2021年7月27日 (火)

調教後の乳酸値データの活用

乳酸値=疲労物質?

 「乳酸値」という言葉を聞くと、「疲労物質」というイメージを持たれる方も少なくないのではないでしょうか。確かにほんの10年ほど前までは「昨日、久しぶりに運動したら、体中に乳酸が溜まって筋肉痛が・・・」などという会話が良く聞かれたもので、「乳酸の蓄積が疲労の原因」という考え方が一般的でした。ところが、最近の運動生理学では、ヒトのアスリートや競走馬の世界を例にしても、乳酸は「エネルギー源」であり、かつ乳酸を多く出すようなトレーニングをすることで持久力が向上する効果も確認されています。

 すなわち、乳酸はアスリートにとって悪者ではなく、運動する過程で必要なエネルギー物質の1つであり、効率的にトレーニング効果を高めるための指標になり得るということです。

日高育成牧場における乳酸値データの活用

 日高育成牧場ではこれまで、運動後の乳酸値データを定期的に採っており、実際の調教現場で活用しています。過去の本稿でも触れましたが、当場の育成馬を使った調査では、乳酸値を高めるような強調教を行ったことで、V200などの有酸素運動能の指標が高まることなどが確認されています。これ以外にも、乳酸値が運動強度の指標に利用できるという観点から、様々な手法を用いて現場で応用しています。

pastedGraphic.png

坂路調教直後における乳酸値測定のための採血

乳酸値を活用した併走調教の組み分け

 育成馬に対する強調教は、概ね週1もしくは2回実施していますが、その際に頭を悩ませるのが併走馬の組み合わせです。従来は、走行スピード、騎乗者の感覚(手応え)、馬の動きなどを総合的に判断してきましたが、現在ではこれらの目安に調教後の乳酸値を加えて組み合わせを考えています。

 わかりやすいように図に一例を示します。12月20日の調教で、2組のグループが屋内坂路1,000mを1ハロン約18秒平均(上がり3ハロン54秒)で走ってきました。この際の各馬の調教後の乳酸値(単位は全てmmol/L)は、1組目のA馬は9.3、B馬は9.9、C馬は5.7、そして2組目のD馬は5.9、E馬は9.4でした。

 そこで、1週間後の12月27日の調教では各グループを1組目「A馬、B馬、E馬」と2組目「C馬、D馬」に変更し、1組目には1週前と同タイムの指示を、2組目には前回よりも速いタイムを指示しました。その結果、1組目は1ハロン約18秒平均で走り、この際の乳酸値はA馬は12.3、B馬は10.8、E馬は11.3という結果でした。一方、2組目は1ハロン15.5秒平均(上がり3ハロン46.5秒)で走り、C馬の乳酸値は15.1、D馬は14.7でした。2組目については、結果的に調教強度が想定よりも上がってしまいましたが、いずれのグループも1週前と比較するとグループ内の乳酸値に大きな差異を認めなくなりました。

pastedGraphic_1.png

 我々は、このように乳酸値を活用してグループ分けを行うことで個々の馬に応じた運動負荷を適切にかけることができるのではないかと考えています。

騎乗スタッフとの乳酸値データの共有

 騎乗調教において乳酸値を活用するうえでの欠点の1つは「調教後にしか測定できないこと」で、あくまで前回の調教時のデータを活用せざるを得ないのが現状です。このため当場では、騎乗スタッフが自身の騎乗馬の動きとスピードから乳酸値を推定できるように、毎回の測定データを騎乗スタッフと共有しています。これによって、騎乗者自身がターゲットとなる乳酸値が出るような運動負荷を課すような騎乗をすることを目指しています。

pastedGraphic_2.png

 近年、人間のアスリートの世界では、乳酸値を活用して運動強度を設定するトレーニング方法が注目されています。競走馬の世界でも同様に注目されており、「どの程度の乳酸値を上げるトレーニング強度が必要なのか」、「乳酸値を上げるトレーニングは何日間隔で行うのが効果的か」など検討課題は山積しています。

 日高育成牧場では、引き続き乳酸値を用いた調教法のデータを蓄積し、これを活用した効果的なトレーニング方法を模索したいと考えています。

※1分間の心拍数が200回に達した時の走行スピードのことで、この数値が高いほど有酸素運動能に優れていると考えられている。

日高育成牧場 業務課 冨成雅尚

ウマにおける生殖補助医療

 サラブレッド競走馬の生産は本交配に限られていますが、世界に目を向けると、乗用馬はもちろんのこと、繋駕競走用のスタンダードブレッドも人工授精や受精卵(胚)移植で生産されており、アルゼンチンのポロ競技馬ではすでにクローン技術も臨床応用されています。残念ながらサラブレッドが主体である日本ではこのような技術が身近ではなく、十分に認知されていません。今回は競馬から離れますが、一般的なウマ生産技術のことも知っていただきたいという思いから、生殖補助医療(Assisted Reproductive Technology, ART)について解説いたします。ARTとはヒトの不妊治療分野でよく耳にする言葉ですが、獣医畜産分野においても胚移植(ET)、体外受精(IVF)、顕微授精(ICSI)など、おおよそ同様のことが行われています。

 まず人工授精(AI)について解説します。AIはARTに含まれませんが、ウマ生産のごく基本的な技術です。メリットはなんといっても馬の輸送が不要であるということです。そのため、労力・コストは大きく削減され、品種改良に大きく貢献します。AIに用いられる精液には生精液、冷蔵精液、凍結精液の3タイプがあり、それぞれの受胎性や保存性などの特徴に応じて使い分けられます。冷蔵精液を用いる場合、一般的に48時間程度は受胎能力が期待できますが、時間的な制約から採取した精液は直ちに輸送、精液の到着後迅速なAIの実施が必要となります。一方、主に国外から優良な血統を導入する目的で用いられる凍結精液は、半永久的な保存が可能である反面、受胎率が低くなることや凍結保存のための特殊な設備が必要であるなどのデメリットがあります。国内でこのようなAIを実施するには獣医師もしくは人工授精師の国家資格が必要ですが、ウマ人工授精師の資格であれば北海道十勝牧場で取得のための講習会が3年毎に開かれています。また現在、国内で精液を入手するためには、乗用馬であれば遠野馬の里、重種馬であれば前述の十勝牧場から精液を取り寄せる他、フランスからの輸入精液を販売する業者(現在国内では3社のみ)を利用する必要があります。

 ウマARTの中で最も一般的に行われているのがETです。これは母馬(ドナー)を妊娠させ、受精後1週間程度でその胚(受精卵)を回収、代理母(レシピエント)に移植するという技術です。優秀な競技馬は15-20歳あたりまで競技および騎乗者の育成に活用されるため、そこから繁殖生活を始めても高い受胎性は望めませんし、産駒数も限られてしまいます。しかし、ETであれば競技生活を送りながら産駒を得ることができるため、既に欧米ではハイクラス・良血の現役競技馬に対して実施されています。この技術の難点は、ドナーとレシピエントの発情周期が一致している必要がある点です。欧米の大規模なレシピエント牧場では繋養頭数が数百頭にも及ぶため、常に最適なレシピエントを選ぶことができますが、レシピエント候補馬の繋養頭数に制限がある日本でETを実施するためには、ドナーとレシピエント双方の発情を同期化するなどの工夫が必要となります。現在、日本でウマのETを実施しているのは、唯一帯広畜産大学のみです。

 体外(シャーレ上)で卵と精子を受精させる手法であるIVFはヒトでは最も一般的なART技術ですが、ウマの精子は体外では卵細胞を覆う透明帯を通過することができないため、実用的な方法ではありません。また、ICSIとはこのIVFをさらに発展させた技術になり、マニピュレーターという専用器具を用いて精子を卵細胞に直接注入する方法のことを指します。精子を注入した受精卵は、実験室内で1週間程度培養した後にレシピエントの子宮内に移植します。ETが1度に1つの胚しか移植できないのに対し、ICSIでは1度に10個前後の卵を採取できること、さらにその採卵処置を最短2週間ごとに繰り返すことができることから、短期間に多くの産駒をとることが期待できます。また妊娠が困難な高齢馬から産駒をとることができる点も大きなメリットです。一方でこの方法は卵巣から卵細胞を吸引回収し、人工的に受精させた受精卵を培養する必要があるため、ETに比べて高い技術やコストが要求されます。現在、国内でICSIを行える施設はありません。

 今回ご紹介したウマARTは、欧米を中心に既に世界各国で研究・実用化されている技術です。この分野において日本は世界に大きく遅れをとっていますが、2017年にフランスからの凍結精液輸入が解禁されたことでハイクラスの乗用馬生産に活路が見出されました。日本でこれらの技術を用いた乗用馬生産を根付かせるためにはまだまだ多くの課題がありますが、今後益々発展し、我が国のウマ産業のさらなる発展に繋がることが期待されます。

pastedGraphic.png

ドナーから胚を回収する様子(ケンタッキー大学にて)

pastedGraphic_1.png

ドナーから回収された胚

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇

人馬の信頼関係の強化:引き馬編~リトレーニングプログラムの応用~

はじめに

 昨年の第225号でもご紹介しましたが、JRAでは『引退競走馬のリトレーニングプログラム』の作成に取り組んでおります。プログラムが完成した暁には、『引退競走馬のリトレーニング指針』としての発刊も予定しております。今回は作成中のプログラムの中から、重点項目の一つである『人馬の信頼関係の強化』について2回に分けて紹介させていただきます。第一回目の今回は、『引き馬』をメインにお話することとします。

『引き馬』による信頼関係の構築

 我々のプログラムでは、グラウンドワークと呼ばれる、騎乗せずに地上から馬に働きかける手法を用います。グラウンドワークでは『プレッシャーとプレッシャー解除』を馬に分かり易く伝え、馬の動くスピードと方向をコントロールして人が『リーダー』となると同時に、人の横が『安全で快適な場所』であることを馬が理解するように働きかけます。『引き馬』はグラウンドワークの最も重要な基礎となる作業です。『引き馬』では前後方向にプレッシャーを与え、発進・後退(スピード有り・前後方向)と停止(スピード無し:ゼロスピード)を繰り返します。具体的な働きかけ方は以下の通りです。

  1. 発進

 引き綱(リード)をゆったりと保持し、舌鼓等の音声扶助や長鞭を使用して馬を発進させます。馬がしっかりとした常歩を開始したら後ろからのプレッシャーを解除し、馬の動きに同調して歩きます。徐々に扶助のフェーズ(段階・強さ)を下げ、最終的には扶助を使用しなくても馬が人の前進する動きに合わせて発進できるような関係を構築します。

  1. 停止

 引き運動中に人が馬についていくのをやめ、リードを譲らないことで鼻梁に鼻革があたり、馬が止まるように働きかけます。上手に停止できたらリードを緩めてプレッシャー解除します。最初は(ホー)などの音声扶助も利用しますが発進同様最終的には前触れもなく人が止まったら馬も停止できるような関係を構築します。

  1. 後退

 静止した馬の顔の前でリードの余り部分を回したり(写真1)、鼻面の前に左手をかざして前方からのプレッシャーを与えます。初期段階では、右手でリードを引っ張って鼻梁へ与えるプレッシャーも組み合わせると、後退の合図が馬に伝わりやすくなります。

 馬が人の動きに合わせて停止することを理解できていない、若しくは馬が自己主張している場合は、人の前方に進みすぎて停止します。その際は前方からのプレッシャーを与えて人が肩の位置に立てるところまで後退させてからプレッシャー解除します。この働きかけによって馬は人より前に進みすぎるのは間違いであり、人の横に収まっていれば余計なプレッシャーを受けないこと、つまり人の横が『安全で快適な場所』であることを理解します。また、前触れなく突然人が前進したり停止したりする動きに合わせて動くことで、人に意識を向ける(フォーカスする)ようになります。

 『引き馬』は単純な作業でもあるため軽視され易く、ついつい手を抜いてしまいがちです。馬房掃除で馬を移動させる際に人が前方に立って馬をノロノロ歩かせたり(写真2)、あるいは放牧する際に、馬が勝手に先に進むことを許容してしまったりすることがあります。調教とその他の『引き馬』の違いは、馬を混乱させる原因となり得ます。馬に勝手に動かれてしまうと人は『リーダー』ではなくなり、人馬の位置関係が間違っていることをきちんと馬に伝えなければ人の横が『安全で快適な場所』ではなくなってしまいます。馬を扱う際は常に細心の注意を払い、馬に余計な混乱をもたらさないように意識する必要があると思います。

 次回は馬と人との距離感(パーソナルスペース:支配領域)を利用した駐立の調教についてご紹介します。

pastedGraphic.png

写真1:馬の顔の前でリードの余り部分を回して前方からプレッシャーを与えて後退を促す

pastedGraphic_1.png 

写真2:人が前方に立って馬をノロノロ歩かせ引き馬

JRA馬事公苑 診療所長 宮田健二

若馬の種子骨炎と予後

種子骨炎とは

 種子骨とは、関節部を跨ぐ靭帯あるいは腱構造に包まれている骨を指し、馬では球節の掌側(底側)にある近位種子骨、蹄内の遠位種子骨および膝関節の膝蓋骨などが知られています(図1)。この種子骨の役割は、運動時に骨や腱、靭帯にかかる負荷を分散させることですが、大きな負荷が反復してかかると損傷して炎症が起こると言われています。今回は、このうち近位種子骨の炎症(以下、種子骨炎)について解説します。

pastedGraphic.png

1:馬の種子骨

診断・分類方法

 種子骨炎を発症すると、球節部の腫脹や帯熱の他、跛行(支跛)する可能性があり、発症馬は調教を中止し休養する必要があります。診断は主にX線検査で行われており、重症度にもよりますが、種子骨内の血管孔の状態を示す線状陰影の拡幅や増加、辺縁の靭帯付着部の粗造化や変形および骨嚢胞状の陰影が観察されます。これを基に、近位種子骨のX線画像を異常所見の無いものから順にグレード(G)0~3の四段階に分類(図2)することで、種子骨炎の重症度を客観的に評価できます。これらの情報は、JRAブリーズアップセールをはじめ、多くの若馬のセリ市場の上場馬情報として開示されており、購買を検討するうえで重要な情報の一つとなっています。

2:種子骨グレード(G0:異常所見なし、G1:2㎜以上の線状陰影1~2本、G2:線状陰影を3本以上・辺縁不正、G3:線状陰影多数・辺縁不正・骨嚢胞状陰影、%はJRA育成馬に占めた割合)

治療と予後

 局所の炎症やそれに伴う疼痛(跛行)が著しい場合、球節部の冷却や鎮痛消炎剤の投与が推奨されますが、基本となるのは運動制限(休養)です。また、必要とされる休養期間は、重症度により異なります(軽度:3~4週間、重度:3~6か月)。

予後の調査

 JRA日高育成牧場で育成馬を対象に行った調査では、育成馬の売却時の種子骨炎グレードと売却後に発症した疾病や成績との関連性について報告されています。前肢の種子骨グレードと競走成績の関連についての調査は、競走期のデータが不足している2歳馬などを除外した221頭で行い、前肢の種子骨グレードが高い馬はグレードが低い馬に比べて繋靭帯炎を発症するリスクが高いことが明らかになっています。

pastedGraphic_1.png

グラフ1:種子骨グレードと前肢繋靭帯炎の発症率の関係

 一方、初出走までに要した日数や、2・3歳時の出走回数ならびに総獲得賞金に関する調査(550頭分)(グラフ2~4)では、種子骨グレードは出走回数や能力に殆ど影響していませんでした。また、一度も出走しなかった馬は9頭いましたが、いずれの原因も種子骨炎ではありませんでした。なお、出走回数や獲得賞金のグラフには一見差があるように見えますが、グレード3の中に活躍馬が含まれているためです

pastedGraphic_2.png

グラフ2:種子骨グレードと初出走までに要した日数の関係

 pastedGraphic_3.png

グラフ3:種子骨グレードと出走回数の関係 

pastedGraphic_4.png

 グラフ4:種子骨グレードと総獲得賞金の関係

最後に

 種子骨炎の発症を予防する方法は残念ながら報告されていませんが、JRA育成馬では、治療と休養後に調教復帰し、売却後に出走しています。他の疾患同様、早期発見・早期治療が最も重要となりますので、普段から注意深く馬体や歩様を観察することが重要です。また、種子骨炎を発症したことがある馬に対しては、調教を進めるにあたって定期的に検査を実施し、再発や繋靭帯炎などの続発を防ぐため、状態に合わせた調教、その後の患肢冷却および飼養管理を行うことが推奨されます。

日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄泰光

2021年6月16日 (水)

BUセールに向けての日高育成牧場における取り組み

 2020JRAブリーズアップセールは、新型コロナウイルス感染症の拡大を防止する観点から例年行ってきた中山競馬場でのセリ開催や騎乗供覧等を取りやめ、メール入札方式に変更しての開催となりました。異例の開催となってしまいましたが、日高育成牧場におけるJRA育成馬への調教は例年の質の高さを維持しつつ、運動負荷については例年以上の強度で行ってきました。

 本年売却した育成馬に対しては、例年よりやや早めの12月頃より調教のギアを上げ始め、年明け以降も坂路およびトレッドミルを用いて昨年より高強度の調教を実施してきました。グラフ①は、昨年2019年(△)と本年2020年(●)の1月20日前後の屋内坂路ウッドチップコース(1000m)でのスピード(上がり3ハロン平均値)と乳酸値のデータを示します。昨年と比較して本年は坂路でのスピードが速く、調教後の乳酸値が高い、すなわち運動強度が高い調教を課してきたことが分かります。

pastedGraphic.png

グラフ①.昨年と本年の1月20日前後の屋内坂路コースでのスピードと乳酸値

 約1ヶ月後にあたる2月中旬の同じデータをグラフ②に示します。昨年と比較すると本年は全体的にスピードが速い馬が多い一方で、乳酸値が低い傾向にあることが分かります。すなわち、2月時点では本年の育成馬の方が昨年に比較してより体力がある、すなわちグラフ①で示したような高強度の調教を継続した効果が表れたものと推定することができます。

 さらに、走行中の心拍数とスピードから算出されるV200(1分間の心拍数が200に達した際の走行スピードで示され、持久力の指標とされる。値が高い方が持久力に優れている)については、日高育成牧場では例年2月と4月に測定していますが、いずれの月も過去2年に比較して高値を示しており、特に本年4月の703.5m/minという値は過去最高を記録しました(グラフ③)。このように、乳酸値のみならず、心拍数データからも本年の育成馬の体力の高さを伺い知ることができます。

 pastedGraphic_1.png

グラフ②.昨年と本年の2月中旬の屋内坂路コースでのスピードと乳酸値

pastedGraphic_2.png

グラフ③.過去3年の2月および4月の800ダートコースにおけるV200

 もちろん若馬に対する強運動負荷は、体力向上が期待できる半面、馬体や精神面への悪影響も懸念されます。本年の調教についてはその点を考慮し、強調教の翌日にはハッキングもしくはウォーキングマシンでの常歩調教を行うなど、ダメージ回復に努めました。本年の育成馬の運動器疾患の発症頭数(一定期間の休養を要したもの)が例年と同程度であったことから、本年の強調教による馬体への悪影響は、例年より多かったわけではないと感じています。ただし、牝馬においては例年より食欲の減退が多く認められたことから、調教メニューを組み立てる際にはフィジカル面のみならずメンタル面をも含めた十分なケアと、必要な運動の負荷とを両立させるよう留意することが今後の課題と捉えています。

日高育成牧場 業務課 冨成雅尚

卵巣静止に対するデスロレリン・ブセレリンを用いた発情誘起

 高齢、寒冷、日照や栄養の不足、あるいは生殖器疾患などが原因となり、繁殖牝馬の卵胞が発育せず排卵しなくなった状態のことを卵巣静止といいます(図1)。この卵巣静止に対する治療法としては、デスロレリンやブセレリンといった排卵誘発剤を少量ずつ継続して筋肉内投与する方法が提唱されていますが、今回はそれら治療法の詳細とJRA日高育成牧場での治療例についてご紹介します。

pastedGraphic.png

図1.卵巣静止と診断された卵巣の超音波画像

日高軽種馬農協による調査研究

 排卵促進剤の一つであるデスロレリン(150μgを1日2回筋肉内、卵胞が35~40mmに発育するまで毎日、図2はデスロレリン注射剤)には、卵胞の発育を促進させる効果があると考えられています。2014年から2016年にかけ、柴田獣医師らのグループが87頭のサラブレッド繁殖牝馬を用いて行った調査によると、デスロレリン投与によって卵胞が35~40mmまで発育した繁殖牝馬は68/87頭(78.2%)、その平均治療日数は5.3日(3~14日)であったと報告されています。また、卵胞の発育後、交配から2日以内に排卵した繁殖牝馬は43/46頭(93.5%)と報告されているため、卵胞が発育してしまえばそのほとんどが排卵に至ることは明らかですが、実際に受胎した繁殖牝馬は28/66頭(42.4%)と低い割合にとどまりました。しかしながら、残念ながら不受胎であっても33/38頭(86.8%)が排卵後に正常な発情サイクルを取り戻し、通常の方法での交配に移行できたことも確認されています。

pastedGraphic_1.png

図2.デスロレリン注射剤(輸入薬)

妊娠中に骨折し、栄養状態が悪くなった繁殖牝馬の一例

 JRA日高育成牧場で繋養する繁殖牝馬のうち分娩後に無排卵状態に陥った症例についてご紹介します。この馬は3歳未勝利で引退した後に繁殖入りし(引退の理由は両後肢の第三中足骨々折)、4歳で受胎しました。しかし、妊娠7ヶ月目に放牧地で両後肢の第一趾骨々折を発症し、骨折部の螺子固定術を実施しています。この馬を管理するにあたり、胎子の健全な発育を優先すると運動量を確保するために放牧管理をしたいところですが、当時は下肢部の状態を考慮すると運動を制限(馬房内休養でウォーキングマシンによる運動のみを負荷)せざるを得ないとの判断に至りました。また、疝痛予防の観点から、濃厚飼料の給餌量も必要最小限まで抑えられました。その結果、症例馬のBCS(ボディコンディションスコア)はみるみる低下することとなりました。翌年3月になんとか健康な子馬を分娩しましたが、この時点のBCSは4点台まで低下しており、分娩後もBCSを増加させることはできませんでした。症例馬の卵胞は、分娩後も約1ヶ月発育せず、排卵もみられませんでした。

 この馬に対して、先にご紹介したデスロレリン投与を試してみたところ、投与開始から9日後の超音波検査で卵胞が35mmまで発育していることが確認されました。そこで、別の排卵促進剤であるhCG(3,000IU)を投与して翌日に交配したところ、交配の翌日に排卵が確認できました。症例馬については、その後も交配2週間後の妊娠鑑定での受胎が確認されています。

 このように、何らかの原因(今回は給与量不足)により卵胞が発育しなくなってしまった繁殖牝馬の治療の選択肢の一つとして、デスロレリンを少量ずつ筋肉内投与する方法が有用であることがわかりましたが、現在のところ、デスロレリン製剤は国内では製造されておらず、海外からの輸入に頼るしかありません。そこで、国産で流通する製剤中で、デスロレリンと同様の効果を有するブセレリンに注目しました。

米国ケンタッキー州ハグヤード馬医療機関での調査研究

 卵胞の発育不全が認められた79頭のサラブレッド繁殖牝馬を用いた調査では、ブセレリン注射剤(図3)12.5μgを1日2回筋肉内投与することにより、卵胞が35~40mmに発育した繁殖牝馬は71%、その平均治療日数は10.42日であったと報告されています。デスロレリンとは異なり卵胞の発育後に排卵まで至ったものは64%とやや少なかったのですが、投与後の受胎率は72%と高い割合を示しました。

pastedGraphic_2.png

図3.ブセレリン注射剤(国産薬)

ライトコントロールを行っても発情が来なかったあがり馬の一例

 JRA日高育成牧場において、ブセレリンを用いて発情誘起を行った一例をご紹介します。症例馬は6歳12月に競走馬を引退し、翌月より繁殖牝馬として当場に入厩しました。入厩後、すぐにライトコントロールを開始しましたが、3月下旬になっても発情がみられなかったため、超音波検査を行ったところ、左右の卵巣に大きな卵胞が全く存在しないことが確認できました。そこで、ブセレリン投与による発情誘起を試みることとし、国内に流通するブセレリン注射剤であるエストマール注(図1)を前述のハグヤード馬医療機関の報告に沿って投与を開始しました。投与開始6日後より、超音波検査にて卵胞が大きくなり始めたことが確認でき、10日後には排卵直前の基準である35mmにまで育ちました。そこで、排卵誘発剤のhCGを投与した翌日に種付けを行ったところ、種付け翌日のエコー検査で排卵が確認できました。この馬も交配2週間後の妊娠鑑定で受胎していることが確認されています。

 卵巣静止の発症原因は様々ですが、その治療の選択肢の一つとして、今回ご紹介した方法についてもご検討いただけましたら幸いです。今回の方法での治療については、かかりつけの獣医師にご相談ください。

日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

2021年6月13日 (日)

装蹄道具とその手順について

 今回は装蹄に使われる道具と手順について、簡単にご紹介させていただきます。

・装蹄とは・・・

 馬もヒトと同様に爪(馬では蹄と呼ばれます)が伸びますが、通常は伸びた分だけ地面との摩擦で削られてバランスよく一定の長さに保たれています。しかし地面との摩擦が少ない場合、蹄の伸びる量が削られる量より多くなり、蹄は伸び続けてしまうため、定期的に蹄を切る必要があります。一方、蹄の伸びる量より削られる量が多くなる場合、つまり運動量が多い馬や人を乗せる使役馬などでは、蹄がどんどん短くなってしまいます。このような場合は、ヒトの靴に相当する蹄鉄を装着し、蹄を過剰な磨耗から保護しなければなりません。このように蹄を短く切り揃え、蹄鉄を装着する作業のことを装蹄と呼び、これを生業とする人は装蹄師と呼ばれます。

 装蹄師は全国でも約600名しかおらず、JRAにはそのうち35名が在籍しています。これら装蹄師になるためには、栃木県宇都宮市の「装蹄教育センター」という全寮制の学校で1年間のカリキュラムを修了し、装蹄師免許を取得しなければなりません。

・道具

 特殊な作業に使う道具は、普段の生活では見慣れないものばかりです。今回は、代表的な道具をいくつかご紹介します。

1_3

左から、装蹄鎚(そうていづち)、釘節刀(ちょうせっとう)、剪鉗(せんかん)、鎌型蹄刀(かまがたていとう)、削蹄剪鉗(さくていせんかん)、蹄鑢(ていろ)、手鎚(てづち)、火鉗(ひばし)、釘切剪鉗(くぎきりせんかん)、クリンチャーという道具です。装蹄槌は釘を打つハンマー、釘節刀は曲がった釘を起こす道具、剪鉗は蹄鉄を外す道具、鎌型蹄刀は蹄を切る道具、削蹄剪鉗は人でいう爪きり、蹄鑢はヤスリ、手鎚は蹄鉄を叩くハンマー、火鉗は熱く熱した蹄鉄を掴む道具、釘切剪鉗は釘を切る道具、クリンチャーは釘を折り曲げて締める道具です。

・装蹄作業

 最初に蹄の保護のために蹄鉄を装着するとご説明しましたが、蹄鉄を装着すると蹄の代わりに蹄鉄が地面との摩擦で削られてしまうため、定期的に伸びた蹄を削って蹄鉄を新しく交換する作業が必要となります。

 古い蹄鉄を外すことを除鉄といいますが、この作業には装蹄鎚、釘節刀、剪鉗を使用します。まず、釘節刀を曲がっている釘節に引っ掛け、装蹄鎚で釘節刀を叩いてやることで曲がっている釘節を叩き起こします。釘節が真っ直ぐ伸びたら、蹄鉄を剪鉗で挟んで除鉄できるようになります。

 次に鎌型蹄刀、削蹄剪鉗、蹄鑢を使用して、伸びた蹄を切る作業(削蹄)に移ります。まず削蹄剪鉗(爪切りに相当します)で蹄の伸びた部分を大雑把に削切し、鎌型蹄刀で細かい部分を切り揃えた後に、蹄鑢(爪ヤスリに相当します)を使用し、平らに仕上げます。

2_2 鎌型蹄刀で削蹄      焼付け

 削蹄が終わると、新しい蹄鉄をその馬の蹄の形に合わせる作業に移ります。火鉗で蹄鉄をしっかりと固定し、手鎚で叩いて蹄鉄の形を修正していきます。使用する蹄鉄は予め馬蹄形に整形されていますが、馬の蹄形は全て同じではないため、装蹄の際には必ずこの修正作業が必要です。馬の前肢は走行中に進行方向を変える役割を担っているため、方向転換しやすいように丸い形状をしていますが、推進力を担う後肢は地面をグリップするためにひし形の形状をしています。このような前後の形状の違いだけでなく、1頭1頭に微妙な形状の違いがあるため、装蹄師にはこの微妙な形状の違いを読み取り、それぞれの蹄形に蹄鉄の形状をぴったり合わせる技術が要求されます。さらに、乗馬では修正した蹄鉄を熱して蹄に押し付ける焼付けという作業も行います。焼付けは、蹄鉄と蹄の密着性をより高めるために行いますが、殺菌作用が得られるメリットもあります(馬の蹄は熱を伝えにくいので、火傷することはありません)。一方、競走馬の蹄鉄はアルミウムが材料のため、焼付けは行わずに形状修正した蹄鉄をそのまま蹄に装着します。

 蹄に合わせた蹄鉄が準備できたら、ようやく新しい蹄鉄を蹄に打ち付ける作業に移ります。ここで使用するのは、装蹄鎚、釘切剪鉗、クリンチャー、蹄鑢などです。蹄鉄を蹄に打ち付ける際には、蹄釘(ていちょう)を用いますが、1蹄につき4本~6本の蹄釘を使って打ち付けるのが一般的です。蹄鉄を蹄に打ち付けると蹄壁から蹄釘の先端が飛び出した状態になりますが、この状態は人馬にとって危険なため、すぐに釘切剪鉗で飛び出した余分な部分を切り落とします。さらに切り落とした蹄釘の下に溝を彫り、クリンチャーを使って断端を溝の中に折り曲げて埋め込みます。この作業によって蹄釘が蹄壁にしっかり引っかかるようになり、蹄に打ちつけた蹄釘が簡単に抜けないようになります。最後は、仕上げに蹄鑢で蹄釘の断端を滑らかにし終了です。

3_2   釘打ち       仕上げ

・最後に

 装蹄作業は伸びた蹄を切り蹄鉄を馬の形状に合わせ、蹄釘で装着するだけでなく、個々の馬のバランス、肢全体の向きや角度も考慮し、時には疾病があればその疾病に合わせた装蹄をしなければなりません。そのため、知識や技術だけでなく経験も装蹄師にとって必要な、とても大事な要素といえるでしょう。

炭水化物の摂取と食餌性疾患の関係

はじめに

体に必要な栄養素のうち、特に重要とされる炭水化物、脂肪、タンパク質は、「三大栄養素」といわれますが、今回はその中の炭水化物についての話題です。植物は太陽光線、二酸化炭素および水から炭水化物を生成し、自らの栄養として利用します。植物の水分を除いた乾物中の構成成分の7~8割は炭水化物であることから、草食動物である馬にとって、炭水化物は非常に摂取量が多い栄養素です。炭水化物はグルコースやフルクトースなどの単糖から構成される物質の総称であり、馬の飼料中にも様々な種類の炭水化物が含まれています。基本的に摂取した炭水化物は馬のエネルギーとして利用されますが、炭水化物の種類によって過剰に摂取したとき、健康に悪い影響を与える懸念があります。

飼料中の炭水化物の分類

草食動物である馬の場合、炭水化物は栄養学的に、糖質と植物繊維の2つのグループに分けられます(図1)。糖質は構造的に、単糖、単糖が2個結合した二糖類、単糖が3個以上(6個から20個以下とされており厳密には定義されていない)結合したオリゴ糖、多数の単糖が結合した多糖類のグループに分けることができます。単糖以外の複数結合したグループの糖質は、小腸内の酵素は小腸の上皮細胞にある酵素の作用により最終的に単糖に分解された後に、小腸上皮で吸収され体に取り込まれます(図2)。日常的に食物繊維という単語を目にしますが、食物繊維とは、ヒトの消化酵素で消化できない炭水化物の総称です。植物の細胞壁などを構成する植物繊維は、食物繊維に含まれます。馬の盲腸や結腸内には大量の微生物が存在し、これらの微生物が植物繊維を分解発酵することにより揮発性脂肪酸(VFA)を産生されます。産生されるVFAは、酢酸、酪酸およびプロピオン酸であり、これらの脂肪酸は消化管より吸収することができます。このように、ヒトと異なり馬は、植物繊維を微生物の分解発酵を経て、体に取り込むことができます。

1図1 馬の飼料における炭水化物の分類  

2

図2 馬の消化器官における糖質(デンプン)および植物繊維の消化吸収部位

デンプン(糖質)の過剰摂取による疝痛

一般的に、濃厚飼料の多給は、疝痛などの食餌性の疾患の温床となることはよく知られており、濃厚飼料の摂取量が多くなるほど疝痛発症のリスクが高まることが報告されています(図3)。冒頭に述べた過剰摂取した場合、馬の健康に有害となる炭水化物とは糖質のことであり、濃厚飼料(穀類)には、多糖類であるデンプンが多く含まれます。通常、デンプンは小腸において膵臓から分泌されるアミラーゼという酵素により麦芽糖(二糖類)などの小さな糖質に分解され、さらに小腸上皮にある酵素によって最小の構成単位である単糖まで分解され吸収されます。ヒトの唾液中にはアミラーゼが含まれており、食事を口に入れたときからデンプンの分解が始まり、以降の消化器官における消化吸収が効率よくなります。一方、馬の唾液中にアミラーゼはほとんど含まれておらず、しかも、小腸のアミラーゼの活性(デンプンを分解する能力)は他の動物に比べ低いことが知られています。そのため、馬は、盲腸より前の消化器官におけるデンプンの消化吸収能力が高くない動物であるといえます。小腸における消化吸収の許容量以上のデンプンを摂取した場合、デンプン(もしくは酵素による分解途中の糖質)は盲腸内に流入します。盲腸および結腸(以下 大腸)内の莫大な数の微生物には、様々な種類が混在しており、通常、植物繊維を分解する微生物(セルロース分解細菌)に比べ、デンプンを分解する微生物(乳酸生成細菌)の数は多くありません。大腸に流入してきたデンプンなどの糖質が、乳酸生成細菌により分解発酵されることにより乳酸が産生され、同時に発酵性のガスが生成されます。盲腸への糖質の流入量が多くなるほど、乳酸生成細菌の数が増え、産生される乳酸および発酵性ガス量も相乗的に増加します。乳酸の増加により大腸内のpHは低下し、それに伴いセルロース分解細菌の数は減少します(表)。通常、大腸内において大腸菌やサルモネラ菌などの悪玉菌の増殖は、セルロース分解細菌により産生されるVFAによって抑制されますが、セルロース分解細菌数が減ることにより悪玉菌増殖の抑止効果は弱まります。その結果、大腸内の悪玉菌が増殖し、疝痛発症の原因となります。さらに、通常、盲腸および結腸内のpHは7(中性)をやや下回る程度ですが、乳酸による酸性化でpHが6近くまで低下し腸粘膜に炎症が発生することや、発酵性ガスの貯留が疝痛発症の原因となることがあります。

3

図3 濃厚飼料の給与量と疝痛発症リスクの関係

※オッズ比:事象の起こりやすさを示す統計学的尺度で数字が大きいほど事象が起こりやすいことになる

1_2

表 給与飼料が大腸(盲腸と結腸)中のセルロース分解と乳酸生成細菌数(/mL)に及ぼす影響

デンプン(糖質)の過剰摂取と食餌性蹄葉炎

 蹄葉炎とは、馬の蹄の角質部と蹄骨を接着している葉状層と呼ばれる組織が損壊し、角質部から蹄骨が剥がれてしまう疾病です。昔から、濃厚飼料の多給により、蹄葉炎が発症することはよく知られていますが、これもデンプンなどの糖質が大腸に大量に流入することが原因であると考えられています。大腸内のpH低下から蹄葉炎の発症に至る機序を、内毒素血症で説明する教科書は多いですが、あくまでこれは仮説として考えられています。「内毒素血症」説とは、大腸内のpH低下により、内毒素(エンドトキシン)が生成され、その内毒素が血液を介して蹄の毛細血管に移動した結果、葉状層組織が損壊されるというものです。発症の機序は明確にされていませんが、濃厚飼料の多給によるデンプンなどの糖質の大腸への多量な流入が、食餌性蹄葉炎発症のトリガーになっていることは発症試験で証明されています。

おわりに

濃厚飼料の多給に伴うデンプンをはじめとする糖質の多量摂取は、食餌性の疝痛や蹄葉炎発症の原因となります。また、食餌性の疾患が発症しなかったとしても、濃厚飼料の多給は馬の健康にとって好ましくないことは確かです。一方で、サラブレッドに必要なエネルギーを給与するためには、濃厚飼料の給与は不可欠であることも事実です。濃厚飼料の給与量が多くなればなるだけ、馬植物繊維を多く含む牧草の給与が馬の健康のためにはさらに重要になることを、しっかりと頭においていてください。

日高育成牧場 上席調査役 松井 朗

2021年6月11日 (金)

米国のトレーニングセール

 以前ご紹介した米国の混合セリ(Mix Sale)に続き、今回は2歳トレーニングセール(2YO in Training Sale)についてご紹介します。

 実際に馬場で人が乗って走らせる調教供覧を行う2歳トレーニングセールは、日本のJRAブリーズアップセール、千葉サラブレッドセール、HBAトレーニングセールに該当します。米国では若馬の育成は温暖なフロリダ州が中心であるため、トレーニングセールも同地で開催されています(表)。米国の2歳トレーニングセールの頂点といえば、ハランデールビーチにあるガルフストリームパーク競馬場で開催されるファシグティプトン社のガルフストリームセールですが、育成の中心地オカラで開催されるOBSのセリも上場頭数が多く、人気を集めています。過去には、カリフォルニア州デルマーにあるデルマー競馬場で開催されていたバレッツ社のマーチセールも有名でしたが、2017年を最後に開催されなくなりました。一方、馬産地ケンタッキー州レキシントンにあるキーンランド競馬場で開催されていたキーンランド協会主催のエイプリルセールは、昨年5年ぶりに復活したことも話題を集めました。

時期

主催者

名前

場所

上場頭数(2019年)

3月

ファシグティプトン社

ガルフストリームセール

ハランデールビーチ

188

3月

OBS

マーチセール

オカラ

577

4月

OBS

スプリングセール

オカラ

1,221

表.米国の主な2歳トレーニングセール

 上場頭数にもよりますが、米国のトレーニングセールは①調教供覧、②下見、③セリがそれぞれ別の日に開催され、3日以上かけて開催されるのが普通です。

 またJRAブリーズアップセールと同様に調教供覧は単走で行われており(写真)、3コーナーまでは誘導馬(リードポニー)が併走しますが、4コーナーで単走となって一気に加速し、ホームストレッチで全力疾走時の走行フォームが評価されます。自動計測されたラスト1ハロンの走行タイムが即座にターフビジョンに表示されるのですが、仕上がりが早い馬は2ハロンのタイムを計測して公表しています。また、セリ会場(競馬場で開催するだけでなく専用のトラックを有するセリ会場もあります)によって馬場が異なることも米国トレーニングセールの特徴ですが、ガルフストリームセールでは芝かダートのどちらを走行するかがが選択可能、OBSのセールではオールウェザー馬場を走行します。

 レポジトリーに関しては、基本的には1歳セリと同様ですが、ファシグティプトン社が主催のセリでは全頭調教供覧後にレントゲン撮影を行い、公開しています。セリを3日間かけて開催しているからこそ実現可能なサービスだと言えます。

 余談ですが、2歳の競走馬を日本へ輸入する際は、まず動物検疫所での入国検疫が10日間、その後繋養先の育成牧場での着地検疫が3ヶ月必要となり、さらに競馬に出走するためにトレセンでの在厩期間が15日間必要であるため、日本に到着してから競馬できるまでに少なくとも4ヶ月もの期間が必要となります。米国のトレーニングセールは6月頃まで開催されていますが、日本人バイヤーが3月や4月に開催される早期のセリに集中しているのは、この競馬デビューまでに必要な検疫期間が関係しています。

pastedGraphic.png

写真.調教供覧は単走で行われる(ガルフストリームセール)

 今回を持って3回にわたって連載してきました米国のセリ紹介は終了です。ご愛読いただきありがとうございました。

日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

Proximal Suspensory Desmitis(PSD)いわゆる「深管骨瘤」について

はじめに

競走前の後期育成馬においてしばしば認められる「深管骨瘤(通称シンカン)」は、管近位に炎症が起こることで跛行を呈す疾病の総称です。深管『骨瘤』という病名が付いているこの病気ですが、成書ではProximal Suspensory Desmitis(近位繋靭帯炎、以下PSD)と記載されている通り、実際の病態は第3中手骨の繋靭帯付着部における炎症に起因します(図1)。繋靭帯には沈み込んだ球節を引っ張り上げる役割がありますが、その際に靭帯付着部に強いテンションがかかります。PSDはその際に起こる外傷性の捻挫だと考えられており、急旋回や細かい回転運動はそのリスクを高めるものとして知られています。また、重症例ではこの部位が剥離骨折することもあります。

pastedGraphic.png

図1.赤丸内が繋靭帯付着部

診断方法

PSDを発症した場合、跛行は数日から数週間続きます。急性例では熱感や腫脹を伴い、同部に圧痛を認めることもありますが、慢性例では間欠的な跛行を呈すのみで、明らかな臨床所見を伴わない症例も散見されます。PSDは臨床症状だけでは診断することが難しく、確定診断は局所麻酔を用いた跛行診断によって行います。局所麻酔には図2の外側掌側神経麻酔(副手根骨の内側、赤丸)を用い、High-4-point麻酔(掌側中手神経および掌側指神経の麻酔、図2青丸)を併用することもあります。ただし、これらの麻酔は腕節以下全体に対して麻酔効果があるため、確定診断のためには事前に球節以下に診断麻酔(Low-4-point麻酔、図3)を行うなどして、球節以下には異常がないことを確認しておく必要があります(球節以下の麻酔では跛行が改善しないが、腕節以下の麻酔で改善する→跛行の原因が球節~腕節の間にあると推測できる)。

pastedGraphic_1.png

図2.外側掌側神経およびHigh-4-point麻酔(黄色線が神経走行)

pastedGraphic_2.png 

図3.Low-4-point麻酔部位

リハビリテーション

PSDは、軽症であれば比較的早い調教復帰も可能ですが、調教再開時の再発例も多く認められます。その要因の一つとして、長期間休養させた若馬の騎乗調教を再開する際の、スピードコントロールの困難さが挙げられます。また他の要因としては、トラック調教の前のリハビリテーションとして用いられるラウンドペンでのランジングや騎乗における回転運動が、半径の小さな窮屈な運動とならざるを得ないことが挙げられます。そこで、日高育成牧場ではラウンドペンの代わりにトレッドミルを用いたリハビリテーションを行っています。リハビリテーションにトレッドミルを用いるメリットとして、

・半径の小さな回転運動による繋靭帯への負荷を避けられる

・繋靭帯への負荷が少ない騎乗者なしの状態でもある程度のトレーニング効果が期待できる

などが挙げられます。我々はPSD発症馬に対して疼痛および跛行が完全に消失したことを確認した後、トレッドミルを用いて徐々に負荷をかけるリハビリテーションメニューを作成しています。この方法を選択するようになってから、PSD発症馬のほとんどが1~2週間のトレッドミルでのリハビリテーションを消化した後に、順調に騎乗調教に復帰できるようになりました。PSDは一旦発症してしまうと再発することが多い、特に育成馬にとってやっかいな疾病の1つです。リハビリテーションも重要ですが、まずは強調教後に下肢部をしっかり冷却するなど日常的なケアでPSDの発症を予防することも重要です。

日高育成牧場 業務課 胡田悠作