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2019年5月 1日 (水)

反復トレーニング2

No.73 (2013年3月1日号)

 前回の記事で、反復運動を行なう場合には、1本目の運動強度が高いほど2本目の運動中のエネルギー供給がより有酸素的になるということを述べました。このことは、1本目の運動強度が違うと、2本目(主運動)の強度が同じであっても、そのトレーニング効果の質が多少なりとも異なることを意味しています。
 前回の内容を簡単にまとめると上述のようになりますが、実験条件について、いくつか付け加えておきたいことがあります。文中で示した実験条件、たとえば「1本目の強度を110%VO2maxの強度(平地調教で言えばハロンタイム12秒くらいのスピード)で60秒間走行する」というのは、あくまでもトレッドミルを用いた実験として設定したときの運度強度と時間であるということです。実際の調教で、同じ強度で60秒間走らなければならないということではありません。700~800m程度の実際の坂路コースで、そのようなスピードで60秒走ることは事実上できませんし、40秒くらいが最大だと思います。ただ、トレッドミルで実験を行なう場合は、妥当で分かりやすい実験条件を決める必要があるので、60秒間という運動時間を設定したということです。今回の連載の中での実験条件も、まったく同じ条件下でのトレーニングを推奨しているわけではないことには注意していただきたいと思います。

反復運動の間隔
 反復運動では、それぞれの運動の強度(スピード)はもちろん重要な要素ですが、もうひとつ大きな要素が考えられます。それは運動の間隔です。私たちがトレーニングする場合を考えてみても、走る間隔が短くなると息が苦しくなるような感覚を持ちます。これはなぜでしょうか。
 競走馬が、たとえば坂路コースで2本走る場合の運動間隔は、通常約10~15分程度になります。坂路を上った後の帰り道の約1000mを常歩で歩くとなれば、10分程度かかるのが普通なので、必然的に反復の間隔はある程度決まってきます。しかし、トレーニング場全体のコース配置などの関係から、この間隔を若干変えることの出来る場合もあると思います。そうした場合には、どのような変化が起こるのでしょうか。

10分間隔と5分間隔の比較実験
 110%VO2max強度(平地調教でいえばハロンタイム12秒くらいのスピード)で60秒間の運動を10分間隔と5分間隔で2本行なったときの呼吸循環機能を調べてみました。5分間隔でも10分間隔でも、酸素摂取量は1本目よりも2本目の方が値は高くなっているのに対し、二酸化炭排出量は逆に2本目は低くなっていました。このことは、2本目の方がより有酸素的なエネルギー供給のもとで運動していることを示しています。このときの運動中に供給された有酸素性のエネルギー量を実際に計算してみると、5分間隔で運動した場合の方が、2本目のエネルギー供給はより有酸素的になっていたことがわかりました(図1)。

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図1:激しい運動を5分間隔あるいは10分間隔で行なった場合の有酸素的なエネルギー供給割合の変化。5分間隔で走った場合の方が、2本目の運動時の有酸素エネルギー供給割合が高くなっていた。

15分間隔と5分間隔の比較実験
 この実験では、酸素摂取量は測定しておらず、心拍数と血中乳酸濃度のみを測定しました。1本目と2本目の運動強度は前実験とほぼ同様で、運動間隔を15分間隔と5分間隔に設定しました。このときの血中乳酸濃度の変化を示すと(図2)、1本目の運動により、運動中の血中乳酸濃度は約5mmol/Lとなり、1分後には8~9mmol/L程度となっていました。

2_4 図2:激しい運動を15分間隔あるいは5分間隔で行なった場合の血中乳酸濃度の変化。1本目の運動で血中乳酸濃度は5mmol/Lとなり、5分後に8~9mmol/Lとなった。15分間隔で走行した際には、2本目直前の値は約4mmol/Lで、2本目の運動後の変化は1本目とほぼ同様、これに対し、5分間隔の場合は、2本目開始直前の値が8~9mmol/Lのまま2本目を行なったところ、2本目直後の値は直前の値とほとんど変わらず、5分後には12mmol/Lまで上昇した。


 15分間隔で2本目を行なった場合は、5分後までは8~9mmol/Lの値を保ちましたが、2本目の運動直前には4mmol/L程度まで低下していました。そして、2本目の運動により、血中乳酸濃度は1本目とほぼ同様な値まで増加し、その後の濃度変化も1本目とほぼ同様な経過をたどりました。
 5分間隔の場合では、1本目直後から5分後までは15分間隔と同様の変化を示しましたが(8~9mmol/L)、この状態で2本目をスタートするため、2本目直前の血中乳酸濃度は15分間隔の直前より高い値となりました。2本目の運動では、運動直後の血中乳酸濃度は直前の値とほとんど変わらず、5分後には12mml/Lまで増加しました。
 血中乳酸濃度は筋中での乳酸生成と消費のバランスによって決まります。筋中における乳酸生成そのものが大きく変化しているとは考えにくいので、5分間隔の2本目の運動時にみられる血中乳酸濃度変化の推移は、血中乳酸を運動中のエネルギー源として利用している可能性を感じさせます。
 競走馬のトレーニングは基本的には走ることなので、多彩なバリエーションは求めづらいのが現実です。しかし、これらの研究結果をみると、反復運動の強度や反復間隔を変化させることでトレーニング効果の質を変化させる可能性があることがわかります。

JRA日高育成牧場での例
 JRA育成馬が調教するBTC(軽種馬育成調教センター)の施設には、さまざまなコースがあり、屋内坂路コースもそのひとつです。コースの全長は1000mで傾斜は2~5%、途中3ハロンのタイムを自動計測できます。以下に、JRA育成馬のトレーニング時の心拍数変化などを紹介したいと思います。
 図3の上段のグラフは、屋内坂路コースを反復間隔約10分で2本反復したときの心拍数変化を示します。1本目の3ハロンの平均タイムはハロンタイム18.9秒で、そのときの心拍数は210~220拍/分です。約10分の間隔をおいた2本目の3ハロン平均タイムはハロンタイム15.6秒でした。そのときの心拍数はおよそ230拍/分で、運動直後の血漿乳酸濃度は約12mmol/Lになっていました。
 一方、下段のグラフは、1本目を坂路コースで走行した後に、3分ほどの間隔をおいて1600mのダート周回コースで2本目を走ったときの心拍数変化を示します。BTCの調教コースの配置上、屋内坂路コースの終点近くからすぐに1600mダートコースに入ることができるようになっています。そのため、運動の間隔を短くすることが出来るわけです。坂路コースにおける1本目の3ハロンの平均タイムは19.0秒、そのときの心拍数は210~220拍/分で、上段のグラフの1本目とほぼ同じでした。2本目は1600mコースで7ハロンの走行を行ない、最後の3ハロンの平均タイムはハロン13.9秒でした。2本目の最後の3ハロンの心拍数は230拍/分、直後の血漿乳酸濃度は15.7mmol/Lになりました。2本目の運動後に心拍数が100拍/分まで下がる時間は坂路コース2本を10分間間隔で走行した場合よりも明らかに遅く、いわゆる息の入りは悪かったといえます。
 上段のグラフ(坂路コース2本)と下段のグラフ(坂路コース1本+1600mコース1本)では、2本目の運動強度が全く同じではないので、直接比較することはできませんが、坂路コースと1600mコースを用いて間隔を狭めて行なったトレーニングの負荷は明らかに高いといってよいといえます。

3_4 図3:上のグラフは屋内坂路コースで2本反復した時の心拍数変化で、10分間の間隔をおいて2本目の走行を行なった場合。下のグラフは、1本目を坂路で走行した後、3分ほどの間隔をおいて、1600mの周回コースで2本目走行を行なったときの心拍数変化。

反復トレーニングの可能性
 坂路コースが導入された当初、坂路コースにおける追い切りは高強度短時間運動なので、いわゆる無酸素性のエネルギー供給を鍛錬しているものと考えていました。これは基本的には間違っていませんが、上記のような研究結果からあらためて考えると、高強度運動の反復運動では、有酸素的なエネルギー供給能力を副次的に、しかし効果的に鍛錬しているように感じられます。
 サラブレッドは血中二酸化炭素分圧が高いことに対して耐性が高く、いわゆる筋の緩衝能も高いといわれているので、漠然と耐乳酸能力が高いのであろうと認識していました。最近では、それに加えて、乳酸利用能力も高いのではないかと考えています。
 血中乳酸濃度が高い状態で行なうトレーニングも、血中乳酸濃度が高くなった状態でそのまま運動を継続する場合と、運動の間隔を置いて反復する場合とで状況が異なるのであろうと思います。運動の間隔をおいた場合は、血中乳酸濃度は高いままですが、その他の生理機能はリセットされるので、結果としてむしろ乳酸利用能を高めるトレーニングになっているように感じられます。

(日高育成牧場 副場長 平賀 敦)

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