く、競走パフォーマンス下げる要因では無いことも強調していました。

 

  • ヘパリン投与による馬ヘルペス脊髄脳症(EHM)の発症防御

EHMは、馬ヘルペスウィルス1型(EHV-1)感染による重篤な症状の1つです。EHV-1感染症は馬鼻肺炎とも呼ばれ、生産地では若馬の呼吸器病や妊娠馬の流産・死産を引き起こすことから、気を付けなくてはならない病気です。講演では最近発表されたトピック論文としてDr. Walter J.(Zurich大学)の研究が紹介されました。EHV-1感染では2峰性の発熱が起こることが知られていますが、最初の発熱(38℃以上)が認められた時点で抗凝血薬であるヘパリン製剤(25,000単位・1日2回)を3日間投与することで、非投与群に比べて発熱期間およびEHMの発症が有意に抑えられたというものです。また、非投与群の発症馬の中には流産の発生が6頭含まれていましたが、投与群の中に流産の発生馬はいませんでした。EHMの発症は、ウイルスが感染する際に脳や脊髄の血管に血栓による障害が起こることで発症することが知られています。ヘパリンは血栓の発生を抑えるとともにウイルスの細胞への侵入を抑制する作用も考えられていますが、まだ発症防御メカニズムの詳細に関しては解明されていません。現在、EHV-1による妊娠後期の流産予防にはワクチン接種や消毒の徹底が有効とされていますが、発症の拡散防止にヘパリンによる治療も有効となれば素晴らしい発見です。今後の更なる研究が期待されます。

 

  • リハビリテーション管理における関節可動領域の改善処置

リハビリテーションの目標は、健全な機能をなるべく短期間の内に元の状態に戻すことです。馬でも腱靭帯炎や骨折や関節疾患により長期間運動を制限されることで関節可動域が減少してしまう場合があります。Dr. Adair S.(Tennessee大学)は、超音波やレーザー治療、加温や冷却療法、スイミングプールやウォータートレッドミルなどを使用したリハビリテーション管理を紹介する中で、慢性期におけるプログラムとして横木(おうぼく)障害の利用について紹介していました。横木を馬が跨ぐことにより、関節の可動域を広げることが可能になるだけでなく、末梢神経を介した運動感覚機能も改善されるというものです。横木の高さや配置を変えることで関節の可動域を調節することも可能になります。この横木を利用した運動は、健常な中期・後期の育成馬にも応用可能であると思われます。普段の飼養管理や調教の一部にアレンジして取り入れてみるのも良いと思いました。

 

最後に

海外の学会に参加することで、最新の様々な情報を得ることができます。一方で、近年は日高発の調査研究や獣医診療技術が紹介される機会も増えてきていると実感します。海外の研究成果や飼養管理技術を学び、応用可能なものを導入していくことはもちろん有用ですが、今後は日高発の研究成果を海外の国際学会の場で積極的に発信していくことが日本の馬産業が世界で同等に関わり続けていく上でとても大切なことと思われます。今後も日高育成牧場で行う調査研究へのご理解とご協力を宜しくお願い申し上げます。

 

1_4 (図1)AAEPメイン会場での講演の様子

 

2_4 (図2)大腿骨内側顆の関節面に認められる僅かなX線透過像

当歳の離乳時期に発生することが多いが、1歳時までに良化するものが多い。

 

3_3 (図3)横木を跨ぐ様子

横木などの障害を利用することで関節の可動範囲を広げることができる。

生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

2020年5月14日 (木)

大腿骨遠位内側顆ボーンシストに対する治療法について

No.154 (2016年9月1日号)

 

 

 

 2016年度の各種セリが開催され、売却成績は過去最高となるなど市場取引が盛況に行われています。第153回では大腿骨内側顆のボーンシストの概論について説明がありました。国内の一部のセリでは、レポジトリで膝蓋部X線画像の提出が任意で可能となり、生産者や購買者の皆様も、大腿骨遠位内側顆にできるボーンシストには注目されていることかと思います。今回はその治療方法について説明いたします。

 ボーンシストの治療法には大きく分けて3つの種類があります。まず初めに内科的保存療法である病変部位内へのステロイド投薬、2つ目は外科的治療法である関節鏡手術による病変部位の掻爬術、そして3つ目に比較的新しい治療法である螺子でシストを固定する方法です。

 

①内科的治療

 跛行が認められず大腿骨ボーンシストの直径が小さいものに関しては、そのまま陳旧化することもあり、無症状の場合は様子を見るのが一般的です。跛行を呈するものでは、休養期間中に過剰なエネルギー摂取をやめ、ミネラルの給与を適切に行うことで、より早い回復が期待できると言われています。跛行が顕著な場合には、運動や放牧を中止し、半年程の長期休養で跛行が改善すると言われていますが、調教再開と共に再び跛行を呈することがあります。そこでより積極的な内科的治療法として、コルチコステロイド製剤をシスト内に直接注入する治療法も行われています(図1)。この方法では、エコー機器やX線画像を用いて、もしくは関節鏡下で針の挿入部位を確認しながら薬剤を正確に注入することが求められます。1_7 図1 関節鏡下でのステロイドの注入(Diagnostic and surgical arthroscopy in the horseより抜粋)
  

②外科的治療

 重度の跛行が認められ、ボーンシストの直径が大きく深い症例では関節鏡手術による病巣部位の掻爬という方法も行われています(図2)。シスト内の変性した軟骨は自然には除去されないため、取り除くことで健常な軟骨下骨および関節軟骨の再生を促します。この方法は、予後は非常に良好ですが、関節面への侵襲も大きいため術後、半年程の長期の休養を要します。その後のリハビリにも関節疾患の併発を考慮する必要があり、ヒアルロン酸などを関節内に投与することもあります。

2_7図2 関節鏡下での掻爬術

 

③新しい治療法

 ボーンシストは、内科的、外科的治療によっても完治までに時間が掛かる疾患です。完治までの時間を短縮することを念頭に新たな治療法として提唱されているのが、シストに貫通するように螺子を挿入して、固定・補強するという治療法があります(図3)。この方法であれば、体重を支える関節面への侵襲がなく、関節炎への続発を予防出来ると考えられています。この螺子での固定によって、8割以上の馬で歩様の改善が報告されて手術から4ヶ月ほどで調教に復帰できると言われています。日高育成牧場でも、騎乗馴致の時期に跛行を呈する大腿骨ボーンシストの症例に遭遇し、螺子による内固定術を行いました。術後3ヶ月から、トレッドミルを用いてのリハビリを行うことができ、約半年後にはトレーニングセールに上場することができ、その後、同馬は中央競馬でデビューすることができています。3_4 図3 螺子固定挿入前、挿入後

 

最後に

 ボーンシストの発症率は海外の報告で1~3%と低く、調教を実施する前の若齢馬では、シストを保有していても跛行がみられないなど、頻繁に目にする病気ではありません。しかし、内科的および外科的治療でも難治性を示す場合も多く、約半年にもわたる休養を要するなど、経済的損失が大きい疾患のひとつに挙げられます。今後、これらの治療法を積極的に臨床応用し、効果を検討していくことが重要です。現在、日本国内における、大腿骨ボーンシストの発症率を生産地疾病のテーマとして調査中です。今回お伝えした情報も数年後には新たな情報に置き換わるかもしれません。そのような状況ですので、今後発信される情報についても引き続きご注目ください。

 

 

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係 山﨑 洋祐)