2020年5月14日 (木)

大腿骨遠位内側顆ボーンシストに対する治療法について

No.154 (2016年9月1日号)

 

 

 

 2016年度の各種セリが開催され、売却成績は過去最高となるなど市場取引が盛況に行われています。第153回では大腿骨内側顆のボーンシストの概論について説明がありました。国内の一部のセリでは、レポジトリで膝蓋部X線画像の提出が任意で可能となり、生産者や購買者の皆様も、大腿骨遠位内側顆にできるボーンシストには注目されていることかと思います。今回はその治療方法について説明いたします。

 ボーンシストの治療法には大きく分けて3つの種類があります。まず初めに内科的保存療法である病変部位内へのステロイド投薬、2つ目は外科的治療法である関節鏡手術による病変部位の掻爬術、そして3つ目に比較的新しい治療法である螺子でシストを固定する方法です。

 

①内科的治療

 跛行が認められず大腿骨ボーンシストの直径が小さいものに関しては、そのまま陳旧化することもあり、無症状の場合は様子を見るのが一般的です。跛行を呈するものでは、休養期間中に過剰なエネルギー摂取をやめ、ミネラルの給与を適切に行うことで、より早い回復が期待できると言われています。跛行が顕著な場合には、運動や放牧を中止し、半年程の長期休養で跛行が改善すると言われていますが、調教再開と共に再び跛行を呈することがあります。そこでより積極的な内科的治療法として、コルチコステロイド製剤をシスト内に直接注入する治療法も行われています(図1)。この方法では、エコー機器やX線画像を用いて、もしくは関節鏡下で針の挿入部位を確認しながら薬剤を正確に注入することが求められます。1_7 図1 関節鏡下でのステロイドの注入(Diagnostic and surgical arthroscopy in the horseより抜粋)
  

②外科的治療

 重度の跛行が認められ、ボーンシストの直径が大きく深い症例では関節鏡手術による病巣部位の掻爬という方法も行われています(図2)。シスト内の変性した軟骨は自然には除去されないため、取り除くことで健常な軟骨下骨および関節軟骨の再生を促します。この方法は、予後は非常に良好ですが、関節面への侵襲も大きいため術後、半年程の長期の休養を要します。その後のリハビリにも関節疾患の併発を考慮する必要があり、ヒアルロン酸などを関節内に投与することもあります。

2_7図2 関節鏡下での掻爬術

 

③新しい治療法

 ボーンシストは、内科的、外科的治療によっても完治までに時間が掛かる疾患です。完治までの時間を短縮することを念頭に新たな治療法として提唱されているのが、シストに貫通するように螺子を挿入して、固定・補強するという治療法があります(図3)。この方法であれば、体重を支える関節面への侵襲がなく、関節炎への続発を予防出来ると考えられています。この螺子での固定によって、8割以上の馬で歩様の改善が報告されて手術から4ヶ月ほどで調教に復帰できると言われています。日高育成牧場でも、騎乗馴致の時期に跛行を呈する大腿骨ボーンシストの症例に遭遇し、螺子による内固定術を行いました。術後3ヶ月から、トレッドミルを用いてのリハビリを行うことができ、約半年後にはトレーニングセールに上場することができ、その後、同馬は中央競馬でデビューすることができています。3_4 図3 螺子固定挿入前、挿入後

 

最後に

 ボーンシストの発症率は海外の報告で1~3%と低く、調教を実施する前の若齢馬では、シストを保有していても跛行がみられないなど、頻繁に目にする病気ではありません。しかし、内科的および外科的治療でも難治性を示す場合も多く、約半年にもわたる休養を要するなど、経済的損失が大きい疾患のひとつに挙げられます。今後、これらの治療法を積極的に臨床応用し、効果を検討していくことが重要です。現在、日本国内における、大腿骨ボーンシストの発症率を生産地疾病のテーマとして調査中です。今回お伝えした情報も数年後には新たな情報に置き換わるかもしれません。そのような状況ですので、今後発信される情報についても引き続きご注目ください。

 

 

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係 山﨑 洋祐)

大腿骨内側顆のボーンシストについて

No.153 (2016年8月15日号)

 

 

サラブレッドのボーンシストとは?

 ボーンシストとは、関節の軟骨の下にある骨が発育不良を起こし発生する骨病変です。レントゲン検査では関節面に接したドーム状のX線透過像として認めることができます(図1)。病変は、栄養摂取や成長速度のアンバランスなどの素因がある子馬において、関節内の骨の一部に過度の物理的ストレスが加わることで発生すると考えられています。そのため好発部位は、前肢の球節や繋の指骨間関節、肩関節、後肢の膝関節といった走行時に大きな力がかかる関節面の骨となります。特に、膝関節を構成する大腿骨の内側顆(図2)はボーンシストの好発部位となりますが、この部位に大きなボーンシストが認められる馬は、調教開始とともに難治性の跛行を呈することが多いことが知られています。1_6【図1】球節(中手骨遠位)のボーンシスト X線透過像(破線)と関節面への開口部(矢印)

2_6 【図2】左後枝の膝関節を斜め後方から見たCT像 丸囲み部分が大腿骨内側顆。ボーンシストの多発部位となる。
   

大腿骨内側顆のボーンシスト

 現在、北海道の全てのサラブレッド市場では、レポジトリーに後膝のレントゲン資料が、上場者の任意で提出できる様になりました。大腿骨内側顆のボーンシストが発生するのは、1歳の春から秋にかけてです。この時期の、まだ調教が始まっていない若馬では、跛行が認められることは少なく、セリに向けたレントゲン検査で初めて所見が発見されることになります。

 レポジトリーに提出される後膝のレントゲン写真は、図3に示した4方向になります。この中で、内側顆のボーンシストを発見し易いのは、図3-Dの屈曲 外-内側像です(図4)。その他の方向から撮影したレントゲン像では、シストの大きさや関節面の状態を確認することが出来ます。3_3【図3】レポジトリーにおける後膝のレントゲン資料(4方向)

A:尾-頭側像、B:尾外-頭内側像、

C:外-内側像、D:屈曲 外-内側像

4_2【図4】大腿骨内側顆のボーンシスト所見

左:大きなボーンシスト所見

右:小さな軟骨下骨の欠損(ディフェクト)所見

 

治療と予後

 シストには炎症産物が含まれており、物理的な刺激が加わり続けることにより病巣が広がってしまいます。跛行が認められない場合は、そのまま陳旧化する場合も多いのですが、跛行が認められる場合は、運動や放牧を中止し、しっかり症状が消えるまで休養させることが重要です。跛行の程度が重い場合には、全身麻酔下でシスト内にステロイド剤(抗炎症剤)の患部への直接投与やシストの掻披術を実施し、治癒を促します。いずれにしても、休養期間は3ヶ月から6ヵ月以上要することが多く、競走馬としてのデビューは遅れてしまうことになります。近年、新たな治療方法としてシストを跨ぐ様にスクリューを1本挿入する治療法が試みられるようになり(図5)、調教への復帰も早くなることが期待されています(詳細については次号で紹介する予定です)。5

【図5】内側顆のボーンシストへのスクリュー挿入術 ラグスクリューによりシストの安定化を図り、疼痛や炎症を緩和する試みが行われている。

 

最後に

 大腿骨内側顆のボーンシストは、発症すると予後が悪く、経済的な負担も大きな疾患です。現在、日高地区の獣医師で総力を挙げて、ボーンシストの発症要因や治療法の改良に取り組んでいるところです。生産者の皆様には調査へのご協力への理解と今後の調査結果にご期待いただければ幸いです。

 

 

(日高育成牧場生産育成研究室 研究役 佐藤 文夫)

胆振での馬産の始まり

No.152 (2016年8月1日号)

 

 

 

  

 

 以前に本欄で日高における馬産の始まりについて紹介させていただきました。今回は胆振地区について触れてみたいと思います。

 

明治維新以前

 12世紀以前には東北地方との交流により、北海道に馬が渡ってきたと考えられています。15世紀後半から始まる松前氏(改姓前は蠣崎氏)の統治において、北海道農業発達史1巻にある松前藩の調査報告書「蝦夷地巡覧記」では、寛政9年(1797年)に和人地全73村のうち46村で馬を所有していると記載されていますので、かなり広範囲に馬が飼養されていたようです。この馬たちは松前藩が行っていた商場知行制(家臣への交易権の付与)での各場所間通行駄送用であり農耕用ではなかったとされています。

 一方、1700年代後半以降、ロシア船の度重なる来航に危機感を抱いた幕府は北辺防備のため蝦夷地の整備を急ぐ必要がありました。しかし松前藩にはその統治能力の低さもあり荷の重すぎる事業のためほとんど進んでいませんでした。寛政11年1月、幕府は松前領であった東蝦夷地(太平洋沿岸および千島列島)の内、浦河以北を上地(直轄地)とし、次いで文化4年(1807年)西蝦夷地も上地し、直接統治することとしました。

 享和2年(1802年)、幕府は直轄領の政務をつかさどる遠国奉行の一つとして蝦夷地奉行(後に函館奉行、松前奉行、その後再度函館奉行と改名)を設置しました。虻田町史には羽太正養と共に初代奉行となった戸川安論が文化元年(1804年)に幕府に牧場開設を建議し、それが入れられて有珠地区のオサルベツ(長流別)の原野に馬牧建設を着手しました(写真1)。いわゆる有珠・虻田牧といわれる幕府の牧場は現在の豊浦町から伊達市黄金にいたる富川牧(虻田)、岡山牧(有珠)、平野牧(伊達紋別)、豊沢牧(黄金)の四牧の総称であり、すべてが開場したのは文化3年です。開始時は幕府から拝領した3頭の種牡馬と南部藩から拝領した4頭と買い入れた5頭の牝馬でしたが、文化6年には四牧合計で147頭との記載も見られます。生産された馬は官用の外は民間にも払い下げられました。文化10年には博打石(現松前町)で馬市が開催され、3歳牡馬(年齢は当時のもの)が60頭払い下げられました。購買者には南部、津軽の馬喰(家畜商)も参加して取引していると報告されています。相応の需要があったのでしょう。安政4年(1857年)からは亀田(現函館市北西部)で奉行所により毎年1回の馬市が開かれました。北海道農業発達史によると安政年間(1854~59年)には、馬は全道に分布し、その数は1万頭に達していたと記載されています。しかし馬格は矮小で弱体化しておりました。しかし蝦夷地経営の進展に連れて馬に対する需要は増大したことから幕府は種々の改良増殖策を講じ、これらは明治になっても引き継がれました。

 有珠・虻田地区の馬は文政5年(1822年)有珠山の噴火時の災害記録によると牧馬数は2500頭程度と記載されています。多分この数字が文書的には最も大きな数字でしょう。有珠・虻田牧は明治2年(1869年)10月に65年の歴史を閉じることになりますが、この時の牧馬数は600頭であり、廃止時には各地の希望者へ売り渡し、駅逓の備馬、あるいは開墾の特志者に下げ渡しされるなどされています。

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(写真1:洞爺湖町入江にある蝦夷牧跡)


 

明治維新以後

 幕府が大政奉還を願い出た慶応3年(1867年)10月以後も、北海道開拓は殖産興業だけでなく北辺防備を固める上でも新政府にとって重要な政策でした。そのため翌4年4月(まだ戊辰戦争さなか)、前述する函館奉行所に代わり北海道開拓を主管するための行政機関として函館裁判所の設置(後の函館府、さらに開拓使へと変遷)が決定しています。

 北海道の馬産の発達は開拓の歴史的発展と軌を一にしており、明治2年(1869年)7月に開拓使が設置されると、この役所が開拓をけん引することとなります。前述する有珠・虻田牧や浦河牧は廃止され、明治5年に新たに改良増殖目的で新冠に牧馬場を開設しました。翌6年には七重(現七飯)勧業試験場、登別牧馬場、8年には根室牧畜場が開設されています。

 北海道の開発が進むにつれ物資の輸送、特に木材などの搬出や畜耕のための馬の需要も増えてきました。馬産の大きな転換は明治30年(1897年)北海道国有未開地処分法(明治41年改正)により大規模な土地の開拓が可能となったことがあげられます。この施策により大小多くの牧場が開設されました。

 一例をあげれば、早来町史には明治32年植苗村字フモンケ(現富岡地区)に、札幌在住であった吉田権太郎氏が吉田牧場を創設するための土地の貸し付けを受けたと記載されています。また、早くから軽種馬の育成を始めていたとされ、町史では安平村長より支庁長への報告文内に「牧場開設以来主としてサラブレッド種を飼育」との記載やサラブレッド種牡馬の飼養も記載もあります。この牧場は現在も同地区に引き継がれています。

 変わった例としては将軍家や殿様が興した牧場もあります。開拓初期の明治2年、当時の太政官政府は諸藩士族、団体などの志願者に土地を分与するいわゆる「蝦夷地分領支配」を布告しました。胆振地方の人ならば、この言葉を聞けば伊達藤五郎邦成(亘理伊達藩主)や片倉小十郎邦憲(白石藩主)、石川源太邦光(角田藩主)の名前を思い出すでしょう。市名に名を残す伊達邦成一行は有珠郡に入植し開拓を進めますが、その指揮を執ったのは家老常盤新九郎(のち田村顕允と改名)です(写真2)。彼らが西洋農法を取り入れるために長流川下流に「開墾農社」、黄金蘂(現黄金)に「牛社」を開設しました。この牛社は後年、田村顕允が引き取り黄金蘂牧場(田村牧場)となりました。この牧場は明治43年にやはり仙台藩に縁のある高橋是清が取得し、現在の高橋農場へと受け継がれています(伊達市史より)。この高橋農場は日本中央競馬会から委託を受け、昭和42年までアラ系抽せん馬の育成を行っておりました(写真3)。

 さらに新白老町史には徳川牧場の名前が出てきます。15代将軍徳川慶喜の家督を継いだ慶久が大正7年に当時あった白老牧場を購入したものです。この牧場は昭和3年に吉田善助氏に譲渡されています。この牧場では当初より軽種馬の生産を行っておりました。吉田善助氏の父は前述の権太郎氏の兄、善太郎氏です。すなわちその父、善治氏は数々の名馬を産出している吉田姓の牧場のルーツとなります。

 北海道の馬産は馬耕や貨物運搬用の馬を主体として発展してきましたが、胆振および日高地区では例外的にかなり早くから軽種馬すなわち競走馬の生産がなされてきたといえます。

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(写真2:伊達市開拓記念館の庭にある田村顕允の胸像)

  

3_2 (写真3:伊達市黄金にある黄金蘂牧場跡)

  

  

(軽種馬育成調教センター場長 高松 勝憲)

競走馬のエサとトレーニングⅡ(タンパク質)

No.151 (2016年7月15日号)

 

 タンパク質の英語であるプロテイン(Protein)は、 “第一のもの”という意味のギリシャ語の“プロテアス”を語源としています。19世紀にある著名な科学者が、生物の基本構成物質であり重要な栄養であるとの考えから、プロテインと命名したそうです。

 

タンパク質と筋肉

 タンパク質は、生体の血、肉および骨などの構成要素であり、まさに生命を形づくるために重要な栄養素です。特に、アスリートにとっては筋肉の構成材料として重要です。プロテインの補助食品やサプリメントの広告は、私たちにタンパク質を多く摂取すれば筋肉量も増えるかのような誤解を与えているかもしれません。タンパク質は、筋肉の材料ですが、必要以上に摂取したタンパク質は、炭水化物の場合と同様に脂肪として体内に蓄積されます。

 筋肉増量のためには、運動負荷による物理的刺激や、タンパク質の合成を促進する作用(同化作用)のあるホルモンの分泌や酵素が必要となります。特に、成長ホルモンやIGF-1(インスリン様成長ホルモン)は運動負荷により分泌量が増え、筋タンパク質の合成を促進することが知られています。また、インスリンは血中のグルコース取込に作用するホルモンとして知られていますが、タンパク質の合成や筋肉の材料となるアミノ酸の筋肉内への取込を促進する作用もあります。

 

ニュートリション・タイミング

 筋肉は24時間活動していますが、運動に伴う筋肉の代謝の変化から、3つのステージに分けることができます(図1)。 “ニュートリション・タイミング”と言われ、3つのタイミングに分けられます。それぞれのタイミングで適切な栄養源が適切な量利用されることで、良好なパフォーマンスを得ることができます。

 運動中、筋肉はエネルギーを利用し収縮および弛緩しますが、そのエネルギーは筋肉内のグリコーゲンが代謝されたり、筋タンパク質の一部が分解されたりすることによって生成されます。この筋肉組織が代謝される時間帯は、“エネルギー・タイミング”と言われます。運動後は、運動による物理的な刺激によって筋肉の感受性が高まり、インスリンなどの同化作用のあるホルモンの影響を受けやすい状態になります。この時間帯は、“アナボリック(=同化)・タイミング”と言われ、そのときの運動強度により変化しますが、おおむね運動後120分まで継続するとされています。その後、運動によって消費された筋グリコーゲンや、分解された筋タンパク質が回復する時間帯である“グロース・タイミング”となります。

 これらの時間帯の中で、“アナボリック・タイミング”のとき、食餌から筋タンパク質の材料であるタンパク質(アミノ酸)を摂取すると、筋タンパク質の合成速度を早める効果があることが知られています。人間のアスリートにおいては、よく取り入れられている栄養処方であり、運動により分解した筋タンパク質の修復を早めるだけでなく、筋肥大の効果も狙っています(図2)このタイミングで炭水化物も同時に摂取することにより、インスリンの分泌量も増加します。この結果、インスリンの同化作用により、さらに効率的な筋タンパク質の早期修復が期待できます。1_4図1:運動に伴う筋肉代謝の3つのステージ(ニュートリション・タイミング)

2_3 図2:アスリートに取り入れられている筋肉を早期に修復させるための栄養処方



 

馬における運動後の栄養処方が筋タンパク質合成に及ぼす影響

 ヒトや実験動物において、運動後のタンパク質や炭水化物摂取が、筋タンパク質の合成を促進することが、試験で確かめられています。はたして、競走馬においても、運動後の栄養給与が筋タンパク質の合成速度に影響をもたらすのでしょうか? 

 サラブレッドにおいて、運動後のタンパク質(アミノ酸)および炭水化物給与が筋タンパク質の合成速度におよぼす影響について調べた試験結果について紹介します。大腿部筋の筋タンパク質合成速度を、アミノ酸の安定同位体(自然界にほとんど存在しない水素の安定同位体で標識したアミノ酸(L-[ring-2H5]-フェニルアラニン))を標識として測定しました。 運動後の栄養の供給を飼料給与でおこなうと消化吸収に個体差等の影響があるため、栄養の供給は頸静脈からの点滴により実施しました。投与する試験溶剤は、対照として生理食塩水、10%ブドウ糖、10%アミノ酸、5%ブドウ糖+アミノ酸および10%ブドウ糖+アミノ酸の4種類を用い、運動直後から120分後まで2.2ml/kg/hrの速度で持続投与しました(図3)。

 運動75-120分後において、10%ブドウ糖+アミノ酸を投与したときが他の試験溶剤に比べて、筋タンパク質の合成速度が高くなりました。このように、競走馬においても運動後120分以内に、タンパク質ならびに炭水化物を摂取することにより、筋タンパク質が早期に修復することが期待できるようです。ちなみに、この試験において投与したアミノ酸や炭水化物の量は、飼料で換算すると、おおむね燕麦0.5kg(0.5枡)と脱脂大豆0.5kg(0.6枡)になります(図4)。また、燕麦と脱脂大豆を個別に用意しなくても、一般的な配合飼料には十分量のタンパク質が含まれることから、現在使っている配合飼料を運動後に1.0~1.5㎏与えることで十分です。3 図3:運動後のアミノ酸および炭水化物投与が馬の大腿部筋タンパク質合成速度に及ぼす影響

4 図4:飼料による運動後のアミノ酸および炭水化物投与の例

 

 (日高育成牧場 研究役 松井 朗)

 

競走馬のエサとトレーニングⅠ(炭水化物と脂肪2)

No.150 (2016年7月1日号)

 

  

 

摂取飼料の違いが運動中の炭水化物および脂肪がエネルギー源として利用される割合に影響するのか? 

 前号掲載の内容を予備知識として、本題に入りたいと思います。競走馬が穀類を主体とした飼料または植物油や植物繊維を主体とした飼料を摂取したとき、運動中のエネルギー源として利用される炭水化物と脂肪の割合に影響を及ぼすのでしょうか? ヒトの場合では、自転車で時速30km程度の軽い運動を行ったときには、普段から脂肪の摂取量が多いヒトの方が運動中の脂肪の利用割合が高かったことなど、炭水化物と脂肪の摂取割合の違いが運動中のエネルギー利用割合に影響することが知られています。しかし、草食動物であるウマにおいて、雑食動物である人間のように給与飼料内容の違いにより運動中の炭水化物および脂肪のエネルギー利用割合に影響があるのでしょうか? また、時速70㎞以上で走破する競輪に近い全力疾走の競馬の場合でも、時速30kmの自転車走と同じようなエネルギー利用割合になるでしょうか?

 デンプンを主体に給与したウマと、油(脂肪)と植物繊維を主体に給与したウマで、運動時に脂肪がどれぐらいの割合でエネルギー源として利用されているかについて実験を行いました。炭水化物も脂肪も体内の組織で使われるだけでなく、組織から血液中に出てくることもあります。そこで、安定同位体で標識した脂肪を食べさせて、組織への脂肪の取込速度を調べました(図1)。組織への脂肪の取込速度は、おおむね脂肪がエネルギー源として利用される程度を表しています。

 グラフの縦軸は組織への脂肪の取り込み速度、横軸は時間経過を示しています。横軸に、赤字で“W・T・C・G”とあるのは、英語のウォーク(Walk:常歩)・トロット(Trot:速歩)・キャンター(Canter:駈歩)・ギャロップ(Gallop:襲歩)を意味し、全体の運動内容は図に示すとおりです。運動前の“-60、-45・・・”は、運動開始を0分として、運動何分前であるかをマイナスで示しています。-60は運動開始60分前を表します。“高デンプン”飼料のグループには、トウモロコシのデンプンを主体とした配合飼料を約1ヵ月間、毎日4㎏給与しました。グラフでは黄色の○で示しています。“高脂肪・繊維”飼料のグループには、植物油や植物繊維が豊富なビートパルプを主体とした配合飼料を同様に給与しました。グラフではピンク色の○で示しました。

 運動前においては、高デンプン飼料を与えたウマと高脂肪・繊維飼料を与えたウマの間で、脂肪のエネルギー利用に差はありませんでした。運動中をみてみると、速歩(T)においては高脂肪・繊維飼料給与グループの脂肪の利用割合は高くなりましたが、よりスピードの速い駈歩(C)や襲歩(G)においては飼料間の差はありませんでした。どちらの飼料グループにおいても、運動中よりも運動後の方が脂肪の利用割合は大きくなりますが、飼料間の差はありませんでした。

 今回はお示ししませんが、炭水化物(グルコース)の運動中の利用割合にも飼料間に違いはありませんでした。速歩のような遅いスピードでは、脂肪(もしくは脂肪源)を多く摂取していたウマで、脂肪の利用割合は高まるようですが、それより速いスピードのときは、給与飼料中の炭水化物と脂肪の量は運動中の両者のエネルギー利用割合に影響しないようです。1_3(図1) 高デンプン飼料もしくは高脂肪・繊維飼料を摂取した馬の運動前・中・後の脂肪の取込速度変化

 

有酸素性エネルギー供給と無酸素性エネルギー供給

 運動するためのエネルギーの生成には、筋肉内のアデノシン三リン酸(ATP)という物質が必要なのですが、ATPの蓄えはあまり多くありません。そこで、運動を持続するためには、常にATPを再合成していかなければなりません。ATPの合成方法にはいくつかの種類があり、炭水化物もしくは脂肪を材料とし(少ないがタンパク質も一部使われる)、酸素を利用するATPの合成過程は「有酸素性エネルギー生成」とよばれます(図2)。一方、酸素を必用としないATPの合成過程もあり、このときは「無酸素性エネルギー生成」とよびます。無酸素性エネルギーの生成過程では、脂肪は使われず、材料は炭水化物(筋肉中のグリコーゲン)のみです。無酸素性エネルギー生成は有酸素性エネルギー生成に比べてATPの合成量は少ないですが、すばやく供給できるため、運動強度が強くなるにしたがって、エネルギー需要のうち無酸素性に生成されるエネルギーが占める割合は高くなります。

 軽い運動のときは、炭水化物または脂肪の普段の摂取量は、有酸素性のエネルギー生成を炭水化物あるいは脂肪のどちらに依存するかということに影響を与えるようです。しかし、競馬のような強い運動が負荷されたときは、エネルギー生成は、炭水化物を材料とした無酸素性のエネルギー生成にかたよります。そのため、先の試験において、炭水化物または脂肪の摂取量の違いが、強い運動負荷時の脂肪のエネルギー利用割合に影響しなかったのであろうと考えています。

 それでは、競走馬には炭水化物を多量に給与すべきなのでしょうか? 競走馬もアスリートなので、ある程度は炭水化物を重点的に摂取すべきです。しかし、炭水化物を過剰に摂取しても意味は無く、どこかのCMのセリフのように「今でしょ」というときに必要なものであり、そのために適正なタイミングが摂取することが重要です。このことに関する解説は、また別の機会に紹介したいと思います。2_2(図2) 有酸素性および無酸素性のエネルギー生成過程


   

(日高育成牧場 研究役 松井 朗)

競走馬のエサとトレーニングⅠ(炭水化物と脂肪)

No.149 (2016年6月15日号)

 

               

 

 ♪どうしてお腹が鳴るのかな?♪と童謡にもありますが、この腹が鳴る現象、腹鳴(はらなり)は、“食事を摂ってください”という体の合図であるともいえます。食物に含まれる様々な栄養はどれも重要であり欠くことはできませんが、量だけでみれば、ほとんどエネルギーを摂るために食べているといえます。エネルギーは、体温を維持する、心臓や内臓を動かす、体を動かすなどのあらゆる生命活動に使われます。腹鳴は、血糖値が低下したとき胃の動きが活発になり、胃内のガスが押し出されるときに出る音とされています。恥ずかしいときもある腹鳴ですが、体内のエネルギーが切れないようにする警告音だと考えれば、羞恥心も減るかも?しれませんね。

 エネルギー源として使われる物質は主に炭水化物と脂肪です。時速60km以上で走る競走馬は非常に多くのエネルギーを摂る必要がありますが、エネルギーの素となる炭水化物や脂肪の理想的な摂取量はあるのでしょうか?

 

ウマの炭水化物と脂肪摂取

 この話題について考えるために、まず、草食動物であるウマの炭水化物と脂肪の摂取と利用について知る必要があります。ヒトの場合、そもそも脂肪はある程度摂取しており、脂肪の摂取が推奨される場合はほとんどありません。ヒトの食事中の脂肪は15~30%であり、それに対して、一般的なウマの飼料、牧草や燕麦に含まれる脂肪は3~4%程度で、ヒトの場合よりはるかに低くなっています。つまり、ウマはエネルギーの大半を脂肪ではなく炭水化物から摂取していることになります。

 それでは、摂取した炭水化物は、そのまま炭水化物としてエネルギーの材料になるのでしょうか? 炭水化物を摂取したからといって、体内でも炭水化物として利用されるとは限りません。体内で脂肪に変換され、その後にエネルギー生成の材料として使われることがあります。炭水化物はある特定の物質の名称ではなく、“グルコース(ブドウ糖)”同士が多数繫がって構成されている物質の総称です。そして、その繫がりの強さの違いによって、炭水化物は「糖類」と「食物繊維」というグループに大きく分けられます。ちなみに、糖類はグルコースの繋がりが弱く、食物繊維の方が強く繋がっています(図1)。この繋がりの強さの違いが糖類と食物繊維の消化吸収のされやすさに影響します。

 ウマが食べている飼料の中で、糖類のグループに入る代表的なものは、燕麦などの穀類に多く含まれるデンプンです。一方、食物繊維のグループの代表的なものは、牧草などの粗飼料に含まれるセルロース(植物繊維の主成分)という物質です。デンプンは、ウマの小腸内で酵素(アミラーゼなど)の作用により、小さな単位であるグルコースやフルクトース(果糖)に分解され吸収されます(図2)。一方、セルロースは小腸では消化吸収されず、盲腸や結腸内の数百億ともされる数のバクテリアや原虫によって発酵され揮発性脂肪酸に変換された後、吸収されます。

 生成される揮発性脂肪酸は、酢酸・酪酸・プロピオン酸です。脂肪酸とは脂肪を構成する最小単位の物質なので、炭水化物であるセルロースは最終的に脂肪に変えられたことになります。穀類は炭水化物としてエネルギーの源を供給しますが、牧草の場合は、脂肪として含まれている量以上に、結果として脂肪を供給することになります。牧草を主体に摂取するということは、穀類を摂取する場合と比較すると、エネルギー源としてより多くの脂肪を摂取しているといえます。1_2 (図1)糖類と食物繊維におけるグルコースの結合 

2 (図2)炭水化物(デンプンおよびセルロース)の消化器官における消化・吸収

 

摂取飼料の違いが運動中の炭水化物および脂肪がエネルギー源として利用される割合に影響するのか? 

 ここまでの内容を予備知識として、本題に入りたいと思います。競走馬が穀類を主体とした飼料または植物油や植物繊維を主体とした飼料を摂取したとき、運動中のエネルギー源として利用される炭水化物と脂肪の割合に影響を及ぼすのでしょうか? ヒトの場合では、自転車で時速30km程度の軽い運動を行ったときには、普段から脂肪の摂取量が多いヒトの方が運動中の脂肪の利用割合が高かったことなど、炭水化物と脂肪の摂取割合の違いが運動中のエネルギー利用割合に影響することが知られています。しかし、草食動物であるウマにおいて、雑食動物である人間のように給与飼料内容の違いにより運動中の炭水化物および脂肪のエネルギー利用割合に影響があるのでしょうか? また、時速70㎞以上で走破する競輪に近い全力疾走の競馬の場合でも、時速30kmの自転車走と同じようなエネルギー利用割合になるでしょうか?

 デンプンを主体に給与したウマと、油(脂肪)と植物繊維を主体に給与したウマで、運動時に脂肪がどれぐらいの割合でエネルギー源として利用されているかについて実験を行いました。炭水化物も脂肪も体内の組織で使われるだけでなく、組織から血液中に出てくることもあります。そこで、安定同位体で標識した脂肪を食べさせて、組織への脂肪の取込速度を調べました(図3)。組織への脂肪の取込速度は、おおむね脂肪がエネルギー源として利用される程度を表しています。グラフの縦軸は組織への脂肪の取り込み速度、横軸は時間経過を示しています。横軸に、赤字で“W・T・C・G”とあるのは、英語のウォーク(Walk:常歩)・トロット(Trot:速歩)・キャンター(Canter:駈歩)・ギャロップ(Gallop:襲歩)を意味し、全体の運動内容は図に示すとおりです。運動前の“-60、-45・・・”は、運動開始を0分として、運動何分前であるかをマイナスで示しています。-60は運動開始60分前を表します。“高デンプン”飼料のグループには、トウモロコシのデンプンを主体とした配合飼料を約1ヵ月間、毎日4㎏給与しました。グラフでは黄色の○で示しています。“高脂肪・繊維”飼料のグループには、植物油や植物繊維が豊富なビートパルプを主体とした配合飼料を同様に給与しました。グラフではピンク色の○で示しました。運動前においては、高デンプン飼料を与えたウマと高脂肪・繊維飼料を与えたウマの間で、脂肪のエネルギー利用に差はありませんでした。運動中をみてみると、速歩(T)においては高脂肪・繊維飼料給与グループの脂肪の利用割合は高くなりましたが、よりスピードの速い駈歩(C)や襲歩(G)においては飼料間の差はありませんでした。どちらの飼料グループにおいても、運動中よりも運動後の方が脂肪の利用割合は大きくなりますが、飼料間の差はありませんでした。

 今回はお示ししませんが、炭水化物(グルコース)の運動中の利用割合にも飼料間に違いはありませんでした。速歩のような遅いスピードでは、脂肪(もしくは脂肪源)を多く摂取していたウマで、脂肪の利用割合は高まるようですが、それより速いスピードのときは、給与飼料中の炭水化物と脂肪の量は運動中の両者のエネルギー利用割合に影響しないようです。

 

有酸素性エネルギー供給と無酸素性エネルギー供給

 運動するためのエネルギーの生成には、筋肉内のアデノシン三リン酸(ATP)という物質が必要なのですが、ATPの蓄えはあまり多くありません。そこで、運動を持続するためには、常にATPを再合成していかなければなりません。ATPの合成方法にはいくつかの種類があり、炭水化物もしくは脂肪を材料とし(少ないがタンパク質も一部使われる)、酸素を利用するATPの合成過程は「有酸素性エネルギー生成」とよばれます(図4)。一方、酸素を必用としないATPの合成過程もあり、このときは「無酸素性エネルギー生成」とよびます。無酸素性エネルギーの生成過程では、脂肪は使われず、材料は炭水化物(筋肉中のグリコーゲン)のみです。無酸素性エネルギー生成は有酸素性エネルギー生成に比べてATPの合成量は少ないですが、すばやく供給できるため、運動強度が強くなるにしたがって、エネルギー需要のうち無酸素性に生成されるエネルギーが占める割合は高くなります。

 軽い運動のときは、炭水化物または脂肪の普段の摂取量は、有酸素性のエネルギー生成を炭水化物あるいは脂肪のどちらに依存するかということに影響を与えるようです。しかし、競馬のような強い運動が負荷されたときは、エネルギー生成は、炭水化物を材料とした無酸素性のエネルギー生成にかたよります。そのため、先の試験において、炭水化物または脂肪の摂取量の違いが、強い運動負荷時の脂肪のエネルギー利用割合に影響しなかったのであろうと考えています。

 それでは、競走馬には炭水化物を多量に給与すべきなのでしょうか? 競走馬もアスリートなので、ある程度は炭水化物を重点的に摂取すべきです。しかし、炭水化物を過剰に摂取しても意味は無く、どこかのCMのセリフのように「今でしょ」というときに必要なものであり、そのために適正なタイミングが摂取することが重要です。このことに関する解説は、また別の機会に紹介したいと思います。

 

 

(日高育成牧場 研究役 松井 朗)

2020年5月13日 (水)

電気牧柵を用いた放牧方法

No.148 (2016年6月1日号)

                          

  

 アイルランドなど海外の馬産国では、電気牧柵を効果的に利用した放牧方法が一般的に普及されています。わが国でも、放牧地への鹿の侵入防止用として設置されている牧場も多いのではないでしょうか。日高育成牧場では、出産後の母子の放牧地において、子馬の事故予防を目的として電気牧柵を設置していますので、本稿で概要を説明します。

   

子馬の種子骨傷害

 電気牧柵の話を始める前に、生後まもない子馬における種子骨傷害について説明します。これまで当場で実施した調査では、生後1~2ヶ月齢の子馬の近位種子骨のX線検査において、前肢で45.2%、後肢で9.5%に骨折様の陰影が認められました(図1)。これらの所見は種子骨の先端部に認められる小さなもの(図1左)から、中位の大きな離解を伴うもの(図1右)まで様々でしたが、有所見馬には跛行や腫脹などの臨床症状は見られず、発見から1ヶ月以内に消失するものがほとんどでした。発生原因は、広い放牧地で母馬に付いて激走することにあると考えられています。生後間もない子馬の種子骨は、まだ激しい運動に耐えられません。このため、いきなり広い放牧地に放された場合に、骨傷害を発生するのではないかと推察されます。

 所見を有した場合であっても、多くの馬に症状が認められないことから、臨床上の重要性が低い印象を受けます。しかし、場合によっては骨片が大きく離れるような重度の骨折を発症するリスクもはらんでいるため、発症リスクを低くするような飼養管理方法が求められます。1_11 図1.生後間もない子馬に認められる種子骨傷害

電気牧柵を利用した段階的な放牧

 2012~14年の3年間、当場において、広い放牧地(2ヘクタール以上)に生後10日齢以内に放した子馬の種子骨のX線検査をしたところ、中央部に陰影を認める離断骨片が大きい所見(図1右)が33%(12頭中4頭)に認められました。日高育成牧場で母子が利用可能な放牧地は、小パドック(1アール以下)を除くと、2haおよび4haの比較的広い放牧地のみであり、小パドックと大型放牧地の中間にあたる1ha以下の中型放牧地の設置が課題でした。

 そこで2015年は、2haの放牧地を電気牧柵で間仕切りすることにより、1ha以下の中型放牧地を設置し、段階的な放牧方法を実施しました。これにより、生後1週齢までは小パドック、その後1ヶ月齢までは間仕切りした中型放牧地、1ヶ月齢以降は4ha以上の広い放牧地を使用しました(図2)。この方法を用いたことにより、過去3年間で33%に認められた種子骨中央部の骨傷害が、2015年には13%(8頭中1頭)に減少しました。

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図2.電気牧柵を利用した段階的な放牧

 

電気牧柵の設置・使用方法

 具体的な電気牧柵の設置方法について説明します。馬用の放牧地の場合、視認性確保のため、ワイヤー状の細い電線ではなく、帯状の幅が広いタイプ、また、ポールは安全性を考慮したプラスチック製のものが推奨されます。馬によっては、電気牧柵に対する馴致が必要となる場合があります。最初に引き馬をしながら、電気牧柵に馬を近づけて、しっかり見せてから放牧した方がよいでしょう。もちろん、何かに驚いて急に走りだした場合には、突破されるリスクもありますので、外柵としてではなく、あくまで放牧地内部の間仕切りとしての使用に限定した方がよさそうです。なお、人畜両者に対する危険防止のため、電源については出力電流が制限される「電気柵用電源装置」の使用が法律で義務付けられていますので、ご注意ください。

3_7 図3.プラスチック製ポールと視認性の良い帯状の電線(左)と移動が容易な乾電池式の電源(右)

 

  

  (日高育成牧場・専門役 冨成 雅尚)

交配誘発性子宮内膜炎

No.147 (2016年5月15日号)

 

   

 日中は暖かく、放牧地の緑も鮮やかになり、放牧地で横たわる当歳馬の姿に心安らぐ季節になってまいりました。交配シーズンもピークを過ぎ、若干タイミングが遅れてしまいましたが、本稿では「交配誘発性子宮内膜炎」についてご紹介いたします。

 

子宮内膜炎

 子宮は粘膜、筋層、漿膜からなる3層構造をしています(写真1)。この粘膜は内膜とも呼ばれ、発情期に浮腫を起こし、エコー検査で特徴的な所見を示す部位です。また、内視鏡検査時には直接観察できる部位ですので、生産者にとってはイメージしやすいことかと思います。子宮内膜炎とは、主に外陰部から病原微生物が進入し、感染することによって、子宮内膜に炎症が生じることを指します。

1_10 写真1

 

交配誘発性とは

 受胎に必須の交配が受胎を阻害しうる子宮内膜炎を起こすということについては、違和感を抱く方がいるかもしれません。その主な理由は交配時に異物が混入してしまうことです。種馬の陰茎は清潔に管理されていますが、交配時に多少混入することは避けられません。しかし、それ以上に注目されているのは精液自体の影響です。交配の際、子宮内には約80mlの精液が射精されます。この精液自身が牝馬にとっては異物であるため、子宮内から排除しようという生理反応が起きます。これが交配誘発性子宮内膜炎の正体です。従って、これは病気ではなく正常な自浄作用と言えます。通常は交配10-12時間後をピークに、24時間後までには炎症が収まるため、受胎性に影響はありません。

  

問題になるケース

 しかしながら、サラブレッドの中には炎症が持続することで受胎に影響を及ぼす例が10-15%あると報告されています。交配後の炎症が3日4日と続くと、子宮体からPGF2αの分泌が惹起され、妊娠維持に重要な黄体を退行させる、つまり受胎を阻害する要因となります。このように炎症が持続する馬の条件として、子宮平滑筋の収縮が乏しかったり、子宮が落ち込んでいたり(産歴の多い馬)といったことが知られていますが、臨床現場においてこれを明確に診断することは難しく、あまり一般的ではありません。簡単な診断は交配翌日のエコー検査で貯留液を確認することです。貯留液が認められる場合には、本疾病が生じていると考えられます。発情期には若干の粘液が認められるため、教科書的には深さ2cm以上の貯留液が炎症の指標とされます。

  

対処法

 対処法の一つは交配翌日の子宮洗浄です。受精に必要な精液は交配2-4時間後には卵管に移動するとされており、実際交配4時間後に子宮洗浄を行っても受胎性は低下しないという研究報告があります。そのため、子宮洗浄を実施するタイミングは交配4-18時間後が推奨されます。もう1つの対処法はオキシトシンの投与です(写真2)。オキシトシンは子宮平滑筋を収縮させることで、貯留液の排出を促します。やはり交配4-6時間以降に投与することが推奨されます。子宮洗浄よりも簡便に行えますが、半減期(血液中で濃度が半減する時間)が7分と短く、子宮収縮作用は短時間に限られます。そのため、特に注意すべき馬に対しては4-6時間おきに複数回投与することが推奨されます。PGF2α製剤(いわゆるPG)はオキシトシンよりも子宮収縮作用が長く続くため、同様に用いられていますが、排卵後の黄体形成を阻害するという報告もありますので、注意が必要です。

 いずれにしても交配翌日にエコー検査を受けることが肝要です。近年、排卵促進剤が普及したことで、排卵確認を省略するケースが散見されますが、本疾病の確認のためにも交配翌日のエコー検査を推奨いたします。交配自体が子宮内膜炎を誘発するという現象については近年広く認識されつつあります。全ての馬に対して処置が必要というわけではありませんが、該当する馬に対しては適切な処置が必要です。本稿が皆様の受胎率向上の一助になれば幸いです。2_7 写真2

 

 

(JRA日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

馬運車内環境の改善効果

No.146 (2016年5月1日号)

 

 

 4月26日(火)にJRA中山競馬場でJRAブリーズアップセールが開催され、日高および宮崎育成牧場での騎乗馴致を経て後期育成を終えたJRA育成馬たちは、無事に新しい馬主様に売却されていきました。今後は出走を目指してトレーニング・センターや育成場で調教を積み、各地の競馬場での出走に備えることになります。このように競走馬は生まれてから引退後まで、日本各地を移動し続けることになり、馬運車内にいる時間は少なくありません。そこで、今回は競走馬の「馬運車内環境」について触れ、その中でも我々が昨年研究を行った「馬運車内環境」の改善の試みについてご紹介したいと思います。

 

「輸送熱」の発症要因と予防方法

 みなさんも「輸送熱」という言葉を聞いたことがあると思います。これは輸送(特に20時間以上の長時間輸送)によって発熱する病気の総称です。「輸送熱」の発症要因としては、輸送のストレスによる免疫力(細菌などと戦う力)の低下や長時間輸送による「馬運車内環境」の悪化などが知られており、これらの要因が細菌感染を助長するため、「輸送熱」を発症してしまうと考えられています。以上のことから、「輸送熱」を予防するためには細菌感染を防ぐ手立てを準備しておくことが重要となります。

 近年の「輸送熱」を予防する方法としては、①輸送直前の抗生物質の投与、②輸送前の免疫賦活剤(免疫力を高める薬剤)の投与、③「馬運車内環境」の改善などが行われています。①の抗生物質の投与は、近年では最も一般的な「輸送熱」の予防方法であり、特にマルボフロキサシン製剤の輸送直前投与が実施されるようになってからは、「輸送熱」の発症が大幅に減少しました。しかしながら、抗生物質の投与を行うことで輸送後に腸炎(重篤な下痢)を発症してしまう可能性があることや耐性菌(抗生物質が効かない細菌)が現れてしまう可能性も指摘されていますので、抗生物質の投与以外の効果的な予防方法を確立することも求められています。今回はその中で③の「馬運車内環境」の改善による予防方法ついてご説明いたします。

 

輸送中の「馬運車内環境」は悪化していく

 輸送中の「馬運車内環境」について改めて考えてみますと、競走馬にとっては非常に不快な場所であると考えられます。1頭分の狭いスペースに押し込まれ、その場所に長い場合には20時間以上にわたって立っていなければいけないことを強いられているわけで、これだけでも大きなストレスを受けているはずです(図1)。

 さらに、輸送中には馬運車内に糞尿が増えていくことから、アンモニア等の悪臭の発生や湿度の上昇なども合わせて起こり、時間の経過と共にさらに「馬運車内環境」は不快なものとなっていきます。そして、これらの「馬運車内環境」の悪化が細菌増殖の温床となったり、それぞれの個体の免疫力を低下させたりする要因となっていると考えられます。そこで、「馬運車内環境」を改善することが「輸送熱」の発症予防に繋がるのではないかと考え、研究を行いました。1_8

図1.輸送中の馬の狭い空間で立っているため大きなストレスを受けています。

 

微酸性次亜塩素酸水の空間噴霧による環境改善の試み

 微酸性次亜塩素酸水とは次亜塩素酸ナトリウムという物質を希塩酸で弱酸性(pH6程度)に調整した消毒薬であり、多くの細菌やウイルスを死滅させる効果やアンモニア等の悪臭物質も分解する効果があります。さらにこの消毒薬は、反応後に水へと変化することから、生体への悪影響無く安全に空間噴霧できるという利点があります。以上のことを踏まえ、この微酸性次亜塩素酸水を空間噴霧することによる「馬運車内環境」の改善効果について以下の研究を行いました。

 今回の研究では、北海道から宮崎へ輸送するサラブレット1歳馬11頭を用いて、1台は通常の馬運車(対照群:6頭)で輸送し、もう1台は微酸性次亜塩素酸水を噴霧した馬運車(噴霧群:5頭)で輸送しました。輸送中の馬運車内の細菌数やアンモニア濃度を測定したり、輸送馬の状態を検査したりして噴霧による「馬運車内環境」の改善効果を調べています。輸送中の馬運車内の細菌数は、噴霧群の方が減少するという結果が得られました(図2)。これは噴霧効果によって細菌やウイルスが減少したことに加え、埃などの異物も少なくなっていた結果によるものと考えられます。また、輸送中のアンモニア濃度については、輸送24時間後までは噴霧群の方がアンモニアの濃度が低いという結果が得られました(図3)。これらの結果から、微酸性次亜塩素酸水の噴霧には、「馬運車内環境」を改善させる効果があると考えられ、「輸送熱」の予防に繋がる可能性が示されたと言えます。2_6

図2.輸送中の馬運車内細菌数は対照群に比べ噴霧群の方が少ない。3_6

図3.輸送24時間後までは馬運車内のアンモニア濃度は噴霧群の方が低い。

  

最後に

 様々な予防方法の確立によって「輸送熱」は減少傾向にありますが、完全に発症を予防するには至っておりません。また、これまで確立してきた予防方法の効果が無くなったり、副作用が生じてきてしまったりする可能性も考えられます。そのため、今後も新たな予防方法を確立していくための研究を行っていき、皆様にご紹介していきたいと考えております。一方、実際に競走馬に関わっている皆様にも快適な「馬運車内環境」で輸送を行うという意識を持っていただければと思います。それぞれの馬の状態をしっかりと見極めていただき、少しでも快適な環境で輸送できるようにしていただければ幸いです。

 

 

(宮崎育成牧場 育成係長 岩本 洋平)

育成期の屈腱腫脹

No.145 (2016年4月15日号)

 

 

 

 育成調教期の若馬で「ウラがもやっ・・・として、すっきりしない」「触わって腱が太く感じる」と表現するような、屈腱部のわずかな腫脹や帯熱を認めることはありませんか?我々、JRA日高育成牧場の育成馬においても、このような症状は珍しくなく、いずれも一過性の現象であることを経験しています。このような若馬に対して超音波検査を行った場合、浅屈腱が成馬と比較して太い、もしくは反対の正常肢と比較して太い所見が認められます。しかし、腱損傷を示す所見は認められません(図1)。

 成馬においては、このような屈腱部の腫脹や帯熱は、浅屈腱炎すなわち「エビ」の症状もしくは前兆と理解されています。このため、若馬でこのような所見を認めた場合、育成調教の妨げとなるばかりではなく、市場価値の低下を招くことが懸念されます。では、このような若馬の屈腱の腫脹や帯熱は、本当に屈腱炎の前兆なのでしょうか?競走期のパフォーマンスや屈腱炎発症に影響を及ぼすのでしょうか?

1_7 図1.育成馬では浅屈腱が成馬より太い、もしくは反対肢と比較して太い所見が認められる。

  

育成期の屈腱に関する調査

 JRA日高育成牧場では、3年間に亘ってJRA育成馬165頭の屈腱部の超音波検査を実施し、若馬の屈腱部に関する調査を行いました。調査は「育成調教開始前の1歳9月」および「ブリーズアップセール前の2歳4月」の2回、屈腱部を6つの部位に分けて、浅屈腱の断面積を測定し、左右で比較しました(図2)。

 結果を見ると、いずれの部位でも浅屈腱の断面積は、1歳9月の方が大きく、2歳4月にかけて小さくなる傾向にありました。また、いずれの時期も、以前にトレセンで調査した成馬の値を上回っていました。すなわち、育成期の若馬の浅屈腱は成馬より太く、育成調教を行う過程において、徐々に成馬の値に近づくことがわかりました。

2_5 図2.育成馬と成馬との浅屈腱断面積の比較

  

育成期の屈腱の左右差

 また、屈腱を3つの部位に分けて、左右の太さ、すなわち断面積を比較してみました。すると、左右で断面積の差が20%以上あった馬は、1歳9月および2歳4月のいずれの時期においても、育成馬全体の20%近くに達しました(図3)。成馬においては、浅屈腱断面積に左右差が20%以上認められた場合、浅屈腱炎の前兆と考えられていますが、育成馬では、5頭中1頭にそのような所見を認めたのですなお、このような所見を有した育成馬であっても、超音波検査で腱損傷所見が認められない場合には、通常どおりの調教が実施されました。それでは、このような左右差が認められた馬は、他の馬と比較して、競走成績は劣っていたのでしょうか?競走期に屈腱炎を発症したのでしょうか?

 調査馬のうち、中央競馬に登録した143頭について調査したところ、出走回数、入着回数、および浅屈腱炎の発症率に有意差はありませんでした(図4)。すなわち、育成期に通常より太い、もしくは太さが左右で異なる屈腱であっても、競走期のパフォーマンスに及ぼすような病的な状態ではなく、調教運動を通して改善されていく所見であることが分かりました。

 ではなぜ、若馬の腱は一時的に太くなるのでしょうか?今回の調査で解明することはできませんでしたが、運動や骨成長などにより、未成熟な腱が負荷を受けた際に認められる生理的反応の1つと考えられました。この調査は、我々が育成馬を調教していく過程で遭遇した「若馬の屈腱腫脹」について、それが病的なものか否かを解明する目的で実施したものです。

 JRA日高育成牧場では、生産者、育成関係者、そして市場購買者の皆様が日頃から疑問に思っていることについて、今後とも育成馬を用いた科学的な調査を行っていきます。3_5 図3.育成馬の5頭に1頭は浅屈腱断面積の左右差が20%以上であった。

4_3 図4.左右差20%以上の馬と他の馬の出走回数・入着回数に有意差は認められなかった。

 

 

(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)