良い馬は良い放牧地から
No.37 (2011年8月1日号)
当歳から1歳にかけての適切な発育と基礎体力の養成、あるいは繁殖牝馬の年間をとおしての機能維持において、放牧の重要性は誰もが認識するところです。しかし、その基礎となる放牧地の管理方法については、残念ながら十分理解され実践されているとは言い難い状況にあるといえます。その背景には、労力と経費がかかる割には効果の確認が困難であることのほかに、草地土壌種が複雑であり、それらに基づいた馬をベースとした管理体系がわが国に存在しない、放牧地よりも採草地の管理に重点が置かれていた、ことなどが考えられます。
こうしたなか、少し前になりますが、一昨年の11月にJBBAとJRAの共催によって実現したロジャー・アルマン先生の講演「良い馬は良い放牧地から」を振り返り、放牧地の管理を確認したいと思います。
ロジャー・アルマン先生
ロジャー・アルマン先生は、全米26の州に加え、ドイツ、フランス、アイルランド、イギリス、日本に所在する合計400以上の牧場と草地コンサルタント契約を結ぶバイタリティあふれる先生です(写真)。JBBAが2006、07年に実施したカウンターパート養成研修においてもケンタッキーでお世話になりました。馬の放牧地にとって重要な条件は、「栄養のバランス」「嗜好性」「生産性」「安全性」であり、他の動物で重視される「効率的な体重増加」とは異なると力説されています。今回の講演では、講演の3か月前に来日した折に日高管内4牧場の簡易調査を実施し、講演時にはそれらの土壌分析結果を含む調査成績をもとに問題点や改善方法について紹介していただきました。
放牧地のpH改善
アルマン先生の調査方法は、放牧地をくまなく歩きながら各所で土壌をサンプリングし、作成した放牧地マップに記録し手早く特徴を把握していきます(図1)。その後、土壌の成分分析を自分のラボで終えたのち、現状と改善方法について報告書が届けられます。アルマン先生がもっとも指導に力を注ぐのは土壌pH改善のための石灰施用です。今回調査した4牧場、4放牧地から採取した32点の土壌のpHは4.7から6.2まで分布しそれぞれに対するpH矯正に必要な石灰施用量が提示されました(図2)。
図1 左は推奨される石灰施用量(中央斜線部分がもっとも多い地区)、右図は土壌中のリン酸含量(緑部分がもっとも高く、赤部分がもっとも低い地区)を示す
図2 各牧場(A~D)の放牧地土壌pHと改善に必要な石灰施用量
以下に、アルマン先生による「石灰の有用性」を引用します。
「石灰を散布すると、土に含まれるカルシウムとマグネシウムを増やすことができます。カルシウムは草に吸収され、馬が摂取する栄養素となる。適正な量のカルシウムを摂取することは、馬に必要な丈夫な骨の発育のために重要である。また、石灰は土のpHを上昇させ、土の酸性度を下げる効果がある。馬用の放牧地については6.2から6.8の間のpHが望ましいと考えている。その範囲内のpHであれば、十分な量のカルシウムとマグネシウムが草に、そして結局は馬に供給される。土の酸性度が下がることで、微生物が有機物を消費してミネラルを分解し、窒素を固定する活動が活発になる。石灰は過剰に存在しているアルミニウムや鉄と結合し、その結果、草に供給されるリンの量が増えることになる。さらに、石灰の化学的および力学的作用、またその作用による有機物の大幅な増加は、土の物理的性質をゆっくりと着実に改善する効果がある。しかし、石灰を過剰に散布しないことも非常に重要である。土壌検査を行い、石灰が必要という結果が出ている場所においてのみ、石灰を散布するべきである。土のpHが高くなりすぎると、銅や亜鉛といった微量ミネラルが草に供給されなくなり、馬もその恩恵を受けることができなくなる。石灰は容易に土から消えないので、一度pHを上げすぎてしまうと、適正なpHに戻るまで何年もかかってしまうかもしれない。」
放牧地管理の要点
アルマン先生による放牧地管理の要点は以下のとおりです。
1)掃除刈り:定期的に放牧地の草を刈り、適正な高さに保つことは非常に重要で、6~8インチ(約15~20cm)くらいの高さが好ましいと考えている。頻繁に刈っている草は、高く伸びることや、種を作ることよりも、密に生えて横に広がることに多くのエネルギーを使うようになるので、結果的に馬が食べられる牧草の量を増やすことにもつながる。また、短い草は柔らかく、繊維質も少なく、馬も短い草の方を好んで食べる。ただし、短く刈り過ぎると、気温が高い時には土がすぐに乾燥し、また草の成長が止まる冬には牧草の量が限られてしまう。掃除刈りは、最も効果的に雑草を抑制する方法でもある。定期的に掃除刈りを行って、成長する前に雑草の種子形成を防げば、翌年新しい雑草が生えてくるのを抑制することができる。
2)石灰散布と施肥:適正な量の石灰と肥料を散布することは草の健全な成長を促進する。また、土の養分の補正に必要な正しい量を使用することによって、馬はよりバランスのとれた栄養を牧草から摂取することができるようになる。
3)播種:使用頻度が高く、嗜好性の高い草が少ない放牧地には、適切な播種が特に重要である。実際、使用頻度の高い放牧地では、ブルーグラスやライグラスなど馬が好む草は、なくなるまで食べ尽くされてしまうかもしれない。また、馬が集まりやすく、馬が歩くことによるダメージで草が失われがちな放牧地の出入り口付近やコーナー部分に播種を行うことも重要である。そのような場所は、草が生えていないと土の浸食が一層進んでしまう。
4)放牧地の回転(ローテーション):草が良く伸びている時期に、2週間ほどの短い期間でも放牧地を休ませると、草を密に保ち、雑草を防ぐうえで大変効果がある。放牧地をローテーションで使うことができない場合は、特に草が良く食べられている場所に堆肥を薄く撒くことで、より均一に草が食べられるようにすることができる。馬は短い草を好むので、他の場所に誘導されない限り、既に短く食べている場所の草をさらに食べてしまう。
5)堆肥の散布:堆肥を放牧地に撒くことは、土に含まれる有機物の量を増やすうえで非常に効果的である。有機物は乾燥している条件でも土の水分を保持する効果がある。放牧地で寄生虫が増えるのを嫌がって、堆肥を撒きたくないと考えるホースマンは昔から多いが、適正に駆虫を行っている牧場であれば、そのような心配はないはずである。
6)チェーンハロー:放牧地にチェーンハローをかけると、枯れた草や糞の塊をほぐして散らすことができる。チェーンハローをかける望ましい頻度は、放牧地における馬の密度と糞の量によって異なる。それほど利用頻度が高くない放牧地であれば、年に1度か2度のハローがけで十分なはずである。種を播く前と後にチェーンハローをかけると、種と土の間の接触が良くなる。しかし、乾燥した条件でチェーンハローをかけると、土が乾きやすくなってしまうこともある。雑草のコネズミガヤ(Nimblewill)が多く生えている放牧地は、9月と10月頃にチェーンハローをかけると種が広がってしまうので、その時期のハローがけは避けるべきである。
7)エアレーター:スパイクが付いたタイプのエアレーターは、草の根の成長を促進し、土の圧縮を防ぐ効果がある。石灰や肥料を撒く前にエアレーターをかけると、特に斜面における成分の流出を防ぎ、根に直接成分が届くようにする効果がある。
以上が放牧地管理の基本的なポイントとなるが、どの放牧地もそれぞれ性質が異なり、必要な処置が異なることを認識しておくことが重要である。植生の種類、単位面積当たりの馬の頭数、土の質といったさまざまな要素によって、必要な管理の度合いが大きく変わってくる。参考までにアルマン先生が奨める放牧地管理の年間スケジュールを図3に示しました。
近年、昼夜放牧の普及にともない放牧地の重要性はさらに増しています。地元の農業改良普及センターとも相談しながら、「良い馬は良い放牧地から」を実践しましょう。
(日高育成牧場 専門役 頃末憲治)
(前場長 朝井 洋)