育成馬の上気道疾患について
No.17 (2010年9月15日号)
近年、多くのセリ市場ではレポジトリールームと呼ばれる情報開示室が設置されています。レポジトリーとは、セリ上場馬の医療情報を市場内のレポジトリールームにおいて購買者に公開するものであり、一般に上気道の内視鏡像(動画)、球節、腕節および飛節など関節のX線写真などが公開されます。
レポジトリーは、セリ主催者側と購買者側の双方にメリットがあるものです。セリ主催者側にとっては、セリ市場の信頼感や安心感を高め、上場者と購買者の双方が納得して購買することに役立ちます。また、購買者にとっては、馬体、血統、動きなどを踏まえた上での購買判断材料のひとつにすることができます。
一方、レポジトリールームでは、購買者が公表画像を閲覧することはできますが、「どこに問題があるか」については購買者が判断しなければなりません。したがって、判断する際には開業獣医師の助言を得ることもできますが、購買者自身のレポジトリーの見方に関する知識が必要となります。
今回は、このレポジトリーで公開される医療情報のうち、内視鏡検査で発見できる上気道(ノド)所見について紹介します。
・LH(喉頭片(こうとうへん)麻痺(まひ)):いわゆる喘鳴症(ノドナリ)では、吸気時に披裂(ひれつ)軟骨(なんこつ)(気管の入口)が完全に開かず気道が狭くなり、運動中に空気が吸い込む際にヒューヒューという異常呼吸音(喘鳴音)を発します(写真1)。また、被裂軟骨の動きの程度が悪い場合(喉頭片麻痺)、競走能力にも影響を及ぼすといわれています。喉頭片麻痺の評価方法は何通りかありますが、JRAでは被裂軟骨の動きに従いグレード0~3の4段階に分けています。JRA育成馬を用いた調査では、育成期の馬(1歳秋から2歳春)の約14%がグレード1以上の所見を有していること、およびグレード2までは競走成績に影響を及ぼさないことが明らかになっています。JRA育成馬の中でもグレードが1で重賞レースを勝利している馬は複数頭います。
写真1.LH(喉頭片麻痺):左側(写真上では右)の披裂軟骨が完全に開いていない
一方、LHグレード3以上は、競走能力に影響することがわかっており、被裂軟骨を開いたままの状態に固定する手術(Tie-Back)が必要となります。手術の成功率は50~70%と言われています。喘鳴症の程度は安静時の検査のみではわからないことがありますので、手術の確定診断にはトレッドミル診断が不可欠です(写真2)。
写真2.トレッドミル内視鏡検査:トレッドミル(馬用ルームランナー)の上を走らせながら内視鏡検査し、運動時のノドの異常を診断する
・DDSP(軟口蓋背方(なんこうがいはいほう)変位(へんい)):走行中に軟口蓋が喉頭蓋の上方(背方)に変位し、走行中に「ゴロゴロ」と喉が鳴る病気です(写真3)。グレード0~3の4段階に分けられます。若馬では喉頭蓋が未発達で、DDSPを発症する馬もいますが、安静時検査におけるグレードの高さと競走パフォーマンスの間には関連はありません。しかし、若馬でDDSPを発症する馬は初出走までの期間が長くなることもわかっており、症状を有する馬は馬体の成長を待って競馬に出走させる必要があります。
写真3.DDSP(軟口蓋背方変位):軟口蓋が喉頭蓋の上方(背方)に変位している
・ELE(喉頭蓋(こうとうがい)の挙上):喉頭蓋が挙上し、気道が狭くなった状態です(写真4)。極端な異常でない限り、競走成績に影響はありません。
写真4.ELE(喉頭蓋の挙上):喉頭蓋が挙上し、気道が狭くなっている
・AE(喉頭蓋の異常):喉頭蓋が未発達で、矮小・菲薄な状態です(写真5)。一般に若馬は成馬と比較して喉頭蓋の形成不全(矮小・弛緩・菲薄・背側中央部の凸面)が多く認められ、DDSPを起こしやすくなります。しかし、AEの所見は年齢とともに消失・良化することが多く、その場合は競走能力に影響はないので、あまり心配する必要はありません。
・喉頭蓋(こうとうがい)下嚢胞(かのうほう):胎子期の発生過程の異常(甲状舌管の遺残)に由来する嚢胞が喉頭蓋下に発症する病気です(写真6)。発症率は低くまれな病気ですが、レポジトリー用の検査で偶然見つかることがあります。摘出手術によって早期に治癒します。
・EE(喉頭蓋エントラップメント):喉頭蓋をその基部にある披裂喉頭蓋ヒダが覆う病気です(写真7)。こちらも発症率は高くありません。簡単な外科的手術で早期に治癒します。
写真7.EE(喉頭蓋エントラップメント):喉頭蓋が披裂喉頭蓋ヒダに覆われている
現在、セリにおけるレポジトリーの普及にともない、生産者の皆様も内視鏡検査に立ち会う機会が増えたかと思いますが、前述のようにほとんどが競走成績に影響がないもしくは手術によって治癒が見込めることがおわかりいただけたかと思います。重要なことは、購買者側と上場者側の両方が正しい知識を持ち、双方が納得して売買契約に至るということではないでしょうか。今回の記事が、適正な売買に少しでもお役に立てば幸いです。
(日高育成牧場 業務課業務係長 遠藤 祥郎)
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