新生子 Feed

2021年1月22日 (金)

若馬の昼夜放牧管理について:その2

 前回は放牧の重要性や放牧が馬体に及ぼす影響について、簡単に解説し、現在広く普及してきた昼夜放牧の特性について解説しました。今回は、さらに昼夜放牧について解説することにします。

 

厳冬期の昼夜放牧管理

馬産地である日高地方の12月から4月の最低気温は氷点下となり、放牧地は氷と雪で覆われます(写真3)。この厳冬期に昼夜放牧を行った時の当歳子馬の放牧地における移動距離は、最低気温の低下とともに減少し、日長時間の増加と気温の上昇とともに増加する様子が確認されます(図3)。また、この時期の体重増加は停滞し、4月以降に急激に増加する(リバウンド)現象が認めらます(図5)。一般にサラブレッドは、1歳の春に起こる春季発動に合わせて、性ホルモンや成長ホルモンの分泌が盛んになり、増体量が増える現象が認められます。しかし、厳冬期に停滞した状態からの急激なリバウンドは発育期整形外科的疾患(DOD)の発症要因となるため、望ましいものではありません。厳冬期における昼夜放牧管理については、適切な運動量と栄養状態を確保しながら、緩やかな成長を促す放牧管理方法の検討が必要になるのです。

 

1_3 写真3 厳冬期の放牧風景

雪に覆われた放牧地では、風除けや餌場からあまり動かないことも多い。

2_3 図4 当歳子馬の昼夜(22時間)放牧における移動距離と気温、日長時間との関係

昼夜放牧により運動量の増加が認められる。

3_2 図5 昼夜放牧実施子馬の成長曲線(体重)

厳冬期に増体が停滞し、4月以降のリバウンドが認められる。

 

 

昼夜放牧のメリットとデメリット

昼夜放牧のメリットとデメリットについて、思い付くものを表1に挙げてみました。

メリットについては、前述の運動量の増加に伴う成長の促進の他に、馬房滞在時間の短縮による寝藁代や人件費の経費削減なども考えられます。実際に、寝藁の交換は1週に一度程度で良くなるため、その使用量は節約され、空いた時間を馬の馴致や放牧地の管理に充てることが可能となります。一方でデメリットも幾つか存在します。特に夜間は目が行き届かないため、事故やケガを起こす可能性が増加します。1日一度は馬房に収牧し、飼付を行い、個体のチェックをする必要がありますが、短い馬房の滞在時間では一度に栄養要求量を十分摂取させることができないため、放牧地で飼付けするなどの飼料管理方法の工夫が必要になります。さらに、初めて昼夜放牧を実施する場合には、広い放牧地(2ha以上)の確保や牧柵、ヒート式水飲み場、雨風を防げるシェルターなどの整備が必要となります。放牧地は疲弊し荒廃するため、草地管理も重要な課題となります。


4_2 表1 昼夜放牧のメリット・デメリット

最後に

競走馬を生産する上で、どのような馬づくりを目標とするかは牧場により様々です。例えば、オーナーブリーダーとして自分で競馬に走らせ、賞金を稼ぐような走る馬をつくるのか、マーケットブリーダーとしてリスクを少しでも回避する方法を取りながら、市場で高く売れる馬をつくるのか、その経営方針によって飼養管理方法は大きく異なってきます。しかし、何れにしても若馬の飼養管理においては、丈夫で健康な体づくりは重要な要素となります。丈夫な体を作る上で、放牧は欠かせない要素となりますが、日本の気候風土に特有の放牧管理については、まだまだ改良の余地がある部分です。若馬の飼養管理方法の改良が、サラブレッドの持つ優れた競走能力を益々引き出す要因であることは間違いありません。

 

JRA日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

正常分娩と難産の見極め

出産シーズンの生産牧場において、子馬が無事に産まれてくることが何よりであることは言うまでもありません。しかし、人為的介助を必要としない正常分娩はおよそ9割と言われており、残りの1割は何らかの対応や処置が必要となります。

特に分娩時の胎子の異常に起因する難産に対しては、正確かつ迅速な判断が求められます。なかでも最も重要なジャッジは「病院への輸送」です。ここでいう病院とは、「二次診療施設」、すなわち全身麻酔下での整復および帝王切開が可能な病院を指します。

病院に連れていく判断、つまり「牧場現場での整復が不可能であると判断」するうえで重要なことは「正常分娩との違い」を見極めることです。

正常分娩では、①陣痛症状の発現→②破水→③足胞(羊膜に包まれた胎子の蹄)の出現→④娩出がスムーズに進みます(図1)。これに反して、①から④の進行がスムーズではなく、いずれかのポイントで停滞した場合には、何らかの異常が疑われるため、獣医師による整復や病院への輸送を考慮すべきです。

1_5 分娩に際しては、時間経過の把握も極めて重要です。

一般的には、②破水から③足胞の出現までは5分以内、②破水から④娩出までの時間は20~30分程度ですが、いずれも個体差がみられます。特に娩出までの時間は、経産馬では出産を重ねる毎に時間が短縮される傾向がみられ、5分間程度で終了する場合もある一方、初産馬は時間を要することが多いようです。

なお、破水から40分を経過しても胎子が娩出されない場合は、胎子の生死に関わる異常の可能性があります。獣医師の到着や病院への輸送時間を逆算して、できるだけ早い段階で異常兆候を把握して、正確な判断を下す必要があります。

以上のことから、正常分娩で認められる①陣痛→②破水→③足胞出現→④娩出までの進行にスムーズさを欠き、経過時間の著しい延長が認められた場合には、病院への輸送を決断するべきです。

正常分娩の進行

では、正常分娩の進行について具体的に説明します。

①陣痛症状の発現

陣痛は疼痛程度や持続時間に個体差があり、分娩の数日前から兆候が断続的に認められることや、数日間の間隔が空くことも珍しくありません。しかし、著しい疼痛や不穏な状態が、長時間にわたり持続するにも関わらず破水が認められない場合には、何らかの異常があると考えるべきです。

②破水

正常分娩と難産を見極めるうえでの重要なポイントは破水です。破水とは、胎子を包んでいる二重の膜の外側である尿膜絨毛膜の破裂にともなう尿膜水の排出です。

前述したように明瞭な陣痛症状が長時間継続しているにも関わらず破水が認められない場合、破水から5分を経過しても足胞が出現しない場合にも何らかの異常があると考えられます。なお、破水後には膣内の胎子の状態を確認します。正常であれば、触知によって蹄底を下向きに伸展した両前肢と鼻端を確認することができます(図2)。

2_5 なお、陣痛発現から破水まで、子宮内の胎子は図Ⅰから図Ⅳのように母馬の背中に対して仰向けの状態から回転しながら膣外口に向かいます(図3)。多くの場合、図Ⅳの姿勢で破水を迎えますが、まれに図Ⅱや図Ⅲの状態で破水することがあります。これらの場合、蹄底が上向きもしくは横向きの状態で触知されることがありますが、心配いりません。母馬の起立と横臥の繰り替えしや、馬房内での常歩運動により自然に正常な姿勢に至ります。

3_4 ③足胞の出現

破水から5分以内に足胞が出現します。正常な羊膜は白っぽく、滑らかで光沢があり、羊膜中の羊水は透明です。

以下の場合は異常ですので注意してください。

・破水から5分以内に足胞が認められない。

・羊膜内に胎子の蹄が認められない。

・羊膜が肥厚している。

・羊水が緑~茶色に混濁している。

・羊膜ではなく尿膜絨毛膜の赤い胎盤(レッドバック)が認められる。

④娩出

娩出の際、頻繁に寝返りを打ったり、横臥と起立を繰り返したりすることも少なくありませんが、著しい場合は何らかの異常が発生している可能性があります。

日高育成牧場 業務課長

冨成雅尚

子馬を帯同しない種付け

出産後の母馬を交配のために種馬場につれて行く場合、日本では子馬も連れていくことが一般的です。しかし、欧米、特に米国の馬産地ケンタッキーでは、子馬を帯同させずに母馬のみを種馬場につれて行くことが一般的のようです。

子馬を帯同させずに母馬を種馬場につれて行くことの主なメリットとして、感染症に罹患しやすい子馬の感染症予防、そして馬運車内での事故防止が上げられます。また、牧場の繁忙期に1名のスタッフで輸送できるという業務効率化もその1つかもしれません。一方、一時的であっても母子を引き離すことによる母馬および子馬のストレス、そのストレスによる子馬の健康・成長への影響、そして、子馬の馬房内での事故なども懸念されます。

これらの問題点を検討するために、日高育成牧場で実験を行いました。供試馬は当場の母子8組で、子馬を連れて行った4組と、連れて行かなかった4組にわけました。後者は、当場からJBBA静内種馬場への往復で4時間、母子を離すことになりました。

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結果ですが、馬房に残された子馬は、母馬から離れて1~2時間経過した時点で、種馬場に連れていった子馬と比較して「血中コルチゾル」というストレスの指標を示す数値が有意に高い、すなわちストレスを強く感じていることが確認されました(図2)。ただし、母馬の帰厩後は連れて行った子馬と差はありませんでした。また、母馬については子馬の有無でストレスに変化は認められませんでした。なお、馬体重の変化については、母子いずれも特筆すべき変化は認められませんでした。

2_6(図2)

それでは、実際に馬房に残された子馬の様子はどうだったのでしょうか?

多くの子馬は馬房内を歩き回ったり、いなないたりしながら、立ちつくしていて、横になることはありませんでした。一方、壁のよじ登りや転倒などの危険行動はなく、事故・怪我・疾患発症などは認められませんでした。

ただし、母馬の帰厩時には注意が必要です。多くの母馬は乳房が張っているため、最初の哺乳時に子馬が勢いよく吸い付きに行くと嫌がる場合があります。なかには、哺乳時の痛みからパニックを起こして、子馬に危害を加えそうになる母馬もいるため、気を付けて様子を観察する必要があります。もちろん、母馬の性格によっては、子馬を帯同するという選択肢もあって良いかもしれません。また、当場では初回発情での種付けを実施していませんが、もし、そのようなケースで子馬を残す際には、出産間もないことから母馬がナーバスになり易いかもしれませんので、ご注意ください。

なお、子馬を馬房に残す際には、馬房扉を完全に閉めること、馬栓棒は使用しないこと、馬房内の飼桶や水桶などの突起物を可能な限り撤去することをお忘れなく。

日高育成牧場 業務課長

冨成雅尚

ロドコッカス肺炎

 本稿では、昨年改訂された「子馬のロドコッカス感染症(中央畜産会出版)」より主なポイントを抜粋してご紹介いたします。なお同誌は軽種馬防疫協議会のサイトで無料ダウンロードできますので、是非ご一読ください。

発症馬と不顕性感染馬
本感染症の発生時期は毎年4月下旬から9月上旬で30~50日齢の頃に発症、50~70日齢の頃に死亡することが多いようです。諸外国においては、罹患率5~17%・致死率40~80%などと報告されていますが、日高地方においては、罹患率は5%以下、致死率は約8%と推定されています。近年でも毎年20頭前後の子馬が死亡あるいは淘汰されていることが伺えます。また、感染しても(体内に菌が入っても)ほとんど症状を示さない不顕性感染例が多いことも本感染症の大きな特徴です。

菌の感染経路
本感染症の原因菌であるロドコッカス菌は馬の飼育環境中の土壌に生息し、子馬の口や鼻から感染します(経口感染)。肺に入った菌は喉まで押し上げられ、嚥下により消化管を介して多量の菌を含む糞便が排出されます。これによって土壌や厩舎環境が汚染されるため、子馬の糞便は重要な汚染源と言えます。前述の不顕性感染子馬も糞便に多くの菌を排出します。また、厩舎内の空気中からも分離されており、土壌のみならず閉鎖環境における気道感染の可能性も示唆されています。

診断方法
 ロドコッカス菌は一般的な抗生物質が効きづらいため、子馬が肺炎に罹った際にはロドコッカス感染か否かを診断することが重要になります。直接、菌の存在を確かめるためには鼻腔ぬぐい液ではなく、気管洗浄液を採取しなければなりません。ただ、確定診断には時間と手間がかかるため、簡便な診断方法として血液検査による抗体価の測定や胸部エコー検査により間接的に推定することも一般的です。疫学情報も極めて重要な判断材料です。毎年発生するような高度汚染牧場やすでに何頭も発生している場合には、確定診断をするまでもなく、本症を疑った治療が選択されます。近年、JRA総研においてLAMP法を用いた診断法が報告されました。これはわずか1時間程度でロドコッカス遺伝子の有無を直接判定できます。特殊な機器を必要としないため、臨床現場における迅速診断法として期待される検査法です(写真1)。

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治療法

 ロドコッカス感染症の治療は世界的にもマクロライド系抗生物質(日本では主にアジスロマイシン)とリファンピシンの併用がゴールドスタンダードとなっています。ただ、近年海外ではこれらが効かないロドコッカス菌が報告されており、このような耐性菌による感染は予後が悪いと言われています。今のところ日本で耐性菌は確認されていませんが、常に頭の片隅に入れておかなければいけません。

予防法
飼育密度の低減、血漿製剤の投与、胸部エコー検査によるモニタリング、抗生物質の予防的投与など海外ではさまざまな予防管理法が報告されています。残念ながら、飼育密度の低減や日本では市販されていない血漿製剤の投与は現実的ではありません。胸部エコー検査は発熱するよりも早い段階で診断できることもあり有効な検査法ですが、治療を必要としない不顕性感染例まで検出されるため、手間と費用が膨れる可能性があります。抗生物質の予防的投与はコストがかかることに加えて、前述の耐性菌を生み出すリスクがあり推奨できません。ロドコッカス感染症については、昔から数多くの研究が行われているにもかかわらず、未だに有効な対処法がないというのが実情です。成書にも「残念ながら効率的な予防管理法はない」と明記されています。

さいごに
日本における致死率は近年大きく低下しました。これは獣医療の発展というよりも牧場スタッフの意識向上、特に細やかな検温による早期発見によるところが大きいと思われます。牧草作業が始まり、牧場では相変わらず忙しい時期が続くと思われますが、子馬が疾病に罹り易い時期でもありますので、引き続き十分な健康管理を心がけましょう。


日高育成牧場 生産育成研究室・主査 村瀬晴崇

2020年5月28日 (木)

胎盤炎

No.158(2016年11月1日号)

 

 繁殖シーズンからの牧草作業、セール、そして離乳も落ち着き、生産者の皆様はようやく一息つける時期かと推察します。この時期、毎日繁殖牝馬を管理していても胎子の発育を感じにくいものですが、お腹の中で着実に成長しています。しかし、妊娠中は常に流産のリスクがあり、実はおなかの中では流産に向けて異常が進行しているかもしれません。本稿では感染性流産の主な原因である「胎盤炎」についてご紹介いたします。

 

胎盤炎とは

 胎盤とは我々哺乳類のみがもつ組織です。母馬にとって異物である胎子を許容し、栄養供給、ガス交換、老廃物の除去、妊娠維持に必要なホルモンの分泌など多くの役割を担います。胎盤に感染・炎症が起こると、上述したさまざまな機能が阻害され、胎子の発育遅延や死亡に至ります。

 胎盤炎は、感染性胎盤炎あるいは上向性胎盤炎とも言われます。つまり、細菌や真菌(カビ)といった病原微生物が外陰部から頚管を通って(上向性に)子宮に侵入し、胎盤を侵します。主な原因菌は大腸菌や連鎖球菌、アスペルギルスといった一般環境中にいるものです。高温多湿な日本では海外よりカビの割合が多いのですが、カビは細菌よりも治りづらく、やっかいです。そのため、妊娠馬にはカビで汚染された寝藁や乾燥を与えないようにしましょう。

 胎盤炎は時間をかけて進行します。陰部滲出液、乳房腫脹といった異常が認められる時点では、すでにお腹の中の病態は進行しています。そのため、流産を防ぐためにはこのような症状を示す前に異常を診断し、治療を始めることが重要となります。

 

早期の診断が重要

 胎盤も炎症が起きると腫れるため、超音波検査で胎盤の厚みを計測することで診断できます。この指標はCTUP(Combined Thickness of Uterus and Placenta:子宮胎盤厚)と呼ばれ、エコーを用いた直検で簡単に計れます。また、ホルモン検査も有効です。胎盤や胎子の異常はホルモン代謝異常を来たすことが多いため、母馬の血液中ホルモンを測定することで早期に異常を診断できます。しかし、ホルモンは個体差が大きいため、1回の測定では微妙な判定はできません。そのため、妊娠7ヶ月以降において継続的に測定(モニタリング)することにより、より正確な診断が可能となります。妊娠馬全頭にホルモン検査を行うのは現実的ではないかもしれませんが、過去に流産歴のある馬だけでも検討してみてはいかがでしょうか。

 

胎盤炎の治療

 胎盤炎には治療が必要です。感染に対して抗菌剤(主にST合剤)、炎症に対して抗炎症剤(主にバナミン)、陣痛抑制剤として子宮収縮抑制剤(リトドリン製剤)や黄体ホルモン剤(プロゲストンやレギュメイト)、海外では抹消血管拡張剤(ペントキシフィリン)が用いられます。ただ残念ながら、現状では確実に流産を防げるわけではありません。十分な治療成果が得られない理由としては、発見の遅れ、注射剤を含めて十分な投薬が難しいこと、真菌に対しては抗菌剤が効かないこと、ヒトのように絶対安静ができないことなどが挙げられます。

 

 さまざまある流産原因の中で、胎盤炎は感染実験を含め、比較的研究が進んでいると言えます。まだまだ十分ではありませんが、流産を予防するためには、新しい知見を積極的に利用してみることが必要です。生産者の皆様には新しい検査法・治療法についてのご理解よろしくお願いします。

 
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写真1 感染胎盤。破膜部(上方)が変性して白くなっている。右の胎盤は底側(写真左側)に広く膿が付着している。

 
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写真2 正常なCTUP像。妊娠後期には胎盤が発達し、子宮と胎盤の2層構造が確認できる。異常時には胎盤の肥厚や剥離が認められる。

 

 

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

2020年5月13日 (水)

電気牧柵を用いた放牧方法

No.148 (2016年6月1日号)

                          

  

 アイルランドなど海外の馬産国では、電気牧柵を効果的に利用した放牧方法が一般的に普及されています。わが国でも、放牧地への鹿の侵入防止用として設置されている牧場も多いのではないでしょうか。日高育成牧場では、出産後の母子の放牧地において、子馬の事故予防を目的として電気牧柵を設置していますので、本稿で概要を説明します。

   

子馬の種子骨傷害

 電気牧柵の話を始める前に、生後まもない子馬における種子骨傷害について説明します。これまで当場で実施した調査では、生後1~2ヶ月齢の子馬の近位種子骨のX線検査において、前肢で45.2%、後肢で9.5%に骨折様の陰影が認められました(図1)。これらの所見は種子骨の先端部に認められる小さなもの(図1左)から、中位の大きな離解を伴うもの(図1右)まで様々でしたが、有所見馬には跛行や腫脹などの臨床症状は見られず、発見から1ヶ月以内に消失するものがほとんどでした。発生原因は、広い放牧地で母馬に付いて激走することにあると考えられています。生後間もない子馬の種子骨は、まだ激しい運動に耐えられません。このため、いきなり広い放牧地に放された場合に、骨傷害を発生するのではないかと推察されます。

 所見を有した場合であっても、多くの馬に症状が認められないことから、臨床上の重要性が低い印象を受けます。しかし、場合によっては骨片が大きく離れるような重度の骨折を発症するリスクもはらんでいるため、発症リスクを低くするような飼養管理方法が求められます。1_11 図1.生後間もない子馬に認められる種子骨傷害

電気牧柵を利用した段階的な放牧

 2012~14年の3年間、当場において、広い放牧地(2ヘクタール以上)に生後10日齢以内に放した子馬の種子骨のX線検査をしたところ、中央部に陰影を認める離断骨片が大きい所見(図1右)が33%(12頭中4頭)に認められました。日高育成牧場で母子が利用可能な放牧地は、小パドック(1アール以下)を除くと、2haおよび4haの比較的広い放牧地のみであり、小パドックと大型放牧地の中間にあたる1ha以下の中型放牧地の設置が課題でした。

 そこで2015年は、2haの放牧地を電気牧柵で間仕切りすることにより、1ha以下の中型放牧地を設置し、段階的な放牧方法を実施しました。これにより、生後1週齢までは小パドック、その後1ヶ月齢までは間仕切りした中型放牧地、1ヶ月齢以降は4ha以上の広い放牧地を使用しました(図2)。この方法を用いたことにより、過去3年間で33%に認められた種子骨中央部の骨傷害が、2015年には13%(8頭中1頭)に減少しました。

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図2.電気牧柵を利用した段階的な放牧

 

電気牧柵の設置・使用方法

 具体的な電気牧柵の設置方法について説明します。馬用の放牧地の場合、視認性確保のため、ワイヤー状の細い電線ではなく、帯状の幅が広いタイプ、また、ポールは安全性を考慮したプラスチック製のものが推奨されます。馬によっては、電気牧柵に対する馴致が必要となる場合があります。最初に引き馬をしながら、電気牧柵に馬を近づけて、しっかり見せてから放牧した方がよいでしょう。もちろん、何かに驚いて急に走りだした場合には、突破されるリスクもありますので、外柵としてではなく、あくまで放牧地内部の間仕切りとしての使用に限定した方がよさそうです。なお、人畜両者に対する危険防止のため、電源については出力電流が制限される「電気柵用電源装置」の使用が法律で義務付けられていますので、ご注意ください。

3_7 図3.プラスチック製ポールと視認性の良い帯状の電線(左)と移動が容易な乾電池式の電源(右)

 

  

  (日高育成牧場・専門役 冨成 雅尚)

子馬の蹄管理と異常肢勢

No.144 (2016年4月1日号)

 

 

はじめに

 出産シーズンが始まるとどんな可愛い子馬と出会えるのかとワクワクします。しかし、いざ出産が始まると肢軸異常の子馬など、私たち装蹄師を悩ませる問題児たちが出てきます。子馬の頃から健全な蹄や肢の発育を維持することは、『強い馬づくり』にとって非常に重要で、肢軸異常がある場合には、十分な運動を実施できず競走成績にも影響します。そこで今回の強い馬づくり最前線は子馬の蹄管理と子馬に多い肢勢の異常について紹介したいと思います。

 

子馬の蹄管理

 子馬の蹄は柔らかく成長が早いため、異常摩滅などにより、蹄形が変形してしまうと歩様、肢勢、蹄形は大きな影響を受けます。そのため、定期的な装削蹄が不可欠です。子馬は、3~4 週間隔で装削蹄を実施しますが、状態によっては時期を早める場合もあります。また、削蹄などの蹄管理は、馬が生きていく限り継続されるものであるため、子馬に恐怖心を与えないよう慎重に実施します。

 

子馬の異常肢勢

 子馬の肢勢は発育、負重、歩様など、様々な要因によって変化します。異常肢勢は成長とともに治癒する場合もありますが、重度の異常肢勢を矯正することなく放置した場合は、運動器疾患の発症要因になることもあります。このため、日頃から蹄を注意深く観察し、異常肢勢や蹄形異常を早期発見することが重要です。また、異常が認められた場合は、早めに対処することが必要です。

 

【X脚】

 X脚は、左右の腕節の間隔が肩幅より狭く、それ以下が広いもの(図1)で、軽度の場合は自然に治ることもありますが、重度な場合は症状が長期化し、成馬になっても異常肢勢が残存することがあります。対処としては、削蹄による矯正ですが、削蹄のみによる矯正が困難な場合は、充填剤などを使用して蹄の内側に張り出しを付けるなど、腕節に均等に力がかかるようにサポートします。1_6  図1 X脚

 

【弯膝】

 生後間もない子馬の多くは弯膝(図2)で、後天性の場合は筋肉痛や疲労が原因といわれています。軽度な場合は、通常の放牧管理による筋力強化によっても改善されます。また、弯膝の特徴として蹄の前半部への体重負担が大きくなるため、蹄が不均等に生長するということもあります。そのため蹄のバランスを頻繁に整えることも大切です。2_4 図2 弯膝

 

【クラブフット】

 クラブフットの原因は、深屈腱の拘縮や腱と骨の成長速度のアンバランスと言われていますが、いまだ発症機序は明らかにされておらず、予防法も確立されていません。発症時期は生後3~6ヶ月の間が最も多く、その進行はきわめて速いのが特徴です。矯正削蹄や充填剤を使用(図3)して、深屈腱の緊張を緩和する事により、ある程度の進行は抑制できますが、処置が遅れ重度なクラブフットになると、成馬になってからでは蹄形の完全治癒は望めません。そのため、異常を早期に発見し重度になる前に処置を実施する事が重要です。3_4 図3 クラブフットの充填剤使用

 

さいごに

 肢勢異常の中には子馬が成長するにつれて自然に良化する場合があり、矯正を行う必要性を判断するのは非常に難しい事です。この判断を行うのは生産者と獣医師、装蹄師です。この3者の協力で肢軸、蹄の異常を早めに対処することにより、競走馬としての明るい未来を護る事ができます。

 

    

 

(日高育成牧場 業務課 山口 智史)

2020年2月21日 (金)

妊娠馬の栄養管理

No.135(2015年11月1日号)

 妊娠馬の栄養管理において考慮すべきこととして、胎子の健全な成長はもちろんのこと、子馬を無事出産するための母体の健康維持、また、次年度も交配する場合には、受胎に適した馬体管理などがあげられます。このため、飼養者には総合的かつ長期的な視野に基づいたきめ細やかな馬体管理が求められます。

妊娠初期~中期
 妊娠期の栄養要求量を考慮する際に重要なことは、胎子の成長度合いの把握です。ただし、胎子がお腹の中にいたとしても、妊娠初期から、母馬の維持要求量を上回る飼料を与える必要はありません。図1を見ると分かるように、胎子は妊娠期間中に直線的に成長するのではありません。5ヶ月齢までの胎子は極めて小さく、7ヶ月齢であっても出生時体重の20%程度、母馬の体重の2%にも満たないほどです。すなわち、少なくとも妊娠5ヶ月齢までは、非妊娠馬に対するものと同量・同内容の飼料を与えるだけでエネルギーとタンパク質の必要量を満たすことができます(授乳中の場合にはエネルギーおよびタンパク質の要求量がいずれも大きく増加します)。米国のNRC(全米研究評議会)による飼養標準では、妊娠5ヶ月齢からのカロリーおよびタンパク質要求量の増加が示されていますが、7ヶ月齢であっても、維持量に1.2Mcalのエネルギーと100gのタンパク質が増加されるだけです(大豆粕300g程度の増加)。このため、放牧草の状態、体重やBCS(ボディコンディションスコア)を観察しながら、濃厚飼料給餌を検討する必要があります。良質な牧草が十分量生えている放牧地で管理されている場合、必要以上の濃厚飼料の給餌は、過肥や蹄疾患のリスクを高めることにも繋がります。一方、カルシウムやリンなどのミネラル、銅などの微量元素については、妊娠期間を通して必要となるため、放牧草の状態次第では要求量を考慮したうえで、サプリメントを与えて不足を補う必要があります。

1_4図1 胎子の成長曲線(Pagan 2005を引用、一部改編)
胎子は妊娠期を通して直線的に成長するのではなく(左)、妊娠後期に急激に成長する(右)。


妊娠後期
 胎子は妊娠期間の最後の3カ月間で著しく成長し、発育量は全体の60~65%に達するため、この時期はエネルギー摂取量を増加させる必要があります。妊娠後期のエネルギーおよびタンパク質の要求量(体重500~600kg)の増加率は、一般的には維持量の115%にあたる20~25Mcalおよび900~1,100gになります。しかし、分娩に備えるためのウォーキングマシンや引き馬などによる運動、出産後の授乳や交配、また、北海道の生産地においては厳しい寒さや放牧地を覆う降雪など、様々なことを考慮して給与量を決めなくてはなりません。もちろん、必要以上のエネルギー給与は過肥や蹄疾患を引き起こすため、十分な注意が必要です。このため、繁殖牝馬のBCSや馬体重、そして放牧草の状態について年間をとおして継続的に把握しながらその時期に必要な給与量を設定する必要があります(図2)。また、エネルギー要求量の増加から、濃厚飼料の給餌割合を増加させる傾向がみられますが、疝痛や胃潰瘍などの消化器疾患を予防するためには、少なくとも総飼料の半分以上の粗飼料を給餌する必要があります。このため、エネルギー源として植物油やビートパルプの併用、線維質が高い配合飼料の効果的な給餌が推奨されます。

2_4 図2 妊娠後期の給与量の決定には、様々な要素を考慮する必要がある。

 なお、生まれてくる子馬の正常な骨格形成のためには、繁殖牝馬に対する十分かつ適切なバランスのミネラルの供給が不可欠です。胎子は自身の肝臓に、銅、亜鉛、マンガン、鉄など軟骨あるいは骨代謝に関わる微量元素を蓄積し、正常な骨形成に利用しています(図3)。母乳にはこれらの微量元素が十分含まれておらず、牧草や飼料を十分に摂取・消化できない新生子馬は、体内に蓄積された微量元素を利用する他ありません。このため、これらを妊娠後期の母馬に投与することが重要となります。なお、一般的な飼料であるエンバクや乾草のみでは、ミネラルが不足するため、ミネラル含有量を増加させた配合飼料やサプリメントの供給が不可欠です。

3_4 図3 胎子へのミネラル補給
胎子は肝臓に微量元素を蓄積するため、妊娠後期の母馬へのこれらの投与が重要となる。

 以上をまとめると、妊娠馬の栄養管理においては、「妊娠ステージに合わせたエネルギーおよびタンパク質」「妊娠期間を通した適切なミネラル」の2点が要諦になります。本稿が皆様の愛馬の飼養管理に役立てば幸いです。

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年12月 4日 (水)

子馬に認められる近位種子骨のX線所見について

No.120(2015年3月15日号)

近位種子骨とは
 馬の近位種子骨(以下、種子骨)は、四肢球節の後ろに2個ずつ存在する小さな骨です。関節の一部を構成することで、球節の滑らかな動きに重要な役割を果たしています(図1)。馬は走行時、球節を自身の体重で大きく沈下させ、屈腱の伸縮力を利用することで推進力を得ています。種子骨は、この球節の沈下に耐えるため、繋靭帯をはじめとする周囲の腱靭帯と強固に結び付き、運動時に大きなストレスを受けている組織といえます。

1_14 図1 馬の前肢骨格標本
種子骨は、四肢球節の後ろ側にそれぞれ内外1対存在する。

子馬の種子骨における骨折様所見
 生後1~2ヶ月齢の子馬の種子骨をX線検査で確認すると、しばしば骨折様の陰影が認められることが判ってきました(図2)。これまでに、4牧場で生後8週齢までの幼駒42頭の種子骨についてX線検査を実施した結果、前肢は45.2%(19頭)、後肢は9.5%(4頭)の子馬に種子骨の骨折様所見が認められました。これらの骨折様所見は、種子骨の先端部に見られる小さなものから、中位の大きな離解を伴うものまで様々でしたが、有所見馬には、跛行や腫脹などの臨床症状は見られず、発見から1ヶ月以内に消失する所見が殆どでした。

2_12 図2 子馬における種子骨の骨折様X線検査所見
臨床症状は見られず、X線検査で初めて所見に気づくことが多い。

レポジトリーで認められる種子骨の異常所見の原因!?
 1歳サラブレッド市場で公開される四肢X線医療情報(レポジトリー)で認められる異常所見の中に、種子骨の陳旧性骨片や伸張などがあります(図3)。種子骨に骨片が認められた馬は、認められなかった馬に比較して初出走時期が遅れるとの報告もあり、調教開始後に何らかの影響を及ぼす可能性がある所見として知られています。このような種子骨の異常所見の原因の1つが、子馬の時期に発生する種子骨の骨折様所見であると考えられます。子馬の骨折様所見の中には、陳旧性の骨片として遺残する例や、所見の消失後に内外種子骨の大きさが異なってしまう例もあるからです。

3_11 図3 市場レポジトリー資料における球節部X線画像
左:正常な種子骨の例 
中:種子骨先端部に陳旧性の骨折片が認められる症例
右:内外の種子骨の大きさが異なる症例

予防法はあるか?
 子馬の種子骨に見られる骨折様所見の発生原因は、広い放牧地で母馬に付いて激走することにあると考えられています。生後間もない子馬の種子骨は、まだ激しい運動に耐えられません。馬の種子骨は、妊娠最後の1ヶ月頃に形成され始め、誕生後も大きく成長していきます。そのため、子馬の種子骨は、上下方向の大きなストレスに弱く、骨折様所見が発生したり、時には完全に破綻してしまうことがあります(図4)。この時期の子馬にとって襲歩のような激しい運動は必要ではありません。予防には、放牧地を段階的に大きな場所に変更するなど、母馬の息抜きをしながら放牧管理を行う工夫が必要であると思われます。

4_8 最後に
 子馬に認められた種子骨の骨折様所見の多くは、無症状でX線検査をしない限り判りませんでした。所見が確認された子馬のほとんどは、無処置で放牧を継続しながらでも最終的に所見が消失することから、気にする必要のない成長過程の現象の1つと言われることもあります。しかし、重篤化してしまう例が稀にもあること、レポジトリーにおける種子骨の異常所見の原因となることが調査を進める中で分かってきています。大事な生産馬を無事に競走馬にする過程のリスクの1つとして、生後間もない子馬の放牧管理について、もう一度考えてみる必要があります。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年11月29日 (金)

虚弱新生子馬NMSについて

No.118(2015年2月15日号)

 今年もいよいよ出産シーズンが到来しました。皆さんシーズン突入に向けて意識は切り替わっているでしょうか。分娩には不慮の事故も多いため牧場では神経を尖らせてしまいますが、後悔しないようしっかり準備をして備えたいものです。今号では前号の分娩予知に続き、生後間もない虚弱子馬について紹介いたします。

NMS?HIE?
 産まれた子馬が乳房に近づかず馬房内をグルグルと徘徊したり、壁を舐めまわしたりすることがあります。また、虚弱でなかなか立てず手厚い看護が必要な子馬もいます(図1)。この2つの症状は全く違ってみえますが、実は病態としては共通するものがあるのです。

1_12 図1 壁に頭をぶつける子馬(左)と手厚い看護を受ける子馬(右) COLOR ATLAS of Diseases and Disorders of the Foal (Siobhan Bら,2008)より

 これは獣医学的には新生子不適応症候群Neonatal Maladjustment Syndrome(以下NMS)、低酸素虚血性脳症Hypoxic Ischemic Encephalopathy(以下HIE)、周産期仮死症候群Perinatal Asphyxia Syndromeなどと呼ばれ、一般にはダミーフォール(Dummy Foals)、ライオン病(Barkers)などと呼ばれたりもします。子馬は娩出に伴って母馬の体内環境から外部環境へ体の仕組みを切り替えなければいけません。具体的には肺が空気を吸って機能し始めること、臍帯が閉じて腎臓の機能が高まること、消化管が機能すること、筋肉で体重を支えるようになることなどです。これらのスイッチの切り替えがうまくできず、外部環境に適応できない病態であるということからNMSと呼ばれます。一方、大きな問題として脳組織が低酸素により障害されることからHIEとも呼ばれます。詳細な病態が十分解明されていないこともあり、さまざまな呼び方が混在しているのですが臨床的には同じものを指します。本稿では国内でも昔から呼称されていたNMSと呼ぶことにします。

臨床上2つに分類される
 NMSは臨床上2つに分けることができます。1つは出生直後から異常を示す場合であり、もう1つは時間が経ってから異常を示す場合です。前者の場合は胎盤炎や未熟子、敗血症などのトラブル出産に併発するケースが多いと言われています。後者は出生時には問題なく起立、吸乳していたにもかかわらず、その後2日以内に発症します。時間をおいて発症する原因としては未熟子、横臥位、敗血症、貧血、肺の疾患、気道閉塞などが考えられていますが、残念ながらはっきりした原因が思い当たらないケースも多くあります。

症状
 NMSは脳組織が障害されることによって無目的歩行、吸乳反射の消失、異常発声、嗜眠、といった異常行動を示します。実際には、酸素欠乏だけではなくエネルギーの欠乏や血液の酸性化なども生じるため、脳だけではなく消化管や腎臓、肺といったあらゆる臓器が障害され、重症例では手厚い看病が必要となります。

治療
 軽症の場合の多くは特に何もしなくても良化しますが、重症例では早期の治療が重要となります。しかし、初期には軽症と重症の区別が困難であるため、軽症だからと決め付けずに疑わしい子馬には早期に対処することが重要です。牧場でまずできることは酸素を吸わせることです。体温を維持する機能が低いため保温も重要です。また肺や腎臓、消化器、筋肉などが障害された場合には呼吸や血圧の管理、栄養補給さらには脳浮腫や腎臓に対する治療のため獣医師による処置が必要となります。
 牧場では「乳を飲めば元気になるかもしれない」と母乳を搾乳して飲ませることがあります。母乳によるエネルギー給与が賦活剤として効果がある場合もありますが、重症例では消化管が十分に機能していないので、乳を飲ませることに固執せず、柔軟に他の対策に切り替えるべきです。早期に獣医師を呼ぶ決断をすることが救命率の向上と治療費用の抑制には重要と言われています。小規模の牧場では発生率の低い重症例を経験する機会は少なく、そのため「たぶん大丈夫だろう」と様子見してしまい初期治療が遅れてしまいがちです。では具体的にどういう状態で獣医師を呼べばいいのでしょうか?

APGERスコア
 4年前にAPGERスコアと呼ばれる子馬の評価方法が発表されました。これはAppearance(粘膜色)、Pulse(心拍数)、Grimace(反射)、Activity(筋緊張)、Respiration(呼吸数)をそれぞれ点数化し、その総計から重症、軽症、正常を判定するものです(表1)。特筆すべきは獣医師に頼らず誰でも、同じ目線で、数値化できることです。これを用いることで、重症例を経験したことがない人であっても「これはおかしい」と客観的に評価できますし、牧場でできる対処でスコアが改善しない場合には即座に獣医師を呼ぶ一助となります。
 実際スコアをつけてみると、大半が「正常」であるため、興味が薄れて投げ出してしまう方が多いようですが、万が一のために、スコア表を分娩室に常備しておくことをお奨めします。

2_10 表1 APGERスコア表。異常であれば低いスコアを示す。

 なぜNMSの多くは神経症状が一時的なのか?なぜ多くは特別な治療なしで回復するのか?なぜ多くの子馬は明らかな低酸素症状を示さずに悪化するのか?などNMSは未だに分からないことが多い疾病です。今日の獣医療をもってしても全ての子馬を救うことができるわけではありませんが、救える命を確実に救うためには、牧場現場における理解と判断が重要となります。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査  村瀬晴崇)