2021年10月29日 (金)

これからの寄生虫対策

 馬を管理する上で、消化管寄生虫対策は必要不可欠なもののひとつです。古くから寄生虫対策といえば駆虫薬を投与すればよい、くらいにしか考えられてきませんでしたが、近年、駆虫薬耐性虫の出現が世界的に報告されるようになり、従来の寄生虫対策が見直されるようになってきました。今回は、最新の対策法として海外の獣医師団体(米国馬臨床獣医師協会:AAEP)により提言されている寄生虫対策の概要を紹介します。

駆虫薬耐性虫とは

 駆虫薬耐性虫とは、駆虫薬が効かない虫、ということになりますが、最近話題のウイルスの変異と同じ理屈で遺伝子の変化が起き、実は昔からときどき出現していた可能性があるのですが、少数すぎて寄生虫同士の生き残り競争に敗れ、増えることができない状況にありました。ところが、この寄生虫群に同じ駆虫薬を繰り返し投与し続けると耐性虫だけが生き残るようになり、耐性虫同士の交配が増加し、結果的に耐性虫が多数を占めるようになったと言われています(図1)。

 同じ駆虫薬が繰り返し使われてきた理由としては、使用できる駆虫薬が数種類しかないうえ、新しい駆虫薬の開発がうまくいっていない、という事情があります。その理由として、ウイルスや細菌に比べて寄生虫は高等な生き物であるため、その分対応が難しいというのがまずありますが、開発にかかるコストと需要のバランスなど、製薬会社側の都合も複雑に絡むのでなんとも説明ができません。

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図1:耐性虫の出現

寄生虫対策

 このような状況を受けて、従来の駆虫薬を使用しつつ耐性虫を増やさないための対策が進んできています。その最終的な目標は、①栄養失調や消化管の閉塞など寄生虫感染によるリスクを最小限にする、②虫卵排出を減少させる、③駆虫薬耐性虫の出現を抑えて有効な駆虫薬を後世に残すこととされており、耐性虫を全滅させることは諦めた、ということになります。①と②は、従来の寄生虫対策とほとんど同じで常識となりつつあるので詳しい説明は省きますが、寄生虫感染の影響が大きい若馬を中心に計画的に駆虫を実施して馬の体から寄生虫を減らしつつ、ボロ拾いや拾ったボロの確実な堆肥化・放牧地のローテーションやハローがけといった寄生虫にとって生きにくい環境の維持に努めることを提言しています。そして③の部分が、近年特に変わってきた部分です。

耐性虫出現を最小限に

 耐性虫をできるだけ出現させないために提言されているのが、計画的な駆虫プログラムにおいて「使用する駆虫薬に同じものばかり使用しないこと」と、「耐性虫の出現をいち早く検知すること」です。前者は、図1で説明した通りです。一方、耐性虫の出現をいち早く検知するには、これまでの寄生虫卵検査を応用することで可能となります。簡単にいうと、これまでは感染している寄生虫の「種類」と糞便中に排出される虫卵が「多いか少ないか」ということが分かる程度でしたが、駆虫薬投与前後に虫卵数をカウントする「糞便虫卵数減少試験」により、虫卵の減少率を調べることで耐性虫の存在を確認することができます(図2)。また、ある駆虫薬を投与してから毎週虫卵検査を実施する「虫卵再出現期間」により当該駆虫薬の有効期間を確認することで、耐性虫の出現をいち早く把握できると言われています(図3)。

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図2:糞便虫卵数減少試験

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図3:虫卵再出現期間

 わが国においても、今回ご紹介したような寄生虫対策を進める必要があるのですが、解説したように現状を把握していなければ、最適な対抗手段をとることができません。今後、JRAも参加している「生産地疾病等調査研究」において牧場それぞれの寄生虫対策や駆虫状況を調査・分析し、結果およびそれに適した対策をフィードバックしたいと考えておりますので、その際は調査にご協力くださいますようお願いします。

日高育成牧場 生産育成研究室  琴寄泰光

2021年10月 5日 (火)

JRAホームブレッドの馴致

 今回は、日高育成牧場でJRAホームブレッドに対して行っている馴致について、中でも特に1歳秋にブレーキングを行う前までの当歳から1歳夏にかけての馴致の内容についてご紹介したいと思います。

母子の引き馬

 引き馬の躾は生後翌日から開始します。日高育成牧場では一人で母子を保持するやり方を行っています。将来的に「子馬を左側から引く」ことを教えるため、位置関係は「人の左に母馬、右に子馬」としています(図1)。左手で母馬のリード(引き綱)を保持し、右手で子馬の左側から頚をかかえるようにします。このようにして子馬の左肩の位置に人がいる「引き馬の位置関係」を教えます。特に生後2ヶ月までの間は、頚部へのダメージを防止するため、子馬にはリードを使用しません。

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図1. 人の左に母馬、右に子馬の位置で母子を引く

駐立の練習

 将来的に検査者の前で馬の左側を向けた左表(ひだりおもて)で四肢が重ならないように立たせることができるように、写真撮影などの機会を通して駐立の練習を行っています(図2)。最初は前後に人が立ち、プレッシャーとその解除により前進後退を行いながら、馬を人に集中させます。まず軸肢(左前肢と右後肢)の位置を決めます。左前管部を地面に対して垂直にし、軸を動かさないまま馬を前後に動かして右前肢と左後肢の位置を決めます。馬の立ち位置が決まったら保持者は後退し、リードを緩めます。馬の接近および前傾姿勢を回避するため、後退する前に人馬の距離を保持するためのプレッシャーをかけます。周囲に人がいない状況できちんと駐立できるようになったら、場内見学バスツアーなどの機会を通して人に囲まれている場面でも同じことができるように慣らしていきます。

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図2 写真撮影を通して駐立の練習をする

離乳後の馴致

 離乳後は母馬の存在がなくなるため、子馬が精神的に不安定になります。人間が子馬のリーダーであることを再認識させるとともに、人馬の1対1の関係を強化する上で大切な時期となります。集放牧の際に前の馬と一定の距離をとって歩かせることで、周囲に他の馬の姿が見えなくなっても鳴かない馬を作ることができます。また、ビニールシートを通過させるなどの機会を設け、人が課題(ビニールシートの通過)を与えてプレッシャー・オンの状態にし(リードを引く)、それに従えばプレッシャーはオフになる(リードは緩められる)ということを繰り返すことで人の指示に従うことを教え(図3)、人馬の1対1の関係を強化することができます。

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図3 ビニールシートを通過させることで人の指示に従うことを教える

“インディペンデント”な馬を作る

 馴致を通して、騎乗せずに「人が馬のリーダーとなること」や「人馬の信頼関係」を教えることが可能です。このため、集放牧を躾の機会と捉えて、普段からこれらを意識した引き馬を繰り返し実施することが重要です。子馬の引き馬で重要なことは、「人の指示に従って歩くこと」と「子馬自身のバランスで歩くこと」の2点です。「自身のバランス」とは、子馬が歩く際に「引っ張られたり、押されたりしない」状態であり、人間の指示に従った上で馬自らが意思を持って歩くということです。言わば“インディペンデント(独立した、他に頼らない)”な馬を作るということで、このことができていればブレーキングが始まった後、非常にスムーズに調教を進めることができます。

 日高育成牧場では、以上のような点を心掛けて日々ホームブレッドの馴致を行っています。今回の記事が、皆さんの愛馬の管理に少しでも参考になりましたら幸いです。

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

2021年9月22日 (水)

当歳馬へのローソニアワクチン投与について

 本年も当歳馬を離乳する時期となりましたが、離乳は子馬にとって非常に大きなストレスのかかる出来事です。生産者のみなさまは、いかに離乳によるストレスを軽減して、子馬を無事に育てていけるかを考えていることかと思います。離乳後の当歳馬に頻発して成長を阻害してしまう病気として、ローソニア感染症をご存じの方も多いと思います。今回は、ローソニア感染症を予防するためのワクチン投与方法について、最近の知見を交えながらご紹介していきたいと思います。

経済的損実を伴う当歳馬のローソニア感染症

 ローソニア感染症は、Lawsonia intracellularisという細菌の感染によって引き起こされる病気です。小腸の粘膜細胞内で増殖して下痢などの腸炎症状を起こすことから、馬増殖性腸症とも呼ばれています。腸管粘膜の細胞が異常に増殖して栄養の吸収に障害が生じることから、短期間で体重が減少して削痩してしまうことが大きな問題となります。下痢が主な症状の一つですが、症状として示さない場合もあり、そのような場合は発見が遅れてしまい、回復までに時間がかかってしまう場合もあります。したがって、本病が最も頻発する離乳後の当歳馬に、元気消沈や体重減少、低たんぱく血症に由来する浮腫(むくみ)などの臨床症状を認めた場合には、すぐさま獣医師に相談して早期発見・早期治療をすることが重要になります。

 発症が認められた場合であっても、テトラサイクリン系やマクロライド系の抗生剤を用いて適切に治療を行えば、予後は良いと言われています。しかしながら、重篤な症例においては、長期間(数週間)の投薬により多大な治療費がかかることがあります。また、治療に成功したとしても、減少した体重が元に戻るまでには数か月を要することもあり、感染した当歳馬が1歳馬になった時点でも影響が残ることが考えられます。アメリカで行われた調査では、同じ種牡馬の産駒をローソニアに感染した馬と感染していない馬に分け、1歳セリでの売却価格を比較したところ、感染した馬の価格が有意に低かったことが報告されています。このように、ローソニア感染症に当歳馬がかかると、多くの点で経済的な損失を被ることになります。

菌の侵入防止が困難

 発症を防ぐためには、原因菌の侵入を防ぐことが求められます。パコマやビルコンといった軽種馬産業で一般的に用いられている消毒薬は有効ですので、発症馬が認められて厩舎を消毒する際には、積極的に使用することが勧められます。しかしながら、発症が認められた場合には、すでに同居馬の多くが症状を示さない状態で感染(不顕性感染)していることが知られており、厩舎内に菌が蔓延しているものと考えられます。保菌している馬は、最大で半年以上も菌を排出することが知られており、さらに排出された菌が糞中で2週間にわたって生存することも知られています。つまり、一度汚染されてしまった厩舎を清浄化するには多大な労力が必要となります。

 Lawsonia intracellularisは豚に感染することが良く知られているほか、ネズミ、ウサギ、シカといった野生動物にも感染することが知られています。最新の遺伝子解析の結果からは、馬に感染する菌は豚に感染する菌とは遺伝的に遠い系統である一方で、野生動物に由来する菌とは近い系統であることが判明しています。そのほか、ローソニア感染症の発生した農場において、捕まえたネズミの70%以上が保菌していたという調査結果もあります。以上のことから、馬のローソニア感染症においては、ネズミや野生動物が原因菌を媒介している可能性が考えられ、厩舎内への菌の侵入を防ぐことは非常に困難であると思われます。

ワクチン投与方法

 原因菌の侵入防止が困難であるローソニア感染症の予防のために、豚用弱毒生ワクチンが開発されており(写真1)、世界各国で使用されています。馬での使用方法は、当歳馬1頭に対して30mlを30日間隔で2回にわたり、経直腸(肛門から)で投与します(写真2)。投与時期は、離乳前に投与することが理想的ですが、寒くなった時期の寒冷ストレスでも発症することが知られていることから、当歳の秋までに投与を完了することが求められます。もしも発症馬が出た場合には、その厩舎全体が菌により汚染されることになりますので、厩舎内にいるすべての当歳馬に投与することが重要です。

 豚でのワクチン投与方法は経口(口から)による方法が承認されており、簡便さを考えると馬でも経口で投与を行いたいところです。しかし、海外での当歳馬を用いた経直腸と経口を比較した投与方法の検討結果によると、経直腸の免疫付与効果の方が高かったことが報告されています。さらに、JRAが1歳馬を用いた投与方法を比較した調査においても、同様に経直腸の免疫付与効果の方が高いという結果が得られています。

終わりに

 2009年に国内で初めて確認された馬のローソニア感染症は、現在でも多くの牧場で感染が続いています。発症馬に対する経済的損失が大きいことや汚染された厩舎を清浄化することが困難なことから、当歳馬に対するワクチン投与は非常に有効な対処法となります。現時点では、市販されているワクチンは馬では承認されていませんが、現在馬での承認を目指して研究が続けられています。今回の記事を参考にしてワクチン投与を行い、ローソニア感染症にかかる当歳馬が1頭でも少なくなることを願っています。

日高育成牧場 業務課 岩本洋平

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写真1 豚用弱毒生ワクチン

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写真2 当歳馬への経直腸投与の様子

2021年8月31日 (火)

蹄壁異常の症例紹介

 暑さが厳しいなか、皆様も忙しい毎日を過ごされていることと思います。さて今回の「強い馬づくり最前線」では近年、美浦トレーニングセンターにおいて確認された、複数肢同時期に発症する全周性の蹄壁異常を示す蹄疾患と、それに対して行われた装蹄療法についてご紹介したいと思います。

 

~症状~

 まず、この蹄疾患の症状として蹄の熱感、疼痛、指動脈の拍動強勢、強拘歩様を呈し、そして最大の特徴は複数蹄の同じ高さに異常が起こる点です(写真1)。歪(ゆが)みや横裂が顕著になった蹄では激しい疼痛と、蹄骨の変位、排膿も確認されました。当初は蹄葉炎が疑われましたが、蹄壁に異常な歪みと横裂を有する特異的な症状を示しており、病変部分の蹄角質やたてがみからセレンの高度沈着が確認されたことから、セレン過剰症が原因だったのではないかと考えられました。

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~蹄の歪みとセレンの関係~

 セレンとは自然界の水や土壌などに含まれる元素で、人や馬にとってごく少量ながら必要とされる栄養素であることから必須微量ミネラルと言われています。適量を摂取することは必要なのですが、過剰に摂取すると人では脱毛や爪の変形、嘔吐や下痢、神経過敏などの症状が出ることがあると言われています。

 馬での報告は少なく、よくわからないところが多いのですが、セレン過剰により広範囲に横裂が生じる原因として、セレンが過剰に摂取された期間に生成された角質部がセレンの高度沈着により脆弱化し、その部分が力学的ストレスに耐えられなくなり、歪みや横裂などの異常が起こるのではないかと考えられています。

 

~装蹄療法~

 昨年11月に行われた「第62回競走馬に関する調査研究発表会」において、美浦トレーニングセンターの大西らがこの症状を呈した競走馬3頭に対して新しい装蹄療法を行い、良好な成績が得られたとの報告がありました。

 この装蹄療法では物理的疼痛や力学的ストレスの緩和、失われた蹄壁堅牢性の補強を目的として次のように実施されました。

  • 横裂部周囲の脆弱な角質を可能な限り除去(写真2左上)
  • 深屈腱への緊張の緩和を目的とした極端な短削(写真2左上)
  • 地面の凹凸からの影響を軽減するため、遠位角質を可能な限り鑢削(写真2左上)
  • アルミプレート(写真2左下)とエクイロックスにて上下の蹄壁に橋を渡すように接着補強(写真2右)
  • 蹄壁の堅牢性を確保するのと同時に蹄機作用を抑制するため、プレート下端が蹄鉄に乗るように接着装蹄(写真2右)
  • 横裂の一部を排膿口として利用

 

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 急性期では、蹄葉炎予防と、蹄壁にかかる力を蹄底に分散させるため、蹄底充填剤を使用し(写真3左)、また、蹄全体をキャスト固定(写真3右)することで蹄機の抑制や蹄壁の補強を高めることもありました。その後、蹄の状況に合わせて改装を行い、今回装蹄療法を実施した馬では、約4~7ヵ月ほどで、蹄釘での装蹄ができるようになって装蹄療法は終了となりました(写真4)

3写真3

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~最後に~

 深い全周性の歪みや横裂が生じる症例は、単肢に起こるだけならばそこまで難しいことにはならなかったと思われます。しかし、今回は、複数肢同時期に蹄壁異常が発生し、負重の偏りが起こることで、蹄葉炎のリスクと装蹄療法の難易度が非常に高くなったそうです。今回、これまで経験のない症状に遭遇したわけですが、状態を精査し的確な方法を考え出すことで装蹄療法が成功し、健常な蹄に更新することができたのだと思います。

 今回ご紹介した症例を通して、少しでも皆様の参考になることができましたら嬉しく思います。

日高育成牧場 装蹄師 荻島靖史

人馬の信頼関係の強化:鈍化編 ~リトレーニングプログラムの応用~

はじめに

 昨年10月の馬事通信「強い馬づくり最前線第249回」では、馬の『パーソナルスペース』を活用した『駐立』調教についてご紹介させていただきました。今回は、様々な『刺激』に慣らすと同時に『刺激』を区別することを教える『鈍化:Desensitization』についてご紹介します。

 

鈍化(Desensitization)とは?

 『鈍化:Desensitization』とは、馬が怖がるような不快な『刺激』を受けても、恐怖心を克服して常に平静を装うことを教えるトレーニングです。しかし、『鈍化』は馴化(じゅんかHabituation:刺激に馴らす作業)とは異なります。『馴化』だけを実施すると、人がどんなに働きかけても動かない、鈍感なだけの馬になってしまいます。『鈍化』は、突然の物音等の『感じてほしくない刺激』には動じず、扶助や合図などの『感じてほしい刺激』には敏感な馬を育てるための調教です。

『馴化』の調教法

 馬は、不審(不快)な『刺激』を察知したら即座に逃げる生き物です。逃げることで身を守りますが、いつまでも逃げ続けるわけではありません。危険から逃げ続け、疲れ果ててしまっては新たな危機に対応できません。しばらく逃げたら立ち止まって安全を確認します。『馴化』は、馬が『逃げた後に立ち止まる』習性を利用します。『馴化』に際して、我々は釣り竿に括り付けたビニール袋(写真①)を利用します。釣り竿を振ってビニール袋を揺らすと馬は逃げます。逃げるのは身を守るための当然の行動であり、悪いことではありません。無理に抑えずに馬と一緒に動きながらビニール袋を揺らし続けます。立ち止まったら即座に止めて『刺激』を“Off”にし、馬を誉めます。もう一度同じ様に揺らしても、馬は最初ほど驚かず、逃げてもより短い時間で立ち止まります。同じことを繰り返すうちに、『刺激』を受けても我慢(駐立)を選択するようになります。このような刺激に馴らすためのコツは、一定のリズムで動かし続けることです。また、小さな刺激から徐々に馴らしていくとよいでしょう。最初はビニール袋のみを手で保持して馬体を触ることから馴らすと容易かもしれません。

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写真①釣り竿に括り付けたビニール袋による馴化

 ビニール袋を用いた馴化で大切なことは、『刺激』を“Off”にすることで馬を止めるのではなく、馬が止まったら “Off”にすることです。“Off”のタイミングを間違えると、馬は『逃げれば刺激から解放される』と誤解してしまい、リアクションは変わらないか、より大きくなります。怖がる『刺激』や嫌がるポイントは、馬によって異なります。ビニール袋は我慢できても、ビニール傘やブルーシートを怖がる馬もいます。また、馬体の左から受ける『刺激』は我慢できても、馬体の右側や顔の周り、下肢周辺、後方からの『刺激』を我慢できない馬はたくさんいます。『刺激』の種類や敏感な部位に違いがあっても、トレーニングの要領は変わりません。『リーダー』である人から不快な『刺激』を受けても、立ち止まって我慢すれば “Off”にしてもらえることを理解させます。このようにして『刺激』と『反応』を結びつける(条件づける)手法を、心理学では『負の強化』と呼びます。

『鈍化』への発展

 先ほどもお話しした通り、『馴化:負の強化』のみでは鈍感なだけの馬ができてしまいます。動じない、しかし『リーダー』の合図には敏感に反応する馬を作るためには、『刺激』を区別することを理解させなければなりません。文章にすると難しく感じますが、調教方法は単純です。『馴化』のトレーニングの合間に、グラウンドワークによる停止・発進、パーソナルスペースを利用した働きかけを織り交ぜます。『感じてほしくない刺激』を与えて我慢させたい時には『ホー』などの馬を落ち着かせる音声扶助を、発進の合図などの『感じてほしい刺激』を与える際は舌鼓などを併用するのも効果的です。

 セリ会場のような、初めて訪れる場所で馬を落ち着かせるのは大変です。しかし、『鈍化』がマスターできるような信頼関係が構築できていれば、グラウンドワークの手法で馬の注意を『リーダー:人』に集中させることも、馬が怖がる『刺激』に短時間で慣らすことも可能だと思います。

終わりに

 JRAでは、人馬が理解し易い『簡易なリトレーニング手法の普及』を目的として、昨年6月に“引退競走馬のリトレーニング指針(サラブレッドの理解とグラウンドワーク)”という冊子を作成しました。これまで4回にわたって紹介した内容は、全てこの冊子に基づいています。リトレーニング指針の基本理念は、馬の生活や思考様式を理解し、人が要求することを馬に“問いかけ”、馬自身に“回答を導き出させる”、つまりは『馬の視点』で問題の解決方法を考えることです。このようなアプローチは、馬の品種や年齢、性別に関係なく有効だと考えています。冊子に興味をお持ちの方は、下記までご連絡下さい。

 馬事公苑 宇都宮事業所 ☎028-647-0650(月・火曜定休)

馬事公苑 診療所長 宮田健二

 

母乳中の栄養成分について

はじめに

 生後まもない子馬にとって母乳は唯一の餌であり、そこに含まれる栄養が健康な成長にとって不可欠であることは言うまでもありません。母乳が子供にとって重要な栄養源であることは全ての哺乳動物において共通ですが、動物種により母乳に含まれる栄養成分は少し異なります。今回は、馬の母乳中の栄養についてお話しします。

 

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馬の母乳中の炭水化物・脂質・タンパク質

 馬の乳中の炭水化物、脂質およびタンパク質含量について、牛およびヒトの乳と比較します(表1)。乳中に含まれる炭水化物のほとんどは乳糖ですが、馬の母乳中の乳糖含量は5~6%であり、牛より多くヒトより少なく、一方で、脂質含量は2~3%であり、牛やヒトに比べて低いことが知られています。馬の母乳中のタンパク質含量は、1.7~2.2%であり、ヒトより多く牛より少なくなっています。母乳中のタンパク質含量は、生まれてからの成長速度が早い哺乳動物ほど多いことが知られています(図1)。タンパク質はエネルギーの基質であると同時に、筋肉や骨などの基となる物質ですから、成長が早いほどタンパク質の需要が高まることからこの関係は当然であるといえます。馬の成長速度は早い印象がありますが、実際は他の哺乳動物に比べると早くはありません。肉食動物に捕食されやすい動物ほど早く成長するよう進化してきた一方で、出生時すでに体が大きく、速く走ることのできる馬や、危険から逃げる知恵のあるヒトは、進化の過程において早い成長は必要なかったのかもしれません。

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 海外の指導書等において、馬が母乳を飲めなくなったときに、通常の牛乳でなく市販の低脂肪乳にグラニュー糖などを加えて給与することで牛乳を代用乳として利用することは可能であるように記載されていることがあります。しかし、牛乳と馬の母乳ではタンパク質含量が異なると同時に、タンパク質の種類にも違いがみられます。乳中のタンパク質は、ホエー(乳清)タンパク(以下 ホエー)とカゼインタンパク(以下 カゼイン)の2種類に分けることができ、乳からチーズがつくられる過程において、チーズの原料である沈殿物に含まれるタンパク質がカゼインで、上澄み液に含まれるのがホエーです。ホエーは、カゼインに比べ消化吸収されやすいのですが、牛乳中のホエーはタンパク質全体の20%以下であるのに対して、馬の乳中のホエーはタンパク質の約40%を占めます。すなわち、子馬は、牛乳に比べ母乳のタンパク質を速やかに消化吸収できることになります。このことから、牛乳の糖や脂質の含量を馬の乳と同様に調整しても、牛乳を代用乳として子馬に給与することは好ましくないと考えられます。

 

初乳の栄養

 ヒトとは異なり馬は、胎子期に胎盤を介して免疫を獲得できないため、子馬は初乳から免疫グロブリン(IgG)などの抗体を獲得する必要があります。そのため、初乳は抗体を獲得するための媒体として注目されがちですが、栄養の供給源としても非常に重要です。子馬は胎子期に胎盤から供給された糖(グルコース)により、出生後もしばらくは血糖値を維持することができます。しかし、哺乳を未経験の子馬が、口をすぼめて空中で乳を吸う仕草をすることがありますが、この行動は血糖値の低下による空腹感に起因するものとされています。すなわち、子馬は出生後の早い時間より栄養を欲しており、初乳こそがその供給源となります。

 通常の母乳中の固形分含量は11-12%であるのに対し、初乳には25%以上の固形分が含まれます。また、初乳中にはタンパク質が約20%も含まれており、その量は分娩後1週間で5分の1以下に減少します。初乳の脂肪含量は約1.5~3%ですが、泌乳期の経過に伴い約1~2%に減少します。一方、初乳中の乳糖は約1.5~4%程度ですが、分娩後1週間で約6-7%に上昇します。 子馬が2~15日齢頃によくみられる下痢症状は、母馬の初回発情時期と重なることから俗に“発情下痢”と呼ばれることがありますが、実際は子馬の下痢と母馬の発情に因果関係はありません。かつては、発情下痢は母乳中の乳糖の増加によるものではないかと考えられていましたが、馬の乳糖分解酵素の活性は出生直後がピークであり、ヒトの乳糖不耐症のような乳糖の分解が不十分なことによる下痢ではないようです。近年では、食糞や口から乳以外の飼料や雑菌を取り込むことで腸内細菌層が変化したことにより下痢を発症するのではないかと考えられています。さらに、初乳中にはミネラルやビタミンについても、通常の母乳に比べ多く含まれることが知られています(表2)。このように、初乳に含まれる栄養の濃度が高いことにより、母乳を吸う力が弱い生まれたての子馬が、効率よく栄養を摂取できるようになっています。

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母乳の成分改善のための研究

 泌乳中や妊娠中の母馬への給与栄養により、母乳中の成分を改善する試みがいくつかの研究で行われています。母馬に濃厚飼料もしくは粗飼料を多給したときの乳中の脂肪酸を比較したとき、粗飼料多給の母馬の乳中リノレン酸濃度が高くなったことが報告されています。子馬では濃厚飼料の摂取により胃潰瘍が発症する可能性が指摘されていますが、ヒトではリノレン酸には胃粘膜を保護し胃潰瘍発症の予防効予防効果があることが知られています。そのため、研究者らは母馬への粗飼料の給与量を増やすことで、母乳中のリノレン酸含量を増加させることは、子馬の胃潰瘍予防に有効かもしれないと考察しています。

 母馬へのビタミンEの補給により乳中のビタミンE濃度が増加し、さらには母乳を介して子馬の血中ビタミンE濃度が上昇したことが報告されています。さらには、ビタミンEが細胞の抗体産生を刺激することで、乳中のIgGが増加したことが報告されています(図2)。

 

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おわりに

 母乳により子馬に適切に栄養が供給されることを期待するためには、まずは妊娠中から泌乳期間の母馬に適切な栄養の給与を心掛ける必要があります。そのためには、母馬のボディコンディションスコアをつけながら飼料の給与量を調整することが有効ではないかと考えています。

日高育成牧場 上席調査役 松井 朗

喉の病気と内視鏡検査

競走馬の喉の病気

 競走馬の喉の病気の中には、喉の披裂軟骨の一方(主に左側)が十分に開かない【喉頭片麻痺(LH)】や、強い運動時にヒダや声帯が気道の中心側に倒れてしまう【披裂喉頭蓋ヒダ軸側偏位(ADAF)】、【声帯虚脱(VCC)】などがあります(図1)。原因はさまざまですが、呼吸の際に鼻孔から吸い込んだ空気の通り道が喉で狭くなってしまい、結果的に競走能力を発揮することができないこと(プアパフォーマンス)が問題となります。これまでの競走馬に関する研究により、走行距離が伸びるほど有酸素エネルギーの負担割合が増加すること、また、短距離のレースでさえ走行エネルギーのおよそ70%を有酸素エネルギーに頼っていることが明らかとなっていることから(長距離レースでは86%)、競走馬にとって気道の確保がいかに大切かご理解いただけるかと思います。今回は、そんな喉の病気の検査方法についてご紹介します。

Photo_3図1:喉の疾患の内視鏡像

Photo_4図2:安静時内視鏡検査

診断方法(内視鏡検査)

 基本的には、気道内を観察するためのビデオスコープを馬の鼻孔から挿入し咽喉頭部を観察する安静時内視鏡検査により喉の疾病を診断しています(図2)。「ノドナリ」と呼ばれることもあるLHの診断方法としてご存じの方が多いかと思われます。一方、そのLHの症状がプアパフォーマンスの原因となるほど重症かどうかは、馬に運動負荷をかけないと正確に診断しにくいことや、ADAFおよびVCCなど運動時にのみ症状を表す疾病の存在が注目されるようになったことで、馬をトレッドミル上で走らせながら内視鏡検査を実施する運動時内視鏡検査が盛んに行われるようになりました(図3)。近年では、人が騎乗してより強い運動負荷をかけた状態の喉を観察できるオーバーグラウンド内視鏡(OGE)が開発され(図4)、実際の調教で高速走行中の状態を観察することで、安静時の内視鏡で発見できなかった病気が発見できるようになっています。しかし、どちらの運動時内視鏡検査もトレッドミルやOGEなどの特殊な器材が必要になること(JRAでは、美浦・栗東の両トレセン競走馬診療所、日高育成牧場にトレッドミルとOGEが設置されています)、特にOGEは熟練した獣医師による器材装着が必要となることから、検査を受けるチャンスが限定されているのが現状です。

Photo_5 図3:運動時内視鏡検査(トレッドミル)

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 図4:運動時内視鏡検査(OGE)

詳細情報

 競走馬の様々な喉の病気の症状や治療法、詳しい運動時内視鏡検査の応用方法についてはユーチューブ動画「ホースアカデミー 馬の上気道疾患 ~咽喉頭部の内視鏡検査~」(URL、QRコード参照)にて解説していますので、是非ご視聴ください。今回ご紹介した運動時内視鏡検査が皆様の愛馬の喉の病気を診断する一助としていただければ幸いです。

https://www.youtube.com/watch?v=QQb62hFdRPQ&t=629s

 

日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄泰光

2021年8月30日 (月)

繁殖関連の最新研究(AAEP2020)の紹介

 AAEP(米国馬臨床獣医師協会)は世界中に9000人の会員を抱える団体で、毎年年末に大規模な学会を開催しています。昨年はCOVID-19のためオンラインでの開催となりましたが、現地開催と変わらず多くの臨床研究が発表されました。本稿では「最前線の研究紹介」ということで、身近な繁殖疾患に関する3演題を紹介いたします。普段の業務に直結する情報ではありませんが、世界の馬繁殖研究の一端を知っていただければ幸いです。

顆粒膜細胞腫の術後成績

 ケンタッキーで有名な馬病院ルードアンドリドルのスペイセック氏は「顆粒膜細胞腫72症例の術後成績」を発表しました。これほどの術後成績をまとめた報告は世界で初めてです。顆粒膜細胞腫はウマで最も一般的な卵巣腫瘍であり、ホルモン分泌異常により不妊となるため、治療のためには罹患卵巣を手術により摘出しなくてはなりません。症例の平均年齢は9歳、術後最初の排卵は174.5日後、最初の妊娠診断は302日後、分娩は739日後でした(図)。一般に、顆粒膜細胞腫は卵巣静止(無発情)となりますが、興味深いことに半数は正常な発情周期を保っている状態でした。また、過去の報告では術後6か月までに半数が発情回帰し、さらにその半分程度が妊娠に至っています。

PBIEに対するPRP療法

 イリノイ大学の研究チームは持続性交配誘発性子宮内膜炎PBIEに対するPRP (Platelet Rich Plasma、多血小板血漿)の有効性を報告しました。子宮内に射精された精液が子宮内膜炎を誘発することを交配誘発性子宮内膜炎といい、これ自体は正常な生理反応ですが、これが持続すると受胎率を低下させてしまう要因となります。PRPとは血液を遠心分離することで得られる血小板成分が濃縮された血漿で、さまざまな成長因子やサイトカイン、殺菌および抗炎症因子が含まれていることから治癒促進や疼痛軽減などを目的にヒト医療でもよく用いられています。PBIEに罹患しやすい牝馬に対してPRP(40ml)を子宮内投与したところ、子宮内貯留液の量、炎症(細胞診における白血球数)、細菌数、受胎率で対照群に比べて良い成績でした。PRP療法が繁殖領域においても有用であることを示す大変興味深いデータです。ただし、この実験プロトコールは交配の48,24時間前および6,24時間後の合計4回も投与しているため臨床現場で4回も行えるのか、PRPの精製にかかる手間と時間に見合う価値があるのか、一般的な子宮洗浄や薬液注入と比較してPRPがどれほど有効なのかといった点についてはさらなる検証が必要と思われます。

感染性胎盤炎の診断マーカー

 ケンタッキー大学のフェドルカ氏は感染性胎盤炎における診断マーカーとして炎症性サイトカインのインターロイキン(IL-6)が有用であることを発表しました。ケンタッキー大学は胎盤炎について精力的に研究しているグループです。この研究では実験感染させた妊娠馬において、羊水、尿水、母体血液中のIL-6濃度が対照群に比べて有意に高い値を示しました。IL-6はヒトの羊膜感染の診断マーカーとして用いられていますが、ヒトとは胎盤構造の異なるウマにおいても母体血中のIL-6測定が有用であるとは興味深いデータです。現在、ウマの妊娠異常を診断するツールとしてホルモン検査がありますが、これは胎子胎盤の異常を検出する指標であるのに対して、IL-6は感染に特異的である可能性が考えられ、子宮内というアプローチが難しい胎子に対する診断の一助となるかもしれません。

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図 罹患馬の情報および術後の経過

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇

ブリーズアップセールを振り返って

 昨年のJRAブリーズアップセール(BUセール)は、コロナの影響によるメール入札方式というイレギュラーな開催方式であったうえ、様々な制限で購買者が直接馬を見る機会が限られていたセールでしたが、本年のBUセールは、購買関係者が馬を見る機会を確保したうえで、セリ会場でのせり上げとオンラインビッドを組み合わせた「ハイブリッド方式」で開催しました。本年度最初に開催される国内セールということで、後続のセールに及ぼす影響もあることから「購買関係者に直接馬をご覧いただき、セリ会場でセリを行いたい」という強い思いで各種の感染症対策を行いながら運営にあたりました。売却成績や注目馬については、これまでの馬事通信内でも紹介されていますので割愛いたしますが、今回のセールについてセール運営者の立場からキーワードとともにご紹介いたします。

オンラインビッド

 BUセールではコロナ感染症対策や購買者の利便性を考慮して、初めてオンラインビッドを併用しました。民間の競走馬オークションサイトで行われているような複数頭を同時進行でせり上げるインターネットオークションとは異なり、鑑定人が会場とオンライン双方のビッドを捌きながら進行するハイブリッド方式で行いました。「遠隔地からでもリアルタイムでセリに参加できる」ことが大きな特長です。遠隔地からのオンラインビッド導入は今回のBUセールが国内で初めてでしたが、事前の準備やテストを行っていたこともあり大きな混乱もなく、セリ総参加者の半分近い方々に利用していただきました。オンラインによる落札頭数も全体の3割を超える数字となりました。

 今後のインターネットオークションやオンラインビッドの活用は、コロナ対策としてはもとより、様々な理由でセリ会場に足を運べない購買者にとって利便性向上につながるのではないかと期待されます。

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2021年ブリーズアップセールの成績(ビッド方式別)

跛行(深管骨瘤)による欠場

 ブリーズアップセールは「徹底した情報開示」と「わかりやすいセール運営」を目指しています。「現時点で今後の調教や競走に耐えうると判断された馬」という上場基準のもと、育成牧場の獣医職員だけでなく本部やトレセンの獣医職員など複数の眼で上場の可否の判断や調教進度遅れ(スピードを抑えた騎乗供覧を行い上場する馬)の判断をおこなっています。本年も上場候補馬84頭のうち11頭に欠場、8頭に調教進度遅れの判断を行いました。

 本年に限らず毎年欠場の理由として多いものは「跛行」で、その原因の半分近くが「深管骨瘤(シンカン)」によるものです。膝ウラの繋靭帯の近位付着部に生じる炎症で、発症時期によってはセールを欠場せざるを得ず、育成馬にとっては一生を左右しかねない悩ましい疾病の一つです。適切な休養を行うことで回復しますが、トレーニングセール上場を目指す民間の育成牧場の方々も同じような悩みを抱えているようです。若馬にいかに故障をおこさずに効果的なトレーニングを課していくのかということは、育成に携わる者として解決すべき課題だと認識しています。

コンソレーションセール

 本年の新しい取り組みとして、BUセールの約1か月後に「コンソレーションセール」を開催しました。昨年は北海道トレーニングセールが中止となったことなどもあり、昨年のBUセール未売却馬は状態が回復し調教が積めるようになってもセールに上場されることがありませんでした。そこで、生産者の思いも背負っている馬たちを1頭でも競走馬にしたいという強い気持ちからこのプライベートセールを立ち上げました。このセールは、調教・常歩動画、四肢X線・内視鏡画像、病歴等の個体情報をインターネットサイト上に情報公開した点はBUセールと同様ですが、「落札者の決定方法がインターネットオークション限定」という点で異なります。初めてのセールということに加え、馬を広く直接見ていただく機会がなかったことから、どのような結果になるか不安でしたが、上場した6頭全ての馬が競走馬になれるチャンスを得たことに感謝しています。

最後に

 この数年で社会のいろいろな場所で急速に進んだリモート化は、競走馬市場の情報公開の面だけでなく、売買にも活用され注目が高まっています。しかしながら、高額な競走馬のセリに関しては従来通り「購買関係者が直接馬を見て、会場でセリに参加する」スタイルのほうが望ましいと感じている方のほうが多かったように感じます。私も同感で、インターネットを活用しながらも、上場馬の周りに多くの関係者が集い賑わう競走馬セールが一日も早く戻ることを願っております。

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(ブリーズアップセールのオンライン参加者のパソコン画面)

日高育成牧場 業務課長  立野大樹

JRA日高育成牧場における草地管理について

 サラブレッド生産牧場では、繁殖シーズンが終わるとすぐに、掃除刈りや草地更新といった草地管理が本格化する時期となります。JRA日高育成牧場でも、放牧地や採草地の管理を本格的に始めていることころです。今回は生産牧場で一般的に行っている草地管理について、簡単に解説していきたいと思います。

掃除刈り

 サラブレッドの放牧地では頻繁に採食される場所の草高は低くなり、採食されない場所は過繁茂(不食過繁地)となる傾向が他の家畜よりも強いことが知られています。特に、日本の生産牧場では放牧地面積が狭いことから、休牧期間のない連続放牧が行われて、草の多い場所と少ない場所の偏りがより顕著となります。そこで、不食過繁地を縮小して可食面積を増やすためにも、定期的な掃除刈りを行う必要があります。

 掃除刈りの際の草高は15cm程度が適当とされています。この草高を維持することで、草地が硬くなることを抑制できることが知られています。サラブレッドにとっての放牧地は、採食場所としてだけでなく、運動場所としての役割も担っていますが、硬い土壌が肢蹄障害を引き起こす可能性が示唆されています。そこで、放牧地の草量を維持することで、土壌表層に強固なルートマット(牧草根や地下茎が厚く集積した層)を形成させ、放牧地にクッション性を持たせることが、肢蹄障害を防ぐことにつながると考えられます。

 また、15cm程度での掃除刈りは雑草の侵入を防ぐ効果も期待できます。北海道の草地で一般的な草種であるチモシーは茎頂(生長点)よりも高い場所で刈り取られても、すぐさま再生する特徴があります。一方で、茎頂よりも低い部分で刈り取られると、その茎は再生不可能となります。その場合には新たな茎が発生することになりますが、7~10日程度の日数を要するので、その間に雑草が侵入する可能性があります。以上のことから、草高を15cm程度で刈り取ると、茎頂が残りチモシーが維持されることになります。このように、適切な掃除刈りを行うことには、様々な効果があります。

草地更新

 同じ草地を連続で使用することによる土壌成分の枯渇、牧草の栄養価低下、雑草の侵入などが問題となった場合には、草地更新を検討する必要があります。更新の客観的な判断材料として、JRA日高育成牧場では公益社団法人日本軽種馬協会(JBBA)が行っている事業を活用して、更新を予定している草地の土壌分析を行っています。(図1)。この分析結果は、草地更新時に使う肥料や土地改良資材の使用量を決定するために必要な情報にもなります。また、草地に関する基礎的な情報(土壌の種類、広さ、牧草の種類など)を再確認するという意味でも有益です。

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図1 草地更新前に実施した土壌分析結果

 土壌分析を行って草地の状況を把握した後、いよいよ草地更新を行っていくことになります。一般的な草地更新(完全更新法)の流れをまとめると、表1の通りです。現在JRA日高育成牧場で行っている方法では、8月中旬から作業を開始しています。まずは、対象となる草地の雑草を含む牧草を除くために(1)除草剤を散布します。その後、枯れた草を埋没させるために(3)耕起を行い、この状態で冬を越すことになります。

 翌春の土壌凍結がなくなった4月下旬頃に、土壌の状態を改善するための(4)土壌改良資材を散布(土壌分析結果に基づいた量)し、そして土地を整えるための(5)砕土・混和・鎮圧を行います。その後、埋没種子(土壌に残っていた種)から発芽した雑草を処理するために、再び除草剤を撒きます。JRA日高育成牧場では、雑草の生育が盛んとなる5月頃と播種前の8月頃の2回にわたって除草剤処理を行っています。そして、9月頃までに(7)施肥・播種・鎮圧を行うことで、ようやく草地更新作業が終了となります。このように、草地更新は1年間をかけて行う根気のいる作業となります。

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表1 草地更新(完全更新法)の流れ

 更新した後は、草地の管理方法について再検討することも非常に大切になります。そもそも、放牧地が荒れた原因を究明しないことには、再び荒れてしまう可能性が高いと考えられます。その原因としては、放牧地の利用状況が悪い(放牧頭数が多い、放牧時間が長いなど)、肥料の施肥量や施肥時期が不適当、掃除刈りの実施方法が不適当(実施頻度が少ない、刈り取りの高さが短いなど)が考えられます。これらに対して適切な管理方法をすることで、草地が良い状態に維持されるだけでなく、草地更新にかかる費用も抑えることが可能になると思われます(図2)。

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図2 草地更新の要点

終わりに

 日本の牧場においては、放牧地の広さの問題もあって更新時の代替放牧地の確保が難しく、今回ご紹介した完全更新法による草地更新はなかなか困難であるかもしれません。そのような場合には、簡易更新法を実施してみても良いのかもしれません(詳細はサラブレッドのための草地管理ガイドブック【JBBA発行】をご参照ください)。今回の記事をきっかけに、いま一度草地管理について考えていただくことになれば幸いです。

日高育成牧場 業務課 岩本洋平