« 反復トレーニング2 | メイン | 育成馬の輸送管理 »

2019年5月19日 (日)

Dr. Sue Dysonによる「馬の跛行」講習会

No.74 (2013年3月15日号)

 昨年12月、馬の跛行診断の権威であるDr. Sue Dysonが来日され、計4回に渡り講習会が開催されました。獣医師向けの専門的な内容がほとんどでしたが、今回はその中から牧場関係者の皆様にも有益と思われる事柄について抜粋し、ご紹介いたします。

講師紹介(日本ウマ科学会HPより)
Dr. Sue Dyson:
(英国・アニマルヘルストラスト・馬科学センター・臨床整形外科学部門長)
跛行に関する画像診断やプアパフォーマンス診断のスペシャリスト。跛行のバイブルとされる教科書「馬の跛行(原題Lameness in the Horse)」の共著者としても世界的に著名。科学雑誌への論文投稿は200を超え、その功績から様々な賞を受賞されている。自身も非常に高い騎乗レベルを持つライダーでもある。

1 視診(馬の外見の検査)
 まず馬体(コンフォメーション)を見て、例えば直飛(まっすぐに立った飛節)だと繋靭帯炎になりやすいなどの情報を得る。左右の対称性からは、例えば後肢の跛行では跛行している方の臀部の筋肉が落ちていることが多い(不使用性萎縮)。腫脹では、皮下の腫脹なのか、腱や靱帯の腫脹なのか、関節の亜脱臼なのか、注意深く観察して鑑別する。蹄は、左右対称性を見る。蹄が高く、幅が狭いと跛行しやすい。

2 歩様検査(跛行のグレード分け)
 AAEP(米国馬臨床獣医師協会)では5段階のグレード分けを用いているが、Dr. Dysonは9段階のグレード分けを提唱している。5段階だとほとんどの馬がグレード3になってしまうので、意味がないためである。0=正常、2=軽度、4=中等度、6=重度、8=負重困難で、間の数字はその中間の程度。跛行をグレード分けし、記録しておくことで症例の経過(良化したか悪化したか)をきちんと評価できるようになる。
①後肢の跛行
 まず常歩で歩様検査する。肢の着き方の順番が見やすく、踏み込みの深さ、球節の沈下が観察しやすい。
②屈曲試験
 一般的には、跛行を疑う肢を1分間屈曲し、放してすぐに速歩させ、跛行が悪化すれば「陽性」だが、対側肢(跛行している肢と反対の肢)を挙上した後、患肢の跛行が悪化することもある。その場合、飛節が原因の跛行であることが多い。

3 診断麻酔
 全ての症例において適用なわけではない(禁忌症があること)を理解しなくてはならない。骨折している場合などは痛みがとれて歩き回ることで悪化する恐れがあるので禁忌である。局所麻酔薬が注射部位よりも近位(上方向)にも浸潤することを理解しておくべきである。また、局所麻酔薬の注射部位が近位であるほど、効果が出るまでに時間がかかる。注射後30分経ってようやく跛行が消失することもある。屈腱腱鞘炎が原因の跛行などでは、診断麻酔で跛行が消失しないこともある。腱鞘内に癒着がある場合である(機械的跛行)。癒着があると、手術しても良化せず予後が悪い。

4 画像診断
①X線検査
 発生してすぐ(急性期)は、重大な骨折を見逃すことがある(第3中手骨、第1指骨など)。骨折を疑う場合は、一度のX線検査で異常なしとして跛行が消失したらすぐに運動を再開するのではなく、再度X線検査するなど慎重な判断が悲劇的な結果を防ぐ。
②超音波検査
 浅屈腱の腫脹は、わずかですぐに消失するものであっても重要な損傷を意味するかもしれない。跛行していないから重要な損傷がないわけではない。負重しない状態で(肢を持ち上げて)触診する。また、発生してすぐ(急性期)には超音波検査で異常が認められない場合がある。1週間から10日後に再検査すべきである。近位繋靭帯炎では、副管骨の間の深い位置にあるので、腫脹や触診痛が不明瞭なことがある。腸骨骨折の評価では、亀裂が腹側面にのみしか通じていないことがあるので、注意が必要である。
③シンチグラフィ(※日本にはありません)
 X線検査と超音波検査では発見できない異常を検出できる。特に若い馬で、下肢部以外の(脛骨などの)疲労骨折が多く見つかる。

おもな質疑応答
Q)指動脈の拍動が亢進したら、蹄が原因と考えてよいか?
A)通常は蹄に原因がある(蹄底膿瘍や蹄葉炎など)。ただし、亢進していないからといって蹄が原因ではないと考えてはいけない。蹄鉗子で検査する必要がある。
Q)引き馬で歩様検査する際、引き手にはどのように指導しているか?
A)馬が自発的に歩くように、また頸の動きを見たいので馬から離れて歩くように、馬を見ずに進行方向を見るように指導している。馬が速く走り過ぎそうになる前に察知して抑えてもらいたい。チフニーを装着すると頭を上げてしまうので、(より作用の弱い)ノーマルビットを装着する。種牡馬は堂々とした特有の歩様のため跛行がわかりにくい場合がある。鎮静してから歩様検査することもある。

 以上、難しい内容もありましたが、英国の馬診療レベルの高さを再確認できたとともに、我が国における跛行診断のレベルアップに必要な技術を数多く紹介していただき、非常に有意義な講習会でした。

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係長、現所属:宮崎育成牧場 業務課 診療防疫係長 遠藤 祥郎)

1 講習会は多数の獣医師が聴講した(静内ウエリントンホテル)

2 実馬を使った実習風景(JBBA軽種馬生産技術総合研修センター)

3 実習に参加した獣医師たちと

コメント

この記事へのコメントは終了しました。