1歳馬の騎乗馴致 -その①-
No.18 (2010年10月1日号)
一般に、サラブレッドは1歳秋(9~11月)になると、人に乗られることに馴らすための「ブレーキング」とよばれる騎乗馴致を開始します。今回はJRA日高育成牧場で実施している騎乗馴致に対する考え方について述べます。
馴致に対する考え方
競走馬の世界で一般的に用いられている馴致という言葉は、「乗り慣らし」の意味で多く使われています。しかし、広義では、「競走馬としてデビューするために、必要となる数多くの物事に対する教育」ととらえることができます。例えば、人を乗せて走ることは、競走馬として必須ですが、それのみでは十分とは言えません。手入れ、トレーニング、輸送、装蹄、ゲートなどの数多くの物事を、人とともに落ち着いて実施できるようになって、初めて競走馬としてのデビューが可能になります。また、馬がもつ能力を競馬で100%発揮するためには、人の指示に従うことが必要不可欠です。このように捉えた場合、競走馬の馴致は生まれ落ちたときから、出走という目標に向けて始まっているといえます。つまり、日々の馬への接し方が馴致であるともいえます。このため、馬を取り扱う者は、馬に求める目標を明確に見据え、それぞれの時期に済ましていなければならない躾(しつけ)や作法を、確実に積み重ねていくことが重要です。
ドライビング:騎乗を教える前に、後方から2本のレーン(調馬索)を用いて馬に前進気勢を与え、左右への回転や停止・発進などが自由自在にできるようにします。
ブレーキング
騎乗馴致のことをブレーキング(breaking)とよびますが、これは騎乗時に手綱を引いて馬が止まるブレーキ(brake)を馬に装着するのではなく、馬同士の約束事を壊し(break)し、新たに人と馬との約束を構築することを意味します。このbreakは、「殻を破る」と表現することもありますが、決して人の力任せに馬を屈服させることではありません。馴致とは「馴らして目標とする状態に至らしめること」で、その際、馬にそうさせるのではなく、馬がそうするように仕向ける姿勢が重要です。その原理は、人が馬に対して何かを要求する指示(プレッシャー)を与え、そのプレッシャーから馬が逃げる方向が、人が要求するものと一致するよう馬を導きます。達成したとき、持続して与えていたプレッシャーをオフにしてあげることで、馬は楽になれることを理解します。言いかえると、「プレッシャーオフ」とは馬が要求に答えた際、即座に、声をかけたり愛撫をしたりして褒めることともいえます。馬は草食動物であるので、危険なもの(プレッシャー)からは回避すると同時に、同じ場所にとどまって草を食べる安住の場所(プレッシャーオフ)を求めています。馴致では、その馬の習性を上手に利用することが重要です。したがって、馬が疲労困憊するまで反復練習をするよりも、人の要求を理解したときに即座にプレッシャーを解除してあげることのほうが効果的に馬を教育することができます。以下にJRA日高育成牧場で取組んでいる馴致をすすめる際の留意点を述べます。
①人馬の信頼関係を築くこと
信頼関係の第一歩は、人と一緒にいることで安心できる関係、雰囲気作りであり、この取り組みは生れて間もない時期から開始します。
②人が馬のリーダーになること
馬取扱者や騎乗者は、馬に接する際、常にリーダーであるように心がけなければなりません。これは馬に恐れられる存在になることではなく、何かが起こった際に、人の指示が尊重されることを意味します。特に、牡馬は自分がボスと勘違いする傾向を持っていることから、そのような場合、馬に対して毅然とした態度で接し、人への尊敬を教えることが重要となります。一方、牝馬の場合、馬が怖がっているのか、反抗しているのかの判断が大切であり、基本的には優しく接します。
③馬に経験を積ませること
馬は新しい物事に対して臆病であり、驚きやすい動物です。反面、自分に危害が及ばないことを理解すればかなりの物事に慣れる習性をもちます。したがって、競走馬になるために必要なことは、怖がるから避けて通るのではなく、積極的に馬に体験させて慣れさせることが重要です。
④段階的に進めること
人の都合で馬が理解していないのに馴致におけるステップのいくつかを省略した場合、トラブルがおこり、馴致の失敗として馬の心に大きな傷が残ります。この失敗は、人間不信や落ち着きの欠如などとして後々まで悪影響を及ぼしますので、先々を見据え段階的に馴致を進めることが重要です。
⑤明確な指示を発すること
馬に対する指示は、態度や言葉を正しく理解してもらわなければ意味がありません。馬は、常にリーダーである人の感情を気にしています。したがって、明快に人の指示を馬に与え、それに対して馬が正しく反応したのかしなかったのか示してあげる必要があります。例えば、馬が正しく指示に従った場合には、「~をやりなさい」というプレッシャーを即座に解除し、優しく声をかけてあげます。一方、正しく反応しない場合には、指示を継続するとともに「アッ!アッ!」というような注意を喚起する声を発し、正しくない行動を取ったことを馬に理解させます。馬は「懲戒」よりも「プレッシャーオフ」に対してモチベーションをもつ動物であることを理解する必要があります。
次回は馴致の実際について記載したいと思います。
(文責:日高育成牧場 業務課長 石丸 睦樹)
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