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2019年12月20日 (金)

競走馬の歯のケアについて

No.126(2015年6月15日号)

はじめに
 競走馬、乗馬、繁殖馬を問わず、歯(口腔)の健康はそれぞれの馬が能力を発揮する上で非常に重要です。健康な歯は十分な咀嚼(顎をしっかり動かす)を可能にし、消化吸収を助けます。そのため、歯(口腔)が不健康であれば、十分な咀嚼ができず、消化吸収の低下、ひどい場合には食欲不振を招き馬体の成長・維持に大きな影響を及ぼします。さらに、競走馬や乗馬ではハミを銜えた際に嫌がる、騎乗中の人の指示に著しく反抗するなどの問題行動が起こることがあります。
 今回は育成期から競走期の馬の歯のケアについて紹介させていただきます(一昨年11月15日号の本誌にも「育成馬における歯の管理」と題した記事を掲載していますので、あわせて参照ください)。

ケアが必要な歯の状態とは?
 育成馬や競走馬にとって最も多く認められるのが、斜歯(エナメルポイント)です。馬は上顎が広く、下顎が狭いため、咀嚼によって臼歯が均等に磨耗せず、上(下)顎の外(内)顎の臼歯の一部が先鋭化していきます。ほうっておくと、口内粘膜にあたって傷をつくり、潰瘍化します(図1)。ひどい状態になると傷が刺激されることを嫌がり十分な咀嚼をせず、消化吸収の低下や食欲不振につながります。

1_7 (図1)斜歯と口内粘膜の潰瘍

 咀嚼にはあまり大きな影響を与えませんが、ハミ受けに影響し、運動時の問題行動につながる可能性があるのは狼歯です。狼歯は第2前臼歯の前に生える小さな歯で、牡馬ではほぼ全頭、牝馬でも一部の馬では存在します(図2)。その他にも、歯が波打っているような波状歯、階段状にずれている階状歯などがありますが、先天的な異常(カケスなど)がなく、適切な間隔でケアを行っている育成馬や競走馬であれば、ほとんど認めることはありません。

2_6 (図2)第2前臼歯の前の狼歯(矢印)

ケアについて
 斜歯の処置は歯鑢(しろ)によって先鋭化している部分を削り落とします。口内で周囲を傷つけないように、角がとれ少し丸みを帯びる程度まで削りますが、削りすぎてはいけません。ケアの目的は十分な咀嚼を行うことなので、削りすぎて歯の凹凸をなくしてしまっては食物をすり潰す役目が果たせず逆効果となってしまいます。育成馬や競走馬など比較的若い馬であれば、ひどい異常がなければ電動歯鑢(パワーツール)は必要ありません。電動歯鑢の使用は若馬の柔らかい歯を必要以上に削りすぎる、削る時に発生する熱によって神経を傷つける恐れもあり、十分な注意が必要です。
 狼歯はハミ受けに影響するので、騎乗馴致開始前に抜歯することが望ましいです。図2に示すような器具を用い、周囲の歯肉を切り取り、歯根から抜きます。丁寧に抜かないと歯の根本が折れて残ったり、または骨を傷つけることがあり注意が必要です。根本が残ったり、骨が傷つくと、石灰沈着や骨増生を起こして狼歯と同様にハミ受けに影響を及ぼすことがあります。

3_5 (図3)狼歯を抜歯する器具

定期的なケア
 教書によると、歯のケアは2~3歳の馬では年3~4回(3~4ヶ月毎)、4~6歳であれば年2回(半年毎)行うことが推奨されています。2013年にJRA美浦トレーニング・センターの競走馬50頭に対して口腔内の検査を行ったところ48頭(96%)に何らかの所見があり、斜歯は48頭全てで認められました。また、これらの馬の中には3ヶ月前に歯のケアを行っていた馬も含まれており、教書同様に3ヶ月に1回のケアが必要であることを示唆していました。また、半数以上の馬が特に症状を示しておらず、人が気づかない内に歯の異常は進行していくことが示唆されました。

さいごに
 歯(口腔)に関するケアは経験的に行われていた部分が多く、科学的な研究や調査があまりありませんでした。しかし、近年、急速に研究や調査が進んでおり、今回お伝えした情報も数年後には新たな情報に置き換わるかもしれません。そのような状況ですので、今後発信される情報についても引き続きご注目ください。また、歯の異常には気づきにくいことを念頭に置き、定期的な処置をご検討ください。

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係 大塚健史)

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