2020年5月13日 (水)

子馬の蹄管理と異常肢勢

No.144 (2016年4月1日号)

 

 

はじめに

 出産シーズンが始まるとどんな可愛い子馬と出会えるのかとワクワクします。しかし、いざ出産が始まると肢軸異常の子馬など、私たち装蹄師を悩ませる問題児たちが出てきます。子馬の頃から健全な蹄や肢の発育を維持することは、『強い馬づくり』にとって非常に重要で、肢軸異常がある場合には、十分な運動を実施できず競走成績にも影響します。そこで今回の強い馬づくり最前線は子馬の蹄管理と子馬に多い肢勢の異常について紹介したいと思います。

 

子馬の蹄管理

 子馬の蹄は柔らかく成長が早いため、異常摩滅などにより、蹄形が変形してしまうと歩様、肢勢、蹄形は大きな影響を受けます。そのため、定期的な装削蹄が不可欠です。子馬は、3~4 週間隔で装削蹄を実施しますが、状態によっては時期を早める場合もあります。また、削蹄などの蹄管理は、馬が生きていく限り継続されるものであるため、子馬に恐怖心を与えないよう慎重に実施します。

 

子馬の異常肢勢

 子馬の肢勢は発育、負重、歩様など、様々な要因によって変化します。異常肢勢は成長とともに治癒する場合もありますが、重度の異常肢勢を矯正することなく放置した場合は、運動器疾患の発症要因になることもあります。このため、日頃から蹄を注意深く観察し、異常肢勢や蹄形異常を早期発見することが重要です。また、異常が認められた場合は、早めに対処することが必要です。

 

【X脚】

 X脚は、左右の腕節の間隔が肩幅より狭く、それ以下が広いもの(図1)で、軽度の場合は自然に治ることもありますが、重度な場合は症状が長期化し、成馬になっても異常肢勢が残存することがあります。対処としては、削蹄による矯正ですが、削蹄のみによる矯正が困難な場合は、充填剤などを使用して蹄の内側に張り出しを付けるなど、腕節に均等に力がかかるようにサポートします。1_6  図1 X脚

 

【弯膝】

 生後間もない子馬の多くは弯膝(図2)で、後天性の場合は筋肉痛や疲労が原因といわれています。軽度な場合は、通常の放牧管理による筋力強化によっても改善されます。また、弯膝の特徴として蹄の前半部への体重負担が大きくなるため、蹄が不均等に生長するということもあります。そのため蹄のバランスを頻繁に整えることも大切です。2_4 図2 弯膝

 

【クラブフット】

 クラブフットの原因は、深屈腱の拘縮や腱と骨の成長速度のアンバランスと言われていますが、いまだ発症機序は明らかにされておらず、予防法も確立されていません。発症時期は生後3~6ヶ月の間が最も多く、その進行はきわめて速いのが特徴です。矯正削蹄や充填剤を使用(図3)して、深屈腱の緊張を緩和する事により、ある程度の進行は抑制できますが、処置が遅れ重度なクラブフットになると、成馬になってからでは蹄形の完全治癒は望めません。そのため、異常を早期に発見し重度になる前に処置を実施する事が重要です。3_4 図3 クラブフットの充填剤使用

 

さいごに

 肢勢異常の中には子馬が成長するにつれて自然に良化する場合があり、矯正を行う必要性を判断するのは非常に難しい事です。この判断を行うのは生産者と獣医師、装蹄師です。この3者の協力で肢軸、蹄の異常を早めに対処することにより、競走馬としての明るい未来を護る事ができます。

 

    

 

(日高育成牧場 業務課 山口 智史)

馬の胎盤停滞の新しい対処法について

No.143 (2016年3月15日号)

   

はじめに

 分娩後の繁殖牝馬は、新たに誕生した子馬の起立を促したり、授乳したりと気が休む暇がありません。そんな中、繁殖牝馬には、分娩後のもう1つの大きなイベントである「後産」が待っています。この後産とは、妊娠中の胎子を包んでいた羊膜や胎盤などを子宮から排出させることです。分娩の時と同じ様に、後産でも周期的な陣痛が起こることで、胎盤の排出が促されます。通常、胎盤は分娩後30分程度で自然に子宮から剥離し、排出されます。この胎盤が剥離するメカニズムについてはまだ良く分かっていませんが、後産陣痛が弱かったり、異常分娩(早産や流産)だったりすると胎盤の剥離が上手く起こらずに「胎盤停滞」となってしまうことがあります。今回は、この胎盤停滞の対処方法について、昨年末にアメリカ・ラスベガスで行われたAAEP(アメリカ馬臨床獣医師会)の年次大会において、興味ある講演があったので紹介したいと思います。

 

「馬の胎盤停滞に対する臍帯注水処置について」(Mark Meijer, DVM) AAEP PROCEEDINGS/2015/Vol.61/p478-484.

 オランダからの発表。馬の胎盤停滞の発症率は2-10%であり、特に異常分娩では高率に発症することが知られている。子宮内に固着した胎盤は剥がれるときに子宮粘膜を損傷したり、残骸が腐敗したりすることで、子宮内膜炎や蹄葉炎を引き起こし、不受胎の原因となる。通常、分娩後3時間を超えても胎盤が剥離し、娩出されない場合を胎盤停滞と呼び、オキシトシンの頻回投与による排出が試みられる。分娩後6時間を経過しても排出されない場合、用手での胎盤剥離が推奨されているが、無理に剥がすことのデメリットが大きい。

 演者らは、オキシトシン処置を実施しながらも6時間超過した胎盤停滞の147症例について、臍動脈あるいは臍静脈から水道ホースに弁を装着した自作の注水装置(写真1-A)を使用して、胎盤に水を注入することで(写真1-B,C)、停滞した胎盤に浮腫を起こさせ、剥離を促し排出させることを試みた。その結果、91%(135/147頭)の症例で、注水5-10分後に胎盤が娩出された(写真1-D)。排出されなかった12頭中8頭は、その後30分以内に排出され、残りの4頭は胎盤の一部が裂けてしまっていたため排出されない症例であった。症例馬たちに副作用は認められず、追跡可能であった12頭の馬はすべて妊娠も可能であった。

 

実際に試してみると

 帰国後、知り合いの獣医師に紹介したところ、さっそく流産で胎盤停滞を起こした症例に試していただく機会がありました。1例は、重種の双胎の流産例でした。流産後、片方の胎盤が24時間経過しても排出されなかったとのことでしたが、注水処置を実施し、10分後に軽く引っ張ったところ難なく排出されたとのことで成功した例でした。もう1例は、体位異常のため死産となった症例でした。胎子を整復して摘出後すぐに注水処置を実施したとのことでしたが、臍帯血が凝固していたため注水できず、胎盤を排出することができなかったとのことでした。このような症例には、本法は適さないこと考えられ、今後の検討が必要です。

 本法を実際に実施するにあたっては、予め道具を準備しておくことが何よりも重要と思われます。北海道の寒い分娩シーズンで実施するには、お湯を使用する必要があります。現場では、お湯を入れたバケツから小さなポンプを利用して注水するのが実用的かも知れません。また、サラブレッドの繁殖牝馬は神経質なため、無理な注水はパニックを引き起こす可能性も考えられます。臨床現場での応用には、どの程度の注水が必要なのか、安全性を確かめながら更なる検討が必要と思われます。とはいえ、従来の用手剥離による胎盤停滞の処置よりもはるかに母体に優しく生産性の向上にとても役立つことは確かです。今後の発展が期待されるところです。

 胎盤停滞への注水実演の様子は、インターネット動画サイトで閲覧することが可能です(Nageboorte behandeling paard methode Zeddam: https://www.youtube.com/watch?v=mfjR-MTg6ng&feature=share)。是非、一度ご覧ください。1_5 写真12 注水用の道具(A)と注水による胎盤剥離の様子(B-D)(AAEPプロシーディングから引用)

 

(JRA日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

馬体管理ソフト「SUKOYAKA」の紹介

No.142 (2016年3月1日号)

    

JBBAから軽種馬牧場管理ソフト「SUKOYAKA」がリリースされました。

 SUKOYAKAは、軽種馬の栄養管理と馬体情報管理をサポートするソフトで、JBBA日本軽種馬協会のウエブサイトからダウンロード(無料)できます。(こちらからダウンロードできますhttp://jbba.jp/assist/sukoyaka/index.html)当ソフトは、「SUKOYAKA栄養」と「SUKOYAKA馬体」の二つで構成されています。

  

SUKOYAKA栄養

 SUKOYAKA栄養は、各馬のステージにあった養分要求量を計算し、現在与えている飼料の充足率を確認することができるソフトです。簡単に言うと、子馬であれば「今与えているエサもしくは新たに導入しようとしているエサを与えることによって、病気にならずに適切な成長ができるか」。妊娠馬であれば、「母体も健康で、健康な子馬を出産することができるかどうか」「それらのエサをどのくらい与えればよいのか」これらを判断するうえでの目安を提示してくれるものです。では、具体的な飼料設計の例を見ていきましょう。

  

例)1月の1歳馬の飼料設計

 ここでは22時間放牧の昼夜放牧をしている1歳馬(9ヶ月齢 馬体重350kg)の飼料を考えてみます。この時期、北海道では積雪があるため、放牧草からの栄養摂取は考慮しないこととします。まず、エンバクとルーサン乾草で設計してみます。この場合、SUKOYAKA栄養で計算すると、エネルギーとタンパク質は充足していることが確認できます(図1)。一方、銅や亜鉛など、子馬の健康な骨成長に影響を及ぼすミネラル類については、充足率が14~15%であり、明らかに不足していることが分かります。1_3

図1.エンバク3kgとルーサン5kgの飼料設計

  

 そこで、エンバク3kgを2kgに減らし、バランサータイプ飼料1kgに置き換えてみましょう。これにより、濃厚飼料を増やすことなく、銅や亜鉛などのミネラルも充足することができます(図2)。ただし、全項目の充足率が100%以上であれば適切かといえば、決してそうではなく、あくまで計算上の目安でしかありません。子馬の馬体成長や疾病発症に影響を及ぼす要因としては、飼料から摂取する栄養以外に、遺伝や環境(気候など)なども無視できません。あくまで算出された値を目安として、個体ごとの健康状態や発育の程度、疾病の有無などを把握しながらの飼料調整が必要となります。このため、定期的な馬体重や体高などの測定、BCS(ボディコンディショニングスコア)や疾患の有無を確認するための馬体検査などの実施が推奨されます。これらの体重測定や馬体検査で得られたデータは、その都度の飼料設計に利用できるだけではなく、継続的に複数年(複数世代)のデータを蓄積していくことで、飼養管理方法の改善にもつなげることができます。これをサポートするツールが「SUKOYAKA馬体」です。

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図2.エンバク2kg、バランサー1kg、ルーサン5kgの飼料設計

  

SUKOYAKA馬体

 SUKOYAKA馬体は、子馬や繁殖牝馬の個体情報を記録し、管理するためのソフトです。定期的に測定した馬体重を入力すると、自動的にグラフ化してくれます。また、子馬については、標準曲線と比較することもできます(図3)。標準曲線は、日高管内の30牧場の約2,400頭の子馬の馬体重データ4万点を性別・生まれ月ごとに分けた平均値をもとに作成したものです。この標準曲線と登録馬のデータを比較することで、子馬の成長度合いの確認ができます。ただし、「標準曲線はあくまで目安である」ということを念頭に置いて利用して下さい。すなわち、標準曲線を「上回ったら、飼料を減らす」「下回ったら、飼料を増やす」など機械的に利用するのではなく、あくまで、実馬を観察したうえで、BCS、体高、胸囲、管囲、疾病の有無、放牧草の状態などの情報と併せて飼養管理に活用することが合理的です。また、子馬および繁殖牝馬の様々なデータ蓄積は、生産牧場における適切な飼養管理、もしくは管理方法の改善に大きく寄与します。ビジネスの世界で使われている「PDCAサイクル」、つまりPlan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Act(改善)の4段階を繰り返すことにより業務を継続的に改善する手法は、生産牧場でも活用することができます(図4)。この場合、正しくCheck(評価)するためには、「事実の正しい認識」が重要です。つまり、「曖昧な主観的感覚」ではなく、「客観的なデータ」の検証が必要になります。SUKOYAKA馬体は、馬体重だけではなく、体高などの測尺値やBCS、出産、病気、離乳などの様々なイベント、給与飼料や病名などの必要に応じたコメントを入力し、データとして蓄積することができます。これらの蓄積データを活用することにより、過去に実施した飼養管理方法の評価「振り返り」が可能となり、適切な改善へとつながります。

 「振り返り」の具体例としては、「昨年の世代と比較して、今年の1歳馬は骨疾患が多い。昨年と今年の馬体成長やBCSに違いはあるだろうか?」「今年の1歳馬は冬期のBCS保持が困難だった。離乳期の馬体重やBCSは問題なかっただろうか?」「今年は繁殖牝馬の受胎成績が良くなかった。成績が良かった昨年の馬体重やBCSと比較してみよう」などがあげられます。

 このようなデータを活用した評価をすることで、具体的な改善策が浮かび易くなります。また、栄養指導者などの第三者に相談する場合でも、過去の蓄積データを示すことで、より適切な解決策の発見につながります。是非、軽種馬牧場管理ソフト「SUKOYAKA」をご活用ください!!

3_3 図3.SUKOYAKA馬体 馬体重グラフ

  

4_2 図4.SUKOYAKAを活用した牧場におけるPDCAサイクル

 

(日高育成牧場・専門役 冨成雅尚)

BTC屋内坂路馬場の運動負荷について

No.141 (2016年2月15日号)

 『強い馬づくり最前線』バックナンバーにも書いたとおり、調教時の心拍数や血中乳酸濃度から算出する指標で馬の体力評価を行なうことができます。しかし、運動負荷の異なる馬場で測定すると、筋肉や心肺機能への生体負担度の違いで得られる結果が変わってくるため、馬の体力検査を行う際はできるだけ同じ条件で測定する必要があります。一方、違う馬場を利用するグループ間でデータを比較した場合、どちらの馬場が重くどちらが軽いという馬場の特徴を調べることができます。今回は、JRA育成馬で得られたデータを基に、BTC屋内坂路馬場の運動負荷がどれくらいかを考えてみましょう。

 

血中乳酸濃度を用いたBTC屋内坂路馬場の運動負荷評価

 日高育成牧場では1歳12月から2歳3月までJRA育成馬の調教にBTC屋内坂路馬場を利用し、走行後の血中乳酸濃度を測定して体力評価を行っています(写真1)。今回、BTC屋内坂路馬場の運動負荷を評価するために、平成27年3月に測定した牡馬延べ52頭の育成馬データを利用しました。横軸に坂路走行時の平均速度、縦軸に血中乳酸濃度をとると図1のようになり、11m/秒(約F18秒)あたりから速度に比例して乳酸値が増加していることがわかります。これらのデータから体力指標の一つであるOBLA(血中乳酸蓄積開始点:血中乳酸濃度が4mmol/Lになる速度、有酸素性運動と無酸素性運動の分岐点)を計算すると、11.4m/秒(F17.4秒)となりました。

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写真1 BTC坂路走行後に採血を実施し血中乳酸濃度を測定2

図1 BTC坂路馬場のOBLA

速度の上昇とともに乳酸値が増加している部分(赤丸)で回帰直線を引き、4mmol/Lの時の速度を算出

 

美浦トレセン坂路馬場のOBLA

 比較したのは美浦トレセン坂路馬場で、平成26年1月から6月までに得られた延べ167頭の競走馬データを用いました。トレセンでは年齢・競走クラス・トレーニング状態・馬場状態などが一定ではないため、グラフにプロットすると育成馬よりも広い範囲にデータが分布していました(図2)。また、今回の調査期間中(平成26年4月)に、転圧の効かない新型ハロー車を導入し坂路馬場の管理方法を変更したため、変更前(1~3月)と変更後(4~6月)とで分けてOBLAを計算しました。その結果、OBLAは変更前が11.9m/秒(F16.9秒)、変更後が10.2m/秒(F19.7秒)でした(図3)。

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図2 美浦トレセン坂路馬場走行後の血中乳酸濃度

トレセンではさまざまな条件の馬で測定しているため、データが広い範囲に分布している

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図3 美浦トレセン坂路馬場におけるOBLA

馬場管理方法変更前(1~3月・赤)と変更後(4~6月・青)のOBLAを算出

 

BTCと美浦トレセンの運動負荷比較

 BTC屋内坂路馬場と美浦トレセン坂路馬場を比較すると、BTCのOBLAは美浦の馬場管理方法変更後よりも大きかったものの変更前よりもやや低値を示しました。馬場の比較にOBLAを利用する場合、値が大きいと馬場が軽く小さいと重いと評価できるため、BTC屋内坂路馬場の運動負荷は馬場管理方法変更後の美浦トレセン坂路馬場よりも軽いものの、変更前と比較すると同等~やや重いと評価できます。

 このような比較を行なう際に調査対象馬(育成馬VS競走馬)の体力差を考慮する必要はありますが、BTC坂路では最も調教が進んでおり体力がある時期の育成馬データを利用したことから、競走馬との差は比較的小さいと考えられます。したがって、BTC屋内坂路馬場は馬場管理方法変更前の美浦トレセン坂路馬場と比較して運動負荷が同程度であり、育成調教を行なう上で十分なトレーニングができる馬場であると考えられました。今回の調査結果を参考に、BTC屋内坂路馬場で調教してみてはいかがでしょうか。

 

(日高育成牧場 生産育成研究室長 羽田哲朗)

2020年5月 8日 (金)

JRA育成馬の管理 ~入厩からBUセールまで~

No.140 (2016年2月1日号)

 今年で12回目となる「2016JRAブリーズアップセール」が4月26日(火)、中山競馬場で開催されます。同セールは中央競馬に登録のある馬主を対象としたセールで、上場馬はJRAが購買もしくは生産した育成馬です。JRA育成馬は騎乗馴致や調教を行いながら「強い馬づくり」のための生産育成研究や技術開発に供され、ここで得られた研究成果を普及・啓発することで生産育成分野のレベルアップに役立てています。

今回の記事では、同セールに上場されるJRA育成馬の購買から調教、上場までのながれを日高育成牧場の馬を中心に紹介させていただきます。

 

育成馬の購買

 国内で生産されるサラブレッドの約3割が1歳の夏から秋に開催される6つの民間市場に上場されています。JRAはこれらすべての上場馬について、馬格・健康状態・血統など様々な観点から検討してJRA育成馬として相応しい1歳馬を購買します。昨年は合計74頭の1歳馬を購買しました。また、2009年からは日高育成牧場で生産したサラブレッド(JRAホームブレッド)もJRA育成馬に加えました。JRAホームブレッドは市場購買馬の入厩にあわせて育成厩舎へ移動し、市場購買馬と同じ飼養管理を行います。今年は7頭のJRAホームブレッドが購買馬とともに育成されています。

現在、合計81頭の育成馬が日高育成牧場(59頭)と宮崎育成牧場(22頭)で順調に調教を積んでいます。

 

夜間放牧と騎乗馴致

 JRA育成馬は、入厩直後から夜間放牧を開始します。全馬を数頭のグループにわけ、午後15時から翌朝8時までの17時間を放牧地で過ごします。放牧地では青草をふんだんに摂取し、自然に近い環境で十分な運動をすることで馬体の発育を促し、心身ともに健康な体を育むことができます。

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写真:夜間放牧中の育成馬。

 

 騎乗馴致は9月初旬から段階的に開始し、馴致開始にあわせて夜間放牧を終了しパドック放牧(昼)に切り替えます。全馬を3つの群にわけ、1・2群で牡牝各20頭程度を行った後、3群の馴致を行います。3群には入厩時期の遅いオータムセール購買馬や遅生まれの馬、小柄な馬や血統的に奥手と思われる馬を選び、他馬より長く夜間放牧を行うことで成長を促してから馴致を始めます。馴致に要する期間は約1カ月で、日高・宮崎の両育成牧場で同じ馴致方法を用いています。騎乗馴致の手法についてはJRA育成牧場管理指針(JRAホームページ) http://www.jra.go.jp/ebook/ikusei/nichijo/ をご参照ください。

 騎乗馴致では十分な時間と手間をかけて、わかりやすく教えることを心がけています。特に時間をかけて行うのがプレ馴致で行うタオルパッティングと馴致開始7日目から行うドライビングです。タオルパッティングは全身をタオルでパタパタと叩き、人間がどこに触れても動じなくなるように慣らします。最初は落ち着きなく逃げ回っていた馬も次第に慣れて、人を受け入れるようになります。ドライビングは騎乗馴致で最も重要な行程だと考えています。2本のレーンをハミから取り、馬の後方から馬を操作するドライビングには、馬に騎乗せずにハミ操作(口向き)を教えられるのと同時に、人が後方に位置するため馬自らが外の世界に向かうことで馬の気持ちが前向きになるというメリットがあります。

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写真:ドライビング中の育成馬。後方からの操作で口向きを作ります。

 

 馬によって個体差はありますが、殆どの馬は馴致開始1ヶ月後には800m馬場でのキャンターができるようになります。とはいえ若馬のことですから馴致途中で苦手箇所が見つかることも多く、その時はじっくり時間をかけて馬が理解するのを待ちます。これは馴致過程をショートカットすると後々の大きな失敗やトラウマにつながり、修正できない悪癖として競走時パフォーマンスに影響することもあるからです。

 

調教の進め方

 馴致が終わると順次800m屋内トラックでのキャンター調教を開始します。最初は誘導馬の後ろで真っ直ぐ走ることを目標とし、スピードは求めません。まずはゆっくりした速度で長めのキャンターを乗りこみ、基礎体力の向上と正しいハミ受け・走行フォーム作りに努めます。

 基礎体力が向上し人の指示を理解したキャンターができるようになる10月頃、最初に馴致した牡馬は1600mトラック馬場での調教を開始します。これまでの馬場と違い幅員がありコースも広いので、騎乗者の指示どおり真っ直ぐ走れるか否かは一目瞭然です。自然環境の影響も直接受けるため、この時期の若馬にはとても良い刺激となる調教場です。屋外にあるこの馬場は、積雪・凍結のためクローズされる11月末まで利用します。

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写真:1600mトラック馬場でのキャンター調教。

 

 その後は屋内坂路馬場での調教を開始します。今では若馬の坂路調教が一般的となっており、この時期にも民間育成場の若馬を多く見かけます。坂路調教日は800m屋内トラック2周のウォーミングアップをしてから坂路を1本(60秒/3ハロン程度)駆けあがるメニューを継続し、体力がつくのをじっと待ちます。年が明けて、坂路調教(57~54秒/3ハロン程度)で馬の雰囲気(息遣い、発汗など)に余裕がみられる1月下旬頃からは、坂路を2本あがる調教を開始します。

 

 育成馬が走ることに飽きず、調教にフレッシュな状態で臨むための工夫として、調教メニューや隊列の組み合わせには常に変化をもたせています。800m馬場で2本のキャンターをする際には1本目を縦列、2本目を2列もしくは3列縦隊とし、周回方向(右・左回り)は毎回変えています。その上で、1週間の調教はパターン化しています。坂路調教は毎週火曜日と金曜日に実施して坂路翌日(水曜日と土曜日)と週はじめの月曜日には800m屋内馬場で「リラックス」を目的とした調教を行います。木曜日は800m屋内トラックで走距離を長くした「スタミナ強化」にあてています。このように調教のリズムをつけることで、育成馬に「オン」と「オフ」を理解したメリハリのある調教をさせたいと考えています。

 

スピード調教の実施

 スピード調教は屋内坂路馬場もしくは1600mトラック馬場で実施します。800m屋内トラックは構造上、コーナーがきついのでスピード調教には適していません。3月下旬には坂路馬場を3ハロン48~45秒程度(併走)、4月中旬には1600mトラック馬場を3ハロン42秒程度(単走)で走れることが目標となります。JRAブリーズアップセールでは馬を走る気にさせて必要以上に追うことなく、ラスト2ハロンをハロン13秒-13秒で走行することを目標にしています。

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写真:3頭併走でのスピード調教。

 以上がJRA育成馬の入厩からセール上場までの流れです。我々は常に馬の将来を見据え、心身ともに健康で走ることに対して意欲的な競走馬を育成・調教したいと考えています。両育成牧場の育成馬は、事前にご連絡いただければいつでもご覧いただくことができます。是非育成牧場まで足を運んでいただき、育成馬達の鍛錬の様子を見に来てください。

  (日高育成牧場 業務課長 秋山健太郎)

ERVの予防

No.139(2016年1月15日号)

 年が明け、いよいよ繁殖シーズンが迫ってきました。本稿では今一度馬鼻肺炎ウイルス(ERV)による流産について解説いたします。ERVは妊娠後期(妊娠9ヶ月齢以降)に流産を起こすヘルペスウイルスの一種です。現在のところ、馬鼻肺炎に対する特別な治療法はなく、妊娠馬は無症状のまま突然流産することが多いため予防が重要となります。ERVは我々人間の口唇ヘルペスと同じく体内に潜伏し、ストレスなどで免疫が低下した際に発症するというやっかいな特性をもっています。そのため、妊娠馬には馬群の入れ替えや放牧地変更といったストレスを与えないよう注意が必要です。当然、体内に潜伏していたウイルスが再活性化するだけでなく、外部から新たにウイルスに感染することも大きな原因となります。

 

踏み込み消毒槽

ERVには逆性石鹸(パコマやアストップ)、塩素系消毒薬(クレンテやビルコンS)など一般に用いられる市販消毒薬が有効です。冬期の踏み込み消毒槽には、低温でも効果が比較的維持される塩素系消毒薬の使用が推奨されますが、北海道では消毒液が容易に凍結してしまうことが大きな問題となります。凍結防止のため市販のウインドウウォッシャー液で消毒薬を希釈することが、牛の分野ではしばしば推奨されています。この件について、JRA競走馬総合研究所で検証したところ、ビルコンSでは-10℃まで有効でしたが、常温に比べて大きく効果が低下しており、牧場現場の踏み込み槽としては必ずしも推奨できないと考えています。低温下では消毒薬の効果が低下してしまうため、凍結しなければ良いというわけではなさそうです。水槽用のヒーターを用いることが理想ですが、残念ながら踏み込み消毒槽用の製品は市販されておらず、確実な消毒効果を期待するのであればその都度微温湯で消毒液を作成するのがベストです。こまめな微温湯の作成が困難な状況においては、ウインドウウォッシャー液や自作ヒーターを検討してみてはいかがでしょうか。また、消毒薬の効果は薬液を攪拌することで向上しますので、踏込槽に軽く踏み込むだけではなく数回足踏みをするように心がけて下さい。

 

洗剤による消毒効果

 JRA競走馬総合研究所では洗剤の主成分である直鎖アルキルベンゼンスルホン酸(LAS)による消毒効果も検証しています。その結果、通常の使用濃度(台所用洗剤であれば500倍希釈程度)でERVに対する消毒効果があることが分かりました。そのため、こまめに馬具を洗浄や衣服の洗濯も予防に有効であると考えられます。

 

繁殖厩舎専用の長靴と衣服

多くの生産牧場は繁殖牝馬と明け1歳馬を同じスタッフが管理していると思われます。ERVは若馬の呼吸器症状の原因でもあり、手入れや引き馬の際に腕に付着する若馬の鼻汁は感染源として注意する必要があります。日高育成牧場では、この鼻水が妊娠馬に付かないよう、妊娠馬を扱う際にはアームカバーを着けています(写真1)。

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牧場によっては繁殖厩舎専用の長靴を用意しています。小規模牧場ではなかなか実施しにくいと思われますが、リスクの高さを考えれば、繁殖厩舎に専用の長靴と上着を用意することは決して大げさではありません。

 

ERV生ワクチン

ERVに対するワクチンは、従来の不活化ワクチンに加え新たに生ワクチンが開発され、平成27年から流通しています。一般に、不活化ワクチンより生ワクチンの方が免疫増強作用が高いとされているため、生産界でもより有効な流産予防として注目されていました。しかし、生ワクチンの効能として現在認められているのは呼吸器疾病の症状軽減のみであり、流産予防としての妊娠馬への使用は禁止されています。一方で、従来からの不活化ワクチンは、流産と呼吸器疾病の予防が効能として認められています(写真2)。ワクチンの効能として記載されていない以上、生ワクチンの流産予防効果を獣医師が担保することはできません。また、生ワクチンは軽種馬防疫協議会による費用補助の適用外となっていることをご承知おきください。

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(写真2)
 

本コラムではこれまでにも「馬の感染症と消毒薬について(2011年39号)」、「馬鼻肺炎(ERV)の予防(2011年24号)」、「馬鼻肺炎の流産(2015年117号)」と、度々ERVについて触れております。競走馬総合研究所のサイトでバックナンバーをお読みいただけますので是非ご覧下さい。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

2020年2月28日 (金)

育成馬のライトコントロール

No.138(2015年12月15日号)

 気温も氷点を下回る日が増え、浦河町にあるJRA日高育成牧場でも初雪が降り、いよいよ本格的な冬がやって来ました。寒さが厳しくなるこの時期は、1歳馬にとっては来年の競馬デビューに向けての準備の時期でもあります。寒い冬にじっくりと力を蓄え、春にその力を発揮できるよう万全の体制を整えたいものです。1歳馬は騎乗馴致も概ね終了し、徐々にトレーニング強度が上がっている時期とは思いますが、今回は後期育成馬に対するライトコントロール法の応用について紹介いたします。

ライトコントロール法
 ライトコントロール法(以下LC法)について読者の皆様には良くご存知の方も多いかと思います。LC法は、長日繁殖動物である馬が日の出から日の入りまでの時間(日長時間)が長くなる春に光の刺激を受けて発情を開始し繁殖時期を迎えるという特性を活用した方法です。すなわち、日長時間の短い冬に馬房内を明るくすることで馬に春が来たと脳内に認識させ、繁殖牝馬の発情開始時期を早める飼養技術です。具体的には、冬至の時期に昼14.5時間、夜9.5時間となるようにタイマーをセットして馬房内のライトを点灯させます。JRA日高育成牧場で掲揚繋養している繁殖牝馬と育成馬は全てLC法を実施しています。

なぜ育成馬に?
 なぜ育成馬にLC法を実施するようになったのか。JRAでは日高と宮崎の両育成牧場で育成した馬を4月にJRAブリーズアップセールで売却します。その際、日高と宮崎の馬を比べると宮崎で育成した馬では発育が良く、毛も抜け変わって見栄えも良い傾向がありました。
 そこで宮崎と日高で育成した馬の成長率や血中ホルモン濃度を測定してみました(図1)。

1_7 図1 宮崎と日高の育成馬の違い

左図:成長率、右図:血中エストラジオール濃度

実験期間:1歳9月~2歳4月

 すると、宮崎で育成した馬は成長率が大きい傾向が見られたとともに、2ヶ月ほど早く性ホルモン分泌が増加していることが分かりました。グラフに示したのはエストラジオールという女性ホルモンの一種ですが、これは多くが牝の卵胞から分泌され、発情期に特に多く分泌されます。また、牝のエストラジオール分泌は、性成熟後から始まります。このデータを裏付ける結果として、宮崎では年が明けてしばらくすると発情している馬が多くなります。  エストラジオールには、卵巣での排卵の制御に関する本来の作用のほかに、「骨を丈夫にする」という重要な作用があります。ヒトの女性では閉経後にこのエストラジオールの分泌量が大きく低下し、骨粗しょう症の原因になることが知られています。骨の強度はエストラジオールのみによって調整されるわけではありませんが、トレーニング強度が増す1月から4月にこのホルモン濃度に差があることは大きな問題であると考えられました。これらの違いを克服するために、既に繁殖牝馬で確立されていたLC法を育成馬に応用することとしました。

LC法が育成馬に及ぼす影響
 日高育成牧場で繋養する育成馬を、LC法を実施するLC群と実施しない無処置群に分けLC法が育成馬に及ぼす影響を調べました。最初に、牝のエストラジオールの血中濃度を比較しました(図2)。


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図2 血中エストラジオール濃度の変化

*牝のテストステロンはエストラジオールから合成されます。

 エストラジオールは、1月から2月にあたる4週目以降からLC群で高い傾向がありました。これは、繁殖牝馬にLC法を実施した場合と同様に発情開始時期が早まったことによるものです。LC法により暖かい地方で育成する馬との差を少し縮められることができました。
 続いて、筋肉の増強や骨格の成長作用があるテストステロンの血中濃度を牡で比較しました(図3)。

3_8 図3 血中テストステロン濃度の変化

 テストステロンは、LC群で4週目から高い傾向がありました。この結果も、繁殖牝馬にLC法を実施した場合と良く似ています。
 ホルモン分泌には確かな差がありました。次に馬体の成長に及ぼす影響を調べるため、体重から体脂肪を引いた値、つまりは筋肉と骨の成長量を比較しました(図4)。

4_4図4 LC法が除脂肪体重に及ぼす影響

*網掛けはLC法実施期間(2歳1月~4月)

 牡ではLC群が明らかに高い値を示しています。一方牝では両群に大きな差はありませんが、2月以降LC群が高い傾向にありました。ライトコントロールにより、特に牡では筋肉や骨の成長が促されていることが推測されます。

 LC法は馬の毛艶にも変化を及ぼしました。

5_3図5 LC法が毛艶に及ぼす影響

 図5は4月にLC群と無処置群を撮影した写真です。LC群では毛が短く、毛艶も明らかに違うのが分かります。これだけの違いがあるとトレーニングの際、余計な汗をかきません。皮膚を薄い状態で維持でき、手入れの手間も減ります。

 最後にLC法が及ぼす悪影響についても比較しましたが、育成期間中の事故発生率や、初出走時期に違いはなく、安全に実施できる方法と考えられました。これらのことから、LC法は北海道における冬季の育成馬の飼養管理方法として有用であると考えております。

(日高育成牧場 業務課 宮田健二)

2020年2月26日 (水)

育成後期に問題となる運動器疾患

No.137(2015年12月1日号)

 日照時間も短くなり、日高山脈も雪で覆われはじめ、日高育成牧場にも冬の足音が近づいています。多くの育成牧場で、来年の競馬デビューに向けての調教が徐々に進んでいるころでしょう。この時期の1歳馬の身体はまだまだ成長途中であり、運動強度が増していくことで様々な運動器疾患が発症します。そこで今号では、後期育成期(1歳の秋冬~2歳の春夏)に問題となる運動器疾患のうち、特に育成に携る方々が様々な場面で悩まされる「近位繋靭帯(きんいけいじんたい)付着部炎」、「種子骨炎」、「飛節後腫」について紹介します。

近位繋靭帯付着部炎
 近位繋靭帯付着部炎は、いわゆる深管骨瘤として知られています。手根関節の過伸展によって繋靭帯(中骨間筋)と第3中手骨の付着部位(図1、2)に炎症が起こることが原因と考えられています。肢を地面についた瞬間ではなく体重がかかりきった時に疼痛を示すことが多く、肩跛行のように見えることがあり、調馬索などの円運動で患肢が外側になったときに跛行が明瞭化するのが特徴です。症状は患部の腫脹や帯熱を伴い、軽度~中程度の跛行を示します。診断には局所麻酔による跛行の消失・減退の確認や、またレントゲン検査も有効です。なかにはレントゲン上異常所見が認められないこともありますが、図3に示したように逆U字状の骨折線(繋靭帯と第3中手骨の剥離像)や、微小骨片が認められることがあります。急性期における治療としては、冷水療法、抗炎症剤の全身投与が一般的です。リハビリ期間は症状の程度にもよりますが、1‐3ヶ月間で多くが完治します。

1_6 図1 近位繋靭帯付着部(腕節の裏側の直下)

2_6 図2 近位繋靭帯付着部(骨標本)

3_6 図3 近位繋靭帯付着部炎(内-外斜像)
逆U字状の骨折線が確認される

種子骨炎
 種子骨炎は球節の過伸展や捻転による近位種子骨と繋靭帯付着部における炎症が原因とされ、一般的には繋靭帯脚部の炎症のことを言います。症状は近位種子骨および繋靭帯付着部の熱感や腫脹および触診痛、また軽~中程度の跛行を示します。診断は臨床症状にあわせて、主にレントゲン検査によって種子骨辺縁の粗造や異常な血管陰影(図4:いわゆる“ス”が入る、という像)を確認することで判断されます。レポジトリーにおいても、本所見を気にされる購買者の方は多いのではないでしょうか。本会の実施した調査では前肢種子骨所見のグレードの高い馬(グレード0~3で評価されるうちの、グレード2以上)では、競走能力には影響を与えないものの、調教開始後に繋靭帯炎を発症するリスクが高まるとの結果が得られています。しかし、後肢についてはグレードが高くても調教やその後の競走能力に差はありませんでした。治療については、馬房休養の保存療法が一般的で、急性期は冷却および運動制限が有効です。

4_3 図4 種子骨炎
臨床症状と血管陰影異常によって診断される

飛節後腫
 飛節の下方後面の硬化腫脹を呈する疾患で、飛節の後面に走行する靭帯や腱もしくはそれらの周囲の炎症であり、若齢馬での発症が多く、飛節の発育の悪い馬や曲飛を伴う肢勢で発症しやすいと言われています(図5)。病因として運動時の靭帯や腱の過度な緊張が挙げられます。症状は軽度の跛行が通常で、診断には腫脹部位の圧迫による跛行の悪化や、腫脹部位への局所麻酔での跛行の改善を確認することで診断します。レントゲン検査で飛節に関する他の疼痛性疾患を除外することも重要です。治療としては、急性期には馬房内休養を主な方針として、冷水療法、非ステロイド系抗炎症剤の全身投与や、コルチコステロイドの局所投与を実施することもあります。早ければ1週間ほどの休養で歩様は改善する馬もいますが、1~2ヶ月程度の休養を要することもあります。

5_2 図5 飛節後腫(矢印の部分が腫脹している)

 3つの運動器疾患について紹介してきました。治療には冷水療法や非ステロイド系抗炎症剤の投与が一般的であり最も簡便です。治癒を促進するため経験的に焼烙療法や化学発疹療法(ブリスター)などの伝統的な手法に加え、最近の治療法ではショックウェーブ(衝撃波)療法や光生物学的刺激を利用した高出力レーザー療法などの物理療法や、自家多血小板血漿(PRP)の病巣内注射なども試みられていますが、これらの手法は治療効果を証明する科学的裏づけが乏しいため使用にはまだまだ賛否両論があるのが現状です。日高育成牧場でも高出力レーザーなど新たな治療法(図6)を試している段階ですので、またの機会に紹介したいと思います。

6_2 図6 高出力レーザー療法
非常に高いエネルギーをもった光の刺激によって、消炎、鎮痛、創傷治癒促進効果がある治療法のこと

最後に
 いずれにしても重要なのは症状を悪化させないための“早期発見・早期治療”です。そのためには、普段からのチェックおよびケアをしていくことが重要です。多くの運動器疾患では「歩様が硬い」、「騎乗した感じがいつもと違う」、などの前兆を認めることが多いと思います。それらを未然に防ぎ、よりよい育成調教を進められるよう、普段から愛馬をよく触り、よく観察しましょう。
 本号の内容について、もし不明なことなどありましたら、是非日高育成牧場までお問い合わせ頂ければ幸いです。

(日高育成牧場 業務課 山﨑洋祐)

2020年2月24日 (月)

GPSを活用した放牧管理

No.136(2015年11月15日号)

放牧地における馬の行動
 放牧地にいる馬たちがどのような行動しているのか、特に夜間放牧下ではいつ寝ていつ動いているのか、どれほど動いているのか、どのような時に走るのかなど疑問は尽きません。このような馬の行動について仲間内で議論するのも楽しいものです。最近、リハビリとして半日放牧するのは昼が良いのか夜が良いのか牧場の方とお話する機会がありましたが、長く生産地で働いている方同士でも感覚が違っていて興味深いものでした。

GPSデータから分かること
 改めて説明するまでもなく、GPS(Global Positioning System、全地球測位システム)は広く一般的な言葉として浸透しています。本稿では、このGPSを用いた馬の行動調査法についてご紹介します。GPSは本来位置情報を計測するものですが、一定間隔毎に(5秒とか1分とか)記録することで、その間の移動距離や速度を計算することができます。JRA日高育成牧場ではGPS装置を用いて放牧地における馬の運動調査に取り組んできました。近年、冬期の夜間放牧に関するデータをご紹介したことがあるので、ご存知の方もいるのではないでしょうか(図1)。

1_5 図1 冬期の昼夜放牧下における運動量の推移
運動量はGPSによって計測した

 当場の研究報告などでは、放牧地内移動距離として1日○kmといったデータをお示ししていますが、実は移動距離以外にもさまざまな情報が得られます。図2は我々が使っている解析ソフトの画面です。左側のGoogleマップ上には馬が動いた軌跡が表示され、馬が放牧地のどこで過ごしているのか分かります。また、右側には走速度のグラフが表示され、走った時間帯や回数、逆に休息している時間を把握することができます。これらの情報は馬の行動を把握するために、非常に有用なツールであると思います。

2_5 図2 GPSロガーで記録された放牧地データ
Googleマップと連動して軌跡が示される(左)。また速度グラフが表示され、どの時間帯に運動・休息していたのか、またその場所も知ることができる(右)。

GPSの装着
 図3は子馬にGPSロガーを装着した様子です。機械自体は防水ではないので、小型のチャック付ビニル袋に入れ、無口の下側にビニルテープで巻き付けます。下側に装着することで、無口がズレず、生後直後の新生子馬であってもそれほど負担になっているとは感じていません。

3_5 図3 GPSロガーを装着した1歳馬

GPSデータの活用
 GPSを用いると、移動距離以外にもさまざまな情報が得られることがお分かりいただけたかと思います。このような情報は日によって違ってきますので、興味深い反面なかなか研究データとして取りまとめるのに苦心しています。一般の牧場においては、運動量をウォーキングマシンや引き馬といった運動負荷設定の目安にしたり、離乳時のストレス判定に用いたり、水槽に近づいた回数(飲水回数)をカウントしたり、また放牧地の利用域を知ることで部分的な荒廃を防ぎ均一な使用を促す工夫や部分的な草地管理(施肥や除草)に活かせるかもしれません。中規模以上の牧場においては、上述したようにスタッフ間の議論のエビデンスとして、認識を共有するための一助になるのではないかと思われます。

GPSロガーの条件
 以前のGPS装置は大きく、重かったため、子馬に装着すると無口で擦れたり、放牧地で紛失したりと気軽に装着をすすめにくいものでした。しかし最近ではデータロガーといって、画面のない、ただデータを記録するだけのごく小さい装置が安価で入手できるようになりました。ネットで調べると、主にトレッキング用やドライブ用、ツーリング用にさまざまなGPSロガーが流通しており、どれを選べば良いか悩むことになります。我々が今まで試行錯誤してきた結果、馬の行動調査に必要な条件としては①バッテリーが長持ちすること(できたら24時間程度)。②小型、軽量であること。③USBで簡単にPCに取り込めることです。(実際には24時間以上駆動するという条件だけでかなり絞られます。)また、防水性や操作画面などが付帯していると良いのですが、このような性能を求めるとどうしても大型化してしまうため、小型(そして安価)であることを優先して使用しています。

 さまざまな講習会においては、当場生産馬のデータをご紹介していますが、実際には牧場によって放牧地の行動は結構違うのではないかと考えています。そもそも、放牧地でどういう行動をしていれば強い馬ができるのかについては、簡単に答えの出せない問題であり、このようなデータを不毛と感じる方もいるかもしれません。しかし、馬が放牧地でどのように過ごしているのか把握することは、ホースマンとして非常に重要なことだと思います。自分の牧場における放牧地ごとの特性、さらには他場との違いなど皆さんの経験的な感覚に科学的な視点を加えて考察するのも面白いのではないでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬晴崇)

2020年2月21日 (金)

妊娠馬の栄養管理

No.135(2015年11月1日号)

 妊娠馬の栄養管理において考慮すべきこととして、胎子の健全な成長はもちろんのこと、子馬を無事出産するための母体の健康維持、また、次年度も交配する場合には、受胎に適した馬体管理などがあげられます。このため、飼養者には総合的かつ長期的な視野に基づいたきめ細やかな馬体管理が求められます。

妊娠初期~中期
 妊娠期の栄養要求量を考慮する際に重要なことは、胎子の成長度合いの把握です。ただし、胎子がお腹の中にいたとしても、妊娠初期から、母馬の維持要求量を上回る飼料を与える必要はありません。図1を見ると分かるように、胎子は妊娠期間中に直線的に成長するのではありません。5ヶ月齢までの胎子は極めて小さく、7ヶ月齢であっても出生時体重の20%程度、母馬の体重の2%にも満たないほどです。すなわち、少なくとも妊娠5ヶ月齢までは、非妊娠馬に対するものと同量・同内容の飼料を与えるだけでエネルギーとタンパク質の必要量を満たすことができます(授乳中の場合にはエネルギーおよびタンパク質の要求量がいずれも大きく増加します)。米国のNRC(全米研究評議会)による飼養標準では、妊娠5ヶ月齢からのカロリーおよびタンパク質要求量の増加が示されていますが、7ヶ月齢であっても、維持量に1.2Mcalのエネルギーと100gのタンパク質が増加されるだけです(大豆粕300g程度の増加)。このため、放牧草の状態、体重やBCS(ボディコンディションスコア)を観察しながら、濃厚飼料給餌を検討する必要があります。良質な牧草が十分量生えている放牧地で管理されている場合、必要以上の濃厚飼料の給餌は、過肥や蹄疾患のリスクを高めることにも繋がります。一方、カルシウムやリンなどのミネラル、銅などの微量元素については、妊娠期間を通して必要となるため、放牧草の状態次第では要求量を考慮したうえで、サプリメントを与えて不足を補う必要があります。

1_4図1 胎子の成長曲線(Pagan 2005を引用、一部改編)
胎子は妊娠期を通して直線的に成長するのではなく(左)、妊娠後期に急激に成長する(右)。


妊娠後期
 胎子は妊娠期間の最後の3カ月間で著しく成長し、発育量は全体の60~65%に達するため、この時期はエネルギー摂取量を増加させる必要があります。妊娠後期のエネルギーおよびタンパク質の要求量(体重500~600kg)の増加率は、一般的には維持量の115%にあたる20~25Mcalおよび900~1,100gになります。しかし、分娩に備えるためのウォーキングマシンや引き馬などによる運動、出産後の授乳や交配、また、北海道の生産地においては厳しい寒さや放牧地を覆う降雪など、様々なことを考慮して給与量を決めなくてはなりません。もちろん、必要以上のエネルギー給与は過肥や蹄疾患を引き起こすため、十分な注意が必要です。このため、繁殖牝馬のBCSや馬体重、そして放牧草の状態について年間をとおして継続的に把握しながらその時期に必要な給与量を設定する必要があります(図2)。また、エネルギー要求量の増加から、濃厚飼料の給餌割合を増加させる傾向がみられますが、疝痛や胃潰瘍などの消化器疾患を予防するためには、少なくとも総飼料の半分以上の粗飼料を給餌する必要があります。このため、エネルギー源として植物油やビートパルプの併用、線維質が高い配合飼料の効果的な給餌が推奨されます。

2_4 図2 妊娠後期の給与量の決定には、様々な要素を考慮する必要がある。

 なお、生まれてくる子馬の正常な骨格形成のためには、繁殖牝馬に対する十分かつ適切なバランスのミネラルの供給が不可欠です。胎子は自身の肝臓に、銅、亜鉛、マンガン、鉄など軟骨あるいは骨代謝に関わる微量元素を蓄積し、正常な骨形成に利用しています(図3)。母乳にはこれらの微量元素が十分含まれておらず、牧草や飼料を十分に摂取・消化できない新生子馬は、体内に蓄積された微量元素を利用する他ありません。このため、これらを妊娠後期の母馬に投与することが重要となります。なお、一般的な飼料であるエンバクや乾草のみでは、ミネラルが不足するため、ミネラル含有量を増加させた配合飼料やサプリメントの供給が不可欠です。

3_4 図3 胎子へのミネラル補給
胎子は肝臓に微量元素を蓄積するため、妊娠後期の母馬へのこれらの投与が重要となる。

 以上をまとめると、妊娠馬の栄養管理においては、「妊娠ステージに合わせたエネルギーおよびタンパク質」「妊娠期間を通した適切なミネラル」の2点が要諦になります。本稿が皆様の愛馬の飼養管理に役立てば幸いです。

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)