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2019年3月

2019年3月 4日 (月)

坂路トレーニングの効果(2)

No.49 (2012年2月15日号)

 前回の記事では、トレッドミルで得られた傾斜の違いが呼吸循環機能におよぼす影響に関する成績を紹介しました。トレッドミルを用いた研究では、傾斜が1%増えると、走行中の心拍数はおよそ4~6拍/分くらい増えるという結果が得られました。つまり、同じスピードで走っているときの心拍数は、3~4%傾斜では平坦(0%傾斜)に比較して10~25拍/分前後多くなる計算です。この差をハロンタイムに換算すると、3~4%傾斜では平坦にくらべて、2~4秒くらい遅いスピードで負荷が同じになることがわかります。

野外坂路コースでの心拍数
 浦河町の軽種馬育成調教センター(BTC)にも屋内坂路コースがあります。この屋内坂路コースの表面素材はウッドチップとバークの混合素材です。そこで、表面素材がウッドチップで屋内坂路コースと似た表面素材を持つ屋内直線1000m平坦コースとで、走行中の心拍数を比べてみました。その結果、ハロンタイムで比較して、屋内坂路コースは平坦コースよりも2~4秒遅いタイムで同じ負荷がかかることがわかりました。屋内坂路コースの傾斜は大まかに言って3~4%なので、トレッドミル運動負荷試験で得られた傾斜の影響とほぼ同様な結果が得られているといってよいでしょう。どうやら、走路の表面素材が同じであれば、走行コースの傾斜変化が運動中の心拍数におよぼす影響は、野外であれトレッドミルであれ、ほぼ同じのようです。

上り坂走行と走行フォーム
 傾斜の変化が心拍数をはじめとする呼吸循環機能におよぼす影響は前述のとおりですが、走行フォームにおよぼす影響はどうなのでしょうか。
 馬がギャロップで走っているときの四肢の着地の順番は、左手前ギャロップであれば、右後肢→左後肢→右前肢→左前肢の順に四肢を着地し、左前肢で踏み切って空中に浮き、再び右後肢を着地します(図)。

1_3 図1:ギャロップ走行時の四肢の着地順と1完歩。1完歩の長さ(ストライドの長さ)は、4つの歩幅の合計{(A)+(B)+(C)+(D)}で表される。傾斜がきつくなると、(A)で示した両後肢間の歩幅は短くなる傾向にあった。(B)で示した手前後肢と反手前前肢で作る歩幅は長くなる傾向にあり、(D)で示した空中に浮いている歩幅は、傾斜がきつくなるにつれて短くなった。

 一本の肢が着地してからもう一度着地するまでの1サイクルを1完歩(1ストライド)というわけです。右後肢を基点に考えると、1ストライドの幅は、右後肢と左後肢で作る歩幅(A)、左後肢(手前後肢)と右前肢(反手前前肢)で作る歩幅(B)、右前肢と左前肢で作る歩幅(C)、空中に浮いている歩幅(D)の4つの歩幅の合計で表されることになります。
 トレッドミルを用いて、上り坂を走行しているときの走行フォームを分析すると、図の(A)で示した両後肢間の歩幅は、傾斜がきつくなると短くなる傾向にありました。これはおそらく、両方の後肢の幅を狭くすることで、推進力を大きくしようとしているのだと思われます。また、(B)で示した手前後肢と半手前前肢で作る歩幅は、傾斜がきつくなると長くなる傾向にありました。つまり、体を前に伸ばす傾向があることがみてとれます。(C)で示した前肢で作る歩幅はあまり変化しませんでしたが、(D)で示した空中に浮いている歩幅は、傾斜がきつくなるにつれて短くなりました。
 もう一つの大きな特徴は、頭の動きが大きくなることです。上り坂を効率良く走りあがるためには、推進力をより有効に使う必要があります。このために、後肢の間隔を狭めて推進力を大きくしようとしている訳ですが、推進力が働く方向も重要になります。坂路を走行する際には、馬の重心の位置を前方でしかも下方方向へ持っていくようにしないと、後ろにひっくり返ってしまうことになります。そのため、頭部をより前下方に下げることで、体の浮き上がりを抑えているわけです。坂路を走行する時には、馬は自然と頭の動きを大きくしているのです。

坂路調教の特徴
 坂路調教の特徴はなんといっても遅いスピードで大きな負荷がかけられることです。もっとも普通に用いられている傾斜3~4%の坂路コースでは、平地に比べてハロンタイムで2~4秒遅いタイムで、平地と同様の負荷をかけることができます。
 走行フォームから見ると、後肢の負担が増えることになるので、後肢に対する有効なトレーニングになります。また、体を前に伸ばし、頭を下げて走ることを覚えさせることもできます。一方で、後肢の負担が増えるので、騎乗にあたっては注意も必要になります。たとえば、馬が頭を上げた状態で走ると、後肢に負荷がかかりすぎ、筋肉や関節を痛める原因ともなります。馬が頭を上げないように注意して騎乗する必要があります。
 坂路調教のもうひとつの大きな特徴は、坂路は距離が決まっているため、トレーニングが必然的に反復あるいはインターバル形式になることです。反復トレーニングは、強度の設定が比較的簡単で、トレーニングを安全かつ有効に行なうことができます。注意点は、坂路調教のような短時間の運動は、一見楽そうに見えるという特徴があることです。実際は、2歳の2月頃を例にとると、ハロン18~20秒程度の運動でも、かなりの負荷がかかっています。しかし、外見上は楽そうにみえるので、もっと強めの調教をしても大丈夫と思いがちです。特に、若馬の場合には、過剰な負荷がかかることを念頭にいれておくことが必要です。

                (日高育成牧場 副場長 平賀 敦)

2019年3月 1日 (金)

坂路トレーニングの効果(1)

No.48 (2012年2月1日号)

 坂路コースは北海道においても数多くみられるようになりました(図1)。坂路トレーニングは文字通り、上り坂を利用したトレーニングです。走路の傾斜がきつくなれば、それだけ呼吸循環機能にかかる負荷が増えることは容易に想像できますが、走路の傾斜の違いによって呼吸循環機能にかかる負荷の程度がどのくらい違うのかを、野外の坂路コースを使って評価するのはそれほど簡単ではありません。
傾斜の異なる上り坂を走っているときの呼吸循環機能を評価するためには、傾斜の設定を簡単に行なうことのできるトレッドミルが大変役に立ちます(図2)。今回は、トレッドミルを用いて、走路面の傾斜の違いが走行中のサラブレッドの呼吸循環機能におよぼす影響を調べた結果について簡単に紹介したいと思います。

1_2 図1:JRA日高育成牧場の屋内坂路コース

2_2 図2:トレッドミル運動負荷試験

トレッドミルは傾斜の設定が簡単に出来るので、傾斜の違いが呼吸循環機能におよぼす影響を調べるのに有用である

傾斜の変化と呼吸循環機能
 トレッドミルを用いた実験では、酸素摂取量(1分あたり、体重1kgあたりの量ミリリットル)をはじめとして、1分間当たりに肺に取り込まれる空気量である分時換気量、1回の呼吸で肺に取り込まれる空気の量である1回換気量、1分間当たりの呼吸数、心拍数などを測定しました。
 酸素摂取量は、走行スピードが速くなるのに比例して増加しました(図3)。傾斜が0%でも、3%でも、6%でも、10%でも、いずれの場合でも、スピードが速くなると、それに比例して右肩上がりに酸素摂取量が増加しているのがわかります。一方、傾斜が0%から3%→6%→10%ときつくなるにつれて、酸素摂取量も増加しているのが分かります。たとえば、秒速10mで走っている場合で比べると、0%では約90ml/kg/minであった酸素摂取量が、3%では約120ml/kg/min、10%では約160ml/kg/minとなっています。いうまでもなく、運動がきつくなればそれだけエネルギーが多く必要になるので、それに伴ってエネルギー生成のための燃料である酸素の要求量も増えるというわけです。

3_2 図3:酸素摂取量は、走行スピードが速くなるとそれに比例して増加する。傾斜が0%でも、3%でも、6%でも、10%でもいずれの場合でも、走行スピードが速くなると、それに比例して酸素摂取量は右肩上がりに増加しているのが分かる。一方、傾斜が0%から3%→6%→10%へと増加するにつれて、酸素摂取量も増加している。

傾斜の変化と換気
 酸素摂取量が増えるということは、肺における空気の取り入れ、すなわち換気が亢進していることを意味しています。1回換気量に1分間あたりの呼吸数を掛け算すると、1分間当たりに体内に取り込まれる空気の量、すなわち分時換気量が求められます(分時換気量=1分間当たりの呼吸数×1回換気量)。分時換気量は、秒速10mで0%傾斜上を走っているときには、およそ1200リットルでしたが、10%傾斜上を走っているときには約1700リットルにまで増加していました。
 馬がギャロップで走っているときの呼吸は1回のストライドに1回になっています。1分間あたりの呼吸数は、0%傾斜上を走っているときと10%傾斜上を走っているときとを比較するとほとんど変わりませんでした。前述のように、分時換気量は1回換気量と1分間当たりの呼吸数の掛け算で求められます。呼吸数は傾斜が変化してもほとんど変わらなかったので、傾斜が0%から10%になったときに分時換気量が増加したのは、主に1回換気量が増加したことによることがわかります。つまり、傾斜のきつい上り坂を走っているときには、同じスピードであっても1回の呼吸量が増えていることになります。

傾斜の変化と心拍数
 心拍数は走行スピードが速くなるのに比例して増加しているのがわかります(図4)。傾斜が0%でも、3%でも、6%でも、10%でもいずれの場合でも、スピードが速くなると、それに比例して右肩上がりに心拍数が直線的に増加しています。一方、傾斜が0%から10%へと増加すると、それにつれて心拍数も増加しています。

4_2 図4:傾斜が0%でも、3%でも、6%でも、10%でもいずれの場合でも、スピードが速くなると、それに比例して右肩上がりに心拍数が直線的に増加している。一方、傾斜が0%から10%へと増加すると、それにつれて、心拍数も増加しているのが分かる。

 この実験で求められた傾斜および走行スピードと心拍数との関係からV200(心拍数が200拍/分になるスピード)を計算すると、0%傾斜におけるV200は秒速11.2mになります。同様に、3%傾斜におけるV200は秒速10.0m、4%傾斜におけるV200は秒速9.7mとなります。これをハロンタイムに直すと、0%傾斜はハロン17.9秒、3%傾斜はハロン20秒、4%傾斜はハロン20.7秒 くらいになります。つまり、3~4%傾斜では平坦(0%傾斜)にくらべて、ハロンタイムで2~3秒くらい遅いスピードで負荷が同じになることがわかります。

 トレッドミルを用いた実験によると、傾斜が1%増えると、走行中の心拍数は大まかにいって、4~6拍/分くらい増えるようです。つまり、同じスピードで走っていれば、平坦(0%傾斜)に比較して3~4%傾斜では、心拍数は10~25拍/分前後多くなる計算です。もちろん、心拍数は無限には増えないので、坂路コースでも最大心拍数である220~230拍/分が上限であることはいうまでもありません。

(日高育成牧場 副場長  平賀 敦)