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2021年1月25日 (月)

ファームコンサルタント養成研修

「コンサルタント」と聞いて皆さんが最初に思い浮かべるのは、いわゆる「企業コンサルタント」ではないでしょうか。その業務内容は多岐に亘るようですが、一般的にはクライアント企業の経営的な課題を抽出し、それを改善するための助言を与えて業績を向上させる職業というイメージをお持ちかと思います。

本稿で紹介する「ファームコンサルタント」は、「クライアント企業=軽種馬の生産もしくは育成牧場」であり、主に馬の栄養管理に関する課題の抽出およびそれらを改善するためにアドバイスをする「馬の栄養管理技術者」を指しています。

 

ファームコンサルタントの役割

馬の栄養管理技術者であるファームコンサルタントは、その名から想像できるように、個々の馬に対する給餌を中心とした飼養管理に関するアドバイスの提供が主な役割になります。そのためには、馬の栄養学や草地学はもちろんのこと、外科学や繁殖学など馬の栄養状態と関連する幅広い分野に造詣が深いことが求められます。

具体的には、与えている飼料の種類や量、放牧時間、繁殖成績や疾病発症などの課題をクライアントから直接聞き取ったうえで、BCS(ボディコンディションスコア)や馬体重の測定、栄養が関連する子馬のDOD(成長期外科的疾患)の有無などを確認することで個々の馬の栄養状態を把握するとともに、放牧地の状態なども観察します。これらによって牧場全体を俯瞰的かつ客観的に評価したうえで、クライアントと相談しながら課題の解決に導いていきます。

 

ファームコンサルタント養成研修(栄養管理技術指導者養成研修)

JBBA日本軽種馬協会はファームコンサルタントの更なる普及を目的として、平成27年から「ファームコンサルタント養成研修(栄養管理技術指導者養成研修)」を立ち上げました。2年間に亘ってJRA日高育成牧場で行われた「第1期ファームコンサルタント養成研修」では、総合農協、軽種馬農協、飼料会社等の職員が参加しました。

毎月1回、計24回行われた本研修は「実技・講義・ディスカッション」の3本柱で構成されており、実技では「BCSの測定や疾病の有無の確認を目的とした子馬や繁殖牝馬の馬体検査」、講義では「栄養学、各ステージの馬の飼養管理、草地学など幅広い知識の付与」、ディスカッションでは「毎回参加者に与えられた英語の論文要約や馬体検査レポート作成などの提出課題について参加者全員での意見交換」が行われました。第1期ファームコンサルタント研修では9名が修了し、修了者はそれぞれの立場から研修での「学び」を活かして個々の業務に役立てているようです。

本年9月からは、新たなメンバーによる第2期ファームコンサルタント養成研修が開始されており、前回の参加団体・企業に加えて、牧場関係者も参加者に名を連ねています。このように様々な立場から軽種馬生産育成に携わるホースマンが、2年間の長期間に及ぶ研修を通して栄養管理技術者としての能力を身に着けることで、馬産地全体における飼養管理技術の底上げに繋がるのではないかと感じています。

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日高育成牧場業務課長 冨成雅尚

サラブレッドの発汗について

はじめに 

今年の夏も猛暑といわれ、2年後の東京オリンピック開催に向けて、競技に参加するアスリートや観客に対する熱中症対策が話題になっています。真夏の中央競馬は、基本的に涼しい過ごしやすい地域で開催されていますが、真夏の猛暑から逃れられる競馬場はほとんどありません。当然のことながら、レースの後に熱中症を発症する競走馬は少なくありません。熱中症の大きな要因は脱水による体温上昇であり、脱水は発汗によって引き起こされます。

 

なぜ発汗するのか?

 気温が高いときや運動した時に、体温の上昇を避けるために発汗します。運動中、筋肉を動かすためのエネルギーを生成するのと同時に、熱エネルギーが生成されます。この熱エネルギーが体内に貯まり続けると、体温は上昇していき、生理的な機能が正常に作動しなくなってしまいます。当然、体内への熱の蓄積が過度になると、生理機能が損なわれる以前に、運動の持続が不可能となってしまいます。そうならないために、運動に伴い発汗し、体内の熱を放散します。汗中の水分が熱を吸収するのと同時に、体表面の汗が蒸発する際に発生する気化熱により体表面の熱を奪います。

したがって、発汗によって効率よく熱を放散させるには、流れ出た汗がすみやかに蒸発することが好ましいといえます。発汗による放熱は、よく車のラジエターに例えられます。ライジエターは幾重にも層になった羽根から構成されていますが、これは空気に触れる表面積を大きくし、熱を放散がしやすくするためです(図1)。動物の放熱も体表面積が大きく、大気に接する面が大きい程、効果的に熱放散ができます。ヒトは体重60kgでその体表面積が約1.7m2であるのに対して、馬は体重500kgで約5 m2であり、体重当たりで比べるとヒトが体重1kg当たり約0.03 m2であるのに比べ、馬は約0.01 m2と3分の1程度しかありません(図2)。このことから、馬はヒトに比べて、効率的に熱を放散できない動物であることが分かります。

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白い汗  ラセリン

馬が多量に発汗しているとき、汗が白くなっている様子がみられます。たまに、塩が多く含まれるため、汗が白くみえるという誤解がありますが、実際は塩のために白くなっているわけではありません。白く見えるのは、汗が細かい気泡によって泡だっているためです。汗が泡立つのは、汗中にラセリンと呼ばれる糖タンパク質が含まるためであり、このラセリンは洗剤などの界面活性剤と同様の性質があります。体表面の汗が蒸発することで、体表面の熱を放散できますが、効率的に汗が蒸発するためには、体表面で汗が広がる必要があります。ヒトの体表面には被毛がないため、汗は容易に体表面上で広がりますが、被毛のある馬の場合、通常であれば表面張力によって汗が広がりにくくなります。界面活性剤には表面張力を弱める作用があり、汗にラセリンが含まれることにより、被毛のある体表面上においても、汗が広がりやすくなります(図3)。洗髪の時、シャンプーが毛髪のうえで広がることを思いだしていただけば、このことがイメージしやすいのではないでしょうか。なにげなく見ている白い汗は、馬を暑熱から守る重要な役割をしているわけです。

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馬の発汗量

 いったい競走馬は、どれぐらい発汗しているのか?というのは興味のある話題です。一方で、馬の発汗量を調べるのは意外と難しく、その情報量は多くありません。馬が速歩(3.5m/s)で6時間走ったときの発汗量は約27kgであったことなどが報告されていますが、ほとんどが遅めの速度で長時間走ったときの発汗量について調べたものです。

 私たちは、トレッドミル上で高強度の運動を負荷した時の発汗量は調べました。運動の内容は高強度の調教をイメージし、主運動としてハロン15~16秒のギャロップを2分行いました。その前後のウォーミングアップならびにクーリングダウンを加えた20分間の運動中の発汗量を調べました。発汗量は気候環境の影響を大きく受けるため、試験は夏期(気温30℃:湿度55%)、秋期(24℃:59%)、冬期(10℃:30%)のそれぞれ異なる時期に行いました。夏期、秋期、冬期の発汗量はそれぞれ、2.90、2.21、0.44kgでした(図4)。やはり、高温・多湿の夏期の発汗量が一番多くなりましたが、予想されていたよりも少ない結果でした。運動時の水分損失には、発汗のみでなく、呼気による肺からの水分蒸発も含まれます。このときの発汗量はトレッドミルで運動した20分間のみ測定でしたが、その後も発汗は続いており、酷暑時のレースにおける水分の損失量は約10kgに達するのではないかとされています。

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おわりに

 馬にとって運動時に生成される熱を放散するためには、発汗が重要な役割をします。馬の体表面積はヒトに比べると体の割に大きくないため、熱放散には多くの発汗が必要になります。汗中には水分同様に、ナトリウム・塩素・カリウムなどの電解質が多く含まれており、発汗に伴うこれらのミネラルの損失も非常に大きくなります。競走馬への暑熱対策には、水分ならびに電解質の補給が重要となってきます。  

日高育成牧場生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

       

モンゴル在来馬の調教中心拍数について ②

 前回に引き続き、モンゴル在来馬についてご紹介いたします。今回は、その調教内容と測定した心拍数データについてです。

 

モンゴル競走馬の調教中心拍数

 前回紹介したように、モンゴル競馬はトラックではなく草原の中で行われるレースなので、調教も草原で行います。今回初めてモンゴル競走馬の調教を見学させていただきましたが、私からすれば何もない場所を闇雲に走っているように見えましたが、Davaakhoo調教師いわく草原内にいくつかの調教コースが存在し、レース日程に合わせて調教メニューを決めているそうです。図1はその調教データの1例で、この馬の場合、片道5kmのコースを往復して調教を実施し、前半の下り区間は遅めのキャンター、後半上り区間で速度を上げ最後の700mでスピード調教を実施していました。スピード区間の傾斜は約2%、最高時速は約50km/hでした。

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図1 モンゴル競走馬における調教中心拍数および走行速度変化の一例 

同じパターンで調教を行った4頭について、測定データを表2にまとめました。どの馬も約11km調教を行ったにもかかわらず、最後のスピード区間は50km/h前後で走っており、モンゴル在来馬は小さな体でもスピードとスタミナを両方持ち合わせていることがわかりました。また、最高心拍数は平均225bpm、走行中の心拍数と速度との関係から算出した指標V200とVHRmaxは10.1m/sおよび11.4m/sでした。

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表1 今回測定したモンゴル競走馬の調教データ一覧 

 

モンゴル競走馬とサラブレッド競走馬との比較

 モンゴル競走馬の心拍データについて、日本で測定したサラブレッド競走馬のデータと比較してみましょう。モンゴル競走馬の最高心拍数は、同世代のサラブレッドよりもやや高い値を示しました。一般的に小型の動物の方が心拍数が高いので、この差は体のサイズの違いが影響しているのかもしれません。次に、心肺機能の指標であるV200とVHRmaxですが、モンゴル馬では現役のサラブレッド競走馬よりも低値を示しました。5歳以上のサラブレッド競走馬は競馬という生存競争を勝ち残ってきた比較的優秀な馬たちなので当然の結果だとは思います。一方、日高・宮崎育成牧場で測定したデビュー前のサラブレッド育成馬と比較すると、モンゴル競走馬の方がやや低いものの大きな差は見られませんでした。これは、モンゴル競走馬はポニーのような小さい体であるにもかかわらず高い運動能力を有していることを示唆しています。また今回は示していませんが、運動後の回復期の心拍数を解析した結果、今回調査した全てのモンゴル馬において調教後2分から5分で心拍数が100bpmを切り、強調教を実施したにもかかわらず心拍数の回復が早いことがわかりました。これらのデータも、モンゴル競走馬が高い心肺能力を有していることを示しています。

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表2 モンゴル競走馬とサラブレッド競走馬との運動生理学的指標の比較 

 

再びモンゴルへ

 昨年に引き続き、本年度も国際協力機構(JICA)からの依頼でモンゴル競走馬の心拍数測定のためモンゴルへ行ってきました。今回は、ナーダムレースに向けて実施された約15kmの模擬レースで心拍数を測定することができました。まだデータを公表することはできないのですが、スタート直後からほぼ最高速度(約50km/h)で走行し、徐々に速度が落ちてゴール地点では30-35km/hまで低下していました。一方、心拍数はスタート直後から200bpmを超え、模擬レース中は常に高値で維持されていました。本番のナーダムでは毎年レース中に数頭突然死する馬がいるそうなので、モンゴル競馬は馬の心肺機能に大きな負荷をかける過酷なレースだと感じました。

 

最後に

 ナーダムに代表されるモンゴル競馬は世界的にも有名ですが、これまで運動生理学的報告はほとんどなく、心拍数を調査した研究はありませんでした。今回の調査で初めてモンゴル競走馬の調教中心拍数を調査することができ、非常に貴重な経験ができたと感じています。今後も調査を継続しモンゴル競走馬の運動能力の一端を明らかにすることで、モンゴル競馬の発展に寄与できれば幸いです。その際は、改めて本誌でご紹介させていただきますので、お楽しみに。

 

 

 

 

日高育成牧場生産育成研究室 室長 羽田哲朗(現・美浦トレーニングセンター 主任臨床獣医役)

モンゴル在来馬の調教中心拍数について ①

 日本でも海外馬券が買える時代になり外国の近代競馬が身近に感じられる時代になりましたが、他にも競馬が行われている国があります。その一つがモンゴルです。モンゴルは“チンギスハーン”に代表されるように歴史的な騎馬民族であり、在来馬を大自然の中で飼育しながら草競馬を実施しています。特に、毎年7月11日の独立記念日から3日間実施される“ナーダム”という国民的祭典では、モンゴル相撲・弓射競技とともに数百頭規模の草競馬が実施され、モンゴル3大スポーツの一つとして親しまれています。

 今回は、国際協力機構(JICA)のプロジェクトにおいてモンゴルを訪問し、競馬に出走するモンゴル在来馬の調教中心拍数を測定する機会を得たので紹介します。

 

モンゴル競馬について

 モンゴル競馬はトラックではなく草原の中を走る競馬で、レース距離は10kmから25km、7歳から12歳の子供たちが騎乗して行われます(写真1)。賞金は出るのですが名誉を得ることの方が重要で、馬も子供たちも着飾ってレースに挑みます。競馬に出走するモンゴル在来馬は絶滅危惧種の“モウコノウマ”ではないのですが、昔からモンゴルで飼育されている在来種で、体高的にはポニーに属する小さな馬です(写真2)。以前はハイブリッド(雑種)も出走可能だったそうですが現在は在来種のみが出走でき、それらは体高などで区別するそうです。また、レース距離は馬の年齢で分けられており、年齢は歯で判断します。

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写真1 モンゴル競馬の様子

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写真2 モンゴル在来馬と騎乗者

 モンゴル在来馬の体高はおそらく130~140cm。

 

モンゴル在来馬の調教中心拍数測定

 今回の訪問は、ナーダム直後の昨年7月後半。ちょうど夏休みの時期で、ウランバートル市街はお祭り気分覚めやらぬ感じでした。JICAはモンゴル生命科学大学と共同で獣医・畜産分野の能力強化プロジェクトを行っており、今回はその一環として獣医学部の教授・准教授とともにモンゴル在来馬の調査を行いました。伺ったのはウランバートル南約80kmの草原地帯で遊牧生活をしているDavaakhoo氏のところです(写真3)。Davaakhoo氏はモンゴルで一番有名な調教師で、牛・羊・山羊とともに約600頭の馬を所有しており、ゲルと呼ばれる大型テントで遊牧しながら所有馬の調教を行っています。今回は、草競馬出走予定の在来馬において調教中心拍数を測定しました。

 心拍数の測定は日本のサラブレッドでも使用しているPolar社製心拍計(M400)と馬用電極を用いて行いました。ポニーのような小さな馬で測定した経験がなかったのでうまくできるか分からなかったのですが、実際にやってみるとサラブレッドと同じように電極を装着し心拍数を測定することができました(写真4)。調教は自然の地形を活かしたコースを往復する形式で実施され、車またはバイクでチェイスしながら監視していました(写真5)。興味深かったのは、子供たちの騎乗技術の高さです。調教は裸馬でも実施されたのですが、彼らは鞍の有無に関わらず見事な技術で調教を行っており、この子供たちが将来サラブレッド競馬の世界に入ったとしたらとんでもないジョッキーになるかもしれないと感じました。

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写真3 左からNyam-Osor教授、私、Davaakhoo調教師、Khorolmaa准教授

 

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写真4 モンゴル在来馬への心拍数測定用電極の装着

 装鞍する場合(左)は専用の鞍下ゼッケンとPolar Equine Electrodeを、裸馬(右)の場合はPolar Equine Beltを使用。

 

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写真5 調教は車またはバイクでチェイスしながら実施

今回は、モンゴル在来馬の調教と心拍数測定の様子を紹介しました。次回は、測定したデータを解説いたします。

日高育成牧場生産育成研究室 室長 羽田哲朗(現・美浦トレーニングセンター 主任臨床獣医役)

後期育成馬における深管骨瘤

【はじめに】

深管骨瘤は、様々な用途の馬で跛行を引き起こす原因として古くから知られており、競走前の後期育成馬においても発生の多い疾患の一つです。その病態は名前の通り、管近位後面の深部(図1)に骨瘤を形成する疾患とされています。この部位は周囲を副管骨、浅屈腱、深屈腱、深屈腱の支持靭帯および繋靭帯といった構造物に囲まれた深い場所に位置します。そのことから、患部の熱感、腫脹、触診痛といった症状が表在化しづらい傾向があります。それゆえ、最初に観察される症状が跛行であることがほとんどで、跛行以外の症状が認められないことも珍しくありません。跛行の程度は速歩でしか認められない軽度なものから、常歩ではっきりと観察されるような重度のものまで様々です。

1_9 図1.深管骨瘤が発生する管近位後面


 

【深管骨瘤の病態】

深管骨瘤は大きく二つの病態に分けられます。一つは繋靭帯と管骨の付着部で起こる靭帯付着部症で、もう一つは繋靭帯と関係なく骨単独で起こるストレス骨折です。

靭帯付着部症は、繰り返しの運動負荷により管骨が繋靭帯に引っ張られることで、その付着部である管骨近位後面で傷害が起こります。損傷の程度や発症年齢により骨膜炎、剥離骨折、繋靭帯炎などを発症します。後期育成馬のような若い馬では、骨膜炎や剥離骨折が多くみられます(図2)。その一方、競走馬や乗用馬などのより高齢の馬において発生が多いとされる付着部近くでの繋靭帯炎はあまりみられません。これには年齢の若い育成馬特有の理由があります。腱や靭帯といった組織は年齢とともに強度や弾力性が低下しますが、年齢の若い育成期では柔軟性に富み、高い強度を持っています。それに対して、成長期の骨は軟骨部分が多く未熟であり、腱や靭帯と比較して強度が低いことから、強い負荷がかかった際には物理的な強度の低い靭帯付着部の骨に傷害が起こりやすいのです。そのため、繋靭帯炎は少なく、骨膜炎や剥離骨折の発症が多いと考えられています。

2_8 図2.管骨近位後面のレントゲン画像(左:骨膜炎、右:剥離骨折)

ストレス骨折についても、繰り返しの運動負荷が原因で起こります。管骨の近位後面に圧縮力がかかることで発症するとされており、重度の症例では同部の皮質骨(骨の表面にある硬い部分)に骨折線が観察され、その周囲では骨硬化像(骨が硬くなりレントゲン検査でより白く映る)が認められます(図3)。

3_8 図3.ストレス骨折を発生した管骨近位後面のレントゲン画像
 

【難しい診断】

深管骨瘤は周囲を様々な構造物に囲まれていることから症状が表在化しづらく、診断することが難しい疾患です。触診では異常が確認されないケースでも、診断的麻酔法(患部に分布する神経やその患部へ直接局所麻酔薬を注入することで、跛行の原因箇所を特定する診断方法)を実施することで本疾患が判明することも珍しくありません。触診で問題がなかったとしても、跛行の原因の一つとして除外せずに考えておく必要があります。

 

【予後】

後期育成馬における深管骨瘤の予後は、その症状に応じてしっかりとした休養、リハビリ期間を設けられれば、運動を再開して競走馬デビューすることは難しくありません。しかし、休養やリハビリが適正でなかった場合、運動により再発を繰り返し難治化する恐れもあるため、発症後の管理には十分な注意が必要です。

軽種馬育成調教センター軽種馬診療所 安藤邦英

乳酸を利用した育成トレーニングの評価 ①

 馬関係者であれば一度は“乳酸”という言葉を耳にしたことがあると思います。『運動すると体の中で溜まるもの』とか『疲労物質?』などとお考えの方が多いのではないでしょうか。今回は、乳酸とは何か?どのように作られるのか?を解説し、日高育成牧場で測定したデータを見ながら育成調教への応用方法を紹介します。

 

筋肉のエネルギー源

 筋肉のエネルギー源は?と考えると“炭水化物”や“脂肪”をイメージするかと思いますが、実際には“アデノシン3リン酸(ATP)”という分子です。ATPは、遺伝子の元となるアデノシンにリン酸基が3つ繋がった構造をしています(図1)。筋肉収縮のメカニズムは、3つのリン酸基のうち一番外側にある1つが外れたときに大きなエネルギーが発生し、それを利用して筋肉が収縮します。このATPのエネルギーは全ての真核生物で利用されており、“筋肉を動かすこと”は“ATPを作り出すこと”と言い換えることができます。

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図1 アデノシン三リン酸(ATP)のエネルギー利用

 ATPがADP(アデノシン二リン酸)とリン酸基に分解されると、7.3kcal/molのエネルギーが発生する。動物はこのエネルギーを利用して筋肉を収縮し、心臓を動かし、脳を活動させている。

 

解糖系と酸化系

 エネルギー分子である“ATP”を作り出す過程のことを“エネルギー代謝”と言います。その経路はいくつかありますが、運動時に最も重要なのが“解糖系”と“酸化系”です(図2)。解糖系とはその名の通り糖質(炭水化物)を分解する経路で、酸化系は分解した糖質を酸化(酸素をつけること)して二酸化炭素と水に分解する経路です。糖質の代表格であるブドウ糖を例に説明すると、ブドウ糖は筋細胞内でいくつかの酵素の力で2つの“ピルビン酸”に分解されATPが2分子産生されます。この過程が解糖系で、酸素を使わないでATPを産生するので別名“無酸素性エネルギー代謝”と呼ばれます。次に、解糖系で産生されたピルビン酸は筋細胞内のミトコンドリアという器官に入り、酸素を使いながら“TCA回路”と“電子伝達系”で分解され36分子のATPが産生されます。この過程が酸化系で、必ず酸素が利用されるので別名“有酸素性エネルギー代謝”と呼ばれます。解糖系と酸化系がバランスよく機能すれば1つのブドウ糖から多くのATPが産生されるので、効率的に筋肉を動かすことができます。

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図2 解糖系と酸化系

 解糖系は糖質を2分子のピルビン酸に分解する過程を、酸化系はミトコンドリア内で酸素を利用しながらピルビン酸を二酸化炭素と水に分解する過程を表している。

 

乳酸って何?

 軽運動時には、ブドウ糖が完全に分解されるので筋細胞内にピルビン酸が溜まることはありません(図3-A)。しかし、常に解糖系と酸化系のバランスよく働くとは限らず、強運動時には解糖系の方が多く働き産生されたピルビン酸を酸化系で分解しきれないことがあります。この時、余ったピルビン酸をLDHという酵素の力で変換し産生されるものが“乳酸”です(図3-B)。

 ここまでの説明からすると乳酸はブドウ糖の燃えカスのように思えますが、実際には糖質の一種です。分子式を見ると乳酸(C3H6O3)はブドウ糖(C6H12O6)が半分になったような構造をしており、運動が終了すればピルビン酸に戻り酸化系でATP産生に利用されます。(図3-C)。したがって、乳酸はブドウ糖の燃えカスや疲労物質ではなく、エネルギー源の一つであると言えます。

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図3 筋細胞における乳酸の産生と利用

 軽い運動では解糖系と酸化系のバランスが取れているので乳酸はほとんど産生されない(A)。しかし、激しい運動を行うと解糖系で多くのピルビン酸が産生され、酸化系で処理できなくなるため乳酸に変換され筋肉内に蓄積する(B)。運動が終了すると乳酸は再びピルビン酸に戻り、解糖系でATP産生に利用される(C)。

 

なぜ乳酸が溜まると疲労するの?

 乳酸がエネルギー源だとすれば、なぜ乳酸が蓄積したときに筋肉は疲労するのでしょうか?以前は乳酸産生時に筋肉内が酸性になること(乳酸性アシドーシス)が筋疲労の原因だと考えられていましたが、近年は別の要因が報告されています。その一つが無機リン酸の影響で、強運動時に筋肉内に蓄積する無機リン酸が筋収縮に必要なカルシウムと結合して沈殿するため、収縮できなくなることが明らかにされています。現在、競馬のような数分間の運動では無機リン酸の影響が筋疲労の主要因だと考えられていますが、このような現象は乳酸が溜まる強運動時にしか起こらないので、乳酸を筋疲労の指標として考えることは問題ありません。

 今回は内容が少々難しかったかもしれませんが、乳酸に関して知っていただきたい基礎知識を紹介しました。次回はその応用方法を紹介します。

 

日高育成牧場・生産育成研究室 室長 羽田哲朗(現・美浦トレーニングセンター 主任臨床獣医役)

2021年1月22日 (金)

上気道疾患その2:検査法について

 前回は、競走馬のパフォーマンスに大きな影響をおよぼす上気道疾患である喉頭片麻痺やDDSPなどを紹介しました。今回は、安静時に行われる通常の内視鏡検査以外の上気道疾患検査法について簡単に紹介します。

トレッドミル内視鏡検査
 安静時内視鏡検査では、運動時におこる障害の全てを正確に診断することは出来ません。そこで、運動時の上気道の状態を調べるためにトレッドミルを用いた運動時の内視鏡検査が行われるようになりました。このトレッドミル内視鏡検査は、走行速度や距離などの検査条件を統一して行うことができるのが利点ですが、騎乗者の負担や手綱による操作などがないため、野外における全力疾走中におこる障害が反映されていないことがあります。また、トレッドミルに対する馴致が必要でもあり、トレッドミル内視鏡検査の実施にあたっては細心の注意を払う必要があります。

野外運動時内視鏡検査(オーバーグラウンド内視鏡検査)
 オーバーグラウンド内視鏡検査は、近年用いられるようになってきた検査方法です。内視鏡のバッテリーやポンプ部分などを専用の鞍下ゼッケンに収納し、スコープ部分を頭絡に固定するポータブルタイプの内視鏡を使用します(写真1)。内視鏡の映像だけではなく、マイクを頭絡に装着することで呼吸音も同時に録音できることが特徴です。異常が発生する時の状況を再現して検査を行うことが出来るため(写真2)、安静時では喉頭片麻痺の異常所見が認められなかった競走馬も、オーバーグラウンド内視鏡検査を実施することで、披裂軟骨の内転や不完全外転などの所見を認めることがあります。さらにDDSPや声帯虚脱、咽頭虚脱などの所見が複合的に起こってくることも分かってきました。
 このように、オーバーグラウンド内視鏡検査は野外運動時の上気道の病態把握に非常に有用であり、検査は思ったよりも簡単に行うことができますが、検査実施にあたっては、人馬の安全のために細心の注意が必要なことは言うまでもありません。

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写真1 オーバーグラウンド内視鏡(DRS:Optomed社製運動時内視鏡)

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写真2 オーバーグラウンド内視鏡を装着して運動する馬

咽喉頭部超音波検査
 近年、喉頭片麻痺には喉頭筋の外側輪状披裂筋(CAL)と背側輪状披裂筋(CAD)の変性が起こることが明らかとなり、超音波検査を用いた喉頭筋の評価が喉頭片麻痺の診断指標となることが報告されました。特に安静時で喉頭片麻痺グレードⅢ以上の競走馬の90%では外側輪状披裂筋(CAL)に筋肉の変性・萎縮などの異常が認められたとのデータもあります。筋肉の変性や萎縮が起こっている場合、写真3で示す上記2つの筋肉の厚さや輝度が変化してきます。

おわりに
 オーバーグラウンド内視鏡検査の普及で、競走馬の上気道疾患について様々な所見が分かってきました。運動時内視鏡検査を行わなければ診断できない上気道異常は前回ご紹介した疾患以外にも多く存在しています。咽喉頭部の超音波検査よって診断された外側輪状披裂筋(CAL)の異常所見と運動時の喉頭片麻痺の程度には関連性があることがわかってきましたが、このことは超音波検査によって運動時の披裂軟骨の動きがある程度推測できることを示唆しています。現在、JRAでも競走馬や育成馬における運動時の喉頭機能と喉頭筋の超音波検査所見の関連性についての研究を行っているところです。

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写真3 咽喉頭部のエコー画像
(背側輪状披裂筋:CAL)
(外側輪状披裂筋:CAD)

日高育成牧場業務課 水上寛健

上気道疾患その1

はじめに
 ご存知の方も多いと思いますが、ウマは口で呼吸することが出来ません。それはヒトと咽喉頭部の構造が異なっているからです。ヒトでは軟口蓋が短く喉頭蓋と接していないため、口腔と鼻腔のどちらからでも空気を取り込める形になっています。一方、ウマは軟口蓋の後縁が喉頭蓋に接しているため、物を飲み込むとき以外は常に鼻腔と口腔が隔てられています(図1)。そのため、通常は鼻からしか呼吸が出来ないことになります。

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図1 咽喉頭部の解剖図


ヒトでは、安静時の1分間の呼吸数は12~18回、1回あたりの換気量(1回換気量)は0.45~0.5リットルです。ウマでは安静時の呼吸数はヒトとほぼ同じかやや少ない10~12回程度で、1回換気量は5~6リットルです。そのため、安静時でも1分間に50~60リットルの空気が肺に出入りしています。さらに全力疾走時には呼吸数はストライドと同じ1分間に120~150回になり、1回換気量も12~15リットルとなるため、1分間あたりでは、1,500~2,000リットルもの空気が肺に出入りしていることになります。
 ヒトでもウマでも筋肉を動かすときには、エネルギーを必要とします。そのエネルギーを作り出すときには呼吸によって取り込まれた酸素を使うため、競走馬が全力疾走するときには非常に多くの酸素を取り込む必要があります。上気道に様々な疾患があった場合、十分な換気が行えず競走のパフォーマンスに悪影響を与えます。今回はその上気道の疾患についてご紹介します。

喉頭片麻痺(喘鳴症、のど鳴り)
反回神経の異常が原因で、披裂軟骨の外転に必要な背側輪状披裂筋(CAD)と内転に必要な外側輪状披裂筋(CAL)に萎縮・変性が起こることで発症します(図2)。運動時に喘鳴音(ヒューヒューという高い音)が聞こえ、パフォーマンスが非常に低下するのが特徴です。さらに病状は進行性で、披裂軟骨の外転不全による部分的な上気道の閉塞が起こり、吸気性の呼吸困難に陥ることがあります。確定診断は安静時での内視鏡検査で行います。さらに最近では運動時内視鏡検査を実施し、より詳細な検査が行われています。治療として、喉頭形成術(Tie-back)と呼ばれる披裂軟骨を外転させ固定する外科手術を行います。さらに声帯切除術も合わせて実施することもあります。

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図2 喉頭片麻痺

DDSP(軟口蓋背方変位)
軟口蓋が喉頭蓋の背方(上方)へ変位する疾病です(図3)。変位によって、一時的な閉塞が起こったり咽喉頭部での乱気流が作り出されたりするため、パフォーマンスが大きく低下します。調教時に「ゴロゴロ」という呼吸音が聞こえるのが特徴です。安静時の内視鏡検査では、喉頭蓋が薄い以外ではほとんど異常所見がみられないことが多いようです。多くは運動時に症状が出るため、運動時内視鏡検査によって診断を行います。また、舌縛りや8の字鼻革の使用により、症状が解消することがあります。さらに喉頭蓋が非常に薄い場合もDDSPを発症しやすくなりますが、年齢とともに喉頭蓋が成長して症状を見せなくなります。治療は軟口蓋をレーザーで焼絡する方法や、Tie-forwardと呼ばれる甲状軟骨を底舌骨へ縫合する方法があります。

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図3 DDSP(軟口蓋背方変位)

EE(喉頭蓋エントラップメント) 
 披裂喉頭蓋ヒダが喉頭蓋の背側(上方)を包み込む疾患です(図4)。この疾患は、軽症例ではほとんど問題を生じません。原因は先天的な喉頭蓋の形成不全と考えられています。治療は内視鏡下で先端の曲がったメスやレーザーを使用した切開術を実施します。

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図4 EE(喉頭蓋エントラップメント)

おわりに
 競走馬にとって喉頭片麻痺をはじめとした呼吸器の疾患は、最高のパフォーマンスを出すのに非常に密接に関わってきます。次回はこれら上部気道疾患に対する最近の検査方法についてご紹介します。

日高育成牧場業務課 水上寛健

陰睾について

陰睾とは
 睾丸(精巣)は胎子期にはおなかの中に位置し、生後数日のうちに陰嚢内に下降します(精巣下降)。この精巣下降がうまくいかず、精巣がおなかの中に留まったものを陰睾(正式には潜在精巣)と言います。おなかの中に留まった精巣(潜在精巣)は造精能がなく、また男性ホルモン(テストステロン)の分泌能も低くなります。

誤った去勢
 去勢とは、両方の睾丸を摘出することを指します。陰睾馬を去勢する際には潜在精巣も摘出しなければいけません。実際、片側の精巣のみが下降している片側性陰睾で、下降している精巣のみを摘出し、潜在精巣を残してしまうと、雄性行動が残ってしまうため去勢の意味がありません。ところが、しばしば片側性陰睾において潜在精巣を摘出せず、下降している一方のみを摘出して「セン馬」としてしまうことがあります(図1)。特に乗用馬では獣医師でない者が去勢することもあるようで、しばしば「セン馬のはずなのにメスに反応する」という相談を受けます。

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図1 片側性陰睾で片方のみ摘出した馬。同馬は潜在精巣があるためオスだが、外見上セン馬と区別がつかない。

セン馬?オス馬?
 セン馬は日本ダービーをはじめとする一部のレースに出走できませんし、性別は勝馬投票券の検討要因としてお客様に開示していますので、牡馬とセン馬とを明確に区別する必要があります。乗馬においては、競技上の大きな問題はないかもしれませんが、競馬よりも初級者が取り扱う場面が多く、牝馬と混合飼養している厩舎で事故を招くリスクにもなります。
陰睾のほとんどが片側性であり(いわゆる片金)、この場合にはもう一方の精巣が陰嚢内に存在しますので鑑別は容易です。しかし両側性の場合には外見上オスかセン馬か判断ができずに問題となります。日本では競走馬の去勢はそれほど多くありませんが、ウマにおける陰睾の発生率は5~8%と他の動物より高いこと、若馬は興奮時睾丸が挙上しやすいことなどから、陰睾馬とセン馬の鑑別に悩むシーンは決して珍しくありません。
 
従来の鑑別法
 では、外見上判断が難しい陰睾馬とセン馬はどのように鑑別するのでしょうか?従来の検査法を表1にまとめました。手術痕の確認、健康手帳の去勢手術証明は簡便ではありますが、手術痕は次第に小さくなりますし、獣医師でない方が手術する場合には証明を記載しないこともあるようで、確実とはいえません。
エコー検査で潜在精巣を確認することができますが、これも経験のある獣医師でなければ「ない」ことを証明するのは難しいものです。テストステロン検査においては、テストステロンが精巣以外の副腎からも分泌されていること、ウマは季節性があり冬季には牡馬であっても著しく低下することなどから確実ではありません。そこで、hCG負荷試験が推奨されています。hCGは牝馬に排卵を誘発する薬剤ですが、オスに投与すると男性ホルモン産生を促します。つまり、hCGを投与して男性ホルモンが上昇すれば精巣があるオス(陰睾)、上昇しなければセン馬ということです。ただし、これも性成熟していない1歳未満や冬季はオスであっても反応性が低く、判断できないこともあります。また、本検査法は二日にわたる複数回の採血が必要であること、競走馬において人為的にテストステロン産生を促すことはドーピング上好ましくなく、手軽に実施しづらいというデメリットがあります。

新たな診断方法
 上述のように、意外と厄介な鑑別検査ですが、当研究室で測定しているAMHというホルモンを測定することで簡単に鑑別できることが分かりました。AMHは精巣から分泌されるホルモンで、陰睾馬はオスと同程度の血中濃度を示す一方、セン馬はゼロとなります(図2)。AMHがテストステロンと違う点は、精巣のみから分泌されることに加えて季節性がなく、幼少期も十分に分泌されているという点です。AMHをこのような目的で利用することは人間界ではなく、ウマ特有の利用法と言えるでしょう。

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表1 オス馬・陰睾馬・セン馬の鑑別検査法

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図2 牡馬と陰睾馬でAMHが検出されるのに対し、セン馬では検出されない

日高育成牧場・生産育成研究室 村瀬晴崇

競走馬の初出走体重

中央競馬の北海道開催も始まり、2歳馬たちが競馬にデビューしています。国内で行われる競馬では、一般の競馬ファンの方々を対象として、出走時の体重が必ず公表されます。競走馬の体重の軽重そのものが、競走能力に優劣をつけるものではありませんが、ファンの方々は、以前の出走時体重との比較から、馬のコンディションを判定し、馬券推理の参考にされているのではないでしょうか。その意味において、比較する対象のない初出走時の体重には、その馬のコンディションを知るための情報は含まれていないといえます。
 サラブレッドの成長期間は、5歳秋頃までであるといわれています。したがって、競走馬がデビューする2歳もしくは3歳時は、まだ成長の途中にあります。つまり、初出走時の体重は成長途中の体重であるといえます。今回、この初出走時の体重を様々な角度から検証してみたいと思います。

初出走時の体重とそれ以降の出走時の体重
 1985年から2014年の間に生まれた中央競馬所属の競走馬126,183頭について調べると、初出走時の平均体重は、牡473kg・牝439kgでした。一方、年齢別に出走時体重の平均をみると、2歳から5歳時にかけては、年齢が増えるとともに出走時体重が増加していること、そして5歳以降はほぼ変化していないことがわかります(図1)。この2歳から5歳にかけての体重の増加は “成長分”といえるのではないでしょうか。

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図1:年齢ごとの平均出走時体重の変化
1985年から2014年に生まれた中央競馬所属の競走馬について、年齢ごとの出走時体重の平均値を性別に示した。5歳までは年齢が増えるごとに出走時体重の増加がみられたが、5歳以降は、牡・牝ともに変化はほとんどみられなかった

生年度別の初出走時体重の変化
 近年、“競走馬は大きくなっているだろうか?”という、話題をたまに聞きます。1985年から2014年生まれの初出走時体重の平均を、年度ごとにグラフで示しました(図2)。牡・牝ともに、1989年から2000年代前半にかけて、初出走時体重には増加の傾向がみられ、1989年頃に比較すると約10kgの増加が認められます。そして、その後はほぼ同じ程度の体重で推移しているのがわかります。一方、育成後期のトレーニング量増加や競馬番組の変化などもあり、初出走時の月齢は年々低下していることがわかります。(図3)。この傾向は特に2000年代になって顕著になっているようです。これらのことは、初出走時の年齢は若年齢化しているのにもかかわらず、初出走時体重は増加していることを示しており、競走馬は近年大型化しているのではないかといえそうです。

2_12図2 出生年度における初出走体重の変化
 牡(上図)と牝(下図)の両者において、1989年から2000年代前半にかけて、その年の産駒の初出走時体重は右肩上がりに上昇する傾向がみられた。1989年生まれと1999年生まれの初出走時体重の平均を比較すると、牡・牝ともに約10kgの増加がみられた。

3_9 図3 出生年度における初出走時の月齢の変化

出生時体重が初出走体重に与える影響
 “三つ子の魂百まで”とは、幼い頃の性質は、大人になっても変わらないことを意味する故事ですが、馬の体重についても同じことがいえるでしょうか。日高育成牧場で生産されたホームブレッドの出生時体重と初出走時の体重との関係を調べました(図4)。両者の関係は科学的には “相関関係がある”といえますが、出生時の体重が将来の競走馬時期の体重を決定してしまうといえるほど、その関連性が強いともいえません。出生時の体重には、両親からの遺伝だけでなく、母馬の産次や出産時期の気候などの環境要因、あるいは妊娠期間なども影響すると考えられます。さらに、出生してから競走馬になるまでの期間の飼養環境ならびに飼養管理も競走馬時期の体重にもたらす影響は少なくないともいえるでしょう。

4_6 図4 出生時体重と初出走体重の関係
 出生時体重と初出走体重の相関関係を調べたところ、両者には有意な相関がみられた(p < 0.01)。

最後に
まだまだ、今回の解析だけでは、初出走時の体重についていえることは多くありません。育成期の発育をグラフで描くことでイメージすると、到達点が初出走時といってもよいかもしれません。初出走体重というものを理解することは、育成期の若馬の理想的な発育を知る一助になるのではないかと考えています。

日高育成牧場生産育成研究室 主任研究役 松井 朗