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2019年3月18日 (月)

アスタキサンチンの「こずみ」予防効果

No.55 (2012年5月15日号)

競走馬の「こずみ」とは
 古くから日本の競馬サークルにおいて、背、肩、腰あるいは四肢の筋肉痛により歩様がギクシャクして、伸び伸びした感じが無い状態のことを「こずみ」や「すくみ」などと呼んでいます(図1)。重症例では筋細胞のミオグロビン由来による赤黒い尿(筋色素尿症)を排尿したり、痙攣や起立不能を呈したりします。稀に急性腎不全や多臓器不全を併発することもあります。一方、軽度な「こずみ」は多くの競走馬に頻繁に認められる疾患でも、特に新しい環境に慣れていない新入厩馬には高率に発症が認められます。強直歩様や歩行困難を呈すると調教メニューの変更を余儀なくされることから、実際には多くの厩舎関係者が最も気を配っている疾患といっても過言ではありません。

1_4 図1「こずみ」の発症馬
レースや調教において強い運動負荷が加わるサラブレッドには筋肉疲労による「こずみ」症状が認められることがある。

原因は活性酸素
 運動や緊張により筋肉が収縮を繰返すと、筋細胞からは副産物として過剰な活性酸素が発生します。過度な活性酸素の発生は筋細胞膜を酸化し、傷つける原因となります。さらに、損傷を受けた筋細胞には炎症反応が引き起こされます。この炎症反応も多量の活性酸素を発生させ、さらに筋損傷を悪化させ原因となるのです。これらのことから、「こずみ」の原因は、活性酸素による筋細胞の酸化・損傷ということになります。したがって、過剰な活性酸素を除去することができれば、発症を予防することができるのです。

アスタキサンチンの抗酸化力
 アスタキサンチンとはカロテノイドの一種で、鮭やエビなどの海産物に多く含まれる天然の赤い色素成分で、活性酸素種に対する強力な抗酸化能を有することが知られています。その抗酸化能は、ビタミンCの6,000倍、コエンザイムQ10の800倍、カテキンの560倍、αリポ酸の75倍と非常に強力です。アスタキサンチンは生体に吸収されると主に細胞膜に分布し、細胞膜の酸化抑制に働くことが知られています。すでに、人のスポーツ選手では、コンディショニング維持やミドルパワー向上へのアスタキサンチンの応用が検討されてきています。

「こずみ」発症予防効果
 そこで、我々はアスタキサンチンの優れた抗酸化能に注目し、サラブレッドの「こずみ」の発症予防への応用性について検討しました。試験には、JRA日高育成牧場において育成調教過程のサラブレッド2歳馬58頭を用い、無作為に投与群と非投与群の2群に分け、投与群には2ヶ月間、アスタキサンチンを1日75mg混餌投与しました(図2)。投与期間中の運動調教は、総延長1kmの坂路コース(最大斜度5.5%、㈶軽種馬育成調教センター)を1日2本駆け上ることを基本メニューとして、その走速度は調教進度とともに次第に増強していきました(図3)。

2_4 図2 アスタキサンチンサプリメント(左写真の赤い粉末)の混餌投与
嗜好性は良好であった。

3_3 図3 JRA日高育成牧場における坂路調教中の育成馬

 その結果、調教終了3時間後の筋損傷指標(クレアチニンキナーゼ活性)は、非投与群では有意な上昇が認められたのに対して、投与群では有意な上昇を認めませんでした(図4)。また、投与試験中の「こずみ(筋肉痛)」症状を発症した馬の割合は、非投与群では38%(11/29頭)であったのに対して、投与群では10%(3/29頭)となり、投与群の発症率は有意に低くなりました(図5)。さらに、非投与群の「こずみ」発症馬11頭のうち8頭(73%)が試験期間中に複数回の筋肉痛症状を再発したのに対して、投与群の「こずみ」発症馬3頭は再発しませんでした。

4 図4 血中筋損傷指標(クレアチニンキナーゼ活性)の変化
アスタキサンチン非投与群では運動強度の増加によって有意な上昇が認められるのに対して、投与群では有意な上昇は認められなかった。

5 図5 アスタキサンチン投与による臨床症状(こずみ)の発症率
アスタキサンチン投与により有意に筋肉痛症状発症馬が減少した。

最後に
 激しい調教やレースを行うサラブレッドにおいて「こずみ」は職業病のようなものですが、その予防法には多くの飼養関係者が様々な方法で対処してきました。「こずみ」の発症要因が活性酸素であることを考えると、アスタキサンチンのような優れた抗酸化能を有するサプリメントを効果的に活用することで、筋肉のダメージを防止し、「こずみ」の発症を防止することができると考えられます。馬体のコンディションを整え、トレーニングの効果を今まで以上に発揮させることが可能になれば、競走馬としてのパフォーマンスも最大限に引き出すことができます。今後もアスタキサンチンの優れた抗酸化能力の応用性について検討していく予定です。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

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