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2018年11月

2018年11月20日 (火)

セリ馴致と上場馬の魅せ方

No.11 (2010年6月15日号)

 7月にはいると、八戸市場(7/6)、セレクトセール(7/12・13)、セレクションセール(7/20・21)などの1歳および当歳市場が始まります。すでに上場馬も決定し、生産牧場やコンサイナーにとってセリ上場に向けての準備が忙しい季節がやってきました。今回は、「JRA育成牧場管理指針」の中から、バイヤーの目を引きつける馬のセリ展示方法について紹介いたします。

セリ展示方法

 まず、JRA購買関係者が、セリに上場された馬に対する上場者の飼養管理や手入れについて注目している点を述べます。

 一般に、セリにおいて高額で売却される馬は、血統、肢勢や馬格などの先天的要素に加え、適切な運動や飼料給与による飼養管理によって見栄えのいい馬体につくられています。その中でも、よく躾ができており、人の指示に対して従順に駐立や常歩などを実施することができる馬は、その後の調教がスムーズに移行できることから、安心して購買することができます。上場馬のプレゼンテーションとして、きれいに手入れされた展示用の頭絡を装着し、ブラッシングによって被毛がピカピカに磨かれている馬には思わず目がとまります。また、長さを揃えられたてがみをブラシできれいに右に寝かせ、顔のひげ、耳毛や球節部の距毛までもカットされる等の細やかな手入れが行われている馬は、よく手がかけられている印象を購買者に与えます。このように手入れやトリミングによって馬の身だしなみを整えることは、購買者にサラブレッドとしての気品溢れる美しさや肢先の軽い印象を与える効果があります。

 一方、見かけの良さに加えて、常歩において快活で力強い動作を自然にみせる馬には、競走馬としての将来的素質を感じることができます。セリ会場において、購買者から注目される馬は、何回も馬房から引き出され検査を求められます。しかし、馬はどんなに疲れていても元気よく歩かなくてはならず、また、歩くときはいつでも、人の指示に従っていなくてはなりません。このときの常歩の印象が購買者に与える影響は大きいものです。したがって、いつでも力強い大きな常歩ができるよう、引き馬によって馬を躾ける準備期間が必要です。こうした準備には、およそ2-3ヶ月を要するものと考えられます。

チフニービットと引き馬

 JRAが購買後の1歳馬に引き馬を教える際、馬が暴れたときに制御することができるチフニービット(ハートはみ:写真1)を装着して実施します。このハミはハートの形をした金属でできており、上の部分を口の中にいれ、ハートの下部は下あごの周囲に位置し、この下あごの真下の金属部分に1本の引き手が連結しています。馬が暴れた際に、地上にいる御者からハミに強く作用することができることから、引き馬での制御に効果的です。このハミは欧州で使用されることが多いのですが、近年、わが国の競馬場のパドックでも競走用ハミ頭絡の上から装着しているのをよく見かけます。しかし、残念ながらハミの特性が理解されていないのか、下あご部分に引き手を装着せず、頬革に連結するハミの横部分に2本の引き手を装着する馬が多いようです(写真2)。チフニービットを使用してパドックで馬を引く際には、1本の引き手を使用した方が、2本の引き手よりも効果的に馬を制御できるものと考えられます。

 セリ馴致で引き馬を実施する際には、人のポジションが重要になります(写真3)。つまり、牛のように馬を『引っ張るのではなく』、馬の肩の横に位置して『馬と一緒に歩く』ことが重要です。横から見て馬の頭よりも後方に人が位置し、そこから馬に対して『前に歩く指示』を出すことで、馬自らが前に向かって『意欲的に歩く』ことを覚えさせます。また、人が馬の頭の位置よりも前や横にいると、引き手を噛んだり人の腕を噛んだりして遊ぶことを覚えることもあるので注意が必要です。この人馬の位置関係は、騎乗馴致を行う際のダブルレーンを用いたドライビング(写真4)とも似ています。ドライビングでは、馬の後方にいる御者が馬に対して前に出る指示を出し、その前進気勢をハミで受けて制御します。つまり、これは人が馬に騎乗した際の位置関係と同様であり、引き馬で正しく歩かせることができることは、今後、騎乗する際に従順な馬を躾けることにもつながってくるのです。

 なお、馬に体力をつけ速く歩くことを教える上で、引き馬と併用してウォーキングマシンの使用は有効です。ウォーキングマシンの活用によって馬自らが物理的に速く歩くことを覚えさせることができます。JRA育成馬におけるウォーキングマシンのスピードは、最初は5~5.5km/hとし、徐々に6.5km/hくらいまで上げて実施しています。しかし、ウォーキングマシンのみでは人馬の約束事を構築することができませんので、セリ馴致に引き馬は欠かすことができないことを忘れてはなりません。

 今回記載したセリの準備のために必要なトリミング、引き馬および展示方法については、2009年12月に発刊した「JRA育成牧場管理指針」-日常管理と馴致(第3版)-に記載されています。この冊子を必要とされる方はJRA馬事部生産育成対策室までお問い合わせください。

(日高育成牧場 業務課 遠藤 祥郎)

Fig1 写真1) チフニービット(ストレートバー)
引き手は下部のリングに1本装着して使用します。横のリングに引き手をそれぞれ2本装着すると効果は半減します

Fig2_3写真2) 競馬場で2本の引き手をチフニービットの両横から装着し張り馬にしている誤った使用方法

Fig3写真3) 馬の肩の位置に人がポジションした引き馬 

Fig4 写真4) ドライビングはこのように2本のダブルレーンを用いて馬の後方から操作します

2018年11月19日 (月)

育児放棄 ~ ホルモン剤投与によって空胎馬は乳母となれるか? ~

No.10 (2010年6月1日号)

育児放棄について
 ♪お馬の親子は・・・♪というように、生後数週間は母馬と子馬は常に寄り添っています。しかし、なかには育児放棄に陥る母馬もいるのが現実です。育児放棄は初産に認められることがほとんどで、1)「子馬を怖がる」 2)「子馬自体は容認するが授乳を嫌う」 3)「授乳時のみならず常に子馬を容認しない」、 以上の3つのタイプに分類されており、その発生率は1%未満といわれています。アラブ種は他種よりも発生率が高く、また、人工授精での発生率が高くなるともいわれています。


育児放棄時の対応
 育児放棄が起きた場合には、唯一の栄養源である母乳に代わるもの、すなわち「乳母」を導入するか、「人工哺乳」を行うかのどちらかを選択しなければなりません。また、子馬が母馬からの攻撃によって大事に至る危険性があるために、虐待の程度が激しい場合には、早急に母子を分ける必要があります。
 乳母を導入する場合には、高額な費用が必要となり、また、乳母と子馬との相性も問題となります。一方、人工哺乳を行う場合には、哺乳瓶での給与を継続していると、しつけの面でトラブルが発生しやすいため、可及的速やかにバケツでの給与が推奨されています。当場では、泌乳量が少なく、子馬への授乳を嫌い、育児放棄に陥った場合には、吸乳時に子馬の反対側から経口投薬器を使用して哺乳を行っています。この方法は、子馬がヒトから乳を与えられているのではなく、母馬の乳首から乳を得ているという意識を持ち続けさせることができ、さらには、子馬の吸乳刺激によって母馬に母性が促がされ、さらには泌乳量を増加させる効果も期待できます。人工哺乳もある程度の費用がかかり、また夜間の哺乳など労働力も多大であり、さらには母馬がいないことによる子馬の精神面を考えると、ヒトが育てる人工哺乳よりも乳母が推奨されるのかもしれません。


空胎馬へのホルモン剤投与による泌乳の誘発
 近年、フランスの研究者が、経産空胎馬に対してホルモン剤投与を行うことによって泌乳を誘発し、乳母として導入する方法を報告しています。この方法は、ホルモン剤投与を開始してから4~7日で泌乳が可能となり、その後、1日当たり7回の搾乳を3~4日継続することによって、1日あたり5~10リットルの泌乳が誘発できるようになれば、乳母としての導入が可能になるというものです。
 当場でも育児放棄の事例に対して、この方法による空胎馬の乳母の導入を実施しました。ホルモン処置を開始してから経時的に乳房が膨らみ始め(写真)、搾乳を開始した3日目には、1回の搾乳で1リットルもの乳を得られるまでに至り、泌乳の誘発は成功しました。そして、ホルモン処置開始から2週間後に乳母としての導入を試みました。前述の研究者が、乳母を導入する場合に、出産時に産道を胎子が通過するのと類似の刺激を子宮頸管に与えることによって、母性を誘発させられると報告しているので、この方法に従って、乳母を枠馬に保定し、用手にて子宮頸管の刺激を実施すると、子馬の顔を舐める仕草を数回ではあったものの認めることができました。しかし、その後は子馬が吸乳を試みると、蹴ろうとするために、後肢を縛り付け、なんとか授乳が可能となりました。それ以降も容易には子馬の吸乳を許容せず、導入後6日目に、初めて他の親子と一緒に放牧を行った時にようやく吸乳を許容するようになりました。他の母馬が子馬を威嚇してきた時に、子馬を守ろうとの想いからか、乳母に完全な母性が覚醒したようでした《育児放棄から乳母導入までの詳細につきましてはJRA育成馬日誌の3月分を参照下さい。【https://blog.jra.jp/ikusei】『JRA育成馬日誌』で検索》。


今後の課題
 今回、ホルモン処置によって得られた泌乳量が十分であるという確信が持てず、子馬を適正に発育させるために、乳母導入後3週間(生後6週齢まで)は1日5リットルの代用乳を補助的に給与し続け、その後クリープフィードに移行しました。乳母導入後の子馬の体重は、標準の増体量を満たしています。乳母導入以前はスタッフが馬房に入るとミルクがもらえると嘶き、跳び付くこともありましたが、導入後は体を揺すらないと起きないようになり、子馬の精神面を考えた場合には非常に効果的であったと感じています。
 今回の空胎馬へのホルモン処置による乳母としての利用は、泌乳量について若干の課題が残りましたが、ホルモン処置に関わる費用は、乳母を借りたり、人工哺乳のみで飼育するよりも非常に安価で済み、経済的効果および子馬の精神面への効果を実感することができました。また、乳母として導入してから30日後には排卵も確認しており、今後は正常に受胎できるのかについても検証する予定です。

(日高育成牧場 専門役 頃末 憲治)

Fig ホルモン処置前の乳房(左)とホルモン処置13日後の乳房(右)

2018年11月18日 (日)

子馬のクラブフット発症状況

No.9 (2010年5月15日号)

クラブフットとは?
 まず、クラブフットについておさらいをしておきましょう。子馬の球節や肩に何らかの持続的な痛みが発生すると、周辺の筋肉が緊張することにより深屈腱支持靭帯が収縮し、やがては深屈腱が拘縮すると考えられています(図1)。これにより、二次的な症状として独特の蹄形異常(クラブフット)となり、生後1.5~8ヵ月齢の子馬に発症します。クラブフットは、軽度から重度の症例まで4段階に分類され(図2)、軽度の状態で早期発見、適度な処置が施されない場合にはさらに進行し、市場価値を低め、運動能力を減退させます。

 数年前に実施した日高地区で生産された当歳馬1000頭以上の実態調査結果によると、クラブフット発症率は16%であり、そのうちの69%がグレード2以上のクラブフットを発症していました。この結果は、グレード1のような軽度の段階で見逃されていたケースが非常に多いことも示しています。また、18%の牧場で、牧場内発症率が30%を超えており、飼養環境や飼養管理方法にも発症率との関連性がうかがわれました。そこで、どのような子馬にクラブフットが発症しているのか、についてあらためて詳細な調査を行ないました。

Fig1

Fig2

生まれ月との関係
 2008、2009年に生まれた当歳馬を出生直後から離乳ころまで調査したところ、クラブフット発症率は、1・2月生まれに多く、次いで3月生まれ、4・5月生まれの順に発症率は低下していました(図3)。なお、ここでの調査で認められたクラブフットのほとんどはグレード1であり、症状を認めた段階で適切な装蹄療法が施されたため、重度なクラブフットに進行する症例はありませんでした。
さて、なぜ早生まれの子馬に発症率が高かったのでしょう?冬の凍結した硬い放牧地が子馬の前肢に異常な刺激を与えた、凍結した放牧地が運動を妨げ腱の正常な伸縮が阻害された、あるいは、冬に抑制された発育が春以降に急速になるなど体重や体高のアンバランス(骨の縦方向の発育と腱の発達のアンバランスも含む)な成長となる、などが要因として考えられます。

Fig3_2 図3)生れ月による軽度クラブフットの発症率(%)

発育の要因
 急速な発育は、クラブフットをはじめ、さまざまな運動器疾患の発症要因として指摘されています。かつて、日高地区の牧場で実施した骨端症の実態調査では、飼料中の銅や亜鉛の不足に加え、体重の重い子馬や急速な体重増加を示す子馬に発症しやすい、という結果が得られました。日高育成牧場で生産した子馬のうち、軽度のクラブフット(グレード1)を発症した子馬は、体高の増加速度が発症しなかった子馬に比べ、速かったという成績が得られています。例数が少ないので、今後の検討課題となりますが、何らかの原因で体高(長骨の伸び)が腱の発達速度を上回り、腱の緊張を強めるという仮説を裏付けるものと考えられます。したがってクラブフットの場合、必ずしも肉付きのいい子馬が発症しやすい、とは限らないようです。むしろ、繋ぎが起ち気味の子馬に対し体重負荷を大きめにかけることによって腱を適度に伸張させる効果があるかもしれません。

放牧地の硬さ
 先に述べたように、放牧地の硬さも重要な要因と考えられます。特殊な道具を使って、放牧地の表層部とその15cm下の部分の硬度を測定すると、クラブフット発症率が高かった牧場の放牧地では、表層より15cm下の部分の硬度が高い傾向があったという成績を得ました。硬い放牧地は、子馬の前肢に過度の刺激を与え、脚部の疼痛や骨端症から腱拘縮に発展させるのかもしれません。放牧地の硬度を矯正することは簡単なことではありませんが、エアレーターなどで土壌の通気性を改善したり、堆肥などの有機質を投入して表土と撹拌するなどにより効果が期待されます。また、放牧地の裸地をなくし放牧草の密度を高く維持することによって、放牧地のクッション性を高めることも重要と考えられます。

重度のクラブフット発症を避けるために
 述べてきたように、クラブフットは遺伝を含めさまざまな要因が複雑に関連しあって発症するため、軽度のクラブフットまで根絶することは、ほぼ不可能と思われます。また、軽度のものであれば運動機能を妨げるものではないと考えられます。しかし、軽視するあまり、適切な処置を施さずに放置することにより症状を進行させてしまうことは避けなければなりません。早期発見に努め、装蹄師や獣医師に相談した上で、適切な装削蹄療法や薬物療法、運動制限などによって症状を改善させることが何より重要です。

(日高育成牧場 生産育成研究室  室長: 蘆原 永敏
日本軽種馬協会 静内種馬場:田中 弘祐
日高育成牧場 場長:朝井 洋)

2018年11月17日 (土)

哺乳期子馬への栄養補給

No.8 (2010年5月1日号)

子馬はどのくらい母乳を飲んでいるか
 雪も消え、放牧地の緑も少しずつ濃さを増し、春先に生まれた子馬たちが元気に放牧地を駆け回る姿を目にするようになりました。子馬は、母馬から母乳を飲み、気持ちよさそうに放牧地に横たわったかと思うと、また起きて他の子馬と遊び、思い出したかのように母乳を飲みます。そこで、気になるのが、「果たして子馬に必要な栄養素は母乳だけで満たされているのだろうか?」という疑問です。子馬は、1週齢ころまでは1日あたり平均で19kgもの母乳を飲みますが、10週齢では13kg、17週齢では11kgと週齢を重ねるにしたがい、その摂取量はなだらかに減少していきます(図)。ちなみに、母乳を摂取する1日あたりの回数は、1週齢ころでは90回近くにもなりますが、10週齢、17週齢では約40回程度にまで低下します。
 この間、子馬は約100kg近くも体重が増加し、それにともなってあらゆる栄養素の要求量は増加しますが、母乳摂取量の低下に加え、母乳に含まれる栄養素の濃度は低下していくため、発育が進むにつれて養分要求量と摂取量との差は開いていくのです。

子馬には子馬用の飼料を給与する
 子馬は、発育するにつれて放牧草の摂取量も増えてきますが、乾物(水分を差し引いた固形物)で1kgに達するのは、生後2ヵ月を過ぎたころからです。したがって、哺乳期の子馬にとって放牧草は、栄養源にはなるが依存度はさほど大きくはない、といえます。これは、子馬の消化管がまだ多量の繊維質を消化できる能力を備えていないことによるものです。では、母乳だけでは不足する養分を子馬はどのように摂取しようとするのでしょうか?母馬の飼槽に頭を突っ込んでいる子馬をよく見かけますが、あの行動こそ、母乳とわずかしか食べられない牧草だけでは不足する養分を補おうとしている生命維持本能ともいえる姿なのです。そこで、「あとは母馬の飼料を子馬の分だけ増やせばよし、これで万事解決!」ではないのです。母馬が分娩後に必要とする栄養素は、エネルギーや産乳に必要なタンパク質、カルシウムなどで、子馬にもそれらの栄養素は必要なのですが、そのバランスは大きく異なります。子馬が母馬の飼料を好きなだけ食べると、アンバランスな栄養摂取になってしまうのです。とくに、丈夫な骨づくりに重要な役割りを果たすミネラルに不足が生じます。

どんな飼料をどのくらい与えるか
 子馬の正常な骨発育に重要なミネラルとして、骨を形成するカルシウムとリンに加え、軟骨形成やさまざまな重要な酵素の原料となる銅と亜鉛があります。銅や亜鉛などの微量元素は、生れ落ちたばかりの子馬の肝臓に蓄えられていますが、通常は生後2ヵ月もするとそれらは消費され尽くしてしまいます(新生子馬の肝臓にできるだけ多くのミネラルを蓄えるため、妊娠末期の母馬の飼料内容も重要となります)。したがって、子馬への栄養補給も生後2ヵ月を目処に開始する必要があります。この時期の子馬が食べられる量はあまり多くありません。1日あたり、2ヵ月齢で0-1kg、3ヵ月齢で0.5-1.5kg、4ヵ月齢で1-2kg、5ヵ月齢で1.5-2.5kg、離乳前後で2-3kg程度です。ミネラルやタンパク質の含有率が高い子馬専用の飼料(サプリメント型、バランサー型)をエンバクと併用するのであれば、これを少量から与え始め、離乳までに1日あたり500gから1kgとなるよう少しずつ増加させ、一方エンバクは、3-4ヵ月齢ころからエネルギー補給のために少量ずつ子馬専用飼料に追加していきます。サプリメント型に比べ、タンパク質やミネラル含有率が若干低い飼料(コンプリート型、オールインワン型)であれば、それのみを規定量給与し、エンバクの併給は必要ありません。

どのようにして与えるか
 原則は、「子馬には母馬の飼料を食べさせない」「母馬には子馬の飼料を食べさせない」すなわち、「子馬には子馬の飼料をきちんと食べさせる」ことです。これを達成することは意外に工夫が必要です。各牧場の厩舎構造が異なるので、定まった方法はありませんが、母馬の飼い槽を高く吊るす、子馬が落ち着いて食べられるように子馬が食べているときは母馬を繋いでおく、子馬だけが廊下や隣の空き馬房に出られるようにしてそこで食べさせる(クリープフィーディング)、などです。放牧地内にも、子馬だけが出入りできるスペースを作れば昼夜放牧の際にも利用できます。「強い馬づくり」のために、皆さんも工夫してみてはいかがですか。

(日高育成牧場 場長 朝井 洋)

Fig 図) 子馬の母乳摂取量(1日あたりkg)は発育が進むにしたがって低下する

JRAブリーズアップセールの取組み

No.7 (2010年4月15日号)

 来たる4月26日(月)、中山競馬場で2010 JRAブリーズアップセールを開催いたします。本年も多くの皆さまのご来場をお待ち申し上げております。今回は、JRAが実施する育成業務の役割とJRAブリーズアップセールの取組みについて紹介したいと思います。

JRA育成業務の役割
 JRAでは、各地で開催されるサラブレッド市場で購買した1歳馬を、日高・宮崎の両育成牧場で育成・調教したのち、2歳の春に売却しています。その目的は、「強い馬づくり」に資するため、これらのJRA育成馬を用い、1歳夏から2歳春の後期育成期の調査研究や技術開発を実施し、競走裡で検証して成果を普及することです。これまでの成果として、“昼夜放牧の普及”、“海外からの人馬に安全なブレーキング(騎乗馴致)技術の導入”および“若馬に対する早期からのトレーニング方法”などがあげられます。
 

 また、生産育成研究室では平成10年秋から生産に関する研究を実施していますが、生産から中期育成期には“早期胚死滅”や“DOD(発育期整形外科疾患)”など、多くの課題が残されていることから、昨年誕生した産駒からはJRA育成馬として、 “胎子期~1歳夏までの期間の適切な飼養管理”に関する研究を進めているところです。彼らは、離乳後は厳寒期を通して昼夜放牧で管理されており、今後、秋には騎乗馴致を行い、来年のブリーズアップセール上場を目指しています。

 さらに、BTC(軽種馬育成調教センター)生徒やJRA競馬学校騎手課程生徒に対する人材養成にもJRA育成馬を活用しています。この実践研修の一環として、騎手課程生徒は、多くの馬主や調教師の見守る中、JRAブリーズアップセールの調教供覧で騎乗することになっています。

JRAブリーズアップセールの取組み
 JRAでは、ブリーズアップセールを育成研究に用いたJRA育成馬の売却の場としてだけでなく、新規に免許を取得された馬主を始めとして、セリでの購買に慣れていない馬主の方が、本セールをきっかけに、他の多くの市場へ興味を拡げていただけるような“入門編のセール”と位置づけて、以下のような取り組みを実施しています。

① セリ情報の早期発信
 最近はどの市場でも普通に行われるようになりましたが、“インターネット上での馬体写真カタログ”、“調教VTR”や“個体情報”などのセリ情報をいち早く発信しています。また、ブリーズアップセールや他の市場で馬を購買した方が、預託調教師を選択する際の参考として役立つよう、「調教師プロフィール」を改定し、中央競馬全馬主の皆さまに送付いたしました。

② 徹底した情報開示
 近年、海外のみならず国内の一部市場においてもレポジトリールーム(医療情報開示室)で、四肢のX線写真や上気道(ノド)の内視鏡動画といった医療情報を見ることができるようになりました。JRAブリーズアップセールでは、わが国で最初に医療情報を開示するとともに、これまで10年以上にわたって、JRA育成馬における4肢X線写真や内視鏡所見と競走成績との関連について積み重ねてきた研究をもとに、JRAの考えるレポジトリーの見方についてまとめました。今後はせり主催者、販売者および購買者がレポジトリーの共通認識を持てるように、育成馬展示会やブリーズアップセール等を通じて、普及活動を実施していきたいと考えています。

 JRAブリーズアップセールでは、レポジトリー情報に加えて、個体別の調教履歴、馬体重の推移、疾病歴等の情報も公表しています。これは、馬主の皆さまが、公表事項を納得、安心して購買いただくとともに、預託を受けた調教師がトレセン入厩後に調教や管理の引継ぎをスムーズに行えることを目的としています。

 今後、OCD(離断性骨軟骨症)の発症や治療歴および育成期の屈腱の形状と競走成績の関連等の課題についても、JRA育成馬を用いて引き続き調査研究を行っていく予定です。

③ リーズナブルな価格設定と台付けの事前公表
 最終的な落札価格は、馬の資質と市場の雰囲気によって決定されるものですが、多くの皆さまにセリに参加していただき、気に入った馬に一声でも声をおかけいただきたいと願っています。JRAブリーズアップセールではそのような観点から、来場された購買者の皆さまが一声をかけやすいようリーズナブルな台付け価格を設定しています。また、ご予算に応じた購買馬の選定が容易となるように、事前(当日朝)に台付け価格を公表しています。


 このようにブリーズアップセールは、来場された皆さまがセリを楽しんでいただけるよう、皆さまの信頼を失わないようセリ運営に取組んでおります。また、5月から行われる民間の2歳トレーニングセールや夏の1歳市場の主催者ブースを設ける予定です。JRAはブリーズアップセールの来場をきっかけとして、一人でも多くのお客さまが“セリで馬を買おう”という雰囲気になっていただけることを願っています。

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

Photo

2018年11月16日 (金)

育成後期トレーニングの原則

No.6 (2010年4月1日号)

 今回は馬の本性から考えられる育成後期のトレーニングの原則について紹介いたします。人間のアスリートがより高いトレーニング効果を得るための運動生理学上の理論として、以下の4つの原則があります。

1. 「過負荷」:日常の水準以上の負荷をかける
2. 「漸進性」:負荷は徐々に強めていく
3. 「反復性」:負荷はくり返し行う
4. 「個別性」:個々の体力、技術、性格に合わせて負荷をかける

 この4つの原則はサラブレッドの調教にもそのまま当てはまります。例えばオリンピック選手などは「栄誉(金メダル)」「社会的地位(引退後の身分保障)」「金銭(スポンサー収入)」などを得るため、人一倍のハングリー精神を発揮し自己のモチベーションを高め厳しいトレーニングに励みます。

 しかし、馬に金メダル獲得への動機付けを与えることは不可能です。皆さんは、そもそもサラブレッドは速く走ることを好む動物であると考えていませんか。競馬場では気持ちよさそうに疾走していますから・・・。ところが、馬とは「(生命維持のため)安心で快適な場所を求め、人間等からの指示や刺激がなければ元来無駄な動きをしたがらない」という本性を持っています。この本性は人類を含めすべての動物に共通するのかもしれません。しかし人類は自らの脳を使って思考する点が他の動物と大きく異なります。こうした馬の生物的な本質を理解したうえで、日々のトレーニングで負荷を高めていく必要がありますが、その最大のポイントは、「馬の精神面の管理(メンタルマネージメント)」です。ホースマンの金言に「馬をハッピーでフレッシュに保て!」というものがあります。筆者は初めてこの言葉にふれた時、非常に耳あたりが良いので当たり前のように受け流してしまいました。しかし、実際に馬の育成調教の現場に携わると、このハッピーでフレッシュという言葉の意味がずしりと重く肩にのしかかってくるのです。晴れて競走馬としてデビューすべく、日々のトレーニングで肉体的に鍛えられる馬達を、このような「ハッピーでフレッシュ」な精神状態に保てなければ、トレーニングをなかなか継続することは難しくなってしまうのです。馬のなかには、食欲が落ちたり、イライラしたりで、体が細くなってしまう馬もでてきます。

 さて、JRA日高育成牧場では、1歳馬の騎乗馴致ステージを終え、トレーニングステージに移行する2歳の年明けから、馬が「走らされたのではなく走ってしまったと感じる」調教をスタッフ全員のキーフレーズ(モットー)にして調教を進めていきます。これは、極力ムチや騎乗者の無理な体重移動によって、強制的に馬を動かすのではなく、「群れたがる習性」や「先行馬に追従する」馬本来の特性を利用し、結果として十分な運動をしてしまったという状況を作り出すことが鍵といえます。「運動と休息」のメリハリをつけ、調教後には褒美としてエサを与えます。

 調教コースや調教内容に変化をもたせ、馬を飽きさせないことも大事です。こうした工夫によって、毎日の調教が馬にとって「強制的な不快な運動」ではなく、「前向きで楽しいエクササイズ」になってほしいといろいろ取り組んでいるのです。

 調教を行う前提として、馬の体内には走るためのエネルギーと気持ちが蓄積されていることも重要です。朝、馬房から放牧地に放された馬が、気持ちよさそうにしばし駆け回るあの時の歓びの気持ちや心理状況をイメージすると、ある意味では「調教をやり過ぎない」ことも重要な視点です。筆者も鮨は大好物ですが、いくら美味しい鮨でも腹がはち切れるほど食べると、毎日は食べたくなくなります。いわゆる「腹八分目」の大切さです。筆者は競馬用語の「追いきり」という言葉にはどうも抵抗があります。今から20年ほど前、とあるアイルランドのホースマンが、ムチをバチバチ使い力強く手綱をしごく日本流の「追いきり」を見て、「もうこの馬の次走の好走はないね・・」とつぶやいたのが強く印象に残っています。「腹八分目」がどこなのか、これを見定めるのは非常に困難です。これは調教前後の馬の状態をよく観察することで見極めるしかありません。一方、「心拍数」「乳酸」を測定するなど、科学の目の活用も大切です。

 トレーニングそのものに、「意義や必要性」を感じることのできない馬達に、毎日の調教で気持ちよく前向きに走らせるためには、何より「ハッピーでフレッシュ」な気持ちの維持が不可欠なのです。

(日高育成牧場 副場長 坂本 浩治)

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現在は、1000m屋内坂路で週2回乗り込んでいる

安全な出産のために

No.5 (2010年3月15日号)

 馬の分娩対応をするにあたって念頭に置くべきことは、分娩が子馬を娩出させるためだけの作業ではなく、子馬を丈夫な馬として成長させるとともに、母馬が分娩後に順調に種付け準備ができるよう、安全な出産を目指すことが重要と考えられます。不必要な分娩介助はときとして難産の原因となることもあります。今回は、日高育成牧場で実践している分娩管理の方法を紹介します。


分娩前からの難産対策
 分娩前の適度な運動は難産を予防すると言われています。分娩前1ヶ月というと、2月あるいは3月分娩予定の馬では厳冬期にあたり、放牧地での運動量が低下します。これを補うのが引き運動やウォーキングマシンによる運動で、繁殖馬の負担とならない程度(だいたい時速4㎞で20分)で実施します。この際、高齢馬や蹄の異常を含む運動器疾患をもつ馬に対しては時間や速度を調整してください。


必要に応じた助産を心がける
 破水を認めたらまず、包帯などで母馬の尾を巻き束ねて介助の邪魔にならないように、可能な限り衛生的な分娩となるようにします。
 破水後、産道から半透明の膜に包まれた子馬の肢が見えてきます。このとき膜の色を確認してください。もし、膜内の羊水が濁っていたり血液が混じっているようであれば、助産による早目の娩出が必要となります。次に手や腕を消毒液で十分に洗浄し(あれば直腸検査用ビニール手袋を使用)、産道の中の子馬の体勢を確認してください。正常であれば蹄底が下向きの前肢2本と頭部が確認できるはずです。このような正常な分娩であった場合、余程のことがない限り助産は必要ありません。


助産が必要な状況とは
①子馬の命が危ないとき
 子馬の肢がでてきた際、赤い膜に包まれていれば緊急事態です。この現象は子宮と胎盤の早期剥離により臍の緒から子馬に酸素や栄養が送られなくなってしまう、つまり子馬は早く自分で呼吸をしなければならない状況です。ハサミで赤い膜の表面の白い星形部分を切り開き、羊膜を破り子馬の体勢を確認し、牽引します。
②難産の徴候があるとき
 子馬の産道内での体勢が前述した正常例と違う場合、子宮内に戻してやる必要があります。軽度であれば、母馬が寝起きや運動(引き馬でも可)を繰り返すことによって自然に直りますが、簡単に戻らない場合、人間が押し戻すことも必要です。それでも直らない場合は、獣医師に連絡し指示をあおいでください。手術が必要になることもあるので、いざというときの輸送手段を分娩シーズン前に確保しておくと良いでしょう。
③分娩時間の目安
 体勢に異常がなくても破水から40~50分経過しても子馬が娩出されない場合は、注意深く陣痛に合わせてゆっくりと子馬の前肢を牽引します。したがって、破水時刻を記録しておくことが重要です。


早すぎる不要な助産は難産の原因
 子馬を牽引する場合、牽引しすぎないよう注意します。強すぎる牽引、不要な牽引はときに体勢異常を悪化させたり後産停滞や子宮へのダメージの原因となり、産後の受胎の障害となりうるので、気をつけましょう。


子馬が産道から完全に出る前に
 母馬が横臥していよいよ産道から子馬が娩出されます。このとき、頭や前半身の膜を除去し後肢が臍の緒とともに産道内に残るようにするとよいでしょう。これは臍帯や胎盤内の血液が臍を通じて子馬の中に戻ることが子馬の出生直後の活性(元気、健康)につながるからであり、少なくとも5分程度はこの状態を維持するのが理想です(図参照)。自力分娩で疲労した母馬はすぐには起立しませんが、起立して臍の緒が切れてしまうのはやむをえません。


子馬が出てきたら
 まず、子馬の自力呼吸を確認してください。臍の緒が切れたら子馬の臍の消毒を数回します。臍の緒が切れてから全身をタオルで必要に応じて拭きます。厳冬期には急いでください。声をかけながら耳の中、腹部、股間、肛門、下肢部まで馴致を意識して行います。この間、母馬にも子馬を舐め愛撫させて生んだことを自覚させると良いでしょう。


母馬が起立したら
 母馬の起立後は、後産停滞を防ぐため、産道から垂れ下がる後産(羊膜・臍の緒・胎盤の塊)を紐などで束ねて地面をひきずったり踏んだりしないよう、まとめて縛ります。胎盤が排出されたらまず広げて、すべて出てきているか形状を確認し、重さを測定します。通常は5~10kgと幅があります。分娩後6時間以内に胎盤が排出されない場合は獣医師に相談してください。疝痛症状が認められることがありますが、腸の捻転や変位を起こしている可能性もあるので注意深く観察して、痛みが激しい場合は獣医師を呼んでください。また分娩直後に限らず何日間かはエンドトキシン・ショックの他、子宮動脈破裂や子宮穿孔を原因として循環障害を起こす可能性もあるので母馬の結膜や蹄の温度の変化に注意してください。


子馬が起立したら
 自然分娩では、子馬の起立時間が早まることが判明しています。初乳の吸引、胎便の排泄を確認し、自力吸乳から30分経過しても胎便排泄が確認できなければ浣腸をします。子馬の便が黄色くなってからも硬い胎便が混ざっているようでしたら、再度浣腸をかけてください。


おわりに
 日高育成牧場では、数年前から今回書いたことを実践し可能な限り自然分娩となるよう心がけています。みなさんも子馬を丈夫な馬として成長させる、自然で安全な分娩を実践しみてはいかがでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄 泰光)

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分娩時期の予測と初乳の質の推定方法

No.4 (2010年3月1日号)

 昨年末からの世界的な異常気象の影響により、英国では競馬開催の中止が相次いでいますが、日高育成牧場のある浦河町西舎でも、今冬は例年と比較して多くの積雪を認めています。そのような中、当場でも2月の中旬に、本年最初の子馬が誕生しています。


 さて、生産地では出産と交配が重なる1年で最も忙しい時期を迎えています。サラブレッドの出産は、交配から受胎を経て、適切な栄養管理など細心の注意を払ってきた1年間の集大成であり、さらに、生まれてくる子馬は“高額な商品”であるために、ほとんどの牧場では人的な分娩介助を行っています。そのために、分娩が近づくと、徹夜での監視が一般的となっていますが、1頭の出産に対して1週間以上もの夜間監視が必要となることも珍しくなく、その労力とストレスは多大なものとなっています。


 馬の妊娠期間は平均335日といわれていますが、個体差が大きく、320~360日が正常範囲と考えられているために、交配日から算定した分娩予定日はあくまでも目安としかなりません。また、胎子の成熟は分娩の2~3日前になってはじめて完了するといわれており、胎子が成熟するこの2~3日前に起こる兆候を把握することが、精度の高い分娩予知につながると考えられています。


 牧場では繁殖牝馬ごとの過去の分娩前兆候の履歴を参考としながら、分娩予定日の2週間前から注意深く観察し、分娩時期を推定するのが一般的です。主な分娩前兆候を以下に記します。①乳房の成熟(腫脹)、②漏乳(分娩に先立っての泌乳)、③臀部の平坦化、④外陰門部の弛緩、⑤体温の低下(通常は朝よりも夕方の体温の方が高い)。その他、機器等を必要とし、獣医師によって行われる分娩時期を推定する検査には、血清中プロジェステロン濃度の測定、乳汁カルシウム濃度の測定、子宮頸管の軟化の確認などがあります。これらの分娩時期の推定方法のなかでも客観的かつ比較的信頼度が高いといわれている方法は、乳汁カルシウム濃度の測定です。この方法は、海外では一般的に普及しており、複数の簡易キットも市販されています。しかし、日本ではこの簡易キットは販売されていません。


 現在、日高育成牧場では、これらの方法以外による分娩時期の推定方法について検討しています。その中でも牧場現場での応用が期待できるものは、市販のpH試験紙(6.2~7.6の範囲の測定が可能なpH-BTB試験紙)による乳汁のpH値、および糖度計による乳汁のBrix値を指標とする方法です。乳汁pH値は出産前10日以前には7.6以上を示していましたが、出産が近づくにつれ低下し、6.4に達してからは24~36時間で出産する確率が80%となりました。一方、乳汁Brix値は出産前10日以前には10%以下を示していましたが、出産が近づくにつれ上昇し、20%に達してからは36~48時間で出産する確率が87%となりました。いずれの方法も乳汁カルシウム濃度による推定方法と同等の精度という結果になりました。さらに両測定法とも約30秒で測定が可能であり、経費も非常に安価であるために、牧場現場での応用が期待できる方法であることが示唆されました。


 また、糖度計によるBrix値は初乳中の移行免疫(IgG)濃度を推定する指標としても使用されています。この場合には、Brix値が25%を超えていると良質の初乳、20%を超えていると概ね良質の初乳、そして15%未満の場合には不良初乳と推定されます。出産直後の初乳を測定するだけではなく、出産前から乳汁を測定することによって、前述のように分娩時期の推定以外に、初乳の質もある程度予測することが可能となります。胎盤を介して移行免疫を取り入れ、出生前から免疫を獲得しているヒトと異なり、馬は母乳を介して移行免疫を取り入れるため、初乳の質が低ければ、感染症を発症する可能性が高くなります。特に分娩2~3日前から漏乳を認めるような場合には、出産直後のBrix値が低下し、初乳の質が低いことが多いので、出産前に初乳の質を把握することによって、冷凍初乳の準備など早めの対応が可能となります。最後に、このように色々な情報を提供してくれる母乳ですが、採乳を嫌う馬もいるので、採乳時には細心の注意が必要であることを付け加えておきます。


(日高育成牧場 専門役  頃末 憲治)

Photo_2 初乳、分娩3日前、分娩10日前の乳汁の色調とpH試験紙の色調の変化

2018年11月15日 (木)

サラブレッドと光の話

No.3(2010年2月15日号)

明るい時間と繁殖生理
 馬の生産地ではお産のピークを迎えようとしています。もともと馬を含め自然界の野生動物、野鳥は、十分に餌を食すことができる温暖な季節である春に子供を生むと、もっとも安全に子孫を残すことができることを知っています。近年の競走馬生産では、市場価格や早期育成に有利と考えられる1,2月の早生まれ生産を行う傾向にありますが、自然状態で飼育すると、多くの馬は5月以降に分娩します。それではなぜ、馬は春に子供を産むような仕組みになっているのでしょうか?そのヒントが光にあります。
 馬は「長日性季節繁殖動物」に属し、春になると発情する動物です。これと反対に、エゾシカやヒツジ、ヤギは「短日性季節繁殖動物」であり、秋になると発情します。妊娠期間が約半年の動物は、短日性の動物であることが多いものです。いずれの動物に共通することは、春に分娩するように発情する季節を調節している点にあります。北海道では、冬至のころの明るい時間が9時間、夏至のころのそれが15時間近くありますので、春先に起こる昼間時間の急激な延長を、目からの光刺激として受け入れ、「視床下部」という神経器官からのホルモン分泌を促進することにより、雌も雄も繁殖や免疫機能に重要な役割りを果たすホルモンを「下垂体」から分泌することが知られています。北半球では、馬の生殖機能がもっとも活発になるのは、夏至を中心とする5-7月ごろであるといわれます。したがって、約11ヶ月の妊娠期間を持つ馬は、翌年の4-6月に子馬を産む確率が高くなるわけです。

繁殖管理に使用するライトコントロール
 競走馬生産では、「ライトコントロール」という方法を用いて、人工的に早生まれ生産を行っています。専門用語では、長日処理、光線処理と呼ばれています。北海道のような極端な寒冷地においても、非妊娠の繁殖雌馬に対してライトコントロールを行なうと、2月下旬までに70%、3月下旬までに90%が初回排卵を開始し、その後の発情周期に大きな乱れは認められず、受胎率も高いことが判明しています。一般に繁殖シーズンの早期には、持続性発情、いわゆる「だらブケ」という状態に陥り、あて馬による判断が難しくなり、獣医師サイドの排卵予知診断にも狂いが生じやすいものです。ライトコントロールを実施して繁殖シーズン初回の排卵を早め、1回目の発情を見送り、2回目、3回目の安定した発情において計画的に交配することにより、持続性発情に惑わされることなく、効率的な繁殖管理が可能となります。それゆえに、大規模経営者ばかりでなく、中小の生産牧場にも、安価で効果的なライトコントロール法の導入をお勧めいたします。以下にライトコントロールの方法を示します。

 12月20日(冬至付近)から、昼14.5時間、夜9.5時間の環境を作成。一般的な飼養環境においては、たとえば朝5時半から朝7時30分頃まで馬房内で点灯し、昼間は扉を開けるなど適当な明るさが確保できるように管理し、続いて収牧後夜20時まで点灯する。照明は60-100ワットの白色電球を馬房の中央天井付近、または高さ2.5-3.0m付近に設置。蛍光灯でも全く問題ない。点灯、消灯はタイマーで作動させ開始終了時間を正確にする(時間がずれると効果がない)。24時間照明すると逆効果となり、一定時間の「夜」が必要である。ボディコンディションスコアとして6.0前後に維持されていると効果的である。早期に受胎したとしても、ライトコントロールにより黄体機能が賦活化されるため、妊娠維持に効果がある。3月下旬まで継続すべきである。

馬鹿にできない日々の光
 JRA日高育成牧場では、2歳育成馬に対するライトコントロールを実施しています。これにより、精巣や卵巣から分泌されるステロイドホルモンの血中濃度が有意に上昇し、臀部脂肪厚から計算式によって得られる総筋肉量の値や骨形成マーカーの値が対象群と比較して上昇しました。また、「プロラクチン」というホルモンも上昇し、これが冬から春への換毛を促進し、免疫機能を高めることも知られています。繁殖期は、子孫を繁栄させるための大切な期間ですので、光という季節変化を目からキャッチして、代謝量や運動量を変化させる作用が備わっていることが示唆されています。ライトコントロールによる最近の研究結果から、昼間時間の長さは、馬の繁殖機能ばかりでなく、脂肪代謝や被毛量、さらには運動量にも影響を与えることが示唆されてきました。馬が厳しい冬を無理なく過ごすための知恵が、昼間時間の長さの中に隠されていることに驚きを感じています。

(日高育成牧場 研究役 南保泰雄)

Photo_7 ライトコントロールによるホルモンの分泌と作用

繁殖牝馬の分娩前の栄養管理

No.2 (2010年2月1日号) 

はじめに
 新年を迎え、そろそろ生産牧場関係者にとって、気をもむ季節がやってきたのではないでしょうか?「欠点が無く、すばらしい」子馬が誕生することを誰もが夢見つつ、一方では不安を抱えながら、繋養馬の管理をされていることと思います。ちょうど繁殖牝馬の多くが妊娠後期(分娩予定日までの3ヶ月間)を迎えている頃でもありますので、今回は繁殖牝馬の妊娠後期の栄養管理上注意すべきことについて紹介したいと思います。

適正なボディコンディション維持
 ボディコンディションスコア(BCS)は馬のコンディション(脂肪のつき具合)を指数化したもので、9段階のスコアがあります。近年の報告からBCSと繁殖機能(あるいは成績)とは密接な関係があることが明らかとなっています。すなわち、良好なBCSにある繁殖牝馬は、性ホルモンのサイクルも良好で受胎率も良いが、BCSが低い繁殖牝馬では芳しくない繁殖成績しか得ることはできません。授乳前期(分娩後3ヶ月間)にBCSが5.0(普通)以下となってしまった場合、適正なBCSに上昇させるのは、なかなか困難です。分娩後は、分娩前と比べてBCSは0.5程度低下するので、妊娠後期の時期から繁殖牝馬のBCSは最低でも5.5以上、理想的には6.0(少し肉付きが良い)程度になるよう馬体をコントロールすることが望まれます。

エネルギー摂取
 胎子は妊娠後期3カ月で急激に成長します。このため、時を同じくして、繁殖牝馬の栄養要求量は増えることになります。このとき可消化エネルギー(DE)の要求量は25Mcal(体重640kgの繁殖牝馬の場合)となり、この時期の1歳馬のDE要求量より40~50%増加します。DE要求量の増大から、濃厚飼料給与割合が高くなりがちですが、消化器疾患(疝痛や胃潰瘍等)発症リスク軽減のためには、少なくとも粗飼料給与量は総飼料給与量の半分以上となることを心がける必要があります。また、近年の研究から、易消化性炭水化物を多く含む穀類(エンバク等)の多給による弊害(インスリン感受性の低下等)が指摘されているため、エネルギー源としてその他の飼料原料(植物油やビートパルプ)を併用したり、繊維質が高い配合飼料を効果的に使用したりすることが推奨されます。加えて、植物油や繊維質(粗飼料やビートパルプ等)主体の飼料を給与した場合、穀類主体と比較し、乳中のリノール酸が高まることが報告されています。リノール酸は子馬の胃潰瘍発症リスクの低減や受動免疫を高めると考えられています。

ミネラルの補給
 妊娠後期はエネルギー給与ばかりに意識を捉われるのではなく、胎子の正常な骨格形成を主眼とした繁殖牝馬の飼養管理を心がける必要があります。この時期は骨を形成するカルシウムばかりでなく、銅、亜鉛、マンガンなど軟骨・骨代謝に関わる微量元素の重要性が高まります。銅の摂取不足は高齢馬の分娩時子宮動脈破裂の一因になりうるとの報告もあります。また、セレンはビタミンEとともに、筋肉の正常性維持や免疫に関わる微量元素であり、子馬の白筋症予防のためにも補給は必要です。さらに、近年の研究からセレンの摂取不足は、初乳中免疫グロブリン量や胎盤機能の低下を引き起こすことが明らかとなりました。すなわち、妊娠後期の繁殖牝馬のセレン不足は、結果として、虚弱な体質の子馬の誕生につながるといえます。一般的な飼料原料(エンバク、粗飼料等)だけではミネラルは不足してしまいますので、ミネラルが強化された配合飼料あるいはサプリメントの給与が必要です。

日高育成牧場における実践例
 日高育成牧場では毎週の体重ならびにBCS測定をして、ボディコンディションのチェックを行ったうえ、個体に合わせた飼料給与表をもとに栄養管理を行っています(群管理ではなく個体管理)。良質な粗飼料給与を主体として、ミネラル・ビタミンが適正に調整されている配合飼料を用いながら、シンプルな飼料給与設計をしています。分娩前は胎子が大きくなるにつれて、腸管が圧迫され、飼料摂取量が低下することがあります。この場合、植物油をうまく使いながら、トータルのDE摂取量は維持しつつ、穀類給与量を減らすことで対応しています。また、適正なBCSの維持、運動不足解消のために、ウォーキングマシーンを使ってストレスとならない程度の保護運動(時速4km、20分間)を実施しています。

(文責 井上喜信)

Bcs6図1)繁殖牝馬の理想的なBCS(=6.0)

Fig2_4 図2)胎子は分娩前3か月で急速に成長する