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2019年3月

2019年3月29日 (金)

当歳馬の種子骨骨折について

No.59 (2012年7月15日号)

 出産から種付けにいたる繁殖に関わる仕事もひと段落したかと思えば、乾草収穫や1歳馬のせりが始まり、あわただしいイベントが続く時期となりました。今回は、日高育成牧場の生産馬(以下ホームブレッド)を使って調査している「当歳馬の近位種子骨骨折の発症に関する調査」の概要について紹介いたします。

当歳馬の近位種子骨発症状況
 日高育成牧場では、生産馬を活用して、発育に伴う各所見の変化が競走期でのパフォーマンスに及ぼす影響等について調査しています。そのなかで、クラブフット等のDOD(発育期整形外科的疾患)の原因を調査するため、X線による肢軸の定期検査を行っていたところ(写真1)、生後4週齢前後の子馬に、しばしば臨床症状を伴わずに前肢の近位種子骨の骨折が発症していることを発見しました。そこで、子馬におけるこのような近位種子骨々折の発症状況について明らかにするため、飼養環境の異なる複数の生産牧場における本疾患の発症率およびその治癒経過について調査しました。また、ホームブレッドについては、発症時期を特定するため、X線検査の結果を詳細に分析しました。
 まず、日高育成牧場および日高管内の4件の生産牧場の当歳馬42頭を対象として、両前肢の近位種子骨のX線検査を実施し、骨折の発症率、発症部位および発症時期について解析しました。骨折を発症していた馬については、治癒を確認するまで追跡調査を実施しました。次に、ホームブレッド8頭については、両前肢のX線肢軸検査を生後1日目から4週齢までは毎週、その後は隔週実施し、近位種子骨々折の発症時期について検討しました。

1_4 写真1 当歳馬のレントゲン撮影風景

種子骨骨折の発症率と特徴
 調査の結果、近位種子骨々折の発症は35.7%の当歳馬(15/42)に認められました。全てApical型と呼ばれる尖端部の骨折でした(写真2)。骨折の発症部位については、左右差は認められませんでした。また、近位種子骨は内側と外側に2つありますが、外側の種子骨に発症が多い傾向がありました。しかし、統計学的な有意差は認められませんでした。
/ 世界的に見ても、当歳馬の近位種子骨々折に関する過去の報告は非常に少なく、5週齢までの子馬に臨床症状を伴わない近位種子骨々折が高率に発症していることが今回の調査で初めて明らかとなりました。また、今回の調査では、全てApical型と呼ばれる尖端部の骨折でした。成馬においてもApical型の骨折が最も多く、繋靱帯脚から過剰な負荷を受けることによって骨の上部に障害が生じることが原因とされています。我々は別の調査で、生後5ヶ月までの子馬の腱および靱帯は成馬とは異なるバランスであることを見出しました。現在のところ、この子馬特有の腱および靱帯のバランスが種子骨尖端部のみに力がかかりやすい状態なのではないかと考えています。

2_5 写真2 5週齢の子馬に認められた近位種子骨骨折(左:正面から、右:横から、丸印が骨折部位)

発症と放牧地との関連
 牧場別の発症率は、0%(0/6)から71.4%(5/7)と大きく異なっていました(表1)。興味深いことに、放牧地が「傾斜地」の牧場では発症がありませんでした。また、発症時期については、発症馬の約8割は5週齢までに骨折が確認されました。ホームブレッドの骨折発症馬3頭についてX線検査の結果の詳細な解析を行ったところ、骨折は3~4週齢で発症していました。
 牧場ごとに発症率が大きく異なっており、特に放牧地が「傾斜地」の牧場では発症がなかったこと、また、ホームブレッド3頭の骨折発症時期は、広い放牧地への放牧を開始した時期と重なっており、この時期、母馬に追随して走り回っている様子が観察されたことから、子馬の近位種子骨々折の発症には、子馬の走り回る行動が要因となっていると考えられました。今後は、特に3ヶ月齢未満の新生子馬の放牧管理をどのようにするのがベストかを検討していきたいと思います。

3_4表1 牧場別の発症率

予後
 ほとんどの症例は骨折の発症を確認してから4週間後の追跡調査で骨折線の消失を確認できました。しかし、運動制限を実施していない場合は治癒が遅れる傾向があり、種子骨辺縁の粗造感が残存する例や、別の部位で骨折を発症する例も認められました。
 今回の調査では、全ての症例で骨折の癒合が確認でき予後は良かったと言えますが、疼痛による負重の変化も考えられるため、今後は、クラブフットなど他のDODとの関連について検討したいと思います。

まとめと今後の展開
 5週齢までの幼駒に臨床症状を伴わない尖端型の近位種子骨々折が高率に発症していることが今回初めて明らかになりました。広い放牧地で母馬に追随して走ることが発症要因のひとつとして考えられました。今後は、今回の調査で認められた骨折がなぜこのように高率に発症しているのか、成馬の病態と異なっているのかどうか、などを調べるため、さらに詳細な検査を実施するとともに、今回調査しなかった後肢についてもデータを集めていく予定です。

(日高育成牧場業務課 診療防疫係長 遠藤祥郎)

2019年3月27日 (水)

蹄疾患「蹄壁剥離症」について

No.58 (2012年7月1日号)

蹄壁剥離症とは
 蹄壁内部に空洞が生じる蹄疾患を、生産地においては「砂のぼり」と呼び、トレセンなどでは「蟻洞」(ぎどう)と呼びます。どちらも同じ蹄疾患に思われがちですが、空洞が発生する部位に違いがあります。前者の砂のぼりは、蹄壁中層と呼ばれる、蹄の外側に位置した角質のみに発生する空洞で、蹄壁は脆弱化するものの跛行には至りません。一方、後者の蟻洞は、蹄壁中層と葉状層または蹄壁中層と白線の結合が分離する疾患です。空洞が蹄壁中層と白線の分離程度で止まっている場合は跛行しませんが、葉状層まで空洞が達すると跛行を呈することがあります(図1、2)。この2種類の蹄疾患を、実際の定義に則って区別することは困難と言えるでしょう。そこで近年は、この両疾患をまとめて「蹄壁剥離症」と呼ぶようになってきました。

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蟻洞の分類
 跛行の原因にもなる蹄壁剥離症のひとつである蟻洞は、その治療に長い時間を要することから、重要な蹄疾患と位置づけて、様々な調査・研究が行われてきました。そして最近では、蟻洞の病態から3タイプに分類できることが分かっています。

① 単純型蟻洞
 比較的長い亀裂のような空洞が、蹄壁中層と白線ならび葉状層の間に生じる蟻洞です。蹄負面を見ると、蹄壁中層と白線の結合部に亀裂を観察することができますが、蹄鉄を装着していると発見が遅れてしまう蟻洞です。

② 白線裂型蟻洞
 白線裂と蟻洞、混同しやすい疾患ですが、厳密な定義は異なります。白線裂とは、蹄壁中層と蹄底の間が分離した疾患であるため、葉状層に達しない白線のみの欠損は、蟻洞ではありません。つまり白線裂型蟻洞とは、白線裂を中心とした空洞が、蹄壁中層と葉状層の間にまで拡大したものを指します。跣蹄(せんてい:蹄鉄を装着していないハダシの蹄)馬などに多く見られるタイプの蟻洞です。

③ 蹄葉炎型蟻洞
 名前の通り、慢性蹄葉炎などに続発する蟻洞です。蹄骨と葉状層の隙間を埋めるように発生する「ラメラーウェッジ(贅生角質:ぜいせいかくしつ)」と蹄壁中層の間に空洞が生じます。ラメラーウェッジは、蹄負面の肥厚した白線のように確認できますが、慢性蹄葉炎特有の凹湾した蹄尖壁を鑢削することにより、その存在を確認することもできます。また、最近の調査により、蟻洞の発生には角質分解細菌が関与していることが解っていますが、蹄葉炎型蟻洞には特定の真菌が強く関与していることも、この蟻洞の特徴です。

予防と治療
 蹄負面から進行する蟻洞は、蹄鉄の装着により初期病変の発見が難しく、気付いた時には重症化している例も少なくありません。したがって、蟻洞を発症しないように予防することが大切です。競走馬における蟻洞の発生部位を調べてみると、70%以上が蹄尖部に発生することが解っています。蹄が反回する時、蹄尖部には蹄壁を引き剥がすような力が加わるため、少しでも反回負荷を軽減するような装蹄、例えば一文字鉄頭蹄鉄(蹄鉄先端部を直線状に成形した蹄鉄)やセットバック装蹄法(蹄鉄を後方に下げて装着する装蹄)の適用、上湾(蹄鉄先端を反回方向へ反り上げるもの)の設置などが発症の予防に有効です。また、蹄負面の加熱焼烙処置が白線部の病変に有効との報告もあるため、冷装法時には、蹄負面を簡易ガスバーナーなどで加熱すると良いでしょう。跣蹄馬では、削蹄時に白線の状態を確認し、深度が深い白線裂がある場合には、装鉄することで病変の進行を抑制します。ただし、蹄鉄が蹄より前方へ飛び出るような装蹄を行うと、状態が悪化することもあるので注意が必要です。
 もしも蟻洞を発症してしまったら、分離した角質を除去して病変部を外気に露出させることが重要です(図3)。蹄葉炎型蟻洞に対しては、病変部に抗真菌薬を塗布することで進行を抑えます。それ以外のタイプ、すなわち角質分解細菌が関わる蟻洞には、パコマなどの消毒薬が有効となりますが、知覚部まで達するような症例に高濃度の消毒薬を使用する場合、強い刺激により痛みを伴う可能性があるため、獣医師や装蹄師による判断が必要です。

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蟻洞の発症は予測できる?
 先にも記したように、蟻洞の発生は蹄尖部に集中していますが、特に蹄尖中央部にある「縫際点」と呼ばれる部位に、深度が深い蟻洞が発生します。この縫際点の形成に関係があると考えられているのが、蹄骨先端の窪み「床縁切痕」です(図4)。この床縁切痕の大きさと縫際点における白線裂型蟻洞の関連性について、当場の育成馬を対象に調査したところ、床縁切痕が深くえぐれている蹄は、蟻洞になりやすいことが解りました。つまり、レントゲン撮影により床縁切痕の大きさを確認することが、発症のリスクを予測するのに有効と言えるでしょう。

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終わりに
 蹄負面にある白線や縫際点の状態を、普段の管理の中で正確に確認することは難しく、ましてや蹄鉄を装着した蹄に至っては、ほぼ不可能と言っても過言ではありません。よって、蟻洞の予防対策は装蹄師任せになりがちですが、清潔な馬房環境を維持することや、こまめなウラホリ・洗蹄により日頃から蹄を清潔に保つことも、発症を予防するために必要と言えるでしょう。

(日高育成牧場業務課 大塚尚人)

2019年3月25日 (月)

レポジトリーの普及と今後の課題

No.57 (2012年6月15日号)

レポジトリーとは
 レポジトリーとは、販売申込者から提出されたセリ上場馬の「四肢レントゲン像」や「咽喉頭部内視鏡像」などの医療情報を、予め購買者に公開するシステムです。国内の市場では2006年のセレクトセール1歳市場からレポジトリーが行われるようになり、今までに徐々に普及してきました(図1)。

1_2図1 セリにおけるレポジトリールームの様子(2012トレーニングセール 札幌)
上場者から提出された四肢レントゲン像、咽喉頭部内視鏡動画の閲覧ができる。

 このレポジトリーは、購買者・販売申込者・主催者の3者にメリットがあるものです。すなわち、購買者はレポジトリー資料を血統的背景や外貌上の特徴に加味して購買判断の一助とすることで、安心、納得して取引を行うことができるメリットがあります。一方、販売申込者は上場馬の状態を予め開示することで、疾病のリスクを知らせたり、品質を保証したりできるため、上場馬の価値を高めるとともに売買に関するトラブルの発生を未然に防止することができます。これにより、セリ場で同じ説明や検査を繰り返す必要もなくなり、人だけでなく馬の負担も減らすことができます。また、主催者にとっても、売買に関するトラブルの防止は、市場の信頼性を高めるメリットがあります。

レポジトリー所見と競走能力
 四肢レントゲン像では、関節のOCD(離断性骨軟骨症)や骨嚢胞、あるいは陳旧性の骨折や手術跡などの所見を確認することができます。各々の所見の発生状況や将来的に運動能力に及ぼす影響について、JRAを含め海外でも様々な調査研究が行われています。それらの調査研究によると、多くの臨床症状を伴わないレントゲン所見は、そのまま調教を行っても運動能力に問題はなく、臨床症状を呈する所見もあらかじめ適切な外科手術などの処置を施すことで、競走馬として活躍することが可能であることが報告されています。国内においても市場の主催者を中心にレポジトリーにおけるレントゲン所見の発生率などが調査され、上場馬を購買する際の判断基準が提示されるようになってきました。一方、咽喉頭部の内視鏡動画では、喘鳴症の原因となる喉頭片麻痺やDDSP(軟口蓋背方変位)、喉頭蓋の異常などの所見を認めることがあります。しかし、レポジトリーにおける咽喉頭部内視鏡所見の判断基準については、まだ、あまりよく調べられていないのが現状です。

喉頭片麻痺
 一般に「ノド鳴り」や「喘鳴症」と呼ばれている喉頭片麻痺の病態になると、吸気時に披裂軟骨が完全に開かず気道が狭くなるため、運動中にヒューヒューという異常呼吸音を発します。このような状態では、気道の吸気の流れが阻害されるため、プアパフォーマンスの原因となります。喉頭片麻痺は表1のように、その症状によりグレード分けされています。JRA育成馬を用いた調査では、若馬の14%以上がグレードⅠ以上の所見を有していること、グレードⅡまでは競走成績に影響を及ぼさないことが明らかになっています。一方、グレードⅢ以上の有所見馬になると、喘鳴症を発症することが多くなることから、麻痺して動かない披裂軟骨を固定する喉頭形成術が適応されます。喘鳴症の程度は安静時の内視鏡検査のみでは判らないことが多く、手術実施の確定診断にはトレッドミル走行時の内視鏡検査が有効な確定法となります。

表1 喉頭片麻痺(LH)グレード

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鎮静処置の咽喉頭部内視鏡所見に与える影響
 1歳サラブレッド若馬のレポジトリー検査では、生まれて初めて鼻腔に内視鏡カメラを挿入される場合も多く、検査時に激しく抵抗したり興奮したりすることがあります。このような馬には、薬物による鎮静処置を施してからレポジトリー検査を実施しなければならない場合もあります。鎮静処置により人馬の安全を確保した上で、正確な診断を下すことはとても重要です。しかし経験的に、咽喉頭部内視鏡検査では、鎮静処置により左右披裂軟骨の非同調性や咽頭虚脱の発症が起こり易くなる傾向があることが知られています(図2)。デンマークのグループの調査では、鎮静処置により健常な馬の披裂軟骨の開き具合が低下することが報告されています。低いグレードの喉頭片麻痺所見は、走行中の喘鳴音などの臨床症状を示さない限り、競走能力に影響がないことも分かっていますが、競走馬になってからの変化を危惧して、購買者から敬遠されてしまう原因になる可能性があります。このような鎮静処置誘発性の病態については、本来の状態を表していない可能性があるため、今後レポジトリーがさらに普及するためにも、さらなる調査と対策が求められます。

3_2図2 鎮静処置下の咽喉頭部内視鏡像
鎮静処置により喉頭片麻痺グレードが変化することもある。

最後に
 購買者はレポジトリーを利用して上場馬の現状を知り、購入を判断する一助とします。そのため、販売申込者が提出するレポジトリー資料は診断価値のある画像や動画でなくてはなりません。また、撮影手技の不備や診断基準の相違は、購買者の購入判断を見誤らせ、馬の価値に影響を及ぼす原因となります。信頼性の高いレポジトリーを普及していくことが、国内のサラブレッド生産と市場の活発化につながると思われます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年3月23日 (土)

最近の妊娠超音波(エコー)検査

No.56 (2012年6月1日号)

 診療でしばしば利用される超音波(エコー)検査。この診断装置は、動物の診療の中で「馬」にはじめて使用されました。1980年代から、馬の妊娠鑑定に利用され始め、とくに双子の診断に威力を発揮し、現在に至っています。本稿では、馬の生産で利用されるエコーによる診断技術や機能の進化について紹介します。

 

胎子の心拍数をエコー診断する

 妊娠5週の妊娠鑑定で、実際は胚死滅となっているにも関わらず、胚胞や胚がエコー画面に映る場合があります。このような状況は、数回の検査の結果、ようやく判明するものですが、一度の検査で胚が死滅しているかどうかを血流を診ることにより確実に診断することができます。ヒトの産科医療では、卵巣や子宮、胎児の血液の流れをカラー表示することができるカラードプラエコーによる検査が広く普及しています。馬の生産においても、直腸検査用探触子を胎子にあてると、血液の流れがある部位を赤と青のカラー画像で描出することができます。また、胎子の心臓付近にカーソルを当てると、心拍数が計測されます。1cmにも満たない5週齢胎子の心臓の心拍数が安定して測定できます。胎子の心拍数は5週齢頃には165回と高く、その後胎齢とともに減少し、出生する頃には70回前後に低下します(図1)。標準値よりも心拍が亢進するとストレスを受けている状態であること、低下していると低酸素や中枢神経に障害がある状態であると報告されていることから、胎子の健康状態を客観的に知る簡便な診断法として利用できます。

1 図1 妊娠5週目のカラードプラエコー検査。胚の心拍数の計測が容易であり、胚の健康状態を客観的に知ることができる。 

胎子の性別をエコー診断する

 海外では妊娠9週(60日頃)に胎子の性別をエコーで診断する獣医療が確立されています。妊娠9週での胎子診断は、Ginther(1989)によって初めて報告され、以後応用方法が紹介されてきました(図2)。しかし、エコーによるウマ胎子の性別診断は、解剖学的構造の詳細な観察を行うために熟練の技術と経験を必要とし、また病気を診断する獣医療ではないことから、我が国の馬の診療には現在のところ取り入れられていません。一方、米国では、教育の現場でも胎子の性別判定が紹介されており、サラブレッド繁殖牝馬セールの情報公開に使用されています。日本においても今後実りある技術の有効利用が望まれています。

2図2 胎齢60日のエコー像。雄生殖結節が左右大腿骨の間に描出されている。エコーの角度や判定には熟練の技術を必要とする。

 日高育成牧場では、数年前から、ヒト医療において臨床応用されている3Dエコーの馬への応用について研究を進めてまいりました。その結果、これまで性別診断の適期と言われていた妊娠60日頃ばかりでなく、妊娠120-150日頃に胎子が尾位(お尻が子宮頸管近くにある状態)である場合、性別判定が容易であることがわかりました(図3)。現在のところ、ポータブルエコーではこの機能は使用できませんが、将来的には生産牧場のきゅう舎で3D胎子診断が可能になるものと思われます。

3図3 妊娠5ヵ月での3Dエコーによる胎子尾部の描出。雌の外部生殖器(矢印)が3D映像としてよくわかる。 

胎盤の炎症をエコー診断する

 流産にはいくつかの原因が知られています。その中で細菌や真菌(カビ)などが膣から子宮頸管を通じて感染した場合、胎盤炎となることが知られています。胎盤炎は妊娠後期に起こる流産の原因の20%を占めていると報告されており、主要な原因となります。以前は流産が起こりそうな状態をエコー検査で知ることができませんでしたが、最近ではエコーで胎盤と子宮の混合厚を測定すると胎盤の炎症状態を診断することができることが明らかとなりました(図4)。この検査は、生産牧場のきゅう舎でポータブルエコーを使って簡単に実施することができます。今シーズン受胎した大切な繁殖牝馬や、これまで流産経験のある牝馬の妊娠中の管理に、超音波診断技術を利用してみてはいかがでしょうか?

4_3図4 胎盤炎の馬の胎盤厚のエコー像。胎盤厚が10mmを超えてくると胎盤炎である可能性が高い。

 (日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保泰雄)

2019年3月18日 (月)

アスタキサンチンの「こずみ」予防効果

No.55 (2012年5月15日号)

競走馬の「こずみ」とは
 古くから日本の競馬サークルにおいて、背、肩、腰あるいは四肢の筋肉痛により歩様がギクシャクして、伸び伸びした感じが無い状態のことを「こずみ」や「すくみ」などと呼んでいます(図1)。重症例では筋細胞のミオグロビン由来による赤黒い尿(筋色素尿症)を排尿したり、痙攣や起立不能を呈したりします。稀に急性腎不全や多臓器不全を併発することもあります。一方、軽度な「こずみ」は多くの競走馬に頻繁に認められる疾患でも、特に新しい環境に慣れていない新入厩馬には高率に発症が認められます。強直歩様や歩行困難を呈すると調教メニューの変更を余儀なくされることから、実際には多くの厩舎関係者が最も気を配っている疾患といっても過言ではありません。

1_4 図1「こずみ」の発症馬
レースや調教において強い運動負荷が加わるサラブレッドには筋肉疲労による「こずみ」症状が認められることがある。

原因は活性酸素
 運動や緊張により筋肉が収縮を繰返すと、筋細胞からは副産物として過剰な活性酸素が発生します。過度な活性酸素の発生は筋細胞膜を酸化し、傷つける原因となります。さらに、損傷を受けた筋細胞には炎症反応が引き起こされます。この炎症反応も多量の活性酸素を発生させ、さらに筋損傷を悪化させ原因となるのです。これらのことから、「こずみ」の原因は、活性酸素による筋細胞の酸化・損傷ということになります。したがって、過剰な活性酸素を除去することができれば、発症を予防することができるのです。

アスタキサンチンの抗酸化力
 アスタキサンチンとはカロテノイドの一種で、鮭やエビなどの海産物に多く含まれる天然の赤い色素成分で、活性酸素種に対する強力な抗酸化能を有することが知られています。その抗酸化能は、ビタミンCの6,000倍、コエンザイムQ10の800倍、カテキンの560倍、αリポ酸の75倍と非常に強力です。アスタキサンチンは生体に吸収されると主に細胞膜に分布し、細胞膜の酸化抑制に働くことが知られています。すでに、人のスポーツ選手では、コンディショニング維持やミドルパワー向上へのアスタキサンチンの応用が検討されてきています。

「こずみ」発症予防効果
 そこで、我々はアスタキサンチンの優れた抗酸化能に注目し、サラブレッドの「こずみ」の発症予防への応用性について検討しました。試験には、JRA日高育成牧場において育成調教過程のサラブレッド2歳馬58頭を用い、無作為に投与群と非投与群の2群に分け、投与群には2ヶ月間、アスタキサンチンを1日75mg混餌投与しました(図2)。投与期間中の運動調教は、総延長1kmの坂路コース(最大斜度5.5%、㈶軽種馬育成調教センター)を1日2本駆け上ることを基本メニューとして、その走速度は調教進度とともに次第に増強していきました(図3)。

2_4 図2 アスタキサンチンサプリメント(左写真の赤い粉末)の混餌投与
嗜好性は良好であった。

3_3 図3 JRA日高育成牧場における坂路調教中の育成馬

 その結果、調教終了3時間後の筋損傷指標(クレアチニンキナーゼ活性)は、非投与群では有意な上昇が認められたのに対して、投与群では有意な上昇を認めませんでした(図4)。また、投与試験中の「こずみ(筋肉痛)」症状を発症した馬の割合は、非投与群では38%(11/29頭)であったのに対して、投与群では10%(3/29頭)となり、投与群の発症率は有意に低くなりました(図5)。さらに、非投与群の「こずみ」発症馬11頭のうち8頭(73%)が試験期間中に複数回の筋肉痛症状を再発したのに対して、投与群の「こずみ」発症馬3頭は再発しませんでした。

4 図4 血中筋損傷指標(クレアチニンキナーゼ活性)の変化
アスタキサンチン非投与群では運動強度の増加によって有意な上昇が認められるのに対して、投与群では有意な上昇は認められなかった。

5 図5 アスタキサンチン投与による臨床症状(こずみ)の発症率
アスタキサンチン投与により有意に筋肉痛症状発症馬が減少した。

最後に
 激しい調教やレースを行うサラブレッドにおいて「こずみ」は職業病のようなものですが、その予防法には多くの飼養関係者が様々な方法で対処してきました。「こずみ」の発症要因が活性酸素であることを考えると、アスタキサンチンのような優れた抗酸化能を有するサプリメントを効果的に活用することで、筋肉のダメージを防止し、「こずみ」の発症を防止することができると考えられます。馬体のコンディションを整え、トレーニングの効果を今まで以上に発揮させることが可能になれば、競走馬としてのパフォーマンスも最大限に引き出すことができます。今後もアスタキサンチンの優れた抗酸化能力の応用性について検討していく予定です。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年3月15日 (金)

双子の減胎処置について

No.54 (2012年5月1日号)

双子が維持されると87%が流産・死産・虚弱子となる!
 サラブレッド生産で双子妊娠が継続することは大きな損失となります。Pascoeら(1987)によれば、結果的に双子であった130頭の妊娠馬から、たった17頭(13%)しか生子を得ることができなかった、と報告しています。さらに、翌年の生産状況を加味しても、2年間で年23%という低い生産率となり、妊娠中に双子が継続することが馬の生産性の損耗に大きく影響することを示唆しています。

妊娠馬6頭に1頭は双子になる!
 最近は交配の前に排卵誘発剤を使用することが多くなってきました。排卵誘発剤は、正しく使用すれば適期に一回の交配で高率に受胎させることが証明されている優れた薬剤ですが、唯一の問題は、双子妊娠率が高まることにあります。英国のNewcombeら(2005)の調査では、排卵誘発剤の使用が常在化しているサラブレッドの生産現場において2排卵率は30%を超え、妊娠馬6頭に1頭(16%)は初回の検査で双子と診断されています。日高地方での調査でも、初回の妊娠鑑定の際に10%を超える双子が確認されることが報告されています。もちろん、これら双子と診断された妊娠馬は、用手法により一方の胚をつぶして正しく減胎処置が執り行われていますが、双子による損耗の大きさを考えるといかに初回妊娠鑑定による双子の診断が重要かわかります。

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適切な減胎処置は、「排卵日」から14-16日、その後28-35日に妊娠再確認を
 生産地の馬診療所での妊娠鑑定の際に、「17日目」、「18日目」という言葉が聞こえてきます。新馬戦がかつて「明け3歳馬」のレースであった頃と同じく、物事の初めを0ではなく1と数える習慣から、交配日を1日と数えたときの「17日目」「18日目」を示し、生産地で広く理解されている数え方です。したがって日本の「17日目」は、海外の標準的な数えではDay 16 (交配後16日)を表しています。
 多くの研究結果から、減胎処置を適切に実施するためには、交配日ではなく、排卵日(=受精日)を0日として排卵後16日以内に実施することが推奨されています。これは、排卵後17日を過ぎると子宮の緊縮力が高まり、2つの胚が重なったまま子宮に強く接着するという、馬特有の妊娠生理現象に起因しています。したがって、排卵日が確認できたときは、それを基に妊娠鑑定の日を決定することが推奨されます。胚の大きさを見た際に、「排卵後13日=胚直径13mm」「1日あたり直径3mm増加」と覚えると便利な指標になります。排卵日が分からないときは、当該馬の卵巣や子宮内シストの状態を診た獣医師に相談して妊娠鑑定日を決めるとよいでしょう。妊娠鑑定の際には、胚の有無だけではなく、卵巣内の黄体の数を調べてもらうと、双子の可能性を側面的に推察することができます。また、馬は超音波エコーによる妊娠鑑定が早くから可能な動物で、排卵後12日には検査が可能です。「17日目(交配後16日)」よりも前に初回の妊娠鑑定を実施することが双子の減胎処置に有効に働き、生産性の向上につながります。

用手法以外の新しい減胎法
 軽種馬の双子を適切に処置するには、何よりも妊娠16日よりも前に片方の胚を破砕することが最も成功率の高い方法となっています。その後は以下の表に示すように、減胎処置による成功率が低下します。妊娠25日以内では用手法によりまずますの成功率を示しているようですが、それを超えると成功率が急激に低下します。破砕した尿水がもう一方の胚に触れることや、処置を行う刺激が子宮からの炎症物質の分泌を促進するなど悪影響によるものと考えられています。妊娠37日を過ぎると、たとえ人工流産処置を施したとしても良好な発情が回帰せず、そのシーズンに受胎させることが難しくなります。したがって、超音波エコーを用いた28-35日の妊娠再鑑定(いわゆる5週目の鑑定)は、双子や胚死滅を確認するうえでとても重要ですので必ず受診してください。その後、やむを得ず双子妊娠が継続している状況に出くわした場合は、以下の表に紹介されている方法が検討されています。いずれも決して満足のいく成果とは言えませんが、この中で、米国のWorfsdorfらが報告している、マウス大に成長した胎子(60-90日齢)の頸椎を脱臼させる方法が紹介されています。この方法は特別な施設や機械が必要ない方法として有用性が期待されています。

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終わりに
 最近は交配前に排卵誘発剤を使用することが普及し、適期に排卵するようになった反面、2排卵率も上昇しています。2排卵は馬生産の中では、受胎率を2倍にするよい機会になりますし、現代ではむしろ推奨される方法です。それゆえ、妊娠鑑定の時期には今まで以上に注意を払い、適切に減胎処置を実施する必要があります。

(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保泰雄)

2019年3月13日 (水)

JRAブリーズアップセールの新たな取組み

No.53 (2012年4月15日号)

 来たる4月24日(火)、中山競馬場で2012 JRAブリーズアップセール(第8回JRA育成馬調教セール)を開催いたします。本年も多くの皆さまのご来場をお待ち申し上げております。今回は、JRAが実施する生産育成業務の役割と本年のセールにおける新たな取組みについて紹介したいと思います。

JRA生産育成業務の役割
 JRAでは、各地で開催されるサラブレッド市場で購買した1歳馬を、日高・宮崎の両育成牧場で育成・調教したのち、2歳の春に売却しています。その目的である「強い馬づくり」に資するため、これらのJRA育成馬を用い、1歳夏から2歳春の後期育成期の調査研究や技術開発を実施し、競走裡で検証して成果を普及することです。
 また、JRAでは平成10年秋から生産に関する研究を実施しています。生産から中期育成期には“早期胚死滅”や“DOD(発育期整形外科疾患)”など、多くの課題が残されていることから、日高育成牧場に繋養する繁殖牝馬に対し2008年以降に種付けした産駒を用い、“母馬のお腹の中から競走馬までの一貫した調査研究や技術開発”を実施することとし、その成果の普及・啓発にも取り組んでいます。このようにJRA日高育成牧場で生産した産駒をJRAホームブレッドとよび、1歳夏以降は市場購買馬とともにJRA育成馬として管理されます。これまで得られた研究成果として、“乳汁のpH測定による分娩時期の推定方法”や“ホルモン処置によって泌乳誘発した非分娩馬の乳母としての導入”があります。これらは、講習会や雑誌等によって公表、普及していますので※1、ぜひ活用していただければと考えています。また、昨年ブリーズアップセールで売却した後、競走馬となったホームブレッドは、トレセンの競走馬診療所と連携し、調教中の心拍数測定や飛節OCD所見の変化等、継続して競走期のデータを蓄積されており、現在、研究成果を競走裡で検証しているところです。
さらに、BTC(軽種馬育成調教センター)研修生やJRA競馬学校騎手課程生徒に対する人材養成にもJRA育成馬を活用しています。この実践研修の一環として、騎手課程生徒は、多くの馬主や調教師の見守る中、JRAブリーズアップセールの調教供覧で騎乗することになっています。

セールにおける新たな取組み
 2012JRAブリーズアップセールでは、これまで同様、“購買者の視点に立った運営”を維持しつつ、新規の方や不慣れな方にもよりわかりやすく参加しやすいセールを目指し、以下のような新たな取組みを実施します。

1)「前日展示会」の開催
 セールを火曜日に移行し、月曜日に前日展示会を実施します。JRAでは購買者ニーズに合致したセール運営を目指す中で、馬主や調教師の皆様にアンケート調査を行なったところ、「セール当日に馬を十分に吟味する時間が不足している」との指摘が多く寄せられました。これに応える取組みとして、セールを4月24日(火)に移行し、4月23日(月)は「前日展示会」の日として、装鞍所での比較展示を行うとともに、従来セール当日に公表していた個体情報冊子と台付価格表を配布し、十分にご検討いただく時間を設けました。
 「前日展示会」以外にも、4月19日(木)~22日(日)の10時~17時には、厩舎で購買候補馬のチェックを行うことが可能です。また、滞在中の調教【5時半頃~9時半頃】もご覧になることが可能です。(事前下見のお問合せは、ブリーズアップセール特設電話 TEL:080-3588-4357(4/16以降開設)にお願いします)

2)新規馬主に対するセリ市場参加の促進
① 育成馬を知ろう会 in宮崎(3/9~3/10)の開催
 新規馬主(2009年1月以降に馬主登録された方)を対象として、宮崎育成牧場で育成したJRA育成馬を用いて、「セリで購買する際の馬の見方」などを解説するとともに、「セリへの参加の仕方」、「購買した馬が競走馬になる過程でどのような育成調教がなされているか」などを、お伝えいたしました。また、この開催に賛同する日本馬主協会連合会競走馬資源委員会、日本調教師会およびセリ市場主催者からのご案内もお伝えしました。当日は、10組の新規馬主とその関係者の皆様が来場され、南国宮崎でのイベントを楽しんでいただけました(写真1)。

1_2 (写真1)生産育成対策室の山野辺室長が、JRA育成馬を活用してセリにおける「馬の見方」を解説しました。

② 新規馬主限定セッションの開催 
 JRAホームブレッドの売却を新規馬主の方(09年1月以降に馬主登録された方)に限定して実施します※2。限定セッションでは、多くの新規馬主の皆様に馬を所有していただくチャンスを広げるため、お一人1頭のみの購買制限を行わせていただきます(限定セッション上場馬が売却されず再上場された場合は、全馬主が参加可能となり、購買頭数の制限はございません。詳しくは名簿をご覧ください)。

3)早期のセール情報発信
 冬季の降雪や寒さのため、これまで作成が遅れていた“調教VTR”や“馬体写真カタログ”などのセリ情報を、従来よりも早期(4月初旬)にJRAホームページ上に発信します。また、事前に購買登録を済ませた馬主の皆様に対しましては、要望の多かった調教DVDの早期配布を実施します。これは、従来1600m屋外トラックで撮影していた調教DVDを、屋内坂路で撮影することにより可能となりました(1600mの調教状況は後日、JRA育成馬ブログ「JRA育成馬日誌」でご覧いただけます)。

4)鑑定人によるセリ上げの「先読み方式」採用
 鑑定人がセリ上げる金額を事前に購買者に問いかける「先読み方式」を採用します。例えば、最初に800万円の声がかかった場合、鑑定人は次に「800万円の上はありませんか?」と問いかけるのではなく、「850万円のお声はありませんか?」と次の価格を提示してセリをリードする方式です。この方式によって購買者が自分の予算に応じた範囲でのセリ上げが容易になるとともに、セリに不慣れな方も声をかけやすくなるものと考えています。
 JRAブリーズアップセールでは、前日に公表する「台付け価格」がリザーブ価格であるとともに、セリのスタート価格となります。また、購買者の皆様がご予算に応じた購買馬の選定が容易となるように声をかけやすいリーズナブルな台付け価格を設定していますので、気に入った馬に一声でも声をおかけいただきたいと願っています。

 JRAブリーズアップセールは、これまで同様、来場された皆様がセリを楽しんでいただけるよう、また、皆様の信頼を失わないよう、今年も適切な運営に取組んでまいります。セール当日には、5月から行われる民間の2歳トレーニングセールや夏の1歳市場および秋・冬の繁殖馬市場などの主催者ブースを設ける予定です。JRAは、ブリーズアップセールへのご来場により、一人でも多くのお客様が“セリに参加しよう”というきっかけづくりとなることを願っています。

※1グリーンチャンネル「馬学講座ホースアカデミー(全9話)」として、昨年8月から本年3月まで放映したJRAの生産育成研究成果をDVDにまとめました。このDVDおよび「育成牧場管理指針Ⅱ-生産編-」が必要な方は日高育成牧場(0146-28-1211:担当 石丸)または馬事部生産育成対策室(03-5785-7535:担当 吉田)までお問い合わせください。

※2「新規馬主限定セッション」に参加される方は、事前の購買登録が必要であることなど、売却馬名簿に定める基準を満たす必要があります。なお、調教進度遅れとして上場の場合は、限定セッションから除外します。また、欠場または調教進度遅れにより、対象となるホームブレッドが5頭に満たない場合は、市場購買馬を補欠馬として加えることがあります。

2_2 (写真2) 昨年のブリーズアップセール風景

(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)

2019年3月11日 (月)

日本ウマ科学会シンポジウム -「最近の馬生産の現状を知ろう!」-

No.52 (2012年4月1日号)

シンポジウム開催の狙い
 2011年11月29日(火)、東京大学で行われた第24回日本ウマ科学会において、「最近の馬生産の現状を知ろう!」と題し、我が国の馬生産の最近の知見・情報についてシンポジウム形式で講演会が開催されました。畜産学の世界では「馬は、牛のように一年を通して繁殖可能な動物ではなく、限られた時期にしか生産することができない。また、豚のように4か月程度で一度に10頭近い子を産むこともなく、妊娠期間は一年近い個体もあることから、繁殖効率の低い動物である」と言われています。一方で、馬の生産性が低いということは、「飼養管理や検査方法の改善によって生産性が向上する」というチャンスも含んでいるということになります。シンポジウムでは、前号で紹介したミッシェル・レブランク先生の基調講演に続き、日本の馬の生産に関する4名の専門家を招き、それぞれの分野における生産技術の変遷と今後の課題等について紹介がありました。本稿では、それぞれの講演について簡単に紹介したいと思います。

栄養管理指導と生産性の向上を目指して(朝井洋)
 生産性を向上するための栄養管理を行うためには、専門家に飼料設計や飼養管理方法について相談し、正常値とどのくらい違っているのかを知ることが重要である。本発表では、演者らが中心となって大学や専門機関との共同により初版刊行(1998年)した「軽種馬飼養標準」の作成が日本の生産界に客観的指標を理解させるうえで貢献したこと、現在では中国語に訳されて海を渡るに至っていることを紹介した。当時、生産地にない概念であった「ボディコンディションスコア」は、大手から中小の多数の牧場で利用されるほど一般的なものとなっている。また、日本軽種馬協会(JBBA)が主体となって実施してきた栄養指導者の養成事業について、海外の優れた栄養指導者を定期的に招聘し、民間牧場への巡回指導を通じて、国内の技術指導者、栄養コンサルタントを養成する事業を展開し、現在に至っている。日本の生産界に対してケンタッキーの専門機関から指摘されている「当歳馬からの運動、昼夜放牧を」「1歳セリ前に筋肉質感のあるBCS6に」「冬季に入る前に繁殖牝馬をBCS6に」「草地管理にエアレーターやチェーンハローを」等の提言は、今すぐにでも改善を目指すことができる実質的で具体的なメッセージとなり、きわめて有用な講演であった。

サラブレッド生産における種牡馬の変遷(中西信吾)
 競馬を発展させる上で、種牡馬の果たす役割は大きい。JBBAは、セリ市場の活性化など日本の軽種馬生産育成に関わる一連の事業を担う団体であり、全国4箇所の種馬場で19頭の種牡馬を繋養し、種付事業を行うことにより日本の競馬産業の発展と向上に寄与してきた。国内のリーディングサイアトップ10を見ると、1974年には内国産馬はシンザンの一頭のみであったが、2011年現在ではすべて内国産馬であることを紹介し、サンデーサイレンスが大きな影響を及ぼしていることを示唆した。国内の種牡馬登録頭数は、1989年の621頭から2011年の289頭と減少し、1シーズンに200頭以上の雌馬と交配する種牡馬数も見られるようになったことを示した。その他、普段は知られていない森林逍遥馬を利用した種牡馬の運動方法の紹介や、1997年より日本でも開始されたシャトルスタリオンの現状について言及し、2002年以降オーストラリアでのシャトルスタリオン頭数は徐々に減少しているものの、2010年度に種牡馬のハイチャパレルはアイルランドで218頭、オーストラリアで235頭と、両半球で合計453頭の雌馬と交配されたという驚異的な種牡馬産業の一面を紹介した。発表は、学術関係者が普段知ることのできない種牡馬産業の変遷を知る良い機会となり、興味深いものであった。

重輓馬の歴史と生産(石井三都夫)
 日本では、明治以来150万頭を数えた馬は、戦争で50万頭を失い、さらに戦後10年間で10分の1以下にまで激減した。その中で、重輓馬は、農耕などの力仕事を目的に改良され、軍馬としても活用された。1947年には北海道ばんえい競馬が始まり、地域の祭典輓馬で力を競った馬たちに活躍の場が与えられた。近年、重輓馬の生産は年間2000頭を切るまで減少したが、その90%が北海道、特に道東地域において生産されている。その一部はばんえい競馬に供用されるが、多くは九州にて肥育し馬肉として消費されているが、国内自給率は40%程度と低い。改良に改良を重ねて育種された日本輓系種は現在世界で最も大きな馬として登録されるに至った。重輓馬たちは日本独特の馬および人文化を背負い脈々と生きている。この様な重輓馬の生産事情は世界でも希少であり、後世にわたり日本独特の文化として大切に残したい。馬の臨床教育の充実に力をいれる演者の講演は、学会関係者に重輓馬の生産の重要性を理解させるに十分説得力のあるものであった。

我が国におけるサラブレッド生産の現状と展望(南保泰雄)
 日本は、サラブレッドの生産頭数においては世界第5位の生産頭数を誇っている。生産性を向上させるために、その実態を調査し、予防措置を講ずることが重要である。JRAでは1982年から、生産地で発生する馬の伝染病や子馬の病気を解決するために、日高軽種馬防疫推進協議会と協力して「生産地疾病等調査研究」を実施し、その対策を図ってきた。2004年から演者が担当となり、馬の繁殖に関する研究を開始し、分娩後初回発情での交配の是非、早期胚死滅の実態とその対策、繁殖牝馬の流産予知の胎子診断に関する研究などを実施し、現在に至っている。早期胚死滅については、1)加齢、2)繁殖牝馬の低栄養状態、3)分娩後初回発情での交配、が主な早期胚死滅に直結する要因であることを明らかにし、これらの予防について講演会等を通じて普及啓蒙している。また、流産経験のある繁殖牝馬について、積極的に妊娠中に定期的にエコー検査を実施し、子宮胎盤の炎症の度合いを検査することが推奨される。近年では3Dエコー検査診断技術が開発され、新しい胎子検査法として国内外から注目を集めている。これらの研究で得られた成果や情報は、生産地で行われる講習会等で発表し、生産性の向上に結び付けることが重要である。

Photo_4 シンポジウム演者席(前列奥から3人目がレブランク先生)

(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保泰雄)

2019年3月 8日 (金)

米国のサラブレッド生産の現状について -Dr. LeBlancの日本ウマ科学会基調招待講演より-

No.51 (2012年3月15日号)

 2011年11月29日(火)、東京大学で行われた第24回日本ウマ科学会において、「最近の馬生産の現状を知ろう!」と題したシンポジウムが行われました。このシンポジウムでは、フロリダ大学で2002年まで馬繁殖学教授として教鞭をとったのち、サラブレッド生産の本場ケンタッキー州レキシントンにあるルード&リドル馬診療所に仕事の中心を移したミッシェル・レブランク先生(写真)が基調講演演者として招聘されました。米国のサラブレッド生産の現状について貴重な講演がなされたので、その内容について紙面上で紹介したいと思います。

1 レブランク教授(ケンタッキー ルード&リドル馬診療所繁殖セクションチーフ)、ジャパンカップ観戦の様子

米国サラブレッド生産ベスト4州と経済不況
 米国のサラブレッド生産の中心といえば、全体の43%を占めるケンタッキー州が有名ですが、次いでフロリダ、カリフォルニア、ルイジアナも主要な生産地として知られています。しかし、近年の経済不況により、ここ5年連続で生産頭数が減少し、生産が45%も縮小しました。同様に種牡馬の数も全国的に減少しています。この傾向は今後も続く見込みであり、米国サラブレッド生産が大きな危機に瀕してします。また、不況になる前の高い交配料金によって生産された子馬が、ここ数年の不況で交配料金以上の価格で売れないという現象に陥っており、多くの牧場が閉鎖する事態になっています。

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フロリダにおけるサラブレッド生産の特徴
 温暖な気候をもつフロリダは、競走馬の育成地としてよく知られています。ケンタッキーに本拠地を持つ牧場がフロリダで分場を所有することがあり、盛んに生産も行われています。気候の特徴として、9月から翌年の5月までは温暖で非常に快適な時期が続きますが、夏は蒸し暑く、毎日のように雨が降り、時々ハリケーンに襲われることがあります。ケンタッキーの夏と比較すると、蚊や昆虫が多く発生し、ロドコッカスによる子馬の肺炎が多くみられます。春と夏はケンタッキーで過ごし、秋と冬にフロリダで育成されるという流れが理想的ですが、フロリダは経済不況の影響を大きく受けた地域であり、特に育成産業が大きな打撃をうけ、育成馬頭数が激減しました。生産についても同様で、フロリダで交配された雌馬の頭数はここ5年で約60%も減少し、全米ワースト1となっています。また、フロリダには、一流の種牡馬よりは交配料が安いものの、将来的に産駒が活躍し、ケンタッキー州の種馬場に移動されることを期待する、いわば予備軍の種牡馬が多数飼養されていますが、この数年の不況で、種牡馬頭数の減少が55%とこちらもワースト1となっています。

ケンタッキーにおけるサラブレッド生産の特徴
 ケンタッキーは米国を代表する世界一の生産地として知られており、整備された大規模の牧場が並んでいます。ケンタッキーは、夏にそれほど暑くならないという利点がありますが、冬は0℃以下に下がり、放牧地が凍りつくこともあり、様々な蹄の問題が多発します。ケンタッキー州では、放牧地の草のタンパク含量が高く、これが仇となり、肥満やメタボリックシンドロームを発症することがあります。ケンタッキーに多い病気として、子馬の下痢、とくにロタウイスル下痢症が多く発生し、子馬が死に至ることもあります。また、2001年、毛虫の大発生が原因となった「繁殖牝馬流産症候群(MRLS)」が大問題となりました。これは毛虫の毛の毒素によるものと考えられ、約3000頭の胎子が失われました。胎齢40日以上の馬で流産することから、胎盤の形成と毒素の伝達の関連性が疑われており、現在でも調査が続けられ、常に警戒されています。

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その他の問題
 多くの馬が昼夜放牧されているなかで、イノシシやコヨーテなどの野生動物は子馬を襲い深刻な問題となっています。そのため、牧場のフェンスは、それぞれの地域で工夫され、丈夫に作られています。また、駆虫剤に対して耐性を持った寄生虫が増加しており、(世界で最も多く使われている)イベルメクチンが薬剤耐性で使えない状況になっています。そこで駆虫の前に糞便検査をしてから、それに適した駆虫薬を選択するようになっています。
 経済の悪化は非常に大きな問題ですが、交配料が低下したことは、より広く交配の可能性が広がったことにつながり、オーナーにとっては利点といえます。Fasig-TiptonやKeenlandのセリでは、販売価格が上昇したというニュースは一筋の光でした。

おわりに
 レブランク先生は、世界馬獣医学会より世界で最も優れている獣医学研究者に贈られる、2001年度ライフタイムアチーブメント賞を受賞されました。馬の繁殖に関する研究者として長きにわたり第一線級の仕事を継続されながらも、サラブレッド生産の2大州であるケンタッキーとフロリダでサラブレッド生産牧場への往診や病院での診療業務などを続けられ、現在においても現場での仕事を大切にされています。本講演では、単なる1学者としてではなく、生産現場をよく理解されたホースマンとして、米国のサラブレッド産業の現状を紹介していただきました。お忙しい中、来日していただき、米国の状況が十分理解できる講演をしていただいたことに感謝の意を表したいと思います。

(日高育成牧場 生産育成研究室 室長 南保泰雄)

2019年3月 6日 (水)

夫婦円満の秘訣は分娩予知にあり?

No.50 (2012年3月1日号)

 春のG1 シリーズに先立ってフェブラリーSが行われ、中央競馬は3歳クラッシック戦線へと盛り上がりを見せ、関係者のみならず競馬ファンもスターホースの誕生を今か今かと心待ちにしています。全ての競馬の物語の最初の1ページは、その主人公となる馬の誕生から始まることはいうまでもありません。本年も3年後のクラシックを目指す若駒達の誕生が始まっており、生産地は出産と交配が重なる1年で最も忙しい時期を迎えています。

出産シーズンには「夫婦ゲンカ」が多くなる?
 サラブレッドの出産は、交配から受胎を経て、適切な栄養管理など細心の注意を払ってきた1年間の集大成であり、さらに、生まれてくる子馬は“高額な商品”であるために、多くの牧場では出産時には人的な分娩介助が行われます。一方、自然分娩を尊重する牧場においても、出産時の不慮の事故を未然に防ぐべく、いつでも介助できるように母馬を見守っているのが一般的です。そのために、分娩が近づくと徹夜での監視が不可欠となり、1頭の出産に対して1週間以上もの夜間監視が必要となることも珍しくありません。大きな牧場では夜間のみ勤務を行う専門のスタッフが分娩監視を行うことも少なくありません。しかしながら、ほとんどの牧場では、夜間は分娩監視、早朝からきゅう舎作業、その後種付けのための馬運車の運転、そして帰ってきてから再び分娩監視となってしまう場合もあり、この時期にはその労力とストレスによって「お父さん」の機嫌が悪くなるために、1年で最も「夫婦ゲンカ」が多くなる季節ともいわれています。今回は出産シーズンの「夫婦ゲンカ」を減らすかもしれない分娩日の予測方法を紹介します。

分娩日はどのように決定されるのか?
 馬の妊娠期間は平均335日といわれていますが、ご存じのように個体差が大きく、320~360日が正常範囲と考えられているために、交配日から算定した分娩予定日はあくまでも目安にしかなりません。ヒトの場合は保育器でも発育が可能なために誘発剤などによって分娩時期のコントロールが可能ですが、馬はヒトとは異なり、出産時における胎子の成熟が不可欠となります。つまり、新生子は自力で起立し、母乳を吸飲できなければなりません。この胎子の成熟は母馬の乳汁の組成の変化と関連があると考えられており、これを利用したのが海外で普及している乳汁のカルシウム濃度の測定による分娩予知方法です。

乳汁中のpH値の測定による新しい分娩日の予測方法
 JRA日高育成牧場では、分娩が近づくにつれて乳汁のpH値が低下する点に着目し、市販のpH試験紙(6.2~7.8の範囲の測定が可能なpH-BTB試験紙)を用いた分娩時期の推定方法の開発に成功しました。この方法はすでに講習会や各種紙面を通じて普及に努めていますが、改めてご紹介させていただきます。乳汁のpH値は分娩10日前頃には7.6とアルカリ性ですが、分娩が近づくにつれて低下し、分娩時には6.4と酸性に変化することが分かりました(図1)。さらにpH値が6.4に達してから24、48、72時間以内に分娩する確率は、それぞれ54%、85%、98%となり、一方、乳汁のpH値が6.4に達していなければ24時間以内に分娩する確率は1%未満ということが分かりました。つまり、pH値の基準値を6.4に設定し、pH値が6.4にまで低下していなければ24時間以内に分娩が起こらないという予測の正解率が非常に高いことが明らかとなりました。これは牧場現場において夕方の乳汁のpH値が6.4に達していなければ、夜間分娩監視が不要であることを意味します。

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毎年の個体ごとの記録が分娩予知の精度を上げる?
 前述のようにこの分娩予知方法の精度は非常に高いのですが、その精度をさらに上げる方法があります。その方法とは分娩前のpH値の変化を馬ごとに毎年記録することです。つまり、個体によって分娩前のpH値の変化に傾向があるために、その個体ごとの変化を把握することによって、分娩日の予測の確率がさらに高くなります。これらの理由から、馬ごとのpH値の変化を毎年記録しておくことをお勧めします。

最後に
 この方法はシリンジやピペットなどの器材が不要で、少量の乳汁(約0.5ml)での測定、および約5秒で客観的な評価が可能という測定手技の簡便性、さらに非常に安価であるという点において、海外で分娩予知方法として一般的に普及しているカルシウム濃度の測定よりも利点が大きいため、牧場現場での応用に非常に優れています。ただし、初産などの場合には採乳を嫌う馬もいるので、採乳時には細心の注意が必要であることを付け加えておきます。すでにこの方法を導入していただいた牧場からは「夫婦ゲンカ」が減ったとの声もいただいていますので、皆様も是非お試しいただきたいと思います。

(日高育成牧場業務課 専門役 頃末 健治)