No.91(2013年12月1日号)
競馬は、勝利した馬のみが賞賛される非常に厳しいスポーツです。競馬では18頭中1頭しか勝利することが出来ず、当たり前ですが、その他の17頭が負けることになります。勝てない理由を考えてみると、単に、「相手が強かった」、「距離や馬場が合わなかった」、「体調や調整が不十分だった」のみならず、馬の精神的な要因もかなりの部分を占めていると考えられます。新聞紙面からレース後のジョッキーのコメントを抜粋してみると、『途中から走る気をなくしてしまい・・・』、『真面目すぎて一生懸命走ってしまう・・・』『馬込みを気にしてズブイところがあった・・・』『ゲートは五分に出たのだが、直後に怖がって内のほうに逃げてしまって・・・』等、性格や精神面の問題によって騎乗者の指示に従わず能力を十分に発揮できていないことが多いように感じられます。したがって、競走馬における育成調教の課題のひとつは、『もっている能力を発揮させるための精神面のトレーニング』といえるかもしれません。今回は、パフォーマンスに影響を与えると考えられる育成馬の性格について紹介します。
騎乗馴致時のリアクションに注目
馬の性格を人間のように表現するのは難しいですが、馬を観察していると、『積極的で前向きな馬』、『消極的で慎重な馬』、『怖がりで緊張しやすい馬』等、様々な性格があると感じています。また、性格とは少し異なりますが、草食動物である馬は、基本的に捕獲者からの逃避反応としてのすばやいリアクションをもっています。これは速く走る上で大切な資質ともいえます。しかし、リアクションにおいて「走る」のではなく「逃げる」が強い場合は、「反抗」として競走馬としての能力発揮を阻害すると考えられます。
JRAが1歳市場で購買した育成馬は、おもに夏(7~8月)に入厩します。最初は昼夜放牧を行いながら馬体の成長を待ち、秋(9~11月)に騎乗馴致、そして冬から翌年の春(12~4月)にかけて計画的なトレーニングを行い、4月にブリーズアップセールを経て、やがて競走馬としてデビューします。この課程は、1歳馬にとって初めての経験の連続であり、新しい経験の都度、様々な反応を見せます。特に、ハミや鞍などの馬具を装着し人が騎乗することを教える騎乗馴致においては、様々なリアクションが見られます。最初は大きなリアクションを示した馬も、危害を加えられることではないことを理解すると、徐々に人の指示を受け入れます。その受け入れ方には馬ごとに個体差があるようです。そこで、このような『リアクションとその後の理解』を指標にした馬の性格について調査を実施しました。
馴致難易度の調査
2011~2012年に日高育成牧場で育成した育成馬121頭(牡60頭、牝61頭)について、騎乗馴致等、初めて経験する時の反応を調査しました。入厩してブリーズアップセールで売却されるまでの間に、1.入厩時(3項目)、2.騎乗馴致時(8項目)、3.騎乗馴致後セールまでの期間(3項目)における反応を、「おとなしく従順である(1点)」、「ややリアクションが大きいが早期に受け入れる(2点)」、「リアクションが大きく慣らすのに時間がかかり難しい(3点)」の3段階とし、スコアをつけました。また、4.育成期間を通した馴致の総合印象(繊細さ、自立度、反抗度)について評価しました。これら1.~3.の項目と4.の総合印象を合計したポイントを5.馴致難易度とし、馬のリアクションの大きさを基にした個性を数値で評価しました【表1】。ポイントが高いほど騎乗馴致や調教が難しい馬ということになります。
【表1】調査項目
そこで、この馴致難易度と先天的要因(血統や性別等)、後天的要因(入厩時に実施しているアンケート調査から得られた繋養牧場におけるセリ馴致や飼養管理の方法)との関連を調査しました。
メスはオスより馴致が難しい?!
馴致難易度と先天的要因・後天的要因との関連についてそれぞれ調べましたが、性別のみ差が認められました。
馴致難易度を性別で比較すると、オス22.7点、メス25.1点で、メスはオスよりも高い値を示しました。時期別にみると、入厩時は難易度に差がありませんでした(オス4.2点、メス4.3点)が、騎乗馴致時ならびに騎乗馴致後では差が見られました。しかし、総合印象では、メスはオスよりも高い値を示し(オス3.7、メス5.1)【図1】、これを構成する「繊細さ」「自立度」「反抗度」のいずれにも性差が認められました【図2】。
【図1】入厩後の時期別にみた項目別ポイント(※は差あり)
【図2】総合印象の項目別ポイント(※は差あり)
騎乗馴致時においてメスのポイントが高かった項目は、ダブルレーン(オス1.3、メス1.7)とドライビング(オス1.3、メス1.6)でした【写真1、図3】。なお、競走成績との関連については、現在データ集積中であり、興味深い成績が得られれば、本紙面等で紹介したいと思います。
【図3】騎乗馴致時の項目別ポイント(※は差あり)
写真1 ドライビング風景
馴致をうまく行うには?
今回の調査では、メスはオスよりも騎乗馴致が難しいという結果が得られました。特に、「ダブルレーン」と「ドライビング」において、メスはオスよりも難しいといえます。その理由として、総合印象における「繊細さ」や「反抗度」のポイントの高さと関連があると推察しています。私たちの経験からも、メスはダブルレーンが後肢に触れると、「蹴る」、「突進する」などの行動が見られやすいと感じています。したがって、騎乗馴致においてダブルレーンをスムーズに教えるためには、後躯等の体に触ることに慣らし鈍化させること(desensitization)が有効と考えられます。具体的には、馴致前にタオルなどでリズミカルに身体に触るパッティングや、ダブルレーンを行う前にローラーからヒップロープを装着して事前に後肢にロープが飛節に触ることに慣らすことによって、馴致をスムーズに行うことが可能になります。
馴致後の調査項目においては、性差がみられませんでした。この理由として、ダブルレーンやドライビングで拒否反応を示したメスも、人の指示を受け入れることを覚えた結果、騎乗者の指示に対して従順になったことが考えられます。なお、性差はありませんでした(オス1.2、メス1.3)が、ゲート馴致においては、メスの方が繊細な傾向がありますので、慎重にゲートに慣らす必要があると考えています。また、メスは自立度が低い特性もあるので、初期の騎乗調教において馬を安心させて実施するためには、集団での調教は有効と思います。
今回、馴致難易度と入厩前の飼養管理(当歳時昼夜放牧、1歳時昼夜放牧、コンサイナー預託、検温、洗い場馴致、引き運動、ウォーキングマシン、ランジング等の実施の有無)との間に関連が見られませんでしたが、その理由は明らかではありません。セリに上場される馬の躾のレベルは、一昔前に比べると明らかに向上しており、入厩後の取り扱いや馴致が容易になっていると感じています。しかし、騎乗馴致ではじめて経験する一連の過程は、馬の本能の部分である新規刺激に対する反応、つまり性格がより抽出された結果になっているものであるからと考えています。
遺伝子にも注目
近年、馬の性格や行動に対する遺伝子の影響も報告されています。例えば、好奇心や警戒心と関連のある「ドパミン受容体D4遺伝子」、子馬に対する養育行動や社会行動と関連する「オキシトシン受容体遺伝子」、攻撃性と関連がある「アンドロゲン受容体遺伝子」などが性格と関連のある遺伝子として知られています。今後は、今回実施した行動調査と行動遺伝子との関係についても調査を進め、また、競走成績との関連も調査していく予定です。これからも皆様のお役に立てるデータを提供して参りたいと考えています。
(日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)