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2020年5月28日 (木)

輸送と抗菌薬が腸内フローラに及ぼす影響

No.160(2016年12月1日号)

 

はじめに

 草食動物であるウマは、炭水化物やタンパク質を小腸で吸収し、繊維質の分解によって産生された揮発性脂肪酸やビタミンなどを盲腸・大結腸で吸収します。その際、繊維質の分解やビタミン産生などには、腸内に存在する細菌(腸内細菌叢=腸内フローラ)が深く関わっています。その他にも腸内フローラには病原性のある細菌の競合的排除など重要な役割があり、そのバランスが崩れると下痢症や腸炎の発症につながる可能性があります。そのため、正常な腸内フローラを保つことは馬にとっては非常に重要です。腸内フローラへ影響を与える要因としては、調教やレース、輸送などのストレス、抗生剤の投与や手術などさまざまありますが、今回は輸送と抗生剤の関連性について、JRAが行っている研究をご紹介したいと思います。

  

腸内フローラ解析方法

・細菌培養による解析

 様々な培地や発育条件で糞便を培養し、それらの培地で発育した細菌の種類や菌数を測定して腸内フローラを明らかにする以前から用いられている方法です(図1)。腸内で生きている菌のみを検出し、各菌数をそれぞれ測定することができます。しかし、腸内フローラを構成する細菌は多様なため、中には培養できない菌が存在する場合や細菌の同定が困難な場合も多く、正確に腸内フローラを把握できないことがあります。1_7図1 様々な培地を用いた細菌培養法(出典:腸内菌の世界, 叢文社, 1980)

 

・次世代シークエンサーによる解析

 新しく用いられるようになった方法です(図2)。すべての細菌が持つ特定の遺伝子を標的とすることで、培養できない菌も検出し、腸内フローラ内の細菌を比率として見ることができます。しかし、細菌の遺伝子があれば検出されてしまうため、死んでしまった菌も反映されてしまう可能性や、実際の菌数を測定できないこと、解析には高額な機器が必要なことというデメリットもあります。2_5図2 次世代シークエンサー Ion PGM (Life Technology社)

 

JRAが行っている研究について

 近年、JRAでは所属競走馬において輸送後の腸炎発症頭数が増加傾向にあります。その背景としては、輸送頻度の増加や輸送前後で発症した疾患、輸送熱予防のための抗生物質など抗菌薬の予防的投与などの影響が考えられます。その抗菌薬の予防的投与が輸送前後において腸内フローラへ与える影響について上述の2つの解析法を用いて研究を行っています。

 毎年4月下旬に千葉県船橋市にある中山競馬場でブリーズアップセールが行われています。そのセールへ上場する育成馬は、北海道浦河郡浦河町にある日高育成牧場から中山競馬場へ、陸路とフェリーを使い約25時間かけて輸送されます。その輸送直前に輸送熱予防に使われる抗生剤(マルボフロキサシン)の投与群(3頭)と非投与群(5頭)を作り、腸内フローラの変化を調査しました。輸送前後の糞便の状態を確認するために、輸送7日前、4日前、1日前、到着翌日、到着3日後の計5回、直腸内の糞便を採取して上記の解析を行いました。結果として、細菌培養による解析では、大腸菌などの腸内細菌科細菌やブドウ球菌などの菌数が増加する傾向が認められました。次世代シークエンサーによる解析では、8頭中6頭において輸送後に何らかの腸内フローラの変化が認められました(図3)。しかし、これらの変化には、抗生剤の投与の有無との関連は認められませんでした。3_4図3 次世代シークエンサーによる解析結果の一例

 

最後に

 今回の調査によって、長距離輸送は腸内フローラへ何らかの影響を与えることが明らかとなりました。しかし、輸送後に発熱した馬は1頭いたものの下痢症状を示した馬は認められなかったことから、今回検出された腸内フローラの変化は、直ちに下痢症や腸炎の発症につながるわけではないことが確認できました。また、抗生剤の投与の有無との関連が認められなかった理由としては、輸送による変化が大きすぎるため、輸送直前の抗生剤投与の影響が隠されてしまった可能性なども考えられます。

 今後は、どのような腸内フローラの変化が下痢症や腸炎の発症リスクとなるのかなどの疑問に答えていくために、さらなる研究を進めていく必要があると考えられます。

  

(日高育成牧場 業務課 水上寛健)

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