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2024年1月15日 (月)

獣医学生の生産地研修

馬事通信「強い馬づくり最前線」第317号

はじめに

 競走馬の生産地において馬の健康維持や健やかな成長を助け、「強い馬づくり」に貢献している職業の一つに獣医師があります。ところが、馬の獣医師を目指す獣医学生は小動物や他の大動物業界に進む学生に比べて多いとは言えず、大学にもよりますが、一般的に馬を対象とした獣医療を専門的に学ぶ機会が少ないというのが実情です。筆者は、幸いにも馬の生産牧場や臨床獣医師のもとでの研修・実習を通じて学ぶ機会に恵まれましたが、馬業界での実習や就職活動は、当時(20年以上前)の学生(自分)にとっては、まさに暗中模索だったと記憶しています。

 昔話はさておき、現代では学生に対して業界をあげて大きく門戸を開いており、その一つとして、日高育成牧場では学生の長期休暇に合わせて「スプリングキャンプ」および「サマーキャンプ」と銘打ったそれぞれ計5日間の研修を開催しています。

 

日高育成牧場での研修

 この研修では、生産から育成、売却、競馬の仕組みなど馬の獣医師として必要な知識のほか、運動器疾患や内科疾患のみならず、生産地ならではの繁殖学に関する検査手技や診療技術の初歩について、繁殖牝馬、子馬ならびに乗馬を使いながら体験学習することができます(写真1~3)。春と夏の研修ともに分娩やセリの見学などのなかなか経験することができないコンテンツがあり、馬の周産期医療や競走馬売買の実態など大学で触れる機会の少ない「現場」を体験することができるため、毎回多くの学生からの応募を頂いています。

 実際に参加してもらった学生が馬の獣医師を本気で目指すきっかけになることも多いようで、「〇年前に研修でお世話になりました!」と若い獣医師に話しかけられると、非常に嬉しいものです(写真4)。一方、生産地の馬獣医療を担う他の獣医療施設においても、積極的に学生の獣医研修をサポートしていただいています。

 

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写真1:大学では学ぶことができない現場ならではの馬繁殖学の講義の様子

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写真2:緊張感が漂う実馬を用いたX線検査実習。

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写真3:装蹄チームの講義は巧みな話術が人気の秘密。

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写真4:直腸検査実習(指導している獣医師も実は元研修生)




臨床現場での研修

 実際の馬臨床獣医療は、農業共済(NOSAI)、軽種馬農協(HBA)ならびに軽種馬調教センター(BTC)などの団体に所属する獣医師のほか、個人経営の開業獣医師の皆さんが担っていることは、競馬関係者の皆さんは良くご存じだと思います。各団体や開業獣医師の方々は、生産地の獣医療現場(特に繁忙期である分娩シーズンや北海道の生活環境)を学生に体験する機会を提供して、装蹄師や牧場スタッフなど他職種の皆さんとの協力体制の重要性を教え、先輩獣医師の生の声を聞くことができる機会を設けて、獣医学生が生産地の獣医師を志す一助になるようサポートしていただいています。こうした研修は、学生が本格的に獣医療を学ぶことはもちろん、生産地や馬獣医療の厳しさや素晴らしさを知ることができるため、将来を見据えた就職活動の一環として人材確保に大きく貢献していると言えます。

 

【団体の問い合わせ先】

・NOSAI北海道:ホームページの採用情報の家畜診療業務体験研修の募集案内から

・HBA:ホームページの採用情報(獣医師職員)の問い合わせフォームから

 

馬医療の担い手の確保

 前項で人材確保という言葉が登場しましたが、生産地における人材不足は獣医師についても同じ状況で、安定的な獣医療を提供していくにあたり、深刻な障害となりかねない問題であると捉えられています。上述したように、業界全体で人材育成や就職活動のサポートに力を入れていますので、お忙しいとは思いますが研修や実習への協力依頼に応じていただけたら幸いです。また、読者の皆さんの知り合いや親せきに獣医師に興味がある方がいたら、気軽に生産地での研修を紹介していただきますよう、お願いします。これからの強い馬づくりを支える人材確保に、是非ともご協力ください。

 なお、JRAでは、馬の獣医師を志す学生を支援し、日本の馬産業を支える人材を育成することを目的として「競走馬および乗馬の獣医師を志す学生を支援するための奨学金制度」を日本国際教育支援協会(JEES)の協力のもと実施しています。例年、新5年生となる獣医学生(34名程度)を対象に、月額35,000円を24か月間支給しています(2023年9月現在)。詳細については、各大学の学生課または奨学金担当部署へご確認ください。

 

主任研究役 琴寄泰光

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