2020年2月19日 (水)

育成馬の体力評価法

No.134(2015年10月15日号)

 サラブレッドが競走馬になるために最初に経験するトレーニングが“育成調教”です。多くの育成牧場では育成後期の若馬にその施設・環境に応じた調教を実施し、身体の状態を確認しながら調教メニューを決定していると思います。今回は、育成馬の調教メニューを決定するための一助となる体力検査法とその評価法をご紹介します。

調教時の心拍数を用いた評価法

 測定に使用する機器は腕時計型の心拍計で(写真1)、その装着には慣れやコツはありますが何度か行えば誰でもできるようになります(写真2)。また、本機器にはGPS機能が搭載されており、屋外で使用すれば心拍数と走行速度(ハロンタイム)を同時に測定することができます。

1_3 写真1 心拍数測定に用いる機器

①GPS付き心拍計と心拍センサー ②馬用電極 ③電極を装着した専用鞍下ゼッケン ④馬の胴体に巻いて使用するベルト型電極

2_3写真2 心拍計装着方法

①馬体の電極が当たる部位をお湯で濡らし、②専用鞍下ゼッケンを用いて装鞍、③最後に腹帯に電極を挟み込み固定する ④完成図(丸部分は電極の位置)

 その評価法には2種類あり、調教中または調教後の心拍数から解析します。まず、調教中の心拍数解析法ですが、馬の心拍数と走行速度には図1のような関係があり、この関係を利用して心拍数200拍/分の時の速度“V200”を算出します。V200は馬の有酸素運動能力を反映していると報告されており、一定期間のトレーニング前後で測定すれば馬の体力変化を知ることができます(図2)。

3_3 図1 運動中の走行速度と心拍数との関係

馬の心拍数と走行速度には図のような関係があり、これを利用して心拍数200拍/分の時の速度を計算した指標が“V200”

4_2図2 屋外トラック調教時のV200の変化

JRA育成馬で1歳12月から2歳4月まで屋外トラック調教時のV200を測定したデータ。調教が強くなるに従いV200が大きくなり、馬の体力がついていることがわかる

 次に、調教後の心拍数解析法ですが、調教終了後心拍数が100拍/分を切るまでの時間(THR100)を算出します(図3)。THR100はいわゆる“息の入り”を数値化したものだと考えることができ、THR100値により調教が心肺機能へ与える負荷を評価することができます(図4)。

5 図3 調教後の回復期心拍数を用いた評価法

調教終了(速度を落とし始めた時点)から心拍数が100拍/分を切るまでの時間を計算した指標が“THR100”

6図4 坂路調教時のTHR100の変化

JRA育成馬で2歳1~3月の坂路走行時にTHR100を測定したデータ。各時期とも、THR100が200秒以下の場合は心肺機能への負荷が比較的小さく、THR100が200秒以上の場合は心肺機能への負荷が大きいと評価する

調教後の血中乳酸濃度を用いた評価法

 乳酸値は採血が必要になりますが、評価が簡便で有効な指標です。方法は、坂路など一定距離の調教を行った後に採血し、乳酸測定器を用いて乳酸濃度を測定します(写真3)。

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写真3 調教後の血中乳酸濃度測定方法

①調教後採血を行い、②ポータブル乳酸測定器を用いて、③乳酸値を測定する

 その評価法には2種類あり、一つは乳酸値による評価法です。乳酸は無酸素エネルギーを利用する強運動時に産生されるため、乳酸値だけで馬の心肺機能や筋肉への負荷を評価することができます。その基準となるのが“4mmol/L”で、有酸素運動と無酸素運動の境界だと考えられています。したがって、この4mmol/Lを基準に、調教時の馬の運動負荷を評価することができます(図5)。

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図5 坂路調教後の血中乳酸濃度を用いた評価法

JRA育成馬で2歳3月に坂路調教後の血中乳酸濃度を測定したデータ。 “4mmol/L”を基準として、乳酸値が4よりも高い場合は無酸素運動、4よりも低い場合は有酸素運動と評価する

 もう一つの評価法が、乳酸値とハロンタイムとの関係を利用して標準曲線を引く方法です(図6)。標準曲線を基準として今回の測定値がどの位置にあるか判定することで、平均的な馬よりも体力があるか、トレーニングにより体力が変化したかを評価することができます。

9_2図6 標準曲線を利用した血中乳酸濃度の評価法

多くのデータが得られると標準曲線を引くことができ、その位置関係(曲線の下にあるか上にあるか)を見ることで馬の有酸素運動能力を評価することができる

どの体力評価法を利用すればいいの?

 今回紹介した評価法には、それぞれ長所・短所があります。屋外トラック馬場ではGPS機能を用いて走行速度を測定できるため、V200の利用が有効です。しかし、屋内馬場ではGPSを用いた測定が難しく、V200の算出は容易ではありません。THR100は坂路など一定距離の調教時に有効ですが、ウォームアップや上がり運動方法が変わると値がばらつきやすく評価に注意が必要です。血中乳酸濃度は評価が単純なため、採血可能であれば利用しやすい指標です。しかし、調教後時間が経過すると体内で乳酸が代謝され値が変化するため、時間が経ってから採血すると正しい評価はできません。このように各評価法ともメリット・デメリットがあるので、調教施設・調教内容、獣医の有無などの条件に合わせて評価法を選択する必要があります。

おわりに

 育成馬の体力評価は、一般の育成者にとっては少々ハードルが高いかもしれません。しかし、トライしてみることで育成馬管理の新たな情報が得られ、より良い馬づくりを実現する可能性が広がると思います。今回は簡単な紹介しかできませんでしたが、本年12月にグリーンチャンネルで放映されている『馬学講座 ホースアカデミー』で詳しい内容を紹介していますので、ご都合がつけばそちらもご覧ください。

 (日高育成牧場 生産育成研究室長 羽田哲朗)

2020年2月17日 (月)

日高における流産原因の内訳

No.133(2015年10月1日号)

 軽種馬生産の現場では交配4-6週後に早期胚死滅の有無の確認を終えると、多くの場合次の妊娠検査は8-9月に行われます。過去に行われた生産地疾病等調査研究によると、2週目の受胎確認から5、6週の妊娠鑑定までの間にはおよそ6%が早期胚死滅し、その後出産までに7%が胎子喪失すると報告されています。では、そのような流産にいたる原因とはどのようなものがあるのでしょうか。

●流産の実態
 静内にある日高家畜保健衛生所(日高家保)には、日高管内から毎年約200頭もの流産胎子が搬入されており、流産の原因調査が行われています。これまで、平成8年から5年間における流産原因について報告されていますが、本年新たに、平成16-25年における10年間、2,002頭の流産胎子における分析結果が発表されました。
 平成16-25年におけるサラブレッド生産延頭数73,338頭に対し、前年受胎延頭数は81,800頭であり、その間には8,462頭(受胎頭数に対し10.3%)もの早期胚死滅、胎子喪失もしくは死産や生後直死が生じていることになります。H25年の国内における日高地区の生産頭数割合は79.4%ですから、日高管内における上記流死産頭数(早期胚死滅+胎子喪失+死産+生後直死)は8,462×0.794=6,719頭と推定されます。早期胚死滅や初期の胎子喪失は気が付かないうちに生じている場合がほとんどですので、家保に搬入される流産胎子は必然的に妊娠中期以降のものとなります。そのため、2,002頭という搬入率(29.8%)は極めて高いと言え、このような流産胎子のデータは獣医学的にも非常に重要です。以下にこのデータの一部をご紹介いたします。

●流産原因の大別
 流産原因は大きく感染性と非感染性に大別されます。調査の結果から、感染性よりも非感染性が多いことが分かります(図1)。これは欧米における同様の報告と同じ傾向です。

1_2図1 流産原因の内訳

●感染性
 感染性原因としては細菌・真菌による胎盤炎や伝染力の強い馬鼻肺炎ウイルスなどが挙げられます(図2)。ここで言うウイルスとは全て馬鼻肺炎ウイルス(ERV)です。伝播力が強いことから、生産地では特に注意して予防接種や防疫措置を講じられていますが、残念ながら未だに毎年発生が認められます。一方、細菌・真菌にはさまざまな病原体が含まれますが、いずれも珍しいものではなく一般の牧場環境中に存在するものです。このような環境中に存在する微生物が特定の馬だけに流産を引き起こす理由は、飼育環境と母体側の免疫力の低下(気膣・尿膣、子宮頚管裂傷、陰部の形態といった解剖学的な要因や体調、ストレスなど)が考えられます。実際、真菌性流産における原因真菌がその馬房の寝藁からも検出されることが報告されています。細菌・真菌による感染のほとんどは外陰部から侵入し、膣、子宮頚管を介して胎盤そして胎子を侵します。これらは感染性胎盤炎として近年注目されており、さまざまな検査法や治療法が報告されつつあります。伝播力はそれほど強くないので、胎盤炎が同一牧場で続発することはマレです。

2_2 図2 感染性原因の内訳

●非感染性
 非感染性の原因としては循環障害や双胎、奇形、胎盤異常などが挙げられます。最も多い循環障害については、未だその原因がはっきりしておらず有効な予防法、検査法がありません。しかし、双胎についてはご存知の通り対応可能です。今日では多くの生産者が双胎は胚死滅や流産に至りやすいことを認識し、妊娠鑑定を2回受けることが一般的となっていると思いますが、それでもこれほどの割合を占めているのです。改めて、交配18日後までに妊娠鑑定を2回行うことの重要性がお分かりいただけると思います。

3_2 図3 非感染性原因の内訳

●流産の予防
 残念ながら流産原因の最も多くを占める循環障害については今のところ有効な手立てはありません。現時点で予防策を講じうる対象は感染性原因と双胎になります。特に双胎については、確実に防げるものですので避けたいものです。鼻肺炎ウイルスに対してはワクチンや消毒薬といった防疫対応に加え、ストレスのない飼養管理がポイントとなります。また感染性胎盤炎に対しては厩舎の衛生管理に加えて、妊娠馬のモニタリングが有効です。胎盤炎は別の馬に伝播するケースは少ない一方で、上述のように馬の解剖学的な要因による場合流産を繰り返してしまう場合があります。このような馬はハイリスクメアと呼ばれ、定期的なモニタリング(ホルモン測定やエコー検査)で異常を早期発見、治療することが推奨されます。

 欧米の同様の調査では原因特定率が60%以上であるのに対し、今回の報告では残念ながら57%もの症例が原因不明となっています。この主な原因は、家保に搬入された際に時間が経過していたり、検体が損傷していたり、胎盤が搬入されないことにより、十分な検査ができなかったためのようです。多くの牧場にとって流産はマレなことであり、流産原因検査は馬鼻肺炎であるか否かを知ることが最も大きなポイントかと思いますが、家保では馬鼻肺炎以外にもさまざまな検査が行われています。細菌性の場合にはどのような菌種が多いのか、臍帯捻転を起こす胎子の臍帯の長さはどうなのか等、今後の予防・治療に関する研究発展のためにこのような情報は非常に有益です。各生産者におかれましては、万が一流産が起きてしまった際には、馬産界全体のためにも、迅速かつ適切な搬入にご協力くださるようお願いいたします。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬晴崇)

2020年2月15日 (土)

離乳期の子馬の管理

No.132(2015年9月15日号)

 9月に入ると多くの牧場で「離乳」、すなわち母馬と子馬の離別が行われます。JRA日高育成牧場では、本年生まれた8頭の子馬たちの離乳を8~9月にかけて段階的に行っています。当場では「母馬の間引き」および「コンパニオンホースの導入」の2つの方法を用いることで、大きな事故もなく比較的スムーズに離乳を行うことができています。これらの具体的な方法については、昨年の9月1日号本誌で紹介しましたので省略させていただきますが、今回は離乳期の子馬の飼養管理について「栄養」と「しつけ」の2つの注意点に絞ってご説明したいと思います。

離乳期の管理 ~栄養~
 離乳期の栄養管理については、母馬がいなくなった場合でも、それまで母乳から摂取していた栄養を牧草や固形飼料で代替することができるようになっていること、すなわち、一定量(1~1.5kg)のクリープフィード(子馬に与える固形飼料)を食べられるようになっていることがポイントになります。
クリープフィードを与える目的は大きく2つあります。1つ目は母乳から得られる栄養の補填です。母馬の泌乳量は出産後から徐々に低下していき、そこから摂取できるカロリーや栄養成分も同様に低下します。特にカルシウムや銅などのミネラル摂取量は、生後1ヵ月を待たずして子馬の栄養要求量を充たさなくなります(図1)。ある程度のミネラルは体内に蓄積して子馬は生まれてきますが、それらが枯渇する前にクリープフィードで補う必要があります。

1 図1.子馬が母乳から摂取するミネラルの要求量に対する割合(7週齢)

 クリープフィード給与の2つ目の目的は、離乳後の「成長停滞」を防止もしくは最小限度に抑制することです。離乳後の子馬を観察すると、少なからず体重増加が滞ります。極端な体重減少でなければ、健康への重大な影響はまずありません。しかし、体重増加が停滞した後に起こる「急成長」は、OCD(離断性骨軟骨症)などの骨疾患を発症させる要因になるとの調査報告もあるため看過できません。そこで、離乳前に一定量のクリープフィードを食べることに慣らしておき、「成長停滞」とそれに引き続いて起こる「急成長」を予防し、スムーズに成長させる工夫が必要になるのです(図2)。

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図2 離乳後の成長曲線

スムーズな成長曲線(左)と「成長停滞」後に「急成長」が認められる成長曲線(右)。後者はOCDなどの骨疾患を発症しやすい成長と考えられています。

 なお、クリープフィードの給餌を離乳直前に開始しても、食べ慣れるまでに時間がかかるうえ、離乳ストレスによる食欲低下も念頭に置かなくてはなりません。このため、クリープフィードの開始時期は、母乳量が低下し始める2ヵ月齢が目安になります。もちろん、過剰摂取による過肥、骨端炎および胃潰瘍には十分注意する必要がありますので、給餌量を決定する際には、子馬の体重、増体量、ボディコンディションスコア、放牧地の草の状態を考慮しなければなりません。

離乳期の管理 ~しつけ~

 たとえ離乳が成功に終わったとしても、「母馬」という絶大な安心感を喪失した子馬は、少なからず精神的に不安定な状態に陥ります。このため、馬によっては離乳後に取扱いが困難になる場合もあり、これまで以上に人に対する信頼感や安心感を育む努力が必要になります。
 離乳後の子馬に対して、牧場業務のなかで実施可能なことは、集牧および放牧時の引き馬や馬房内での手入れを通して、「人間が馬のリーダーである」ということを再認識させることです。
 引き馬では、可能な限り人と馬が向き合う機会を増やす工夫が求められます。つまり、子馬の歩くスピードを人間がコントロールすることが重要になります。馬にとっては、自身のスピードをコントロールする相手がリーダーとなります。このため、集牧時や放牧時の引き馬の際には、人間が常に馬のスピードをコントロールすることを念頭に入れなくてはなりません。馬の思うままに引っ張られたり、歩かない馬を無理やり引っ張ったりするのではなく、人間の合図で前進、停止、加速、減速ができるように引き馬をします。
 例えば、複数頭で引き馬をする際に、群のままで前の馬との間隔をつめる引き馬では、馬は落ち着いて歩きます。しかし、場合によっては、引いている人ではなく、前の馬をリーダーとして認識しています。このため、当場では前の馬と「5馬身以上の間隔」を空けた引き馬をしています(図3)。前に歩かない馬や、逆に前に行きたがる馬の場合、引いている人がリーダーとなって、馬のスピードをコントロールします(図4)。これにより、人馬の関係を再構築していくのです。

3 図3 前後の馬との間隔を空けた引き馬

4 図4 馬自身のスピードをコントロールする相手がリーダー

おわりに
 離乳前後の時期は、成長やストレスに伴う様々な疾患や悪癖が我々の頭を悩ませることが少なくありません。今回ご紹介した方法で全て解決できるわけではありませんが、1つのヒントとしてご活用いただければと思います。皆様の愛馬の健康な成長のために、今回の拙稿がお役に立てば幸いです。

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2020年1月 6日 (月)

サラブレッドの「ウォブラー症候群」について

No.131(2015年9月1日号)

はじめに
 サラブレッドは、三百年以上に渡る歴史の中で、より速く走るために進化してきた動物です。体を大きくし、肢や頸を長く細く変化させるだけでなく、成長のスピードまでも早く変化させてきました。そのため、成長著しい若馬のころに、発育のバランスが崩れることで発生する病気(発育期整形外科的疾患)も多く見られるようになりました。今回は、この発育期整形外科的疾患の1つである「ウォブラー症候群」について紹介します。

ウォブラー症候群とは
 「ウォブラー症候群」とは、いわゆる「腰フラ」や「腰痿(ようい)」と呼ばれる後躯の運動失調を主症状とする病態のことです。生後12~24ヶ月齢の牡の若馬に多く発症し、その発症率は1.3~2.0%であることが知られていることから、国内での発症も年間100頭近くに昇ることが推測されます。
本疾患の原因は、急激な成長によって生じた頸椎の配列の不整、頚椎関節部の肥厚や骨棘、離断骨片などによる狭窄であり(図1)、脊髄が圧迫されることで生じる神経の損傷です(図2)。生前診断は、臨床症状と頸椎のレントゲン検査による脊柱管の狭窄を確認することになりますが、狭窄は上下方向からとは限らず、狭窄部位を特定するのは容易ではありません。発症馬の予後は悪いことが知られ、病状の進行により安楽死処分されるケースが多い疾患です。しかし、一方で跛行が軽度な場合には、温存療法により約30%の馬がレースに出走したとの報告もあり、予後判断に苦慮することも多く、更なる客観的な生前診断法の開発が望まれています。

1_5 (図1) ウォブラー症候群発症馬の脊髄造影レントゲン写真
丸囲み内には、頸椎関節の肥大と離断性骨片(OCD)が認められ、脊髄が圧迫されている様子(矢印)が観察されるが、診断には熟練を要する。

2_5 (図2)狭窄部位の病理組織標本
白く抜けて見える小さな点は、神経線維が損傷を受けている所見

CTによる診断の試み
 CTとはコンピューター断層画像撮影装置のことです。CTを用いて、患部を撮影しコンピューター上で再構築することで、見たい部位を、見たい方向や角度から観察したり、計測したりすることができるのです(図3)。現在、我々は帯広畜産大学臨床獣医学研究部門にあるCT装置を利用して、サラブレッドの頸椎における狭窄部位の撮影および解析方法について検討を重ねているところです(図4)。

3_5 (図3)ウォブラー症候群発症馬の頚椎矢状断CT検査画像
狭窄部位が明瞭に確認できるため診断への応用が期待される。

4_4 (図4)CT検査の様子
静脈麻酔後、検査台に仰臥位で保定し頸部の撮影を行う。撮影時間は30秒程度である。

予防と治療について
 サラブレッドのウォブラー症候群に対する有効な治療方法は、今のところありません。頸椎の狭窄部位に対する外科的手術は、競走馬を目指すサラブレッドにとっては現実的ではなく、痛みや狭窄の進行を抑えるための対症療法を実施し様子を見るだけなのが現状です。したがって、発症馬を出さないよう、適切な飼養管理を心掛けたり、遺伝的に極端に近親交配が高くならないよう配慮したりすることが重要となります。

最後に
 レントゲン検査だけでは判断しづらい頸椎の狭窄状況を観察する上でCT装置は有用です。しかしながら、CT装置の撮影可能な対象馬は、体重300kg未満の当歳馬に限られてしまいます。今後は、より大型のCT装置の導入により、撮影可能対象は拡大される予定です。さらに、MRI(磁気共鳴画像)やPET(陽電子放射断層撮影)などを用いた検査方法と組み合わせた調査研究が実施されることで、ウォブラー症候群の病態が解明され、より的確な予後判断が可能になることと思われます。軽種馬の生産性の向上のため、強い馬づくりのため、今後も本症の早期診断や予防法の開発に勤めていきたいと考えています。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤 文夫)

2020年1月 3日 (金)

繁殖牝馬と子馬の蹄管理

No.130(2015年8月15日号)

はじめに
 繁殖牝馬や子馬は放牧地で管理される時間が長く、仲間とともに良質な青草を探して歩き回るため、子馬は肢蹄が健全であれば運動量が増えて基礎体力が向上します。しかし、下肢部、特に蹄に疾患があり歩行を嫌う場合には、運動量が減少して健全な馬体の成長が妨げられてしまいます。そのため、日頃から蹄を注意深く観察し、触れることにより、蹄病の発症を早期に発見し、悪化を防止することが重要です。そこで今回は繁殖牝馬と子馬の蹄管理のうち、日常心がけるべき基本について紹介したいと思います。

日常の管理
 蹄に汚物や糞尿(アンモニア、酸やアルカリ)、泥土が詰まった不潔な状態で放置すると、蹄質が悪化し、蹄叉腐爛などの蹄病の発症誘因となり、跛行の原因となることがあります。常に清潔な状態に保つためには、こまめな裏堀りが重要です(図1)。裏掘りの際には、蹄壁に触れることにより蹄の異常サインである帯熱を感知できます。また、子馬には蹄を軽く叩いて音を出し、衝撃を与えることでその後に実施する装削蹄の馴致となります。

1_4 図1 裏堀り

蹄油の利用
 冬季は蹄が乾燥して硬くなることにより、蹄機作用(体重負荷による蹄の変形によって着地時の衝撃を緩和したり蹄内部の血液循環を助ける生理作用)が妨げられ、蹄踵の狭窄や裂蹄などが発症しやすくなります。また、手入れに湯を使用すると必要以上に蹄の水分を蒸発させることから、蹄洗後は直ちに蹄油を塗布して乾燥を防止する必要があります。逆に夏季は、蹄の過度な湿潤により蹄質が軟化し、蹄叉腐爛や蹄壁欠損を発症しやすくなります。蹄油は、過剰な蹄の水分発散(乾燥)や湿潤を防止することを目的として蹄壁や蹄底に塗布します。その他、成長基点である蹄冠に、蹄クリームや単軟膏などを刷り込むことも蹄を保護するうえで有効です。

定期的な削蹄
 子馬の蹄は柔らかく成長が早いため、異常摩滅などにより、蹄形が変形してしまうと歩様、肢勢、蹄形に大きな影響を与えます。そのため、定期的な装削蹄が不可欠です。子馬も繁殖牝馬と同様に、3~4 週間隔で装削蹄を実施しますが、状態によっては時期を早める場合もあります。日頃から蹄を注意深く観察し、不正摩滅や蹄形異常の早期発見に努めることが重要です。日高育成牧場では出生時から離乳まで、装蹄師および獣医師が毎日、肢勢および歩様をチェックしています。また、過度の摩滅や蹄壁欠損が生じた場合は、成長期の軟らかい角質への負担を軽減させるため、充填剤の使用や蹄の生長を阻害しないためにポリウレタン製蹄鉄(図2)を用いて保護します。

2_4 図2 ポリウレタン製蹄鉄

牧場でもできる蹄管理
 蹄の縁が尖っていると蹄壁欠損や裂蹄を起こしやすくなります。そのため、端蹄廻し(はづめまわし)を実施し蹄壁欠損などを予防します。端蹄廻しとは、蹄壁の厚さ2 分の1 を目安として、ヤスリで外縁を削り、蹄壁に対して45度の丸みをつけます(図3)。軽度の蹄壁欠損を発見した時は、欠損部の拡大を防ぐために、蹄用のヤスリを常備して欠損部のヤスリがけを行いましょう。

3_4 図3 端蹄廻し

最後に
 健全な馬を育てるには装蹄師による定期的な装削蹄だけでは限度があり、牧場での日常の蹄管理が必要不可欠です。また、蹄の異常など発見した場合は速やかに担当の獣医師または装蹄師に相談しましょう。

(日高育成牧場 業務課 山口 智史)

2019年12月30日 (月)

引き馬‐子馬から競走馬まで

No.129(2015年8月1日号)

 さて、最大頭数が上場されるサマーセールを8月下旬に控え、セリシーズンも佳境を迎えます。生産地においても、子馬を馬主の皆様にお見せする機会も多いのではないでしょうか。展示やセリで馬をよく見せるためにも、また、セリ後にスムーズに騎乗馴致に移行するためにも『引き馬』は非常に重要な技術です。今回は、JRA日高育成牧場で実施している方法を参考に、子馬から競走馬までの『引き馬』の考え方についてご紹介します。

当歳
1) 出生翌日(当日)
 日高育成牧場では、生後から母子を1人で引く方法を採用しています(写真1)。左手で母馬を保持し、子馬の左側に立って右手で軽く肩を保持して歩きます。生後直後の子馬は自ら前進することを知らないため、もう1名の補助者が後方からサポートして前進を促します。人が母子の間に位置することで『信頼関係を構築』し、また、人が子馬の肩の左側に立つ『人馬の位置関係』を教えます。横にいる保持者の指示に反応しない場合、後方から押されるというプレッシャーを意識させます。2~3日で馬は理解しますので、後方からのサポートは不要となります。

1_3 写真1 四肢の関節はまだ弱い

2) 生後2ヶ月まで
 概ね生後2ヶ月までは、子馬の保持にはリード(引き綱)を使用せずに、『頚もしくは肩の外側に手をかける』方法を用います(写真2)。リードを使用しない理由は、前に歩かない子馬を無理に引っ張ったり、子馬が前進を拒んだりした場合、虚弱な子馬の頸部に対するダメージが危惧されるためです。

2_3 写真2 左手は母馬のスピードを調整

 この時期は、『子馬自身のバランスで歩くこと』および『人の指示に従って歩くこと』を教えます。最初は、子馬が自ら歩き出すように、音声による合図や右手で肋や腰を軽くパットして合図を送る等のプレッシャー、すなわち『オン』を与えて前進を促します(写真3)。前進を開始したら、その瞬間にプレッシャーの解除、すなわち『オフ』を与えることによって、子馬が自身のバランスで活発に歩く行動を促します(写真4)。

3_3 写真3 右手でパットし前進を促す

4_3 写真4 再び右手を軽く肩に添える

3) 生後2ヶ月~離乳まで
 子馬がある程度成長する2ヵ月齢を目安にリードを装着します(写真5)。リードは、緊急時に解除できるよう、1本のロープを鼻革の下部で折り返して使用します(写真6)。リードを用いる場合も、使用していないときと同様に子馬の肩の横に立ち、リードを引っ張らないよう、子馬を動かすことが大切です。

5 写真5 子馬のリードはゆとりを持って保持

4) 離乳後
 この時期から当歳の大きさに合わせたチフニーへの馴致も開始します。チフニーは作用が強いため、装着していてもリードはゆったりと保持します。また、日常の収・放牧時はもちろん、削蹄や治療などの保定の際はチフニーを装着します。併せて、馬房内で1本のタイロープを用いて、馬が落ち着くよう、壁に向かって後ろ向きに繋いで、手入れができるように教えます(写真7)。

6 写真6 リードの折り返し方

7 写真7 後ろ向きに繋がれることを教える

5) 展示
 展示の際の引き馬は、検査者からまっすぐに10mほど遠ざかり、右回転(写真8)して検査者に戻ります。右回転で実施する理由は、馬を制御しながら、検査者に回転時の運歩を見やすくするためです。馬の重心を後躯にのせ、頭を少し高く保持して後肢旋回の要領で行うと容易です。また、廊下などの狭い場所で回転する際は、人が馬との間に入ることにより、無用な受傷を防止します。

8 写真8 右回りでの回転

1歳~2歳(競走馬)
1) 洗い場での張り馬
 トレーニングセンターでは、馬を張って管理することが多いため、その馴致として、洗い場では張り馬での手入れを行っています。この際、馬を張る環には、あらかじめ切れてもいい紐から取った張り綱を装着しておきます(写真9)。このことにより、張り綱とリード(引き綱)を区別し、通常の引き馬は1本のリードで実施することができます。

9 写真9 1本リードで管理するための工夫

2) 1本リードでの引き馬
 チフニー(写真10)は、下部の環にリードを1本装着することで、ハミを下顎に対して均等に作用させる構造になっています。つまり、地上にいる者が馬を制御するためのハミです。

10 写真10 チフニーは1本リードで使用する構造

3) 二人引き
 競馬場のパドックで二人引きをしている姿をよくみかけます。引く者が一人から二人に増えたからといって、一馬力の馬を力で制御できるものではありません。馬が本気で暴れた場合、どちらかが手を離さなければいけない状態に陥るのは明らかです。元気のよい馬、力のある馬を制御するためには、チフニーやチェーンシャンクなどの道具を使用するほうが効果的です。また、馬に対してリーダーが誰であるかを明確に示すことも重要です。以上のことから、引き馬は一人で実施することが原則です(写真11)。

11 写真11 英ドンカスター競馬場で引き馬を行う筆者

 一方、パドックで左手前の引き馬を行う場合、引く者の反対側に観客などの物見の原因があり、しばしば馬が急に内側の切れ込んでくることがあります。このような状態を回避するためには、馬を安心させる必要があります。このことを目的として、補助者が頸部などに触れながら、馬の右側を歩くことは有効です。この際、必要に応じて右側の手綱部分を軽く保持することもあります。

最後に
 人馬の信頼関係を構築するための正しい引き馬は、基本的な躾の積み重ねによって成立します。したがって、競走馬がその持てる能力を発揮するためにも、子馬のときから競走期にいたるまで、一貫した考え方のもと、『引き馬』を実施したいものです。

(日高育成牧場 副場長 石丸 睦樹)

2019年12月26日 (木)

開設50周年を迎えた日高育成牧場

No.128(2015年7月15日号)

 日高育成牧場は、本年、開設50周年を迎え、7月27日には記念式典を開催いたします。日本の主要馬産地である日高に位置するJRA事業所として、50周年という節目の年を迎えられたことは、生産育成者を始めとする多くの皆様の暖かい支援の賜物であり、当紙面をお借りして厚く御礼申し上げます。本稿では、改めて50年の歴史を振り返ってみたいと思います。

日高育成牧場の開設の頃
 昭和29年、日本中央競馬会創立時の組織図には宇都宮育成牧場に日高支所の記載がありますが、本会職員は配属されず、日高種畜牧場に委託して抽選馬の育成が行われました。その後、昭和32年に札幌競馬場日高分場となり、昭和36年10月に10名の職員が配属され、本格的に本会職員による抽選馬の育成業務が始まりました。そして、昭和40年1月に池本初代場長を迎え、11名の職員で日高育成牧場は開設されました。当時は十分な工作機械はなく、馬場整備や牧草収穫等は人力による手作業であり、さらに馴致、追い運動や昼夜放牧等の育成方法は試行錯誤の連続で、冬期の屋外での騎乗調教等、苦労が絶えなかったと聞いています。その後、昭和44年に800m馬場の新設、昭和45年に農水省から36.2haの土地の払下げを受け、事務所、厩舎、舎宅等の施設整備、昭和49年には念願だった覆馬場が完成しました。これによって、育成業務の基礎体制が整備されました。

日高育成総合施設軽種馬育成調教場の誕生
 農水省日高種畜牧場1,440haの払下げを受け、平成5年にイギリスのニューマーケットやフランスのシャンティに匹敵する大規模調教施設として、「日高育成総合施設軽種馬育成調教場」は誕生しました(図1)。施設内にある「屋内1000m直線馬場」や「屋内坂路馬場」(平成11年に700mで完成、平成18年に1000mに延長)(図2)は、北海道における冬期の降雪や凍結で屋外調教施設が使用できない時期に、若馬に本格的なスピードトレーニングが実施できる本邦初の屋内調教施設であり、その後の民間調教施設のモデルケースとなりました。

1_2 図1 日高育成総合施設軽種馬育成調教場(総面積約1500ha)の全景

2_2 図2 総延長1000mの屋内坂路馬場

生産育成に関する技術開発・調査研究および成果の普及
 昭和54年からは、本会職員を定期的に競馬先進国である欧米諸国へ派遣してきました。研修後は日高育成牧場を実践の場としても活用するとともに、経験の蓄積をもとに、「人馬ともに安全なブレーキング方法」等、馴致・育成技術の手順や考え方をまとめた「JRA育成牧場管理指針」を発刊し、以後改訂を重ねてきました(図3)。

3_2 図3 JRA育成牧場管理指針

 平成10年には生産育成研究室を設置するとともに、繁殖に関する研究にも着手し、平成20年からは「JRAホームブレッド」の生産を始め、生産から育成まで一貫した調査研究・技術開発を実施する体制が構築されました。「ライトコントロール法による卵巣機能の賦活化」や「乳汁pH値による分娩予知」等の研究成果は、広く生産牧場において活用され、それらをまとめた「JRA育成牧場管理指針(生産編)」を発刊しました(図3)。
 さらに、全国各地の講習会や当場における実践研修プログラムの開催(図4)およびグリーンチャンネル等のメディアやDVDの作成・配布等を通じて、生産育成技術の普及に取り組んでおります。
日高育成牧場は、この開設50周年の節目を新たな出発点とし、生産地の皆様とともに「強い馬づくり」を目指し、今まで以上に調査研究そして普及活動に取組んでいきますので、これまで同様のご支援、ご協力をお願いいたします。

4_2 図4 JRAホームブレッドを活用した実践研修風景

(日高育成牧場 場長 山野 辺啓)

2019年12月24日 (火)

日高育成牧場見学バスツアー

No.127(2015年7月1日号)

もうひとつの情報発信
 日高育成牧場の主たる業務は、皆様ご存知の通り、JRA育成馬、JRAホームブレッドを用いた競走馬に関する生産から後期育成にかかる調査研究とその成果の普及です。飼養管理や草地管理も含め、この連載を始めとし様々な媒体を用いて情報発信を行っています。一方で、そのような専門的な情報発信だけではなく、当場では競走馬の育成を行っている施設という特性を活かし、競馬ファンや競馬のことをあまりご存知でない方に対する情報発信の取組みも積極的に行っています。
今回はその中から、夏の恒例イベントとして定着してきた場内をバスで回って案内する日高育成牧場見学バスツアーをご紹介いたします。

見学バスツアーの歴史
 現在のような形での見学バスツアーが始まったのは平成16年からになります。その年は日本中央競馬会創立50周年にあたり、その記念イベントの一環として企画されました。7月~9月にかけての隔週水曜日、場内見学を軸に研究施設見学としてのトレッドミルの実演や体験乗馬、9月には初期馴致の様子などを組み込んでいました。初年度は7日間の実施に対し、81名の参加でした。
参加された方のアンケート結果も高評価であったため、翌年以降も継続実施することが決まり、平成17年には7月~9月の毎週水曜日に、平成18年からは7月~9月の毎週水・金曜日にと実施日も徐々に増えていきました。参加人数も順調に増え、おかげさまで昨年は35日間の実施に対し、448名もの方に参加いただきました。
今年度は7月~9月の毎週水・金曜日と10月の毎週水曜日に7月18日、8月15・29日、9月5日の特定土曜日を加えた35日間実施する予定となっています。

ツアーの内容
 見学ツアーでは、場内の各調教施設の見学とそれを利用する馬たちの調教の様子を基本に、幾つかの特別プログラムを組み合わせて紹介しています。
1,600mダートトラック、広大なグラス馬場、1,000m屋内直線馬場といった個々の調教施設の大きさ、それを一望できる見晴台からの景色(写真1)、間近で見る競走馬の迫力は馬産地日高ならではの見所で、このツアーのハイライトです。

1 写真1 見晴台からの景色
左手奥に1000m屋内直線馬場が見える

 特別プログラムは、時期によって内容が変わるお楽しみ企画です。前半は当場生産馬であるJRAホームブレッドの子馬とのふれあいの場を設け(写真2)、それに体験乗馬(写真3)もしくはポニーショーを組み合わせています。後半に入ると、研究業務と手術室やトレッドミルなど現場の紹介、競走馬にとって大事な装蹄に関する説明と造鉄実演(写真4)、9月中旬以降の初期馴致(ブレーキング)見学などとなり、一年の間でも時期をずらしていただければ、異なった内容のプログラムが楽しめます。実際、同じ年に何度も来られるリピーターの方もいらっしゃいます。

2 写真2 ツアー参加者と子馬とのふれあい
多くの人に囲まれることは子馬にとってもよい馴致となる

3 写真3 体験乗馬

4 写真4 造鉄実演

参加者の反応
 競走馬の育成の様子を見るというのは、一般の観光の方は勿論、長年、競馬に親しんできたファンの方にとっても珍しい体験のようです。施設見学の際も、馬が調教している様子を皆さん食い入るように見つめていますし、特別プログラムでも初期馴致(ブレーキング)見学には興味津々の様子で、『こういう事をやっているとは今まで全く知らなかった』という感想もよく頂きます。
子馬とのふれあいや体験乗馬、ポニーショーなどはちょうど夏休みと重なっていることもあり、親子連れの方々に大変好評です。

最後に
 JRAの施設は土日の競馬開催と密接な繋がりのあるものがほとんどです。その中にあって日高育成牧場は独特の立ち位置にある施設といえます。
サラブレッドとして生を受けた子馬たちが競走馬として競馬場で走るまでの間にどのような過程を経ているのか、どれだけの人が関わっているのかについては、見学ツアーの中でも自然と熱が入った説明になります。『今後は今までとは違った視点で競馬を見ることができます』といった感想もよく頂きますが、これを理解してもらえるのは我々にとっても大変うれしいことです。
これからも、日高育成牧場ならではの取組みで競走馬や競馬の魅力を発信して行きたいと考えています。今年度の見学ツアーのご案内は、JRAホームページに日高育成牧場でのイベントとして掲載しております。皆様のお越しをお待ちしております。

(日高育成牧場 総務課長  工藤 栄治)

2019年12月20日 (金)

競走馬の歯のケアについて

No.126(2015年6月15日号)

はじめに
 競走馬、乗馬、繁殖馬を問わず、歯(口腔)の健康はそれぞれの馬が能力を発揮する上で非常に重要です。健康な歯は十分な咀嚼(顎をしっかり動かす)を可能にし、消化吸収を助けます。そのため、歯(口腔)が不健康であれば、十分な咀嚼ができず、消化吸収の低下、ひどい場合には食欲不振を招き馬体の成長・維持に大きな影響を及ぼします。さらに、競走馬や乗馬ではハミを銜えた際に嫌がる、騎乗中の人の指示に著しく反抗するなどの問題行動が起こることがあります。
 今回は育成期から競走期の馬の歯のケアについて紹介させていただきます(一昨年11月15日号の本誌にも「育成馬における歯の管理」と題した記事を掲載していますので、あわせて参照ください)。

ケアが必要な歯の状態とは?
 育成馬や競走馬にとって最も多く認められるのが、斜歯(エナメルポイント)です。馬は上顎が広く、下顎が狭いため、咀嚼によって臼歯が均等に磨耗せず、上(下)顎の外(内)顎の臼歯の一部が先鋭化していきます。ほうっておくと、口内粘膜にあたって傷をつくり、潰瘍化します(図1)。ひどい状態になると傷が刺激されることを嫌がり十分な咀嚼をせず、消化吸収の低下や食欲不振につながります。

1_7 (図1)斜歯と口内粘膜の潰瘍

 咀嚼にはあまり大きな影響を与えませんが、ハミ受けに影響し、運動時の問題行動につながる可能性があるのは狼歯です。狼歯は第2前臼歯の前に生える小さな歯で、牡馬ではほぼ全頭、牝馬でも一部の馬では存在します(図2)。その他にも、歯が波打っているような波状歯、階段状にずれている階状歯などがありますが、先天的な異常(カケスなど)がなく、適切な間隔でケアを行っている育成馬や競走馬であれば、ほとんど認めることはありません。

2_6 (図2)第2前臼歯の前の狼歯(矢印)

ケアについて
 斜歯の処置は歯鑢(しろ)によって先鋭化している部分を削り落とします。口内で周囲を傷つけないように、角がとれ少し丸みを帯びる程度まで削りますが、削りすぎてはいけません。ケアの目的は十分な咀嚼を行うことなので、削りすぎて歯の凹凸をなくしてしまっては食物をすり潰す役目が果たせず逆効果となってしまいます。育成馬や競走馬など比較的若い馬であれば、ひどい異常がなければ電動歯鑢(パワーツール)は必要ありません。電動歯鑢の使用は若馬の柔らかい歯を必要以上に削りすぎる、削る時に発生する熱によって神経を傷つける恐れもあり、十分な注意が必要です。
 狼歯はハミ受けに影響するので、騎乗馴致開始前に抜歯することが望ましいです。図2に示すような器具を用い、周囲の歯肉を切り取り、歯根から抜きます。丁寧に抜かないと歯の根本が折れて残ったり、または骨を傷つけることがあり注意が必要です。根本が残ったり、骨が傷つくと、石灰沈着や骨増生を起こして狼歯と同様にハミ受けに影響を及ぼすことがあります。

3_5 (図3)狼歯を抜歯する器具

定期的なケア
 教書によると、歯のケアは2~3歳の馬では年3~4回(3~4ヶ月毎)、4~6歳であれば年2回(半年毎)行うことが推奨されています。2013年にJRA美浦トレーニング・センターの競走馬50頭に対して口腔内の検査を行ったところ48頭(96%)に何らかの所見があり、斜歯は48頭全てで認められました。また、これらの馬の中には3ヶ月前に歯のケアを行っていた馬も含まれており、教書同様に3ヶ月に1回のケアが必要であることを示唆していました。また、半数以上の馬が特に症状を示しておらず、人が気づかない内に歯の異常は進行していくことが示唆されました。

さいごに
 歯(口腔)に関するケアは経験的に行われていた部分が多く、科学的な研究や調査があまりありませんでした。しかし、近年、急速に研究や調査が進んでおり、今回お伝えした情報も数年後には新たな情報に置き換わるかもしれません。そのような状況ですので、今後発信される情報についても引き続きご注目ください。また、歯の異常には気づきにくいことを念頭に置き、定期的な処置をご検討ください。

(日高育成牧場 業務課 診療防疫係 大塚健史)

2019年12月16日 (月)

米国装蹄競技大会に参加して

No.125(2015年6月1日号)

装蹄競技大会とは
 皆様は装蹄師に技術の高さを競う大会があるのをご存知でしょうか?日本では昭和16年から年に1回のペースで全国装蹄競技大会(最優秀選手には農林水産大臣賞が授与される)が開催されており、全国各地での予選を勝ち抜いた30名程が装蹄の技術を競います。そこで優勝すると、翌年米国で行われる世界規模の装蹄競技大会に派遣されます。私は昨年度の67回大会で優勝し、今年の2月に行われた米国の装蹄競技大会に参加しましたので、そこで経験したことを紹介したいと思います。

米国の装蹄学校
 大会に先立ち、昨年度に来日され日本の装蹄師に米国流の造鉄方法を指導して頂いたChris Gregory氏が指導をしているハートランド装蹄学校(図1)という装蹄師の学校で、他の生徒達と一緒に練習をする時間をいただきました。この学校では、年齢・装蹄経験を問わずたくさんの生徒が在籍しており、1から装蹄の勉強をしたい人やこれまでも装蹄師として仕事をしていて、更なるレベルアップを希望している人など多くが指導を受けています。また、それぞれのレベルに合わせて授業のコースも分かれています。日本の装蹄業界の場合には、なかなか仕事を始めた後に学校に通って勉強をやり直すのは難しいですが、このような機会があることは非常に有益だと感じました。

1_6 図1 米国の装蹄学校 
様々な年齢の生徒が実習してスキルアップに励む

米国の装蹄競技大会
 ハートランド装蹄学校で練習をしたのち、いよいよ装蹄競技大会です。今回の大会には86名のエントリーがありました(図2)。競技内容は基本的な蹄鉄を作る競技や装蹄療法に使用する特殊な蹄鉄を作る競技、馬車馬用の大きな蹄鉄を作る競技など様々です。日本では、蹄鉄を作る競技は大体の大きさを合わせた左右対称の蹄鉄を作ります。鑢を掛けて蹄鉄の角を落とす作業は、蹄鉄を作る時点ではありません。しかし、米国では蹄鉄が出来た時には実際に馬に装着できる状態でなくてはいけません。そのため、鉄尾(テツビ)と呼ばれるヒールの部分を丸く作り、安全のために蹄鉄の角を落とします。また、鉄唇(テッシン)と呼ばれるズレ防止も作らなくてはなりません(図3)。米国の大会では蹄鉄作りの上位20位に入らなければ実際に装蹄することはできません。しかしながら、私は残念ながら予選で敗退となりました。反省点として蹄鉄の見た目ではなく、安全性や機能性にしっかりと重点を置いて競技に臨むべきであったと感じています。予選の翌日は上位20名による装蹄競技(図4)が行われました。残念ながら参加できなかった私ですが世界最高峰の技術をみて大いに勉強になりました。またいつの日かリベンジをしたいと思います。

2_5 図2 米国装蹄競技大会の様子 
選手各自が炉を持ち込み、広いフロアーで同時に競技する

3_4 図3 左が米国 右が日本の標準蹄鉄 
米国の蹄鉄はそのまま装着できるように鉄尾などが処理されている

4_3 図4 上位20名による装蹄競技
馬繋場などはなくゴムマットの上で装蹄する

最後に
 今回の米国研修を通して感じたことは、蹄鉄の形状や造鉄方法・装蹄方法など日本と米国では違いが多々ありますが、馬に対していかに安全で快適な装蹄が出来るのかが一番重要であるということを再確認しました。私が今回体験したような高度な技術が日本で普及して装蹄業界全体がレベルアップできれば嬉しく思います。

(日高育成牧場 業務課装蹄係  諫山太朗)