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2019年2月

2019年2月27日 (水)

お腹の中から健康管理! 発育のカギを握る胎生期の精巣・卵巣

No.47 (2012年1月1・15日合併号)

 お正月が終わり、そろそろ牝馬のお産準備が始まっている牧場さんも多いことと思います。妊娠期最後の3か月は胎子の大きさが急激に上昇している時期であり、サラブレッドとしての発育を考えると最も重要な時期といっても過言ではありません。本稿では、馬の胎子の成長に非常に重要な役割を担っている胎子の精巣・卵巣について知見を深めてみましょう。

馬の胎子の精巣・卵巣(性腺)は大きい
 精巣は精子を、卵巣は卵子をつくる器官です。胎生期にも精巣・卵巣(以下性腺といいます)があり、原始的な生殖細胞が存在します。まだホルモンの刺激を受けていないため、精子・卵子を作りだすには至っていません。多くの動物で胎子性腺は未発達であることが多いものです。ところが、馬の胎子性腺は非常に大きく、妊娠7か月頃、胎子がまだ中型犬ぐらいの大きさの頃に、鶏卵よりも大きな楕円形の性腺が左右一つずつおなかの中に備わっていることが知られています(写真1下部、あずき色)。その胎子を宿した600kgを超える母馬の卵巣(写真1上部、白色)よりも大きいことになります。胎子性腺は、新生子として娩出されるまでにはウズラの卵大まで退縮する、とても不思議な器官です。

1 写真1;妊娠195日の母馬の卵巣(上段)と胎子卵巣(下段)。白線は1cm。600kgを超える母馬の卵巣よりも大きいことになります。

紀元前400年にすでに発見されていた!
 プラトン、ソクラテスと並び紀元前の3大学者と呼ばれるアリストテレスは、文学、物理学、哲学、そして生物学と広い学識を持った天才科学者でした。アリストテレスは多くの動物の解剖を行い、イルカが哺乳類であることなどを肉眼所見から初めて明らかにしました。馬の解剖も実施し、「馬の胎子には腎臓が4つある」という記述を残しています。馬の胎子性腺の肥大化は生殖細胞の増殖によるものではなく、間質細胞という内分泌細胞の増数・増大によることから、卵巣にみられるような胞状構造はみられません。その記述が胎子性腺を表していたと考えられますが、2400年前に馬の胎子の特徴を正確にとられていたアリストテレスは、観察の必要性を後世に伝える偉大な学者であったことがうかがえます。

胎子性腺が妊娠に必要なエストロジェンの原料を生成する
 では、馬の胎子性腺はどのような役割を担っているのでしょうか?いまだに謎に包まれた不思議な現象です。これまでの研究でよく知られていることは、「エストロジェン」の分泌に関係しているということです(写真2)。馬の妊娠期には「エストロジェン」が非常に多く分泌されており、ヒト用の女性ホルモン内服薬など、多くは妊娠馬の尿や胎盤から分離されたエストロジェン類が使用されてきました。ヒトの医療に貢献している馬のエストロジェン、しかし妊娠馬自身にどのような意味を持っているか、いまだ不明な点が多く、専門学会でも論議の的となっています。本来発情を誘発するホルモンである「エストロジェン」が妊娠期に高いことは都合のよいこととは思えません。専門家の意見として最も有力な役割は、1)胎子の大きさに見合った子宮の拡張作用、2)子宮への血流促進作用、そして3)子宮の免疫力増強作用に役立っていることが考えられています。また、Pashen & Allenによる有名な実験として、胎子性腺摘出手術後の血中エストロジェン濃度が急激に低下することが知られており、その後妊娠は2か月以上維持されたものの、いずれの馬も虚弱か死産であったことを報告しています。これらの研究から、胎子性腺が妊娠馬の高濃度のエストロジェンの原料となるDHEA(デヒドロエピアンドロステロン)を合成し、胎子の健全な成長に役だっていることがわかってきました。

2 写真2;妊娠期のホルモン分泌。胎子は妊娠に必要なホルモンの原料(DHEA;デヒドロエピアンドロステロン)の産生・分泌を積極的に行い、臍帯を通じて胎盤に運ばれ、エストロジェンとして妊娠の維持を助けています。

健康で丈夫な子馬を生産するために
 最近の研究では、胎子の性腺がエストロジェンの原料を分泌するだけではなく、細胞の分化や増殖に非常に重要な成長因子を分泌していることが明らかになってきました。これらの因子は、胎盤と相互に作用し、健康な胎盤の形成や胎子自身の発育に働いていることが考えられています。これらの知見を踏まえ、日高育成牧場では母馬の腹壁から深さ30cmまで観察可能な超音波探触子を用いて、胎子性腺の大きさを測定する方法の確立を検討しています(写真3)。また、現在NOSAI、HBA、日高家保との共同研究により、一般的なポータブル超音波装置を使って子宮と胎盤の厚さを測定し、胎盤の炎症の度合いを診断するという方法の普及を進めています。「妊娠期は検査してもよくわからないし対処方法もない」、という今までの考えが変わりつつあります。これまで流産・早産などの経験のある牝馬、妊娠後半になると乳房が腫脹する馬、外陰部から悪露を排出する馬は、最寄りの獣医師に相談して、検査されることをお勧めいたします。また、たとえ流産してしまったとしても、流産の原因や感染源を特定することは次回の妊娠の可能性を高めることにつながります。

3 写真3;妊娠240日における馬胎子性腺の超音波画像。腹壁から形態観察や計測が可能です。

(日高育成牧場生産育成研究室 室長 南保泰雄)

2019年2月22日 (金)

装蹄技術の向上を目指して

No.46 (2011年12月15日号)

 サラブレッドは、より速く走るために改良が続けられてきました。そのため、皮膚の延長である『蹄(ひづめ)』の蹄壁は薄く、蹄底は浅くなり、蹄質が脆弱化した結果、蹄壁凹湾、アンダーラン・ヒール、挫跖、白帯病、蹄葉炎、肢軸異常、クラブフット等といった様々な病気にかかりやすくなってしまったと考えられます。
 こうした蹄のトラブルを予防し、改善するうえで装蹄師の技術向上は欠くことができません。今回は、その装蹄技術向上に向けた話題を紹介いたします。

全国装蹄競技大会と海外での大会
 毎年10月下旬に、全国地方予選を勝ち抜いた選手達が栃木県の装蹄教育センターに集い、その年の日本一を決める「全国装蹄競技大会」が開催されています。1941年から始まったこの大会も、今年で64回目を向かえました。本競技大会は、造鉄競技、装蹄競技、装蹄判断競技の3種目により勝敗を決めますが、本年、栄えある最優秀賞(農林水産大臣賞)に選ばれたのは、北海道日高装蹄師会所属の中舘敬貴氏で、同装蹄師会所属者が全国一になるのは初めてとのこと、北海道の装蹄技術が日本のトップレベルにあることを証明した大会となりました(写真1)。

1 写真1:全国装蹄競技大会での中館選手

 また、この大会の優勝者は、翌年の2月下旬にアメリカで開催されるAFA(米国装蹄師会)が主催する米国装蹄競技大会にも出場します。競技内容は、北米選手権と呼ばれる装蹄競技、基本造鉄競技、治療用の特殊蹄鉄を3~4種類作る造鉄競技、二人一組で行うドラフト競技、60歳以上を対象としたシニアクラス造鉄競技など様々な種目があります。この大会は、北米に限らずヨーロッパあるいは南米、アジアからも選手が集うとともに、その年のアメリカナショナルチームの選考も兼ねているため、参加選手のレベルは正に世界トップクラスといっても過言ではありません(写真2)。

2 写真2:米国装蹄競技大会風景(ケンタッキー州)

 一方、アジア国際装蹄競技大会は、毎年マレーシアで開催されています。この大会は、同国で競馬を主催する4つの団体が、毎年持ち回りで開催するナショナルホースショーの付帯行事として行われています。本年は、JRA装蹄職員である竹田信之、大塚尚人の両名が、日本人としては初めて同大会へ参加し、総勢43名による競合の結果、竹田職員は総合1位、大塚職員は総合2位という、日本勢ワンツーフィニッシュを達成しました(写真3)。過去に日本人が参加したことのない大会であったため、競技に関する情報は皆無に等しく、貸出される器材や会場の環境などは全て現地に行ってから確認し、競技本番中には周りの選手が行う作業内容を確認しつつ、ようやく競技の内容を理解して蹄鉄を作成するような状況でした。こうした環境のなかで獲得した両名の栄誉を称えたいと思います。

3 写真3:アジア装蹄競技大会風景(上:竹田選手、下:大塚選手)

4 写真4:指動脈の確認

海外の一流装蹄師
 昨年2月、英国上級装蹄師国家資格(FWCF)という取得が極めて難しい資格を持つ装蹄師、サイモン・カーティス装蹄師(英国ニューマーケット)が来日しました。彼は、多くの馬関係の専門書籍を執筆するだけでなく、世界20カ国以上における講演、また英国で獣医大学や各種馬専門機関で講師や理事を務めるなど、世界規模で活躍する著名な装蹄師です。輝かしい経歴を持つ同氏からは、子馬における肢軸異常の矯正方法やデモンストレーション、また肢勢の見方や症例報告などの講演が行われました。この講演で彼が力説したことを以下に要約します。

 子馬の成長は日々早く、肢蹄に異常を見過ごすと肢軸異常や変形蹄を発症して競走能力にも影響します。日ごろから、子馬の馬体を観察して異常がないかを確認するためには、肢軸検査で子馬の馬体をチェックしなければなりません。したがって、異常肢軸を見抜く眼、すなわち眼力を養うことは重要な技術のひとつです。肢軸検査は装削蹄を行う前には、平らな路面上で3つの検査を行います。駐立検査・歩様検査・挙肢検査を綿密に行なうことが大切です。成馬の検査(装蹄判断)を行う際は、馬の正面(前望)、後ろ(後望)、左横(左側望)から検査をしますが、子馬の検査(肢軸検査)の場合は若干異なります。馬の正面や真後ろの延長線上から見ると、正常な肢であっても捻じれているように見えてしまうので、前肢では腕間節の正面から、また後肢では蹄の正面(蹄尖の延長線から)から観察します。一般的に前肢では前方から観察しますが、後方から前肢の状態を観察することも重要となります。

(1) 駐立検査:姿勢および肢軸を見る検査
(2) 歩様検査:歩き方を見る検査
(3) 挙肢検査:蹄の内外バランスを見る検査

 子馬の肢軸異常には、大きく分けて3種類あります。肢軸旋回・オフセットニー・内・外方肢軸旋回、これらは、単独で発生するのではなく、ひとつの関節に複合している場合や一本の肢の複数の関節に見られることもあります。ひとつの異常に対して矯正を行うと別の部位に異常を生みだしてしまう場合もあるので、より慎重な対応が必要です。

(1) 肢軸旋回:肢の一部または全体が旋回しているもので、肢全体的が外側に旋回しているのが多数を占めています。また、75%程は成長に伴って自然に正常な範囲にまで回復すると言われています。
(2) オフセットニー:橈骨と管骨の骨中心軸が、腕関節部を挟んでまっすぐでないもの(軸ズレ)で、多くの場合は管骨中心軸が外側にズレています。
(3) 内・外方肢軸旋回:前肢では腕関節や球節、後肢では飛節や球節おいて関節を中心に、上部と下部の骨の中心軸が内外いずれかに屈曲(破折)するものです。

 肢軸矯正の時期は、関節を構成する骨の成長板の活動期と重なり、球節では3ヵ月齢まで、腕関節では12ヵ月齢までですが、できるだけ早い時期(6ヵ月齢)の方が高い効果が得られると言われています。肢軸異常の治療法には、『張り出し処置法(エクステンション)』が行われ、この処置法には、ダルマシューズのようなカフタイプ(蹄にはめ込む)の蹄鉄を使用していましたが、蹄を締め付け、蹄の成長を阻害する恐れあるので、現在は、アルカリ樹脂やポリマーウレタン製の充填剤が使用されています。

 子馬の蹄の成長速度は、1ヶ月間におよそ、当歳では15㎜、1歳では12㎜、2歳以上では9㎜伸びます。しかし、当歳馬の蹄角質は柔らかいので、蹄に加わる体重圧のバランスが崩れると直ぐに蹄形に歪みが発生します。そのため、生まれた直後から体重が四肢蹄に均等に分担されるように、また、ひとつの蹄でもバランスよく負重するように気を配る必要があります。子馬の初回の削蹄は、4週齢から始めてその後は4週間毎に行います。サイモン・カーティス装蹄師は、経験的に、削蹄周期が不規則な牧場に比べ、4週間毎に定期的に削蹄している牧場では、肢蹄トラブルの発生が少ないと報告していました。ただし、何らかの問題が発生した症例では、矯正のため2週間毎に削蹄を行うことが大切です。

重要な日々の蹄チェック
 普段から馬体を支え、地面から伝わる衝撃にも耐える蹄は、組織的にも構造的にも高性能な緩衝作用を持つ、とても丈夫な器官です。しかし、蹄に何らかのトラブルを抱え、満足に運動も行えないような馬も散見されます。痛みに対する耐性が強い蹄は、僅かな痛みぐらいでは跛行も違和感も見せないため、その症状は気づかれないまま放置され、積もりに積もったストレスは、やがて大きなトラブルとなって蹄を蝕みます。したがって、症状が現れる頃には相当なダメージが蓄積されており、長期間の治療を要することになります。蹄疾患を予防するには、日頃から健康な蹄の状態を把握することが大切で、そのためには日常の手入れの際の蹄のチェック(素手で蹄温度を診てみる、指動脈を確認する(写真4)、ウラホリで蹄底を打診してみる)をしましょう。また蹄鉄を装着している場合は、蹄鉄を外さないと分からないこともあるので、装削蹄の際に装蹄師とコミュニケーションをとり、その馬の蹄状態をしっかり把握しましょう。早期発見、早期治療、病魔は小さいうちに対処をすれば完治も早いでしょう。軽度の蹄疾患であれば装蹄師だけでも十分に対処できますが、重度な時は装蹄師の装蹄療法だけでは対処できない場合があります。獣医師+装蹄師+牧場関係者、三者が一丸となって治療に向き合うことが、早期治癒への近道となるでしょう。

(日高育成牧場 専門役 川端 勝人)

2019年2月20日 (水)

JRA育成馬の調教方法

No.45 (2011年12月1日号)

 これまで、JRA育成馬の放牧管理、引き馬、飼料、ライトコントロール法等の飼養管理方法や、騎乗馴致方法について日高育成牧場の担当者が連載してきました。今回は、当場で現在行っている調教方法やその考え方について紹介します。

初期の騎乗
 騎乗馴致を終了した馬は、リードホースを先頭に800m屋内トラック(以下屋内トラック)での調教を開始します。騎乗調教開始初期は、馬自身が人を乗せて走るためのバランスや人を乗せて動くための筋力の会得に重点をおきます。そのため、初期段階では、人が馬の口を必要以上に引っ張らないよう、拳を下げてネックストラップを保持し、リズムよくゆっくりした速歩を行います。速歩では馬の頭頚の動きが安定しているので、馬自身が人を乗せて動くバランスを会得しやすいというのがその理由です。筋力がつき速歩のリズムが安定した後、騎乗者を乗せてゆっくりしたキャンターを行うことができるようになります。

角馬場での準備運動
 メイン調教場に行く前の準備運動として、角馬場(73m×40m)で速歩を2周ずつ両方の手前を実施しています。ここでの目的は、馬体のリラックスと調教監督者による歩様確認です。騎乗者は、馬をリラックスさせ手前に合わせた正しい軽速歩をとることが大切です。地道ですが、このことによって左右の筋肉の均等な発育を促し、ひいては走行バランスがいい馬につながるものと考えています。そのような考え方から、駆歩を実施する主運動コースである屋内トラックにおいても、基本的に両手前を実施します。競馬においては、最後の直線で手前変換が適切に実施できるかどうかが鼻差の勝負を制します。したがって、左右均等に良好な筋肉の発育を促すことが重要と考えています。

1_5 角馬場での速歩

1600mトラックや屋内坂路の活用
 屋内トラック以外の調教コースとして、日高育成牧場総合調教施設内の1600mトラックと1000m屋内坂路(以下屋内坂路)も活用しています。
 11月上旬から1600mトラックでのキャンター調教(走行距離1600m程度)を行います。ここでは、ある程度のスピードにのって(F23~20程度)まっすぐに走ることを教えます。
 1600mトラックがクローズになった後(12月)、屋内坂路の使用(週2~3回)を開始します。坂路調教のメリットは、平地よりも遅いスピードで心肺に負荷をかけることができること、トップラインを伸ばし後肢の筋肉を鍛えることができると考えています。さらに、私たちが屋内坂路を使用するそれ以外の理由として、①厩舎から調教場が遠いこと、②坂路を下る際に後肢をより深く踏み込んで歩くことで後躯の可動域を増加させる、という2点を考えています。①については、物理的に運動前後の常歩を多く行うことができるため、常歩を速く大きく歩かせることで馬の全身の筋肉を使ったバイタルウォークを促します。 また、②については、坂路を下る際は馬の後肢の関節可動域が大きくなります。特に若馬は柔軟なので、骨盤全体を大きく踏み込んで歩くフォームを覚えます。こうした運動により、通常は意識して鍛えることが困難な腹筋や斜角筋などのいわゆるアンダーラインの筋肉をトレーニングすることができるのではないかと期待しています。これらの筋肉が鍛えられると、坂路を上がる際に骨盤全体を使って後肢が踏み込むことが可能になり、また、肩の動きも大きくなります。結果として、頭頚が起きるとともにその位置が安定し、騎乗者がコントロールしやすいフォームで走行することが可能になるものと考えています。
 坂路調教初期のキャンターはリードホースの後ろを一列で走行し、列からはみ出して遊ばないようにどんどん前に出しまっすぐ走ることを教えています。
 また、これまでの育成研究の成果から、年内にある程度の負荷をかけてトレーニングを行っておくことで、育成後期のV200の値も高くなることが分かっています。どの程度の負荷が最適かは、今後も継続して調査を継続していかなければなりませんが、現在は、12月末までに屋内坂路で3Fを60秒程度の安定したスピードで、隊列を整えて走行することができることを目標にしています。

2_5屋内坂路での調教

隊列を組んだ集団調教の考え方
 競馬において多頭数で走行する際に求められる走りの要素をシンプルに分解した縦列での隊列を組んだ調教を応用しています。もっともシンプルな隊列は前の馬との距離を2馬身程度あけた「一列」での調教です。これは、前の馬についていくことでまっすぐ走ることを覚える、推進力をためた走りを覚えさせる、行きたがる馬を後ろで我慢させる、および、競馬において前の馬のキックバックによって砂をかぶることに慣れさせるなどが目的です。このような調教を積み重ねることで、馬の前進気勢をためて騎乗することが可能になり、後躯の筋肉により負荷をかけることができます。
 縦列調教の応用として、「二列縦隊」での調教や「3頭ずつに区切った一列調教」も行っています。二列縦隊での調教は前後左右の馬に慣れさせ、馬群の中でコントロールした状態でリラックスして騎乗できるようにすることを目的としています。したがって、屋内トラックでゆっくりした(F22程度)スピードで実施します。馬に体力がつき、坂路等でステディなスピード(F20-18程度)で一列の調教を実施する際には、隊列がバラけないよう、3頭単位で前の馬と距離をあけずに(テイルトゥノーズ)実施しています。馬に走るための行く気を喚起する効果があります。

3_3 縦列調教(屋内トラック)

4_3 二列縦隊での調教(屋内トラック)

5_2 3頭単位での縦列調教(屋内坂路)

1週間の調教
 調教に対するモチベーションを若馬に与えるためには、調教のオンとオフを馬に理解させる必要があります。そのため、1週間の中で強弱を明確につけた調教をパターン化して実施しています。2月中旬の調教の一例を示します。
 月曜日は、休日明けなので馬の張りをとり無駄な力を抜くため、屋内トラックで速歩を半周(400m)した後、2周半(2000m)の連続したキャンターを一列の隊列で実施します。
 火曜日と金曜日は週の中でも強めの調教を実施しています。まず、屋内トラックで一列の隊列で約2周キャンターを実施(1400m程度:F22秒程度)した後、屋内坂路へと移動し、3頭単位の一列隊列で坂路を2本(1000m×2:1本目3F60秒、2本目3F54秒程度)実施します。このときの最大心拍数と乳酸値は、1本目、2本目ともに心拍数が210-230回/分程度、乳酸値が6-12ミリモル/ミリリットル程度となり、有酸素能力を高めることができる値になっています(心拍数200以上、乳酸値4ミリモル/ミリリットル以上の負荷をかけた運動で有酸素能力を鍛えることができるとされています)。
 水曜日と土曜日は坂路調教の翌日なので、馬の精神面・肉体面のリフレッシュを図ることを目的に、屋内トラックを一列でゆっくり1周した後、手前を変えて二列縦隊で、リラックスしたキャンター(F23)を行います。
 木曜日は、スタミナをつけることを目的に、1本目は一列で2周(1600m:F25-22)したのち、2本目は手前を変えて二列縦隊で2周(1600m F22-20)行います。

スピード調教
 3月下旬までは、スピード調教は週2回屋内坂路で行います。屋内トラックでF22-20秒程度のキャンターを1400m行った後、屋内坂路で2本のキャンターを実施します。1本目は4頭単位で一列のキャンター3F54秒程度で実施した後、2頭併走で3F48秒を目安とした少し強めの調教を行います。このとき、併走馬同士をできるだけ近づけ走りたい気持ちを喚起しますが、人が鞭で叩いて追うということは行いません。逆に手綱をしっかりと保持し「走りたい気持ちを我慢させる」ことで走る気持ちを強くするように教えています。
 4月に1600mトラックが開場になったら、併走で3F45秒程度のキャンター調教を週2回行うとともに、セールに向けた単走の練習を行います。単走の練習は縦列調教の延長で教えます。最初は、馬と馬の間の距離を7馬身あけ、徐々にその距離を開け前の馬を目標に走る中で単走でも走ることができるように教えます。ブリーズアップセールでは2F13秒-13秒を目安に走行しますが、基本的な考え方は、6月の競馬デビューを見据え、そこから逆算して無理せず馬を鍛えていくようにしています。したがって、成長の遅い晩成型の馬は、馬の将来を考え、無理してスピードを出しすぎないように注意しています。

6 併走での調教(1600mトラック)

  (日高育成牧場 業務課長 石丸睦樹)

2019年2月18日 (月)

サラブレッドのストレスを考える

No.44 (2011年11月15日号)

 レースで走る事を宿命として生まれるサラブレッド。今、牧場でのんびり暮らしている子馬にも、やがてレースで走る日がやってきます(図1)。その前には、馴致や調教、環境の変化などの慣れない生活なども待っており、そのようなイベントは一部の馬には大きなストレスになると考えられます。今回は、彼らが感じているストレスと、それをコントロールしていくための方法を探ってみたいと思います。

1_4 図1 離乳を終えた当歳馬たち
草を食べたり寝転がったり、群れで過ごすのは本来の馬の姿です。

「ストレス」の概念
 「ストレス」と言う言葉は、色々な人が色々な意味で使っていて、分かっているようで分からない言葉です。もとは物理学で使われていたことば専門用語ですが、カナダの生理学者であるセリエ博士が1936年に「ストレス学説」なるものを発表したことからこの言葉が一般的に使われ始めました。人間や動物は外部からの様々な刺激から身を守るために自律神経系、内分泌系、免疫系の働きによって体を調節し適応しようとしています。この様に体が刺激に対して適用しようと反応している状態が「ストレス」と呼ばれる状態なのです。生体をボールに例えると、「ストレス」状態とはボールに圧力がかかっている状態のことを指します。このとき「ストレス」状態を引き起こす要因は「ストレッサー」と呼ばれています(図2)。このストレッサーには、①物理的刺激(運動、痛み、暑熱や寒冷など)、②心理的刺激(新規環境、不安や情動など)、③生物学的刺激(細菌やウィルスなど)、④化学的刺激(薬物や紫外線など)などが挙げられます。ストレッサーは身の回りにたくさん存在します。生きている限りストレスは続きます。まったくストレスが無い状態は死を意味することになるのです。

2_4 図2 ストレスの概念
ストレスとは外部からの刺激(ストレッサー)による歪み(ストレス)から抵抗しようとしている状態に例えられる。

サラブレッドにとって「ストレッサー」とは何か?
 元来、馬は群れで暮らし、草地を自由に移動しながら、1日の大半は草を食べて生きている動物です。放牧地でのびのびと草を食んでいる姿は、馬の本来の姿に近いものです(図1)。しかし、この様な状態でも優劣関係や熱暑寒冷などのストレスは存在します。また、競走馬としていずれは競馬場のような特殊な環境下で生活しなければならない時がやってきます。1日の大半を馬房で過ごす厩舎での生活は仲間と隔離された状態にあり、飼葉の時間も規則正しく決められています(図3)。運動自体もストレッサーの一つに挙げられます。レースでは激しい運動により激しい生体反応が引き起こされることになります。

3_2 図3 トレセンでの競走馬の様子
新たな環境での生活にはストレスが付きもの。

過度なストレスが引き起こすもの
 適度なストレスは身体能力を向上させる一方で、ストレスが高じると馬体にどのような影響が現れるのでしょうか?
 過度なストレスは食欲不振や消化率の低下、免疫機能の低下を引き起す原因になると考えられています。特殊な飼養環境にいるサラブレッドは、胃が空になっている時間が長いため胃壁が胃酸にさらされている時間も長いことが知られています。そこに運動や環境からのストレッサーが複合的に作用することにより多くの競走馬に胃潰瘍の発症が認められています。また、長時間輸送の影響として「輸送熱」という病気があります。これは、長時間輸送のストレッサーで免疫力が低下したところに、車内に浮遊する細菌などにより感染が成立し発熱するものです。その他に「常同的異常行動」いわゆる「サク癖」や「ユウ癖」などのいわゆる悪癖もストレス反応であると考えられています。

ストレスの緩和方法
 疾病に陥る前にストレスを和らげるには、どのような方法や環境が求められるのでしょうか?
ストレス対策の一つは、ストレスに対する耐性を高めることです。それに関連して我々は次の様な実験を行ったことがあります。サラブレッドを通常の調教後、刺激群には「未知の場所につれて行き、未知の体験をさせる」という刺激を3ヶ月間繰り返しました。「未知の刺激」というのは、トレセン内にある発馬機や地下道などです。この間、刺激群の馬は、最初のうち、未知の刺激に遭遇すると心拍数が上がるなど、落ち着かない態度が観察されましたが、日を追うごとに、新しい刺激を与えても平常に近い心拍数へ落ち着いていく様子が確かめられました。既存の施設でも活用次第で十分メンタルトレーニングの場になります。常に適度な緊張を与え、刺激に対して耐性を作ることがストレスの緩和法になるのです。

ストレスをコントロールする
 自然界において馬が“走る”ということは、危険から逃げる事を意味します。馬は非常に感受性が強く臆病な動物です。この臆病な性質を利用して調教やレースを行うわけですから、サラブレッドは常にストレスに曝され、適応を求められていることになります。それゆえにサラブレッドを扱う人間は、馬の受けているストレスを理解し、それを上手にコントロールすることが重要です。馬は本来、仲間とともに生活し、仲間とふれあいを持ちたいという欲求を持っています。しかし、それが制限される環境下で飼育されているサラブレッドにとっては、人間が仲間になりリーダーになる必要があるのです。退屈させないよう、厩舎から出して運動をさせたり、世話をする際にも、話し掛けたり愛撫したりしながら愛情をもって世話をしてあげる事も大切です。
 競走馬を育てていく上で、肉体的に鍛えると同時に、精神的な面からも馬について考え、「心身ともに強い馬づくり」が求められているのです。

4_2 図4 グラスピッキング中の育成馬
様々な環境に連れて行くことでストレスへの耐性を獲得することができる。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年2月15日 (金)

子馬の発育と屈腱および繋靭帯の成長について

No.43 (2011年11月1日号)

 日高地方では晩夏から早秋の風物詩ともなっている「離乳」の時期も終わりを迎えています。離乳直後の子馬が母馬を呼ぶ「いななき」を耳にすると、胸を締め付けられる思いになりますが、数日後には子馬同士が楽しくじゃれあう姿を見ることができます。その一人前になった姿を見ていると、出生直後には弱々しく映った子馬の成長を実感することができるのではないでしょうか?それもそのはずで、健康な子馬の出生時の体重は50~60kgですが、6ヶ月齢頃には約250kgにまで増加します。このように、生まれてから一般的に離乳が行われる6ヶ月齢までの子馬の成長速度は、それ以降と比較すると著しく速いために、骨、腱、靭帯および筋肉の成長のバランスが崩れることによって、発育期整形外科的疾患(DOD:Developmental Orthopaedic Disease)に代表される疾患が誘発されることも珍しくありません。特に3ヶ月齢頃までの肢勢の変化は著しく、この時期にはクラブフットや球節部骨端炎など下肢部の疾患の発症が多く認められます。さらに、この時期には繋が起ちやすく、この「繋の起ち」が経験的にクラブフットをはじめとする下肢部疾患に先立つ症状とも考えられています。
 今回は、当歳馬に認められる「繋の起ち」に着目し、日高育成牧場で実施している調査データを基に屈腱および繋靭帯の成長について触れてみたいと思います。


子馬の体重と体高の成長
 本題に入る前に、子馬の成長について少し触れてみたいと思います。前述のように子馬の成長速度は速く、成馬の体重を500kgと仮定すると、出生時には成馬の体重の約10%でしかないのに、わずか半年間で成馬の体重の約50%にまで急成長します。一方、子馬の出生時の体高は約100cmで、6ヶ月齢頃には約135cmに達します。成馬の体高を160cmと仮定すると、出生時に既に63%に達しており、6ヶ月齢時には84%にまで達します。この体重と体高の成長速度の相違(図1)は、骨の発達は胎子期にあたる出生3ヶ月前から盛んであるのに対して、筋肉の発達は生後2ヶ月齢以降から盛んになるという報告(図2)に一致しているように思われます。この各組織における発達時期の相違が様々な運動器疾患を誘発する原因である可能性も否定できません。

1_3図1.当歳馬の体高と体重の推移

2_3 図2.骨と筋肉の発達の盛んな時期の相違に関するグラフ

当歳馬の屈腱および繋靭帯の成長
 日高育成牧場ではJRAホームブレッド(生産馬)を用いて、生後翌日から屈腱部エコー検査を定期的に実施し、屈腱および繋靭帯の成長に関する調査を行っています。成馬では浅屈腱と繋靭帯の横断面積はほぼ同程度なのですが、当場での調査の結果、5ヶ月齢までは繋靭帯の方が浅屈腱より横断面積が大きく、特に2ヶ月齢までは1.3倍程度も大きいこと、一方、7ヶ月以降は浅屈腱の方が繋靭帯より横断面積が大きくなることが明らかとなりました(図3)。このように腱や靭帯の成長速度は異なっており、子馬と成馬の腱および靭帯の横断面積の比率は同じではないことが分かりました(図4)。

3 図3.当歳馬の屈腱および繋靭帯横断面積の変化

4図4.生後1日齢(左)と成馬(右)の屈腱部エコー検査画像の比較。生後1日齢では成馬と比較して繋靭帯(赤の破線)が浅屈腱(黒の破線)より大きいのが特徴です。

球節の機能
 「繋の起ち」に関係する球節の機能について触れてみます。「形態は機能に従う」という言葉があります。つまり形をよく観察すれば、その働きが解るという意味ですが、馬の体にもその言葉が当てはまる構造が少なくありません。馬の肢を横から見ると球節から蹄までが地面に対して45°程度の角度がついていること、また球節の後ろにある種子骨が2個存在していることは、まさに「形態は機能に従う」という言葉が当てはまります。馬は肉食動物から逃げることで生き残ってきた進化の歴史が示すとおり、ストライドを伸ばすために中指だけを長くし、一本指で走るという特異な骨格を獲得してきました。そのなかで、全力疾走した際に1本の肢にかかる1トンともいわれている衝撃を吸収するクッションの役割を担うために球節には角度がついていると考えられています。また、球節の後方にある種子骨は、球節の過度な沈下を防ぐ役割を果たしている腱や靭帯が球節後方を通過する際に生じる摩擦を緩和する働き、および種子骨が圧力の低い方向に僅かに移動することによって、球節の沈下時に生じる衝撃を直接腱や靭帯に伝えることなく、その衝撃を軽減する働きがあります。また、球節の形状が示すように、馬は速く走るために関節の内外への自由度を犠牲にして、前後方向の屈伸動作による衝撃を吸収させるように進化してきました。しかし、予期せぬ左右方向の衝撃を少しでも緩和するために種子骨は内外に2個並んで存在しています。このように球節の形状および種子骨の数には進化のための理由が存在しています。
 球節の角度を保ち、さらに過伸展を防ぐ構造は「懸垂器官(Suspensory Apparatus)」と呼ばれており、主に繋靭帯、近位種子骨(球節の後方にある種子骨)および種子骨靭帯により構成され、浅屈腱と深屈腱もその働きの一端を担っています。これらの腱や靭帯が「ハンモック」のように球節の角度を維持しています。

当歳馬の「繋の起ち」
 前述の調査において、特に2ヶ月齢までは成馬と異なり、繋靭帯の方が浅屈腱より横断面積が1.3倍程度も大きいという結果は、成馬と異なり球節後面をサポートする懸垂器官としての繋靭帯の役割が成馬のそれよりも大きいことを意味しているように推測されます。また、出生時には成馬の体重の約10%であること、および筋肉の発達は生後2ヶ月齢以降から盛んになるという報告(図2)からも、新生子は体重を軽量化するために筋肉を発達させず、さらに未発達な筋肉を補うために、強靭な結合組織で構成され、体重負荷という張力によって伸展および収縮するエネルギー効率の良い靭帯が担う役割を成馬よりも高めていることが推察されます。これらのことから、新生子は球節の動きを機能させるために、エネルギー効率に優れている繋靭帯が担う役割を成馬よりも高めているように思われます。3ヶ月齢までの子馬に種子骨々折が多く認められるという報告があるのも、繋靭帯と結合している種子骨にもストレスがかかりやすいためであると考えられます。
 それではなぜ「繋の起ち」が起こるのでしょうか?新生子が初めて起立した時には、初めて重力という負荷を支えるために、ほとんどが球節の過伸展した「繋がゆるい(ねている)」状態ですが、体重の負荷が繋靭帯にかかることによって、球節を牽引するように機能し始め、球節の過伸展を防ぎます。その後、繋靭帯は子馬の体重を支えるには十分すぎるほどの牽引力を獲得するために、「繋が起つ」状態へとなっていくのでしょう。「繋が起つ」状態に先立って、軽度の腕膝(腕節がカブッた状態)が認められることも少なくありませんが、おそらくこの状態は体重を支える負荷によって腱や靭帯の緊張が増加している状態であり、その後に「繋が起つ」状態へと向かっていくことが多いように思われます。自然界では「繋が臥している」状態では疾走することはできないので、球節を機能させるために繋靭帯が担う役割を高め、効率的に体重を支え、外敵から身を守るために疾走できるように進化してきた結果、4ヶ月齢頃までは「繋が起つ」状態になりやすいのではないかと推察されます。一方、体重が200kgを超える頃から「繋の起ち」が徐々に治まるようにも見受けられますが、これは体重の増加によって、重力と繋靭帯の強度とのバランスが適切な状態に近づいているためだと考えられます。また、「繋が起ち」やすい4ヶ月齢頃までは、ちょうど管骨遠位(球節部)の骨端板が成長する時期、すなわち球節部の骨端炎が起こりやすい時期と一致しているという点に着目し、「形態は機能に従う」という言葉を当てはめてみると、子馬は自ら成長するために、生理的に「繋を起てて」、骨端板にストレスがかからないようにしているのではないかとさえ考えられます(図5)。一方、「繋を起てる」ことによって蹄尖への体重を支える負荷が高まってしまい、蹄尖部が虚血状態に陥りやすくなる結果、この時期にはクラブフットも発症しやすいのではないかとも考えられます。これらの推測は、「自然現象には必ず理由が存在する」という前提にたったものです。筋肉の発達が盛んになる前の2~3ヶ月齢までの子馬は、体重こそ軽いものの骨や靭帯にかかる負担は成馬以上であると考えられるので、この時期の子馬の肢勢の変化や歩様の違和には注意を払わなければなりません。

5 図5.1ヶ月齢と6ヶ月齢時のX線画像による繋ぎの角度の比較。骨端板が成長している1ヶ月齢では「繋ぎが起ち」、骨端板が閉鎖した6ヶ月齢では「繋の起ち」が治まっています。

(日高育成牧場 専門役  頃末 憲治)








2019年2月13日 (水)

運動機能の発達様式(2):呼吸循環機能と有酸素運動能力の発達

No.42 (2011年10月15日号)

 前回の記事で、育成期のサラブレッドの持久力の変化について、最大酸素摂取量(VO2max)を物差しにして紹介しました。トレーニングすることで持久力がつくのは当然ですが、この時期はサラブレッドの成長期にもあたるため、成長それ自体の影響も無視できません。JRA日高育成牧場では、この時期の成長の影響を調べる実験をしてみました。

成長による酸素運搬系機能の変化
 1歳秋のブレーキングの後、普通のトレーニングを翌年の2歳4月まで行なった馬たち(トレーニング群)と、同期間を放牧のみで過ごしたトレーニングなしの馬たち(非トレーニング群)を比較してみました。すると、トレーニングを続けた馬たちの体重は、ブレーキング前の平均441kgから446kgにわずかに増加したのみでしたが、非トレーニング群の馬では同期間で454kgから491kgまで大きく増加しました。同期間のVO2maxの変化をみてみると、当然のことながら、トレーニングの状況を反映したものとなっています。ブレーキング前のVO2maxはおよそ130ミリリットル(ml/kg/min)でした。そして、その後2歳の春頃までトレーニングすると、VO2maxは160ミリリットル以上にまで増加していました。また、この期間を放牧のみで過ごした馬達でも、VO2maxの値はトレーニング群にはおよばないまでも140~150ミリリットルにまで増加していました。詳しいメカニズムはわかっていませんが、冬季間の放牧は(図1)、VO2max に何らかの影響をおよぼすものと考えられています。
 VO2maxは酸素運搬系機能の総合的な能力を示すものなので、VO2maxが増加するということは、酸素運搬系を構成する肺・心臓・骨格筋それぞれの段階でなんらかの変化がおこっていることを示しています。なかでも、実際に推進力の源となっている骨格筋におこる変化は重要と考えられています。

1_2 図1:1歳から2歳にかけての冬季間の放牧は、呼吸循環機能に対して何らかの影響を及ぼすようである。

北海道における育成期トレーニングの変化
 北海道においては、育成期に当たる冬季間は馬場の凍結により強度の高いトレーニングを負荷することは困難でした。しかし、近年では民間のトレーニング施設にも多くの屋内コースが整備されたため、以前に比べるとトレーニングの質・量ともに充実したものとなっています。さらに、2歳春のトレーニングセールの普及に伴い、2歳の早い時期からハロン13秒程度で2ハロンほど走ることが求められるようになったため、トレーニングの進展度合いは以前と比較すると格段に進んでいるのが現状です。北海道の冬季期間における育成期のトレーニングは、前回紹介したエバンスの期分けでいうと既に第2段階(有酸素的なエネルギー供給能力と無酸素的なエネルギー供給能力の調和した向上を図ることを目的とした段階)に達しているといってよいでしょう。特に屋内坂路コースが導入されてからは、無酸素性のエネルギー供給を刺激できる強度の強いトレーニングも比較的容易にできるようになりました。

坂路の利用と反復トレーニング
 JRA育成馬が調教するBTC(軽種馬育成調教センター)の施設には、さまざまなコースがあり、屋内坂路コースもそのひとつです。コースの全長は1000mで主要な走路部分の傾斜は2~4%、途中3ハロンのタイムを自動計測できるようになっています。おおまかにいって、傾斜が1%増えると、同じスピードで走っているときの心拍数は4~5拍程度増えます。傾斜2~4%の坂路コースであれば、平地よりもハロンタイムで2~4秒ほど遅いスピードで同じ負荷をかけることができます。
 図2のグラフは、屋内坂路コースを反復間隔約10分で2本反復したときの心拍数変化を示します。1本目の3ハロンの平均タイムはハロン19秒で、そのときの心拍数は約200拍/分です。約10分の間隔をおいて同じように2本目もハロン19秒で走っています。心拍数は1本目とほぼ同じです。運動直後の血中乳酸濃度は約6ミリモルでした。この調教は、速いスピードを負荷することなく、十分な強度のトレーニングとなっています。

2_2図2:屋内坂路コースにおける反復トレーニング時の心拍数変化。反復の間隔は約10分で、心拍数はいずれも200拍/分程度。血中乳酸濃度は6ミリモルで、無酸素性のエネルギー供給を刺激する内容となっている。


 坂路コースを使った運動は1本の走行距離が決まっているため、過剰な負荷を避けることができるという利点があります。反復運動では、それぞれの走行の強度を変えたり、反復間隔を変えたりすることで、トレーニングに多様性を与えることができます。先の例で言えば、2本目を16秒くらいにすると、血中乳酸濃度は10ミリモルを超え、無酸素性のエネルギー供給を効率よく刺激することができます。現在のようなトレーニングメニューでトレーニングされた馬では、VO2maxは楽に160ミリリットルを越えるようになっています。 

(日高育成牧場 副場長  平賀 敦)

2019年2月11日 (月)

運動機能の発達様式(1):呼吸循環機能と有酸素運動能力の発達

No.41 (2011年10月1日号)

 サラブレッドは有酸素運動能力すなわち持久力が高い動物と考えられています。この有酸素運動能力のもっとも良い指標は最大酸素摂取量(VO2max)です。文字どおり、体内に摂取できる酸素(O2)の量つまり体内で消費できる酸素の量の最大値を示しています。通常は1分間あたり・体重1kgあたりに体内に酸素をどれだけ 取り入れることができるかで表され、数値が高いほど持久力が高いとみなされます。一般人は1分間あたり・体重1kgあたりでおよそ30ミリリットル(30ml/kg/min)であり、スタミナがあると考えられるマラソン選手は80ミリリットルくらいになります。これに対し、サラブレッドでは未調教の2歳馬でも130~140ミリリットル、よくトレーニングされた成馬では180ミリリットルを超えます。おそらく、現役の一流競走馬では200ミリリットルを超えるのではないかと考えられています。今回はサラブレッドの有酸素運動能力が育成期を通してどのように発達していくのか簡単にご紹介したいと思います。

放牧の影響
 1歳馬の放牧中の移動距離について調べた成績によると、7時間程度の昼間放牧では、移動距離は約5~7km、その内訳は常歩4~5km、速歩0.4~1km、駈歩1~2km程度でした。常歩で移動中(採食中)の心拍数は50~60 拍/分で、駈歩中には瞬間的に170~200 拍/分まで上昇します。また、17時間程度の昼夜放牧での移動距離は13~15kmで、そのうち約80%は採食しながらの移動であったことがわかっています。放牧中の移動の平均スピードは時速1km弱です。
 1歳馬の6月から9月にかけての放牧の前後で、VO2maxをトレッドミル運動負荷試験によって評価した成績によると、この時期には体重の増加、つまり成長に見合ったVO2maxの増加がおこることがわかっています。VO2maxは120~140ミリリットルであり、成長により急激に体重が増えると、見かけ上体重あたりのVO2maxが減少することもあるようです。

ブレーキングの影響
 ブレーキング期間中に行なわれる調馬索運動は速歩やスピードの遅い駈歩なので(図1)、心拍数は100拍/分~170拍/分程度で、運動強度は高いものではありません。また人が騎乗するようになっても運動自体は弱い運動といえます。ブレーキングの主目的は、あくまでも人が騎乗して運動できるようにすることですが、馬にとっては初めての強制運動、つまりトレーニングになっているのも事実です。持久力の指標であるVO2maxをブレーキングの前後で比較すると、ブレーキングによりVO2maxはブレーキング前の135から150ミリリットルにまで増加していました。VO2maxは、成馬においてもトレーニングの初期には強度の低い運動によっても増加するので、若馬の場合も最初のトレーニングとなるブレーキングは、強度は低くてもある程度のトレーニング効果を持つものと考えられます。

1 図1:円形の小馬場の中で、常歩・速歩・駈歩運動を行なう。左回り・右回りと入念に運動させる(調馬索運動)。

トレーニングの期分け
 シドニー大学のエバンスは競走馬のトレーニングを3段階に分けた考え方を提唱しました。彼は第1段階のトレーニングを耐久トレーニングと呼び、主目的を持久力の向上におきました。スピードは分速600m(ハロン20秒)以下とし、走行距離はできるだけ長距離としました。第2段階では、無酸素的なエネルギー供給を刺激するのを主目的に、有酸素的なエネルギー供給能力と無酸素的なエネルギー供給能力の調和した向上を図ることを目的においています。第3段階では、さらにトレーニングのスピードを上げ、加速も強化します。この段階は、いわば仕上げ期から競走期にあたります。育成期のトレーニングは、エバンスの期分けによると、概ね第1段階から第2段階の初期から中期にあたると考えられます。エバンスの考え方は基本的には正しいといえますが、耐久トレーニングを行なう際の走行距離や持続時間あるいはその期間については、トレーナーによっても相違があり、国や地域によっても異なっているようです。

耐久トレーニング
 育成期の初期に行なわれるトレーニングは必然的にスピードの遅い耐久トレーニングになっているのが普通です(図2)。運動強度としては、運動中の心拍数は170~180 拍/分程度で、高くても200 拍/分前後です。この程度の運動であれば、血中乳酸濃度は高くても2~3ミリモルで、少なくとも有酸素性のエネルギー供給主体のトレーニングになっています。

2 図2:JRA日高育成牧場の屋内坂路コース。以前は、屋内コースはなかったので、冬季間に強度の高いトレーニングを行なうことは難しかったが、最近では北海道には多くの屋内コースがある。

 2歳の1月下旬から4月にかけて、駈歩を含む一般的なトレーニングを行なった馬のVO2maxは150から165ミリリットルにまで増加しました。一方、同期間を速歩のみでトレーニングした馬ではVO2maxの増加は見られなかったものの、少なくとも減少することはありませんでした。また、同時期にスピードの遅い駈歩を長距離行なったグループと短距離行なったグループで比較すると、VO2maxには大きな差は認められませんでした。これらの結果から考えると、騎乗馴致中に行なわれる運動でいったん増加したVO2maxは、その後は弱い運動によっても維持されるようです。

次回続編をご紹介します。

(日高育成牧場 副場長  平賀 敦)

2019年2月 8日 (金)

OCDって何?

No.40 (2011年9月15日号)

 OCD(※1)とは、発育の過程で関節軟骨に壊死が起こり、骨軟骨片が剥離した状態です。クラブフットやボーンシストなどと同じくDOD(Developmental Orthopedic Disease:発育期整形外科的疾患)の一種です。若馬でしばしば跛行の原因となり、関節鏡を用いた骨軟骨片の摘出手術が必要となることがあります。


OCDの病態は下記の3つの段階に分類できます。
1)レントゲンで所見があるが、臨床症状はない
2)腫脹や跛行など臨床症状があるが、レントゲンでそれに見合う所見がない(関節鏡を入れれば所見がある)
3)腫脹や跛行など臨床症状があり、かつレントゲンでそれに見合う所見がある
 

 JRA育成馬を用いた調査成績から、「上記1に該当する場合は手術の必要はない、3に該当する場合は関節鏡を用いた摘出手術を実施する必要がある」と考えています。2に該当する場合が最も判断が難しい状態で、診断麻酔といって局所麻酔薬を跛行の原因と考えられる関節に注射し跛行が消失したら関節鏡を入れてみて、病変が確認されればその場で手術に移行するという方法もあるようです。ヒアルロン酸ナトリウム(商品名ハイオネート)や多硫酸グリコサミノグリカン(商品名アデクァン)の関節内あるいは全身投与など内科的治療で改善する場合もあります。

飛節に多く認められる
 OCDは飛節、球節、膝関節(いわゆる後膝)、肩関節などに発生しますが、最も一般的に見られるのは飛節のOCDです。飛節の中でも脛骨中間稜(写真1)が最も多く77%(244/318)、続いて距骨外側滑車(写真2)が12%(37/318)、脛骨の内側顆が4%(12/318)、距骨内側滑車が1%(3/318)、他の複数の組み合わせが6%(22/318)であったとの報告もあります。最も良く認められる症状は関節液の増量(いわゆる飛節軟腫)ですが、跛行を呈することはまれです。また、近年ではせり前のレポジトリーのレントゲン検査で偶然見つかることが多いようです。また、関節鏡手術後の予後が非常に良いため、跛行せず関節液の増量が認められるのみの症例でも関節鏡手術が実施されることが多いようです。JRAでは現在、飛節OCDが認められた育成馬について、手術適用を含めて追跡調査を行っています。結果がわかり次第報告させていただきます。

1_2 写真1.脛骨中間稜のOCD(○印)

2_2 写真2.距骨外側滑車のOCD(○印)

球節にも発症する
 球節のOCDは、第3中手骨(後肢であれば中足骨)遠位背側、第1指骨の近位掌側(後肢であれば蹠側)辺縁および第1指骨近位背側に発生します。臨床症状は、球節の腫脹(関節液の増量)で跛行が認められない場合もあります。第3中手骨(後肢であれば中足骨)遠位背側のOCDは病変により下記の3つに分類されており、Ⅱ型およびⅢ型は関節鏡手術の適応とされています(写真3・4・5)。


 Ⅰ型:欠損や扁平化がレントゲンのみで認められる
 Ⅱ型:欠損に骨片を伴う
 Ⅲ型:骨片や遊離物(ないこともある)を伴う1つあるいはそれ以上の欠損や扁平化がある

 JRA育成馬を用いた調査成績から、後肢の場合は腫脹や跛行などの臨床症状がなければ、多くが手術の必要なく競走馬として能力を発揮することが可能と考えています。

3_2 写真3.第3中手骨遠位背側のOCD(Ⅰ型)

4 写真4.第3中手骨遠位背側のOCD(Ⅱ型)

5 写真5.第3中手骨遠位背側のOCD(Ⅲ型)

その他の部位のOCD
 膝関節(いわゆる後膝)のOCDは、大腿骨外側滑車稜(写真6)に最も多く発生し64%(161/252)、他に大腿骨内側滑車稜7%(17/252)、膝蓋骨1%(3/252)、他の複数の組み合わせが28%(71/252)であったという報告があります。臨床症状は、他の関節のOCDと同様跛行あるいは関節液の増量で、ほとんどの症例では保存的療法(60日間の馬房内またはパドック休養)で治癒するとされますが、レントゲン上で欠損の長さが2cm以上または深さが5mm以上の病変が確認される場合は関節鏡手術が推奨されています。

6 写真6.大腿骨外側滑車稜のOCD

 肩関節のOCDは、上腕骨や肩甲骨関節窩に発生します。周囲の筋肉が厚く、レントゲン検査には多くの線量が必要で2歳以上の馬ではポータブル撮影装置では撮影できない場合もあります。一般的にレポジトリーで撮影される関節ではないため、跛行している馬を検査した場合に発見されます。保存的療法では予後が良くないとされていますが、関節鏡手術は手技が難しいので、部位によっては手術が困難です。

 以上、OCDについて説明してきましたが、生産牧場のみなさんにとっては、「レポジトリー検査を受けた際に偶然見つかる」というのが最も多いパターンではないでしょうか。前述したように、「レントゲンで所見があるが、臨床症状はない」というものであれば手術する必要はないと考えるのが一般的な見方ですので、必要以上に心配することはありません。ただし、市場で高く売却するためには、臨床症状がない場合でもOCDの除去を実施した方が良い場合もありますので、馬の価値と手術経費等をオーナーや獣医師と良く相談することが大切です。現在、セリにおけるレポジトリーが普及し、レントゲンでOCDなどの所見を目にする機会が増えましたが、重要なことは、購買者側と上場者側の両方が納得して売買契約に至るということではないでしょうか。そのためには、両者がレポジトリーの活用方法について正しい知識を持つことが大切です。

※ 1 Osteochondritis Dissecans:離断性骨軟骨炎もしくはOsteochondrosis Dissecans:離断性骨軟骨症

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係長 遠藤 祥郎)

2019年2月 5日 (火)

馬の感染症と消毒について

No.39 (2011年9月1日号)

 感染症の原因である「ばい菌」は大きく細菌、真菌、ウイルスに分けられます。それぞれ抗生物質、抗真菌薬、対症療法と治療法はそれぞれ異なりますが、予防対策としての消毒薬は、これら微生物に対してどのように使い分ければよいのでしょうか?

 消毒薬には様々な種類があり、それぞれ一長一短特長があります。つまり、これさえ使っていれば大丈夫という消毒薬はなく、状況に応じて使い分ける必要があります。牛や豚、鶏などの家畜は飼養頭数が多いことに加え、近年消毒の重要性が広く認識されるようになり、動物種や状況に応じた消毒方法が普及しつつあります。しかし、残念ながら馬に的を絞って消毒薬を説明した資料は多くありません。そこで、今回は一般的な消毒薬(図1)の説明に馬感染症についてのコメントを添えて紹介したいと思います。

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図1

逆性石鹸:陽性石鹸、陽イオン性界面活性剤とも呼ばれています。一般の石鹸が水に溶けると陰イオンになるのに対して、陽イオンになるためこう呼ばれています。パコマ、アストップ、クリアキルなどが市販されています。生産地で消毒薬と言うとパコマが主流ですが、トレセンや競馬場の消毒でも同じくパコマが使われています。多くの細菌やウイルスに効果があり、安全性が高く、金属腐食性も少ないなど使い勝手が良いことからも畜産業界では広く使われています。生産地で特に問題となる馬鼻肺炎ウイルスによる流産予防にも有効です。ただ、芽胞菌(悪条件下でも芽胞という殻を形成し、生存しうる細菌。例:破傷風、ボツリヌスなどのクロストリジウム属)、抗酸菌(細胞壁に多量の脂質を有するため消毒薬に耐性を示す細菌。例:結核菌。仲間にロドコッカス・エクイ)などには効果がないと言われており、子馬に下痢を起こすロタウイルス、肺炎を起こすロドコッカスには効きません。

塩素系:逆性石鹸が効かない芽胞菌や抗酸菌にも効果があり、真菌にも効果的です。欠点としては有機物に弱く、土や馬糞で消毒槽が汚れてしまうと消毒効果がなくなる点です。ロタウイルスやロドコッカスが発症した場合には、パコマではなく、塩素系消毒薬であるクレンテやアンテックビルコンSが推奨されます。欠点は腐食性、刺激性が強いため、用途が限られることです。

オルソ系:白く、独特のクレゾール臭がするのが特徴です。芽胞菌、抗酸菌には無効です。養豚関係では古くから踏込み消毒槽に使われてきましたが、馬では一般的ではありません。

 その他にヨード系(バイオシッド、クリナップなど)、アルデヒド系(グルタクリーン、グルターZ)などがあり、これらは芽胞菌、抗酸菌、真菌にも効果がありますが、馬では一般的ではありません。

 

踏込み消毒のポイント

 消毒薬は、土や有機物が混入して汚れると消毒効果が落ちてしまいます。そこで、有機物に強く、広範囲な病原体に効果的な消毒薬が推奨されます。馬ではパコマに代表される逆性石鹸で大きな問題はないと思われますが、先に述べたようにパコマが効かない病原体もありますので、その際には別の消毒薬を用いるべきです。踏込み槽は1日に1回以上の交換が必要です。見た目に汚れていたら効果がないと考えましょう。予め履物の汚れを落とす目的で、消毒槽の前にもう1つの消毒槽(もしくは水槽)を置くことも有効です(図2)。塩素系は特に有機物に弱いため、より頻繁な交換が必要です。

3 図2

馬房消毒のポイント

 馬の入替え時や流産発生時など水平感染を遮断するためには重要なポイントです。単に消毒薬を噴霧するのではなく、「除糞→水洗→乾燥→消毒→乾燥」という流れを守ることが重要です。ポイントは、①除糞をしっかりする、②小さな凹面にも消毒薬を浸透させる、③十分乾燥させる、ことです。土や馬糞が残っていると、消毒薬が床面に浸透しません。また、微生物は非常に小さいため、小さな窪みにも大量の微生物が残っていると考えられます(図3)。また、細菌は水分がないと生存できないため、しっかり乾燥させることも重要です。馬の世界では一般に逆性石鹸が用いられていますが、塩素系やアルデヒド系の方がより適していると言えます。

2 図3

 また、消毒効果を減じる要因として、衛生害虫の存在が挙げられます。ネズミやゴキブリ、蚊、ハエなどは多くの病原体を保持しています。トレセンではネズミ捕りに加え、レナトップ、ザーテル、ビルコンといった薬剤を用いて、定期的に厩舎周辺の害虫駆除作業を行っています。

ローソニア感染症

 最後に、最近話題の感染症として、ローソニア感染症をご紹介いたします。これはLawsonia intracellularisと呼ばれる細菌による感染症で、今年7月に静内で行われた「生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム」でも大きく取り扱われました。

 豚増殖性腸炎の原因細菌として古くから知られており、致死率は低いものの、吸収不全による発育不良を起こすことで肥育上大きな問題となっています。近年、世界的に馬でも報告され始めており、北海道内でも感染が報告されるようになりました。豚と同様に小腸の粘膜が肥厚することで吸収能が低下し、慢性体重減少や間欠的な疝痛、下痢、腹部浮腫を呈します。当歳の離乳期に好発し、外見上はおなかがぽっこりし、成長が停滞します。中には発熱、元気消失、食欲不振を呈するものもいます。血液検査で低蛋白、白血球数の増加、またエコー検査で肥厚した小腸をみることで診断できます。死に至る危険性は少ないものの、アスリートである競走馬の成長期に好発するため、非常に重要な疾患であると考えられます。まだ病態の詳細が明らかではないため、生産牧場の方々においては、馬獣医学の発展のためにも、積極的な検査、治療に対するご理解、ご協力をお願いいたします。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬 晴崇)

2019年2月 1日 (金)

草地土壌と牧草分析のすすめ

No.38 (2011年8月15日号)

 1番牧草の収穫も終わり、2番牧草や草地更新の準備、暑さや放牧圧により疲弊した放牧地の維持管理などが気になる季節になりました。前回の記事では、アメリカの草地コンサルタントであるロジャー・アルマン先生の講演内容を紹介しましたが、今回はBTCで行なっている牧草と草地土壌の分析事業における成績をもとに、適切な草地管理を施すために必要な土と草の成分に関する話題を紹介いたします。

土壌の性質を知る
 日高山脈の西側に位置する日高地区には、海洋下で堆積した土壌が隆起した洪積土、河川により浸食・堆積した沖積土、過去に堆積した火山灰に由来する火山性土、湿地帯由来の泥炭土など多種多様な土壌が分布しています。なかでも、火山性土は日高管内草地面積の70%、黒ボク土は同じく58%を占めています。しかし、同じ火山性土に属する土壌であっても、日高中~東部地区に多く分布する黒ボク土と日高西部~胆振地区に多く分布する粗粒火山性土ではその性質も異なります(表1)。馬に適した牧草を生産するための施肥管理を行う前に、まず草地の土台となっている土壌の性質を知る必要があります。

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優先すべき土壌改良のポイント
 前回の記事でも紹介したとおり、馬に適した草地は「バランスのとれた栄養の供給地」であって、単に「効率的な体重増加を可能にする」ところであってはなりません。このことを突きつめると、ミネラルバランスがとれた嗜好性の良い牧草を供給する草地こそ馬に適した草地といえます。こうした牧草生産を目的とした草地土壌の改良において、根による土壌中ミネラルの活発な吸収を実現するために、土壌酸度(pH)を6.5前後(先週紹介したアルマン先生は6.2~6.8を奨めている)とすることがまず重要です。酸性土壌を適正なpHに矯正するためには石灰資材を施用しますが、土壌の種類や成分によって施用量が異なることがあるので、定期的な土壌成分検査とそれに基づいた施肥診断が奨められます。これによって、土壌改良の効果も確認することができます。
 日高の草地土壌pHは、図1に示すとおり、5未満から7程度まで広く分布しています。ミネラルバランスが良好な牧草生産のために、まずは土壌pHを適正に維持することが重要です。

2_3 図1 放牧地土壌pHの度数分布(1996年~2010年に分析された4318点の土壌サンプル分析成績より:縦軸はサンプル度数)

放牧草のミネラルバランス
 運動量とともに、放牧草採食量が増加する昼夜放牧の実施率が近年増加しているようです。放牧草のミネラルバランスがアンバランスなものであればあるほど、昼夜放牧によって摂取するミネラルが不適切なものとなってしまいます。ミネラルバランスの重要な指標のひとつに、カルシウム・リン比(牧草中にカルシウムがリンの何倍含まれているかを示す値:イネ科牧草の目標値は1.3程度だが、馬の飼料全体ではカルシウムはリンの1.5~2倍程度必要)があります。この値は、草種や草地管理方法にも影響を受けますが、季節によっても大きく変動することが示されています。1998年から2009年に分析された1200点以上の放牧草のカルシウム・リン比を採材月ごとに平均して比較すると、5月から6月にかけて大きく上昇しますが、最大値でようやく1.5に達している程度です(図2)。こうした変動の様子は、個々の放牧地で異なるので、それぞれの放牧地の特性を把握し、厩舎内でカルシウムの補給に心がけるなど飼養管理に反映させる必要があります。

3_3 図2 放牧草のカルシウム・リン比(Ca/P)の季節変動

ケンタッキーブルーグラス主体の放牧地
 ケンタッキーブルーグラスは地下茎で増殖し地表にマット層を形成するため、蹄傷にもよく耐え馬の肢蹄にも優しい放牧地向きの草種です。一方、初期生育が緩慢で、根が定着し放牧利用できるまで掃除刈りの回数を多く必要とするなど造成には手間のかかる草種でもあります。また、施肥管理においては、日高地区で一般的なチモシーに比べ施肥量を多く必要とします。とくに窒素は植生を決定する重要な成分で、チモシー主体の放牧地で推奨される肥料中の窒素:リン酸:カリの標準年間施用量(kg/10a)が6:5:5であるのに対し、ケンタッキーブルーグラスでは10:8:8となります。これらを、年間3~4回に分けて、春は少な目に、暑さや放牧圧で疲弊する夏以降には重点的に施すことがよいとされています。より適切な施肥とするためには、土壌分析に基づいた施肥設計が望まれます。

輸入牧草の栄養価
 放牧地面積を拡大するために採草地を放牧地として利用する場合や採草地を持たない育成場では輸入牧草等に頼らざるを得ないケースも見受けられます。しかし、色合いや嗜好性が良いからといって、ミネラルバランスも良好であるとは限りません。輸入牧草の栄養価について調査した成績(表2)によると、チモシー乾草では、日高地区生産のものに比べタンパク質で低く、カルシウムなどのミネラル含有率は同程度であり、必ずしも輸入チモシー乾草のミネラルバランスなどの栄養価は高くないといえます。一方、輸入アルファルファ乾草は、タンパク質やカルシウムが高いマメ科牧草の特質をよく示し、銅や亜鉛もチモシー乾草より明らかに高いことが確認されています。したがって、牧草を含めた飼料中のミネラルバランスの改善には輸入アルファルファ乾草の利用は有効であると考えられます。なお、輸入牧草には様々な等級が設定されていますが、これらと栄養価との関連は明確ではありませんでした。

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(日高育成牧場 専門役  頃末憲治)
(現馬事部 生産育成対策室 主査  土屋 武)