競馬 Feed

2021年1月22日 (金)

競走馬の初出走体重

中央競馬の北海道開催も始まり、2歳馬たちが競馬にデビューしています。国内で行われる競馬では、一般の競馬ファンの方々を対象として、出走時の体重が必ず公表されます。競走馬の体重の軽重そのものが、競走能力に優劣をつけるものではありませんが、ファンの方々は、以前の出走時体重との比較から、馬のコンディションを判定し、馬券推理の参考にされているのではないでしょうか。その意味において、比較する対象のない初出走時の体重には、その馬のコンディションを知るための情報は含まれていないといえます。
 サラブレッドの成長期間は、5歳秋頃までであるといわれています。したがって、競走馬がデビューする2歳もしくは3歳時は、まだ成長の途中にあります。つまり、初出走時の体重は成長途中の体重であるといえます。今回、この初出走時の体重を様々な角度から検証してみたいと思います。

初出走時の体重とそれ以降の出走時の体重
 1985年から2014年の間に生まれた中央競馬所属の競走馬126,183頭について調べると、初出走時の平均体重は、牡473kg・牝439kgでした。一方、年齢別に出走時体重の平均をみると、2歳から5歳時にかけては、年齢が増えるとともに出走時体重が増加していること、そして5歳以降はほぼ変化していないことがわかります(図1)。この2歳から5歳にかけての体重の増加は “成長分”といえるのではないでしょうか。

1_14

図1:年齢ごとの平均出走時体重の変化
1985年から2014年に生まれた中央競馬所属の競走馬について、年齢ごとの出走時体重の平均値を性別に示した。5歳までは年齢が増えるごとに出走時体重の増加がみられたが、5歳以降は、牡・牝ともに変化はほとんどみられなかった

生年度別の初出走時体重の変化
 近年、“競走馬は大きくなっているだろうか?”という、話題をたまに聞きます。1985年から2014年生まれの初出走時体重の平均を、年度ごとにグラフで示しました(図2)。牡・牝ともに、1989年から2000年代前半にかけて、初出走時体重には増加の傾向がみられ、1989年頃に比較すると約10kgの増加が認められます。そして、その後はほぼ同じ程度の体重で推移しているのがわかります。一方、育成後期のトレーニング量増加や競馬番組の変化などもあり、初出走時の月齢は年々低下していることがわかります。(図3)。この傾向は特に2000年代になって顕著になっているようです。これらのことは、初出走時の年齢は若年齢化しているのにもかかわらず、初出走時体重は増加していることを示しており、競走馬は近年大型化しているのではないかといえそうです。

2_12図2 出生年度における初出走体重の変化
 牡(上図)と牝(下図)の両者において、1989年から2000年代前半にかけて、その年の産駒の初出走時体重は右肩上がりに上昇する傾向がみられた。1989年生まれと1999年生まれの初出走時体重の平均を比較すると、牡・牝ともに約10kgの増加がみられた。

3_9 図3 出生年度における初出走時の月齢の変化

出生時体重が初出走体重に与える影響
 “三つ子の魂百まで”とは、幼い頃の性質は、大人になっても変わらないことを意味する故事ですが、馬の体重についても同じことがいえるでしょうか。日高育成牧場で生産されたホームブレッドの出生時体重と初出走時の体重との関係を調べました(図4)。両者の関係は科学的には “相関関係がある”といえますが、出生時の体重が将来の競走馬時期の体重を決定してしまうといえるほど、その関連性が強いともいえません。出生時の体重には、両親からの遺伝だけでなく、母馬の産次や出産時期の気候などの環境要因、あるいは妊娠期間なども影響すると考えられます。さらに、出生してから競走馬になるまでの期間の飼養環境ならびに飼養管理も競走馬時期の体重にもたらす影響は少なくないともいえるでしょう。

4_6 図4 出生時体重と初出走体重の関係
 出生時体重と初出走体重の相関関係を調べたところ、両者には有意な相関がみられた(p < 0.01)。

最後に
まだまだ、今回の解析だけでは、初出走時の体重についていえることは多くありません。育成期の発育をグラフで描くことでイメージすると、到達点が初出走時といってもよいかもしれません。初出走体重というものを理解することは、育成期の若馬の理想的な発育を知る一助になるのではないかと考えています。

日高育成牧場生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

運動後の栄養摂取のタイミング

皆さんは、『アスリートの栄養』という言葉から何を連想されますか? 運動能力が高まるような特別な栄養を連想される方もいらっしゃるかもしれません。昔のアニメーションで、主人公であるポパイという名のひ弱な青年が、ほうれん草の缶詰を食べると、たちまち筋肉隆々になり、悪党をやっつけるという痛快活劇がありました。もし、そのような夢の食べ物があれば、一度は口にしてみたいものです。

ミサイル・ニュートリション(栄養)
もちろん、現実の世界に”ポパイのほうれん草”は存在しません。アスリートといえども、必要となる栄養の種類は、基本的に私たちと変わりありません。ただし、ある栄養の摂取方法がアスリートのパフォーマンス向上に有効であり、実際に取り入れられています。この栄養処方は、日本の著名な運動生理学者であるS先生により、『ミサイル・ニュートリション(栄養)』と名付けられています(図1)。運動後のあるタイミングで食事することで、運動によってもたらされる機能向上の効果を、栄養が相乗的にさらに高めてくれるというものです。理想のタイミングで、摂取した栄養をピンポイントで組織に送り届けるイメージから、”ミサイル”という言葉が選ばれたそうです。

1_8(図1)

筋肉の超回復
運動を負荷することによって、筋肉のタンパク質(筋タンパク質)は壊されます。壊れた筋タンパク質は、その後、時間をかけて修復(合成)されていきます。筋タンパク質が壊れた量より合成される量が多ければ、運動前に比べて筋肉が肥大することになります。このような一連の筋肥大の事を、『超回復』といいます(図2)。筋力の維持のためは、日々トレーニングを継続するべきですが、筋肉の修復が十分済んでいないうちに次の運動が負荷されると、筋肉量は減少していき、パフォーマンスにとってはマイナスになります。『超回復』を期待するうえでも、運動後の筋タンパク質の修復は速やかであることが望まれます。

2_7(図2)

筋タンパク質合成のゴールデンタイム
運動の直後は、運動の物理的刺激により、筋肉のホルモンに対する感受性が非常に高まります。成長ホルモンは、筋タンパク質の合成を高めてくれるホルモンです。運動中からその直後にかけて、成長ホルモンの分泌が活発になります。筋肉にとって、ホルモンに対する感受性が高まり、筋タンパク質の合成を亢進するホルモン分泌が高まる運動直後は、壊れた組織の修復に格好の時間帯となります。この時間帯は、筋タンパク質の修復にとって”ゴールデンタイム”であり、これは運動の直後から約2時間後まで続くとされています(図3)。

3_5(図3)

運動後の栄養摂取による筋タンパク質合成促進の効果
ゴールデンタイムに栄養を摂取することで、壊れた筋タンパク質の修復が促進されることが知られています。その栄養の一つは、筋タンパク質の材料となる分岐鎖アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)です。分岐鎖アミノ酸の略称はBCAAであり、こちらの名前の方が馴染みがあるかもしれません。もう一つの栄養は炭水化物です。私たちの食生活では、砂糖やご飯であり、馬の飼料では、燕麦などの穀類がこれにあたります。穀類に含まれる炭水化物は、主にデンプンと呼ばれるものです。馬の小腸内で、デンプンは糖に分解され吸収されるため、急速に血糖値が上昇します。血糖値が上がると、すい臓からインスリンと呼ばれるホルモンが分泌されます。このインスリンは、血液中の糖を組織に取り込ませ、血糖値を下げる役割をします。それ以外に、インスリンは成長ホルモンと同様に、筋タンパク質の合成を促進する働きがあります。このように、ゴールデンタイムに、筋タンパク質の材料であるBCAAと合成促進効果のあるインスリンの分泌量を高めることで、速やかな筋タンパク質の修復が期待できます。
 
競走馬へのミサイル・ニュートリションの効果
このような栄養処方は競走馬にも効果があるのでしょうか? サラブレッド成馬を馬用トレッドミル上で追切りに近い強度で運動させた後、4種類の栄養溶剤を投与し、大腿部の筋タンパク質の合成速度を調べました。用いた栄養溶剤は、①生理食塩水(対照)、②10%アミノ酸(BCAAを主体としたもの)、③10%グルコース、④10%のアミノ酸と10%グルコースの混合液の4種類いでり、それぞれ頸静脈から補液しました。その結果、10%のアミノ酸と10%グルコースの混合液を投与した時、最も筋タンパク質の合成速度が高くなりました(図4)。このことから、サラブレッドの場合も、運動後にアミノ酸(BCAA)とグルコース(血糖値が上昇する炭水化物)を摂取させることで、筋タンパク質の修復が早まることが期待できることが分かりました。

4_3

(図4)

試験では栄養溶剤を用いましたが、この実験で投与されたアミノ酸およびグルコースの量は、脱脂大豆0.5kgと燕麦0.5kgに含まれる量と同等となります。これらの飼料でなくても、市販のスィートフィードなどの配合飼料1kgで、この量のアミノ酸とグルコースの給与は可能でしょう。調教後、あわてて飼料を食べさせなくても、クーリングダウンを十分おこなって、厩舎に戻ってから与えてもゴールデンタイムには間に合うと思われます。

日高育成牧場 生産育成研究室
主任研究役 松井 朗

運動前の栄養給与のタイミング

“腹が減っては戦ができぬ”ということわざがあります。前回の連載では、運動後の栄養給与のタイミングについて解説しましたので、今回は運動前の給与タイミングについて考えてみたいと思います。

デンプンと植物繊維の消化吸収
本題に入る前に、飼料の消化について簡単に説明します。ウマの飼料は、乾草や放牧草などの粗飼料と燕麦やフスマなどの濃厚飼料の2種類に大きく分けることができます。どちらの飼料も、ウマにとってはエネルギーの供給源ですが、その基となる物質が違います。粗飼料のエネルギーの基となる主な物質は植物繊維であるのに対し、濃厚飼料の場合は主なエネルギー源となる物質はデンプンです。
食餌が通過する消化管の順序を大雑把に並べると、胃→小腸→大腸となります(図1)。胃は、胃酸によって食塊を物理的に細かく砕き、後に続く消化器官で消化しやすくするのが主な役割です。胃から小腸に入った植物繊維は、小腸では消化吸収されず、そのまま大腸に入っていきます。1_9(図1)



ウマの大腸(盲腸と結腸)には、植物繊維を分解するバクテリアが多数存在し、バクテリアによる分解後に生成された脂肪酸が、大腸において吸収されます。一方、デンプンの場合、小腸においてアミラーゼと呼ばれる酵素で分解され、糖(グルコース)として小腸で吸収されます。大腸で脂肪酸が吸収されても血中のグルコース濃度はあまり変化しませんが、小腸で糖が吸収されると血中のグルコース濃度が高くなります。血中のグルコース濃度は一般には血糖値と言われています。

運動前の血中インスリン濃度が上昇することの影響
飼料を摂取し、血中グルコース濃度が上昇すると、それを抑えるために、すい臓からインスリンと呼ばれるホルモンが分泌されます。インスリンは筋肉や肝臓などの組織に、“糖を取り込みなさい”と指示し、組織がそれに答えて糖を取り込むため、血中グルコース濃度は減少します。組織に取り込まれたグルコースはグリコーゲンとして貯蔵されます。すなわち、インスリンはグルコースを使うよりも蓄えようとする方向に作用します。本来、運動の最中は、グルコースはエネルギー源として積極的に使いたいのですが、分泌されたインスリンがそれと真逆の作用をするため、エネルギー源として効果的に利用できません。特に、脳の唯一のエネルギー源は血液中のグルコースなので、運動中に血中グルコース濃度が低下すると、中枢性の疲労(疲労感)になりやすくなります。このような理由により、かつて(・・・)は、私たちが運動する直前に血中グルコース濃度が上昇するような食事は避けるべきとされてきました。
ウマにおいても、運動直前に血中グルコース濃度が上昇する飼料を摂取すべきでないという意見もあります。海外の研究で、運動の3時間前に濃厚飼料を摂取したときに、運動中に血中グルコース濃度が著しく低下したことが報告されています(図2)。2_8(図2)



『闘争と逃走』を司るホルモンと血中グルコースの関係
私たちが、運動前に燕麦を給与し、追切りや競馬と同じくらいの強度の運動を負荷する実験を行った時、海外の報告(図2)にあるような血中グルコース濃度の極端な低下はみられませんでした(図3)。その理由は以下のように考えられます。高強度運動を負荷した時、カテコールアミンと呼ばれるホルモンが分泌されます。カテコールアミンとは総称であり、その中でもアドレナリンおよびノルアドレナリンが運動に関連して分泌量が増加します。アドレナリンおよびノルアドレナリンは、『闘争と逃走』を司る物質とも呼ばれています(図4)。アドレナリンおよびノルアドレナリンは、恐怖、緊張や怒りの状況で分泌され、神経に作用します。この作用により心臓の働きや呼吸が活性化され、運動(戦うか逃げるかどちらの行動をとるにしても)の継続が可能となります。これらのホルモンには、心肺機能の活性化以外に、グルコースの集合体であるグリコーゲンを元の形態(グルコース)に分解して、エネルギーとして使えるようにする働きもあります。インスリンはグリコーゲンを合成し、血中のグルコースを減少させますが、アドレナリンおよびノルアドレナリンは、これと相反する作用があるわけです。競馬程度の高強度運動において分泌されるアドレナリンおよびノルアドレナリンは、インスリンの作用をいくらか相殺すると考えられます。図3の試験結果程度の、運動中の血中グルコース濃度の低下は、パフォーマンスへの影響は無いであろうと考えています。
ヒトの運動生理学分野でも、”運動前にインスリンの分泌を促進するような食事を摂取すべきではない”という考えは、過去のものになりつつあります。むしろ、絶食して運動することのほうが、問題であるとされているようです。

3_6(図3)

4_4(図4)

おわりに
競馬の前に飼料を摂取するということは、消化管内容物を増やすことにもなり、競走馬にとって本当に利益があるかどうかはよくわかりません。しかし、普段の調教であれば、運動の3~4時間前に飼料を摂取することに大きな不利益はなく、筋肉や肝臓のグリコーゲンを温存しやすいことから、コンディション維持には良いかもしれません。

日高育成牧場 生産育成研究室
主任研究役 松井朗

JRA育成馬のゲート馴致について

JRA育成馬は、日高・宮崎の両育成牧場で競走馬を目指したトレーニングを受けた後、JRAブリーズアップセールで売却されます。これらの馬が日々のトレーニングと並行して必ず行うのがゲート練習で、育成馬は毎日ルーティンとしてゲート通過を実施します。競走馬として能力を発揮するために「ゲート」と上手につきあうことは必須です。高い走能力をもっていても、ゲート難があると十分なパフォーマンスを発揮できなくなってしまいます。今回は、JRA育成馬が育成牧場に在厩している間に行うゲート練習について紹介させていただきます。

 

練習用ゲート

日高・宮崎育成牧場にはそれぞれ練習用ゲートがあります。ご存知の方も多いと思いますが、練習用ゲートは枠幅が異なります。1枠と2枠は競走用ゲートと同じ幅ですが、3枠と4枠はこれより幅が広く、4枠の幅は1枠の約2倍あります(写真1)。通過する際に馬体が触れない枠幅がある4枠から慣らし、徐々に狭い枠に入れるように工夫・設計されています。

1_15 写真1

 

この練習用ゲートは毎日の運動で利用する身近な場所(日高:屋内角馬場、宮崎:500mトラック馬場内)に設置しています。普段使う場所に設置することで、若馬にゲートが「特別な場所」ではないことを刷り込む目的です。通過することを日課にしている育成馬にとって、ゲート通過は外を歩くのと同じくらい当たり前のことになっています。

 

ゲート馴致の開始時期

JRA育成馬は騎乗馴致より早くゲート馴致を開始します。最初は引き馬でゲートを見せ、慣れたら大人しい馬の後について通過します。騎乗馴致の過程では、ドライビングでのゲート通過に十分な時間を割きます。狭いゲートのドライビング通過は一見難しそうですが、人馬の信頼関係が構築されていればさほど難しくありません(写真2)。ゲートに限った事ではありませんが、馴致は馬にあわせて納得させながら進めていくことが大切です。

2_13写真2

 

騎乗前の段階でゲート馴致をはじめる理由は多くの時間をかけたいから、というだけではありません。騎乗後のゲート練習開始は騎乗者の微妙な心理状況(心配・恐怖)が馬に余計な不安感を与えるため、適切ではないと考えます。経験豊かな騎乗者が行うときでも、ドライビングでのゲート馴致ができていればより安心・安全に進める事ができます。

 

育成期のゲート目標

JRA育成馬には牧場在籍中の達成目標があります。レース用のゲート(写真1の1枠)で、①前扉の閉まったゲートに常歩で入り、②後扉を閉め、大人しく10秒程駐立し、③前扉を開け、騎乗者の扶助により常歩で発進する、というものです(写真3)。ここで重要視しているのは、「騎乗者の扶助」による発進です。騎乗者の指示を待たずに馬が勝手に出た場合や、指示を出しても発進できない場合には目標達成と認めていません。

3_7 写真3

 

目標の達成状況は年2回(1歳の12月と2歳の3月)確認します。この時に限らず、騎乗者は鐙を短く詰めて履いて必ずネックストラップをもちます。若馬の場合、普段は問題ない馬でも一瞬の油断でゲートを怖がってしまう場合があるため、常に細心の注意を払い実施することが必要です。

 

「ジャンプアウト」の実施

JRAでは育成段階にゲートが開いたら駆歩で発進する、いわゆる「ジャンプアウト」を実施しません。これは育成場にいる期間はゲートを「落ち着いて通過する場所」と理解させたいことと、ジャンプアウトで悪癖がつくと修正に時間がかかることが理由です。ジャンプアウトは競馬が近くなってから騎手に教えてもらいたい、と考えています。

さて、育成段階にジャンプアウトを教えないと競走馬デビューが遅れるのでは?と聞かれることもあるので、JRA育成馬のゲート試験合格状況(過去5年)を調査しました。調査対象は2歳JRA育成馬のうち、メイクデビュー競走開幕直前(6月1週目)の金曜日に両トレセンに在厩していた馬です。この馬たちのゲート試験受験頭数と合格頭数の調査結果が表1です(表1)。これを見ると、受験馬の概ね9割が競馬開幕週までに合格していることがわかります。2016年売却馬の成績を掘り下げてみると、1回目のゲート試験で合格した馬は49頭中37頭、2回以上の受験で合格した馬は8頭、未合格の馬が4頭です(この4頭もその後間もなく合格しています)。不合格となった理由で多かったのは「出遅れ」で、次が「ダッシュ不足」でした。全馬合格ではないため何とも言えませんが、育成段階のジャンプアウトが絶対条件ではないという考え方はご理解いただけると思います。

4_5 表1

 

おわりに

ここまでJRA育成馬のゲート馴致について紹介させていただきました。ゲート馴致に限らず、若馬の馴致・調教のプロセスは人によって考え方が違い、やり方も様々です。私が大切だと思うことは、①時間をかけて馬に納得させながら進めること、②焦らず段階的に教えること、③常に細心の注意を払い実施すること、の3点です。今回ご紹介した内容が少しでもお役に立てば幸いです。

 

馬事部生産育成対策室 専門役  秋山健太郎

育成後期のV200と競走成績との関連性について

競走馬を育成している牧場では、自分たちが管理している育成馬について「トレーニングが順調に進んでいるのか」「将来この馬たちは活躍するのか」など気になる点が少なくないと思います。それは日高育成牧場でも同じで、JRA育成馬に1つでも多く勝って欲しいと願いながら、さまざまな調査を行っています。今回は、2007~2015年の9年間にブリーズアップセールに上場した日高育成馬のうちJRAレースへの出走暦がある236頭について、育成後期に測定したV200とその後の競走成績との関連性を調査したので紹介します。

V200とは?
以前も紹介したので簡単に記述しますが、V200とは調教中の心拍数と走行速度との関係から心拍数が200拍/分となる時の速度を計算したものです(図1)。V200は有酸素性運動能力の指標である最大酸素摂取量(VO2max)と相関関係があることが報告されており、競走馬の運動能力指標の1つとして知られています。

競走成績がいい育成馬はV200が高いのか?
V200が競走馬の運動能力指標と聞くと「競走成績がいい育成馬はV200が高いんじゃないの?」と考えられますが、実際にはどうなのでしょうか?JRA育成馬236頭を競走成績で4群(A:2勝以上、B:1勝、C:未勝利・入着あり、D:未勝利・入着なし)に分けて、群ごとにV200を調査しました(図2)。すると、2勝以上したA群では他の群よりもV200が高いという結果が得られました。ここで興味深いのが、A群以外の3群でV200に大きな差が見られなかったことです。平均すると1勝馬のB群で未勝利馬のC・D群より若干高い値を示したのですが、統計的な差はありませんでした。

V200が高い育成馬は競走成績がいいのか?
先ほどとは逆に「V200が高い馬は走るんじゃないの?」と考えられますが、実際はどうなのでしょうか?調査した9年間で各年度V200の値が上位20%の馬と下位20%の馬を各47頭抽出し、その競走成績を調査しました(図3)。すると、V200が上位20%だった馬は下位20%の馬に比べて2勝以上したA群の頭数が多く、入着なしのD群の頭数が少ないという結果が得られました。一方、B群(1勝馬)とC群(入着あり)の頭数はともにV200上位馬の方が多いものの、群間に大きな差はありませんでした。

これらの成績から考えられること
これらの成績から考えられることとして、2勝以上した馬は育成後期のV200が高く、V200が高い馬は2勝以上する割合が大きかったことから、トレーニング途上である育成後期にV200が高い馬は競走期に勝ち上がって2勝以上する可能性が高いと言えるでしょう。しかし、1勝馬と未勝利馬には大きな差が見られなかったことから、育成馬が勝ち上がるかどうかは育成後期のV200だけで決まるものではなく、馬の性格や競走期までの成長などさまざまな要因に影響されると考えられます。また、V200が下位20%だったとしても11頭(23%)が勝ち上がりその内1頭は2勝以上していることから、育成後期にV200が低く運動能力が目立っていなくてもその後の経過はしっかり見守っていく必要がありそうです。ちなみに、今回の成績は牡馬よりも牝馬で顕著に見られたことから、育成後期の運動能力の成長には雌雄差があると考えられます。

おわりに
調教時の心拍数を解析すれば、V200だけではなく調教後の“息の入り”や常歩中の精神状態などさまざまな情報を知ることができます。それらについてはいずれ本誌にて紹介させていただきますので、乞うご期待ください。

1_13 図1 V200の計算方法
走行速度と心拍数の関係から算出した回帰直線において心拍数が200拍/分となる速度を計算。

2_11 図2 競走成績ごとのV200の比較
A:2勝以上、B:1勝、C:未勝利・入着(3着以内)あり、D:未勝利・入着なし
(※ 2歳新馬戦開始時から3歳未勝利戦終了時までのJRAおよび地方交流競走成績から集計)

3_8 図3 V200が上位20%と下位20%の馬の競走成績の比較
2007年から2015年にブリーズアップセールに上場した育成馬において各年度V200が上位20%と下位20%の馬を抽出し、それぞれの競走成績を比較(各47頭)。
(※ 競走成績の群分けは図2の説明を参照)

(日高育成牧場 生産育成研究室長 羽田哲朗)

2020年5月14日 (木)

競走馬のエサとトレーニングⅡ(タンパク質)

No.151 (2016年7月15日号)

 

 タンパク質の英語であるプロテイン(Protein)は、 “第一のもの”という意味のギリシャ語の“プロテアス”を語源としています。19世紀にある著名な科学者が、生物の基本構成物質であり重要な栄養であるとの考えから、プロテインと命名したそうです。

 

タンパク質と筋肉

 タンパク質は、生体の血、肉および骨などの構成要素であり、まさに生命を形づくるために重要な栄養素です。特に、アスリートにとっては筋肉の構成材料として重要です。プロテインの補助食品やサプリメントの広告は、私たちにタンパク質を多く摂取すれば筋肉量も増えるかのような誤解を与えているかもしれません。タンパク質は、筋肉の材料ですが、必要以上に摂取したタンパク質は、炭水化物の場合と同様に脂肪として体内に蓄積されます。

 筋肉増量のためには、運動負荷による物理的刺激や、タンパク質の合成を促進する作用(同化作用)のあるホルモンの分泌や酵素が必要となります。特に、成長ホルモンやIGF-1(インスリン様成長ホルモン)は運動負荷により分泌量が増え、筋タンパク質の合成を促進することが知られています。また、インスリンは血中のグルコース取込に作用するホルモンとして知られていますが、タンパク質の合成や筋肉の材料となるアミノ酸の筋肉内への取込を促進する作用もあります。

 

ニュートリション・タイミング

 筋肉は24時間活動していますが、運動に伴う筋肉の代謝の変化から、3つのステージに分けることができます(図1)。 “ニュートリション・タイミング”と言われ、3つのタイミングに分けられます。それぞれのタイミングで適切な栄養源が適切な量利用されることで、良好なパフォーマンスを得ることができます。

 運動中、筋肉はエネルギーを利用し収縮および弛緩しますが、そのエネルギーは筋肉内のグリコーゲンが代謝されたり、筋タンパク質の一部が分解されたりすることによって生成されます。この筋肉組織が代謝される時間帯は、“エネルギー・タイミング”と言われます。運動後は、運動による物理的な刺激によって筋肉の感受性が高まり、インスリンなどの同化作用のあるホルモンの影響を受けやすい状態になります。この時間帯は、“アナボリック(=同化)・タイミング”と言われ、そのときの運動強度により変化しますが、おおむね運動後120分まで継続するとされています。その後、運動によって消費された筋グリコーゲンや、分解された筋タンパク質が回復する時間帯である“グロース・タイミング”となります。

 これらの時間帯の中で、“アナボリック・タイミング”のとき、食餌から筋タンパク質の材料であるタンパク質(アミノ酸)を摂取すると、筋タンパク質の合成速度を早める効果があることが知られています。人間のアスリートにおいては、よく取り入れられている栄養処方であり、運動により分解した筋タンパク質の修復を早めるだけでなく、筋肥大の効果も狙っています(図2)このタイミングで炭水化物も同時に摂取することにより、インスリンの分泌量も増加します。この結果、インスリンの同化作用により、さらに効率的な筋タンパク質の早期修復が期待できます。1_4図1:運動に伴う筋肉代謝の3つのステージ(ニュートリション・タイミング)

2_3 図2:アスリートに取り入れられている筋肉を早期に修復させるための栄養処方



 

馬における運動後の栄養処方が筋タンパク質合成に及ぼす影響

 ヒトや実験動物において、運動後のタンパク質や炭水化物摂取が、筋タンパク質の合成を促進することが、試験で確かめられています。はたして、競走馬においても、運動後の栄養給与が筋タンパク質の合成速度に影響をもたらすのでしょうか? 

 サラブレッドにおいて、運動後のタンパク質(アミノ酸)および炭水化物給与が筋タンパク質の合成速度におよぼす影響について調べた試験結果について紹介します。大腿部筋の筋タンパク質合成速度を、アミノ酸の安定同位体(自然界にほとんど存在しない水素の安定同位体で標識したアミノ酸(L-[ring-2H5]-フェニルアラニン))を標識として測定しました。 運動後の栄養の供給を飼料給与でおこなうと消化吸収に個体差等の影響があるため、栄養の供給は頸静脈からの点滴により実施しました。投与する試験溶剤は、対照として生理食塩水、10%ブドウ糖、10%アミノ酸、5%ブドウ糖+アミノ酸および10%ブドウ糖+アミノ酸の4種類を用い、運動直後から120分後まで2.2ml/kg/hrの速度で持続投与しました(図3)。

 運動75-120分後において、10%ブドウ糖+アミノ酸を投与したときが他の試験溶剤に比べて、筋タンパク質の合成速度が高くなりました。このように、競走馬においても運動後120分以内に、タンパク質ならびに炭水化物を摂取することにより、筋タンパク質が早期に修復することが期待できるようです。ちなみに、この試験において投与したアミノ酸や炭水化物の量は、飼料で換算すると、おおむね燕麦0.5kg(0.5枡)と脱脂大豆0.5kg(0.6枡)になります(図4)。また、燕麦と脱脂大豆を個別に用意しなくても、一般的な配合飼料には十分量のタンパク質が含まれることから、現在使っている配合飼料を運動後に1.0~1.5㎏与えることで十分です。3 図3:運動後のアミノ酸および炭水化物投与が馬の大腿部筋タンパク質合成速度に及ぼす影響

4 図4:飼料による運動後のアミノ酸および炭水化物投与の例

 

 (日高育成牧場 研究役 松井 朗)

 

2019年6月21日 (金)

競走馬の引き馬と展示

No.88(2013年10月15日号)

 競馬場では秋のG1シーズンを迎えています。皆様が生産、育成に携わった馬が晴れの舞台で活躍する姿を見ることは、このうえない喜びだと思われます。また、パドックで手入れされ、従順に引き馬されている姿を見ると、当歳時の面影が残りつつも立派に成長した愛馬の姿に感慨深いものを感じるのではないでしょうか。

 近年、日本馬の海外での活躍に伴い、海外競馬の映像を見る機会が増えています。特に欧州のパドックでは、馬をきれいに手入れし、また、その馬を引く厩務員も盛装しています。さらに、「馬主の大切な馬を競馬ファンや馬主に対して披露」するよう、従順にしつけられた馬を1本のリード(引き綱)でキビキビと歩かせる姿が印象的です。わが国でもパドックで馬を見せる意識は高くなってきており、本年のダービーでは、パドックで最も美しく手入れされた馬を担当する厩務員に贈られる「ベストターンドアウト賞」の審査が実施されたことも記憶に新しいところです。この「ベストターンドアウト賞」の審査基準は「馬がよく躾けられ、美しく手入れされ、かつ人馬の一体感を感じさせる引き馬(リード)が行われているか」となっています。今回は、競走馬の引き馬と展示について、欧州で行われている方法に焦点を当てながら解説したいと思います。

パドックにおける引き馬

1本リードでの引き馬

 1本リードでの引き馬を行う際に、欧州でもっともよく使用されているのがチフニービット(ハートバミ)です。このハミは下顎に均等に作用させて馬を制御することが可能であり、地上にいる御者から下顎や舌に強く作用することができるため、引き馬での制御に効果的です。欧州のパドックでは、ハミ頭絡の上から装着して、御者が1本リードで馬を制御している光景をよく見かけます。チフニーの特性として以下の4点があげられます。①構造上、1本のリードでの使用により制御効果が発揮される。②ハミが細く棒状であるため、作用が強い(乱暴に使用してはなりません)。③力学的な作用は後下方向からの操作により高まるため、引き馬に適している。④着脱が容易である。

 近年、わが国のパドックでも、チフニーを装着している競走馬を見かけるようになりました。しかし、ハミの特性が理解されていないためか、1本のリードを下顎部分に装着するのではなく、頬革に連結するハミの横のリングに2本のリードを装着している場合が多いようです。チフニーは下部のリングから1本リードで使用しなければ、効果的に作用させることができません(写真1)。

 また、日常の引き馬や治療時の取扱いにおいても、チフニーの使用は有効です。通常、チフニーは無口頭絡の上から装着します。その際に、1本リードをチフニーと無口の下部のリングを連結して使用することにより、チフニーの直接的作用をやわらげ、無口頭絡の鼻革部分にも作用させることが可能となります(写真2)。また、この連結方法は、チフニーの反転防止にも役立ちます。

引き馬の御者(リーダー)は一人

 草食動物である馬は、群れのリーダーに従う性質を持ちます。したがって、引き馬を行う際のリーダーも一人でなければなりません。欧州のパドックでは、馬の右側を人が一緒に歩くことがありますが、「二人引き」を行うことはありません。右側の人の役割は、混雑する人ごみの中を歩く際に「馬をエスコートすること」や「右側の壁」として必要に応じて手綱を保持し、馬を落ち着かせることです(写真3)。競馬ではアシスタントトレーナーやトラベリングヘッドラッドが、その役割を担います。

 欧州で「二人引き」が行われない理由は、両側から別々の指示を出されると、馬はどちらが自分のリーダーかわからず混乱するためです。さらに、馬が暴れた際には、御者の安全確保のため、両者ともにリードを離すことができず危険な状態になることもあります。馬が人の指示に従わない場合には、二人の力で抑えこもうとしても、「一馬力」に勝つことができません。それよりも、馬が人の指示に従うような躾を行うことの方が重要であるということを欧州のホースマンは認識しているのです。

ファンや馬主を意識した「馬を披露する」姿勢

 欧州では競馬そのものが馬主の社交の場であり、パドックに入るお客様にもドレスコードが課せられています。したがって、馬を引く厩舎関係者も社交の場にふさわしい身だしなみに気を配らなければなりません。また、パドックでは馬主に馬を「見ていただき」、馬主の大切な馬を競馬ファンに「披露する」姿勢が求められます。そのためには、馬がアスリートとして最大限引き立つよう手入れに気を配り、また、ブラシによるクォーターマーク(写真4)、たてがみの水ブラシおよび蹄油などのプレゼンテーションも一般的に行われています。さらに、パドックでは落ち着きがあり、キビキビとした常歩を見せなければなりません。これを実行するには、普段からの馬の躾が不可欠であることは言うまでもありません。

競走馬の展示

 欧州では現役競走馬の売買も少なくなくありません。そのため競走馬厩舎では、馬主や購買者が馬を見に来た際には、きれいに手入れされているとともに、躾の行き届いた姿をお見せしなければなりません。

 駐立展示は、光の向きや傾斜、背景にまで配慮したうえで展示場所を選ぶことから始まります。馬を見せる際には、たてがみは水に濡らしたブラシを使用して必ず右に寝かせます。これは馬の左側が「表」とされているからであり、このようにすることにより、頚のラインがきれいに見えます。また、それぞれの肢を見せるために、四肢は重ならないように右側を狭く踏ませて駐立させます。さらに、蹄の検査ができるような地面の安定した場所に立たせることも大切です。

 馬装は無口頭絡とチフニーを用いた展示が一般的ですが、そのほかにチェーンシャンクやレーシングブライドル(写真5)を使用することもあります。チェーンシャンクは米国の競走馬や種牡馬の展示で多く見られますが、装着だけでプレッシャーになる強い道具であるため、使用時には注意が必要です。また、レーシングブライドルは競走馬であるということをアピールする効果があるため、欧州では2歳トレーニングセールでの展示や競走馬の撮影の際に使用されています。

 馬主や購買者への常歩での歩様検査時には、引き馬で検査者からまっすぐ10mほど離れます。また、回転する際は右回りに回転します(写真6)。右回転時には、頭を高く保持し、後肢旋回の要領で小さく回すのがコツです。右回りで回転する理由は、①検査者の視界を御者が遮らない。②回転時に後肢がふくらまない。③狭い場所では、回転時に人が馬の外側に位置することにより、馬の無用な受傷を防止するためです。なお、回転後は再び検査者に向かってまっすぐ戻ります。

最後に

 近年、わが国の生産地における1歳せり市場の下見や展示では、「1本リードによる引き馬」や「右回りの回転」など、合理的で優れた技術や考え方を模範とした方法が一般的となっています。これらの生産地での「馬を見せる」から「見ていただく」という取り組みは、競馬場での取り扱いにも大きく影響しています。これまでの生産地の皆様方のたゆまない努力に敬意を払うとともに、これらの取り組みが今後も継続されることを期待しています。

(日高育成牧場 専門役 頃末 憲治)

1_4

写真1:チフニーを下顎に均等に作用させるには1本リード(左)が2本リード(右)より効果的である。

2_4

写真2:1本リードをチフニーと無口の下部のリングを連結して使用することが推奨される。

3_3

写真3:欧州のパドックで馬の右側(写真左側)の人は「エスコートすること」や「右側の壁」としての役割を果たしている。

4_2

写真4:欧州のパドックではブラシによるクォーターマークなどのプレゼンテーションも一般的に行われている。

5

写真5:米国の競走馬や種牡馬の展示ではチェーンシャンク(左)、欧州でのトレーニングセールや競走馬の展示ではレーシングブライドル(右)が使用されることが多い。

6

写真6:歩様検査の回転時には右回りに回転する。