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2019年1月

2019年1月 4日 (金)

早生まれ子馬の管理

No.26 (2011年2月15日号)

サラブレッド出生月日の推移
 北半球にいる野生の馬は、早くても3月以降に出産するように4月まで排卵が起こらないような季節繁殖性を持っています。北海道でも、つい10数年前までは、桜の咲く頃にあがり馬の種付けを行っていました。過去10-15年の間に日本のサラブレッド生産はどのように変わってきているでしょうか?北海道のある牧場で生産されたサラブレッドの出生月日をグラフに示しました(下グラフ参照)。生まれ月が全体的に2月にシフトしていることがわかります。競走馬生産になぜこのようなシフトが起こったのかを考えると、1)セリに上場されるときに見栄えがよく、市場価格が有利に働く、2)種牡馬との交配予約が混む前に早めに希望の種牡馬と交配する、などの理由が考えられます。また、ライトコントロール法の普及により、安価で簡便に早期の交配が行えるようになったことも大きな要因であると考えられます。

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意外と少ない1,2月産まれのGⅠ馬?
 人間の世界では、同じ学年の中でも4月生まれの子供のほうがスポーツ選手として活躍する割合が高いことが知られており、Jリーグ所属選手や甲子園出場校の選手割合を棒グラフにすると一目瞭然の結果が得られます。この法則に沿うとすれば、馬でも数ヶ月産まれが早いことが有利に働くものと考えらます。
 しかし、その思いとは裏腹に、クラッシックレースの第一戦となる桜花賞、皐月賞では「早生まれ」の成績が極端に悪く、過去10年間の勝ち馬の生まれ月をまとめてみますと1月から順に(0-0-5-10-4-1)と3~5月が多く、1、2月生まれの勝ち馬はいませんでした。同様にダービー、オークスでも(2-0-7-6-5-1)と、決して早生まれが競走成績も良いとは言い難い結果が出ています。

子馬にとっての冬場とは?
 繰り返しになりますが、北海道の自然環境下では、1、2月に出産するということは子馬にとって自然な環境ではないと言えます。では、子馬にとって具体的にどのような違いが考えられるでしょうか。利点としては土壌菌であるロドコッカス肺炎感染やロタウイルスをはじめとする下痢の発症率が低いことなどが挙げられます。
 しかし、生後1,2週齢の子馬は体温調節を司る自律神経系が十分発達していないとも言われており、寒さは成馬以上にストレスとなっていると考えられます。ストレスの指標である血中コルチゾール値を調べてみると、早生まれは遅生まれよりも明らかに高い値を示しており、何らかのストレスがかかっていることが分かります(下図参照)。また寒さのみならず、放牧地が積雪や凍結によって十分な運動や休養が制限されてしまいます。

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 成長ホルモンの一種であるプロラクチンというホルモンの分泌量をみますと、冬は春に比べて少ないことが知られています。すべての子馬に言えることではないかもませんが、青い草が生えるころに産まれた馬のほうが骨や靭帯が丈夫に発育する周辺要素も持っていることが容易に想像されます。しがたって、国際的に強い日本産の馬を作るには、ほとんどが馬房内で過ごす冬場の子馬の管理に様々な工夫が必要ではないかと考えられます。
 

インドアパドックと外パドックにおける子馬の行動の違い
 これまでに日高育成牧場で行っている研究のひとつに、積雪や風雪を避けることができるロール倉庫内にパドックを作成し、カメラで一定時間監視する子馬の行動比較があります。この研究から判ったことは、厳冬期の野外放牧では母乳を飲む時間に違いはないものの、横臥および伏臥時間が短く、子馬の休息行動が妨げられている可能性が考えられました(下グラフ)。また、早生まれと遅生まれの行動を比較すると、早生まれではほぼ静止状態の時間が長いのに対し、遅生まれでは速い速度の(活発な)移動距離が長く、横臥する時間も圧倒的に多い結果となりました。また、いずれにおいてもパドックでは放牧時間中均等に動いているわけではなく、活発に動いているのは最初の1時間もしくはそれ以内ということが分かりました。
 幼齢期の動物にとって横臥休息行動は成長ホルモンを分泌するために重要であるため、健全な馬の発育には「活発に運動し、よく寝ること」が重要です。残念ながら、北海道における厳冬期の環境は、子馬にとって運動も休息も制限していると考えられました。

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まとめ
 以上のことから1,2月に生まれる子馬のためにしてやれることとして
・ 体温を保つ(馬服の着用、特に寒い日は放牧を控えるなど)
・ パドックで休息できる(横になれる)環境を作る(寝藁や風除けを設置するなど)
・ 日中ずっと放牧するのではなく、運動しない時間帯は馬房に戻して休ませる(十分な休息後、再び放すとなお良いと考えられます)
などが考えられます。
 早生まれの子馬の潜在能力を発揮させてやるためには厳冬期における管理上の工夫が必要と言えそうです。子馬を健やかに成長させる生産技術を調査研究することは、世界に通用する日本産の強い馬づくりにつながるものと考えられます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

2019年1月 2日 (水)

育成馬の胃潰瘍

No.25 (2011年2月1日号)

 今回は、日高および宮崎育成牧場で育成し昨年売却したJRA育成馬に対して行った胃潰瘍に関する調査について紹介したいと思います。

馬の胃潰瘍について
 馬の胃はヒトとは異なり、ヒトの食道と胃が一緒になった構造をしています。ヒトの食道にあたる部位が「無腺部」、ヒトの胃にあたる部位が「腺部」で、その間にのこぎりの歯のような形をした「ヒダ状縁」という境目があります。「腺部」で作られた胃酸が「無線部」や「ヒダ状縁」の粘膜に傷害を与えることで潰瘍になると言われており、ヒトの「逆流性食道炎」に近い病態と言えます。馬は本来放牧地でほぼ一日中草を食べているのが自然な状態ですが、競走馬として狭い馬房内に閉じ込められ濃厚飼料を与えられていると、胃酸分泌が増加し潰瘍ができるとされています。胃潰瘍の症状は多様で、炎症のみで上皮は正常な状態から、壊死を伴う深部潰瘍まで認められます。穿孔(せんこう:あなが開くこと)すると死に至ることもあります。
 競走馬の70~90%が胃潰瘍にかかっていることが知られていますが、育成馬についての研究はあまり進んでいませんでした。近年、施設の改良や技術の向上により、育成期においても競走期に近い運動が負荷されるようになり、育成期でもある程度の馬は胃潰瘍を発症している可能性が疑われるため、今回調査を行うことにしました。
 一方、競走馬の胃潰瘍の治療や予防に使われる薬剤には、胃酸を中和する制酸剤、粘膜を保護するスクラルファート、人体薬の「ガスター10」で有名なH2ブロッカーなどがありますが、海外では主にオメプラゾールという薬剤(商品名ガストロガード®、図1)が使用され効果が高いことが知られています。
 そこで、我々は2008年に生まれ、2009年7月から2010年の4月までJRA日高および宮崎育成牧場で育成された育成馬および研究馬85頭(雄42頭・雌43頭)を使って3つの調査を実施しました。

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育成馬の胃潰瘍発症状況
 2010年2月に内視鏡で胃の中を検査した結果、27.1%(85頭中23頭)の馬が胃潰瘍を発症していました。胃潰瘍の程度(0~3で数字が大きいほど程度が悪い:図2)は、スコア2が13%(23頭中3頭)、スコア1が87%(23頭中20頭)で、胃潰瘍の発生に雌雄差はありませんでした。
 競走馬について行われた同様の調査では、76.9%の馬が胃潰瘍を発症しており、程度はスコア3が44%、スコア2が32%、スコア1が24%であったと報告されています。
 今回の調査から、競走馬ほどではないが、育成馬も3割程度が胃潰瘍を発症していることが明らかとなりました。また、競走馬と比較して、胃潰瘍の程度は軽いことがわかりました(図3)。

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オメプラゾールの胃潰瘍予防効果
 2月の内視鏡検査で胃潰瘍を発症していなかった馬を投薬群および対照群の2群に分け、投薬群にはオメプラゾール製剤のガストロガード®1/4本を28日間投与しました。これらの馬に対して通常どおり調教を実施し(F16まで)、3月~4月に再度内視鏡検査を実施したところ、胃潰瘍発症率が投薬群では3.6%(28頭中1頭)であったのに対し、対照群では38.7%(31頭中12頭)と胃潰瘍の発症を10分の1に抑えることができました。
 競走馬について行われた同様の調査では、胃潰瘍発症率が投薬群では21%であったのに対し、対照群では84%であり胃潰瘍の発症を4分の1に抑えることができたと報告されています。
 今回の調査から、競走馬と同等かそれ以上に、オメプラゾールの投与は育成馬の胃潰瘍の予防に効果があることが明らかとなりました(図4)。

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オメプラゾールの胃潰瘍治療効果
 2月の内視鏡検査で胃潰瘍を発症していた馬18頭を治療群として、オメプラゾール製剤のガストロガード®1本を28日間投与しました。通常どおり調教を実施し(F16まで)、3月に再度内視鏡検査を実施したところ、18頭の馬の胃潰瘍はすべて治癒していました。
競走馬について行われた同様の調査では、胃潰瘍を発症している75頭について治療を行ったところ、治療後の内視鏡検査において58頭が治癒し、残りの17頭もスコアが改善されたと報告されています。
 今回の調査から、競走馬と同等かそれ以上に、オメプラゾールの投与は育成馬の胃潰瘍の治療に効果があることが確認されました(図5)。

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 最近の研究では、胃潰瘍を発症していない馬と発症している馬をトレッドミル上で運動させた場合、発症していない馬の方が最大酸素摂取量が有意に高かったという報告もあります。あくまでもトレッドミル上の運動でのデータですが、実際のトレーニングでも胃潰瘍が発症していない状態で調教を行った方が効果が上がる可能性が示されています。今後、競走馬だけでなく、育成馬についても胃潰瘍対策を考えていかなくてはならないのかもしれません。

®ガストロガードはアストラゼネカ社の所有登録商標

(日高育成牧場 業務係長 遠藤 祥郎)