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2019年12月13日 (金)

競走馬のウォームアップ

No.124(2015年5月15日号)

 ウォームアップ(ウォーミングアップ:W-up)とはいわゆる準備運動のことで、主に2つの目的で行われます。1つは筋や腱の柔軟性を高め障害を防止すること、もう1つは馬の運動機能を活性化し高い運動能力を発揮させることです。前者は軽めの運動で筋・腱の温度を徐々に上げていくことが重要ですが、後者はしっかりした運動でエネルギー代謝を活性化することが重要となります。

W-upがエネルギー代謝に与える影響
 少し難しい話になりますが、W-upがエネルギー代謝に与える主な4つの影響についてお話します。①温度が10℃上昇すると代謝にかかわる酵素活性が2.5倍になることが知られており、筋温上昇によりエネルギー代謝が亢進します。②神経系の反応性向上に伴い運動開始時の呼吸循環系や筋肉系の反応性が向上します。③乳酸産生によって起こる代謝性アシドーシス(体の中が酸性になった状態)と体温上昇により筋肉内への酸素の取り込み量が増加し、運動中の有酸素性エネルギー利用量が増大します。④交換神経活動の活性化により循環系が活性化されるとともに、分泌されたアドレナリンの刺激で脾臓血が放出されて循環血液中の赤血球数が増加し、解糖系の酵素活性が活性化されエネルギー代謝が亢進します。
 上記①~④は運動能力を発揮する上では全てプラスの影響であり、これらが大きく現れる高強度W-upが最適なようにも思えますが、実際にはどうでしょうか?

トレッドミルを用いたW-up試験
 一般に、多量の乳酸産生を伴う過度なW-upは好ましいとは考えられていません。過度なW-upは筋疲労と中枢性疲労(脳が疲れたと感じる状態)を起こし、脾臓血の過剰放出に伴う血液濃縮により循環機能が低下し、肺動脈圧が上昇して鼻出血発症リスクが高まります。つまり、主運動前に頭も体も疲れて血流が悪くなるということです。
 ここで、JRAで行ったW-upに関する研究をご紹介します。この研究では、サラブレッド実験馬に馬用トレッドミル(ランニングマシーン)上で3種類のW-up(低強度群:21秒/F×200m、中強度群:17秒/F×350mまたは高強度群:14秒/F×650m)の後、15分間の常歩運動をはさんで試験走行(14秒/F×100秒)を行わせ、その間の血中乳酸濃度の変化を調べました(図1)。その結果、試験走行前に乳酸値が下がりきっていなかった中-高強度群では、安静時レベルまで回復していた低強度群よりも試験走行後の乳酸値が低い値を示しました(図2)。これは、運動前に少量の乳酸が残っている状態は運動能力を発揮する上でプラスの効果があることを示しています。しかし、別の実験では運動直前の乳酸値が6mmol/L以上の場合は運動後の乳酸値も高くなることが報告されており、乳酸値が高ければいいというものではないようです。

1_5 図1 トレッドミル試験の概略図
トレーニングされたサラブレッド実験馬を用いて行った実験の概略図。縦軸はトレッドミルの速度を、横軸は時間経過を表し、▲で血中乳酸値を測定。

2_4 図2 W-up試験の血中乳酸値の変化
中または高強度W-upを実施した場合、低強度W-upを行った時より試験走行後の血中乳酸値は低い値を示した。

競走馬にとって理想的なW-upとは?
 今回ご紹介した研究成績から、W-up後4~6mmol/Lまで血中乳酸値が上昇し運動前に2mmol/Lまで低下しているW-up(17~14秒/F×400~600mに相当)が理想的だと考えられます。しかし、競馬のレースは毎回条件が異なり返し馬からレースまでの間隔が一定ではないので、実際にはそれらを考慮してW-up強度を調整する必要があります。また気象条件も大きな要素で、高温環境下で強いW-upを行うと体温が上がりすぎて中枢性疲労を起こしやすくなります。さらに、体力のない馬はW-upで乳酸が上がりやすく、興奮しやすい馬はW-upを行わなくてもアドレナリンが多く分泌され体温が上昇しやすいので、体力や性格など馬の個性にも配慮が必要です。したがって、『競馬』を考えた場合、レースや気象条件、馬の個性を考慮して基本パターンのW-upから調整して行うのが好ましいと言えるでしょう。
 一方、育成調教を行っている競走馬では、障害防止・運動機能活性化のためだけではなくトレーニングとしてのW-upを考える必要があります。育成馬の駈歩調教は長くても4000m程度なので、競走期の調教やレースに耐えられる丈夫な身体を作るためには、常歩でのW-upや主運動後のクールダウン(クーリングダウン:整理運動)によってトータルの運動量(距離)を増やすことも重要です。したがって、育成馬ではW-upとクールダウンをトレーニングの一部として調教メニューに組み入れることをお勧めします。

おわりに
 以前JRAの競馬場で行った調査では、レース前の返し馬は約400m行う馬が最も多く、その平均速度は17.5秒/Fでした(図3)。これは、今回紹介した研究の中強度W-upに相当し、ジョッキーは騎乗する馬に必要なW-up強度を自分の感覚で理解しているように感じます。育成調教を行われている方々も、これまで以上にW-upを工夫して馬の反応を感じてみてはいかがでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室長 羽田哲朗)

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