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2019年12月11日 (水)

サラブレッドの骨格筋の運動特性とミオスタチン遺伝子型

No.123(2015年5月1日号)

 今回は、サラブレッドの走能力に大きく関わる筋肉について、組織学的、運動学的、遺伝子学的な観点からJRA育成馬を使って調査した成績を交えながら紹介いたします。

●サラブレッドの骨格筋の特性
 競走馬の骨格筋の重量は、体重の50%以上にもおよぶことが知られています。細い四肢と低い体脂肪率で究極までに軽量化された馬体から、いかに筋肉の割合が大きい動物であるかが想像できます。もちろん筋量が多いだけでなく、その筋線維の組成にも速く走るための特徴があります。筋線維は、特殊な免疫組織学的方法を使うことで、収縮速度が遅いが疲労耐性が高い(持久力の発揮に向いている)遅筋(TypeⅠ)線維、収縮速度が速いが疲労耐性が低い(瞬発力の発揮に向いている)速筋(TypeⅡx)線維、これらの中間的な特徴を持つ中間型(TypeⅡa)線維の3つに染め分けることができます(図1)。走行時に推進力をもたらす後躯の主要な筋肉である中殿筋においては、90%近くを速筋線維が占めることから、サラブレッドがいかにスピード特性を兼ね備えた動物であるかが分かります。

1_4 図1 サラブレッドの筋線維の種類と特性

●ミオスタチンによる筋量の調節
 ミオスタチンとは、成長因子の1つで、筋細胞の増殖肥大を「抑制」する物質です。したがって、このミオスタチンが働かなくなると筋肉隆々の個体になることが知られています。しかし、通常はミオスタチンを介して適切な筋量の調節が行われるため、筋量は一定に保たれています。
 近年、このミオスタチン遺伝子に認められる一塩基多型(遺伝子の一部分が個体によって異なる)が競走距離適性に関わることが報告されました。すなわち、「C/C」型は短距離、「T/T」型は長距離、「C/T」型はその中間(中距離)に適した傾向を示すことが明らかにされたのです(図2)。では、この様な距離適性を持つサラブレッドの筋量にはどのような特徴があるのでしょうか?JRA育成馬を用いて、調教開始から6ヶ月後の測尺結果とミオスタチン遺伝子型との関連を解析した調査では、筋量を反映する「体重/体高(kg/cm)」は、C/C型で最も高いことが分かりました(図3)。さらに、中殿筋に針を刺して筋肉を少量採取して、組織学的に筋肉組成を分析した結果では、C/C型の馬のTypeⅡx線維面積が最も増加する傾向が認められました。これらのことから、C/C型の馬の筋肉はトレーニングにより肥大しやすく、スピード適性が高いと考えられました。

2_3 図2 日本のサラブレッド(雄1,023 頭)におけるミオスタチン遺伝子型の違いによる勝利度数分布
(T. Tozaki et. al., Animal Genetics, 2011から引用・改変)

3_3 図3 ミオスタチン遺伝子型と筋量との関係
※筋量の割合が高いサラブレッドでは「体重/体高」が筋量の指標となる

●ミオスタチン遺伝子型と持久力との関係
 馬の有酸素運動能力指標の1つとしてV200というものがあります。このV200とは、心拍数が毎分200回に達したときの馬の走行スピードを表した値です。馬は速く走れば走るほど、心拍数が上がっていくことが分かっているので、バテやすく早く心拍数が上がってしまう馬のV200の値は低く、バテにくい馬のV200の値は高くなります。JRA育成馬で測定したV200とミオスタチン遺伝子型との関係を見ると、T/T型の馬では他の遺伝子型の馬に比べてV200が高くなっていることが分かりました。また、中殿筋の血管新生因子や有酸素運動能力に関わる筋細胞中のミトコンドリア量に関連している遺伝子の発現量を解析したところ、T/T型で有意に高いという結果が得られました(図4)。これらのことから、T/T型の馬では、血管新生が促進され酸素供給が効率的に行われることで有酸素能の発達につながり、持久力が高い筋特性を持ち合わす傾向があると考えられました。

4_2図4 ミオスタチン遺伝子型とV200値(m/s)との関係

●最後に
 ブラッドスポーツと呼ばれるサラブレッドの世界では、約2世紀に渡る歴史の中で、レースで勝利を収めた馬が種牡馬や繁殖牝馬となり、子孫を残すことで、速く走るための育種改良がおこなわれてきました。競走体系は時代とともに変化しつつある中、近年、ますますスピードが求められるようになってきているのは確かです。しかし、レース中の馬の筋肉へのエネルギー供給の70~90%は有酸素的になされているため、運動能力を高めるには有酸素能力の向上が必須であり、それを鍛えることが重要となります。サラブレッドをトレーニングする際に、今回ご紹介したような遺伝子からみた筋特性も考慮することで、スピードと持久力を兼ね備えたサラブレッド本来の走能力を最大限に引き出すことができるのかも知れません。引き続き日高育成牧場では、育成馬を用いて新しい調教技術や科学的手法を取り入れながら、その成果を普及していきたいと考えています。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

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