繁殖牝馬に対するウォーキング・マシンの効果とストレスについて
No.28 (2011年3月15日号)
3月に入り分娩シーズン真っ只中となりましたが、読者の皆様におかれましては妊娠後期の繁殖牝馬管理をどのようにされてますでしょうか?いくら経験豊かなホースマンであっても、子馬の出産時期は非常にストレスがかかるものだと思います。特に難産などは、一年積み重ねてきた苦労が水の泡となるだけでなく、最悪の場合は繁殖牝馬を淘汰しなければいけない可能性も出てきます。そうならないためにも、繁殖牝馬の出産前管理は非常に重要となります。
さて、今回はその難産を含めた繁殖疾病を予防するために有効となる“出産前の運動”、特にウォーキング・マシン(以下、WM)を利用した分娩前管理の有効性について紹介したいと思います。
〔図①〕WM中の繁殖牝馬:当場では分娩約1か月前より4~5kmの速度で20~30分程度実施
妊娠馬の運動の重要性
妊娠後期の適度な運動は、心血管系の機能維持に効果的です。すなわち、子宮動脈の血流を増加させ、胎子への酸素供給量を増大させるために、低酸素脳症に起因する虚弱子の誕生リスクを軽減させられると考えられています。その他、ヒトでも述べられているような子宮内の胎子スペースを確保するための肥満(体重の過度な増加と脂肪の蓄積)予防、さらに分娩に耐えうる健康状態および体力維持にも効果的であり、これらが難産を予防すると考えられています。その他、ヒトでは妊娠末期の適度な運動によって生じる努力性の呼吸が、出産時の呼吸状態に類似していることからも、適度な運動が推奨されているようです。
また、ウマでは胎子の出生時体重の60%程度が妊娠後期の3ヶ月間に増体していることからも、妊娠後期の運動は母体の難産予防のみならず、急激に成長する胎子の正常な発育のためにも不可欠と考えられます。
妊娠馬の運動不足のサイン
妊娠後期、特に分娩1~2週間前に運動不足に陥ると、下肢部や下腹部(乳房前方から帯径にかけて)に浮腫を認めることがあります。このような浮腫を認めた馬を観察していると、放牧地や馬房でも一箇所に駐立している場合が多いように思われます。この場合には、WMや引き馬を行って循環状態を改善させる必要があります。
一般的に、1~2haほどの青草が茂った放牧地で放牧を行っていれば、運動不足になることはないと考えられています。しかしながら、北海道の冬は雪で覆われ、青草どころか放牧地内での歩行すら困難となるために、強制的な運動が不可欠であると考えられています。理想を言えば馬の息づかいを感じながらの引き運動が最適なのでしょうが、効率を考えた場合にはWMの利用に勝るものはないのでしょう。
実際、WMが普及し、妊娠後期の運動として使用されるようになってから、難産が減少したとの印象を持っている生産者も多いようです。
妊娠と運動の関連性
ヒトでは妊娠後期の過剰な運動は、子宮血流量を過度に増加させ、それに伴う胎児の心拍数増加が胎児にストレスを与える可能性が示唆されています。一方、この胎児の心拍数の増加は一時的な変化であるために、胎児への影響は無いとも考えられています。
ウマにおいても、妊娠後期の運動負荷に対する母馬および胎子のストレスに関する研究が行われています。6%の傾斜のトレッドミル上で、360m/分の速歩を3分間実施した実験では、胎子の心拍数は運動前後で有意な変化は無く、ストレスは受けていないものと結論づけられています。また、母馬の心拍数は安静時よりも上昇したものの、出産6ヶ月後に実施した同様の運動負荷試験と比較すると、その上昇程度は有意に低く、さらに、ストレスの指標となる血中コルチゾル濃度も出産後より低いことが示されています。これらのことから、妊娠馬は心血管系の機能が通常より高まっており、さらにストレスに対する閾値も通常より高まっていると示唆されます。これは、ヒトでも妊娠期には心血管系や呼吸器系、さらには全身の代謝活動が高まるという報告と類似しているようです。
WMによる運動負荷の程度は?
前述の研究でのトレッドミルによる運動負荷での最大心拍数は160回/分であったために、この程度の運動負荷であれば母体および胎子に対してストレスはないと考えられています。当場で実施しているWMによる運動は、4~5km/hの速度で、20~30分間実施しています。この時の最大心拍数は50~60回/分程度であるために、WMによる常歩運動は、ストレスをかけることなく、適度の運動であると考えています。
しかしながら、繁殖牝馬にストレスをかけることは避けなければならないので、WMに入れる前の歩様等のチェックは不可欠です。
〔図②〕心拍計を装着した繁殖牝馬(フジティアス 父 フジキセキ)
[図③]WM中の繁殖牝馬の心拍数データ
WM中の心拍数は安静時(約40回/分)より15~20拍程度上昇(55~60回/分)している(時速5km×30分実施のデータ)。
ヒトでは、妊娠中に運動を行うことによって、出生後の新生児は周囲の変化に対してより敏感でありながらも、刺激に対して穏やかで落ち着いているとも報告されています。ウマにおいても、急激に胎子が成長する妊娠後期の3ヶ月間からすでに馴致は始まっているのかもしれませんね。
(日高育成牧場 業務課 土屋 武)
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