新生子 Feed

2019年11月25日 (月)

馬の輸血とユニバーサルドナー

No.116(2015年1月1・15日合併号)

 人間の医療と同様に、馬においても輸血が必要となる症例が存在します。外傷などによる大量出血はもとより、子馬で発症する新生子溶血性貧血、さらには、血液中のタンパク質成分である免疫グロブリンの投与が必要となる移行免疫不全症、同じくタンパク質成分であるアルブミンが必要となるローソニア感染症などが主なものです。

全血輸血と血漿輸血
 馬医療では、主に「全血輸血」と「血漿輸血」の2つの方法が実施されています。前者は文字通り、血液の提供馬(以下ドナー)から採取した血液を、提供される馬(以下レシピエント)に全て投与するのに対し、後者は血液の細胞成分(赤血球、白血球、血小板)を取り除いて必要な成分(タンパク質など)を投与する方法です。このため、大量出血や新生子溶血性貧血など、主に赤血球を必要とする場合には前者を、免疫グロブリンを必要とする移行免疫不全症や、アルブミンを必要とするローソニア感染症の場合には後者を実施します。

輸血時の副作用
 人間の医療と同じく、馬の輸血においても副作用が認められることがあります。このため、どの馬の血液であっても、安全に輸血できるわけではありません。馬の輸血で認められる副作用として、ドナーから採取した赤血球もしくはレシピエントの赤血球が溶血(赤血球の膜が損傷を受けることによる破壊)する「溶血性反応」や、過呼吸、頻脈、発汗、蕁麻疹、筋肉の痙攣(けいれん)などの「アレルギー反応」などが認められます。
 このような副作用を防ぐためには、レシピエントに対する適切なドナーの選択にくわえ、輸血開始時には投与スピードを遅めに設定して、レシピエントの状態を詳細に観察しながら徐々に早めていくなどの慎重な投与が必要です。

溶血性反応
 「溶血性反応」がレシピエントの赤血球で起こった場合には、赤血球の損失により貧血などの病態が悪化します。つまり、大量出血や新生子溶血性貧血などの症例において、赤血球を必要として輸血したにもかかわらず、逆にもともとレシピエントの体内にあった赤血球が減らされてしまうのです。また、ドナーから採取した赤血球がレシピエントの体内で破壊された場合、必要量の赤血球を提供できないだけでなく、赤血球の破壊により、その構成成分であるヘモグロビンの代謝産物であるビリルビンが大量発生し、それによる腎不全などを発症する場合もあります。

馬の血液型
 ではなぜ溶血性反応を発症するのでしょうか?それは馬の血液型が関係しています。人間のABO式やRh式のような血液型のシステムが、馬では、A式、C式、D式、K式、P式、Q式およびU式の7つのシステムとして存在し、溶血性反応に関係があるものとして、A式とQ式が主に知られています。A式では、a型やab型など8種の血液型が存在し、Q式においても、a型やab型など8種の血液型が存在します(表1)。このため、人間で例えるなら、ABO式がAB型、Rh式が+(プラス)型の人がいるように、馬では、A式がa型で、Q式がa型の馬がいるということです。
 これらの血液型のなかで、溶血性反応に関係する血液型因子として、AaとQaの2種類が知られています(これら以外にもAb、Db、Dc、Dg、Pa、Uaなどが知られていますが極めて稀な例です)。

 たとえば、レシピエントの血液型がAa因子プラス(A式でのa型、ab型、abc型、ac型)であった場合、レシピエントの赤血球の表面にはAa抗原が存在します。これに対しドナー側の血液内にAa抗原に対する抗体を保有していた場合、ドナーのAa抗体がレシピエントのAa抗原に結合し、赤血球が溶血します(図1)。また、反対にドナーがAa抗原を持ち、レシピエントがAa抗体を保有していた場合にも同様に、投与した赤血球の表面上で抗体と抗原の結合がおこり、溶血に至ります(図2)。このため、ドナーの選択で重要な条件は、「Aa抗原およびQa抗原のいずれも持たない馬」および「Aa抗原およびQa抗原に対する抗体を保有していない馬」であることです。

1_10 表1.馬のA式およびQ式の国際最少標準検査項目に定められた血液型
(下線は溶血性反応に関係する血液型)

2_8 図1.ドナーにAa抗体、レシピエントにAa抗原を有する赤血球がある場合

3_8 図2.ドナーにAa抗原を有する赤血球、レシピエントにAa抗体がある場合

ユニバーサルドナー
 以上の2つの条件を満たす馬を一般的には「ユニバーサルドナー」(広く血液を供給できる者)と呼んでいます。本来であれば、Ab、Db、Dc、Dg、Pa、Uaなどの血液型抗原も有していないことが望ましいのですが、これらによる副作用が稀であることを考慮すると、少なくともAa抗原およびQa抗原のいずれも持たなければ、1つ目の条件を満たすことができます。しかし、サラブレッド種では、この条件を満たす馬は限られており、0.3%すなわち1,000頭に3頭の割合でしか存在しないと言われています。一方、ハフリンガー種は、約8割がこの条件を満たすことが知られているため、ドナーとして活用されています(図3)。

4_7 図3.ハフリンガー種のユニバーサルドナーからの採血

 2つ目の条件である「Aa抗原およびQa抗原に対する抗体を保有していない馬」については、基本的には「出産経験がある馬」および「過去に輸血を受けたことがある馬」が、これらの抗体を保有する可能性があることに加え、これらの経験がなくても、稀に体内に抗体を保有する馬が存在します。このため、ドナーとして選択する場合には、あらかじめこれらの抗体の有無を調べておく必要があります。
 ユニバーサルドナーではなくても、輸血前にドナーとレシピエントの血液を用いた「クロスマッチテスト」という検査をすることで、溶血性反応を起こさないドナーとレシピエントの組み合わせを確認することができます。しかし、通常の輸血は緊急を要する場面で必要となるため、この検査を行うことは現実的ではありません。このため、馬医療の現場においては、血液型と抗体に関する2つの条件を満たしているユニバーサルドナーを緊急時に備えておくことが推奨されており、現在、日高地区においても、いくつかの施設でユニバーサルドナーが繋養されています。
 原稿執筆にあたり貴重なご助言をいただきました、公益財団法人 競走馬理化学研究所の側原仁先生に深謝致します。

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年8月 5日 (月)

子馬の感染症予防

No.95(2014年2月15日号)

子馬は感染症にかかりやすい
 生まれたばかりの子馬は、成馬と比較して感染症にかかる可能性が高く、生後30日以内の子馬の8%、すなわち12頭に1頭が何らかの感染症にかかるといわれています。また、出産後10日以内に死亡した子馬のうち4頭に1頭は、感染症によるものといわれています(図1)。

1_4 図1 生後間もない子馬は感染症にかかりやすい

 子馬が感染症にかかりやすい理由は、免疫機能すなわち、体内に侵入してきた病原体に対する防御機能が未発達であるためです。子馬の防御機能において、大きな役割を担っているのは抗体です(図2)。しかし、生まれてきたばかりの子馬が抗体を自らの体内で作る能力は極めて低く、その多くが体内で作られるようになるまでには、早くても生後2ヶ月、種類によっては1歳になるまで待たなくてはなりません。

2_3 図2 抗体の役割

初乳の重要性
 このため、子馬は母馬からの抗体を受け取ることにより、病原体から身を守ります。人間の場合、抗体の受け渡しは、赤ちゃんがお腹の中にいるときに胎盤を通して行われます。しかし、馬の場合、胎盤を通した抗体の受け渡しができないため、母馬は初乳の中に抗体を多く含ませることによって、子馬への受け渡しをしているのです(図3)。つまり、出産直後に初乳を飲ませることは、極めて重要なのです。なお、子馬が腸から抗体を吸収する能力は、出産後に徐々に低下していき、22時間後には50分の1になります。このため、遅くても12時間以内の摂取が推奨されています。

3_2 図3 初乳による抗体の受渡し

良質な初乳の準備
 以上のことから、子馬に対して確実に初乳を飲ませることが、子馬の感染症予防の第一歩といえます。しかし、子馬に与える初乳は抗体を豊富に含んだ良質なものでなくてはいけません。このため、分娩前の母馬に対しては、馬ロタウイルス、インフルエンザ、破傷風などのワクチン接種に加え、子馬が生まれ育つ環境である馬房や放牧地などへの早めの導入により、様々な細菌やウィルスなどの病原体に対する抗体を母馬の体内に準備しておくことも重要です。

移行免疫不全症
 移行免疫不全症とは、母馬からの抗体の受取り不足、すなわち、子馬の体内における抗体の量が不十分な状態を表しており、子馬の感染リスクが高まることが知られています。移行免疫不全症の原因の1つは、初乳内における抗体の不足にあります。分娩前の漏乳や母馬の加齢により、分娩直後であっても初乳中の抗体濃度が低い場合があります。この場合、確実に哺乳した場合であっても、子馬の血中の抗体濃度は低い値となります。このため、子馬が哺乳する前に初乳の抗体濃度を計測することが重要となります。この時点で濃度が低い場合には、母馬の初乳を飲む前に、子馬に良質な保存初乳を投与します。
 また、NMS(Neonatal maladjustment syndrome子馬の適応障害症候群)と呼ばれる出産後の低酸素脳症などの様々な原因により、分娩から時間が経過しても子馬が十分量の初乳を飲んでいない場合もあります。
 移行免疫不全症は、子馬の血液に含まれる抗体の1つであるIgGの濃度により診断します。初乳を正常に飲んだ子馬の血中IgG濃度は、通常は800mg/dl以上ですが、移行免疫不全症の場合、400mg/dl以下となります。この診断は生後8時間以降から実施可能であり、IgG濃度が400mg/dl以下の場合には、保存初乳の経口投与、もしくは血漿輸液による治療を実施します。
 出産シーズンはすでに始まっていますが、感染症を可能な限り予防し、元気で健康な子馬を育てましょう!

4_2 図4 子馬の感染症予防のまとめ

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年4月24日 (水)

非分娩馬(空胎馬)を乳母として利用する方法

No.70 (2013年1月1・15日合併号)

はじめに
 軽種馬の生産をしていると分娩事故によって母馬が死亡したり、母馬が育子を放棄したりする場面に遭遇するかもしれません。10頭未満の生産規模である日高育成牧場でも育子拒否を経験しています。その際には人工哺乳か乳母の導入か判断しなくてはなりません。諸外国では大手牧場が輸血用の供血馬(ユニバーサルドナー)と乳母を兼ねて繋養し、自場での使用のみならず周辺牧場へレンタルしたりもします。一方、国内では、重種あるいは中半血種の乳母をレンタルすることが多いようです。乳母の導入は、子馬の健やかな発育のためには非常に利点が大きい反面、レンタル費用が高額であるというデメリットがあります。一方、乳母を導入せずに人工哺乳のみでも成長させることができます。この方法はコストを抑えられる反面、昼夜を問わない頻回授乳のための労働負担、またヒトに慣れ過ぎるといったデメリットが考えられます。このように、乳母と人工哺乳は一長一短であると言えます。今回は新たな選択肢として、その年に出産していない非分娩馬(空胎馬)を乳母として利用する画期的な方法をご紹介します。

育子拒否
 サラブレッド種の育子拒否率は1%未満と言われていますが、海外の教科書にはfoal rejectionという項目が設けられているように、決して珍しい問題ではないようです。
犬では経膣分娩に比べ、帝王切開で育子拒否率が高いことが知られています。出産の際に産道は時間をかけて徐々に広がりますが、この「産みの痛み」に伴って分泌されるオキシトシンというホルモンが母性の惹起に重要と言われています。実際、軽種馬において前肢の牽引による介助分娩を控えることにより、育子拒否率が低下したという報告もあります。このような点からも、盲目的に子馬の肢を牽引せず、問題がなければ「自然分娩」を見守ることが推奨されます。
育子拒否は大きく以下の3つに大別されます。①子馬を容認しない、②授乳を拒絶する、③子馬を攻撃する。また、育子拒否は初産で多いことが知られています。日高育成牧場で経験した例も初産でした。当場の例では、出産直後には特に問題なく授乳を許容していましたが、徐々に授乳を拒むようになりました。これは初産のために乳量が不足しているにも関わらず子馬が執拗に吸飲することが、苦痛あるいは疼痛の原因になったものと考えられました。この育子拒否に際し、空胎馬に泌乳を誘発して乳母として導入するという新たな手法を試み、成功しました。その手法は以下のとおりです。

泌乳誘発の方法
 黄体ホルモン製剤、エストラジオール製剤、PGF2α製剤、プロラクチン分泌を促進するドパミン作動薬を継続投与し、翌日から搾乳刺激を与えます。図1に示すとおり、乳量は経時的に増加しました。馬によって異なりますが、早ければ投与開始から概ね1週間で乳母として導入できるだけの乳量が得られます。また、この手法にはその馬自身の卵巣が活動している必要があるため、1月や2月といった時期に泌乳誘発処置を実施するためには、ライトコントロールによって卵巣活動を促す必要があります。

1 図1 泌乳誘発の投薬方法と搾乳量

乳母付け
 乳母付けとは実際子馬と乳母を対面させ、実子として容認させることです。一般的には乳母の臭いをつけたり実子の臭いをつけたりする、メントールのような軟膏を乳母馬の鼻に塗って嗅覚を麻痺させる、数日間馬房に張り続ける、子馬を空腹にする、分娩時の刺激を擬似的に与える子宮頚管刺激法などが提案されています。しかし、乳母付けの成功を左右する最大の要因は乳母の性格です。温厚で母性に満ちており、さらに乳量が期待できる馬を選択することが重要です。我々は6日間を要しましたが、放牧地において他の繁殖牝馬から子馬を守ったことが決め手となり、以後完全な母性が芽生えました(図2)。非分娩馬の場合は、実際に出産を経験していないため、一般の乳母よりも導入が困難であり、馬の選択がより重要です。

2

図2 放牧地で他馬から守ることで、完全に母性が定着

ホルモン処置後の受胎
 ホルモン処置終了後から卵胞が成長し、概ね1週間で排卵しました。さらに排卵前の交配によって受胎することも確認できました。非分娩馬を乳母として活用しながら、その馬自身もそのシーズンに受胎することが可能であることから、実際の牧場現場においても、十分応用可能であると考えられます。また、導入された子馬はその後順調に発育しました。ホルモン処置と聞くと、生体に悪影響があるのではないかと想像する方もいるかもしれませんが、この処置は分娩前後の母馬のホルモン動態を模倣しているだけであり、不自然な状態ではありません。

まとめ
 今回ご紹介した非分娩馬に泌乳を誘発して乳母として利用する方法は、高額な乳母のレンタルに対して安価である点、自分の牧場の空胎馬を利用できる点、乳母として利用しながら交配できる点などのメリットがあります(図3)。育子放棄を受けた子馬を育てる際の新たな選択肢として検討してみてはいかがでしょうか。興味がある方は、直接日高育成牧場もしくは担当の獣医師に相談してください。

3 図3 各手法の長所と短所

(日高育成牧場 生産育成研究室  村瀬晴崇)

2018年11月19日 (月)

育児放棄 ~ ホルモン剤投与によって空胎馬は乳母となれるか? ~

No.10 (2010年6月1日号)

育児放棄について
 ♪お馬の親子は・・・♪というように、生後数週間は母馬と子馬は常に寄り添っています。しかし、なかには育児放棄に陥る母馬もいるのが現実です。育児放棄は初産に認められることがほとんどで、1)「子馬を怖がる」 2)「子馬自体は容認するが授乳を嫌う」 3)「授乳時のみならず常に子馬を容認しない」、 以上の3つのタイプに分類されており、その発生率は1%未満といわれています。アラブ種は他種よりも発生率が高く、また、人工授精での発生率が高くなるともいわれています。


育児放棄時の対応
 育児放棄が起きた場合には、唯一の栄養源である母乳に代わるもの、すなわち「乳母」を導入するか、「人工哺乳」を行うかのどちらかを選択しなければなりません。また、子馬が母馬からの攻撃によって大事に至る危険性があるために、虐待の程度が激しい場合には、早急に母子を分ける必要があります。
 乳母を導入する場合には、高額な費用が必要となり、また、乳母と子馬との相性も問題となります。一方、人工哺乳を行う場合には、哺乳瓶での給与を継続していると、しつけの面でトラブルが発生しやすいため、可及的速やかにバケツでの給与が推奨されています。当場では、泌乳量が少なく、子馬への授乳を嫌い、育児放棄に陥った場合には、吸乳時に子馬の反対側から経口投薬器を使用して哺乳を行っています。この方法は、子馬がヒトから乳を与えられているのではなく、母馬の乳首から乳を得ているという意識を持ち続けさせることができ、さらには、子馬の吸乳刺激によって母馬に母性が促がされ、さらには泌乳量を増加させる効果も期待できます。人工哺乳もある程度の費用がかかり、また夜間の哺乳など労働力も多大であり、さらには母馬がいないことによる子馬の精神面を考えると、ヒトが育てる人工哺乳よりも乳母が推奨されるのかもしれません。


空胎馬へのホルモン剤投与による泌乳の誘発
 近年、フランスの研究者が、経産空胎馬に対してホルモン剤投与を行うことによって泌乳を誘発し、乳母として導入する方法を報告しています。この方法は、ホルモン剤投与を開始してから4~7日で泌乳が可能となり、その後、1日当たり7回の搾乳を3~4日継続することによって、1日あたり5~10リットルの泌乳が誘発できるようになれば、乳母としての導入が可能になるというものです。
 当場でも育児放棄の事例に対して、この方法による空胎馬の乳母の導入を実施しました。ホルモン処置を開始してから経時的に乳房が膨らみ始め(写真)、搾乳を開始した3日目には、1回の搾乳で1リットルもの乳を得られるまでに至り、泌乳の誘発は成功しました。そして、ホルモン処置開始から2週間後に乳母としての導入を試みました。前述の研究者が、乳母を導入する場合に、出産時に産道を胎子が通過するのと類似の刺激を子宮頸管に与えることによって、母性を誘発させられると報告しているので、この方法に従って、乳母を枠馬に保定し、用手にて子宮頸管の刺激を実施すると、子馬の顔を舐める仕草を数回ではあったものの認めることができました。しかし、その後は子馬が吸乳を試みると、蹴ろうとするために、後肢を縛り付け、なんとか授乳が可能となりました。それ以降も容易には子馬の吸乳を許容せず、導入後6日目に、初めて他の親子と一緒に放牧を行った時にようやく吸乳を許容するようになりました。他の母馬が子馬を威嚇してきた時に、子馬を守ろうとの想いからか、乳母に完全な母性が覚醒したようでした《育児放棄から乳母導入までの詳細につきましてはJRA育成馬日誌の3月分を参照下さい。【https://blog.jra.jp/ikusei】『JRA育成馬日誌』で検索》。


今後の課題
 今回、ホルモン処置によって得られた泌乳量が十分であるという確信が持てず、子馬を適正に発育させるために、乳母導入後3週間(生後6週齢まで)は1日5リットルの代用乳を補助的に給与し続け、その後クリープフィードに移行しました。乳母導入後の子馬の体重は、標準の増体量を満たしています。乳母導入以前はスタッフが馬房に入るとミルクがもらえると嘶き、跳び付くこともありましたが、導入後は体を揺すらないと起きないようになり、子馬の精神面を考えた場合には非常に効果的であったと感じています。
 今回の空胎馬へのホルモン処置による乳母としての利用は、泌乳量について若干の課題が残りましたが、ホルモン処置に関わる費用は、乳母を借りたり、人工哺乳のみで飼育するよりも非常に安価で済み、経済的効果および子馬の精神面への効果を実感することができました。また、乳母として導入してから30日後には排卵も確認しており、今後は正常に受胎できるのかについても検証する予定です。

(日高育成牧場 専門役 頃末 憲治)

Fig ホルモン処置前の乳房(左)とホルモン処置13日後の乳房(右)

2018年11月17日 (土)

哺乳期子馬への栄養補給

No.8 (2010年5月1日号)

子馬はどのくらい母乳を飲んでいるか
 雪も消え、放牧地の緑も少しずつ濃さを増し、春先に生まれた子馬たちが元気に放牧地を駆け回る姿を目にするようになりました。子馬は、母馬から母乳を飲み、気持ちよさそうに放牧地に横たわったかと思うと、また起きて他の子馬と遊び、思い出したかのように母乳を飲みます。そこで、気になるのが、「果たして子馬に必要な栄養素は母乳だけで満たされているのだろうか?」という疑問です。子馬は、1週齢ころまでは1日あたり平均で19kgもの母乳を飲みますが、10週齢では13kg、17週齢では11kgと週齢を重ねるにしたがい、その摂取量はなだらかに減少していきます(図)。ちなみに、母乳を摂取する1日あたりの回数は、1週齢ころでは90回近くにもなりますが、10週齢、17週齢では約40回程度にまで低下します。
 この間、子馬は約100kg近くも体重が増加し、それにともなってあらゆる栄養素の要求量は増加しますが、母乳摂取量の低下に加え、母乳に含まれる栄養素の濃度は低下していくため、発育が進むにつれて養分要求量と摂取量との差は開いていくのです。

子馬には子馬用の飼料を給与する
 子馬は、発育するにつれて放牧草の摂取量も増えてきますが、乾物(水分を差し引いた固形物)で1kgに達するのは、生後2ヵ月を過ぎたころからです。したがって、哺乳期の子馬にとって放牧草は、栄養源にはなるが依存度はさほど大きくはない、といえます。これは、子馬の消化管がまだ多量の繊維質を消化できる能力を備えていないことによるものです。では、母乳だけでは不足する養分を子馬はどのように摂取しようとするのでしょうか?母馬の飼槽に頭を突っ込んでいる子馬をよく見かけますが、あの行動こそ、母乳とわずかしか食べられない牧草だけでは不足する養分を補おうとしている生命維持本能ともいえる姿なのです。そこで、「あとは母馬の飼料を子馬の分だけ増やせばよし、これで万事解決!」ではないのです。母馬が分娩後に必要とする栄養素は、エネルギーや産乳に必要なタンパク質、カルシウムなどで、子馬にもそれらの栄養素は必要なのですが、そのバランスは大きく異なります。子馬が母馬の飼料を好きなだけ食べると、アンバランスな栄養摂取になってしまうのです。とくに、丈夫な骨づくりに重要な役割りを果たすミネラルに不足が生じます。

どんな飼料をどのくらい与えるか
 子馬の正常な骨発育に重要なミネラルとして、骨を形成するカルシウムとリンに加え、軟骨形成やさまざまな重要な酵素の原料となる銅と亜鉛があります。銅や亜鉛などの微量元素は、生れ落ちたばかりの子馬の肝臓に蓄えられていますが、通常は生後2ヵ月もするとそれらは消費され尽くしてしまいます(新生子馬の肝臓にできるだけ多くのミネラルを蓄えるため、妊娠末期の母馬の飼料内容も重要となります)。したがって、子馬への栄養補給も生後2ヵ月を目処に開始する必要があります。この時期の子馬が食べられる量はあまり多くありません。1日あたり、2ヵ月齢で0-1kg、3ヵ月齢で0.5-1.5kg、4ヵ月齢で1-2kg、5ヵ月齢で1.5-2.5kg、離乳前後で2-3kg程度です。ミネラルやタンパク質の含有率が高い子馬専用の飼料(サプリメント型、バランサー型)をエンバクと併用するのであれば、これを少量から与え始め、離乳までに1日あたり500gから1kgとなるよう少しずつ増加させ、一方エンバクは、3-4ヵ月齢ころからエネルギー補給のために少量ずつ子馬専用飼料に追加していきます。サプリメント型に比べ、タンパク質やミネラル含有率が若干低い飼料(コンプリート型、オールインワン型)であれば、それのみを規定量給与し、エンバクの併給は必要ありません。

どのようにして与えるか
 原則は、「子馬には母馬の飼料を食べさせない」「母馬には子馬の飼料を食べさせない」すなわち、「子馬には子馬の飼料をきちんと食べさせる」ことです。これを達成することは意外に工夫が必要です。各牧場の厩舎構造が異なるので、定まった方法はありませんが、母馬の飼い槽を高く吊るす、子馬が落ち着いて食べられるように子馬が食べているときは母馬を繋いでおく、子馬だけが廊下や隣の空き馬房に出られるようにしてそこで食べさせる(クリープフィーディング)、などです。放牧地内にも、子馬だけが出入りできるスペースを作れば昼夜放牧の際にも利用できます。「強い馬づくり」のために、皆さんも工夫してみてはいかがですか。

(日高育成牧場 場長 朝井 洋)

Fig 図) 子馬の母乳摂取量(1日あたりkg)は発育が進むにしたがって低下する

2018年11月16日 (金)

安全な出産のために

No.5 (2010年3月15日号)

 馬の分娩対応をするにあたって念頭に置くべきことは、分娩が子馬を娩出させるためだけの作業ではなく、子馬を丈夫な馬として成長させるとともに、母馬が分娩後に順調に種付け準備ができるよう、安全な出産を目指すことが重要と考えられます。不必要な分娩介助はときとして難産の原因となることもあります。今回は、日高育成牧場で実践している分娩管理の方法を紹介します。


分娩前からの難産対策
 分娩前の適度な運動は難産を予防すると言われています。分娩前1ヶ月というと、2月あるいは3月分娩予定の馬では厳冬期にあたり、放牧地での運動量が低下します。これを補うのが引き運動やウォーキングマシンによる運動で、繁殖馬の負担とならない程度(だいたい時速4㎞で20分)で実施します。この際、高齢馬や蹄の異常を含む運動器疾患をもつ馬に対しては時間や速度を調整してください。


必要に応じた助産を心がける
 破水を認めたらまず、包帯などで母馬の尾を巻き束ねて介助の邪魔にならないように、可能な限り衛生的な分娩となるようにします。
 破水後、産道から半透明の膜に包まれた子馬の肢が見えてきます。このとき膜の色を確認してください。もし、膜内の羊水が濁っていたり血液が混じっているようであれば、助産による早目の娩出が必要となります。次に手や腕を消毒液で十分に洗浄し(あれば直腸検査用ビニール手袋を使用)、産道の中の子馬の体勢を確認してください。正常であれば蹄底が下向きの前肢2本と頭部が確認できるはずです。このような正常な分娩であった場合、余程のことがない限り助産は必要ありません。


助産が必要な状況とは
①子馬の命が危ないとき
 子馬の肢がでてきた際、赤い膜に包まれていれば緊急事態です。この現象は子宮と胎盤の早期剥離により臍の緒から子馬に酸素や栄養が送られなくなってしまう、つまり子馬は早く自分で呼吸をしなければならない状況です。ハサミで赤い膜の表面の白い星形部分を切り開き、羊膜を破り子馬の体勢を確認し、牽引します。
②難産の徴候があるとき
 子馬の産道内での体勢が前述した正常例と違う場合、子宮内に戻してやる必要があります。軽度であれば、母馬が寝起きや運動(引き馬でも可)を繰り返すことによって自然に直りますが、簡単に戻らない場合、人間が押し戻すことも必要です。それでも直らない場合は、獣医師に連絡し指示をあおいでください。手術が必要になることもあるので、いざというときの輸送手段を分娩シーズン前に確保しておくと良いでしょう。
③分娩時間の目安
 体勢に異常がなくても破水から40~50分経過しても子馬が娩出されない場合は、注意深く陣痛に合わせてゆっくりと子馬の前肢を牽引します。したがって、破水時刻を記録しておくことが重要です。


早すぎる不要な助産は難産の原因
 子馬を牽引する場合、牽引しすぎないよう注意します。強すぎる牽引、不要な牽引はときに体勢異常を悪化させたり後産停滞や子宮へのダメージの原因となり、産後の受胎の障害となりうるので、気をつけましょう。


子馬が産道から完全に出る前に
 母馬が横臥していよいよ産道から子馬が娩出されます。このとき、頭や前半身の膜を除去し後肢が臍の緒とともに産道内に残るようにするとよいでしょう。これは臍帯や胎盤内の血液が臍を通じて子馬の中に戻ることが子馬の出生直後の活性(元気、健康)につながるからであり、少なくとも5分程度はこの状態を維持するのが理想です(図参照)。自力分娩で疲労した母馬はすぐには起立しませんが、起立して臍の緒が切れてしまうのはやむをえません。


子馬が出てきたら
 まず、子馬の自力呼吸を確認してください。臍の緒が切れたら子馬の臍の消毒を数回します。臍の緒が切れてから全身をタオルで必要に応じて拭きます。厳冬期には急いでください。声をかけながら耳の中、腹部、股間、肛門、下肢部まで馴致を意識して行います。この間、母馬にも子馬を舐め愛撫させて生んだことを自覚させると良いでしょう。


母馬が起立したら
 母馬の起立後は、後産停滞を防ぐため、産道から垂れ下がる後産(羊膜・臍の緒・胎盤の塊)を紐などで束ねて地面をひきずったり踏んだりしないよう、まとめて縛ります。胎盤が排出されたらまず広げて、すべて出てきているか形状を確認し、重さを測定します。通常は5~10kgと幅があります。分娩後6時間以内に胎盤が排出されない場合は獣医師に相談してください。疝痛症状が認められることがありますが、腸の捻転や変位を起こしている可能性もあるので注意深く観察して、痛みが激しい場合は獣医師を呼んでください。また分娩直後に限らず何日間かはエンドトキシン・ショックの他、子宮動脈破裂や子宮穿孔を原因として循環障害を起こす可能性もあるので母馬の結膜や蹄の温度の変化に注意してください。


子馬が起立したら
 自然分娩では、子馬の起立時間が早まることが判明しています。初乳の吸引、胎便の排泄を確認し、自力吸乳から30分経過しても胎便排泄が確認できなければ浣腸をします。子馬の便が黄色くなってからも硬い胎便が混ざっているようでしたら、再度浣腸をかけてください。


おわりに
 日高育成牧場では、数年前から今回書いたことを実践し可能な限り自然分娩となるよう心がけています。みなさんも子馬を丈夫な馬として成長させる、自然で安全な分娩を実践しみてはいかがでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄 泰光)

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