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2019年4月29日 (月)

反復トレーニング1

No.72 (2013年2月15日号)

 陸上競技の長距離走のトレーニング法を書いた本を読むと、「持続走トレーニング」あるいは「インターバルトレーニング」という単語がよく出てきます。持続走トレーニングというのは文字どおり、比較的遅いスピードで長い距離を走るトレーニングであり、一定の距離を決めて走る距離走や一定の時間を決めて走る時間走などがあります。一方、インターバルトレーニングというのは、急走期(速いスピードでの走行)と緩走期(ゆっくりとしたスピードでの走行)を交互に組み合わせて行なうトレーニングのことをいいます。
 インターバルトレーニングという言葉を有名にしたのは、チェコスロバキア(当時)の陸上長距離選手、エミール・ザトペックです。1948年のロンドンオリンピックでは10000mで金メダルを取り、1952年のヘルシンキオリンピックでは5000m・10000m・マラソンの長距離種目三冠に輝いた伝説のランナーです。この成績はまったく文句の付けようのない素晴らしいもので、当時の世界陸上界が、ザトペックが取り入れたこの新しいトレーニング法をすぐさま導入しようとしたのは当然のことといえます。しかし一方で、インターバルトレーニングを行なう際には、急走期の強さや回数あるいはその間隔などをうまく調整しなければならないため、故障なくトレーニングを行なうことはそれほど簡単ではありません。ザトペックが行なった実際のトレーニング計画をみると、400m走を何10本も繰り返すなど、相当きついものだったようです。このような厳しいトレーニング法は、そのインターバルの本数だけを模倣することでさえ、大変であったことと思います。インターバルトレーニングの黎明期は試行錯誤の連続であったことでしょう。

反復トレーニング
 インターバルトレーニングは、緩走期をインターバルに挟んで急走を繰り返します。この緩走期は弱い運動を行なっているわけで、いわば不完全な休息といえます。完全な休息をはさんで急走を繰り返す場合は、レペティショントレーニング(反復トレーニング)といって、インターバルトレーニングと区別することがあります。しかしながら、両者は基本的には緩走(休息)をはさんで急走を繰り返す(反復する)トレーニングであり、広い意味では両者とも反復トレーニングということができます。今回、競走馬で行なわれている急走を繰り返すトレーニングについては、「反復トレーニング」として、話を進めることにします。その理由は、競走馬のトレーニングで緩走期の運動として普通に用いられているのは常歩であり、その運動強度は、いわゆるインターバルトレーニングの緩走期の運動強度に比較するとかなり弱いからです。とはいえ、常歩はもちろん完全な休息ではないので、インターバルトレーニングと言っても、差し支えありません。

反復トレーニングの構成
 急走期を反復するというと一見簡単そうですが、実は多くのパターンがあることがわかります。トレーニングを反復形式で行なう場合に、トレーニングを構成する要素としては、①急走期の運動の強さ(スピード)、②急走期の持続時間(走行距離)、③緩走期の持続時間(反復間隔)、④緩走期の運動強度(スピード)、⑤反復の回数、などがあげられます。これらの要素は複雑にからみあうので、単純そうにみえる反復運動であっても、これらの要素を少しずつ変えること、つまり急走期の運動強度を変えたり、反復間隔を変えたりすることで、トレーニングパターンを何通りも作ることができることになります。
 一方、持続的なトレーニングでは、関与する要素は、①運動の強度(スピード)と②その持続時間(走行距離)の二つに大きくしぼられてきます。もちろん、この場合も、実際のトレーニング計画を作るのはそれほど簡単ではありませんが、トレーニングを構成する要素の影響の複雑さは反復トレーニングのほうが多いのは当然といえます。ただし、影響する要素が多いからといって、そのことがトレーニングの有効性に直結するものではないことはいうまでもありません。
反復トレーニングの要素の中で、反復回数に関しては、たとえば坂路コースのみを利用する場合は、2~3本の反復を行なっている例が多いようです。持続時間(走行距離)については、坂路コースを利用する場合は、コースの長さによって規定されるので、おのずと距離は600~800mの範囲になり、時間は数10秒になります。いうまでもないのですが、坂路コースの大きな特徴のひとつは長さが決まっていることです。そのため、走行スピードが速い場合でも、そのスピードのまま長い距離を結果として走ってしまうというようなことは物理的に起こらないことになります。
 
反復運動の1本目の強さの影響
 トレッドミル運動負荷試験で、酸素摂取量(VO2)・二酸化炭素排泄量・心拍数・心拍出量・動静脈血液ガス・血漿乳酸濃度などを測定することにより、反復運動時の呼吸循環機能を観察しました。この実験では、走行を2本行なった場合を想定しています(坂路を2本走った場合、あるいは坂路と周回コースを組み合わせて2本走った場合など)。
 実験では、1本目の強さを、①高強度(110%VO2max強度で60秒:実際の調教で言えばハロン12秒くらいの全力疾走)、②中強度(70%VO2max強度で60秒:実際の調教で言えばハロン20秒くらいのスピードでの走行)の2種類を設定しました(図1)。そして、1本目の運動を終えた後、10分間の常歩をはさんで、2本目の運動を負荷し(110%VO2max:ハロン12秒くらいの全力疾走)、運動開始から30秒ごとに、VO2などを測定しました(図1)。

1_3 図1:トレッドミルを用いた反復運動実験の模式図。1本目の強度を、①高強度:110%VO2max(走路で調教しているときのスピードに換算するとF12くらいの全力走)、②中強度:70%VO2max(走路でいうとF20くらいのスピード)の2種類を設定した。

1本目が強いほど2本目は有酸素的になる
 結果をみると、まず1本目の運動を行なうことにより、血漿乳酸濃度は①の高強度の運動後で約8mmol/lであり、10分間の常歩を行なった後の2本目の運動直前でもほぼその値を保っていました。②の中強度の場合は1本目の運動によっても2mmol/l程度にしか増加せず、2本目の直前ではほぼ安静レベルまで戻っていました(図2)。

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図2:血漿乳酸濃度の変化。1本目の強度が強い場合(高強度)は1本目直後の乳酸濃度は高く、10分間の常歩を行なった後(2本目のスタート時:走行時間0の時点)でも高い値を保っていた。これに対し、2本目が中強度の場合は、2本目のスタート時点の濃度は安静時の数値とほぼ同じであった。

 2本目の主運動時のVO2の増加のスピードは、高強度の方が中強度よりも速くなりました(図3)。逆に二酸化炭素排泄量の増加のスピードは、高強度の方が中強度よりも遅くなりました。つまり、2本目の運動強度が同じであっても、1本目に強度の高い運動をした場合の方が、2本目の運動は有酸素的なエネルギー供給のもとで行なわれていることになるわけです。

3_3 図3:酸素摂取量(VO2)の変化。2本目における酸素摂取量の増加は、高強度のほうが中強度よりも速いことが分かる。

 このような結果が得られた原因として、さまざまなことが考えられますが、そのひとつとして乳酸の影響も考慮する必要があるかもしれません。近年の研究によって、乳酸が運動時のエネルギー源として重要な役割を演じていることが分かっており、1本目が高強度の場合に認められた2本目直前の高い乳酸濃度が、2本目の運動中のエネルギー供給に影響を及ぼしたのかもしれません。
 今回の実験で分かったことは、1本目の運動強度が高いほど、2本目の運動中のエネルギー供給がより有酸素的になるということです。つまり、1本目の運動強度が違うと、2本目(主運動)の強度が同じであっても、運動中のエネルギー供給形態が多少なりとも変わるということです。これは、多少なりともトレーニング効果が異なることを意味しています。
 実際の調教において、1本目をゆっくりと走る場合と、1本目から比較的速いスピードで“サッ”といく場合とでは、2本目の追い切り時のエネルギー供給の状況も多少違っているものと考えています。

(日高育成牧場 副場長 平賀 敦)

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